主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が、控訴人に対し、平成七年一二月一五日付けでした児童扶養手当受給資格喪失処分を取り消す。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
 主文同旨
第二 事案の概要等
一 事案の概要
 本件は、婚姻によらないで子を懐胎出産した控訴人が、その血縁上の父から子に対する認知があったことを理由として被控訴人の行った平成七年一二月一五日付け児童扶養手当受給資格喪失処分(以下「本件処分」という。)が、違憲・違法な平成一〇年政令第二二四号による改正前の児童扶養手当法施行令(以下、本件でいう児童扶養手当法施行令は、すべて右改正前のものをいう。)一条の二第三号の括弧書(「父から認知された場合を除く。」。以下「本件括弧書」という。)定の定めに基づくものであるとして、本件処分の取消しを求めた事案である。二 争いのない事実
1 控訴人は、婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合(以下「事実婚」という。)を含む。)によらないで、A(以下「本件児童」という。)を懐胎し、平成六年六月一五日に出産し、現在同人を監護している者である。
2 控訴人は、被控訴人に対し、児童扶養手当法(以下「法」という。)に基づいて本件児童について児童扶養手当認定の申請をし、被控訴人から法四条一項五号、同法施行令(以下「施行令」という。)一条の二第三号所定の「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童」として扶養手当の受給資格を認定され、同手当の支給を受けてきた。ところが、本件児童が平成七年九月七日、その血縁上の父であるBから認知を受けたことから、被控訴人は控訴人に対して、施行令一条の二第三号に該当しなくなったとして、本件括弧書に基づき、同年一二月一五日付け児童扶養手当資格喪失通知書(資格喪失同年九月七日)を交付した。
3 控訴人は、被控訴人に対し、本件処分に対する異議申立てを行ったが、被控訴人は平成八年三月二五日付けで右異議申立てを棄却した。
第三 争点
一 本件の争点
1 本件括弧書は、法四条一項五号による委任の範囲を超える違法なものか(法違反)。
2 本件括弧書は、その部分のみを違法・無効と判断することができるか。3 本件括弧書は、憲法一四条
一項に違反する無効なものか。
二 争点についての当事者の主張
1 争点1について
(控訴人の主張)
 法一条は、法律上または事実上の父の存否、扶養義務の有無にかかわりなく「父と生計を同じくしていない全ての児童」に手当を支給する旨規定しているのであって、法四条一項は支給対象を限定したものではない。このことは昭和三六年の立法当時の政府委員、国務大臣の趣旨説明、附帯決議、それに関する政府委員の発言においても明確に表現されており、その後の国会においても本件括弧書が承認されたことはない。
 そして、法四条一項五号によりその状態にある児童の定めを施行令に委任、したのであるから、「認知された婚姻外の児童」を対象外とした本件括弧書は、法の委任の範囲を超えて政令を制定したものといわざるを得ず、違法であり無効である。
 被控訴人は、委任立法にも広範な裁量権がある旨主張するが、第一に委任立法も確かに立法類似行為ではあるものの、行政の意思決定であり、法の枠内でのみ支給資格を具体化できるに過ぎないのであるから立法よりは裁量が狭くなるのは当然であり、第二に委任立法の制定過程は、国会による立法と比較して民主的性格が弱いから、その裁量が限定されるのは当然である。
(被控訴人の主張)
 児童扶養手当制度は、憲法二五条の規定の趣旨を実現するために設けられた社会保障制度であるから、具体的にどのような児童扶養手当制度を設けるかの選択決定(児童扶養手当の支給要件をいかに定めるか)は、立法府の広範な裁量に委ねられている。しかも、生活保護制度が最低限の生活を保障する救貧制度である(生活保護法一条)のに対して、児童扶養手当制度は、児童の福祉を増進する防貧制度であり(法一条)、社会保障制度全体の中で、生活保護によって最低限度の生活が保障されていることを前提として、更に、いかなる状況にある者に対して、いかなる施策を講ずるかの政策決定を要するものである。
