【主文】 被告人は無罪。
【理由】
第1 本件公訴事実と争点
1 訴因変更後の公訴事実は,「被告人は,平成24年5月23日午前11時3 0分頃から同日午後0時頃までの間,神奈川県藤沢市a町b番地所在のc団地d号 棟e号室被告人方居室内において,A(当時17歳)に対し,仰向けになった同女 の大腿部を足で数回踏みつけた上,金属バットで数回殴打するなどし,よって,同 人に加療約10日間を要する両大腿部挫傷の傷害を負わせた。」というものである。2 これに対し,被告人及び弁護人は,被告人が,公訴事実記載の日時に上記場 所にいたことは間違いないが,Aに対して,大腿部を足で踏み付けたり,金属バッ トで殴打するなどの暴行は加えていないから,無罪であると主張する。したがって,本件の争点は,被告人がAに対し,公訴事実記載の暴行を加えたか 否かである。第2 当裁判所の判断
1 争いのない事実 関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,検察官及び弁護人にも争いがない。
 (1) 被告人とAは,平成23年8月頃知り合い,以後,性交を含む交際をしていたものである。この間,Aは,被告人以外の複数の男性とも性交をしたことがある。 (2) 平成24年5月23日午前11時頃(以下の時刻は,特に断らない限り,同 日のものである。),Aが被告人方に到着した。この時,被告人方には,被告人とその母親のBがいた。
(3) 午前11時5分から午前11時37分にかけて,被告人は,Cと携帯電話で4回通話した。
(4) その後から午前11時40分頃までの間,Cが被告人方に到着した。(5) 午前11時45分ないし午前11時50分頃,Bが被告人方から外出し,その後まもなくCも被告人方を出た。
(6) 午前11時53分頃,Cが被告人に電話をかけて,通話した。その頃から午後0時23分頃までの間,被告人は,被告人方でAと性交をした。
(7) 午後0時47分,被告人は,Cに電話をかけ,海に遊びに行くかどうか,話し合った。
(8) 午後1時頃,被告人とAは,被告人方から付近のf商店街に歩いて向かい,同商店街で,C,D,E及びFと合流した。被告人とAは,Fが運転するワンボッ クスカーに乗り,6人で鎌倉市七里ケ浜の海岸に向かった。(9) 上記6名は,gホテル七里ケ浜駐車場に到着した後,Cの提案で,防波堤か ら約4.9m下の砂浜に飛び降りるという遊びを始め,C,E,Aらが飛び降りた。
 (10) Aは,飛び降りた際の衝撃で腰を痛め,砂浜にうずくまってしまったため,被告人とCが肩を貸し,Aを駐車場まで連れて行った。被告人は,携帯電話で,救 急診療が可能な病院を探した。(11) 午後5時頃,上記6名は,AをG病院の救急外来に連れて行き,被告人がA に付き添って診察室に入った。その際,Aは,H医師に対し,防波堤から飛び降り たことによる腰の痛みのみを訴えた。(12) H医師は,Aを診察した結果,腰椎圧迫骨折と診断した。H医師は,Aに対 し,入院を強く勧めたが,同人はこれを断った。(13) 同月24日,Aは,藤沢市内のIクリニックを受診し,J医師に対し,前日 にバットで殴られたと訴えた。J医師は,Aの両大腿部に皮下出血を認め,加療約 10日間を要する両大腿部挫傷であるとの診断書を発行した。(14) 同月26日,Aは,再度G病院で受診し,同日から同年6月14日まで,同 病院に入院した。Aは,退院後,Cと同居して生活している。2 A証言の内容
本件被害の唯一の直接証拠となるのは,Aの証言であるが,その内容は,以下の とおりである。(1) 本件当日,私は,被告人方へ行ったが,その後,CとBが外出し,被告人と 二人きりになった。すると,被告人は,近寄ってきて,私が履いていたショートパ ンツを下着と一緒に脱がそうとしてきた。私は,「やめて。」と言いながら抵抗し たところ,被告人がショートパンツから手を離したので,トイレに入り,ショート パンツを履き直して,気持ちを落ち着かせた。(2) 私がトイレから出ると,被告人は,「何で他の男とはできて,俺とはできな いんだよ。」などと言いながら,近づいてきて,トイレの扉の前で,腹部をげんこ つで殴った。