平成24年(行ヒ)第245号 水俣病認定申請棄却処分取消等請求事件 平成25年4月16日 第三小法廷判決主文 原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
 理由
第1 事案の概要
1 亡X(平成25年3月▲日に死亡。以下「本件申請者」という。)は,昭和 53年9月30日,熊本県知事に対し,公害健康被害補償法(昭和48年法律第1 11号。なお,同法の題名は,昭和62年法律第97号により「公害健康被害の補 償等に関する法律」に改められた。以下,改正の前後を問わす「公健法」とい う。)4条2項の規定に基つく水俣病の認定の申請(以下「本件認定申請」とい う。)をしたところ,同知事は,同55年5月2日,本件認定申請を棄却する処分 (以下「本件処分」という。)をした。本件は,本件申請者の子てある上告人か,被上告人を相手に,本件処分の取消し を求めるとともに,熊本県知事において,公健法5条及ひ4条2項に基つき,本件 申請者かそのかかっていた疾病か水俣市及ひ葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響 による水俣病てある旨の認定を受けることかてきる者てあった旨の決定をすること の義務付けを求める事案てある。2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりてある。
 (1) 救済措置に係る法令制定前の状況ア 水俣湾周辺地域においては,昭和28年頃から原因不明の中枢神経疾患にり 患した患者か散発的に現れていたところ,同31年5月1日,原因不明の中枢神経 疾患か多発している旨の報告かチッソ株式会社(旧商号は新日本窒素肥料株式会 社。以下「チッソ」という。)水俣工場附属病院の医師から水俣保健所に対してさ れたことによって,上記疾患か一つの特徴的な疾病として公に認知されることにな り,その後,水俣病と呼はれるようになった。イ チッソは,水俣工場において,昭和7年頃から,有機水銀化合物(以下「有 機水銀」という。)の一種てあるメチル水銀化合物(以下「メチル水銀」とい う。)か製造過程て生成されるアセトアルテヒトの製造を始め,同24年頃からは その製造量を増やした。当初は,同工場のアセトアルテヒト製造施設からの排水の 排出先は水俣湾内にある百間港てあったか,昭和33年9月,湾外の水俣川河口付 近に変更され,同34年頃からは,水俣湾沿岸のみならす,その北東に位置する水 俣川河口付近の住民等にも上記疾病にり患する患者か発生するようになった。チッソは,昭和43年5月,水俣工場におけるアセトアルテヒトの製造を中止 し,これにより同工場からメチル水銀か含まれる排水か排出されることはなくなっ た。ウ 国は,昭和43年9月,上記アの疾病はチッソ水俣工場のアセトアルテヒト 製造施設内て生成され工場排水に含まれて排出されたメチル水銀か原因て発生した ものてある旨の政府見解を発表した。エ このようにして,上記疾病は,チッソ水俣工場のアセトアルテヒト製造施設 内て生成され同工場の排水に含まれて水俣湾や水俣川河口付近に排出されたメチル 水銀か,魚介類に蓄積され,その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれて大脳,小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされる疾病 てあると捉えられ,その主要な症状としては,感覚障害,運動失調,求心性視野狭 窄,聴力障害,言語障害等か確認されるに至っている。(2) 救済措置に係る関係法令等の定め
ア 昭和44年に制定された公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭 和44年法律第90号。昭和48年法律第111号により廃止。以下「救済法」と いう。)は,事業活動その他の人の活動に伴う相当範囲にわたる著しい大気の汚染 又は水質の汚濁の影響による疾病にかかった者の健康被害の救済を図ることを目的 とするものてある(1条)ところ,同法2条1項は,同法において「指定地域」と は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水 質の汚濁か生したため,その影響による疾病か多発している地域て政令て定めるも のをいう旨規定し,同条2項は,前項の政令においては,併せて同項に規定する疾 病を定めなけれはならない旨規定していた。また,救済法3条は,指定地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該 指定地域につき,前条2項の規定により定められた疾病にかかっている者につい て,その者の申請に基つき,公害被害者認定審査会の意見を聴いて,その者の当該 疾病か当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものてある旨の 認定を行う旨規定していた。救済法を受けて制定された公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令 (昭和44年政令第319号。以下「救済法施行令」という。)1条及ひ別表は, 同法2条1項の政令て定める地域として「熊本県の区域のうち,水俣市及ひ葦北郡 の区域並ひに鹿児島県の区域のうち,出水市の区域」を定め,同項に規定する疾病として「水俣病」を定めていた。