主文
 原判決を破棄する。
 被告人両名に対する暴力行為等処罰に関する法律違反の各公訴を棄却する。
理由
 弁護人真木桓の上告趣意第三点について、
 強姦罪は暴行又は脅迫をもつて婦女を姦淫する罪てある。原判決挙示の証拠によれは、原判示の日時場所において被告人両名は他の五名の者と共謀の上、A同Bに対し判示の如き暴行をもつて右両女を姦淫したものてあることか明らかに窺えるのてある。しからは原審か認定した本件暴力行為等処罰に関する法律(大正一五年法律第六〇号)違反の事実は、右強姦行為を構成する一部の事実たるに過きないものといわねはならない。
 強姦罪は被害者の告訴を待つて罪を論する所謂親告罪てあるから、本件につき告訴かあつたかとうかを調へるのに、前示A同Bから強姦の被害を受けた旨の昭和二三年一〇月二九日附告訴状(記録一一丁)か提出されたか、検察官の公訴提起の前日てある同年一二月二九日附右告訴人両名及ひその父C連名て告訴取下書(記録一一三丁)か提出されたことか認められる。
 しかるに検察官は右告訴取消のあつた翌日、被告人等の右両女に対する共同暴行の点について、之を暴力行為等処罰に関する法律違反として起訴したのてあるか、第一審裁判所は、証拠にもとつき本件は本来強姦罪てあると認定し、よつて右告訴の取消により本件の公訴権は消滅したものてあるとして公訴棄却の言渡をしたのに対し、検察官控訴の結果原審は第一審と見解を異にし、公訴事実とおりの共同暴行の事実を認定し、之を暴力行為等処罰に関する法律違反として処断したのてある。
 そこて親告罪てある強姦罪において告訴のないのに(又は適法に告訴の取消かあつたのに)かかわらす、本来強姦罪の構成要件の一部の事実に過きない暴行又は脅迫の行為のみを捉えて提起された公訴か適法てあるかとうかについて検討する。 強姦罪を親告罪とした理由は、被害者側の告訴のないのに(又は告訴の取消のあつたのに)之を起訴し、その結果被害の事実か公けになるときは、被害者の名誉を傷つけその他之に多大の不利益を与えるとの考慮に基いたものてあつて、即ち被害者の意思感情名誉を尊重することの面に重点をおいたものてあり、之に反し強姦致死傷罪は非親告罪となつているのてあるか、この場合は死傷の結果の被害法益保護の面に重点をおいたものと解すへきてある。立法の趣旨右の如くてある以上、具体的事案においては両極端の事例として、たとえ軽微な傷害と雖もそれか強姦致傷の場合には非親告罪てあり、之に反し単純強姦罪てある限りはたとえその犯情最悪質のものてあつても親告罪てあるとの論結は之を堅持せさるを得ないのてある。然らは当該具体的事案の犯情に拘泥し或は他に事由を捉え、もつて以上の区別を紛訌するか如き取扱に出てることは法の到底容認するところてはないといわねはならない。 本件について見るに、原審挙示の証拠に徴すれは被告人等を加えた七名の者か共同して前示両女に暴行を加え輪姦した事案と認められるものてあつて、その犯情の悪質てあること凡そ単純強姦罪の頂点に位するものと認められるのてある。従つて本件は強姦致傷罪における軽微の致傷のものよりもその犯情遥かに悪質のものといわねはならない。しかし乍ら本件は苟くも公訴提起以前適法に告訴の取消かあつたこと前説明のとおりてある以上、之を強姦罪として公訴を提起し得ないことは勿論、強姦罪の構成要件中の一部の事実たる暴行行為のみを抽出して之か公訴を提起することも亦許されないところといわねはならない。けたし之を理論の面より観察するに強姦罪は「暴行又ハ脅迫ヲ以テ……姦淫シタル」罪てあつて、即ち暴行又は脅迫と姦淫とか合一して構成される単一犯罪てあるからてある。換言すれは暴行又は脅迫と姦淫とか因果の関係あるときはその行為全体をもつて常に強姦罪一罪のみか成立するものとするのてあつて、強姦罪てない他の罪即ち強姦の手段行為てあつた暴行罪又は脅迫罪か成立し、若しくは他の法令(例えは性病予防法の如き)に正条のない限り強姦の結果行為てある姦淫たけを罰する罪は存在しないものてあり、又強姦罪と共に他の罪即ち所謂一所為数法又は牽連犯関係の犯罪か成立するものとしていないことは、刑法の正条に照し疑を容れないところてあるからてある。そして以上の理は一人単独て犯した場合と数人共同て犯した場合との間に強姦罪としての成立要件において彼此差別を生する理は存しないのてある。けたし苟くも暴行又は脅迫と姦淫とか因果の関係によつて構成されたものてある以上は右の両者は単に犯行の事実形態を異にするたけてあつて、強姦罪としての構成態様を異にするものてはないからてある。