この後,私は,冷蔵庫の隣辺りに倒れたが,殴られた後,どのように 倒れたのか,記憶がない。この頃,被告人は,電話で誰かと話しており,相手に 「けんか中なんで,また後で電話します。」と言っていた。(3) 私が倒れた際の姿勢は,仰向けで,両腕の手首から肘の部分を床面に着けて, 少し上半身を起こした状態だった。被告人は,私の左足元に立ち,右足のかかとで, 私の左足太もも(正面から付け根の間辺り)を2回くらい踏み付けてきた。その際 にも,被告人は,「何で他の男とはできて,俺とはできないんだよ。」などと言っ てきた。それから,私の右足太もも(左足太ももとほぼ同じ箇所)も,右足のかか とで,2回くらい踏み付けてきた。踏み付けられた衝撃は,その後に立とうとして も立ち上がれないくらい痛かった。(4) その後,被告人は,玄関に行き,右手でバットを肩に担いで戻ってきて, 「おまえの頭かち割ってやろうか。」と怒鳴った。その間,私は,上記のとおり上 半身を起こして仰向けになったまま,体勢を変えていない。それから,被告人は, 私の左足元に立ち,バットの先端が肩くらいの高さまで来るように,バットを右横 方向に振り上げ,そのまま被告人の体幹方向に振り下ろし,私の左足太もも(踏み 付けられた箇所からやや左に寄った箇所)を,二,三回くらい殴ってきた。この時, バットの先の方が私の左足太ももに当たった。さらに,被告人は,バットのグリッ プ辺りを両手で持ち,その両手を頭の正面まで振り上げ,これをそのまま前方に振 り下ろすようにして,私の右足太もも(踏み付けられた箇所と同じ箇所)を,一,二回殴ってきた。その際,バットの横側面(先端から大体5cmほどのところ)が, 右足太ももに当たった。バットで殴るとき,被告人は,「大体生意気なんだよ,お 前は。」などと言っていた。バットで殴られた時の痛みは,1発目は,その衝撃で 足も動いてしまうくらいで,かなり痛かったが,2発目くらいからは,痛みに慣れ てしまい,そんなに痛く感じなかった。足で踏み付けられ,バットで殴られていた 時間は,合せて5分足らずだった。(5) その後,被告人は,私のお腹に,バットの先端部分を2回くらい押し付け, バットを玄関に戻してから,台所で包丁を取り出し,これを右手に持って,自分の 左手首を切ろうとした。私は,被告人の両手首をつかみ,これを止めさせようとし たところ,被告人は,手首を回して,包丁の刃を私の手首に近づけた。私は,「や めて。」と言い続けたところ,被告人は,「もういいよ。」と言って,包丁を戻し に行き,被告人の部屋に戻った。(6) 被告人の部屋に戻ると,被告人は,ベッドに寝転がり,私に対して口淫を求 めてきた。私は,これを断ると暴力を振るわれるのが嫌だったので,被告人の言う とおりに,性交に応じた。被告人は,機嫌がよくなり,性交の約5分後,誰かと電 話で話し,その相手に「バットでぶっ飛ばしちゃいました。」と言っていた。(7) その後,f商店街でCらと合流した際,Eから,「足赤くなってるね。」, 「診断書を取って被害届を出した方がいいんじゃない。」と言われた。その時,確 かに,足は赤くなっていたが,あざになっておらず,痛みはなかった。(8) 私は,被告人に暴行を受けた後だったが,自分だけが帰ると言うと,また被 告人とけんかになり,その場の雰囲気を壊してしまうと思い,他の5人と一緒に七 里ケ浜に遊びに行くことにした。(9) 七里ケ浜では,嫌なことを忘れたかったので,一人でおとなしくしているよ りは,弾けたほうが楽しいと思い,防波堤の上から砂浜に飛び降りた。その後,太 ももが,青紫っぽい色に変色していることに気付いた。3 A証言の信用性