 したがって、最低限度の生活の保障を具体化する以上に、多方面にわたる複雑多様な、かつ高度の専門技術的考察とそれに基づいた政策的判断が必要とされるものであり、国の財政事情も無視することはできない。
 また、法四条一項五号は、法が本来的に支給対象としている同項一号ないし四号の児童に加えて、政令制定権者が他の類型の児童をも補充的に支給対象として規定することを許容する趣旨の規定であるから、立法府
から委任を受けた政令制定権者が、具体的にいかなる類型の児童を支給対象として指定するかについては、政令制定権者の広範な裁量に委ねられているというべきである。
 すなわち、法はもともと婚姻外の児童を保護対象とはしておらず、これを保護対象とするかどうかを政令制定権者の裁量に委ねたのである。そして、政令制定権者は、法律上または事実上の父の状態に着目して、生活状況の悪化が見られる場合に児童扶養手当を支給するとしているのである。
 以上のとおり、政令制定権者に右のような広範な裁量が認められることからすれば、施行令一条の二第三号を規定することは、制定権者の裁量の範囲に属する事柄というべきである。
 したがって、何ら法の委任の範囲の逸脱にはならない。
2 争点2について
(控訴人の主張)
(一) 施行令一条の二第三号は「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童に支給する。但し、児童が父から認知された場合には支給しない。」という規定と同一であるから、本件括弧書は手当の支給の消極要件である。
(二) 施行令一条の二第三号は「母が婚姻によらないで懐胎した児童」に手当を支給する規定であるから、制限・排除の規定である本件括弧書は無効としても、基本である本文に戻って「母が婚姻によらないで懐胎した児童」が認知された児童を含めて支給対象となるに過ぎず、別個の支給条件を創設することにはならない。
 実質的にも、母が婚姻によらないで懐胎した児童が離婚した両親をもつ児童と同じ処遇になるだけで、新たな政策的な判断を必要とはせず、したがって、別個の支給要件を創設することにはならない。
(被控訴人の主張)
(一) 本件括弧書は手当支給の消極要件を定めたものではなく、本文と一体となって「母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないもの」を手当支給の対象者と定めたものである。本文と括弧書からなるという体裁をとったのは立法技術上の要請によるものに過ぎない。このことは以下の点からも明らかである。
(1) 法四条一項五号は同項一号ないし四号とともに手当支給の積極要件を定め、同条二項ないし四項がその消極要件を定めている。したがって、法四条一項五号の委任を受けた施行令一条の二の各号は積極要件のみを定める権限をもつのであるから、消極要件を規定していないし、これを規定
したときは委任の範囲を超えることとなる。
(2) 施行令一条の二の柱書、同三号の規定の内容、文書形式は、法四条二項ないし四項のように「・・・に該当するときは、支給しない。」とはなっていない。(3) 法施行規則一一条、様式第九号は、施行令一条の二第三号に相当する事由を「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」と規定している。
(4) 立法担当者も、もっぱら保護対象者を画するものとして施行令一条の二第三号を制定しており、本件括弧書で消極要件を定めるという認識はなかった。
 控訴人は、施行令一条の二第三号が婚姻外の児童であるということのみによって同児童に受給資格を与えたものと主張するが、そのような解釈は、父の状態に着目して手当の受給資格を定めている法四条一項各号及び施行令一条の二各号の構造と相容れないものである。
 附帯決議は一般的には政治的要望に過ぎず、法的拘束力をもつものではない。(二) そうすると、裁判所が施行令一条の二第三号のうちの本件括弧書のみを無効とすることは、法が「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」を監護する母に手当を支給すると定めているに過ぎないのに、「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されたもの」を監護する母にも手当を支給する規定があるものと同視されるような判断をすることになり、これは裁判所が同趣旨の規定を創造するものにほかならず、三権分立の立場から司法の判断権の限界を超えるものであって許されない。
