平成25年5月15日判 名古屋高等裁判所
平成23年(行コ)第5号 公務外認定処分取消請求控訴事件(原審 津地方裁判 所平成21年(行ウ)第8号)主文
 1 原判を取り消す。
2 処分行政庁か控訴人に対し平成18年3月30日付けてした地方公務員災害 補償法に基つく公務外認定処分を取り消す。3 訴訟費用は,第1,2審を通し,被控訴人の負担とする。
 事実及ひ理由第1 控訴の趣旨 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人か,その夫てあり,b市に合併される前の旧a町の教育委員会事務局教育課の教育課長てあった亡Aか,勤務中に心室細動により死亡した ことについて,亡Aの死亡かその公務に起因するのてあるとして,処分行政 庁に対して公務災害認定請求をしたところ,処分行政庁から,亡Aの死亡を公 務外の災害と認定する旨の処分を受け,これに対する被控訴人の三重県支部審 査会に対する審査請求及ひ被控訴人に対する再審査請求において,請求を棄 却するとの各裁かされたた,同処分の取消しを求た事案てある。原審は,控訴人の請求を棄却した。
2 その余の事案の概要は,次のとおり補正するか,原判「事実及ひ理由」欄の第2の1及ひ2記載のとおりてあるから,これを引用する。(1) 原判5頁1行目の「22日以降,」の次に「通常業務に加え,通常業務 とは質的に大きく異なる」を,4行目末尾の次に改行の上,次のとおりそれそれ加える。
「(ア) a町は,総人口8566人の小規模な地方自治体てあるか,平成16年9月22日に海外派遣問題について新聞報道かされた後,この問題に ついて議会教育委員会て激論か交わされ,住民か情報公開請求をした り,マスコミか取材に殺到したりするなと,同問題はa町史上の重大事 件てあった。」(2) 同5頁5行目の「(ア)」を「(イ)」に改,6行目の「地位にあり,」の次 に「教育長を補佐して課務を掌理し,」を,12行目から13行目にかけて の「実現しなかったのの,」の次に「議会においてB教育長に対する不信 任議案可され,」を,15行目末尾に「亡Aかこのような状況にあっ たことは,亡Aに特に過大な精神的ストレスを与えるのてあった。」をそ れそれ加え,16行目の「(イ)」を「(ウ)」に,23行目の「(ウ)」を「(エ)」 にそれそれ改る。(3) 同6頁18行目冒頭から23行目末尾てを次のとおり改る。「 海外派遣問題について新聞報道かされた以降,連日,とりわけ町議会 教育委員会の会議前後に,いわゆるメティアスクラムのように,多数の報 道関係者か教育委員会事務局を訪れ,B教育長との面会要求,海外派遣問 題に対する質問等を行い,B教育長か不在てあれはその所在を執拗に聞き出そうとした。
 マスコミ対応は,教育委員会事務局か担当し,主な対応は教育課長の亡Aか行っており,平成16年10月2日以降は亡Aに一本化されたか,亡 Aには情報公開についての裁量権かとんと与えられす,た,報道機関 住民からは,海外派遣問題の当事者は教育委員会てあると認識され,亡 Aは,内部情報を持っているのとなされて取材対象者となり,報道機 関から詰寄られていた。マスコミ対応は,亡Aに経験かなく不慣れてあった上,不用意な発言か 新聞記事になる可能性かあるなと難易度か高く,その責任は極て重かっ たにかかわらす,上記のとおり裁量権かとんとなく,海外派遣問題の当事者てあるB教育長の援助期待し難かったた,亡Aは,日常業務と質的に異なる大きな精神的ストレスを受けた。」
(4) 同7頁10行目から11行目にかけての「(会議)の議事録作成(テーフ反訳)をしなけれはならす,」を「(会議)について,教育委員会と意見か 相違していた議会の厳しい追及,マスコミ住民からの執拗な問合せ等か予 想されたことから,正確な対応を行うへく,上記会議の詳細て正確な議事録 を迅速に作成することか必要となり,その模様を録音したテーフの反訳作業 をしなけれはならなかったた,これを一手に引き受け(9月29日午前の 定例教育委員会以外の議事録か存在しないのは,合併に伴いa町か紛失した たてあるから,亡Aによる上記議事録作成の事実か認定されるへきてあ る。),」に,13行目の「苦慮していた。」を「苦慮しており,自宅にお いて議事録を作成していたとして,亡Aは,少なくと職場における通常 の公務と同程度以上の精神的ストレスを受けた。」にそれそれ改る。(5) 同7頁15行目の「(ア) 」の次に次のとおり加える。
 「亡Aの所定勤務時間は,平日午前8時30分から午後5時15分ててあり,土曜日,日曜日及ひ祝日は休日てあったところ,亡Aは,教育委員会 への出向前は,平日は午後6時半には帰宅し,土日は自宅て過こして いたか,出向後は土日出勤するようになったはかりか,会議か多く,慣 れない仕事多い中,毎日,慢性的に時間外労働に従事するようにな り,そのような状況下て,」を加え,18行目の「受けた。」を「受け, 慣れない公務に従事していた亡Aの疲労か蓄積し続けた。」に改,22 行目末尾に改行の上,次のとおり加える。「カ 亡Aの性格等 公務によるストレスと障害との関係を判定するには,当該公務に従事した者の性格傾向考慮されるへきところ,亡Aは,真面目て責任 感か強く,何事に几帳面な処理をしなけれは気か済ない性格てあったた,その従事した公務のストレスは直接亡Aの負荷となったのてある。」
(6) 同7頁24行目冒頭に「ア」を加える。
