主文
 原判決を破棄する。
 被告人を罰金一万円に処する。
 被告人において右罰金を完納できないときは、一日を金一〇〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置する。
 原審および当審における訴訟費用中、原審証人Aに支給した分の全部並びに原審証人B、同C、当審証人B(二回分)、同C(二回分)に支給した分の各二分の一は、被告人の負担とする。
理由
 本件控訴の趣意は、弁護人飯田幸光提出の控訴趣意書並びに同補充書記載のとおりであるので、いずれもこれを引用し、これに対し次のように判断する。一、 弁護人の控訴趣意第一、被告人がBを足蹴にし、傷害を与えた旨の原認定に事実誤認がある旨の主張について。
 所論に鑑み調査してみると、原審における証人Aの供述記載、同人作成の診断書、当審取り調べの同人作成の診療録(写)によれば、Bが原判示の受傷を、昭和四六年六月三日の受診時にしていたことが、また、原審証人B、同Cの各供述記載、当審取り調べの証人B、同Cの各供述、当審の検証調書によれば、右受傷は、原判示日時ころ、原判示愛宕警察署正面入口の二枚の開き扉のうち、当時開かれていた署内からみて右側の扉付近で、Bが被告人の五〇センチメートル位後方を被告人に追従していた際、被告人の右足の靴のかかとが、Bの左膝関節付近に当つたため生じたものであることが明らかに認められる。被告人は、原審において、Bを足蹴にしたことは記憶がないと供述し、また、当審において、前記正面入口扉付近でBから背中をつかれて署内より排除された際、前によろけ左足で体をささえたから、被告人の右足がBの身体に当る可能性はないわけではないが、Bを足蹴にしたことはない旨供述しているので、原審および当審取り調べの関係証拠を検討してみると、Bが被告人の背中をついて署外に被告人を押し出した事実は存在しないのであり、前記正面入口の当時閉じられ固定されていた方の扉(署内からみて左側の扉)に被告人が手をつき、その右足を後方に向けてのばし、Bの左膝付近を蹴つたのち、被告人が署外に逃れるため、左足を床から一段低くなつている踊り場にふみ出したものと認められるから、Bから背中をつかれ、よろけて左足で体をささえた旨の被告人の右の弁解は措信しえないものである。したがつて、所論主張の点につき、原判決に事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。
二、 弁護人の控訴趣意第二、第三(控訴趣意補充書により補充された点も含む)、Bのした、被告人に対する排除行為が、適法な公務の執行にあたる旨の原判断には、事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある旨の主張について。
 所論は多岐にわたるが、これを要するに、(一)D大関係者集団において、警察署施設の公用の目的達成を妨げる不当な行状をしていないから、E警備官が右集団に対してした退去命令は、庁舎管理権にもとづく退去命令としては不適法である。(二)仮にD大関係者の行動により、署内が騒然としたからといつて、庁舎管理権は、実力による排除の根拠とはならないから、排除行為自体不適法である。(三)E警備官の発した排除命令は、D大関係者集団を対象としたものであるから、これと無関係な被告人を実力で署外に排除したBの措置は不適法である。(四)被告人が本件暴行を加えたと仮定しても、被告人の所為は、排除命令の対象となつたD大関係者の排除行為終了後になされているから、公務の執行中の警官に対してなされたものではない。(五)Bは、被告人を排除命令の対象となつていた集団の一員と誤認して排除したものであるところ、その誤認につき重大な過失がないと認定し、その行為を適法な公務執行に当るとした原判決には、事実誤認ないし法令解釈の誤りがある。(六)仮に被告人も排除命令の対象となつていたとしても、Bによる排除行為は、被告人を椅子から立ちあがらせた段階で終了したものであり、被告人がBに加えた暴行は、公務の執行を妨害したものではない。という六点に尽きるものである。
