主文 本件控訴を棄却する。
理由 本件控訴の趣意は,弁護人下田泰作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用する。論旨は,被告人が,山口県下関市(以下単に「市」と もいう)または同市から家庭系一般廃棄物の収集または運搬の委託を受けたも のでなく,かつ,下関市長から上記廃棄物の収集または運搬行為を行わないよ うに命じられていたものであるが,原判示の日時に,原判示のごみステーショ ンにおいて,適正に排出された家庭系一般廃棄物である古紙(新聞紙等)約35 キログラムを収集した旨認定し,下関市廃棄物の減量及び適正処理等に関する 条例(以下「本条例」という)45条,10条2項,1項を適用して被告人を罰 金10万円に処した原判決について,本条例45条,10条2項,1項(以下 「本件規定」という)は,法律に違反するから,地方自治法14条1項,憲法 94条の条例制定権の範囲を超え,かつ憲法22条1項,25条1項,13条, 31条,14条等に抵触して違憲無効であり,仮にそうでないとしても,被告 人の行為は可罰的違法性がなく,あるいは構成要件該当性を欠くにもかかわら ず,本件規定を適用して被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼす ことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである。所論にかんがみ記録を調査して検討するに,原判決には所論のいう法令適用 の誤りはない。以下,所論に即して付言する。1 本条例は,9条1項で,市長は,家庭系一般廃棄物(一般廃棄物のうち事業活動に伴って生じた廃棄物以外の廃棄物をいう)を収集する場所(以下「ご みステーション」という)を指定することができる旨規定した上で,10条 1項において,市または市から収集もしくは運搬の委託を受けた者(以下,市と合わせて「受託業者等」という)以外の者は,9条2項の規定により, 適正にごみステーションに排出された家庭系一般廃棄物を収集または運搬し てはならない旨規定し,10条2項は,同条1項に違反して,受託業者等以 外の者が,ごみステーションに排出された家庭系一般廃棄物を収集または運 搬したときは,その者に対し,その行為を行わないよう命ずることができる 旨,45条は,10条2項の命令に違反した者は20万円以下の罰金に処す る旨それぞれ規定している。そして,関係証拠によれば,本条例及び本件規定の制定経緯ならびに趣旨 及び目的について,おおむね原判決の「争点に対する判断」の項(以下「争 点判断の項」という)第1の2(2)アイのとおりの事実が認められ,それらの 事実に加えて,以下の事実を認めることができる(原判決の認定事実を重複 して示すことがある)。(1) 被告人は,25歳のころ,父親が営んでいた古紙回収業を継ぎ,その 後,「A商店」の屋号で,自宅のある福岡県宗像市及びその周辺地域にお いて,一般家庭やスーパー等の商店から出る古紙を個別回収したり,自治 会や子供会が集団回収により集めた古紙を回収して古紙問屋に売り渡すこ とを業としてきた。被告人は,平成14年か15年ころ,古紙の価格が下 落し古紙回収による収入が減ったときには,夜間タクシー運転手のアルバ イトをしたことがあった。また,被告人と同様,親の代から古紙回収業を営んできたBは,平成5 年前後ころ,古紙の価格が暴落し,古紙を回収しても,それに使用する自 動車のガソリン代相当の利益も得られなかったことから,1年半ほどの間, 古紙の回収を止めたことがあった。(2) 下関市(平成17年2月13日同市を含む1市4町の合併前の下関市。以下,同日より前において「下関市」という場合はその趣旨であり,その 市域を「旧下関」ともいう)は,平成15年6月30日から,ごみステー ションにおいて,資源ごみとして古紙を分別して収集するようになった。
 同市は,それ以前は,古紙も生ごみ等とともに燃やせるごみとして収集し, 焼却処分していたところ,それら一般廃棄物の処理は,同市職員において, いわゆる直営として行ってきた。そこで,古紙の分別収集についても,同 市職員において直営として行い,収集した古紙は,入札により決めた民間 の処理事業者のもとに直接搬入して,その処理を委託し,処理された古紙 は,入札により再生事業者に売却して,その売却利益は特別財源としてご み収集事業の財源に充ててきた。なお,ごみステーションは,旧下関地域に約4600か所ある。