(7) 同8頁4行目の「主治医てある」から8行目末尾てを次のとおり改る。「 特に増悪傾向又は増悪要因は認られておらす,主治医てあるC医師は, 同時点において「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状増悪なく,比較 的安定している」と診断し,亡Aの拡張型心筋症の程度は文字とおり 「中等度」てあると考えており,不整脈等による突然死状態悪化予 想していなかった。イ すなわち,亡Aの拡張型心筋症の心臓超音波検査におけるEF ( 。左室駆出率。左心室か1回毎に拍出する血液量を 左心室の拡張期容積に対する比率て示した数値をいう。)は,平成9年 3月26日から平成16年9月10日前ての間は42%から55% ての範囲て,不整脈発生か多いとされる30%以下には至らすに推移し ており,同日の検査においては,胸部レントケン写真による心胸比は5 7.2%,心臓超音波診断における左室駆出分画は40%,左室内径L VDd(左室拡張末期径)64mm,LVDs(左室収縮末期径)51mm てあって,その約1年前の平成15年9月16日の数値(心胸比54. 8%,左室駆出分画42%,左室内径LVDd65mm,LVDs51 mm)と大差かなく,さらに,心不全診断の有効な判定基準てあるBN P(脳性ナトリウム利尿ヘフチト)の平成16年9月10日当時の値は 88.4pg/mlてあり,心不全の疑いか強いとされる100pg/mlには 至ってはおらす,亡Aは,管理職として何らの問題なく公務をこなして いた。ウ そのた,C医師及ひ他の担当医師らは,心臓移植重症の拡張型 心筋症の治療方法の主流てあったICD(         ,植込型除細動器)の使用について検討したことはなく,C医師か亡Aに対し,就労の停止制限を指示したことなかった。
 エ そして,同日以降,公務以外の私生活において,基礎疾患(拡張型心筋症)を急激に増悪させるような事情は全くなかった。」
(8) 同8頁10行目冒頭に「ストレスによる影響の程度は個人差かあるから, 公務起因性の有無は,被災者自身を基準にして判断すへきてあり,仮に客観 的な基準て判断するとして,公務の提供か期待されている者の全てを対象 とし,そのような者の中て最危険に対する抵抗力の弱い者を基準として判 断すへきところ,」を加え,同行の「安定した状態にあり,」を次のとおり改る。
 「安定していたか,拡張型心筋症の予後改善には,仕事等による精神的ストレス及ひ肉体疲労を貯ないこと並ひに十分な睡眠時間を確保することか 特に重要てあり,海外派遣問題か発生した当時,亡Aの心臓機能の状態は, NYHA(New York Heart Association。ニューヨーク心臓協会)の心機能 分類におけるクラスIIに相当するのてあったから,亡Aは,心臓に過大 な負担か掛からないよう,公務による負担含て健康管理か求られる 状態にあった。そして,亡Aの基礎疾患については,」(9) 同8頁14行目の「その期間,」を次のとおり改る。 「亡Aは,昭和49年6月にa町に採用され,翌年に土木課勤務となった後,長年建設土木,環境衛生及ひ上下水道関係の部署に勤務したか,平成16 年4月1日,入町から38年目,56歳になって,それて従事した職務 と関連性のない教育関係事務を行う教育委員会に教育課長として出向し, 約半年か経過したにすきない時点において,上記の1か月の間,」(10) 同8頁18行目の「受けたのてあり,」の次に次のとおり加える。 「亡Aは,死亡前,不眠,夜間の嘔吐,通常の労作ては見られない多量の発汗等の症状かあったか,控訴人に役場を辞たい旨述へるなとしており,これらは,亡Aか上記の著しい肉体的及ひ精神的ストレスを受けたことの証左てあって,」
(11) 同11頁22行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。「 なお,拡張型心筋症は,肥大型心筋症と異なって,事前の症状(不整 脈)か安定していて,直前に過重な運動労働をしなくて,心室細動 を発症し,突然死するリスクかある疾病てあるから,亡Aの拡張型心筋症 の程度か中等度てあったとして,自然的経過の中て突然死するリスクか あった。」第3 当裁判所の判断 当裁判所は,亡Aの死亡は公務に起因するのと認るのか相当てあるから,本件処分は取り消すへきのと判断する。
 その理由は,以下のとおりてある。1 認定事実 認定に供した証拠は,甲33,38,42から47て,49,50,53,54の1から5て,甲55の1及ひ2,甲58,59,60の1から4て, 甲61の1及ひ2,甲62,65並ひに証人C及ひ同人の書面尋問の回答書を 加えるかは,原判12頁7行目の「証拠」から11行目の「原告本人)」 てに記載のとおりてあり,これらの証拠に,前記前提事実(原判引用部 分)及ひ弁論の全趣旨を総合すると,次の事実か認られる(なお,平成16 年中の出来事は平成16年の記載を省略することかある。)。(1) 海外派遣問題
ア a町は,8月,海外派遣事業として,D町長を団長,B教育長を副団長とする中学生の使節団をアメリカ合衆国に派遣したところ,両名か生徒 随行者と別行動をしていたことか「考える会」のE会長に判し,9月2 1日,E会長は,議会の文教民生常任委員会(以下,単に「文教民生常任 委員会」という。)に対し,B教育長及ひD町長の罷免を求る申入書を提出し,同月22日,そのことか新聞て報道された。
イ そして,9月24日,文教民生常任委員会において海外派遣問題か討議され,B教育長は会議中に辞意を表し,同日,教育委員会のF委員長に対し,辞表を提出した。
ウ F委員長は,上記辞表の取扱いについて協議すへく,同月25日,臨時教育委員会を開いた。同会議ての協議の結果,訪米団に事故かなかったこ と,B教育長は健康上の問題かあったことから早期に帰国することか望 しかったことなとから,辞表は受理しないことになった。エ 同月27日,議会の本会議において,D町長に対する問責議案か可 され,これによって議会とD町長との対立か深った。た,同日開催さ れた議会の全員協議会(以下,単に「全員協議会」という。)において, F委員長かB教育長の辞表を受理しなかったことか厳しく追及され,F委 員長は,同月29日に改て教育委員会を開催し,上記辞表の取扱いを再 度検討することとした。オ 同月29日午前の教育委員会定例会及ひ同日午後の臨時教育委員会にお いてB教育長の辞表の取扱いか協議され,教育委員会は,B教育長に道議 上の責任はあるか,教育長か不在になれは教育現場に混乱を招くとして, B教育長に仕事に邁進することて責任を取るように求ることとし,B教 育長これを受けて辞表を撤回した。カ しかし,10月6日に開催された全員協議会において,B教育長の上記 の責任の取り方について議員らか反発し,F委員長は,同月12日てに 教育委員会を開いて更に検討する旨約束した。そして,F委員長は,10 月8日,臨時教育委員会を開催してB教育長の進退問題について協議した か,結論は出なかった。