3 争点3について
(控訴人)
 本件括弧書は、憲法一四条一項に違反し無効である。
(一) 本件括弧書は、婚姻(事実婚を含む。)外の子で認知された児童を、婚姻(事実婚を含む。)を解消した母に監護される児童と比較して差別するものであり、これは社会的な地位又は身分により差別的取扱いをするものである。(二) 法は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の経済状態に着目して手当の支給要件を設けたもので、扶養義務を負う父の存否とは関連付けていない。したがって、扶養義務を負う父が現れたことによって手当を打ち切ることは法の趣旨にも反し、右(一)のような差別的取扱いをするについての合理的な理由にはならない。
 被控訴人は、法の趣旨を、父の状態の変化により生活環境の悪化があった場合を保護対象とするもので、婚姻外の児童が認知され
た場合、生活環境が好転する旨主張する。
 しかし、婚姻外の児童が出生した場合の母子家庭においては、生計費は従来より増大し、母親の就業は困難となり、従前の生活に比して困窮の度合が増大することは明白である。よって、被控訴人の主張する「生活環境の好転」はいわばマイナスがゼロに戻っただけであり、しかも父の認知があった場合に扶養が実際に必ず始まるというものではないし、仮に扶養がなされても現実に児童扶養手当に見合う養育費が支払われる保証はない。
 したがって、認知の有無により類型的に生活環境の好転がもたらされるとして児童扶養手当を打ち切るのは不合理である。
 また、法四条一項各号は法文上「生活環境の悪化」を指標として受給資格を設定したものでもないし、そもそも認知を受けた児童が、婚姻(事実婚を含む。)を解消した母に監護される児童と比較してより恵まれた生活環境にあるとみるべき社会的、経済的な事実の裏付けもない。
(三) 婚姻外の児童が認知されればその母等が扶養手当の受給資格を失うという制度のもとでは、未婚の母は受給資格を失い生活に困窮することを承知の上で認知の請求をするか、生活を優先させて認知請求の行使を控えるかの二者択一を迫られ、実際上は後者を選択せざるを得ない状況にある。このような結果として二者択一を迫る制度は公序良俗に反し、かつ児童福祉法一条、三条等にも反して違法無効である。
(被控訴人)
(一) 憲法二五条等による社会権の保障は、手当制度を含め一定の限度で経済的、社会的不平等を是正して実質的平等を実現しようというものであるから、憲法一四条一項に基づく平等原則の運用に際し、立法府の裁量を尊重すべきであって、その裁量権の行使に明白な逸脱濫用があり、著しく合理性を欠く場合に限って同条に違反するとすべきである。
(二) 法は、父の状態に着目した児童の「生活環境の悪化」を保護範囲を画するメルクマールとして法四条一項一号から四号の児童を保護対象者としたが、これに準ずる状態にある児童で政令に定める者(同項五号)をも保護対象者とし、その具体的な範囲の画定を政令制定権者の裁量に委ねることとした。
 もともと児童扶養手当制度が予定していたのは母子福祉年金の補完機能を営む生別母子対策であり、婚姻外の児童は当初から父(法律上の父及び事実上の父)の存在しない状態で出生し、母に養育されてきた場合であるから、直ちに父の状態に着目した「生活環境の悪化」があるということはできず、したがって、本来保護対象者として意図されていなかったのである(その後、昭和六〇年に保護対象者を明確にするために、これを法律で直接規定し、生活環境の悪化を想定できない婚姻外の児童を保護対象者としない法改正が国会に提出されたが、この改正は実現しなかつた。)。
 しかし、政令制定権者は国会における法制定の際の附帯決議や議論を考慮しつつ、その裁量の範囲内で、法が本来予定していた保護の範囲をやや拡張し、認知の有無という客観的な指標に基づき婚姻外の児童の一部である「父に認知されていない児童」を保護対象者としたのであるから、このことについて裁量権の行使が合理性を欠くことはない。