(3) 被告人は,平成15年ころ,同業者から,下関市ではごみステーショ ンで古紙を回収できると聞いて,同市における古紙の収集日である毎週水 曜日に,よほど天気が悪いとき以外は,朝,パッカー車で宗像市内から高 速道路等を通って下関市内に赴き,同市内のごみステーションを回り,そ こに排出されている古紙を集めるようになった(以下,この行為を「本件 行為」ともいう)。被告人は,本件行為により,パッカー車に4トン前後 から6トン前後の古紙を回収して同車の荷台が一杯になると,それを同市 内の古紙回収業者に売り渡し,その後さらに同市内のごみステーションを回って同様の行為を繰り返すなどしてきた。
(4) 被告人は,平成17年3月9日,下関市環境部職員らから,ごみステーションにある古紙は,市が回収するから取らないでほしい旨の注意をさ れたにもかかわらず,その後も本件行為を続けていた。そして,被告人は, 同年8月17日,同市環境部職員から,ごみステーションに排出された家庭系一般廃棄物の収集・運搬を中止するよう警告する警告書を交付され, その際,「この行為が有罪と明らかになるまでは続ける」と言って,さら に本件行為を続けたことから,同日,本条例10条2項に基づく禁止命令 書を交付された。しかし,被告人は,その後も本件行為を続け,同年10 月12日,同年11月9日,同月16日,平成18年1月4日,同月25 日,同年2月22日及び同年3月29日に,いずれも同市環境部職員から 本件行為を止めるよう注意され,同年4月12日にも,本件行為をしてい るところを同職員らに発見されて,再び禁止命令書を交付された。そして, 同年5月31日午前11時18分ころ,原判示の場所において,あらかじ め,同市環境部職員らが,当日一般家庭から排出された古紙の排出物8袋 の重量・種別及び排出者等を調査し,回収されても残存の古紙から回収古 紙を特定できるような措置を講じた上,同職員ら及び山口県下関警察署警 察官らが張り込んでいたところ,被告人が,パッカー車を運転して来て, 上記8袋のうち6袋を同車の圧縮装置がある荷台に投げ込んだことから, 上記警察官に,原判示の犯罪(以下「本件犯行」という)をした現行犯人と して逮捕された。(5) 被告人は,本件犯行当時,既に下関市内の十数か所のごみステーショ ンを回って古紙を回収し,その運転するパッカー車の荷台はほぼ一杯に近 い状態であったことから,あと4か所か5か所のごみステーションを回っ て古紙を回収したら帰ろうと思っていたところ,本件犯行場所では,段ボ ール等より目方が重く,雑誌よりも買取単価の高い古新聞が入っている袋 だけを回収するつもりであった(被告人の警察官調書〔原審検察官請求証拠 番号乙3〕)。本件犯行場所において,あらかじめ重量・種別等が調査され た古紙の排出物8袋の内訳は,4袋が雑誌,4袋が新聞であったところ,被告人が本件犯行現場に残した2袋の排出物は,いずれも雑誌であった。
 2 所論は,循環型社会形成推進基本法(以下「循環基本法」という)10条は,地方公共団体が,同法3条から7条までに定める循環型社会の形成について の基本原則(以下「基本原則」という)にのっとり,循環資源について適正に 循環的な利用及び処分が行われることを確保するために必要な措置を実施す る責務等を有する旨定めているところ,同法4条は,循環型社会の形成に必 要な措置が国,地方公共団体,事業者及び国民の適切な役割分担の下に講じ られるべき旨,同法3条は,循環型社会の形成に関する行動が自主的かつ積 極的に行われなければならない旨それぞれ規定しているから,下関市は,被 告人をはじめとする既存の古紙回収業者が,親子代々培ってきた知識・経験 等を利用すべきであったのに,同市が原判示の場所を含む区域(以下「本件 区域」という)において,そのような既存業者を放逐し,古紙の収集行為を 独占する結果となる本件規定は,循環基本法10条に違反することが明らか である旨主張する。しかし,古紙を回収するために,下関市の清掃事業に従事する職員を活用 するか,入札等により既存の古紙回収業者を活用するかは,循環基本法10 条にいう「必要な措置」として地方公共団体に委ねられていると解される。したがって,下関市が,既存の古紙回収業者を活用していないからといっ て,循環基本法10条に違反しているなどとはいえない。3 所論は,循環基本法10条が,地方公共団体は,その区域の自然的社会的 条件に応じた施策を策定・実施すべき責務を有する旨規定しているにもかか わらず,本件規定は,本件区域の自然的社会的条件や地方の実情を全く配慮 していない旨主張する。