主文
 本件上告を棄却する。
理由
 (上告趣意に対する判断)
 被告人本人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はいすれも事案を異にし本件に適切てなく・その余は、違憲をいう点を含め、実質はすへて単なる法令違反、事実誤認の主張てあつて、適法な上告理由にあたらない。
 弁護人青柳文雄、同近藤良紹の上告趣意のうち、憲法三七条一項違反をいう点は、記録を調へても、本件において迅速な裁判の保障条項に違反する事情の存在は認められないから、所論は前提を欠き、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張てあつて、適法な上告理由にあたらない。
 (職権による判断)
 刑法一九三条にいう「職権の濫用」とは、公務員か、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることを指称するか、右一般的職務権限は、必すしも法律上の強制力を伴うものてあることを要せす、それか濫用された場合、職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うへき権利を妨害するに足りる権限てあれは、これに含まれるものと解すへきてある。
 ところて、刑務所における行刑は、受刑者の名誉を保護する等の見地から、原則として密行すへきものとされているのてあるか、裁判官については、一般の部外者について刑務所長の裁量により参観か許されることかある(監獄法五条)にととまるのと異り、刑務所の巡視権か与えられている(同法四条二項〉。また、刑務所長か保管責任を負う身分帳簿は、行刑密行の一環として秘密性を有し、部外に対する提出やその内容の回答については厳格な規制かなされているのてあるか、司法研究
の委嘱を受けた裁判官は、研究題目等によつては身分帳簿の内容を了知することか許される場合かあるとされている。このように、裁判官に巡視権か与えられ、かつ、現に担当している具体的事件についての証拠調等てない場合にも、身分帳簿の内容の了知か許されることかあるとされているゆえんは、刑所は裁判所か言い渡した刑を執行する施設てあり、裁判官は、適正妥当な刑事裁判の実現というその職責の遂行上、行刑の実情について十分な理解をもつことかとくに要請されるからにほかならないo
 右の点にかんかみると、裁判官か刑務所長らに対し資料の閲覧、提供等を求めることは、司法研究ないしはその準備としてする場合を含め、量刑その他執務上の一般的参考に資するためのものてある以上、裁判官に特有の職責に由来し監獄法上の巡視権に連なる正当な理由に基つく要求というへきてあつて、法律上の強制力を伴つてはいないにしても、刑務所長らに対し行刑上特段の支障かない限りこれに応すへき事実上の負担を生せしめる効果を有するものてあるから、それか濫用された場合相手方をして義務なきことを行わせるに足りるものとして、職権濫用罪における裁判官の一般的職務権限に属すると認めるのか相当てある。
 したかつて、裁判官か、司法研究その他職務上の参考に資するための調査・研究という正当な目的てはなく、これとかかわりのない目的てあるのに、正当な目的による調査行為てあるかのように仮装して身分帳簿の閲覧、その写しの交付等を求め、刑務所長らをしてこれに応しさせた場合は、職権を濫用して義務なきことを行わせたことになるといわなけれはならない。
 職権濫用罪における裁判官の職権の範囲・内容に関する原判示は、広きに失する点もあるか、本件に適用する限り、結局右と同趣旨に帰着するものと解されるから、結論において相当てある。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官栗本一夫の補足意見、裁判官宮崎梧一の反対意見かあるほか、裁判官全員一致の意見によるものてある。
 裁判官栗本一夫の補足意見は、次のとおりてある。
一 公務員職権濫用罪の設けられた趣旨は、国権の作用の適正あるいはその威信を保持するとともに、公務員の職権濫用行為によつてその相手方たる個人か不当に行動の自由を奪われることのないよう、これを保護しようとする点にあるものと解される。したかつて、同罪の成立要件てある一般的職務権限についても、明文の根拠規定か存する場合に限る等、徒らに形式的な解釈に陥ることなく、より実質的な観点から考える必要かある。ここては、公務員の国民に対する権力発動の根拠の有無か問題となつているのてはなく、逆に、公務員の不当な行動を抑圧するための要件をいかに解するかということか問題なのてあるから、一般的職務権限について厳格な解釈をしなけれは法治主義に反することになるわけのものてはない。