主文
原判決中被控訴会社四社に対する損害賠償の請求を棄却した部分を取り消し、その余の控訴を棄却する。
被控訴会社四社は、連帯して、静岡県に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の金員を支払をせよ。
訴訟費用は、第一・二審を通じこれを二分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴会社四社の負担とする。
事実
控訴代理人は、「被控訴人静岡県知事が、(一)別紙目録記載の河川の同目録記載の排出場所に同目録記載の被控訴会社が製紙カス等の懸濁物を含む汚水を排出するのを停止させることを怠つたこと、(二)田子の浦港水域に同目録記載の被控訴会社の排出する製紙カス等の懸濁物を含む汚水が流入するのを停止させることを怠つたことがいずれも違法であることを確認する。被控訴人Aは、静岡県に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。被控訴人大昭和製紙株式会社、同大興製紙株式会社、同興亜工業株式会社及び本州製紙株式会社は、各自、静岡県に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四五年四月一日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。右被控訴会社らは、懸濁物一〇PPM、生物化学酸素要求量(BOD)及び化学的酸素要求量(COD)各五PPM、硫化物(全硫化物硫黄として)〇・三PPM以上を含む汚水を河川あるいは岳南排水路を経由して田子の浦港に排出させてはならない。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、各被控訴代理人は、いずれも、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、控訴代理人において、甲第一〇七ないし一二五号証、第一二六号証の〇ないし一二、第一二七号証及び第一二八号証を提出し、各被控訴代理人において、いずれも、右甲号証の成立を認め、被控訴人静岡県知事代理人において、知事が交替した場合後任知事は前知事の怠る事実の違法を承継したところ、控訴人ら主張の怠る事実の判断基準時の後である昭和四九年七月一〇日静岡県知事は、AからBに交替したので、現知事に対し怠る事実の違法確認を求めることは、不適法であると述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。
理由
一、控訴人らが静岡県の住民であることは、当事者間に争いがなく、控訴人らが昭和四五年八月一一日静岡県監査委員にその主張の如き監査請求をし、同監査委員が同年一〇月九日付書面により右監査請求を理由なしとする通知をしたことは、被控訴人大興製紙株式会社を除くその余の被控訴人らの認めるところであり、成立に争いのない癸第二号証により対被控訴人大興製紙株式会社との間で右事実を認めることができる。
二、被控訴人静岡県知事に対する河川及び港湾の管理を怠る事実の違法確認の請求並びに被控訴会社らに対する妨害
排除の請求
控訴人らは、沼川、潤井川、滝川、田宿川及び瀬戸川並びに田子の浦港が静岡県の財産であるとし、静岡県の財産であることの根拠を、右各河川及び田子の浦港を管理する行政主体が静岡県であること及び河川管理権、港湾管理権が地方自治法第二三八条第一項第四号にいう地上権等に準ずる権利に該当することに求める。河川管理権及び港湾管理権は、公物管理権であり、公物管理権は、その性質をいかに捉えるかを問わず地方自治法第二三八条第一項第四号にいう権利に該当しないことは明らかである。また、行政主体が公物管理権を有する場合に管理の客体たる公物がその行政主体の財産であるとする立論も理由のないことである。なぜならば、公物は、それが直接に公の目的に供用されていることそのことに基き、特殊の法的取扱が認められていることに着目して立てられた概念にして、管理する行政主体の所有に属するか否かを問わないのであり、公物には自有公物もあり他有公物もあるのであるから、行政主体が公物管理権を有するからとて、そのことにより、その公物が行政主体の所有であるとすることはできない。