(その後,同月15日に開催された臨時議会において,F委員長及ひB 教育長の不信任議か可された。)キ 10月1日時点におけるa町は,総人口か8600人弱,市立中学校か 1校しかない小規模な地方自治体てあり,三重県全域て継続的に報道かさ れ,議会住民から問題視された海外派遣問題は,同町史上重大な事件て あった。(2) 亡Aの職務等 亡Aは,昭和42年3月にd高等学校商業科を卒業し,民間会社勤務を経て,昭和49年6月17日にa町の職員として採用され,主に土木課,建築 課及ひ水道課に勤務し,平成14年4月1日に課長となり,平成16年4月 1日に教育委員会に出向して教育課長となったのてあり,教育に関わる職 務に携わるのはこの時か初ててあった。教育課長は,教育長を補佐して課務を掌理し,教育長に事故かあるとき等 にはその職務を代行する立場にある。教育課の職員は,亡A,G課長補佐,H係長,主査2名,主事1名及ひ派 遣社教主事1名の合計7名てあった。亡Aの所定勤務時間は,月曜日から金曜日てか午前8時30分から午後 5時15分ててあり(休憩時間45分及ひ休息時間合計30分を含。), 土曜日,日曜日及ひ祝日は休日てあった。(3) 亡Aの執務状況等
ア 海外派遣問題発生前
亡Aは,基本的に,午前7時15分頃に起床し,朝食を取って出勤し, 午前8時20分頃にa町総合庁舎に到着し,職務に従事した後,午後5 時30分から6時頃てに退勤し,午後7時又は午後7時30分頃に夕 食を取り,休息した後,入浴して午後11時頃に就寝していた。亡Aは,教育課長として着任した4月1日以降,教育課長としての通 常業務に従事し,4月及ひ5月は初ての仕事か多いことあって午後 10時前後に退勤することあったか,6月以降は午後7時30分頃てには退勤しており,週休日等について,体育大会等の行事等に出席 するた月に数回程度出勤していたか,月当たり3日から11日は週休 日等か確保されており,海外派遣問題か発生するての業務は,精神的 に肉体的に特に過重なのてはなかった。イ 海外派遣問題発生以後
(ア) 9月23日(木曜日・祝日)
休日てあり,亡Aは,午前11時頃に起床し,休息及ひ仮眠を取るな として,午後11時頃に就寝した。(イ) 9月24日(金曜日) 亡Aは,午前8時22分に出勤し,午後7時25分に退勤した(時間外勤務2時間10分)。
 亡Aは,午前9時から午前11時20分て全員協議会に出席し,午後1時30分から午後3時50分て文教民生常任委員会に出席した。 同委員会ては海外派遣問題について討議され,B教育長か辞意を表し た。そして,B教育長か辞表を提出したことから,F委員長は,翌25 日に臨時教育委員会を開催することをた。亡Aは,その後,大雨による被害報告書を作成するなとした。亡Aは, 帰宅後,委員会の資料をとた後に就寝したか,就寝時刻は不てあ る。(ウ) 9月25日(土曜日) 亡Aは,午前11時頃に起床し,午後1時5分に出勤し,午後2時20分に退勤した(時間外勤務1時間15分)。 亡Aは,午後1時から午後2時て開催された臨時教育委員会に出席した。同委員会ては,B教育長の辞表は受理しないこととされた。そし て,同委員会終了後,F委員長及ひ亡Aは,総務課長に対し,同委員会 の経過を説した。亡Aは,帰宅後,仮眠休息を取り,その後に就寝したか,正確な就 寝時刻は不てある。(エ) 9月26日(日曜日) 亡Aは,午前8時30分から午後3時40分て,公務として,c地区体育祭を観覧した(休憩時間1時間を除き,時間外勤務6時間)。 亡Aは,帰宅後,休息し,午後7時頃から午後9時30分頃てc地区有志の慰労会に出席し,午後11時頃に就寝した。 なお,亡Aは,この頃から,無口になり,塞き込なとしたり,いらたち怒りっくなったりした。そして,友人のIに対し,「話をさせて らったら気分的に楽になるのて。」と言って,毎晩のように電話て海 外派遣問題について相談するようになった。(オ) 9月27日(月曜日) 亡Aは,午前8時14分に出勤し,午後7時43分に退勤した(時間外勤務2時間28分)。 亡Aは,午前9時から午前11時29分て及ひ午後1時から午後4時11分て,議会定例会及ひ全員協議会に出席した。午前中の全員協 議会において,議員から,教育委員会かB教育長の辞表を受理しなかっ たことについて厳しい追及かされ,午後の議会定例会ては,D町長に対 する問責議案か可された。そこて,F委員長は,上記の辞表の取扱 いについて,同月29日に改て臨時教育委員会を開催して協議するこ とにした。亡Aは,帰宅後,休息してから就寝したか,正確な就寝時刻は不て ある。(カ) 9月28日(火曜日) 亡Aは,午前8時15分に出勤し,午後2時35分て議会定例会に出席した。
亡Aは,退勤後,午後6時頃から議長との懇談会に出席し,午後9時 頃に帰宅し,休息後に就寝したか,正確な就寝時刻は不てある。なお,亡Aは,午後5時30分頃,汗をかくような気温てはないのに 大量の汗をかいていたことから,H係長か「えらい汗てすなあ。」と述 へて様子を聞くと,亡Aは,「最近よう汗か出るんわ。」と答えた。(キ) 9月29日(水曜日) 亡Aは,午前8時21分に出勤し,午後11時18分に退勤した(時間外勤務6時間3分)。
 亡Aは,午前9時30分から午後0時て教育委員会の定例会に出席し,午後1時から午後2時30分て臨時教育委員会に出席した。上記 の各委員会において,B教育長の辞表の取扱いについて協議されたとこ ろ,B教育長に仕事に邁進することて責任を取るように求ることにな り,B教育長はこれを受けて辞表を撤回した。亡Aは,午後7時30分から午後9時て,教育長を本部長とするa 町スホーツ少年団の会議に出席し,会議の進行等を行った。その後,亡Aは,F委員長の自宅に赴き,午後11時頃て,今後の 対応について協議した。亡Aは,F委員長に対し,当日の教育委員会の 会議の内容について新聞記者から問合せかあり,認識している範囲て答 えた旨,た,海外派遣問題についてE会長から執拗に情報公開を求 られており,とこて答えてよいか対応に苦慮している旨話した。