この主張は,控訴趣意書第1の4において述べられているところ,控訴趣意書第1の4は,要するに,下関市内でも随意契約により民間に古紙収集を 委託している区域があるところ,その区域と本件区域とは,自然的社会的条 件や実情において異ならないにもかかわらず,本件区域では,民間業者が古 紙を収集することを刑事罰をもって禁じているのは,本件区域の自然的社会 的条件や実情を配慮しているとはいえない旨の主張であると解される。しかし,所論指摘の随意契約により民間業者が古紙収集を委託されている 地域は,平成17年2月13日に下関市を含む1市4町の合併前の4町のう ちの3町であるから,まさに社会的条件や実情を本件区域とは異にしている のであって,そのために,民間業者に古紙収集が委託されていると考えられ る。そうすると,本件規定が,本件区域の自然的社会的条件や実情について 配慮していないとはいえない。4 所論は,循環基本法2条3項が,廃棄物等のうち有用なものを「循環資源」 と定義し,同条1項が,循環資源について,適正に循環的利用が促進される ことをもって「循環型社会」と定義した上,同法7条において,再使用(同 法2条5項参照)優先の原則を定めているところ,本条例10条は,受託業 者等以外の者が,再使用可能な廃棄物等を含めた家庭系一般廃棄物の持ち去 り行為をすることを一般的に禁止することにより,適正にごみステーション に排出された廃棄物等をそのまま,あるいは修理して再使用することをも禁 止する結果となっているから,本件規定は,循環基本法7条に違反している 旨主張する。たしかに,循環基本法6条は,循環資源については,できる限り循環的な 利用が行われなければならない旨規定し,同法7条は,技術的及び経済的に 可能な範囲で,第1に再使用,第2に再生利用,第3に熱回収,第4に適正 処分の順序で,できるだけ上位での処理を義務付けている。しかし,いったんごみステーションに排出された家庭系一般廃棄物の中から,再使用し得る ものを自由に選別して持ち去ることを許容した場合には,適正に排出された 家庭系一般廃棄物が飛散または流出して,ごみステーションの清潔さが損な われたり,その円滑な収集運搬ができなくなるなどの弊害が生じることも, 十分に予想されるところである。循環基本法7条の再使用優先の原則の適用 も,上述のとおり,「技術的及び経済的に可能な範囲」においてなされるべ きものとされているのであって,上記弊害の生じることが予想されることを も考慮すると,本条例10条が,適正にごみステーションに排出された家庭 系一般廃棄物の持ち去り行為を一般的に禁止していることが,循環基本法7 条に違反するものとはいえない。5 所論は,原判決が,争点判断の項第1の2(3)において,廃棄物処理法「7 条1項ただし書は,専ら再生利用の目的となる一般廃棄物の収集・運搬業者 (以下「再生目的回収業者」という)を許可の対象から除外しているが,これ は,再生利用が一般化し,回収ルート及び資源に利用のサイクルが確立して いる一般廃棄物は環境保全上の問題が生じないとして許可を不要としたもの であり,再生目的回収業者に特別の権利を与えたり,積極的に保護すること を目的とするものではない」と説示している点について,以下のとおり主張 する。すなわち,再生目的回収業者は,循環型社会の形成に多大な役割を果 たしてきたものであって,循環基本法制定後は,同法11条4項の責務を果 たす役割を与えられたものである。また,国民は,基本原則にのっとり,製 品等が循環資源になったものについて,適正に循環的利用が行われることを 促進するよう努める責務(循環基本法12条1項)及び事業者に適切に引き渡 す責務(同条2項)を有することになったのである。さらに,廃棄物処理法7 条が,古紙の収集・運搬・処分を許可制にしなかったのは,古紙の収集・運搬・処分が,私的経済活動自由の原則が適用される領域と考えたからにほか ならない。したがって,循環基本法4条の基本原則,同法12条1項,2項 の国民の責務及び同法11条4項の事業者の責務を併せ考えると,廃棄物処 理法7条は,少なくとも,事業者・国民が古紙の回収・運搬を行うことを, 刑罰をもって禁止することを許容していないことが明らかであって,本件規 定は,同条に違反している,というのである。