控訴人らは、本件各河川の河川管理及び田子の浦港の港湾管理が地方自治法第二四二条にいう「財産の管理」に含まれるとするが、同法第一九九条第一項によれば、監査委員の職務は、財務に関する事務の執行の監査であり、河川管理行政及び港湾管理行政の如き非財務的事項は、同法第二四二条の監査の対象外に属する。沼川、潤井川及び滝川が二級河川にして、田宿川及び瀬戸川が普通河川(河川法の適用又は準用を受けない河川)であることは、被控訴人静岡県知事の認めるところであり、成立に争いのない甲第四四号証中七頁の記載により、対被控訴会社らとの間においてもこれを認めることができる。
控訴人らは、二級河川の管理者は都道府県知事にして、その管理事務は当該普通地方公共団体の事務であるとし、沼川、潤井川及び滝川の管理は静岡県の事務であるとするが、理由なき主張である。河川法は、旧河川法(明治二九年法律第七一号)の区間主義を廃して水系主義を採り、水系を一級、二級及びその他の水系に分類し、広域的な水系の一貫した総合的な管理を確保することとし、一級河川の管理者を建設大臣、二級河川の管理者を都道府県知事、その他の水系に属する河川の管理者を市町村長と定め、それぞれ国の機関としての管理責任の所在を明らかにした。地方自治法第一四八条第一項は、普通地方公共団体の長が管理執行する事務を「当該普通地方公共団体の事務」と「法律又はこれに基く政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務」に分けている。前者は、同法第二条第二項所定の事務であり、後者は、機関委任事務にして、普通公共団体の事務ではない。河川法第一〇条が「二級河川の管理は、当該河川の存する都道府県を統轄する都道府県知事が行う。」と規定したのは、二級河川の管理は、地方自治法第一四八条第一項所定の普通地方公共団体の長が管理執行する事務のうち機関委任事務に属することを明らかにしたものであり、従つて、二級河川である沼川、潤井川及び滝川の管理は、国の事務であり、静岡県は、右各河川の管理に関する行政主体ではない。
控訴人らは、地方自治法第二条第三項第二号に同条第二項の普通公共団体の事務の例示として河川の管理があげられていることを理由として、河川法第一〇条が「二級河川の管理は、当該河川の存する都道府県を統轄する都道府県知事が行なう。」と表現したのは、二級河川を管理する行政主体は都道府県であり、その具体的管理者が都道府県知事であると解すべきであるとするが、右例示の河川は、河川法の適用、準用されない普通河川を指すものであるので、河川法第一〇条を控訴人ら主張のように解することはできない。また、控訴人らは、河川法施行法第六条によると、旧河川法により建設大臣が直接管理、工事している二級河川は、河川管理者に「代つて」建設大臣が権限を行なうこととされているが、二級河川の管理が、本来国の事務であり、知事は単にそれを委任されているだけであるとすれば、右の権限の代行は、知事の権限の代行であるはずがなく、二級河川の管理が本来国の事務でなく、都道府県の事務であることを明らかにしたものであると主張するが、都道府県知事が国の事務を国の機関として処理する場合、都道府県知事は、右事務を、自らの権限として、自らの名において処理するのであり、そうであるからこそ、建設大臣が二級河川を管理するのは、本来の管理者の権限の代行であることを明らかにするために、河川法施行法第六条第二項が「河川管理者に代つて」としたのであり、右条文から二級河川の本来の管理者が都道府県であるとするのは、全く理由のないことである。