F委 員長は,議会,E会長及ひ報道関係者に一貫性をって対応する必要か あり,そのた,たれかとのような発言をしたかを記載したてきるたけ 詳細な会議の議事録を作成し,これに基ついて回答するように亡Aに指 示した。亡Aは,9月29日の午前及ひ午後の教育委員会の会議の議事 録の作成に取り掛かると述へて帰宅した。亡Aは,帰宅後,9月29日午前の議事録の作成作業に着手し,深夜に就寝したか,正確な就寝時刻は不てある。 なお,亡Aは,控訴人に対し,10月4日てに議事録を作成したい,重要なことなのて一字一句聞き逃してはいけないと話した。 (ク) 9月30日(木曜日)亡Aは,午前8時22分に出勤し,午後6時4分に退勤した(時間外 勤務49分)。亡Aは,午前8時50分頃から午後0時30分頃て,a中学校等を 訪問し,午後3時から午後5時て,障害児教育指導研修会に出席した。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後9時頃から議事録の作成作業に取り掛かり,深夜に就寝したか,正確な就寝時刻は不てある。 なお,亡Aは,午前11時頃にe幼稚園を訪問した際,しきりにハン カチて顔を拭いていた。た,亡Aは,同夜,食へた物を吐いた。そして,亡Aは,この頃から眠れない日か続くようになった。 (ケ) 10月1日(金曜日)亡Aは,午前中は体調不良のた休暇を取得し,午後0時43分に出 勤し,午後6時18分に退勤した(時間外勤務1時間3分)。亡Aは,帰宅して休息した後,午後9時頃から議事録の作成作業に取 り掛かり,深夜に就寝したか,正確な就寝時刻は不てある。(コ) 10月2日(土曜日) 亡Aは,午前9時頃に起床し,海外派遣問題に関する新聞報道等への対応を協議するた,午前9時40分に出勤し,F委員長,B教育長及 ひG課長補佐と打合せを行い,午前11時40分に退勤した(時間外勤 務2時間)。上記の打合せにおいて,外部への窓口は亡A一人にして,応答に一貫 性を持たせることか確認された。た,亡Aは,帰宅して休息及ひ仮眠 を取るなとした後,午後5時頃から午後7時頃て,F委員長宅を訪れてF委員長と海外派遣問題について打合せを行った。 亡Aは,帰宅して休息した後,午後9時頃から議事録の作成作業に取り掛かり,深夜に就寝したか,正確な就寝時刻は不てある。 (サ) 10月3日(日曜日)亡Aは,午前8時45分から午後1時て,公務として,町内各地区 の体育祭を観覧した(時間外勤務4時間15分)。亡Aは,帰宅して休息した後,午後5時頃から午後7時頃て議事録 作成作業をし,夕食及ひ休息を取った後,午後9時頃から再ひ議事録作 成作業をして深夜に就寝したか,正確な就寝時刻は不てある。なお,亡Aは,会議の内容を録音したテーフか聞き取りにくく,議事 録の作成作業かなかなか進なかったた,同日,義兄のJに手伝って くれるよう求たか,同人の都合かつかす手伝ってらうことはてきな かった。た,亡Aは,同日に友人と県外の温泉に行く予定てあったか, これを取り止た。(シ) 10月4日(月曜日) 亡Aは,午前8時22分に出勤して午後5時29分にいったん退勤し,午後7時1分に再ひ出勤して午後9時29分に退勤した(時間外勤務2 時間42分)。亡Aは,午後2時から午後4時45分てa町て開催される分科会の 責任者として分科会当日の運営要綱等について協議し,午後7時30分 から午後9時てa町のスホーツ少年団に関する会議に出席し,事務局 の責任者として会議の進行を行った。亡Aは,会議終了後,E会長から の情報公開請求についての電話に対応したか,E会長は強硬て,「嘘は っかり言っていたら警察に訴えるそ。」,「今日は会話の内容を録音し す。内容に不審な点かあれはこの足て弁護士を訪ね,訴訟の準備に入 りす。」,「教育委員会事務局全部同し穴のしなしないか。」なとと言った。 亡Aは,帰宅後,普段はしていた入浴をすることなく,午後11時30分頃に布団に入った。 (ス) 10月5日(火曜日)
亡Aは,午前8時21分に出勤し,午後5時41分に退勤した(時間 外勤務26分)。亡Aは,午前9時30分から午前11時30分て校長会に出席し, 午後0時30分頃にF委員長の自宅に赴き,29日午前中の教育委員会 の議事録の整理をし,手書きの議事録を完成させた。亡Aは,真面目て 責任感の強い性格の持ち主てあり,完成した議事録非常に詳細なの てあった。この時,F委員長は,亡Aから,テーフか聞き取りにくくて 困っている旨を聞き,「作業か大変たったら私のところに録音テーフを 持ってくるように。」と言った。亡Aは,帰宅して休息した後,午後11時30分頃に布団に入った。
 (セ) 10月6日(水曜日)亡Aは,午前8時14分に出勤して午後5時52分にいったん退勤し, 午後6時55分に再ひ出勤して午後7時14分に退勤した(時間外勤務 56分)。亡Aは,午前9時30分から午後0時て及ひ午後1時30分から午 後2時30分て,全員協議会に出席した。同協議会ては,議員らか, B教育長か辞表を撤回したことに強く反発し,F委員長は,同月12日 てに教育委員会を開いて更に検討する旨約束した。亡Aは,午後3時 頃から午後4時30分頃ての間,上記会議の内容についての報道関係 者からの質問に対応した。その後,亡Aは,F委員長の自宅に赴き,今 後の対応について打合せを行った。亡Aは,同日は午後9時頃に帰宅し,入浴せすに午後11時30分頃に布団に入った。
(ソ) 10月7日(木曜日)
亡Aは,午前中2時間の休暇を取得し,午前10時頃に起床して,午 前10時30分に出勤し,午後9時8分に退勤した(時間外勤務3時間 53分)。亡Aは,午後7時から午後9時て中学校ふれあい体験会議に出席し, 冒頭のあいさつを行った。亡Aは,帰宅後,休息してから午後11時30分頃に布団に入った。
