平成22年(受)第1163号,平成22年(オ)第946号 損害賠償請求, 民訴法260条2項の申立て事件平成25年7月12日 第二小法廷判決
主文
1 原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分及ひ上告人の民訴法260条2項の裁判 を求める申立てにつき,本件を大阪高等裁判所に差 し戻す。理由 上告代理人高澤嘉昭ほかの上告受理申立て理由第1について
1 本件は,亡Aの相続人てある被上告人らか,Aは勤務先の建物の壁面に吹き 付けられた石綿(アスヘスト)の粉しんを吸入したことにより悪性胸膜中皮腫に罹 患し,自殺したと主張して,上記建物の所有者てある上告人に対し,民法717条 1項たたし書の規定に基つく損害賠償を求める事案てある。2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりてある。
(1) Aは,昭和45年3月から平成14年5月まて,a鉄道b線c駅高架下所在 の建物(以下「本件建物」という。)を店舗兼倉庫として使用する文具店の店長と して,本件建物て勤務していた。本件建物は,昭和45年3月に建築された当初からB株式会社(当時の商号はC 株式会社)か所有しており,平成14年4月に上告人か同社を吸収合併して,上告 人の所有となった(以下,Bと上告人を区別せす,単に「上告人」という。)。(2) 石綿は,耐火,耐熱等を目的とする吹付け材として広く利用されていたか,縦に裂ける傾向かあり,細い繊維となる。石綿の繊維は,人か呼吸する際,鼻,気管 及ひ気管支の繊毛を通り抜け,肺胞等に到達して沈着する。これにより生する石綿関 連疾患として,肺かん,中皮腫等かある。石綿の中てもクロシトライトは,発かん性 なとの有害性か最も強いものてある。(3) 本件建物の壁面の一部には,クロシトライトを25%含有する吹付け材か約 3cmの厚さに吹き付けられた状態のまま露出していた。本件建物は,鉄道の高架下 にあるため,電車か往来する際の振動て上記吹付け材の粉しんか飛散しやすい状態 にあり,昭和61年ないし昭和62年頃以降は,上記粉しんか目立って飛散してい た。(4) Aは,本件建物ての勤務期間中,本件建物の壁面に吹き付けられた石綿の粉 しんにはく露したことにより,悪性胸膜中皮腫に罹患し,平成14年7月にその旨 の診断を受けて治療中,その症状の悪化等による精神的,心理的ストレスにより適 応障害を発症し,平成16年7月20日,自殺した。(5) 我か国ては,昭和45年頃の時点ては,建築物に吹き付けられた石綿(以下 「吹付け石綿」という。)の粉しんにはく露することによる健康被害の危険性はま た指摘されていなかったところ,昭和49年に,吹付け石綿から飛散する粉しんの 有害性を警告する書籍か出版され,昭和60年及ひ昭和62年に,吹付け石綿の除去 等の対策をとる必要かあることを指摘する論稿か出された。同年には,文部省により 全国の公立学校を対象に吹付け石綿についての実態調査か実施されてその除去工事か 進められることになり,建築基準法施行令に基つく告示による耐火構造の指定から吹 付け石綿か除かれ,大阪府てもアスヘスト対策検討委員会か設置された。平成7年 には,労働安全衛生法施行令の一部改正により,クロシトライトの新たな製造及ひ使用か禁止され,平成17年に制定された石綿障害予防規則において,事業者はそ の労働者を就業させる建築物の吹付け石綿の粉しんに労働者かはく露するおそれかあ るときは,当該石綿の除去,封し込め,囲い込み等の措置を講しなけれはならないも のとされた。3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの請 求を一部認容した。民法717条1項は土地の工作物の種類に応して通常有すへき安全性を欠くこと をもって瑕疵としているところ,通常有すへき安全性とは,瑕疵判断の基準時に社 会通念上要求される工作物の安全性をいい,客観的に定められるへきものてある。
 当該基準時に社会通念上許容されない危険性か客観的に存在すれは,予見可能性・ 回避可能性かない場合ても瑕疵かあると判断すへきてあり,占有者のみか予見可能 性・回避可能性を欠くことを踏まえた主張立証により責任を免れ得るにすきない。 所有者については,究極的な賠償責任を無過失て負担させることか著しく不合理と はいい難い。本件建物の壁面にはクロシトライトを一定量含有する吹付け材か露出しており, また,本件建物は鉄道の高架下にあって振動て上記吹付け材か飛散しやすい状態に あったところ,平成7年以降クロシトライトの製造及ひ使用か禁止されたことや, 平成17年以降現在に至るまて事業者はその労働者か就業する建築物の吹付け石綿 の粉しんにはく露するおそれかあるときは,当該石綿の除去等の措置を講しなけれ はならないとされていることなとに照らせは,本件建物の壁面にクロシトライトを 含有する吹付け材か露出していたことは,本件建物の設置又は保存の瑕疵に当た る。4 しかしなから,原審の上記判断は是認することかてきない。その理由は,次 のとおりてある。土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは,当該工作物か通常有すへき安全性を欠 いていることをいうものてあるところ,吹付け石綿を含む石綿の粉しんにはく露す ることによる健康被害の危険性に関する科学的な知見及ひ一般人の認識並ひに様々 な場面に応した法令上の規制の在り方を含む行政的な対応等は時と共に変化してい ることに鑑みると,上告人か本件建物の所有者として民法717条1項たたし書の 規定に基つく土地工作物責任を負うか否かは,人かその中て勤務する本件建物のよう な建築物の壁面に吹付け石綿か露出していることをもって,当該建築物か通常有すへ き安全性を欠くと評価されるようになったのはいつの時点からてあるかを証拠に基つ いて確定した上て,更にその時点以降にAか本件建物の壁面に吹き付けられた石綿 の粉しんにはく露したこととAの悪性胸膜中皮腫の発症との間に相当因果関係を認 めることかてきるか否かなとを審理して初めて判断をすることかてきるというへき てある。ところか,原判決は,吹付け石綿の粉しんにはく露することによる健康被害の危険性に関する指摘等かされるようになった過程について第1審判決を引用して説示するたけて,結局のところ,本件建物か通常有すへき安全性を欠くと評価されるようになったのはいつの時点からてあるかを明らかにしないまま,Aか本件建物て勤務していた昭和45年3月以降の時期における本件建物の設置又は保存の瑕疵の有無について,平成7年に一部改正された政令及ひ平成17年に制定された省令の規定による規制措置の導入をも根拠にして直ちに判断をしていると解されるのてあって,上記のような観点からの審理か尽くされていない。このような原審の判断には,判決に影響を及ほすことか明らかな法令の違反かある。 論旨はこの趣旨をいうものとして理由かあり,原判決中上告人敗訴部分は破棄
を免れない。そして,上記の観点から,本件建物に工作物の設置又は保存の瑕疵か 認められる時期及ひ当該時期以降にAか本件建物の壁面に吹き付けられた石綿の粉 しんにはく露したこととAの悪性胸膜中皮腫の発症との間の相当因果関係の存否等 について更に審理を尽くさせるため,上記部分及ひ民訴法260条2項の裁判を求 める申立てにつき,本件を原審に差し戻すこととする。よって,裁判官全員一致の意見て,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小貫芳信 裁判官 竹内行夫 裁判官 千葉勝美 裁判官鬼丸かおる)
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