主文
 原判決中上告人ら敗訴部分を破棄する。
 右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
 上告代理人津留雅昭の上告理由について
一 原審か確定した事実関係は、次のとおりてある。
1 被上告人は、私立D工業学校E科を卒業後、昭和一五年にF電気医学校(治療士を養成する施設て、弱電低周波の電気治療を教えるところ)を出て治療士となり、昭和三二年にG医学(Gか昭和二年に創始した自然療法を主とした東洋医学をいう。)の資格(たたし、医師の資格てはない。)を取得し、昭和四〇年から肩書住所地において、「Hへルストック」、「I会」又は「J治療室」なる名称を使用して、いわゆる断食道場(以下「本件断食道場」という。)を開業している。
 本件断食道場は、ヒルの四階と五階にあり、四階は、一五一平方メートル(四六坪)程のワンフロアーて、温冷浴室、各種治療機等を置いた治療室になっており、五階は、入院者の寝起きする部屋、食堂、被上告人の居室兼宿直室なとかあり、二DKの部屋か七室て、ヘット数は二四てあり、被上告人の他に助手一名と賄い婦二名かいたか、医師や看護婦の資格を有する者はいなかった。
 本件断食道場において断食療法を受ける者は、一年間に約一四〇名から二〇〇名に及ふか、その殆とは慢性の病気の治療を目的とし、被上告人かそれらの者に症状や健康状態を質問した上て、その入院期間を決めていた。
2 訴外亡K(以下「訴外K」という。)は、昭和五七年八月一二日、糖尿病と診断され、同日から同年九月一七日まて福岡県大牟田市内のL病院に入院し、同月一八日から同年一一月一三日まて同市内のM病院(以下「M病院」という。)に入院して、それそれ糖尿病の治療を受け、同月一四日から自宅て治療した後、同年一二月一日から勤務先に復帰して軽作業に従事していた。
 訴外Kの症状は、血糖値の変動か激しい不安定型かつインシュリン依存型の糖尿病てあって、食事療法、運動療法をした上、定期的に血糖値を検査して、インシュリンの投与により血糖をコントロールする必要かあり、常時インシュリン注射と飲み薬を欠かせない状態てあった。そのため、訴外Kは、M病院を退院するに当たり、同病院の医師からインシュリン注射の必要性と自己注射の方法について指導を受け、退院後は同病院から一定量のインシュリンと注射器の交付を受け、これを使用して自ら自己の身体に右の注射をしていた。
3 訴外Kは、昭和五七年一二月一日、妻の上告人Aとともに被上告人方を訪れ、被上告人に対しこれまての病状、前記の薬剤を注射及ひ服用していること等を詳細に説明し、本件断食道場てこの糖尿病か治るかとうかを尋ねたところ、被上告人は、断食療法によって右糖尿病は治る、ここては西洋医学の薬は一切使わすに治すのて病院から貰っているインシュリンの注射や飲み薬は必要かないと答えた。
 被上告人は、糖尿病患者も入院させて治療しており、糖尿病における低血糖、高血糖、インシュリンの効用等についてかなりの知識を有していた。
 訴外Kは、医師から生涯治らないといわれた糖尿病か被上告人から治るといわれたため、多分に疑問を抱きつつも、被上告人の言葉を信用して、同月八日、本件断食道場に入院した。その際、訴外Kは、被上告人の言葉に従い、M病院から貰っていた前記飲み薬、インシュリン及ひ注射器を持参しなかったか、被上告人も訴外Kか右の薬を持参しているかとうかについての確認をしなかった。4 訴外Kは、入院した日には、マッサーシをするローリンク健康機や温冷浴等の療法を受け、予備断食として、昼夜とも、玄米かゆをとんふり一杯、梅干二個のほか、「酵素」なる飲み物を与えられたか、被上告人の言葉に従い同日からインシュリンの注射をせす、飲み薬も飲まなかった。
 同月九日、訴外Kは、朝から温冷浴等の治療を受け、風邪気味てあったか、被上告人は何の処置もとらなかった。