このように救済法施行令別表に「水俣病」か定め られるようになったのは,昭和44年8月に財団法人日本公衆衛生協会か厚生省か ら研究の委託を受けて佐々貫之を委員長として設置した公害の影響による疾病の指 定に関する検討委員会(以下「佐々委員会」という。)によって,公害に係る健康 被害の救済制度の確立と円滑な運用に資するため,制度の対象とする疾病の名称, 続発症検査項目等の問題について検討か行われた結果,有機水銀関係について,政 令に織り込む病名としては「水俣病」を採用するのか適当てあること,水俣病の定 義は「魚貝類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」 とすること等の意見か取りまとめられ,かかる佐々委員会の意見を受けて,救済法 施行令別表に「水俣病」か規定されるに至ったという経緯によるものてあった。イ 昭和48年に制定された公健法か翌年に施行されたことにより救済法は廃止 され(公健法附則2条),救済法による救済措置は,以下のとおり,公健法による 救済措置に連続性をもって切り替えられている。公健法は,事業活動その他の人の活動に伴う相当範囲にわたる著しい大気の汚染 又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及ひ健 康の確保を図ることを目的とするものてある(1条)ところ,同法2条1項は,同 法において「第一種地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわ たる著しい大気の汚染か生し,その影響による疾病(次項に規定する疾病を除 く。)か多発している地域として政令て定める地域をいう旨規定し,同条2項は, 同法において「第二種地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲に わたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁か生し,その影響により,当該大気の汚染 又は水質の汚濁の原因てある物質との関係か一般的に明らかてあり,かつ,当該物質によらなけれはかかることかない疾病か多発している地域として政令て定める地 域をいう旨規定し,同条3項は,前2項の政令においては,併せて前2項の疾病を 定めなけれはならない旨規定している。そして,公害健康被害補償法施行令(昭和 49年政令第295号。なお,同施行令の題名は,昭和62年政令第368号によ り「公害健康被害の補償等に関する法律施行令」に改められた。以下,改正の前後 を問わす「公健法施行令」という。)1条及ひ別表第2は,公健法2条2項の政令 て定める地域として「熊本県の区域のうち,水俣市及ひ葦北郡の区域並ひに鹿児島 県の区域のうち,出水市の区域」を定め,同項に規定する疾病として「水俣病」を 定めている。公健法4条1項は,第一種地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該 第一種地域につき同法2条3項の規定により定められた疾病にかかっていると認め られる者て,申請の当時当該第一種地域の区域内に住所を有し,かつ,申請の時ま て引き続き当該第一種地域の区域内に住所を有した期間か一定期間以上てあるなと 同法4条1項1号ないし3号の要件のいすれかに該当するものの申請に基つき,当 該疾病か当該第一種地域における大気の汚染の影響によるものてある旨の認定を行 い,この場合においては,当該疾病にかかっていると認められるかとうかについて は,公害健康被害認定審査会の意見を聴かなけれはならない旨規定している。公健法4条2項は,第二種地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該 第二種地域につき同法2条3項の規定により定められた疾病にかかっていると認め られる者の申請に基つき,当該疾病か当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の 汚濁の影響によるものてある旨の認定を行い,この場合においては,当該疾病にか かっていると認められるかとうかについては,公害健康被害認定審査会の意見を聴かなけれはならない旨規定している。
 公健法附則3条は,同法の施行の際現に救済法3条1項の認定を受けている者は,政令て定めるところにより,公健法による認定を受けた者とみなす旨規定する ほか,同法附則4条1項,2項は,同法の施行の際現に救済法3条1項の認定の申 請をしている者に対しては,従前の例によりその認定をすることかてき,この認定 を受けた者は,政令て定めるところにより,公健法による認定を受けた者とみなす 旨規定している。ウ 公健法及ひ公健法施行令並ひに救済法及ひ救済法施行令(以下,併せて「公 健法等」という。)における水俣病の認定に係る所轄行政庁の運用の指針について は,昭和46年8月7日,認定に当たり留意すへき事項を示すものとして,各関係 都道府県知事及ひ政令市市長に宛てて「公害に係る健康被害の救済に関する特別措 置法の認定について」と題する通知(昭和46年環企保第7号環境庁事務次官通 知。以下「昭和46年事務次官通知」という。)か,同52年7月1日,後天性水 俣病の判断条件を取りまとめたものとして,各関係都道府県知事及ひ政令市市長に 宛てて「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭和52年環保業第2 62号環境庁企画調整局環境保健部長通知。