右のように、本件各河川及び田子の浦港が静岡県の財産であるとする控訴人らの主張は、これを採用できないばかりでなく、本件各河川の河川管理権に基く管理及び田子の浦港の港湾管理権に基く管理は、住民監査の対象にならないので、被控訴人静岡県知事に対する河川及び港湾の管理を怠る事実の違法確認を求める訴は、不適法であり、従つて、怠る事実に係る相手方である被控訴会社らに対する妨害排除請求の訴も不適法である。
三、被控訴人Aに対する損害賠償の請求
田子の浦港が静岡県において管理する港湾であることは、当事者間に争いがなく、被控訴人Aが、静岡県知事として、田子の浦港に堆積したヘドロの浚渫費として、昭和四四年度に一億二一八〇万三〇〇〇円の県費を支出したことは、被控訴人A、同大昭和製紙株式会社及び同興亜工業株式会社の認めるところであり、成立に争いのない甲第一三号証、前掲癸第二号証により、対大興製紙株式会社及び同本州製紙株式会社との間においても右事実を認めることができる。
控訴人らは、浚渫したヘドロの投棄行為が港則法第二四条第一項及び静岡県漁業調整規則第三四条に違反すること並びに浚渫費用を原因者に負担せしめずに右費用全額を県費から支出したことを理由に、右ヘドロ浚渫費の支出が違法であると主張する。
港湾法第三四条、第一二条第一項第二号(昭和四八年法律第五四号による改正前は第一号)によると、港湾区域内における船舶航行に支障を及ぼすおそれがある物を除去すること(同法第二条第七項の港湾工事)は、港湾管理者たる地方公共団体の業務とされているので、田子の浦港に堆積したヘドロが被控訴会社らその他の者の工場廃水により生じたものであるとしても、ヘドロの浚渫そのこと自体は、田子の浦港の港湾管理者たる静岡県の業務に属する。
成立に争いのない甲第一二号証、前掲甲第一三号証、原審証人Cの証言によると、静岡県は、昭和三六年以降田子の浦港に堆積したヘドロの浚渫を業者に請負わせ、浚渫費を歳出予算から支出してきたことが認められる。港則法第二四条第一項及び静岡県漁業調整規則第三四条は、私法上の効力に影響のない取締規定であり、従つて、支出負担行為であるヘドロ浚渫請負契約に基くヘドロの投棄行為が右規定に違反するとしても、そのゆえに請負契約の効力が否定されることにはならず、支出した浚渫費の額が正当でないとする証拠もないので、ヘドロ浚渫費の支出を違法であるとする控訴人らの主張は、失当である。
また、原因者負担の問題は、支出した費用の負担に関することであり、費用の全部又は一部を原因者に負担させ、負担金を徴収した後においてでなければ支出行為をすることができないものではないので、前記昭和四四年度のへドロ浚渫費を原因者に負担せしめずに支出したことを違法とすることはできない。
控訴人らは、静岡県知事がヘドロ浚渫費を原因者に負担させる権限があるとし、その根拠として、地方財政法第二条及び公害対策基本法第二二条第一項を挙げるが、地方財政法第二条は、右の権限を定めたものではなく、公害対策基本法第二二条第一項は、単なるスローガン的規定に過ぎず、右条項を理由として静岡県知事にヘドロ浚渫費を原因者に負担させる具体的権限があるということはできない。また、港湾法第四三条の三は、港湾工事費用の原因者負担について規定するが、同条第二項によれば、負担金の徴収を受ける者の範囲及び徴収の方法については条例で定めることになつており、静岡県では右の条例が制定されていないので、静岡県知事は、ヘドロ浚渫費を原因者に負担させる法令上の根拠を有しない。
四、被控訴会社四社に対する損害賠償の請求
(一) 前記監査請求(3)によれば、右請求には、静岡県が昭和四四年度に支出した前記ヘドロ浚渫費一億五〇〇〇万円につき、これを原因者に賠償せしむべき請求が含まれていると解すべく、静岡県が被控訴会社らに損害賠償を請求しなかつたことは、弁論の全趣旨から明らかであり、被控訴会社らの工場廃水による本件河川の汚染は、後記のように極めて著しいので、右請求権の不行使は違法というべく、控訴人らが、静岡県に代位して、右損害の賠償を求める本訴請求は、適法である。(二) 被控訴会社四社が、製紙業者にして、控訴人ら主張の地点においてその主張の各河川に工場廃水を排出していたことは、当事者間に争いがない。(三) 成立に争いのない甲第四号証の一ないし六、甲第五号証の一・二、甲第六号証、甲第一二号証、甲第三八号証、甲第四一号証、甲第四六号証、甲第一二六号証の〇、甲第一二八号証、乙第一号証、乙第二号証及び癸第三号証、原審における第一回検証の結果、原審における鑑定人Dの鑑定結果によると、次の事実を認めることができる。