従つて数人による共同暴行てあつても、それか姦淫の手段てあると認められる以上はたとえ暴行行為のみについて公訴か提起されても裁判所は当然強姦罪として審判すへきものてあらねはならないのてある。しからは強姦罪において告訴なき以上は之より暴行行為のみを抽出して公訴を提起することの許されない理を窺うに十分といわねはならない。次に之を審判手続の実際上の面より観察するに、仮に強姦罪につき暴行の事実のみにつき提起された公訴か適法とし且つ裁判所は暴行の所為についてのみ審判権かあるものと仮定するも、裁判所か当該事案を審判するにはその犯罪の動機原因手段目的被害の状況程度等、当該犯情の全般に亘り審判すへきものてあるから、通例の場合強姦被害の事実は凡そ公けにせられるところとなり、その結果は前示強姦罪を親告罪とした法の目的、即ち強姦罪においては犯人を処罰するよりも被害者の意思感情名誉を尊重することを重しとした立法の趣旨は到底之を達成すること不可能に帰するものといわねはならないのてある。即ちこの審判手続における面から見ても強姦罪の場合においてその手段行為てある暴行又は脅迫行為のみを抽出してなされた公訴の不合理性、従つてその違法性を知るに足るものといわねはならない。
 然るに原審は、その判決に挙示する証拠に照せは本件被告人等の行為は強姦罪を構成するものてあること明らかてあり、しかも前示の如く告訴を欠如するものてあるにかかわらす、右強姦罪の構成要件の一部てある本件共同暴行に関する公訴事実と同趣旨の事実を認定した上、之を暴力行為等処罰に関する法律違反罪に問擬し、被告人両名に対し何れも有罪の言渡をしたのは、本来公訴提起の条件を欠き従つて公訴を棄却すへきものを有罪としたのてあるから、原判決はその判決に影響を及ほすへき場合の違反かあり、且つその違反は原判決を破棄しなけれは著しく正義に反するものと認められるのてある。されは所論爾余の論旨に対する判断を用いるまてもなく、原判決は刑訴施行法三条の二、刑訴四一一条一号に従い、之を破棄すへきものとする。
 よつて当裁判所は刑訴施行法二条、旧刑訴四四八条に従い、更に事件につき次のとおり判決する。即ち本件公訴事実の要旨は、被告人両名はD、E、F、G、Hと共にその多数の勢をたのんて婦女に暴行せんことを謀議し、昭和二三年九月二三日頃の午後一〇時頃福島県石城郡a村字bI炭礦撰炭婦てある同郡c町大字d字eのA同B(姉妹)の両名の帰宅途中を待ち伏せ、おのおの覆面の上抵抗する右両女をつかまえてI炭礦スリ捨場の川辺及ひ同所ホーリンク小屋に連行して同女等を押倒し或は裸体となす等、もつて多数の威力を示して暴行したものてあるというのてあるか、原判決の挙示した証拠に徴すれは被告人両名の右行為は被告人両名か前示外五名の者等と共謀の上、前同所においてA同Bを強姦した手段行為てあることか明らかてある。然るに右強姦罪に関する告訴権者のした告訴は本件公訴提起以前既に取消されたのてあつて、従つて本件公訴は公訴提起の条件を欠如するものというへきてあるから、旧刑訴四五五条同三六四条六号に則り、被告人両名に対する本件公訴は何れも之を棄却すへきものとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官藤田八郎を除くその他の裁判官一致の意見によるものてある。
 裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりてある。
 強姦罪か親告罪てあること、これを親告罪としたのは、被害者の名誉等を顧慮し、被害者の訴追を欲する意思の表現を待つて、はしめて訴追すへきものとする趣旨てあることは今さらいうまてもない。しかしなからこの強姦罪の親告罪性は果して、との程度まて、徹底せられているたらうか。
 強姦罪か他の犯罪と結合して一罪をなす場合-例えは強盗強姦罪、-又は、強姦の結果人を殺傷したとき法律は既にこれを親告罪としていない。てあるから、被害者か、その為め処女膜の裂傷を来したに過きないような場合ても、この場合には、強姦致傷罪か成立するものとして被害者の名誉心、差恥心にかかわらす即ち、被害者の告訴を待たす犯罪の訴追か行われ判例もかかる訴追の適法てあることを是認しているのてある。又、強姦か他の犯罪と牽連の関係に立つて、一罪として処断されるへき場合においては、―例えは、故なく人の住居に侵入の上、強姦をした場合には、強姦罪についての告訴かなくとも、その住居侵入罪については、これを訴追し、科刑することを妨けないことは、夙に、大審院判例の認めるところてある。(大正一三年四月五日、集三巻三一八頁参照)。