 所論に鑑み、原審記録並びに原審および当審取り調べの証拠を検討してみると、(イ)愛宕警察署一階は、正面入口から入ると、東側外壁と、これに平行して設置されている交通係および受付係カウンターとの間に、幅約二メートルほどのコンクリート床のホールがあり、同ホールは、同警察署に用務のある一般公衆の自由な出入に委ねられており、前記カウンターの西側は、ホールの床から一七センチメートル高い段差で床がはられた事務室となつていて、交通課、警備課、警ら課などの職員が執務していること、(ロ)被告人は、原判示六月三日午後一時過ぎころ、原判示のF大学学生一〇数名とともに、第一回目の抗議団の一員として、原判示愛宕警 察署での抗議行動に参加し、一旦同署を退去後、同日午後三時三〇分ごろ、原判示 の逮捕された学生に対し接見していた弁護士を迎えるため再度同署内に入り、接見 終了をまつ間、Gとともに、正面入口から入つて右側の長椅子に坐つているうち、 午後三時四五分頃、第二回目の抗議団にあたるD大関係者の抗議団一〇名前後か同 署内に入つてきて、同五二分ころまでの間原判示の抗議行動をしたが、被告人が、 D大関係者の右の抗議行動に参加し、やじをとばしたりしたことについて、合理的 な疑いを超えて認めうるに足りる証拠はないこと、(ハ)右のD大関係者集団に対 し、最初H巡査部長とI警部補が応待し、次いで、E警備官が応待したのである が、同警備官と対談中の右一団の中から、不当逮捕だとか、即時釈放せよとかいう 叫びがなされ、騒然とした状況となり、同署職員の執務にも支障を来たすと認めら れるようになつたので、庁舎管理権者である愛宕警察署長から、その行使につき委 任をうけていた同警備官は、庁舎管理権(根拠規程は、昭和三〇年九月七日付警視 庁警察署処務規定訓令九号七八条)にもとずき、右のD大関係者の抗議集団に対 し、庁舎外に退去するよう命じたところ、即刻立ち退く様子にはならなかつたの で、同警備官の指揮下の警察官一二名に排除を命じたものであること、(ニ)被告 人およびGが坐つていた長椅子の位置は、D大関係者集団が、佇立していた位置と は、ほど遠からぬ処にあつたが、E警備官の発した退去命令および排除命令によれ ば、該命令の対象者は、D大関係者集団に限られ、被告人およびGをも、対象とし ていたものと認めるには、合理的な疑いが存在していること、(ホ)排除のために 警察官が出てくれといつて近づくと、D大関係者集団に属していた人たちは、緩慢 ながら、逐次正面入口から署外に出て行く状況になり、やがておおむね署外に退去 したのであるが、被告人とGは、D大関係者に対する排除がはじまつても、特段こ れに異をとなえたりすることなく前記長椅子に坐つたままであつたところ、多少お くれて排除命令の執行に加わつたBが、両名をみとがめ、その年齢、服装、風格、 場所的関係などから、両名もE警備官の発した退去命令の対象者であると考え、両 名に退去を求めたのに対し、被告人が弁護士をまつている旨申し立てているところ に、被告人が第一回目の抗議団の一員であつたことを認知していたCか近づき、こ れもそうだと言つたので、Bは、ともかく出てくれといつて、被告人の手をもつて 長椅子から立たせ、正面入口に歩を移す被告人に追従して、正面入口扉に近づいた ところ、被告人に蹴られたものであるが、Bが被告人を署外に退去させた所為は、 退去命令の対象に含まれていないものを、これに含まれていると誤認してなされた 疑いがあること、の各事実関係を認めることができる。
 <要旨第一>一般に、官公署の長は、その管理する庁舎について、庁舎管理権を有 するのを常とするが、庁舎管理権は、単なる公物管理権にとどまるもの ではなく、公物管理の側面から、庁舎内における官公署の執務につき、本来の姿を 維持する権能を含むものであり、一般公衆が自由に出入しうる庁舎部分において、 外来者が喧噪にわたり、官公署の執務に支障が生じた場合には、官公署の庁舎の外 に退去するように求める権能、およびこれに応じないときには、官公署の職員に命 じて、これを庁舎外に押し出す程度の排除行為をし、官公署の執務の本来の姿を維 持する権能をも、当然に包含しているのであつて、このことは、官公署が警察署で ある場合にもひとしくあてはまるものであるところ、前記認定のとおり、前記D大 関係者集団において、警察署の執務に支障を生じさせる程度の行状をしたものであ るから、E警備官の右集団に対してした退去命令は、庁舎管理権にもとづく命令と して適法であり、さらに、この命令があつたのに、右集団が即刻退去しそうになか つたことも前記認定のとおりであるから、庁舎管理権を根拠としての、右集団に対 する排除を命じた措置も適法である。 加えて、右集団に対してなされた排除行為の態様は、前記認定のとおりの程度の ものであつたのであるから、庁舎管理権の行使として許容される適法なものであつ たと認められる(原判決は、E警備官の発した排除命令に従い、退去しない右の学 生らに対して、警察官職務執行法五条により認められる制止程度の強制力で庁舎外 に排除した警察官らの措置に違法な点はないと説示しているが、たまたま、本件で は、庁舎が警察署の庁舎であり、排除行為を命ぜられた職員が警察官であつたの で、原判決では、警察官職務執行法五条が引き合いに出されたものと解せられる が、庁舎が警察署以外の官公署であり、排除行為を命ぜられた職員が警察官以外の 公務員であつたとしても、前記集団に対してなされた程度の排除行為は、庁舎管理 権の行使として許容される適法な限度内のものと当裁判所は認めることを付言す る。)