1 紙・パルプ製造業は、いわゆる用水多量使用型産業にして、水の使用量は、製造工程と施設により異るが、製品一トン当りの用水量は、パルプ製造工程では平均三〇〇立方米、製紙工程では平均一二〇立方米である。富士市(昭和四一年一一月一日吉原市及び<地名略>を合併)、富士宮市、<地名略>を含む静岡県岳南地域は、豊富な水資源に恵まれ、早くから紙・パルプ工業が立地し、わが国における有数な地位を占めていた。
岳南地域における紙・パルプ工業は、昭和二五年に始つた朝鮮戦争を転機として活気を呈し、従業員一〇名以上の工場数は、昭和三〇年には昭和二一年の五倍余となり、昭和三〇年から昭和四〇年までの間における生産量の推移は、別表1記載のとおりであり(乙第一号証二九頁)、右によれば、この間の生産の伸び率は二・一九倍(富士宮、鷹岡及び吉原地区は二・二二倍、富士地区は二・一四倍)である。静岡県では、昭和三二年に開始した第五次総合開発計画により、産業構造の工業化を目指し、その一環として、岳南排水路、富士川工業用水道の建設等一連の産業基盤の整備を公共投資で行つたが、紙・パルプ工場に対する廃水処理施設の設置を義務づけず、また、後記のように、岳南排水路に廃水処理のための終末処理場を設置するにいたらず、工場廃水の垂れ流しを黙認する態度を示し続けたので(もつとも、昭和四四年度に本件へドロ浚渫費を支出した当時は、後記のように、工場廃水を規制する法的根拠はなかつた。)、静岡県の右政治姿勢は、紙・パルプ工業の設備投資を刺激する一因となり、工場の新、増設を見るにいたつた。
わが国の昭和四四年二月から昭和四五年一月までの一年間におけるパルプ生産量は、昭和三四年の生産量の約二・六倍で、各種パルプのうちKPの躍進が著しく、右一〇年間の伸び率は約五倍であり、被控訴会社四社の昭和四二年三月現在における紙・パルプの生産量は、別表2のとおりである(甲第四七号証六頁以下)。2 木材からパルプを製造するには、繊維細胞間に膠着しているリグニンを主成分とする細胞間層を除去する必要があり、この除去の方法として、機械力により細胞間層の膠着力を破壊する方法と、リグニンを化学薬品によつて除去する方法とがあり、この二方法を併用する方法もある。薬品処理法は、使用する薬品によりSP法とKP法に大別される。SP法は、蒸解薬液として亜硫酸ガスを炭酸カルシウム又は水酸化カルシウムの水溶液と反応させて調整したものを用い、KP法は、蒸解薬液として硫化ソーダと苛性ソーダの混合液を用いる。機械処理法と薬品処理法を併用するパルプ化法の代表的なものは、SCP法で、その主流をなす中性亜硫酸塩法は、蒸解薬液として亜硫酸ソーダを用いる。
機械力のみを用いるGP法の廃液には、浮遊物質(SS)が多く含まれるが、溶存酸素(DO)、生物化学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)及び水素イオン濃度(PH)に影響を与える物質は少ない。SP法においては、蒸解工程中にリグニン及びヘミセルロースは酸化水分解により水溶性となり、廃液中の溶解有機物の濃度は、KPの六ないし一〇倍で極めて高く、DO、BOD、COD、PHに影響を与え、SSも多い。KP法においては、廃液(黒液という。)中にリグニン及びヘミセルロースの九六ないし九七%が溶解するが、使用薬品の回収法が構じられており、濃縮した黒液を燃焼することにより黒液中の溶解有機物の大部分は熱焼して炭酸ガスと水になるので(回収率は九二%ないし九五%)、廃液中の物質には、DO、BOD、COD、PHに影響を与えるものは比較的少いが、SSは多い。SCP法においては、リグニン及びヘミセルロースの八二%ないし八三%が溶解し、廃液中の溶解有機物の量は、SP法の二分の一ないし四分の一程度であるが、SSは、SP法より多い。