 同月一〇日、訴外Kの体調はインシュリン不足から次第に悪化し、夕方上告人Aに対する電話の声も弱々しく聞き取れない程てあったため、上告人Aは被上告人に異常てはないかと尋ねたか、被上告人は大丈夫というのみてあった。同日夜、訴外Kか体調も弱々しい感して、喉か乾くといって頻繁に水を飲みに起きるなとしたため、同室の入院者か二度にわたって被上告人に知らせたか、被上告人はその都度様子を見に行ったものの、声をかけたのみて格別の処置を講しなかった。
 同月一一日早朝、訴外Kの異常に気付いた同室者か被上告人に連絡したところ、被上告人は、同日午前八時三五分ころ、訴外Kの様子を見て糖尿病に基つく低血糖による昏睡てはないかと判断し、前記飲み物約四〇CCと羊羹を三、四センチに切って食へさせようとしたか、状態か改善しないため救急車を呼んた。午前九時ころ救急車か到着したときは、訴外Kは、既に危篤の状態てあり、救急隊員による人工呼吸等の手当を受けた後、九時三〇分ころ近くのN病院に搬送されたか、既に手遅れの状態てあり、人工呼吸、心臓マッサーシ、インシュリン注射、輪液等の手当を受けたものの、同日午前一〇時五〇分同病院て死亡した。
5 訴外Kの死因は、右N病院医師の死亡診断書ては、糖尿病を原因とする心不全とされ、翌一二日のO大学医学部の病理解剖の結果ては、直接の死因は肺浮腫、肺出血及ひ無気肺てあるか、その原因は、それまて連日投与を受けていたインシュリンの注射を前記断食中に中止したため、高血糖による昏睡を来したことによるものとされた。
二 上告人らは、被上告人に対し、被上告人の債務不履行又は不法行為に基つき、訴外Kの死亡により被った損害の賠償を請求したところ、原審は、右事実関係に基ついて、被上告人に対し、次のとおり、不法行為に基つき、訴外Kの死亡による損害額から訴外Kの過失相殺として七〇ハーセントを控除した額の支払を命した。1 断食療法は、一定期間食物を断つことてあるから、その療法の方法、その療法を受ける者本人の健康状態、病名、病気の軽重、症状、体質、断食の期間、断食療法を施行する者の医学知識の有無、程度等のいかんによっては、本人に死の結果を招来させたり、病状を重篤・深刻化させたりする虞れのあることか当然予想されるのてあるから、医師の資格を有しない被上告人としては、少なくとも病院て治療中の者に対しては、断食療法の可否につき事前に担当医師に相談をしてその指示を受けてくるように指導すへき義務かあり、殊にかなり重い糖尿病患者て医師の指示のもとにインシュリン注射や飲み薬を常用している者に対してはなおさらてあり、右のように治療中の者を入院させるには、前記の医師の指示を受けてきたかとうか、薬を持参しているかとうかを確認するとともに、もし医師の指示を受けす、かつ、医師の指示による投薬を中止して入院する者に対しては入院後における本人の健康状態の変化に細心の注意を払い前記の危険の発生を未然に防止すへき義務かある。2 しかるに、被上告人は、前記の各注意義務を怠り、昭和五七年一二月一日、訴外K及ひ上告人Aに対し、訴外Kか医師の指示によりインシュリン注射と飲み薬を常用するかなり重い糖尿病患者てあることを知りなから、断食療法の可否について担当医師の指示を受けてくるよう指導しなかったはかりか、断食療法により糖尿病は治る、インシュリン注射や飲み薬は必要ないと明言し、これを信用した訴外Kか同月八日飲み薬、インシュリン、注射器を持参しないまま入院し、同日から右注射等を中止したため、インシュリン不足を生し、ついに昏睡に陥って同月一一日死亡するに至った。また、被上告人は、訴外Kの入院から死亡する直前まて同人かインシュリン等の薬剤を持参しているかとうかを確認せす、同月一〇日夜には、上告人Aや入院者から訴外Kの容態か異常てはないかとの連絡を受けたのに、単に大丈夫かと言ったのみて、インシュリン不足により高血糖状態に陥っていく同人の容態の変化に対する注意を怠り、危篤状態に陥る直前まて何らの措置もとらなかった。そうすると、訴外Kの死亡は、被上告人の前記注意義務違反によるものてあることか明らかてある。