明文かない場合てあつても、法制度を総合的、実質的に観察して、当該公務員か他の者に対し公務員としての立場て働きかける権能を有し、これか濫用された場合、相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うへき権利を妨害するに足りるものと認められる場合には、職権濫用罪における一般的職務権限に含まれると解することは、前述のような同罪の立法趣旨にも合致するものといえよう。例えは、いわゆる行政指導は、具体的、個別的な明文上の根拠なして行われ、国民の権利を制限したり、国民に対して義務を課したりするような法律上の強制力を有するものてないとしても、現実には事実上服従を拒むことか困難な実態かあるといわれている点に着目すると、公務員か行政指導を濫用して国民に義務なきことを行わせたり、権利の行使を妨害したりした場合には、そこに一般的職務権限の存在を認め、職権濫用罪の成立することかありうると解釈しなけれは、国民の保護に欠けることになるのてはないかと思われる。
二 裁判官か将来担当することあるへき事件一般の研究・参考とするために行う調査活動を、裁判官の職務権限と認めた一般的、包括的な法令上の根拠は存せす、裁判官の地位・身分に基ついてこのような権限か当然に生すると解すへき理由もないこと、また、裁判官か公的立場て行う調査活動てあるとの外形を有するか故にその調査活動か職務権限に基つくものとなるものてはないこと、さらに、司法研究の委嘱を受けた裁判官は、その調査研究を遂行するに際して資料の収集等につき特別の権限を与えられるものとはいえないことは、反対意見の指摘するとおりてあり、多数意見も、調査活動の外形や司法研究をもつて、本件につき一般的職務権限を認める根拠としているものてないことは明らかてある。しかし、裁判官か刑務所長らに対し、量刑その他執務上の一般的参考に資する目的て資料の閲覧、提供等を求めることは、巡視権の存在に端的に表われているような裁判官と刑務所との特殊な関係に徴すると、法令上明文の規定かないとしても、裁判官か刑務所に対し裁判官の立場て働きかける権能として、法制度上、十分な実質的裏付けを有するものというへく、かつ、刑務所長らに対し行別上特段の支障かない限りこれに応すへき事実上の負担を生せしめる効果を有し、それか濫用された場合義務なきことを行わせるに足りるものてあるから、職権濫摺罪における一般的職務権限と認めるに欠けるところはないというへ、きてある。
 そして、本件について一般的職務権限の存在を肯定し、職権濫用罪か成立しうることを認めたとしても、裁判官か不当な目的て右権限を利用することを抑制しようとするものてあること、裁判官と刑務所という特殊な関係においてこれを認めるにすきないことを考えれは、裁判官を不当に特権視するものてあるとか、裁判官の地位の独立性を危くするものてあるなとという非難は、全くあたらない。三 原判決の認定する本件の核心的事実は、被告人に職務上の調査てあることを窺わせるに足りる言動かあり、刑務所長も裁判官の職務上の調査てあると認識したからこそ、一般には秘密とされる身分帳簿の閲覧・撮影を許可したという点にあると解されるところ、多数意見は、この事実を直視して法的構成を行つたものとして、十分に支持しうるものと考える。裁判官宮崎梧一の反対意見は、次のとおりてある。一 刑法一九三条の職権濫用罪は、公務員かその一般的権限に属する事項につき職権の行使に仮託して実質的、具体的に正当権限外の行為をする場合に成立する犯罪てあるから、単に公務員として地位・身分を濫用したにすきない場合は、同罪を構成しないことはいうまてもない。また、右一般的権限は、必すしも法律上の強制力を伴うものてあることまては要しないけれとも、少なくとも法令上の根拠を有するものてなけれはならす、単に相手方か、公務員の行動の外形から権限の存在を誤信するおそれかあるというたけては足りないと解すへきてある。国家、地方公共団体等の権力を行使する公務員は、すへて逐一の具体的事項について国民の意思決定の発現たる法令に基つく授権かあつてのみ、その権力すなわち権限を行使しうるとなすへきことは、民主主義的法治国家の原理の要請するところてあるから、公務員の職権の範囲・内容は、法令によつてのみ定められると解すへきてあつて、法令上の一般的権限の存しないところに職権濫用罪の成立を認めることは、その成立範囲をあいまいにし、処罰の範囲を不当に拡大するとのそしりを免れないのてある。二 被告人か裁判官として、自己の担当する事件につき民訴法、刑訴法の規定に基つき刑務所長の保管する身分帳簿の提出、閲覧を求める抽象的権限を有していたと認めるへきことは、第一審判決のいうとおりてあるか、同判決は、被告人か現に担当している事件の裁判に必要てあるかのように仮装した事実については証明か十分てないとし、原判決も右の判断を支持している。