原木あるいはチツプは、蒸解後精選工程において解繊された後に漂白されるが、漂白薬品として、塩素、二酸化塩素、次亜塩素酸を使用する。
抄紙工程は、インク滲み止めのためにサイズ剤(松やに等)を添加したパルプ懸濁液を抄紙機に流し込んで乾燥するが、その際、クレー(粘土)及びコート剤(酢酸ビニル等)を添加するので、その廃液は、SS負荷が極めて高く、特に、微細繊維が多い。故紙再生の場合は、解繊薬品として主として亜硫酸ソーダが使用され、河川水の酸素を消費するので、河川水の化学的汚濁の原因となり、また、原料中の微細繊維あるいはアート紙等に含有されている填料類の流出により、SS負荷は、パルプ廃液より高い。
SSは、生物に対する直接の影響は少く、自らの重力で自然に沈降するので、その直接の影響は、河川、港湾等の埋没という物理的なものであるが、溶解物質によりDOが欠乏してくると、嫌気性バクテリア等により、一部が溶解物質となり、BOD、CODの増加をもたらす。
3 岳南地域の河川は、潤井川水系と沼川水系とに大別される。潤井川は、源を富士山大沢崩れに発し、富士宮浅間神社の湧泉を加え、鷹岡地区を経て富士市中央部を流れて田子の浦港に流入する河川で、傾斜は急である。沼川は、愛鷹山南麓に東西に帯状に展開する浮島湿地帯に併衝して東から西に流れて田子の浦港に流入する河川で、下流部は、極めて緩傾斜な河床勾配を示し、満潮時には一・五キロメートルの逆流が見られる感潮河川である。
潤井川に流入する支川は、上流から風祭川、神田川、弓沢川、福泉川、凡夫川等であり、沼川に流入する支川は、西から小潤井川、滝川、赤淵川、須津川等であり、滝川に田宿川、瀬戸川、荒川が流入し、田宿川に松原川が流入する。4 岳南地域における紙・パルプ工業の発展は、河川に排出される工場廃水量の増加をもたらし、河川を利用する下流の農業に与える被害も逐年増加し、昭和二五年頃これら工場廃水に起因する企業と農業関係者の紛争は極に達し、大きな社会問題となつたので、静岡県は、農作物に対する被害を防止するため、昭和二六年富士宮市<地名略>から旧<地名略>まで延長七一七〇メートルの岳南排水路(都市水利施設整備事業)の建設に着手し、昭和二九年に完成した。静岡県は、昭和二七年に右排水路の末端に廃水処理場を設置することを計画したが、企業負担の問題及び立地条件(排水路を下流へ延長する問題)等により実現するにいたらなかつたので、右排水路の完成により滝戸上流の潤井川の汚染は防止することができたが、滝戸下流の潤井川は依然として汚染されたままであつた。静岡県は、前記第五次総合開発計画に基き、昭和三二年から岳南排水路を特別都市下水路として更に拡充することとし、昭和四六年完成の計画の下に、岳南一号排水路、岳南二号排水路、岳南三号排水路、岳南四号排水路、岳南五号排水路及び岳南一号分排水路の建設に着手した。岳南一号排水路は、既に完成した岳南排水路を富士市<地名略>から同市<地名略>まで支線排水路を含め八一五〇メートル延長するもの、岳南二号排水路は、同市<地名略>に設けられる支線排水路を含め延長三六八〇メートルのもの、岳南三号排水路は、同市<地名略>及び<地名略>に設けられる支線排水路を含め延長四六三〇メートルのもの、岳南四号排水路は、同市<地名略>に設けられる延長一一五〇メートルのもの、岳南五号排水路は、潤井川河口から沼川河口まで東海道本線に沿つて設けられる延長一五八〇メートルのもの、岳南一号分排水路は、同市<地名略>で岳南一号排水路から岐れ、潤井川の左岸に沿い同川の河口に達する延長二七二〇メートルのものである。
