主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が平成11年6月24日付けで控訴人に対してなしたものとみなされる医療法人健生会桜山ホスピタルにつき保険医療機関の指定を同年7月1日をもって取り消す旨の処分を取り消す。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
 主文同旨
第2 事実関係
1 事実関係は,次のとおり補正し,下記2のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決4頁9行目の「健康保険法」を「法」と改める。
2 当審における控訴人の主張
 原判決は,本件病院における不正請求は,控訴人代表者である理事長の要請及び了承に基づき,事務長の地位にあったaを実行行為者として行われたものであり,「故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。」に該当する旨認定しているが,誤りである。すなわち,
(1) 原判決は,上記認定をもっぱらaの証言を根拠に認定しているが,同人の供述及び証言は,平成10年12月8日に行われた民生部による事情聴取(乙43),平成12年6月9日及び同月12日に行われた江藤美紀音検事による事情聴取(乙24),平成13年2月9日に行われた被控訴人側によるaの主尋問,同年4月25日に行われた控訴人側による同人の反対尋問,同年6月11日に行われた被控訴人側による同人の再主尋問において,本件不正請求に関する理事長との共謀関係,理事長の本件不正請求への関与,理事長の付せんの記載等について変遷を重ねており,各供述,証言には著しい齟齬があり,また,不正請求の動機として印象付けようとしている控訴人の経営状況等についても,下記のとおり客観的事実と矛盾しており,信用できないものである。
 控訴人は,平成5年3月31日決算期にはそれまでの損失を補って余りある約603万円の経常利益を計上し,その後も平成6年3月31日決算期に,約842万円の営業利益,約1323万円の経常利益,平成7年3月31日決算期に,約1276万円の営業利益,約1788万円の経常利益を計上しており,aが理事長から不正請求の指示があった旨証言する平成6年10月当時あるいは平成7年1月当時の控訴人の経営状況は極めて良好であり,控訴人が不正請求をする必要性は全くなかった。
(2) aの本件不正請求の目的は,控訴人の弱みを作り出し,それにつけ込み控訴人における地位ないし金銭的要求を実現しようとしたものであり,理事長がレセプトに貼付した不正請求と無関係な内容を記入した付せん部分を保管しておいて,これを使用して他のレセプトに付け変え,あたかも理事長の関与に基づく不正請求のようにねつ造したのである。aが,平成8年10月ころ,理事長に自己を理事に加えるように要求したこと,同人の母に本件病院をつぶす力を持っていると述べたこと,平成9年6月に,bに「俺と組んで病院を乗っ取ろう。」と言ったこと,ねつ造書類の引渡と引換えに500万円を理事長に要求したことからもaの本件不正請求の目的が分かる。
(3) 原判決は,理事長の供述は不自然かつ不合理なもので,採用できないとしている。しかし,第1回目の監査の際にレセプトに貼付された付せんの記入文字の筆跡について同人がなした認否の態度,同人がレセプトのチェックをする際にカルテとの突き合わせをしていないこと,付せんに同人が記入した内容等について,特に不自然ないし不合理といわれるほどのことはない。理事長が付せんに記入してレセプトに貼付したのは,レセプトの記載からカルテへの記載漏れないし請求漏れの疑いがあるものや医師に対する必要的,積極的治療の要請を記入したものであり,不正請求のためではない。
(4) aの解雇後に,理事長がcをaのもとに赴かせたのは,医師会の有力者と親交がある同人がいやがらせをする可能性を考えて,たんに同人の動向を調査するためであった。また,理事長はdを特別に優遇していない。aのわいせつ事件についても同人を厳しく叱責している。さらに,理事長はaから,特定呼吸器疾患検査特定医療機関の指定を受けることを名古屋市に働きかけている新生会第一病院が,市議会の有力者と謀って,本件病院から同指定を奪い取る計画を進めているとの話を聞き,同人が250万円用立ててくれれば阻止することができる旨述べたので,同人に阻止対策費として250万円を交付したのである。原判決は,これらのことを理事長が本件不正請求に関与したとのaの証言が信用できることの補強事情とするが,誤りである。