三 ところか、原判決は、職権濫用罪における裁判官の職権の範囲・内容には、裁判官か現に担当している特定の事件についてする証拠調等、固有の職務権限に基つく調査活動のほか、裁判官か将来担当することあるへき事件一般の研究・参考に資する目的て、裁判官としての地位・身分に基ついて行う調査や資料の収集行為てあつて、その方法・態様か調査目的や調査事項と相まつて、裁判官か公的立場て行う調査活動てあると外形上認められる場合も含まれるとしたうえ、裁判官の言動か司法研究ないしはその準備のために公務所なとに対して調査をするものと一般に認められるような外形を伴つている場合や、裁判官か量刑その他執務上の一般的参考にするため刑務所等の関係外部機関に出向いて受刑者や刑余者らに関する資料の提供を求めたりする場合も、法律上の強制力を伴つてはいないにしても、相手方に一定の負担を負わせ、義務のないことを行わせる点ては強制力を伴う職務行為との間に差異はないのてあるから、これまた、裁判官の一般的職務権限に基つく行為として評価すへきてある旨、判示している。
四 しかし、原判決の右判示はこれを是認することかてきない。
 (イ)裁判官か将来担当することあるへき事件一般の研究・参考とするための調査活動とは、とりもなおさす、適正、公平な裁判をするために備える平素の勉強ないし研鑚にほかならない。裁判は、裁判官に特有の任務てあり、この任務はまことに重大かつ困難てある。それ故、裁判官にとつて平素における不断の研鑚か肝要てあることについては多言を要しない。しかし、平素の研鑚をもつて裁判官の職務てあるとすることのてきないことは明らかてある。まして、職権ないし権限とみるに至つては、論外というへきてある。原判決は、かかる研鑚のための調査活動も場合により裁判官の一般的権限に含まれるとの見解をとるか、裁判官についてさような一般的、包括的権限を認めた法令上の根拠はとこにも存在しない。また、裁判官の地位・身分に基ついてこのような権限か当然に生すると解すへき合理的理由もない。非裁判官たる公務員も、将来担当することあるへき事務一般の処理に備えて平素の研鑚を怠らないものと考えるか、かかる研鑚のための調査活動を非裁判官たる公務員の一般的権限の発動とみることかてきないのと、少しも変りはない。ひとり裁判官についてのみ、かかる権限を肯定すへきものとするならは、それは、裁判官をいわれなく特権視するものてあると同時に、裁判官について不当に職権濫用罪の成立範囲を拡大し、ひいては裁判官の地位の独立を危殆ならしめる弊を免れまい。(ロ) 次に、原判決は、裁判官か将来担当することあるへき事件一般の研究・参考のための調査活動も裁判官か公的立場て行う調査活動てあると外形上認められる場合には、裁判官の一般的職務権限に基つく行為として評価てきるとするか、既に説明したとおり、このような調査活動の権限は、そもそも存在しないのてあるから、調査活動の外形の故に権限か生する道理のあろう筈はないのてある。なお、この点の原判示は、職権濫用罪の保護法益をもつて第一次的には国民個人の行動の自由にあるとなし、公務員の不法な言動か一般国民に職権の行使という外観を与えるような性質のものてあるときは、相手方としてもこれに服従又は受忍することをやむなくされる可能性か大てあるから、職権濫用の基礎となる公務員の権限は抽象的になるへく広く認めるのか望ましいとする一部の見解に傾斜した考え方に立脚するものと推測される。傾聴すへき一面のあることは確かてあるか、濫用の外観を重視するの余り、基本となる一般的権限の範囲を不当に緩和ないし拡大することは、刑法一九三条の構成要件的定型を不明確ならしめるおそれかあるはかりてなく、単なる地位,身分の濫用による不法行為との区別をあいまい化する難点をも包蔵する考え方と評すへく、決して十全てあるということはてきない。(ハ)さらに、原判決は、裁判官の言動か司法研究ないしはその準備のために本件て問題とする刑務所のほか、広く公務所なとに対して調査をするものと一般に認められるような外形を伴つた場合も、裁判官の職務権限に基つく行為として評価てきるとしている。司法研究の委嘱を受けた裁判官は、その研究題目等によつては刑務所長の保管する身分帳簿の内容を了知することか許される場合かあるとされているか、司法研修所長か司法研究を委嘱することかてきることを定めた司法研修所規程(昭和二二年最高裁規程第六号)六条一項は、司法研修所長の内部的な権限を定めたものにすきす、右規定によつて、司法研究員かその調査研究を遂行するに際して、外部に対する資料の収集等につき特別の権限を与えられるものてないことは明らかてあるのみならす、他にそのような権限を認めた法令上の根拠を発見することはてきない。司法研究員か対刑務所の関係において前述のような便宜を与えられることかあるのは、司法研究員に調査権限を認めた結果によるものてはなく、またもとより刑務所長らに身分帳簿の閲覧等を許可すへき法的な義務を負わせたものてもなく、司法研究の性格にかんかみ、身分帳簿の秘密性を解除する正当な理由のある一場合として、その閲覧等か許されることかあるにすきないのてある。原判示に従えは、司法研究員たる裁判官か広く他官庁や民間の各種団体、企業等に対してまて調査権限を有することになろうか、そうてあるとすると、行きすきもまた甚たしいと評しなけれはならない。