しかし,廃棄物処理法7条1項ただし書は,単に,専ら再生利用の目的と なる一般廃棄物の収集・運搬については,生活環境の保全及び公衆衛生上の 問題が生じにくいと考えられることから,再生目的回収業者を,同条1項本 文の許可の対象から除外したに過ぎないと解されるのであって,同条は,事 業者・国民が古紙の収集・運搬を行うことを,刑罰をもって禁止することは 許容していない旨の所論は,独自の見解であるというほかない。また,循環基本法11条は,「事業者」の責務について規定しているとこ ろ,同条にいう「事業者」とは,「原材料等がその事業活動において廃棄物 等となる」(同条1項),「製品,容器等の製造,販売等を行う」(同条2項) または「当該循環資源の循環的な利用を行うことができる」(同条4項)事業 者であり,同法12条2項の「事業者」も,同法11条3項の「当該製品, 容器等の製造,販売等を行う」事業者であることが明らかである。したがっ て,これらの「事業者」が,古紙の収集・運搬・処分を行う者を指すことを 前提とする所論は,同法の解釈を誤ったものであって到底採用できない。6 所論は,被告人による古紙回収行為は,営業の自由,生存権及び人格権の 実現そのものであるところ,本件規定に基づく制約の結果,受託業者等は, 市内のすべてのごみステーションにおいて古紙収集・運搬行為を行うことが できるのに対し,その他の業者は,それを行うことができなくなるから,それは,「一般家庭から排出される古紙の収集・運搬」業を営むことを,行政 が完全に統制するという意味において,営業許可制に準じた効果を持ち,こ のことは,被告人らが長年にわたって正当な業として営んできた領域に対し, 行政が後から規制をかけて民間業者を排除しようとするものであって,本件 規定による規制が,網羅的全面的であることは明らかである旨主張している。そこで検討するに,原判決の説示するとおり,下関市では,平成16年4 月ころから,ごみステーションに排出された古紙を持ち去る行為が急増し, 市の調査によると,下関地区の1週間あたりの古紙収集実績が,古紙の分別 収集を開始した平成15年度においては約193トンであったのに対し,平 成16年度においては約129トンに減少して,その減少量のうちの多くは 古紙の持ち去り行為が原因であると推察されたことや,同行為に関し,多数 の市民から市へ苦情が寄せられたことを契機に本件規定は設けられたもので ある。そして,古紙が資源ごみとして取り扱われ,ごみステーションにおい て古紙の分別収集が開始された平成15年6月30日より前においても,古 紙は,燃やせるごみとして市によって収集されていたものであり,同日以降, 収集する対象の古紙が格段に増えたとはいえないこと,本件規定が,毎週水 曜日に,適正にごみステーションに排出された家庭系一般廃棄物の持ち去り 行為以外の古紙回収業者が行う事業活動に対しては,何らの規制も加えるも のではないこと,市は,持ち去り行為を直ちに処罰の対象とはせず,市長に よる禁止命令を発し,それでもその命令に違反した場合に初めて処罰の対象 とする間接処罰方式を採用しており,持ち去り行為に対して直ちに罰則を適 用するわけではなく,本件規定により持ち去り行為が制限される局面は限定 されていることなどからすると,本件規定による制約は,被告人ら古紙回収 業者の憲法上の権利を網羅的全面的に奪うものではないから,明らかに不合理であるとはいえない。本件規定が,被告人が行う古紙回収業について,営 業の自由や被告人の生存権及び人格権を侵害するものであるとはいえない。 また,原判決が,本件規定の規制目的は,生活環境の保全及び公衆衛生の 向上を図るとともに,循環型社会形成のための施策である下関市の資源ごみ の分別収集制度を維持し,循環資源について,適正に循環的利用及び処分が 行われることを確保することを主たる目的とするものであって,それは,社 会政策上の積極目的に該当し,その目的自体は合理的なものである旨説示し ている点について,所論は,本件規定(罰則)により被告人の人権が侵害され る以上,政策目的の維持が人権制約の根拠とはならないから,本件規定は憲法に違反する旨主張する。 しかし,本件規定は,市民が,受託業者等の行う収集に委ねる意思で,市長が指定したごみステーションに排出した家庭系一般廃棄物を,その市民の 意思に反して,受託業者等以外の者が収集運搬する行為を規制するという至 極当然の事柄を定めたに過ぎないものである。したがって,本件規定に違反 する行為は,家庭系一般廃棄物を排出した市民の意思に反する不当な行為で あるから,これを処罰するのは当然のことであり,これを処罰することが, 被告人の営業の自由や生存権及び人格権を侵害するものでないことは,既に 説示したとおりである。