(5) 本件不正請求につき,理事長の故意が認められるには,同人が記入した付せんを貼付したレセプトに基づいて,不正請求がなされたとの一連の流れが厳格に立証されなければならないところ,本件においてはこれがなされていない第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の控訴人に対する本件処分は適法であり,本件処分の取消しを求める本件抗告訴訟は,理由がないものであると判断するが,その理由は,次のとおり補正し,下記2のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決20頁20行目の「不正請求に関する資料を書類を」を「不正請求に関する資料の書類を」と改める。
(2) 同23頁5行目から6行目にかけての「供述するが,」の次に「乙2の1ないし9,3,8の1及び2,9ないし15の各1ないし3によれば,同人が付せんに記入したものには「腹部エコー加」「X-P加」「ネオファーゲン注加」等の明らかにカルテの記載漏れやレセプトの入力漏れに対する指示と異なる記載があり,さらに,」を付加する。
(3) 同30頁21行目の「セクハラ事件」を「わいせつ事件」と改める。(4) 同30頁21行目から22行目にかけての「かつ,」の次に「控訴人は,」を付加する。
(5) 同30頁23行目の「同様に,」の次に「控訴人はaに対して,」を付加する。
(6) 同32頁1行目の「本件処分は相当であって」を「本件処分は適法であって」と改める。
2 当審における控訴人の主張に対する判断
(1) 控訴人は,原判決は,もっぱらaの証言を根拠に,本件病院における不正請求は,控訴人代表者である理事長の要請及び了承に基づき,事務長の地位にあったaを実行行為者として行われたものであると認定しているが,同人の供述及び証言は,平成10年12月8日に行われた民生部による事情聴取(乙43),平成12年6月9日及び同月12日に行われた江藤美紀音検事による事情聴取(乙24),平成13年2月9日に行われた被控訴人側によるaの主尋問,同年4月25日に行われた控訴人側による同人の反対尋問,同年6月11日に行われた被控訴人側による同人の再主尋問において,本件不正請求に関する理事長との共謀関係,理事長の本件不正請求への関与,理事長の付せんの記入等について変遷を重ねており,各供述,証言には著しい齟齬があり,信用できないものであるとの旨主張する。
 しかしながら,上記認定説示(原判決27頁24行目から28頁17行目まで)のとおり,aの供述,証言について,同人と理事長との間で明示的な謀議が形成された時期,場所及び具体的内容等に不明確な部分があるものの,同人が理事長と謀議を形成するに至った経緯の骨格となる,aの事務長就任後に理事長が同人に本件病院の経営が苦しいと愚痴をこぼして他の病院では不正請求がおこなわれている旨話したこと,これを聞いた同人は理事長が自分に不正請求をするように示唆していると感じたこと,その後新しいコンピューターを導入するに当って,理事長からその購入資金の捻出を要望され,同人は,その要望を不正請求の指示であると理解して理事長に真意を確認したところ,理事長から否定する回答がなかったので,不正請求をする決意に至ったことについて,同人の供述,証言は一貫しており,謀議から供述,証言までに数年経過していることからすれば,同人において詳細な事実については記憶が薄れ明確でなくなっているものと考えることができ,また上記不明確な部分に関しても概ね時期や場所は特定されているのであるから,同人の供述,証言は著しい齟齬や矛盾はなく,大筋において信用できるものである。
 また,控訴人は,平成6年3月31日決算期に,約842万円の営業利益,約1323万円の経常利益,平成7年3月31日決算期に,約1276万円の営業利益,約1788万円の経常利益を計上しており,aが理事長から不正請求の指示があった旨証言する平成6年10月当時あるいは平成7年1月当時の控訴人の経営状況は極めて良好であり,控訴人が不正請求をする必要性は全くなかった旨主張する。