以下,同通知において示された判断条 件を「昭和52年判断条件」という。)か,同53年7月3日,認定に当たり留意 すへき事項を整理し再度明らかにするものとして,各関係都道府県知事及ひ政令市 市長に宛てて「水俣病の認定に係る業務の促進について」と題する通知(昭和53 年環保業第525号環境事務次官通知。以下「昭和53年事務次官通知」とい う。)かそれそれ発出された。昭和52年判断条件は,四肢末端の感覚障害,運動失調,平衡機能障害,求心性視野狭窄,歩行障害,構音障害,筋力低下,振戦,眼球運動異常,聴力障害なとの 症候は,それそれ単独ては一般に非特異的てあると考えられるのて,水俣病てある ことを判断するに当たっては,高度の学識と豊富な経験に基つき総合的に検討する 必要かあるか,一定のはく露歴を有する者てあって,1 感覚障害かあり,かつ, 運動失調か認められること,2 感覚障害かあり,運動失調か疑われ,かつ,平衡 機能障害あるいは両側性の求心性視野狭窄か認められること,3 感覚障害かあ り,両側性の求心性視野狭窄か認められ,かつ,中枢性障害を示す他の眼科又は耳 鼻科の症候か認められること,4 感覚障害かあり,運動失調か疑われ,かつ,そ の他の症候の組合せかあることから,有機水銀の影響によるものと判断される場合 てあることのいすれかに該当する症候の組合せかある者については,通常,その者 の症候は,水俣病の範囲に含めて考えられるものてあるとした。昭和53年事務次官通知は,水俣病の範囲に関する昭和46年事務次官通知の趣 旨は,申請者か水俣病にかかっているかとうかの検討の対象とすへき全症候につい て,水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基ついて総合的に検討し,医学的に みて水俣病てある蓋然性か高いと判断される場合には,その者の症候か水俣病の範 囲に含まれるというものてあるとし,昭和52年判断条件はこの趣旨を具体化及ひ 明確化するために示されたものてあり,今後は同判断条件にのっとり申請者の全症 候について水俣病の範囲に含まれるかとうかを総合的に検討し判断するものとする とした。(3) 本件訴訟に至る経緯等
ア 本件申請者は,大正14年の出生から昭和46年に兵庫県尼崎市に転居する まての間,水俣湾周辺に居住して日常的に魚介類を摂食していたところ,同47年頃から足のしひれ等を訴え,同48年4月27日,熊本県知事に対し,救済法3条 1項の認定の申請(1回目の申請)をしたか,同知事は,同53年5月21日,上 記申請を棄却する処分をした。イ 本件申請者は,昭和53年9月30日,熊本県知事に対し,公健法4条2項 の認定の申請(本件認定申請)をした。ウ 熊本県知事は,昭和55年4月21日,熊本県公害健康被害認定審査会に対 し,本件認定申請について公健法4条2項により意見を求めたところ,同審査会 は,同年5月1日,同知事に対し,本件申請者の症状か昭和52年判断条件に適合 しないと認められることから,本件申請者は水俣病てはないと判定するとして,棄 却相当てある旨の答申を行った。エ 熊本県知事は,上記答申を受けて,昭和55年5月2日,本件申請者の申請 に係る疾病は魚介類に蓄積した有機水銀を経口摂取したことによって生したものと は認められないとして,本件認定申請を棄却する処分(本件処分)をした。オ 本件申請者は,本件処分を不服として,異議申立てを経て,公害健康被害補 償不服審査会に対し,審査請求をしたところ,同審査会は,平成19年3月22 日,本件申請者の同審査請求を棄却する裁決をした。カ 本件申請者は,平成19年5月16日,本件訴えを提起した。
なお,本件申請者は,昭和56年10月11日付けて,熊本県知事に対し,公健 法4条2項の認定の申請(3回目の申請)をしたか,平成10年3月31日付け て,同知事により,上記申請を棄却する処分かされている。キ 本件申請者は,原審口頭弁論終結後の平成25年3月▲日,死亡し,本件申 請者の子てある上告人か,同月12日,熊本県知事に対し,公健法5条1項の申請をした。
第2 上告代理人小野田学ほかの上告受理申立て理由(たたし,排除されたものを除く。)について
1 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,上告人の本件処分の取消しを求める請求を棄却すへきものとし,公健法4条2項の認定をす ることの義務付けを求める訴えを却下すへきものとした。本件処分の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,熊本県公害健康被害認定審 査会の医学上の科学的,専門的な調査審議及ひ判断を基にしてされた熊本県知事の 判断に不合理な点かあるか否かという観点から行われるへきてあり,現在の最新の 医学水準に照らし,上記調査審議において用いられた具体的審査基準てある昭和5 2年判断条件に不合理な点かあり,あるいは本件認定申請か昭和52年判断条件に 適合しないとした同審査会の調査審議及ひ判断の過程に看過し難い過誤,欠落かあ り,同知事の判断かこれに依拠してされたと認められる場合にはその判断に不合理 な点かあるものとして,本件処分を違法と解すへきてある。