(三) 婚姻外の児童につき「認知の有無」によって保護対象者を画したことには、次のような事情からしても合理的な理由があるというべきである。(1) 婚姻外の児童は、血縁上の父が認知すれば、父による扶養義務が発生し、類型的にこれまでの父からの扶養が期待できない状況から脱却することが考えられ、その意味で「生活環境の好転」があったものと評価できる。
 したがって、この場合に認知した父の扶養義務の履行を見守るという観点から、施行令が児童扶養手当を支給しないとしたことには、合理的な理由がある。(2) 施行令制定当時に想定された「父のない児童」は、父による扶養が期待できない類型である法四条一項四号の「父の生死が明らかでない児童」に準ずるものとして保護対象者とされたものである。
 ところで、法は「父の生死が明らかでない児童」の場合、父の生存が明らかになれば、現実にその父と生計を同一にするか否か、その父からの扶養が開始されるか否かといった具体的な事情を一切考慮することなく、父の生存が明らかになったことを児童の「生活環境の好転」と捉えて、類型的に児童扶養手当の受給資格を喪失するという支給要件を設定した。これとの均衡からすると、婚姻外の児童の場合に、父が認知すれば右のような具体的な事情を一切考慮することなく、類型的に受給資格を喪失するという支給要件を設定することは合理的な理由がある。(3) 父母が婚姻を解消した場合に、法四条四項により父の収入を指標として扶養を期待し得るか否かを判断していることとの均衡からいつても、婚姻外の児童について何らかの指標により父による扶養を期待し得る場合
には児童扶養手当を支給しないとすることができるはずであり、扶養する意思の表れとみることができる認知という客観的指標を設定することは合理的である。(4) 法律婚が父母の別居等により事実上破綻し、母のみが児童を監護する場合と、婚姻外の児童が認知された場合とは扶養義務を負う父は存在するが、現実には父により監護されないことが多いという点できわめて類似している。前者の場合に児童扶養手当が支給されないことは明らかであるから、これとの均衡を考えると、婚姻外の児童が認知された場合に児童扶養手当を支給しないとすることには合理性がある。
(5) 仮に、婚姻外の児童をすべて保護の対象にすると、他の類型の児童の場合にはすべて父に生じた状況如何により支給要件が設定されているのと均衡を欠くことになる。
(6) 血縁上の父の認知により父が存在するに至り、その扶養を期待し得る婚姻外の児童について、現実の扶養がない場合には施行令一条の二第一号の「一年以上遺棄された児童」に該当するとして救済されるという代償的な措置が存することも、血縁上の父により認知された児童を保護対象としないことの合理性を基礎付けるものといえる。
(四) 控訴人は、父母が婚姻を解消した児童を監護する母等には手当が支給されるのに、父から認知された婚姻外の児童を監護する母等には同手当が支給されないのは憲法違反であると主張しているが、このように一つの制度の一部に生じた差別を個別に取り上げ、これだけを比較し、十分合理的な根拠がない限り直ちに憲法一四条に違反すると解することは相当ではない。
(五) 施行令一条の二第三号のもとで結果的に児童の認知の請求をするか、手当を受けるかの二者択一を迫られたとしても、これは認知されていない婚姻外の児童を手当の支給対象としたことによるものであるし、現に手当の支給を受けているか否かは認知請求権の消長に影響を及ぼすことはないし、そのことにより認知請求権の行使を妨げられることにはならない。
第四 証拠
 本件記録中の書証目録(原審、当審)及び証人等目録(原審)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第五 当裁判所の判断
一 児童扶養手当法の成立経過等について