さらに所論は,上記の持ち去り行為に関する市民の苦情は,あくまでも資 源ごみを持ち去る行為を目撃した通報件数であるところ,下関市においてな すべき行為は,持ち去り行為が犯罪であると公報することではなく,循環型 社会の形成のために,市民と古紙回収業者とが適切な役割分担と自主的・積 極的な協力体制の推進を図ることであるとか,原判決は,本件のような持ち 去り行為を放置すれば,市民の古紙排出についての協力を得ることができなくなるから,それを防ぐことが政策目的である旨説示しているところ,そも そも,適正なごみの排出は,市民が環境保全の重要性を認識することによっ て確保されるべきものであるとか,市民の苦情や持ち去り行為の放置と,市 民の古紙排出についての協力を得ることができなくなる事態とは関連しない などと主張する。しかし,循環型社会形成のために市が何をなすべきかということや,適正 なごみの排出を確保するためにどうすべきであるかなどということについ て,所論が指摘するような点があるとしても,そのことは,本件規制と矛盾 しないし,本件規制をすることの妨げとなるものでもない。これらの所論の いずれも採用できない。7 所論は,原判決が,「市が民間業者を排除しようとするものであるとはい えない」「個人回収を奪ったものであるとは認められない」と説示している 点について,いわゆるちり紙交換や集団回収をする業者は,はるか以前より, 市民から古紙を譲り受け,資源化する仕事を生業としてきたものであって, 下関市が古紙の分別収集を始めた平成15年6月30日当時においても,そ のような古紙回収業者は,同市内だけでも約60名いたところ,古紙の全体 量は,本件規定制定の前後で大きく差が出るものではないから,市がごみス テーションでの古紙収集に乗り出せば,循環型社会を形成したいと考える市 民は,当然ながらごみステーションに古紙を置くこととなり,その結果,従 来,子供会等の集団回収に出されていた古紙が2割から5割減少するなどし たから,原判決の上記説示は誤っている旨主張している。しかし,下関市は,循環基本法10条により,循環資源の再生利用のため に必要な措置を実施する等の責務を有することから,限られた日に,ごみス テーションという限られた場所に排出された古紙の分別収集を開始したに過ぎないのであって,市は,民間の古紙回収業者を排除しようとしたり,古紙 回収業者が従前どおりの形態で個人回収をすることを,何ら規制していない のであるから,原判決の説示が誤っているとはいえない。たしかに,下関市が古紙の分別収集を開始した後,旧下関地域においては, 毎週水曜日の朝ごみステーションに排出することにより,従前よりも手軽に 古紙の資源化を図れることから,市民の中には,上記分別収集開始以前は古 紙回収業者に古紙を譲渡していたのに,その後は,ごみステーションに排出 するようになった者がいるものと推測され,その分,古紙回収業者の収集で きる古紙の量が減少した可能性は否定できない。しかし,上記のとおり,下関市が,循環資源の再生利用のために必要な措 置を実施するという政策目的実現のために,古紙の分別収集を,同市におい て責任を負う一般廃棄物処理に従事している職員を活用して行うことには合 理性がある。また,同市においては,収集した古紙を民間の処理事業者のも とに搬入して,その古紙を処理させた上,入札により再生事業者に売却し, その売却利益は,特別財源として同市の清掃事業費の財源に充てているので あるから,古紙の収集を行う以上,その売却利益も多い方が望ましい。そし て,本件行為のような持ち去り行為を放置した場合には,原判決が指摘して いるように,市民から古紙排出についての協力を得ることができなくなる事 態に陥ることなどが予想されるほか,1(1)(5)の認定事実からも明らかなよ うに,古紙回収業者は,古紙の価格が回収費用に見合う時期において,天候 の良い日に限って,旧下関の約4600か所あるごみステーションのうちの 収集に便利な場所に排出された,しかも高額に売却できる古紙だけを選んで 持ち去ることが予想される。そうすると,市は,古紙の価格が低い時期や古 紙回収業者が収集しなかった天候の悪い日には,古紙の価格が高い時期や天候の良い日よりも多くの収集をしなければならなかったり,不便な場所を中 心に,しかも,売却価格の低い雑誌類を主に収集せざるを得なくなり,ひい ては,収集した古紙の売却利益も少なくなって,市が得られる筈の財源が得 られないという弊害の生じることが予想されるのである。