(1) Aが被告人から暴行を受けたという場所は,被告人方の台所の冷蔵庫横の狭 い空間であるところ(甲27号証の写真番号18及び19参照),Aが証言する被 告人のバットによる殴打行為は,いくつかの点で,物理的に不合理な点を指摘する ことができる。ア 左足太ももをバットで殴られたという点(1撃目)について,証人Kは,A が証言するように,バットを右横に振り上げ,そのまま振り下ろすと,バットの軌 跡上に冷蔵庫が存在するため,バットが冷蔵庫にぶつかるはずであるが,証拠上, 被告人方の冷蔵庫には,バット等による打痕は発見されなかったと証言する。次に, 右足太ももに対する殴打(2撃目)についても,Kは,Aが証言するように,バッ トのグリップ辺りを両手で持ち,両手を頭の正面まで振り上げ,そのまま振り下ろ したのでは,バットは横たわったAの右足太ももに到達せず,甲5号証の写真番号 6及び7の変色箇所に打撃を加えることは困難であると証言する。以上のKの証言 は,同人の交通事故等に関する長年にわたる多数の鑑定経験に加え,本件現場であ る被告人方のレーザー測距儀による実測及びCGによる解析に基づくものであって, その測定や解析の方法に問題はなく,十分信用し得るものである。この点について,検察官は,Kは,犯行態様が厳密に確定できないにもかかわら ず,あえてAの証言が不自然になるような犯行態様を前提として,鑑定を行ってお り,その証言は信用できないと主張する。しかし,Kは,バットを振る際の被告人 の手首の角度について,腕と垂直に近い角度の場合と,腕とバットが水平になる角 度の場合の両方を検討した上で証言しており,検察官の上記主張は当たらない。イ また,1撃目で冷蔵庫にバットが当たらなかったとしても,Aが証言するよ うに,バットを右横に振り上げ,これを横に振り下ろしたとすれば,バットはAの 左足太ももの側面に当たると考えられるのであって,甲5号証の写真番号4及び5 のような箇所に当てるのは,困難であるといわざるを得ない。さらに,2撃目につ いても,Aが証言するような姿勢でバットを振り下ろした場合,甲5号証の写真番 号6及び7のような箇所にバットの先端から5cm辺りの部分が当たったとすると,バットをかなり低い位置から振り下ろさなければ,上記の写真のような傷は生じな いと考えられるが,被告人が腰をかがめて低い姿勢をとったような状況は,何らA の証言には表れていない。ウ このように,Aが証言するようなバットによる殴打行為は,物理的に不可能 ではないとしても,著しく不合理である。まして,被告人は,先天的に視力障害が あるから(弁7号証),狭い空間で冷蔵庫等に当たらずに,バットを振り回して, Aを殴打することができたか,甚だ疑問である。(2) さらに,Aの証言には,次のとおり,内容として不自然な点がみられる。ア Aは,前記のとおり,両足の太ももを踏み付けられた時は,立ち上がれない くらい痛かったと述べているにもかかわらず,被告人が踏み付けるのを止めて,バ ットを取りに行って戻ってくるまでの間,姿勢を変えずに寝ていたと証言している。
 また,バットによる1撃目は,その衝撃で足も動いてしまうほどの強打であったと 証言する一方,そのままの姿勢で防御することなく,2撃目以降も打たれ続けたと 述べ,防御しなかった理由を問われると,2撃目以降は,痛みに慣れてしまい,痛 みを感じなかった,痛いといっても手で押さえるほどではなかったなどと説明して いる。しかし,両足を踏み付けられた後,相手がバットを取りにその場を離れた隙 に,更なる暴力を避けるため,その場から逃げようとするのが自然であるし,また, バットによる2撃目以降の殴打に対しては,殴打されまいと体を動かすなどして, 体を防御しようとするのが自然である。このように,逃げることも防御することもなく,同じ姿勢のままひたすら打たれ 続けたというAの証言は,著しく不自然であるといわざるを得ない。イ また,Aの証言によれば,被告人はAに暴行を加えた後,リストカットをし ようとしたことになるが,被告人が何故このような行動に及んだのか,不可解であ る。(3) さらに,Aの証言は,平成24年5月25日に同人の立会いの下で実施され た被害状況の再現見分と矛盾している。ア 上記再現見分においては,被告人役の警察官が,Aとされるダミー人形(仰 向けに寝かせた状態であり,上半身は起きておらず,床面に接着している状態であ る。)の左足元に立ち,右手でバット様のものを頭上まで振り上げ,その先端付近 の側面を,人形の左足太ももの側面に当てる様子と,同じく右手(片手)でバット 様のものを持ち,その側面を人形の右足太ももの正面に当てる様子が再現されてい る(職権2号証の写真番号11ないし16)。