5 岳南地域における工場廃水の処理につき、昭和四五年九月一日公害対策本部に建設省、通産省、経済企画庁及び静岡県の担当係官が出席し、大企業は自己処理後公共用水域へ排出する、中企業は原則として自己処理とするが終末処理場へ流入するも止むを得ない、小企業は終末処理場へ流入するとの基本方針を決定し、静岡県は、この基本方針に基き、終末処理場流入工場の排水量を調査した上赤淵川未端の右岸に日量八〇万トンの処理能力のある終末処理場(浮島処理場)を設置する計画を樹て、昭和四六年六月都市計画の決定を見、同年八月二三日岳南各排水路を処理場流入管渠と直接放流管渠とに分け、岳南一号排水路及び岳南二号排水路を処理場流入管渠とし、右以外の排水路を直接放流管渠とし、工場を廃水を自己処理する工場と然らざる工場(終末処理場流入工場)に分類し、各工場の廃水を排出する排水路を定める案を作り、この案において、被控訴会社四社は、自己処理工場とされ、被控訴人興亜工業株式会社及び同大昭和製紙株式会社吉永工場の廃水は岳南三号排水路(B)へ、被控訴人大昭和製紙株式会社鈴川工場の廃水は岳南四号排水路へ、被控訴人本州製紙株式会社富士工場、同大興製紙株式会社及び同大昭和製紙株式会社富士工場の廃水は岳南五号排水路へ排出することと定められたが、地元意見の不一致等のため工事に着手することができず、水質汚濁防止法に基く全国一律の排水基準(昭和四六年総理府令第三五号)の規制期限を考慮し、同年一〇月二九日全工場が廃水を自己処理することに方針を変更し、終末処理場の建設計画は挫折した。6 昭和三四年三月一日工場排水等の規制に関する法律及び公共用水域の水質の保全に関する法律が施行され、経済企画庁長官は、公共用水域の水質の保全に関する法律第四条に基き調査基本計画を決定し、経済企画庁昭和三六年七月七日告示をもつてこれを公表した。右告示は、調査対象水域を定め、調査対象水域につき、水域の水質及び水域に排水される工場または事業場の排水の水質を昭和四六年三月三一日までに調査することとし、沼川本川及び潤井川本川その他の支派川並びに河口海域を調査対象水域に指定した。静岡県は、経済企画庁長官の委託を受け、右調査対象水域につき、昭和三六年五月から昭和三七年三月にかけ告示に定められた水質の調査をし、その調査結果をまとめた(甲第六号証)。右調査のうち河川の水質調査は、測点として、沼川水系につき、昭和放水路分岐前の沼川、赤淵川末端、大昭和製紙株式会社鈴川工場廃水放流前の沼川、荒川合流前の滝川、荒川末端、滝川末端、和田川合流前の沼川、和田川末端、小潤井川末端、小潤井川合流前の沼川及び沼川河口を選び、潤井川水系につき、富士宮市<地名略>、神田川合流前の潤井川、弓沢川合流前の潤井川、弓沢川末端、弓沢川合流後鷹岡伝法用水分岐前の潤井川、凡夫川末端、岳南排水路排水口(滝戸)、下堀用水分岐前の潤井川、本州製紙株式会社富士工場・大興製紙株式会社・大昭和製紙株式会社富士工場の各排水口前の潤井川、江川合流前の潤井川、江川末端及び入道川末端を選び、一般調査は、全測点につき、昭和三六年五月二九日、同年七月一〇日、同年八月二四日及び昭和三七年二月一五日行われ、通日調査は、沼川水系測点のうち滝川末端、和田川末端、小潤井川合流前の沼川、沼川河口につき、潤井川水系測点のうち下堀用水分岐前の潤井川及び江川合流前の潤井川につき、昭和三六年五月二三日、同年七月四日、同年八月一六日及び昭和三七年二月六日行われ、通年調査は、沼川水系測点のうち小潤井川合流前の沼川及び沼川河口につき、潤井川水系測点のうち下堀用水分岐前の潤井川及び江川合流前の潤井川につき行われた。一般調査の結果、沼川は、昭和放水路から三キロメートルの中流までは汚染はあまり認められず、滝川、和田川の水が加わると著しく汚染され、潤井川は、上流はほとんど汚染されず、岳南排水路の排水が加わる中流から徐々に汚染し始め、河口から二キロメートルの間で急激に汚染度が高くなつていること、PHは、両水系とも六・〇から八・五の間であり、SSは、渇水期(二月五日)は豊水期(七月八月)に比して相当高い数値を示し、沼川下流は潤井川末端の二倍程度であること、COD(試験方法は過マンガン酸カリウム法)は、沼川の数値は概して高く、潤井川の数値は一般に低く、岳南排水路排水口において七〇PPMないし八〇PPMであるが、本州製紙株式会社富士工場、大興製紙株式会社及び大昭和製紙株式会社富士工場の排水が加わる下流では