平成25年2月18日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成22年(ワ)第68号 損害賠償請求事件 口頭弁論終結日 平成24年10月29日判決 神奈川県横須賀市a丁目b番c号
原告A 同訴訟代理人弁護士 B 同C 同D
東京都品川区d丁目e番f号
被 告 住友重機械工業株式会社 同代表者代表取締役 E
同訴訟代理人弁護士 F 同G 同H 同I
主文
1 被告は,原告に対し,2750万円及ひこれに対する平成22年3月9日から支払済みまて年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。
 4 この判決第1項は,仮に執行することかてきる。事実及ひ理由
第1 請求 被告は,原告に対し,3522万円及ひこれに対する平成18年12月19日から支払済みまて年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要 本件は,被告(以下,被告の前身又は被告と合併した株式会社を含めて「被告」という。)の被用者として造船作業に従事していた亡J(以下「亡J」と いう。)の相続人てある原告か,被告に対し,亡Jか,しん肺にり患し,肺か んにより死亡したのは,被告のしん肺防止対策の不備により,被告において就 労中に多量の粉しんにはく露したためてあると主張して,雇用契約上の安全配 慮義務違反を理由とする債務不履行に基つき,慰謝料及ひ弁護士費用並ひにこ れらに対する催告したとする日の翌日てある平成18年12月19日から支払 済みまて民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案てあ る。第3 前提事実(争いかないか,括弧書きした証拠及ひ弁論の全趣旨により容易に 認められる。)1 当事者等
 亡J(昭和2年4月15日生)は,被告の従業員として,被告か運営する工場て造船作業に従事していた者てあり,昭和60年6月30日に被告を定 年退職後,平成12年9月18日に神奈川県立循環器呼吸器病センターにお いて73歳て死亡した。同人か死亡した際に作成された死亡診断書(甲1)には,「 直接死因」 欄に「肺小細胞癌」,「 の原因」欄に「石綿肺」,「発病(発症)又は 受傷から死亡まての期間」欄に「約1カ月」と記載されている。 被告は,精密機械,環境フラント,射出成型機,変減機,半導体,液晶 製造装置,物流システム等の製造,販売,修理等の業を目的とする,平成2 3年3月31日現在,従業員約2500名,資本金308億7165万円の 株式会社てあり,東京に本社を,大阪に支社を,千葉,田無(西東京),横 須賀,名古屋(大府),倉敷,新居浜及ひ東予(西条)の各市に製造所を置 き,国内及ひ海外に営業所,事務所を有している。被告は,昭和44年,住友機械工業株式会社と浦和重工業株式会社とか合併して,現在の社名となり, 昭和55年10月,当時の日特金属工業株式会社を吸収合併した。被告の船舶建造,修理は,神奈川県内ては,浦賀本工場(浦賀造船所とも いう。),追浜造船所,横須賀工場,川間分工場(川間製造所ともいう。) 及ひ横浜工場において行われていたか,事業規模縮小等に伴い,横須賀工場, 川間分工場,浦賀本工場及ひ横浜工場は閉鎖された。 原告は,亡Jの妻てあり,法定相続人間における遺産分割協議により,亡 Jを単独て相続した(甲2,3)。2 亡Jの就労状況(甲4ないし6) 亡Jは,昭和16年4月に被告との間て雇用契約を締結し,被告の浦賀本工場において,造船作業の仕上け工の見習い工として就労を開始し,昭和20年 10月には被告をいったん退職したか,昭和21年10月24日,再度被告と 雇用契約を締結し,同年11月23日まての試用期間を経て,同月24日から 被告の正社員となり,浦賀本工場の分工場てある横浜工場において,仕上け工 として就労した。その後,亡Jは,昭和30年8月1日から浦賀本工場勤務となり,同日から 昭和33年12月14日まての間は,機関艤装作業(船の推進に必要な主機関, 補機関,缶等の据付け,調整を行う作業をいう。)に,同月15日から昭和4 7年10月31日まての間は,船体艤装作業(機関室以外の船の全般にわたる 諸装置の取付け,調整及ひ塗装を行う作業をいう。)にそれそれ従事し,同年 11月1日から昭和60年6月30日まての間は,追浜造船所において,引き 続き船体艤装作業に従事し,同日に被告を定年退職した。定年退職後,亡Jは,約4か月間,防衛大学校においてホイラーのハイフ交 替作業に従事したことかあったか,それ以外に就労することはなかった。3 粉しんによる疾患について  しん肺
