主文 原判決及ひ第1審判決を破棄する。
被告人は無罪。
 理由
弁護人前田領の上告趣意のうち,軽犯罪法1条2号(以下「本号」という。)に いう「その他人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるよ うな器具」の意義か不明確てあるとして違憲をいう点は,上記文言の意義か所論の ように不明確てあるとはいえないから,前提を欠き,その余は,違憲をいうか,実 質は単なる法令違反,事実誤認の主張てあり,被告人本人の上告趣意は,単なる法 令違反の主張てあって,いすれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。しかしなから,所論にかんかみ,職権をもって調査すると,原判決及ひ第1審判 決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,次のとおりてあ る。1 本件公訴事実は,「被告人は,正当な理由かないのに,平成19年8月26 日午前3時20分ころ,東京都新宿区西新宿2丁目9番地先路上において,人の生 命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具てある催涙 スフレー1本をスホンの左前ホケット内に隠して携帯していたものてある。」とい うものてあるところ,第1審判決は,上記公訴事実とおりの事実を認定した上,本 号を適用して被告人を科料9000円に処し,原判決もこれを維持した。すなわ ち,原判決及ひその是認する第1審判決は,被告人か本件て携帯した催涙スフレー 1本(以下「本件スフレー」という。)か,本号にいう「人の生命を害し,又は人 の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に当たり,被告人はこれをスホンの左前ホケット内に入れていたのてあるから,同号にいう「隠して携帯」 (以下「隠匿携帯」という。)に当たり,かつ,被告人か同スフレーを隠匿携帯し たことにつき,同号にいう「正当な理由」も認められないと判断した。2 所論は,本件スフレーは,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に重 大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当せす,また,被告人か,本件当 夜,同スフレーを隠匿携帯したことには,同号にいう「正当な理由」かあったと主 張する。(1) ます,本件スフレーか,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に重 大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当するかについて検討する。原判決か是認する第1審判決の認定によれは,1本件スフレーは,米国の大手専 門メーカーか護身用防犯スフレーとして製造したものて,内容量約11g,高さ約 8cmの缶入りてあり,その噴射液はCNカス(2-クロロアセトフェノン)を含有 し,屋外ても風に影響されにくく水鉄砲のように目的物に向かって噴射することか 可能なものてある,2CNカスは,催涙性か極めて強く,人間の場合には0.3p pmて眼を刺激し,皮膚の軟弱部位か発赤し,高濃度になると結膜炎により失明す ることかある,3本件スフレーの広告には,「本製品は護身用の製品てす。自己防 衛・護身以外の目的て使用しないて下さい。自己の責任において危険なとき護身用 としてのみこ使用下さい。また,正当防衛か認められる範囲内てこ使用下さい。」 なとの記載かあるというのてある。上記12によれは,本件スフレーか,同3のとおり暴漢等から襲われて身に危険 か迫ったときなとに相手方に向けて噴射し,身を守るために使用されることを想定 した器具てあることを考慮してもなお,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当することは明らかてあ る。(2) 次に,被告人の本件当夜における本件スフレーの隠匿携帯につき,本号に いう「正当な理由」かあったかについて検討する。原判決か是認する第1審判決の認定によれは,1被告人は,その勤務する会社て 経理の仕事を担当しており,有価証券や多額の現金をアタッシュケースに入れて, 東京都中野区にある本社と新宿区にある銀行との間を電車や徒歩て運ふ場合かあっ たところ,仕事中に暴漢等から襲われたときに自己の身体や有価証券等を守る必要 を感し,護身用として催涙スフレーを入手しようと考えて本件スフレーを購入し た,2被告人は,ふたん,かはんの中に本件スフレーを入れて中野区にある自宅か ら出勤し,仕事て銀行へ行くときには,同スフレーを取り出して携帯し,自宅に持 ち帰った際には同かはんの中に入れたままにしていた,3被告人は,健康上の理由 て医師から運動を勧められており,日常,ランニンクやサイクリンク等の運動に努 めていたところ,本件当夜は,その前日てある平成19年8月25日の夕方から夜 まて寝てしまったため,翌26日午前2時ころ,自宅から新宿方面にサイクリンク に出掛けることにしたか,その際,万一のことを考えて護身用に本件スフレーを携 帯することとし,前記かはんの中からこれを取り出してスホンの左前ホケット内に 入れ,本件に至ったというのてある。思うに,本号にいう「正当な理由」かあるというのは,本号所定の器具を隠匿携帯することか,職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上,相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,当該器具の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係,隠匿携帯の日時・場所,態様及ひ周囲の状況等
の客観的要素と,隠匿携帯の動機,目的,認識等の主観的要素とを総合的に勘案して判断すへきものと解されるところ,本件のように,職務上の必要から,専門メーカーによって護身用に製造された比較的小型の催涙スフレー1本を入手した被告人か,健康上の理由て行う深夜路上てのサイクリンクに際し,専ら防御用としてスホンのホケット内に入れて隠匿携帯したなとの事実関係の下ては,同隠匿携帯は,社会通念上,相当な行為てあり,上記「正当な理由」によるものてあったというへきてあるから,本号の罪は成立しないと解するのか相当てある。そうすると,原判決及ひ第1審判決は,軽犯罪法1条2号の解釈適用を誤った違 法かあり,これか判決に影響を及ほすことは明らかてあって,原判決及ひ第1審判 決を破棄しなけれは著しく正義に反するものと認められる。よって,刑訴法411条1号により原判決及ひ第1審判決を破棄し,同法413 条たたし書,414条,404条,336条により被告人に対し無罪の言渡しをす ることとし,裁判官全員一致の意見て,主文のとおり判決する。なお,裁判官甲斐 中辰夫の補足意見かある。裁判官甲斐中辰夫の補足意見は,次のとおりてある。
私は,法廷意見に賛成するものてあるか,本判決は,飽くまて事案に即した判断 を行ったものてあり,催涙スフレーの隠匿携帯か一般的に本号の罪を構成しないと 判断したものてはないことを明確にしておくため,補足して意見を述へる。被告人は,本件の約1年前に職務上の必要から本件スフレーを入手し,必要に応 して携帯していたか,本件当夜,健康上の理由から深夜のサイクリンクに出掛ける に際して,暴漢等との遭遇か考えられないてもない場所を通ることから,万一の事 態に備えて防御用として同スフレーを隠匿携帯したものてある。さらに,記録を調へても,被告人には,本件に至るまて前科・前歴かなく,犯罪とは無縁の生活を送 ってきたと考えられるところ,本件スフレーの上記隠匿携帯につき,被告人か,暴 漢等から襲われた際に身を守る以外の意図を有していたことをうかかわせる事情は 見当たらない。当裁判所は,いわゆる体感治安の悪化か指摘されている社会状況等 にもかんかみれは,前記のような事実関係の下における被告人の本件スフレーの隠 匿携帯は,本号にいう「正当な理由」によるものてあったと判断した。なお,防犯用品として製造された催涙スフレーてあっても,現に,そのようなス フレーを使用した犯罪等も決してまれてはないことからすれは,本号により取り締 まることの必要性,合理性は明らかてあって,犯罪その他不法な行為をする目的て 催涙スフレーを隠匿携帯することか,上記「正当な理由」の要件を満たさないこと はもとより,これといった必要性もないのに,人の多数集まる場所なとて催涙スフ レーを隠匿携帯する行為は,一般的には「正当な理由」かないと判断されることか 多いと考える。検察官八幡雄治 公判出席
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 涌井紀夫 裁判官 宮川光治 裁判官櫻井龍子 裁判官 金築誠志)
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