 (タ) 10月8日(金曜日)亡Aは,午前6時30分頃,幼稚園の園長から遠足についての問合せ の電話かあって起床し,午前8時11分に出勤し,午後3時頃から午後 5時頃て数名の教育委員会の委員宅に赴いて打合せを行い,午後7時 1分に退勤したか,午後7時30分からa町人権・同和教育研究協議会 専門部会に出席し,その後,午後8時30分頃からE会長との電話の対 応に当たり,午後9時に帰宅した(時間外勤務3時間16分)。E会長との電話の対応は,会議中に同人から電話かあったた,亡A か,会議終了後に電話をかけ直したのて,E会長から,上記使節団の 海外派遣の旅費(以下,単に「旅費」という。)の細を休日中に公開 するように強く要求され,亡Aは,「休けてはたなんてすか。」 なとと答えた。なお,上記の電話時間は約30分てあるか,この時,亡 Aは,冷汗をかいていた。た,同日には臨時教育委員会か開催され,B教育長の進退問題につ いて協議されたか,結論は出なかった。同委員会の終了後,亡Aは,F 委員長に,9月29日午後の教育委員会の会議の内容を録音したテーフ と手書きの用紙とを渡し,聞き取りにくいところのテーフ起こしをして しいと依頼した。(チ) 10月9日(土曜日) 亡Aは,午前10時過きに起床して床屋に行った後,午後3時55分に出勤し,E会長の情報公開請求への対応についてG課長補佐と打合せ を行い,午後5時19分に退勤した。亡Aは,帰宅後,テレヒをつけて 居間て横になるなとしていたか,午後7時15分に再度出勤した。亡A は,この時,控訴人に対し,いらいらした様子て,仕事を辞たいと漏 らした。亡Aは,E会長からの情報公開請求に対する回答を同月12日にしな けれはならなかったか,従前の経過からすると,予定している回答ては E会長か納得することは見込れなかったた,その対応に苦慮し,E 会長と親しい議員に事情を説して,同議員からE会長に話をしてら おうと考え,同議員に来庁を依頼した。亡Aは,G課長補佐ととに同 議員に上記の依頼をしたところ,同議員はこれを承諾し,同議員との会 合は20分程て終了した(時間外勤務1時間44分)。亡Aは,同議員を庁舎の出口て見送った。
なお,亡Aは,同議員を見送りに出たとき多量の汗を顔に浮かへてい た。その後,亡Aは,2階の事務局に戻り,宿直室に行って20分程雑談 し,宿直室を出た直後に突然倒れた。午後8時20分頃,宿直勤務者か廊下に倒れている亡Aを発見した時 は,亡Aは目を閉した状態て大きないひきをかいていた。亡Aは直ちに f病院に搬送されたか,午後10時40分,心室細動により死亡した。ウ 海外派遣問題発生後の会議出席に伴う業務
(ア) 亡Aは,教育課長として,教育委員会の会議,全員協議会及ひ文教民生常任委員会に出席する義務かあるところ,9月24日から10月9 日ての間に,海外派遣問題を討議するたに臨時に開催された会議は,教育委員会か3回,全員協議会か3回,文教民生常任委員会か1回てあ った。海外派遣問題は教育長か当事者てあるた,通常てあれは教育長か行 う教育委員との連絡調整を亡Aか行わなけれはならす,そのた,亡A は,F委員長の自宅を度々訪れる等して,同人と打合せを行っていた。(イ) 議事録の作成 F委員長は,B教育長の進退をくって議会E会長と厳しく対立していたた,議会,E会長及ひ報道関係者に一貫性をって対応するた には,教育委員会の会議の議事録をてきるたけ詳細に作成する必要か あるとして,9月29日の午前及ひ午後の会議の議事録作成を亡Aに指 示したのてあり,当時の状況からすれは速かに議事録を作成する必 要かあり,亡A,10月4日てに完成させることを目指して,同夜 から作成作業を始た。しかし,録音テーフか聞き取りにくいことあって,亡Aは,9月2 9日から10月3日て,自宅において深夜て作業をして,29日午 前分の議事録の草稿を作成し,これを10月5日にF委員長に手渡し, 同人と相談しなから議事録の草稿を完成させた。そして,その後,亡Aは,上記の議事録をハソコンを用いて清書する ととに,29日午後分の議事録の草稿をてきる範囲て作成し,10月 8日,F委員長に,上記草稿と録音テーフとを手渡して,聞き取りにく い部分のテーフ起こしを依頼した。エ E会長の情報公開請求に対する対応 「考える会」のE会長は,教育委員会に対し,海外派遣問題について情報公開請求を行い,多数回にわたって教育委員会事務局を訪れたり,電 話をかけたりした。E会長には主として亡Aか対応していたか,亡Aは,E会長か公開を求ている旅費の細書の提出を旅行会社か拒否しているた,その取 扱いに苦慮していたところ,E会長は,教育委員会かB教育長の辞表を 受理せす,B教育長か辞表を撤回したことから,旅費の細についての 公開要求を強硬かつ執拗にしてくるようになり,10月4日及ひ8日に は,午後5時以降に開催されていた会議の場にて電話をして,亡Aに 対し,「嘘はっかり言ってたら警察に訴えるそ。」といった脅迫的な言 葉,「教育委員会事務局全部同し穴のしなしないか。」とい った事務局(ひいてはその幹部職員てある亡A)を非難する言葉を述へ るなとした。オ 報道関係者への対応 亡Aの報道関係者への対応については,原判の18頁24行目冒頭から同19頁5行目末尾てを次のとおり補正するかは,原判「事実 及ひ理由」欄の第3の1(3)エ記載のとおりてあるから,これを引用する。
 「 上記の会議に出席していたのはB教育長及ひ亡Aてあるところ,B教育長は海外派遣問題の当事者てあることから,亡Aか報道関係者の質 問に答えることか多かったか,10月2日以降は,外部への窓口を亡A に一本化することになり,亡Aか報道関係者との対応を全て行った。亡Aは,報道関係者との対応については,不手際かあったときの影響 か大きいた神経を使っていた。」(4) 亡Aの基礎疾患等 亡Aの基礎疾患等については,原判「事実及ひ理由」欄の第3の1(4)記載のとおりてあるから,これを引用する。 (5) 拡張型心筋症についてア 拡張型心筋症は,心筋の脱落及ひ線維化のたに収縮不全と心室の拡張 とを来たす原因不の疾患てあり,心不全(約50%)及ひ突然死(3 0%から40%)か死因となる。突然死の多くは,心室頻拍又は心室細動によるか,高度の徐脈突然死 に関与することかある。イ 拡張型心筋症の予後は以前に比へ飛躍的に改善している。 平成11年(1999年)に実施された全国疫学調査二次調査対象症 例の5年後の予後調査によれは,5年生存率は75.7%てあり,平成 10年(1998年)に初て拡張型心筋症と診断された390例の5年生存率は78.6%てあった。 拡張型心筋症の予後を良好にするたには,仕事なとによる精神的ストレス,肉体的負荷,疲労等を貯ないこと及ひ十分な睡眠時間を確保することか特に重要てある(甲49)。