この再現見分は,本件犯行があった とされる日の2日後に行われたものであるが,Aの前記証言とは,左足太ももに対 する殴打の際のバットの振り上げ方,殴打の箇所,右足太ももを殴打した際のバッ トの持ち手(両手であるか,片手であるか),Aの上半身の姿勢等の点が,明らか に食い違っている。このように,バットによる殴打の態様という,証言の根幹部分が,上記のように 再現と食い違っているということは,Aの証言の信用性を大きく損なうものである。 イ このほか,上記再現見分では,被告人役の警察官が,ダミー人形の左右の手首にそれぞれ包丁を押し付けようとしている状況(職権2号証の写真番号17ない し20)が再現されているが,Aは,前記のとおり,公判廷で,被告人はまず自ら の左手首を包丁で切ろうとし,Aがこれを止めたところ,今度はAの手首に包丁を 近づけた旨証言しており,この点にも食い違いが認められる。この点について,A は,警察官にうまく話が伝わらなかったとか,本件以前に,被告人がAに包丁を向 けたことがあり,その時の記憶と混同していたなどと説明するが,このような説明 は,到底納得し得るものではない。(4) 加えて,被告人の暴行によって受傷したというAの証言は,客観的に裏付け られたものとはいえない。ア すなわち,H医師は,本件当日にG病院でAの腰部の診察に当たったもので あるが,公判廷で,同人が同病院を訪れた際にはショートパンツを履いていたので, 太ももに甲5号証の写真番号4ないし7のような変色と腫れがあれば,愁訴がなく ても,気付くはずであって,そのようなあざを見た記憶はないが,医師がそのようなあざを見過ごしても,看護師やX線技師等のスタッフがあざを発見すれば,医師 に報告を上げるはずである旨証言する。Aは,腰部を痛めて病院に運び込まれた患 者であるから,H医師としては,Aの下肢にしびれ等がないか,その症状に関心を もつはずである。それにもかかわらず,Aの診療録(弁4号証)を見ても,Aの両 足の太ももにあざがあったことは確認されておらず,H医師のほか,看護師,X線 技師等がそろって,あざを見過ごしたとも考え難い。H医師の証言に,特に信用性 に疑いを容れる点も存しないので,これによれば,本件当日に,Aの両足の太もも にあざがあったという点は,客観的に裏付けられていないというべきである。イ これに対し,平成24年5月24日にAを診察したJ医師は,Aの両足の太 ももに皮下出血があったと証言し,同医師作成の前記診断書(甲3号証)や診療録 (甲7号証)には,その前日に受傷した旨の記載がある。しかし,J医師によれば, このような診断書や診療録の記載は,患者の愁訴に基づくもので,それが不自然と 思われなかったので,そのまま記載したというにすぎず,同医師も,皮下出血が具 体的にいつ生じたかはわからない旨証言している。このように,J医師の証言及び 前記診断書等も,本件当日にAが受傷したことを裏付けるものとはいえない。ウ 検察官は,Aの受傷の事実は,本件当日にあざを見た旨のDの証言によって も裏付けられていると主張する。この点に関するDの証言は,本件当日,f商店街でAと会った際,同人の太もも (どちらの足かはっきりしない。)の内側に,ピンポン玉くらいの大きさ(五,六 cm)で,青と紫の中間の色のあざがあった,この時,Dは眼鏡をかけていなかっ たが,道路の端と端で,四,五m離れた状態で,Aのあざが確認できたというもの である。しかしながら,Aは,この点について,f商店街で合流した時に,太もも は赤くはなっていたが,あざにはなっていなかった旨証言しており,あざがあった 旨のDの証言とは食い違っている(本件の翌日に撮影された甲5号証の写真番号4 ないし7によっても,Aの両足の太もものあざの輪かくは明瞭でない。)。加えて, Dは,裸眼の視力が0.1程度であるというのであるから,同人が四,五m離れた所からAの足の太ももにピンポン玉大のあざがあるのを確認できたというのは,に わかに信用し難い。このように,Dの証言も,到底Aの受傷の事実を裏付けるものとはいえない。エ さらに,検察官は,Aの受傷の事実は,f商店街で合流した時にあざを見た 旨のCの証言によっても裏付けられていると主張する。