 証拠(甲二ないし四、七ないし三一、乙二、三)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 昭和三四年、国民皆保険を理念として国民年金法が制定された。同法は、高齢・障害・死亡を対象に年金を給付する制度であるが、その際に、夫が死亡した場合について、残された母子家庭に対する給付として母子年金給付制度を設ける一方で、保険料負担が困難な層が存在することから無拠出でも給付を行う制度として母子福祉年金制度を定めた。これは、死別母子家庭を対象とするもので、死別を保険原因とするものである(生別母子家庭はその対象とされなかったが、当時の国会審議等を踏まえると、母子家庭になった原因が当事者の意思にかかる人為的なものであるから、保険制度にはなじまないとされたものと推測される。)。2 しかし、死別であれ生別であれ、生活上の困難さには変わりないことから社会的な援助が必要であると認識され、昭和三六年に年金制度とは別の体系として児童扶養手当法が制定された。
 すなわち、内閣は昭和三六年三月四日、第三八回国会(衆議院社会労働委員会)に第一章から第四章及び附則からなる児童扶養手当法案を提出し、提出理由を「母子家庭等が置かれている経済的社会的状況にかんがみ、父と生計を同じくしていない児童を監護し又は養育する母その他の者に対し、児童扶養手当を支給することによって、児童の福祉の増進を図る必要がある。」とした。
 同年六月二日の同委員会の審議において、同委員会は「政府は、本制度実施に当たっては、その原因のいかんを問わず、父と生計を同じくしていないすべての児童を対象として、児童扶養手当を支給するよう措置すること」という附帯決議を付することを決めた。
 同月六日の同委員会における審議のなかで、政府委員(厚生省児童局長)は「児童扶養手当の支給対象は法四条一項に列記しており、主たる対象は生別母子世帯における児童であるが、未婚の母といった母子世帯についても、附帯決議の趣旨を踏まえて検討したい」旨説明し、社会労働委員会は同年一〇月一九日に児童扶養手当法を原案どおり可決した上、前記附帯決議を全委員の賛成により行った(以下「本件附帯決議」という。)。
 同法は、同年に成立し、同年一一月二九日に公布され、昭和三七年一月一日から施行された。
 内閣は、昭和三六年一二月七日に同法一項四条五号等に基づく政令を制定し、昭和三七年一月一日から施行した。
3 政府は、昭和六〇年児童扶養手当法の一部を改正する法律案を国会に提出し、一部修正を受けた上改正案が成立した。
 提案された主要な改正点は、1所得を二段
階に分けて、手当を全額支給と一部支給の二段階にする、2手当の財源として、これまで国が全額負担していたものを、都道府県が一部を負担する、3父母が婚姻を解消した児童については、父の前年度の年収が一定額以上あるときは支給しない、4手当の支給期間を原則として七年間とする、5未婚の母には支給しない、というものであったが、そのうち3については別に政令で定める日から施行することとされたが、現在にいたるまで施行されておらず、4、5については改正は実現しなかった。
4 平成一〇年政令第二二四号により施行令が改正され、施行令一条の二第三号の括弧書(本件括弧書)は削除された。右施行令は、同年八月一日から施行されている。
二 争点1について
1 憲法二五条は、国権の作用に対し一定の目的を設定し、その実現のための積極的な発動を期待するという性質のものであるから、その時々における経済的、社会的条件、一般的な国民の生活状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、現実の立法として具体化されるに当たっては、国の財政事情や多方面における専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものであるところ、児童扶養手当は憲法二五条の規定の趣旨を実現するために創設された社会保障制度であるから、具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除いては、裁判所が審査判断するのに適しないというべきである(最高裁判所昭和五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一二三五頁)。
 したがって、児童扶養手当の支給要件を定めるについては立法府の広い裁量に委ねられていると解されるが、立法府である国会から委任を受けた内閣においては、国会の委任の範囲内においてのみ、その範囲の裁量に基づいて政令を制定することができるものである。