二〇〇PPM前後であること、BODの数値は、CODの数値よりやや低く、CODと同じ傾向を示すことが判明し、通日調査の結果、PHは、潤井川中流の下堀用水分岐点前、小潤井川合流前の沼川及び滝川末端では六・五ないし七・五の範囲にあり、殆んど時間的変化はなく、季節による差も認められず、COD及びBODは、潤井川水系については、下堀用水分岐点前で非常に低く、時間的変化も殆んどないが、江川合流前になると、二〇PPMないし三〇PPMのものが一〇〇PPMないし三〇〇PPMの範囲まで汚染され、時間的差も大きく、沼用水系については、七月八月は一般に低く、二月五月は高いが、時間による高低は殆んどないこと、SSは、潤井川水系では、少なく、時間的差もたいしてないが、沼川水系では、非常に多く、また、高低の差が著しいことが判明し、通年調査の結果、PHは、潤井川水系では、下堀用水分岐前で平均七・〇〇と中性を示したのが、江川合流点前では平均六・五一とやや低くなり、沼川水系では、上流部下流部とも殆んど変化がなく、六・七前後を示し、SSは、潤井川中流(下堀用水分岐前)で八〇PPM前後、沼川河口で一〇〇PPM、潤井川下流(江川合流点前)で一五〇PPM前後で、一年を通じ、四月から六月の間に最高値、七月から九月の間に最低値を示した。(なお、工場・事業場の排水そのものの水質に関する右調査は、二五工場-うち紙・パルプ工場は二〇-について行われたが、パルプ製造の大工場は除外され、また、個々の工場についての試験結果を特に伏せて調査結果をまとめているので、本件における資料としての価値は少ない。)
静岡県は、沼川水系及び潤井川水系につき、前記経済企画庁告示に基く右水質調査のほか、災害対策基本法に基く防災計画樹立のための基礎資料を得るため東京地学協会に水質調査を委託し、右調査を担当した資源科学研究所Eが昭和三六年五月から昭和三八年一月にかけ七回にわたり沼川水系及び潤井川水系の水質について調査した結果がまとめられ、他の防災関係基礎資料とともに静岡県に提出されている(甲第四六号証)。右調査の結果は、別表3ないし9のとおりであり、同表中本州製紙株式会社富士工場、大興製紙株式会社及び大昭和製紙株式会社富士工場排水口に関する数値は、工場廃水についてのものである。
富士市は、昭和四五年度から河川水質の定期調査を実施したが、昭和四五年七月から昭和四六年六月までの月別調査の平均値は別表10のとおりである。原審鑑定人D(東京大学工学部都市工学科助手)が昭和四五年一二月一六日採取した被控訴会社四社の廃水の水質につき鑑定した結果は、別表11のとおりである。本州製紙株式会社富士工場の排水口で午前と午後に各一回宛採取したのは、採取当日午前一〇時一〇分過ぎ抄紙機一台が突然止まり、パルプ懸濁液が相当量流出したとの会社訴訟代理人の説明があつたことによる。
昭和四五年一〇月一日経済企画庁告示第二九号により田子の浦港の水域及びこれに流入する公共用水域が公共用水域の水質の保全に関する法律に基づき指定水域に指定され、工場または事業場から右水域に排出される水の水質につきSSのみの暫定基準が定められたが、静岡県では、これに先立ち、旧公害防止条例(昭和三六年静岡県条例第五二号)第三条による水質基準専門委員会の答申に基き、昭和四三年九月一日静岡県水質指導基準を設定した。この水質指導基準は、県内の河川(支派線およびこれに接続する水路等を含む。)をABCDの水域に分類し、各水域ごとに工場排水の水質指導基準を定め、また、各水域の流水目標を定めている。右水質指導基準付表第一によると、沼川はB水域、潤井川のうち富士宮市<地名略>本州製紙株式会社堰堤より上流はC水域、その余はB水域とされ、沼川は、岳南特別都市下水路の建設が計画されている地域は、建設が完了するまで暫定措置としてA水域とされている。(静岡県は、前記のように、昭和四六年一〇月二九日浮島処理場の建設を断念し、工場廃水の個別処理に踏み切つたのであるから、岳南特別都市下水路は未完了であり、沼川はA水域に属する。