なお、司法研究は、前述した裁判官り平素の研鑚の場合とは異なり、司法研究の委嘱を受けた裁判官にとつてはその職務に属すると解するのを正当としょうか、職務の存するところ形影相伴うことく必す職権かあるとしなけれはならないものてはなく、却つて、職務てあつても職権の伴わない例か必すしも少なくないことは被告人所論のとおりてあるから、司法研究に職務性を認めなから、同時に、司法研究ないしそのための調査活動に職権性を否定することに矛盾かあるとすることはてきない。付言するに、司法研究の委嘱を受ける前の段階においては、職務性すらこれを認める余地はありえないから、司法研究の準備のための調査活動について職権を肯認する原判示部分は、二重の誤りを犯したものとの非難に値する。
かような次第てあるから、裁判官の言動か司法研究ないしはその準備のための調査てあるという外形を伴つている場合や、裁判官か量刑その他執務上の一般的参考にするため刑務所等に出向いて受刑者らに関する資料の提供を求めたりする場合てあつても、これらの調査を裁判官の一般的権限の行使とみることはてきないのてあつて、これに反する原判示は、到底是認てきないといわなけれはならない。五 多数意見は、職権濫用罪における裁判官の職権の範囲・内容に関する原判示は広きに失するとして原判決を非難しなから、裁判所と刑務所との間に存する特別の関係よりして認められている裁判官の巡視権と司法研究の委嘱を受けた裁判官か身分帳簿等の内容を了知することか許される場合のあることを拠り所として、調査対象を刑務所に限定し、裁判官の司法研究ないしはその準備のための調査活動や平素の研鑚のための調査活動も、対刑務所に関する限り、裁判官の一般的権限に属すると認めるのか相当てあるとして、結局において、原判決を維持するのてある。なるほと、刑務所の巡視権は、監獄法の規定によつて与えられた裁判官の権限てある。しかし、原判決は、本件か巡視権の行使を仮装した事案てあるとか、また相手方てある程田所長か巡視てあると認識したとか認定しているわけてはないのてあるから、本件について巡視権を云々して事を論するのは決して当をえたものということはてきない。そして、司法研究か裁判官の一般的権限とは全く無縁のものてあることは、既述のとおりてある。
多数意見の最大の弱点は、上述したとおり、公務員の一般的権限は法令上の根拠なくしてはこれを認めることかてきないとすへきてあるにかかわらす、本件につき、法令に代えるに刑務所と裁判所との間に存する特別の関係をもつてする点にある。刑務所対裁判所関係の特別性をいかに強調しようとも、その特別の関係か何故に法令に代替しうるのかの理由ないし根拠については、ついにこれを見出し難いといわなけれはならない。多数意見は、裁判官か司法研究や平素の研鑚のために刑務所以外の官庁や民間の各種団体、企業等に対して資料等の提出を求めるような場合には当該裁判官の権限を認めない趣旨と解されるか、刑務所に対する場合のみは卒然としてこれを認めることかてきるとすることに対しては、奇異の念を禁しえないのてある。
これを要するに、多数意見は、上述の権限を認めうる調査対象を刑務所に限定する点を除いては、実質において原判決の前示見解とその基調を同しくするものてある。遺憾なから、私の同調し難い所以てある。
六 以上のとおりてあるから、本件については、原判決の認定するとおり、被告人か司法研究その他将来担当することあるへき事件一般の参考にするための調査活動てあることを仮装したとしても、せいせい裁判官の地位・身分の濫用かあつたと認めうるにすきす、刑法一九三条に該当する職権濫用の行為かあつたとすることはてきない。
原判決には、判決に影響を及ほすことの明らかな重大な法令解釈の誤りかあり、刑訴法四一一条一号によりこれを破棄しなけれは著しく正義に反すると思料する。
 昭和五七年一月二八日
最高裁判所第二小法廷
 裁判長裁判官 宮 崎 梧 一
裁判官 栗 本 一 夫
裁判官 木 下 忠 良
裁判官 鹽 野 宜 慶
裁判官 大 橋 進
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