ウ 致死的不整脈と精神的ストレスとの関係については,文献(甲47,50,58)によれは,NYHAの心機能分類のクラスII(身体活動に軽度 の制約かある。)に当たる拡張型心筋症においては,心臓の交感神経活性 か亢進しており,このような亢進か心筋細胞に障害を与える可能性かある, 精神的ストレスは,心臓交感神経活性を亢進させ,心室頻脈致死性不整 脈を誘発し得るとされている。したかって,精神的ストレスは,拡張型心筋症を増悪させ,致死的不整 脈を誘発する因子てあると認られる。エ 拡張型心筋症における突然死の危険因子としては,持続性心室頻拍,心 室細動の既往及ひ左室駆出率か挙けられており,左室駆出率か30%以下 に低下すると,不整脈の発生か多くなり,我か国において,上記のよう な低下か致死的不整脈突然死を予知させる因子となるとの報告かある。(6) 亡Aの拡張型心筋症の症状
ア 平成15年9月16日の検査値
心胸比54.8%,左室駆出分画42%,LVDd(左室拡張末期径) 65mm,LVDs(左室収縮末期径)51mmイ 平成16年9月10日の検査値 心胸比57.2%,左室駆出分画40%,LVDd64mm,LVDs51mm,BNP値(脳性ナトリウム利尿ヘフチトの値)88.4pg/ml ウ 平成15年9月16日付けの臨床調査個人票「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状なく安定している」と記載され ている。エ 平成16年7月26日付け及ひ同年9月10日付けの臨床調査個人票 「薬物療法の継続にて呼吸困難等の症状増悪なく比較的安定している」と記載されている。
 オ 左室駆出分画の変化
平成9年3月26日 0.43,平成10年10月20日 0.55か ら0.42,平成11年12月24日 0.53,平成15年9月16 日 0.42,平成16年9月10日 0.4カ 平成15年9月16日から平成16年7月26日の臨床調査におけるN YHAの心機能分類いすれクラスII(身体活動に軽度の制約かある。) (7) 亡Aの症状等に関する医師の意見等ア 亡Aの主治医てあったf病院のC医師の平成17年2月8日付けの意見 書,平成18年11月2日付けの意見書及ひ平成19年5月15日付けの 意見書の内容は,原判「事実及ひ理由」欄の第3の1(5)のイ,ウ及ひ エ記載のとおりてあるから,これを引用する。イ C医師の書面尋問に対する回答書及ひ証言の要旨 亡Aは中等度の左室収縮機能障害に罹患しており,平成16年9月10日の診察時に特記すへき変化はなく,比較的状態は安定していた。上記 の時点て不整脈による突然死は予測することかてきなかった。拡張型心 筋症は重度てなけれは心室細動発生のリスクかないとはいえない。拡張型心筋症は症状か安定していて不整脈等の出現によって急変する可能 性か考えられる。亡Aの突然死については,ストレスか関与しているか しれないし,喫煙か心臓の負担になっていた可能性ある。ウ K医師の意見書(甲62)の要旨 海外派遣問題発生当時の亡Aの左室駆出率は40%てあり,不整脈か多いとされる30%以下てはないから,安定した状態か続いていたといえ る。亡Aは,拡張型心筋症と診断された以降管理職として業務をこな しており,医師から勤労制限を受けたことはない。た,亡Aは担当医 からICD(植込型除細動器)を使用する必要性を指示されていなか ったことから,突然死か容易に起こるとは想定されていなかった。海外派遣問題発生当時の亡Aの症状は,1年前の症状と大差なく安定 した状態にあり,さらに,上記問題発生当時のBNP値は88.4pg/ mlてあって,心不全の疑いか強い100pg/mlには至っていないから, 「心室細動等かいつて発症し得る程度に重度な状態」てはなく,「薬 物療法の継続によって呼吸困難等の症状増悪なく比較的安定していた」 といえる。一方,亡Aは,海外派遣問題の処理に追われる中,寝付けす,夜中に 嘔吐し,汗をかく気温てはないのに大量の汗をかき,死亡当日に控訴人 に対して「役場を辞たい」と愚痴をこしたことから,自律神経に異 常か生したと判断されるところ,これらは過度の心理的及ひ肉体的スト レスによるのてあり,致死的不整脈による突然死は,死亡直前に準備 され,発症したのと判断することかてきる。さらに,海外派遣問題か発生した後の亡Aの所定労働時間を超える週 当たりの平均労働時間は16時間27分と一定の負荷を生しさせるの てあった。したかって,海外派遣問題発生後の過重なストレスにより,亡Aの生真面目な性格,不慣れな業務の負担及ひ長時間労働か相って,安定していた拡張型心筋症か自然経過を超えて悪化したのてある。
 2 亡Aの死亡は公務に起因するのかについて(1) 公務起因性の判断基準 公務起因性の判断基準については,原判20頁25行目から36行目にかけての「当たり,」から21頁7行目の「これか認られた後に」てを 次のとおり改るかは,原判「事実及ひ理由」欄の第3の2(1)記載の とおりてあるから,これを引用する。 「当たっては,被災職員か従事していた公務か,被災職員と職種,職,職務経験及ひ年齢等か同程度の職員に対して,特に過大な精神的負荷又は肉 体的負荷を与えるのと認られるかとうかについて客観的に行うへき のてあるところ,この場合,健康な状態にある者のならす,血管病変等 を有しているのの,その病態か通常の日常の職務の遂行に支障かない程 度の職員(以下「平均的労働者」という。)含て考察すへきてある。 そして,上記の平均的労働者を基準として,当該業務の内容業務量か過 大な精神的負荷又は肉体的負荷を与えるのてあるか否かを検討するとと に,」(2)
ア 海外派遣問題に関連する業務は日常業務か否か
前記認定のとおり,海外派遣問題は,「考える会」のE会長か議会にD 町長及ひB教育長の罷免を求る申入書を提出したことか端緒となり, D町長については問責議案か可されてD町長と議会との対立か深 り,B教育長はいったん辞表を提出したのの,教育委員会かこれを受 理しないこととしたた,この措置を不当とする議会と教育委員会とか 厳しく対立する状況となり,報道関係者,事か町長及ひ教育長の不祥 事に関することてあったた,連日のように教育課に取材に来ていた亡Aの公務の荷重性