しかるところ,昭和52年判断条件に基つく判断の手法は,メチル水銀の影響を 判定するに当たり,当時の最新の医学上の科学的,専門的な知見に基つく検討の上 て策定された主要症候の組合せによってます症候群診断を行い,次にこれから外れ る事例について総合的に検討を進めるというものてあり,十分な合理性かある。そ して,上告人には,水俣病に見られる症候のうち四肢末梢優位の感覚障害以外の症 候は認められないから昭和52年判断条件に規定する症候の組合せは認められす, 四肢末梢優位の感覚障害か一応認められるものの,これに係る本件申請者の症状か 昭和52年判断条件に適合しないとした同審査会の調査審議及ひ判断の過程には,大筋において特段の看過し難い過誤,欠落は認められない。熊本県知事は,同審査 会の上記判断に依拠して本件申請者について公健法4条2項の認定をしない旨の判 断をしたものてあり,その他その判断に特段不相当な点も見当たらないから,その 判断に基つく本件処分は適法てある。2 しかしなから,原審の上記判断は是認することかてきない。その理由は,次 のとおりてある。(1)ア 公健法等は,水俣病かいかなる疾病てあるかについては特段の規定を置 いていないところ,前記第1の2(1)エのとおり,水俣湾周辺地域において発生し た疾病か,チッソ水俣工場から水俣湾や水俣川河口付近に排出されて魚介類に蓄積 されたメチル水銀か,その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれて大脳, 小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされるものとして 捉えられたものてあることに加え,救済法施行令別表を定めるに当たり参照された 同(2)アの佐々委員会の意見の内容や同イのとおり救済法と公健法とは連続性を有 していることに照らせは,公健法等にいう水俣病とは,魚介類に蓄積されたメチル 水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患をいうものと解するのか相当てあ り,このような現に生した発症の機序を内在する客観的事象としての水俣病と異な る内容の疾病を公健法等において水俣病と定めたと解すへき事情はうかかわれな い。イ 公健法等か定める疾病の中には,発症の原因となる特定の汚染物質か証明さ れていない慢性気管支炎,気管支せん息等のいわゆる非特異的疾患と,発症の原因 とされる汚染物質との間に特異的な関係かあり,その物質かなけれは発症か起こり 得ないとされている水俣病,イタイイタイ病等のいわゆる特異的疾患かあるところ,公健法は,大気の汚染と疾病との間の因果関係をその機序を含めて証明するこ とは不可能に近いことなとから,4条1項において,当該疾病に「かかっていると 認められる」ことに加え,申請の当時当該第一種地域の区域内に住所を有し,か つ,申請の時まて引き続き当該第一種地域の区域内に住所を有した期間か一定期間 以上てあることなと類型的に当該第一種地域における大気の汚染による影響を相当 程度受けていたことの徴表となる要件を定め(同項1号ないし3号),これを満た す者の申請に基つき,当該第一種地域における大気の汚染とかかっている疾病との 間の個別的な因果関係の有無を問うことなく,当該疾病か当該第一種地域における 大気の汚染の影響によるものてある旨の認定を行う制度的な手当てを新たに設ける に至ったものと解される。他方,公健法は,特異的疾患については,大気の汚染又 は水質の汚濁と疾病との間の因果関係をその機序を含めて証明することは,一定の 困難を伴うものてあるにしても本来的には可能てあって,当該疾病に「かかってい ると認められる」ことかこれに内在する発症の機序か認められることを含むものて あることから,同条2項において,非特異的疾患のような制度的な手当てを新たに 設けることはしておらす,個々の患者について,諸般の事情と関係証拠に照らし て,当該第二種地域につき,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因てある物質との 関係か一般的に明らかてあり,かつ,当該物質によらなけれはかかることかない疾 病にかかっていると認められる者の申請に基つき,当該疾病か当該第二種地域に係 る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものてある旨の認定を行うこととしてい るものと解される。ウ そして,公健法等の制定の趣旨,規定の内容等を通覧しても,上記各法令に いう水俣病の意義及ひそのり患の有無に係る処分行政庁の審査の対象を前記アのような客観的事象としての水俣病及ひそのり患の有無という客観的事実よりも殊更に 狭義に限定して解すへき的確な法的根拠は見当たらす,個々の具体的な症候か水俣 市及ひ葦北郡の区域において魚介類に蓄積されたメチル水銀という原因物質を経口 摂取することにより起こる神経系疾患によるものてあるという個別的な因果関係か 諸般の事情と関係証拠によって証明され得るのてあれは,当該症候を呈している申 請者のかかっている疾病か水俣市及ひ葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による 特異的疾患てある水俣病てある旨の認定をすることか法令上妨けられるものてはな いというへきてある。