 しかしながら,甲51ないし55,62ないし65,74,75,81及び弁論の全趣旨によれば,なるほど控訴人は,平成6年3月31日決算期及び平成7年3月31日決算期に,主張のごとき営業利益,経常利益を計上しているものの,控訴人のそれまでの状況は,平成2年6月28日,前理事長eが死亡し,同年10月1日,f医師を院長として招へいして,同年12月10日,前理事長の子である理事長が同職に就任したが,平成4年5月9日,f院長が本件病院の非常勤医師との意見対立から退職してしまい,非常勤医師であったg医師が院長に就任し,同月末から本件病院の増改築工事が着工され,同年12月4日,同工事が完成したものであるが(なお,本件病院の名は,同工事完成以降のものであり,それまでは久崎病院の名であった。),同月下旬ころ,g院長が退職届を出して結局平成5年5月に退職してしまい,同年12月,h医師が院長に就任するという,本件病院経営として極めて不安定なものであったこと,控訴人の経営状態の本体部分を示す営業損益は,平成2年4月1日から平成3年3月31日までは,営業損失1370万6972円,平成3年4月1日から平成4年3月31日までは,営業損失1036万6764円,平成4年4月1日から平成5年3月31日までは,営業損失1020万5425円と損失続きであったこと,その余の部分である営業外収入は受取利息,患者外給食収入及び雑収入であるが,各年度で大きく変動する不安定なものであり,控訴人が利益に転じたという平成5年3月31日決算期に経常利益として約603万円を計上しているのは,営業外収益約2054万円が加わったことによるものであり,その中には一時的で特殊な収入である死亡保険金1233万4503円が含まれており,これを除けば約630万円の経常損失となっていたはずであること,控訴人は平成4年4月1日から平成5年3月31日までの間に,長期借入金として1億2271万1800円の借入れをし,以降その返済の必要が加わっていること,平成7年3月31日決算期の上記利益には,平成7年1月から同年3月までの不正請求分が含まれていること等が認められ,これらの事実に照らすと,平成6年10月当時あるいは平成7年1月当時の控訴人の経営状況は極めて良好とはいえないから,不正請求をする必要性は全くなかった旨の控訴人の上記主張は採用できない。
 なお,仮に控訴人の経営状態が良好であったとしても,それが必ずしも不正請求をしないことに直ちに結びつくものではないことはいうまでもない。(2) 控訴人は,aの本件不正請求の目的は,控訴人の弱みを作り出し,それにつけ込み控訴人における地位ないし金銭的要求を実現しようとしたものであり,その実現のために,理事長がレセプトに貼付した不正請求と無関係な記載内容の付せん部分を保管しておいて,これを使用して他のレセプトに付け変えし,あたかも理事長の関与に基づく不正請求のようにねつ造したのであって,aが,平成8年10月ころ,理事長に自己を理事に加えるように要求したこと,理事長の母に本件病院をつぶす力を持っていると述べたこと,平成9年6月に,bに「俺と組んで病院を乗っ取ろう。」と言ったこと,ねつ造書類の引渡と引換えに500万円を理事長に要求したことからもaの本件不正請求の目的が分かる旨主張する。
 しかしながら,控訴人は,平成6年8月,本件病院に入院していたaを月額手当2万円の非常勤職として採用し,平成7年8月,はやくも同人を事務長としているが,このように通常では容易に考え難い処遇をしているのは,その間に理事長が同人と本件不正請求に関して話し合いをしたことをうかがわせるものである。また,aは,平成8年7月にわいせつ行為の不祥事を起こしているにもかかわらず,理事長からなんら特別の処置を受けておらず,さらに理事長の述べているように,aが,同年10月ころ,理事長に自己を理事に加えるように要求したり,理事長の母に本件病院をつぶす力を持っていると述べたりしたことがあるとするならば,特別の事情のない限りaは直ちに解雇されるか,すくなくとも事務長職を辞めさせられるであろうと考えられるが,同人はその後も事務長職を続けている。これらの経緯にてらすと,本件不正請求に理事長が関与していないと考えることは,明らかに不自然であるというほかはない。aが上記のとおりの話をbにしたとの同人の陳述書(甲47)は,本件不正請求に関して理事長は無関係であるものとして作成されており,たやすく信用できないというべきである。なお,aが500万円を要求したとのことも,平成9年12月のことで,同年7月12日に同人が解雇された後であり,平成6年12月からなされた不正請求における同人の目的の裏付けとはならない。
 よって,控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 控訴人は,理事長の第1回目の監査の際におけるレセプトに貼付された付せんに記入された文字の筆跡に関する認否の態度,同人がレセプトのチェックをする際にカルテとの突き合わせをしていないこと,付せんに同人が記入した内容等について,特に不自然ないし不合理といわれるほどのことはなく,同人が付せんに記入してレセプトに貼付したのは,レセプトの記載からカルテヘの記載漏れないし請求漏れの疑いがあるものや医師に対する必要的,積極的治療の要請を記入したものであり,不正請求のためではない旨主張する。
