主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
理由
 上告代理人海野普吉外五七名の上告理由第一点、第二点について。
 原審の認定判断したところを要約すると、「上告人A1、同A2各所有の本件係争地は、終戦後、占領軍により他の広範な土地とともに板付空軍基地として接収され、以来占領軍及び占領終了後は駐留軍により引き続き使用されているものである。被上告人国は、右接収当時、占領軍による使用を国内法上合法ならしめるために、上告人らを含む接収土地の所有者との間で、期間を連合国軍隊が占領してその使用を継続する間とする賃貸借を締結した。占領状態が終結した昭和二七年七月二七日以降は、被上告人国は、土地所有者との間で、期間を駐留軍が使用を継続する間とする賃貸借を締結したが、本件土地(板付空軍基地として接収使用された土地中には、所有者の自由な使用収益が認められ、契約締結を要しなくなつた土地も生じたが、本件土地はそれに含まれなかつた)については、上告人らに拒否されたため、契約による使用権を取得できず、これを占有する適法な権原を有しないこととなつた。しかるに被上告人国は、日米安全保障条約三条に基づく行政協定二条一項に準拠するアメリカ合衆国の要求で、本件土地を板付空軍基地の区域として提供し、その使用を許して現在に至つている。被上告人国としては、本来、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」に準拠して、適法な使用権ないし所有権を取得して、本件土地使用を適法ならしめるのが相当であるが、右土地においては、既に四〇〇億円以上の費用が投ぜられた板付空軍基地の諸施設の一部として、ガソリンの貯蔵庫が設備されており、これを明け渡すとすれば、更に多額の費用を要し、かつ、基地の使用に甚大な不便と困難を来すことは必定であり、被上告人が明渡義務を履行することによつて蒙る損害と上告人らが明渡によつて得る利益とを比較検討するとき、右土地の明渡を求める上告人らの本訴請求は、権利の濫用として到底認容し得ない。」というのである。
 右の原審の認定判断は、結局相当として是認し得るものと解される。すなわち、原審認定によれば、被上告人国の駐留軍に対する土地の提供は、日米安全保障条約三条に基づく条約上の提供義務の履行としてなされているのであつて、右条約の誠実な履行は、国の義務であり、関係土地所有者らも、直接間接、この国の義務履行に協力すべき立場に置かれているものというべきである。また、原判示のように、接収以来現在に至るまで本件土地を含む広範な土地が占領軍ないし駐留軍により空軍基地として使用されて来た事情及びこれに対処するためになされた被上告人国と上告人らを含む土地所有者との間の契約締結に関する経緯並びに本件土地がガソリンの地下貯蔵設備の用地として使用されている事実(その認定は挙示の証拠に照らして肯認できないではない)等に鑑みると、本件上告人らを含む関係土地所有者らとしては、当初の契約期間満了(占領の終了)の後も、引き続き、空軍基地としての使用(駐留軍による)使用が必要とされる間は、その土地の明渡を求め得ないこととなつても、著しく予期に反するものではない筈であり、また、本件のような事情のもとにおいては、そう解すべき合理的根拠がある。(現に、上告人らを除く土地所有者らの接収土地については、その必要がないものとして所有者の自由な使用収益が認められたものを除いては、現在に至るまで契約に基づく土地の使用が継続されていることは、この間の消息を物語るものというべきである。)蓋し、契約に基づき被上告人国と関係土地所有者との間にすでに適法に形成された前記のごとき土地の使用関係は、単に契約の期間が満了した(占領の終了)という一事により、たやすく消滅させるべきではなく、その使用(駐留軍による使用)の必要性が大であるかぎり、むしろこれを存続させることを相当とすることは、借地権が存続期間の満了等の事由によむ消滅した場合においても、建物があるときは、土地所有者において、正当の事由がないかぎり、借地権者からの更新の請求を拒絶しえないものとする借地法四条一項の精神に照らすも、肯認するに難くないところである。しこうして、本件土地の明渡によつて上告人らが受ける利益と被上告人国のこうむる損害の比較についての原審の認定は、具体性を欠くきらいがないではないが、被上告人国のこうむる損害がより大であるという趣旨の範囲では、記録上、これを首肯しえないわけではない。(この点について具体的判示がないからといつて、必ずしも判決に影響を来す違法があるものとは考えられない。)
 以上のごとき観点から本件事案を考察すれば、本件において前記特別措置法に準拠して土地の使用または収用の手続をとらなかつた点に被上告人国の落度のあることは明らかであるが、右の手続をとらなかつたことによる本件土地所有権の侵害については、不法行為または不当利得に関する法規により救済を求めるのであれば格別、原状回復を求める本訴のような請求は、私権の本質である社会性、公共性を無視し、過当な請求をなすものとして、認容しがたい。従つて、原審の前記終局の判断は支持されるべきものであり、本件事案の経過に照らし、原判決はあながち信義則に違反したものとはいえない。なお、この判断に関し、原判決中に上告人らの加害の意思について判示されていないことは、格段の障害となるものではない。
 されば、上告人らの請求を容れなかつた原判決の認定判断には、判決に影響を及ぼすような所論の違法は認められず、論旨はすべて採用できない。
 同第三点について。
 所論は、一般的に権利濫用を認めることが憲法二九条に違反すると主張しているのではなく、本件で原審が上告人A1、同A2の本訴請求を権利濫用であるとして所有権の実質を否定したのは、私法生活において権力を特別扱いにするために人権を犠牲にせんとする全く権力に迎合した考え方によるものであつて、憲法二九条の解釈適用を誤つた結果である、というのである。しかし、原判決は所有権行使の一態様である原状回復請求を否定したのみであり、それは、私権の本質的性格である社会注、公共性に基づいてのものとしてであること明白であつて、格段、所論のように権力に迎合する思考に出でたものとは認められない。従つて、所論は、原判決を正解しないことに基づいて原判決の違憲をいうものであり、前提において採用できない。
 同第四点について。
 所論は、当裁判所大法廷判決(昭和三四年一二月一六日言渡、刑事判例集一三巻一三号三二二五頁)の示した判断と異なる見解を主張し、これを前提として判示賃貸借の違憲、無効を云為するものであるから、採用に値しない。
 同第五点について。
 上告人A3と被上告人国との間に、同上告人所有の本件土地につき、期間を駐留軍の使用する期間とする賃貸借が成立した旨の原審の認定は、挙示の証拠に照らして肯認できないわけではなく、その間に所論の違法があるものとは認められない。所掲の判例は本件に適切でない。論旨はすべて採用できない。
 上告代理人諌山博外二名の上告理由第一点について。
 原判決に所論の違法があるものとは認められないことは、上告代理人海野普吉外五七名の上告理由第五点について説示したと同様である。論旨は採用できない。
 同第二点、第三点、第四点について。
 上告人A1、同A2の本訴請求が被上告人国に対し本件土地の明渡を求める給付の訴であることは、原判決引用の第一審判決事実摘示に徴し明白であるから、原判決には所論第四点にいう違法は存しない。また、同上告人らの右請求を容れなかつた原判決の認定判断に関して違法をいう所論第二、三点の理由がないことは、上告代理人海野普吉外五七名の前記上告理由第一、二点について説示したと同様である。従つて、論旨はすべて採用できない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
 裁判長裁判官 五 鬼 上 堅 磐
裁判官 石 坂 修 一
裁判官 横 田 正 俊
裁判官 柏 原 語 六
裁判官 田 中 二 郎
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