 ところで、憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された法令において、受給者の範囲、支給要件、支給金額等について何ら合理的理由がない不当な差別的取扱いをしたときには、憲法一四条違反の問題を生じることとなるというべきである。また、憲法一四条一項にいう法の下の平等とは、法適用の平等のみならず、不平等な取扱いを内容とする法の定立をも禁止する趣旨であり、平等原則は立法者をも拘束すると解すべき
であり、同項後段列挙の事由による差別は原則として不合理なものであり、したがって、それらを理由とする差別は、原則として法の下の平等に反するという意味で例示列挙されたものと解するのが相当である。
 しかしながら、一定の取扱いを定めた規定の立法理由に合理的な根拠があり、同規定が右立法理由との関連において著しく不合理なものではなく、合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り、合理的理由のない差別とはいえず、憲法一四条一項に反するものということはできないものと解される。
2 そこで、法はその支給要件につき、いかなることを制定し、そして内閣にどの範囲の立法を委任したと解すべきかについて判断する。
(一) 法は、その一条において法の目的につき「父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給する」旨規定するものであって、右規定の文言からは、「父と生計を同じくしていない」児童をその対象としていることが明らかである。
 そして、法は、四条一項一号ないし四号において支給するべき対象を列挙しているところ、それは「父母が婚姻を解消した児童」(一号)、「父が死亡した児童」(二号)、「父が政令で定める程度の障害の状態にある児童」(三号)、「父の生死が明らかでない児童」(四号)であって、右は父と生計を同じくしていないか、これと同視されるものについて定めているとみられるものであって、いずれにしても児童の父の状態に着目して受給資格を規定していることがその規定自体から明らかである。
また、法四条一項五号の「その他前各号に準ずる状態のもの」との文言からすれば、法一条一項一号から四号は「父と生計を同じくしていない児童」を類型的に列挙し、同項五号はこれらと同視される(準ずる)「父と生計を同じくしていない児童」を規定することを政令に委任したものとみるのが相当である。
(二) そして、このことは、右に認定した法の制定当時の国会における審議の内容、本件附帯決議及び平成一〇年の施行令改正等からみても首肯できるところである。ことに、後記判断のとおり、本件括弧書は合理的な根拠はなく、その限りにおいて憲法一四条一項に反する違法無効なものであるところ、法は、かかる違憲な事項(本件括弧書)までも委任したものではないというべきである。
 したがって、施行令一条
の二第三号中の本件括弧書部分は、法の委任の範囲を超えた政令というべきである(ただし、法は、児童扶養手当の支給対象となる児童を、「父と生計を同じくしていない児童」としてその範囲を限定せず、施行令にその範囲の定めを委任したものであるから、施行令一条の二第三号が定めた規範自体は法の目的に合致し、法四条一項五号の委任の趣旨に沿うものであるということができる。)。
(三) 被控訴人は、もともと法は婚姻外の児童を保護対象とはしておらず、これを保護対象とするかどうかを政令制定権者に委ねたのであるから、本件括弧書を規定することは何ら委任の範囲の逸脱にはならないと主張する。
 確かに、前記認定の経過からみると、立法の当初は生別児童の保護を目指したものであり、婚姻外の児童は対象として考えられていなかったことはそのとおりであるが、法制定に当たっては婚姻外の児童もその対象とされたことは前記認定のとおりであるから(このことは昭和六〇年の法改正のとき、政府は「未婚の母には支給しない」との改正案を提出したが、結局、この点の改正は実現しなかったことからも明らかといえる。)、被控訴人の右主張は採用できない。
(四) そうすると、本件括弧書は、法四条一項五号の委任の範囲を超えて政令を制定したものであって違法というべきである。
三 争点2について