。 <要旨第二>庁舎内において一団と目される外来者が喧噪にわたる行為に出たが、 庁舎管理権者において、どの範囲のものが、その集団に属するかを判別 し難いときには、喧噪な行動に出た集団に近接している外来者全員に対しても、庁 舎の外に出るよう命じ、これに従わないものを庁舎外に排除し、庁舎内における官 公署の執務につき、本来の姿を維持する措置をとつた後、庁舎外に出たものの中に 個別的に用務を申し出るものがあればそれをたずねるなどしたうえ、喧噪にわたつ た集団に属したか否か、その用向きなどを考慮して、再度庁舎内に入れる措置をと ることも、庁舎管理権の行使として許されるものと解せられるのであるが、この措 置をとる前提としては、喧噪にわたる集団およびこれに近接していた外来者全員に ついて庁舎外に退去を命ずる旨の明確な告知が、排除行為開始に先立ち、なされる ことが必要であるが、関係証拠を精査しても、D大関係者集団に近接していた被告 人を含む外来者全員に庁舎外に退去を命ずる旨の明確な告知が、庁舎管理権者であ つたE警備官によりなされた証跡は認められない。このような本件の状況下では、 前記認定のように、抗議行動とは別の目的で来署し、D大関係者集団とE警備官と のやりとりを近くから椅子に坐してみていた被告人およびGが、自らは退去命令の 対象となつていないと理解し、D大関係者集団に対する排除行為の行なわれている 間に、そのまま前記の長椅子に坐つていたこと、および前記のようにBから退去を 求められた際、自己の用向きを申し立てて、退去を容易に肯んじなかつたことは当 然であり、Bがその年齢、服装、風格、場所的関係から被告人も退去命令の対象に 含まれていると思い込んで、被告人の言わんとするところに耳をかたむけるゆとり をもたず、Cが、これもそうだと言つたのを軽信して、被告人を庁舎外に排除する 措置をとつた所為は、警察官としての特有な職務権限を行使したものにあたらない と認められることは先に付言したとおりであるということ、および被告人の手を引 つぱつて長椅子から立たせる所為に出た頃には、喧噪な所為に出たため庁舎外に退 去させられたD大関係者集団が既におおむね庁舎外に排除されてしまつていたとい う状況を併せ考えれば、被告人がD大関係者に対してなされた排除行為に異をとな えていたとか、Bに来署の用向きを申し立てることもなく、ことさらに反抗的態度 に出ていたとかいう証跡のない本件においては、Bの被告人に対する排除行為を、 公務執行妨害罪における適法な職務の執行と認めるに足りる証明が不充分である。 したがつて、Bの被告人に対する排除行為が、公務執行妨害罪における適法な職務 の執行に当ると認定し、公務執行妨害罪の成立を認めた原判決は、事実を誤認し、 罪とならない公務執行妨害の点をも有罪としているものであつて、その誤認は判決 に影響を及ぼすことか明らかであるから、論旨は、この点理由があり、爾余の点に つき判断するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。 よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但 書により、被告事件につき更に判決することとする。 (罪となるべき事実)
 被告人は、昭和四六年六月三日午後三時五二分頃、東京都港区ab丁目c番d号所在警視庁愛宕警察署内において、Bの左膝を蹴り、よつて同人に全治約五日間を要する左膝関節打撲傷の傷害を負わせたものである。
 (証拠の標目)(省略)
 (法令の適用)
 被告人の判示所為は、刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で、被告人を罰金一万円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納しえないときは、一日を一〇〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、刑訴法一八一条一項本文により、原審および当審における訴訟費用のうち、原審証人Aに支給した分の全部並びに原審証人B、同C、当審証人B(二回分)、同C(二回分)に支給した分の各二分の一は被告人に負担させることとする。
 本件公訴事実中、公務執行妨害の点は、犯罪の証明がないことは前述したとおりであるが、右は、一個の行為で二個の罪名にふれるとして訴追されたものであるので、主文において無罪の言渡しをしない。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 木梨節夫 裁判官 時國康夫 裁判官 奥村誠)
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