のてあり,海外派遣問題は,総人口か8600人弱の小規模な地方自治 体てあるa町においては,同町史上重大な事件てあったこと,海外派遣 問題は,亡Aにとっては,直属の上司てあるB教育長の進退に関する問 題てあり,議会と教育委員会とか厳しく対立し,9月24日から10月 8日ての15日間に3回臨時教育委員会か開催される状況てあった ことからすると,亡Aの海外派遣問題に関する業務は,臨時教育委員会 の開催,その議事録の作成,情報公開請求及ひ報道関係者への対応等, その一つ一つは教育課長の職務の範囲内ののてはあるか,a町の教育 課長としては,通常行うことかれな業務てあって,いわゆる日常業務 とは質的に著しく異なるのてあり,その難易度は高く,責任重い のと認られる。イ 職場等における労働時間について 前記認定のとおり,亡Aの所定勤務時間は平日の午前8時30分から午後5時15分ててあり,海外派遣問題か発生した後の9月24日から 亡Aか死亡した10月9日ての16日間の時間外勤務時間(平日の午 後5時15分以降並ひに土曜日,日曜日及ひ祝日に勤務した時間)は合 計39時間てあって,これたけては2週間に50時間という前記通達 (乙2)の基準を満たさない。しかしなから,通常てあれは,土曜日及ひ日曜日に仕事から解放され ることによって疲労から回復されるのてあるところ,亡Aは16日間 連続して業務に従事していたのてあり,そのうちには短時間勤務の日 かあったとして,疲労の蓄積という観点からは16日間の連続業務か 亡Aの身体に悪い影響を与えたのと認られること,議事録の作成作 業は,完成か急かれたのてあること,F委員長からてきる限り詳細な 議事録を作成するようにとの指示かあったことから,録音テーフを聞き なからその作成作業をしなけれはならす,そのたに静かな自宅て集中的に行った方か能率的てあることからすると,議事録の作成を自宅て行 う必要性か認られるから,亡Aか自宅て議事録の作成作業をした時間 時間外勤務として加算すへきところ,その作業時間は正確には不て あるか,完成した議事録並ひにその草稿の内容及ひ分量に照らせは,少 なくと10時間以上は上記作業に費されたのと推認されること, 亡Aは,9月29日,10月2日及ひ同月6日にF委員長の自宅に赴き, 同人と今後の対応について打合せをしているか,これ時間外勤務と認 定すへきのてあること,上記3点を併せ考慮すると,10月1日に4 時間の代休を取得し,同月7日に2時間の時間休を取得していることを 考慮して,上記16日間の労働時間は,亡Aはとより平均的労働者 にとって相当に過大な精神的負荷及ひ肉体的負荷を生しさせるのと 推認される。ウ 議事録作成作業について 前記認定のとおり,9月29日の午前及ひ午後の会議の議事録については,F委員長から,議会,E会長及ひ報道関係者に一貫性をって対応 するた,たれかとのような発言をしたかを記載しててきるたけ詳細に 作成するようにとの指示を受けていたのてあり,作成期限は指定され なかったか,上記の使用目的からして速かに作成する必要かあったこ と,それにかかわらす,録音テーフは聞き取りにくく,作業は難航し, 亡Aは義兄に手伝いを求たののこれかなわす,予定していた10 月4日に議事録を完成させることかてきなかったこと,上記の議事録の 使用目的からすると,上記の議事録作成作業は通常の議事録(甲44か ら46)の作成作業より責任の重いのてあったこと,議事録の作成 作業について,亡Aか平均的労働者より能力的に劣っていることを認 るに足りる証拠はないことからすると,9月29日の午前及ひ午後の 教育委員会の会議の議事録の作成作業は,亡Aのならす平均的労働者にとって相当に精神的負荷を生しさせるのてあったと認られる。
 エ 情報公開請求者への対応について前記認定のとおり,「考える会」のE会長は,海外派遣問題について教 育委員会に情報公開請求をし,旅費の細の公開を求ていたところ, 同人への対応は,亡Aか主に行っていた。そして,亡Aは,旅行会社か 旅費の細書を提出しないことから,E会長への対応に苦慮していたと ころ,E会長は,10月4日及ひ8日には,午後5時以降に開催されて いた会議の場にて電話をして,警察への告発訴えの提起を示唆する 発言をしたり,事務局(ひいてはその幹部職員てある亡A)を非難した りするなと,亡Aに対し,強硬かつ執拗に旅費の細の公開を求てい た。亡Aは,E会長に対する回答の期限か10月12日に迫り,予定し ていた回答ては同人の納得を得ることかてきないことか分かっていたこ とから,その対応に苦慮し,同月9日,とかくこの事態を乗り切ろ うとして,土曜日てあったにかかわらす,同人と親しい議員に会って E会長の説得を依頼したのてある。上記によれは,E会長の情報公開請求に対する対応は,当時,B教育 長の進退問題て議会と教育委員会とか厳しく対立していたことを考慮す ると,難易度か高く,責任の重い仕事てある上,E会長の強硬かつ執拗 な姿勢あって,亡Aはとより平均的労働者にとって相当過大な精 神的負荷を生しさせるのてあったと認られる。オ 報道関係者への対応について 前記認定のとおり(原判引用部分),海外派遣問題か9月22日に新聞て報道されてからは,連日,報道関係者か教育委員会事務局の入口付 近に訪れ,特に教育委員会等の会議か開催される前後には多数の報道関 係者か訪れて,B教育長との面会要求海外派遣問題に関する質問を行 っていたのてあり,主に亡Aかその対応をしていたところ,10月2日以降は,対外的な窓口を亡Aに一本化することになって,亡Aかと んとの対応をしていたのてある。報道関係者との対応は,不手際かあったときの影響か大きいこと,当 時はB教育長の進退問題て議会と教育委員会とか厳しく対立している状 況にあったことからすると,比較的難易度か高く,責任重い(それゆ え,対外的な窓口を教育課長に一本化したのてある。)のてあって, 亡Aはとより平均的労働者にとって相当過大な精神的負荷を生しさ せるのと認られる。カ 会議出席に伴う事務について 前記認定のとおり,亡Aは,海外派遣問題か発生したた,9月24日から10月9日ての16日間に,3回の臨時教育委員会,3回の臨時 全員協議会及ひ1回の臨時文教民生常任委員会に出席した。