)右水質指導基準によると、沼川及び潤井川の流水目標は別表12のとおりであり、紙・パルプ・紙加工品製造業の沼川及び潤井川に対する排水の水質指導基準は別表13のとおりである。
前記昭和四五年一〇月一日経済企画庁告示第二九号による田子の浦港の水域及びこれに流入する公共用水域に排出される工場廃水のSSの基準は別表14のとおりである。
内閣総理大臣は、水質汚濁防止法の施行により、工場排水につき、昭和四六年総理府令第三五号をもつて全国一律の排水基準を定めた。右基準において、BODの排水基準は、海域及び湖沼以外の公共用水域に排出される排出水に限つて適用し、CODの排水基準は、海域及び湖沼に排出される排出水に限つて適用するものとされ、紙・パルプ工場の排出水の水質基準のうちBOD、COD及びSSについて見ると、別表15のとおりであり、静岡県は、水質汚濁防止法第三条第三項に則り、新公害防止条例(昭和四六年静岡県条例第三号)に基き、昭和四六年九月一四日施行の静岡県公害防止条例施行規則(昭和四六年静岡県規則第四三号)をもつて工場排水の水質基準を定めたが、右基準は、前記総理府令による基準と同じである。7 河川の水質は、PHは、六ないし八が良好とされ、DOは、六PPM以上でないと自浄作用上の好気性微生物は生育せず、魚が生存するためには最低五PPMが必要であり、BODは、五PPMが汚濁限界で、二PPM以下が望ましく、CODは、五PPM以下が望ましく、SSは、一〇PPM以下が望ましい。BOD及びCODの数値は、大きいほど溶存酸素が多く消費され、水質汚濁の一因となる。(四) 河川に廃水を排出しても、これがため河川の水質が許容限度内であれば、廃水を排出することは許されるが、許容限度を超え、他に被害を与えるにいたると、かかる廃水の排出は、違法である。本件河川が公共用水域の水質保全に関する法律に基づき指定水域に指定されたのは、本件ヘドロ浚渫費が支出された後の昭和四五年一〇月一日であり、それ以前は公法上の規制の対象とされていなかつたが、このことは、廃水の排出の違法性を否定する理由にはならない。
田子の浦港に堆積したヘドロは、本件河川に含まれるSSによるものであるが、右SSは、前記(三)6で認定した数値を示し、この数値は、前記(三)7の数値のみならず、静岡県水質指導基準に定められた数値をはるかに超えるので、被控訴会社らの工場廃水排出行為は違法であり、静岡県は、港湾管理者として、右違法なる工場廃水の排出により田子の浦港に堆積したヘドロの浚渫を余議なくされたのであるから、ヘドロ浚渫費は、被控訴会社四社ほか工場廃水を排出した者の共同不法行為による損害というべきである。
表1で示した岳南地域全体の紙・パルプの生産量、表2で示した被控訴会社四社の紙・パルプの生産量、原審における控訴人F本人尋問の結果により成立を認めうる甲第四七号証(被控訴人本州製紙株式会社との間では成立に争がない。)によれば、田子の浦港におけるヘドロの堆積は、その大半が被控訴会社四社の工場廃水に起因するものであることが認められ(もつとも、前掲甲第一二号証によると、田子の浦港に堆積したヘドロには大沢崩れによるものと雪代によるものと年間四、五万立方メートル含まれているが、その量は、全体の三〇分の一前後にすぎない。)被控訴会社間の寄与率を明らかにすることはできないので、控訴人らが、静岡県に代位して、昭和四四年度の前記浚渫費のうち一〇〇〇万円の限度で、被控訴会社四社に連帯して支払を求める請求は、これを認容すべきである。
五 以上の理由により、控訴人らの本訴各請求中被控訴会社四社に対する損害賠償の請求は理由があるので、右請求を棄却した原判決を取り消し、その余の控訴は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第九六条第九三条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小山俊彦 山田二郎 三井哲夫)
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