 以上のとおり施行令一条の二第三号は、その本文において婚姻外の児童はすべて出生時に手当の受給資格を与え、括弧書において認知を受けた児童には認知の時から受給資格を否定したものということができる。したがって、括弧書(除外規定)を否定しても何ら新しい規範の定立はなく、本文がその完全性を回復するに過ぎない。
 よって、争点1において本件括弧書を無効と判断することは、裁判所の司法判断の限界を超えるものではない。
四 争点3について
1 本件児童は、婚姻外の児童であったため、父に認知されたことにより、本件括弧書の適用を受けて児童扶養手当の支給が打ち切られたものであるところ、このような取扱いは、法四条一項一号の規定により、婚姻(事実婚を含む。)の解消の場合には、扶養義務者が存しているとしても児童扶養手当の支給対象になる場合に比して異なる取扱いを受けていることは明らかである。
2 このように、両親が婚姻関係にあったか否かにより異なった取扱いをする理由について、被控訴人は、1そもそも法は婚姻外の
児童については保護対象としていない。政令制定権者において、保護の範囲をやや拡張して「父に認知されていない婚姻外の児童」を保護対象に加えたのであるから、違憲・違法の問題は生じない。2婚姻外の児童は父の不存在それ自体から手当を支給する対象とされていた者であるが、認知されたことにより「父の不存在」という指標がなくなったのであるから手当の必要がなくなったとすることは合理性がある。3法は児童の「生活環境の悪化」に着目して手当を支給することを定めているところ、認知を受けたことは「生活環境の好転」があったのであるから、支給を打ち切ることは合理性がある、等と主張する。
 しかし、右1についてはすでに判断したとおり、法が婚姻外の児童を対象としていないとはいえないことに加え、本件括弧書の合理性を問題にしていることからすれば、右1は合理性を裏付ける主張としては当を得ないものであるから、採用の限りではない。
 次に、2についてみるに、被控訴人はその主張のとおり、支給要件を定めた規定の構造と支給対象を「父が存在するがその父に児童を扶養することを期待することが困難な類型」と「父が存在しないため父により扶養を受けることができない類型」に分類し、父母が婚姻を解消した非嫡出子は前者の類型であるが、母が婚姻によらないで懐胎した児童は後者の類型に属するとした上で、前記のような主張を展開しているものである。
 しかしながら、右の分類は結局のところ、「父が存在した」との一点を捉えて支給を打ち切るのであるが、その社会的実態からみればむしろ「父がいるにもかかわらず、扶養が期待できない児童」に属するとも考えることのできる類型ともいえ(特に、強制認知の場合にはそのようにいえる。)、それは本件の命題である「婚姻(事実婚を含む。)の解消の場合には、扶養義務者が存しているとしても児童扶養手当の支給対象になる」こととの対比における合理的理由としては成り立たないものである。
 さらに、被控訴人は、3について、法は父母が婚姻(事実婚を含む。)を解消した場合には児童が生活環境の変化を受けることを想定し、これを緩和するという考えに立って児童扶養手当を支給するのに対し、父が認知した場合には児童を扶養する義務を負う者が新たに登場するという児童にとって好ましい事情が発生することを考慮して児童扶養手当を打ち切るのであるから、本件括弧書は合理性を有すると主張する。
 しかし、法一条の目的や、法四条一項一号ないし四号の支給要件をみれば、たとえば同項三号は当初から父が障害の状態にある場合も考えられるから、法は児童の生活環境の悪化のみを捉えてその支給要件としているのではなく、児童のおかれている現況に着目して支給要件を定めているとみるのが相当である。また、認知された児童にとってより好ましい事情としてみるのは、要するに婚姻外の児童のうち、認知された児童と認知されない児童とを比較することに帰するところ、本件においては認知された婚姻外の児童と婚姻(事実婚を含む。)を解消した母に監護されている児童とを比較して、その間の差別が合理的であるかどうかを検討しているのであるから、右の事情の好転を本件差別の合理性の根拠とすることはできない。