た,亡Aは,海外派遣問題の発生により,通常てあれはB教育長か 行う教育委員との連絡調整をしなけれはならす,F委員長の自宅を度々 訪れて同人と打合せを行っていた。上記の業務は,精神的又は肉体的に過重な業務とてはいえないとし て,日常の通常業務に付加されるのてあることを考慮すると,亡A はとより平均的労働者にとって一定の精神的負荷及ひ肉体的負荷を 生しさせるのと認るのか相当てある。キ 小括 以上のとおり,9月24日から10月9日ての亡Aの業務は,1そのうち海外派遣問題に関連するのは,a町の教育課長としては通常行う ことかれな業務てあって,いわゆる日常業務とは質的に著しく異なる のてあり,その難易度は高く,責任重いのと認られること,2 そして,上記16日間の労働時間は,この間の勤務か完全休養日のない 連続したのてあったこと,上記議事録作成のたの自宅ての作業時間及ひF委員長宅ての打合せ時間を考慮すれは,相当に重い負荷を生しさ せる長さに達していたのてあったと推認されること,3上記議事録作 成作業,情報公開請求者への対応及ひ報道関係者への対応はいすれ相 当過大な精神的負荷を生しさせるのと認られること,4会議出席に 伴う業務は過重なのとてはいえないとして,日常の通常業務に付 加されるのてあることからすると,一定の精神的負荷及ひ肉体的負荷 を生しさせるのと認るのか相当てあること,5さらに,亡Aは,上 記の業務を通常の日常義務に付加して行っていたのてあることを考慮 すると,亡Aはとより平均的労働者にとって相当過重なのてあり, 精神的及ひ肉体的(特に精神的)に相当な負荷を生しさせるのてあっ たと認るのか相当てある。(3) 亡Aの基礎疾患(公務外の発症の危険因子)
ア 前記認定事実によれは,次の事実か認られる。
(ア) 亡Aは,平成9年3月,f病院て拡張型心筋症及ひ慢性心房細動に 罹患していると診断され,投薬を受けなから,約2か月に1回の割合て 同病院に通院して定期診療を受けていた。(イ) 拡張型心筋症は,心室細動等により突然死することかある。
 精神的ストレスは,心臓交感神経活性を亢進させ,致死性不整脈を誘発し得るとされている。
(ウ) 亡Aの平成16年9月10日時点における拡張型心筋症は中等度てあり,薬物療法の継続により呼吸困難等の症状の増悪はなく,比較的安 定していた。そして,同月10日の検査値は,左室駆出分画か40%(30%以下 に低下すると不整脈の発生か多くなるとされている。),BNP値か8 8.4pg/ml(心不全の可能性のある高低に関する指標として100p g/mlか境界値とされている。)てあった。(エ) C医師は,要旨,平成16年9月10日時点て,「亡Aか不整脈に より突然死することは予期することはてきなかった。しかし,拡張型心 筋症は重度てなくて心室細動発生のリスクかあり,症状か安定してい て不整脈等の出現によって急変する可能性か考えられる。亡Aの突然 死については,ストレスか関与しているかしれないし,喫煙か心臓の 負担になっていた可能性ある。」と述へている。(オ) K医師は,要旨,「亡Aの症状は,心室細動等かいつて発症し得 る程度に重大な状態てはない。亡Aは,過度の心理的及ひ肉体的ストレ スから自律神経に異常か生し,致死的不整脈を発症して突然死したの てある。」と述へている。イ 小括 上記によれは,平成16年9月10日時点における亡Aの拡張型心筋症の症状は,中等度て安定しており,心室細動か生しることを感知すへき 具体的な徴候はなかったのと認られる。しかし,拡張型心筋症は, 重度てなくて,症状か安定していて,心室細動発生のリスクかあり, 突然死することかある。(4) 総合的検討 亡Aの海外派遣問題に関連する業務は,教育課長の職務の範囲内ののてはあるか,a町の教育課長としては通常行うことかれな業務てあって,い わゆる日常業務とは質的に著しく異なるのてある上,突発的に発生し,適 正迅速な処理を求られるのてあるところ,議事録の作成,情報公開請求 に対する対応及ひ報道関係者への対応等いすれの業務の内容難易度か高く 責任の重いのてあり,亡Aは,これらの業務と日常の通常業務とを同時に 行わなけれはならす,16日間の時間外勤務時間,前記通達(乙2)か定 る2週間に50時間との基準に近いのてあったから,海外派遣問題か発 生した後の9月24日から亡Aか死亡した10月9日ての亡Aの業務は,亡Aはとより平均的労働者にとって相当に過重なのてあり,相当な精 神的負荷及ひ肉体的負荷を生しさせるのと認られる。そして,亡Aは,不眠,夜間の嘔吐,通常の労作ては見られない多量の発 汗等の症状を呈することかあり,これらは,精神的又は肉体的なストレスか 高して自律神経に異常を来したことか発現したのと推認される。他方,9月10日時点における亡Aの拡張型心筋症の症状は,中等度て安 定しており,心室細動か生しることを感知すへき具体的な徴候はなく,主治 医から,就労制限の指導を受けたり,ICD(植込型除細動器)の使用を 指示されたりすることなかった。そして,亡Aか心室細動を発症したのは,「考える会」のE会長に対する 説得を同人と親しい議員に依頼するという神経を使う折衝の直後てあり,同 議員を見送りに出た際に亡Aは顔に多量の汗を浮かへていたことを考慮す ると,海外派遣問題発生後の相当過重な公務に起因する精神的及ひ肉体的な ストレスか心臓交感神経活性を亢進させて心室細動を発症させ,亡Aを突然 死させたのと推認するのか相当てある。そうすると,上記公務による過大な負荷か亡Aの基礎疾患てある拡張型心 筋症をその自然的経過を超えて増悪させ,亡Aを死亡させたのと認られ るから,上記公務と亡Aの死亡との間には相当因果関係かあるというへきて ある。第4 結論 よって,上記と結論を異にする原判を取り消し,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判する。
 名古屋高等裁判所民事第2部裁判長裁判官 林 道 春
裁判官 内 堀 宏 達
裁判官 優子
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