そうすると,本件規定は,以上のような弊害を避けるという必要性から制 定されたという面もあるのであって,下関市が,一定の日に,ごみステーシ ョンという限られた場所において,古紙の分別収集を開始したことにより, 仮に,従前からの古紙回収業者が収集できる古紙の量が減少したとしても, それは,上記政策目的実現のためのやむを得ない措置といえるのであって, その措置に何ら違憲の疑いはなく,不当な点もない。8 所論は,本条例10条が,受託業者等以外の者において,適正にごみステ ーションに排出された家庭系一般廃棄物の収集・運搬をすることを禁止して いるところ,1ごみステーションは,下関市中に縦横に存在する市道上にあ る上,全く何の区画もされておらず,ごみの量の増減により広狭が生じ,測 量図での特定はできず,要するに,外観上何の特定性もなく,2本条例9条 2項は「当該家庭系一般廃棄物を分別し,飛散または流出しないように市長 の指示する方法により収納し,かつ指定された日時に排出する等適正にこれ を行わなければならない」と規定しているところ,<ア>「市長の指示する方 法」については,下関市廃棄物の減量及び適正処理等に関する規則(以下「本 件規則」という)4条に規定されているとの指摘はあったものの,具体的に 明らかにされておらず,<イ>「指定された日時」についても具体的な明示は なく,本条例に規定されてもおらず,<ウ>「指定された日時に排出する等」 の「等」とは,処理除外物を排出しないこと「など」であるとしているけれ ども,処理除外物について条例に根拠がないなど,本件規定は極めて曖昧で,構成要件が明瞭ではなく,罪刑法定主義を定めた憲法31条に反し,無効で あるなどと主張している。そこで検討するに,関係証拠によると,争点判断の項第3の2(1)アない しオの事実が認められるところ,1のごみステーションの概念及び特定性な らびに2<ア>の点については,同項第3の2(2)で説示されているとおり, 通常の判断能力を有する一般人であれば,当該廃棄物がごみステーションに 適正に排出されたものであるかどうかは容易に理解できるし,廃棄物がごみ ステーションに排出されたものであるかどうかを誤りなく認識できる程度に ごみステーションの場所及び範囲も定まっており,適正な排出方法について も,本件規則4条,別表第1及び市民に配布されている「しものせきごみ百 科」や「ごみ収集カレンダー」により具体的に明らかにされている。なお,2<イ>の点については,上記「ごみ収集カレンダー」において,ご みの種類ごとに排出すべき曜日等が指定されているところ,所論のいうよう に,その指定が本条例に規定されるべき必要は全くないし,2<ウ>の点につ いても,本条例9条2項は,ごみステーションに家庭系一般廃棄物を適正に 排出すべきことを定めたものであり,「指定された日時に排出する等」とい う文言は,適正な排出方法を例示したものであって,「等」という語がある からといって,適正な排出方法が曖昧となるものでもない。また,そもそも, 適正に排出されているか否かは,上述のとおり,通常の判断能力を有する一 般人であれば,容易に判断できるものである。しかも,本条例の罰則は,本 条例10条2項の規定による命令に違反した者に対してのみ科されるもので あり,本条例9条2項に違反した者に対して科されるものではない。したがって,本件規定が,極めて曖昧で,構成要件が明瞭ではなく,罪刑 法定主義を定めた憲法31条に反して無効であるなどとはいえないから,所論は採用することができない。 原判決も,ごみステーションなる概念は,家庭系一般廃棄物を収集する場所であることを除き具体化されていないとしながら,本件規定が禁止する行 為は,通常の判断能力を有する一般人において理解し得るものであるとした ところ,所論は,犯罪構成要件は,本条例の中に,それに違反する行為が明 確に書かれていることが要求されているから,原判決の判断は誤っている旨 主張している。しかし,原判決は,本条例2条において,本条例における用語の意義が廃 棄物処理法の例によると定められ,同法,本条例及び本件規則によって,「家 庭系一般廃棄物」の定義も明らかであることから,ごみステーションの概念 も明確に理解できる旨判断しているのであって,犯罪構成要件は,本条例な らびにその引用している廃棄物処理法及び本条例の施行に関して必要な事項 を定めた本件規則に明確に記載されている。したがって,原判決の判断は正当であって,所論は採用できない。