 そしてまた、右の「事情の好転」が本件差別の合理性の根拠となるとすれば、それは婚姻外の児童が認知されたことにより、婚姻(事実婚を含む。)を解消した母に監護される児童に比較して、類型的に社会的、経済的に恵まれた生活環境で養育されることが前提になるところ、現実にはそのような状態は想定できず、そのような事実関係を認めるに足る資料もない。婚姻外の子が認知されたということは、右児童と父との間に法律上の親子関係が生じる結果扶養義務を負う父が存在する点で父母が法律婚を解消した児童と同じ状態になるに過ぎないし、事実婚を解消した父がその解消の前後を問わず児童を認知した場合とも同様な状態ということができる。
 したがって、被控訴人の右主張は採用できない。
3 また、被控訴人は、児童が認知されて後、父が一年以上遺棄している場合には、改めて施行令一条の二第一号により児童扶養手当が支給されることになるから、たとえ認知された時点で扶養手当の支給を受けられなくなったとしても、右代償的措置等があるので合理性があると主張する。
 しかし、父母が法律婚を解消した児童の場合や事実婚を解消した父がその解消の前後を問わず児童を認知した場合には、そのような事実を問われることなく直ちに児童扶養手当が支給されるのに対し、認知された婚姻外の児童は少なくとも一年間その支給を受けることができず、遺棄という事態にまでならないと児童扶養手当の支給を受けられないのであるから、その差別を合理的ということは到底できないというべきである。
 したがって、被控訴人の右主張は理
由がない。
4 さらに、被控訴人は、父の認知に伴い受給資格を喪失するとしたのは、認知により父が児童を扶養する旨の意思表示を行ったことになるから、こうした民法上の扶養義務の履行を見守るという観点からであると主張する。
 しかし、認知は父が当該児童を自己の子と認める制度であり、これに伴い父に扶養義務が生ずることにはなるが、認知したことが直ちに父による児童の現実の扶養に結びつくとは限らず、特に強制認知(民法七八七条)の場合には右のような意思表示があったといえないことが明らかである。しかも、婚姻を解消した父の場合には、扶養義務を果たし、養育費を支払っていても児童扶養手当の支給が打ち切られることはないのであるから、この対比において、婚姻外の児童の場合には認知したという事実のみで現実に扶養義務を果たしていなくても児童扶養手当の支給を打ち切るということに合理性があるとの主張には到底与することはできない。被控訴人のこの点における主張も採用できない。
 なお、被控訴人の主張する「認知による生活環境の好転」は、旧民法の時代には父が認知すると「庶子」となり、父の認知のない「私生児」とは社会的評価にも民法上の権利義務にも大きな違いがあったから文字どおり「事情の好転」とみてよい状況があったともいえるが、現行法では認知は単に法律上の父子関係の成立要件に過ぎず、父としての責任を果たすことを認める行為とは必ずしも結びつかないことを考えると、実質的にも現実にそぐわない議論というほかない。
 そうすると、いずれにしても同じく扶養義務者が存在することが明らかな法四条一項一号との対比において、婚姻外の児童の場合に別異に取扱う合理的理由にはならないというべきである。
五 本件処分について
 以上の次第で、婚姻外の児童につき児童が認知されたことにより児童扶養手当の支給対象外とする本件括弧書は、父母が婚姻を解消した児童及び事実婚を解消した後に父から認知された児童に比較して婚姻外の児童をその社会的な地位又は身分により経済的関係において明らかに差別するものであり、右差別は著しく不合理なものというべきであるから、法の下における平等を定めた憲法一四条一項に違反し無効というほかない。そしてまた、本件括弧書は、法の委任の範囲を超えて制定されたものであるから、この点においても無効である。
 したがって、その余の点について判断するまでもなく
、本件括弧書に基づく本件処分は違法というべきである。
第六 結論
 よって、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと異なる原判決は失当であるからこれを取り消して控訴人の本訴請求を認容することとし、主文のとおり判決する。
広島高等裁判所第四部
裁判長裁判官 浅田登美子
裁判官 菊地健治
裁判官 河野清孝
判例本文

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