しかし,Cは,Aのあざの色について,「青白いじゃないですけど。」などと証 言するのみで,明確ではないし,これがAの前記証言と食い違っていることは,明 らかである。したがって,Cの証言もまた,Aの受傷の事実を裏付けるものではない。オ なお,検察官は,前記のA証言は,被告人から電話で,「バットでやっちゃ いました。もうむかついたんでバットでやっちゃいました。」と告白された旨のC の証言やこれと同趣旨の電話があったとCから聞いた旨のDの証言とも整合すると 主張する。しかしながら,Cは,甲19号証添付のメールを見ても明らかなように,Aが平 成24年5月26日にG病院に入院した後間もない頃から,頻繁に同人にメールを 送って恋愛感情を吐露している上,同人が退院した後は,同人と同居しているので あって,同人と親密な関係にあることが明らかである。また,Cは,本件当日夜に, 被告人に対する被害届を出すことについて,Aから相談を受けたというのであって, 本件に関して中立的証人ではあり得ない。むしろ,Cは,Aが被告人と別れて,自 己と付き合うことを望んでいたのであるから,虚偽供述をする動機があるといえる。 それゆえ,上記のバットで殴った旨の被告人の発言について,Aの証言がCの証言 と符合しているからといって,何らその信用性が高まるものとはいえない。カ また,Dの上記証言も,Cの上記発言を前提とするものであるが,D自身, 警察からの事情聴取に際して,気が進まなかったものの,Cに促されてこれに応じ たというのであって,Cの後輩であり,現在なお少年であるDの供述にはCの影響 がうかがえる。したがって,Dの上記証言も,A及びCの各証言と符合しているからといって,その信用性を高めるものではない。
(5) 加えて,Aの証言は,同人らの事後の行動に照らしても不自然である。ア Aは,前記のとおり,本件暴行の被害を受けたとされる時刻の約30分後には,被告人とともにCらと合流して,七里ケ浜の海岸に遊びに行き,防波堤から飛 び降りている。そして,Aの証言に加え,この時の状況を撮影したCD-R(弁8 号証)によれば,この遊びを始めたCや,一緒にいたEやD,Fも,本件暴行があ ったと聞いていたというのに,誰もAを気遣った様子が全くなく,Cに至っては, Aに対して,飛び降りるようにけしかけている。この点について,Aは,前記のと おり,自分だけ帰ると言えば,被告人とけんかになると思ったとか,嫌なことを忘 れるために飛び降りたなどと説明している。しかし,Aが証言するような暴行を被 告人から受け,その直後に嫌々性交に応じさせられたのであれば,その当事者の2 名が一緒に遊びに行くなどということは,通常の神経では考え難い上,暴行を受け て両足が痛かったというAが,高い防波堤から飛び降りるということ自体想定し難 いことである。また,足にけがをしたと思われるAに対して,Cが飛び降りるよう あおることも考え難い。それゆえ,Aの上記説明も,にわかに信用できない。しかも,被告人は,飛び降りて動けなくなったAに対し,駆け寄って肩を貸し, 駐車場まで連れて行くなど介抱をしたほか,救急病院を探した上,診察室まで付き 添っている。また,被告人がAに対して,本件暴行を加えたのであれば,医師の診 察を受けさせることにより,自らの犯行が発覚することが容易に考えられるところ である。したがって,以上のような被告人の行動も,Aの証言する本件暴行とはそ ぐわないものである。イ さらに,Aは,警察に被害届を出した後の平成24年5月25日に,被告人 に対して,謝罪をしたい旨や被害届を出したことを後悔する旨,被害届の取り下げ 方が分からない旨のメールを送信している。すなわち,甲19号証及び弁2号証に よれば,Aは,被告人に対して,「Lに謝りたいんだよね 9ケ月間やってきても うさすがに無理だって思ったから被害届出したけど結局みんなに迷惑かけちゃった・・・Lが捕まってほしいとは思ってないしさ」(20時5分),「Aも精神的に 本当にやばかった 腰も痛くて辛かったしどうしたらいいかまじでわかんなかった んだよ 本当ごめんなさい」(21時12分),「全部話してきたってお父さんか ら聞いたよ 被害届出したことは正直言ってめっちゃ後悔してるんだよね だから もし捕まっちゃったしたら手紙書いてくれれば面会はできないけどいっぱい差し入 れするようにしようと思ってるから」(21時24分),「取り下げかたが分から ない しかももしかしたらもう逮捕状降りちゃうかもよ もうこれ以上いろんな人 に迷惑かけたくないんだよ」(21時29分)といったメールを送信していること が認められる。