なお,水俣病か昭和52年判断条件を基準として認定されるものてあることを前 提として公健法等の制定後の行政上の措置による救済や水俣病被害者の救済及ひ水 俣病問題の解決に関する特別措置法(平成21年法律第81号)に基つく救済か構 築されているとしても,公健法等の体系及ひ規定の意味内容かその制定後に採られ た行政上の措置によって変容されるものてはなく,上記特別措置法の規定にも公健 法等の体系及ひ規定の意味内容を変更する内容のものは見当たらない。(2) また,公健法等において指定されている疾病の認定に際し,都道府県知事 か,公害健康被害認定審査会又は公害被害者認定審査会の意見を聴いて申請に係る 疾病か指定された地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものてあるか とうかの認定を行うことになるか,この場合において都道府県知事か行うへき検討 は,大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものてあるかとうかについて,個々の 患者の病状等についての医学的判断のみならす,患者の原因物質に対するはく露歴 や生活歴及ひ種々の疫学的な知見や調査の結果等の十分な考慮をした上て総合的に 行われる必要かあるというへきてあるところ,公健法等にいう水俣病の認定に当たっても,上記と同様に,必要に応した多角的,総合的な見地からの検討か求められ るというへきてある。そして,上記の認定自体は,前記(1)アのような客観的事象としての水俣病のり 患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為てあって,この 点に関する処分行政庁の判断はその裁量に委ねられるへき性質のものてはないとい うへきてあり,前記(1)ウのとおり処分行政庁の審査の対象を殊更に狭義に限定し て解すへきものともいえない以上,上記のような処分行政庁の判断の適否に関する裁判所の審理及ひ判断は,原判決のいうように,処分行政庁の判断の基準とされた昭和52年判断条件に現在の最新の医学水準に照らして不合理な点かあるか否か,公害健康被害認定審査会の調査審議及ひ判断の過程に看過し難い過誤,欠落かあってこれに依拠してされた処分行政庁の判断に不合理な点かあるか否かといった観点から行われるへきものてはなく,裁判所において,経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等を審理の対象として,申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に判断すへきものと解するのか相当てある。上記の認定に係る所轄行政庁の運用の指針としての昭和52年判断条件に定める 症候の組合せか認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病か存在しないと いう科学的な実証はないところ,昭和52年判断条件は,水俣病にみられる各症候 かそれそれ単独ては一般に非特異的てあると考えられることから,水俣病てあるこ とを判断するに当たっては,総合的な検討か必要てあるとした上て,上記症候の組 合せか認められる場合には,通常水俣病と認められるとして個々の具体的な症候と 原因物質との間の個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要かないとするも
のてあり,いわは一般的な知見を前提としての推認という形を採ることによって多 くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限 度ての合理性を有するものてあるといえようか,他方て,上記症候の組合せか認め られない場合についても,経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討 した上て,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等に係 る個別具体的な判断により水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないとい うへきてある。昭和53年事務次官通知か,水俣病の範囲に関する昭和46年事務 次官通知の趣旨は,申請者か水俣病にかかっているかとうかの検討の対象とすへき 全症候について,水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基ついて総合的に検討 し,医学的にみて水俣病てある蓋然性か高いと判断される場合には,その者の症候 か水俣病の範囲に含まれるというものてあるとし,昭和52年判断条件はこの趣旨 を具体化及ひ明確化するために示されたものてあるとしているのも,上記と同一の 理解に立つものてあると解される。(3) 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ほすことか明らかな法令の 違反かある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由かあり,原判決は破棄を免れな い。そして,本件申請者か水俣病にり患していたか否かについて更に審理を尽くさ せるため,本件を原審に差し戻すこととする。よって,裁判官全員一致の意見て,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官大谷剛彦 裁判官 大橋正春)
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