3 一方、訴外Kの方も、被上告人か医師てないことは知っていたのてあり、被上告人かいう断食療法て糖尿病か治るということは、多分に疑問を抱きつつも、一縷の望みをかけて同療法を受けようとしたのてあるから、現に治療を受けインシュリンの注射等を指示していた医師に対して、インシュリン注射等を中止しても危険かないかとうか、断食道場による療法を受けても健康上別状かないかとうか等を事前に相談すへきてあったにもかかわらす、これをしないて、漫然と被上告人の言葉を信用して、インシュリンの注射は必要ないものと考え、医師の指示に反して、その注射を中止したため本件死亡事故を引き起こしたものてあるから、同事故発生につき訴外Kにも過失かあり、その過失は損害賠償額の算定に当たり考慮すへきてある。
4 以上認定した諸事情を総合して判断すれは、本件死亡事故発生に対する被上告人と訴外Kとの過失の割合は、三〇ハーセント(被上告人)対七〇ハーセント(訴外K)と認めるのか相当てある。
三 しかしなから、訴外Kの過失相殺の割合に関する原審の認定判断は、これを是認することかてきない。その理由は、次のとおりてある。
 被上告人か本件断食道場て施した断食療法は、断食を通して慢性病等の治療をしその健康の維持回復を図ることを目的とし、被上告人か入院者に対しその健康状態、病状等を質問して入院期間を決定するものてあって、診療というへきものてあり、その内容も一定期間、一切又は特定の飲食物を摂取しないことを基本方法とするものてあり、その期間の長短、摂取を禁する飲食物の種類、量等や入院者の体質、病歴、症状、体調のほか、施術者の医学知識の有無、程度なとのいかんによっては、
入院者を死に至らせることになったり、病状を更に悪化させる虞れのあることか当然に予想されるものてあるから、医師の資格を有しない被上告人としては、訴外Kのような重篤な糖尿病患者て医師の指示のもとてインシュリン注射や飲み薬を常用する者を入院させるに当たっては、断食療法の可否について事前に担当医師の指示を受けてくるように指導する義務かあり、医師の指示を受けす、かつ、医師の指示による投薬を中止して入院する者に対しては、入院後の容態に細心の注意を払い、病状悪化の徴候かある場合には、直ちに施術を中止して専門医の診療を受ける機会を与えるへき義務かあり、被上告人にはこれらの注意義務を怠った過失かあったものというへきところ、被上告人か本件断食道場て訴外Kに施した断食療法か診療というへきものてあることを考慮すると、被上告人の右過失の態様は重大てあり、訴外Kにも、被上告人か医師の資格かないことを知りなから、現に治療を受け、インシュリン注射等の常用を指示していた担当医師に対して、インシュリン注射等の中止や断食療法を受けることの可否等を事前に相談せす、漫然と被上告人の言葉を信用して同医師の指示に反してインシュリン注射等を中止したため、本件死亡事故に至った過失かあることを考えても、原審の定めた被上告人の過失割合は著しく低きにすき、右判断は裁量権の範囲を逸脱して違法てあるといわなけれはならない。そして、右違法は、前記過失割合に基ついて上告人らの損害賠償額を認定した原判決の結論に影響を及ほすことか明らかてあるから、この違法をいう論旨は理由かあり、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れす、被上告人及ひ訴外Kの過失割合について更に審理を尽くさせるため、右破棄部分につき本件を原審に差し戻すのか相当てある。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見て主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷

 裁判長裁判官 坂 上 壽 夫
裁判官 安 岡 滿 彦
裁判官 貞 家 克 己
裁判官 園 部 逸 夫
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