 しかしながら,理事長が第1回目の監査の際,レセプトに貼付された付せんに記載された3名の筆跡のうち,aとdの筆跡を特定しながら,残る自己の筆跡部分について否認したこと,同人がレセプトのチェックをする際にカルテとの突き合わせをしていないこと,付せんに同人が記入した内容等が不自然で不合理であることは,上記認定説示(原判決22頁22行目から25頁17行目まで)のとおりであり,理事長によるこれらの付せんの記入にカルテヘの記載の疑問,不明点の確認が加わっていたとしても,その大部分は付け増しと解され,カルテヘの記載漏れないし請求漏れの疑いがあるものや医師に対する必要的,積極的治療の要請を記入したものとは到底考えられないから,控訴人の上記主張は採用できない。(4) 控訴人は,理事長がcをaのもとに赴かせたのは,医師会の有力者と親交がある同人が解雇後にいやがらせをするかもしれないと考えて,同人の動向を調査するためであり,また,理事長はdを特別に優遇しておらず,aのわいせつ事件についても同人を厳しく叱責しており,さらに,理事長はaから,新生会第一病院が,本件病院から特定呼吸器疾患検査特定医療機関の指定を奪い取る計画を進めているとの話を聞き,同人が250万円用立ててくれれば阻止することができる旨述べたので,同人に阻止対策費として250万円を交付したのであって,これらのことは理事長が本件不正請求に関与したとのaの証言が信用できることの補強事情とはならない旨主張する。
 しかしながら,cがaに不正請求を明るみにすることを思いとどまるように説得したこと,理事長がdを特別に優遇していたことは上記認定(原判決14頁4行目から7行目まで,同15頁7行目から24行目まで,同20頁2行目から9行目まで,同30頁2行目から20行目まで)のとおりであり,dは理事長が本件不正請求を知っていた旨の陳述書(乙63)を作成し,当審においてその旨証言もしている。また,理事長がaに対し,わいせつ事件について厳しく叱責した事実を認めるに足りる証拠はないが,仮にそのような事実が認められるとしても,厳しい叱責にもかかわらず,控訴人の主張によれば理事の地位を要求したり,理事長の母に本件病院をつぶす力をもっていると述べるような極めて異常な言動をするaを,なんら解雇等の処置もせずに事務長の仕事を続けさせたことは,前記第3の2の(2)で説示したように,理事長がaの不正請求に関与していたことを推認させる事情ともいえるものである。また,同人に250万円を交付したとの点も,控訴人主張のごとき阻止対策費として交付したことを認めるに足りる証拠はないが,仮にそのような目的であったとしても,どのように使用されるか分からないにもかかわらず,医療法人である控訴人が,250万円もの金員を不正な会計処理をしてaに交付したまま,その後特に何らの処置をしていないことは,理事長と同人との不明瞭な関係をうかがわせる事情と考えられる。
 したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
(5) なお,控訴人は,本件不正請求につき,理事長の故意が認められるには,同人が記入した付せんを貼付したレセプトに基づいて,不正請求がなされたとの一連の流れが厳格に立証されなければならないところ,本件においてはこれがなされていない旨主張するが,本件は理事長とaとの謀議に基づいて,理事長の要請及び了承のもとに,事務長であったaがもっぱら不正請求の実行行為をしたものであり,理事長の具体的実行行為までも特に必要としない上に,同人が付せんに記入した事項の多くが付け増し請求されていることからも,付け増し事項を記入した付せんを貼付する方法で,同人が本件不正請求の実行行為の一部にも関与していたことが認められるから,本件不正請求につき,理事長の故意を認めることに支障はない。
 その他,控訴人は,当審においてるる主張し,証拠を提出するが,いずれも上記認定を左右するものとはいえない。
3 以上のとおりであるから,被控訴人の,控訴人に対する,本件処分は適法であり,本件控訴は理由がなく,失当である。
第3 結論
 よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第2部
裁判長裁判官 熊田士朗
裁判官 島田周平
裁判官 玉越義雄
判例本文

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