9 原判決は,「区域の自然的社会的条件」や「地方の実情」に応じ,他の多 くの地方公共団体が定めていない本件規定を下関市が定めても,法の下の平 等に反しないと説示しているところ,所論は,原判決が,上記「条件」「実 情」がどのようなものであるかについて一切判示していないし,本条例に基づく規制は下関市の地域特殊性から正当化されないなどと主張する。
 しかし,原判決は,争点判断の項第4の2(1)において,国も「各地方公 共団体が,循環資源について適正に循環的な利用及び処分が行われることを 確保するために条例を制定することを容認するとともに,その条例が当該地 方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じたもの,すなわち地方の実情に 応じたものであることを求めているというべきである」と説示している(以下,この説示を「本件説示」という)。そして,原判決は,国が,制定を容 認している条例について,当該地方公共団体の区域の自然的社会的条件ない し地方の実情に応じたものであることを求めている旨,国の地方公共団体に 対する一般的な姿勢を説示してはいるものの,本件説示に先立ち,「憲法は, 地方公共団体の条例制定権を認めている以上,地域による差別は憲法自らが 容認するところである」と説示し,また,本件説示に続いて,下関市以外の 複数の地方公共団体が,本件規定と同様の規制のある条例を制定しているこ となどを指摘していることにも照らすと,原判決のこれらの説示は,全体と してみると,「区域の自然的社会的条件」や「地方の実情」に応じて,「他 の多くの地方公共団体が定めていない本件規定を下関市が定めても,法の下 の平等に反しない」などという所論指摘の趣旨の説示をしているのではない ことが,明らかである。結局,上記所論は,原判決が説示していない事柄を,あたかも説示してい るように引用した上,それを論難しているに過ぎない。10 所論は,本条例10条が,「適正に」ごみステーションに排出された家庭 系一般廃棄物の持ち去り行為を処罰するのに,「不適正に」同所に排出され た同廃棄物の持ち去り行為を処罰しないところ,同じ古紙の持ち去りであり ながら,後者が処罰対象とならないことは,明らかに刑罰における不当な差 別に当たるもので,憲法31条,14条に反する旨主張している。しかし,本件規定は,上記6,7で説示したとおり,適正にごみステーシ ョンに排出された古紙の持ち去り行為についての市民から市への苦情に対処 するとともに,そのような古紙の持ち去り行為を防止することによって,そ の売却利益を確保しようという政策目的達成の手段として規定されたもので あるから,それらの目的を達成するためには,適正にごみステーションに排出された家庭系一般廃棄物の持ち去り行為のみを処罰することで必要十分で あり,また,刑罰による処罰をその範囲に限定することは,実際上の取締り の観点からしても合理性が認められるのであって,本件規定が不合理で,刑 罰における不当な差別にあたり,憲法31条,14条に反する旨の所論に賛 同することはできない。11 所論は,本件規定が,民法239条1項の無主物先占の規定と矛盾し,無 効である旨主張しているところ,争点判断の項第5の2のとおり,ごみステ ーションに置かれた一般廃棄物を持ち去ることによって,民法239条1項 により,その一般廃棄物が当該持ち去った者の所有に属することになったと しても,そのことと,その持ち去り行為が,本件規定により違法とされるこ ととの間には何ら矛盾はない。所論は理由がない。12 所論は,本件規定が,刑罰権行使の謙抑性の要請に反するとか,被告人の 本件行為には可罰的違法性はない,あるいは構成要件該当性を欠くなどと主 張している。しかし,争点判断の項第6の2及び同項第7の2のとおり,所論はいずれ も理由がない。13 その他,所論が種々主張するところを検討しても,本件規定は法律に違反 せず,地方自治法14条1項,憲法94条の条例制定権の範囲を超えてはい ないし,所論指摘の憲法違反もない。また,被告人の行為には可罰的違法性 があり,構成要件該当性も認められる。原判決に所論の法令適用の誤りはな い。論旨は理由がない。 よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。 平成20年5月13日
広島高等裁判所第1部
裁判長裁判官 楢 崎 康 英
裁判官 森 脇 淳 一
裁判官 友 重 雅 裕
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