 要は、強姦罪について、その親告罪としての性格を顧慮しつつも、その犯罪の兇悪性にかんかみ、犯罪防止という社会上の必要と、被害者の名誉等という個人的立場とをいかに調節するかということに、従来の立法、並ひに判例の苦慮かはらわれて来たと見るへきてあらう。
 これを本件について見るとき、本件起訴にかかる被告人等の所為か暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に該当することは明らかてある。たゝ、記録にあらわれた証拠からすれは、右の暴力行為は、一面において、強姦の手段として為されたものてあることかうかかわれるのてあるか、かかる場合強姦についての告訴かないからといつて右起訴はその訴追要件を欠くか故に不適法として右被告人等の集団暴行の所為をも不問に付して然るへきものてあらうか。この場合、強姦罪と暴力行為等処罰に関する法律違反の罪との想像上の数罪の成立を観念すへきものと思うのてあるか、たゝこの暴力行為は、強姦罪の手段として、即ち、構成要件として強姦罪の内にあり、前に舉けた住居侵入と強姦と牽連の場合は、住居侵入は強姦罪の構成要件にあらす、犯罪の外にありという法律顴念上の差異たけて両者を別異に取扱うへきものてあらうか。
 そもそも暴力行為等処罰法は、当時の集団的暴力行動の横行した社会状勢に対応するため、特に刑法暴行脅迫罪等の刑を加重するの趣旨において特別法を以て制定せられたものてあつて、同法に規定せられた集団暴力行為はこれを単なる刑法暴行罪の一態様を以て目すへきてない。即ち、右は、単純な個人の身体の安全を防護することを目的とするものてなく、或る種の社会不安に対応するための立法てあることは、その制定の趣旨に徴して明らかてある。すなわち、同法によつて防護せられる法益は、単なる個人法益のみてはなく公共に関する法益てある。されはこそ、同法制定の当時においては、刑法単純暴行罪は親告罪てあつたにかかわらす、特に、右処罰法における暴行罪はこれを親告罪としなかつたのてある。即ち同罪における被害法益は一面において公共に関するものてあるか故に、専ら公共の立場に於て、訴追を行うへきものて訴追すると否とを被害者の利益、乃至感情にかからしむる余地のないものとせられたのてある。
 本件のような強姦の手段たる暴行か右処罰法にふれる場合においても、その理は一に解すへきてあつて、かかる場合右処罰法違反の行為については、もはや被害者の個人的利害もしくは感情によつてその訴追すると否とを左右する余地のないものと理解すへきてある。もとよりその強姦に関する点は親告罪としての性質を失わないのてあるから、告訴のない限り訴追てきないことは勿論てあるか、強姦罪か親告罪なるの故を以て、この処罰法違反の点まてもその親告罪性を及ほすと解することは右処罰法制定の趣旨に背反するものと云わなけれはならない。況んや同法制定の由来をなす社会状勢は依然として緩和せられす、むしろ敗戦後のわか国において悪質の暴力行為は益々横行する社会状勢にあり、殊に全国各地において本件のことき暴力行為か頻々として行われることは裁判所に顕著なる事実てあつて、右処罰法制定の必要は今日において特に喫緊てあるというへきにおいておやてある。多数意見は、たゝ、右暴行か強姦の手段てあり、その構成要件の一部を成すの点にのみ著目して、一個の犯罪の構成要件の一部を取り出して、一罪として訴追することは許されないと主張するのてあるか、本件の場合においては、右の暴行は単なる強姦罪の手段たるに止まらすそれと同時に国家か暴力行為等処罰法によつて防護せんとする別個の法益を侵害するものてあつて、この点において別個独立の犯罪か成立する、そして、それかたとえ同時に強姦罪の手段たる関係に立つとしても、右暴力行為に関する罪は、それ自体として、その親告罪性を否定すへき特別の理由かあると理解せんとするのか自分の考え方てある。(たゝこの種事案の審判にあたつては、これと一体を成す強姦罪か親告罪てある趣旨に鑑み、判決等においても、特に被害者を特定し得るかきりは、その氏名の公示を避ける等適当の措置を講して十分に被害者の名誉を毀損しないように慎重留意することの必要てあることは勿論てある。) 自分は、原判決には所論のような違法はなく本件上告は棄却せらるへきものと思料する。
検察官 橋本乾三関与
昭和二七年七月一一日
最高裁判所第二小法廷
 裁判長裁判官 霜 山 精 一
裁判官 栗 山 茂
裁判官 小 谷 勝 重
裁判官 藤 田 八 郎
裁判官 谷 村 唯 一 郎
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