これらによれば,Aは,被害届を出したことを被告人に謝罪し,こ れが本心による行動ではないが,他人(C)に対する気兼ねから自分の一存では取 り下げられないと弁解していることがうかがえる。この点について,Aは,被告人を落ち着かせようと思って上記のメールを送った ものであって,本心からのものではないと証言する。しかし,20時5分のメール は,Eあてに発信されたもので,同人から被告人に伝えてほしいという内容のもの であるから,AがEに対して偽りの気持ちを記したメールを送ったとは考え難い。このように,Aが被告人に送ったメールは,Aの前記証言と矛盾するものである。ウ なお,この点に関し,検察官は,被告人が,Aに対して被害届を取り下げる よう求めるものの,その際,なぜありもしないことを訴えるのかと問い質しておら ず,今度捕まれば長期間服役することになると示唆するなど,犯行を行ったことを うかがわせる行動をしていると主張する。確かに,被告人は,同日,Aに対して,「取り下げてはもらえないの Aが言っ たら終わるよ」(21時28分),「取り下げたいって言えばできるよ(中略)捕 まったら七年は行くよ」(21時30分),「でも被害届に関してはAが言ってる 事が本当なら下げてほしい 実際七年も入ったらじんぞうもたなくて中で死ぬ事に なる もしAがただ下げるだけじゃ嫌ならそれは話し合いたいし こんな形で終わ るのは本当に嫌だよ」(21時54分)などというメールを送信していることが認められ,被告人は,本件により服役することを覚悟しているようにも受け取れる。
 しかしながら,被告人は,当初Aに対して,「何が何なんですか」(21時3分), 「どうして被害届何ですか!? 今までの事に続けてこんなおわりかたはないよ ね!? 別れるなら違うやり方ある」(21時7分),「別れたいって話してくれ ればよかったでしょ 俺の方がよっぽど辛いよ 逃げられてうったいられたら」 (21時14分)などというメールを送信しており,Aが被害届を出したことを非 難していたことが認められる。そうすると,自己の罪を認めるかのような被告人の 上記一連のメールは,Aの態度を非難するメールを送っても,らちがあかないので, 同人の同情を買って,何とか被害届を取り下げてもらおうと思い,弱気になって送 ったものと解する余地がある。したがって,一部のメールだけを取り出して,被告人が本件犯行を行ったことを 自認したとみるのは相当でない。(6) 小括
以上によれば,Aの証言には,その供述内容自体に疑問があるほか,根幹部分に おいて再現見分と矛盾しており,Aや被告人の事後の行動ともそぐわないものであ って,その信用性には重大な疑問がある。また,Cら関係者の各証言も,Aの被害 を裏付けるに足りるものでないことは,既にみたとおりである。4 他方,被告人は,公判廷において,一貫して犯行を否認し,本件当時,被告 人方で,Aと二人きりになった後,Aの口のきき方が悪いことなどが原因でけんか をしたことはあるが,Aに対して,公訴事実記載の暴行を加えたことはなく,被告 人が包丁でリストカットしようとし,Aがそれを止めに入ったことはあったが,包 丁をAに押し当てようとしたことはないと供述している。上記の被告人の供述は,前記の争いのない事実とも矛盾がなく,その信用性を排 斥することはできない。5 以上によれば,本件公訴事実については犯罪の証明がないので,刑事訴訟法 336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。(求刑 懲役1年6月) 平成25年4月17日
横浜地方裁判所第3刑事部
裁判官 朝山芳史
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