ア しん肺の定義 しん肺とは,粉しんを吸入することによって生した線維増殖性変化を主体とする疾病てある(昭和53年3月31日改正後のしん肺法2条1項1 号。以下,同改正前の同法(昭和35年3月31日法律第30号)を「旧 しん肺法」,同改正後の同法を単に「しん肺法」という。)。この線維増 殖とは,粉しんのために肺の組織か堅い膠原繊維(線維状のタンハク質) に置き換えられ,肺胞部分等を埋めてその機能を奪うことをいい,これに よって肺のカス交換の機能か低下する。イ しん肺の病理機序 肺胞内に入った粉しんは,肺胞大喰細胞(肺胞マクロファーシ)かその細胞内に取り込む。粉しんを取り込んた肺胞大喰細胞は,一部喀痰となっ て排出され,一部はリンハ流に乗ってリンハ腺や肋膜下のリンハ組織に行 くことになる。このような人間の身体防御能力を超えて,粉しんか体内に吸い込まれる と,上記の線維増殖性変化か起こる。また,気管支や細気管支の周囲に粉 しん巣か作られると,気道か圧迫され,あるいは曲けられてしまい,空気 か通りにくくなる。さらに,粉しんは,気管支の壁の中にまて侵入し,気 道の壁の中にも粉しん巣か形成され,気道か詰まり,無気肺という変化も 起こる。こうした粉しんによる変化によって,気管支及ひ細気管支か細菌の感染 を受けやすくなり,慢性気管支炎,気管支拡張症等も発症しやすくなる。
 しん肺法及ひ同法施行規則は,しん肺の合併症として,肺結核,結核性胸膜炎,続発性気管支炎,続発性気管支拡張症,続発性気胸及ひ原発性肺かんを定めている(同規則1条)。 ウ しん肺の症状
しん肺にり患すると,ます,気管支系かしん肺性変化て荒らされ,そこへ外部から様々な刺激か加わることにより,咳,痰,息苦しさ,胸か重苦 しいなとの症状か現れる。次に,肺の機能か低下して,呼吸か困難になり, あるいは体内に新鮮な酸素を取り込みにくくなるため,息切れ,呼吸困難, 動悸等の症状か現れる。さらに,心臓に次第に負担かかかり,不眠,食欲 不振,めまい等の肺,心臓を中心とした全身的な症状か現れるとされる。エ しん肺の管理区分決定手続 しん肺法及ひ同法施行規則は,しん肺認定について,特別な手続を定めている。
 すなわち,粉しん作業に従事した労働者を,しん肺健康診断の結果に基つき,管理区分1,2,3イ,3ロ及ひ4の5段階に区分して,健康管理 を行うこととされている。なお,管理区分4の被災者は,無条件て要療養 とされるか,管理区分2及ひ3の被災者についても,法定合併症を伴う場 合には要療養となる。しん肺の管理区分決定は,職歴調査,エックス線写真診断,胸部臨床検 査,肺機能検査の各結果による総合判断により,都道府県労働基準局長か 行う。エックス線写真については,厚生労働大臣か任命した地方しん肺診 査医か複数て読影を行い,全員一致の結果か出て初めて管理区分決定かさ れる。このように,しん肺の管理区分の決定は,主治医の意見のみならす,複 数の地方しん肺診査医によって再度診断,判定の対象とされた結果を経て される。 石綿肺
ア 石綿は,自然起源の長繊維状の珪酸化合物てあり,容易に長く細い繊維に分かれ,かつ,物理的強靱さ,科学的不活性(酸,アルカリに強い。), 電気及ひ熱に対する絶縁性を有し,多様な応用範囲を持つ物質群につけら れた商業的呼称てある。石綿は,燃えす,腐食せす,酸,アルカリに侵されないという特性のゆえに,広く利用されてきた。
 石綿の種類としては,しゃ紋石系列のクリソタイル,角閃石系列のアモサイト,トレモライト,アンソフィライト,アクティノライト,クロシト ライト等かある。石綿は,非常に細かい繊維に解きほくしても,電子顕微鏡て見ると多数 の微細繊維の集合体になっている。最も細かいクリソタイルては,この微 細繊維を構造する単繊維は,太さか0.02~0.03ミクロンて,中空 管状をしており,その断面はほほ円形てある。大気中に浮遊する石綿繊維 の太さは,これよりも大分太く,1~5ミクロン程度てある。石綿繊維か細くなれはなるほと,人間かそれを吸い込む危険か高くなる とともに,1度体内に取り込まれると,肺や胸膜,腹腔深く入り排出され にくくなる。イ 石綿肺(石綿しん肺,アスヘスト肺,アスヘストしん肺ともいう。)と は,しん肺の一種てあり,石綿粉しんの吸入によって発症する。すなわち, 石綿の細かい粉しんを吸引した結果,細気管支又は肺胞を中心に,肺の線 維化か起こるのてある。石綿肺は,職業性て高濃度から中濃度て石綿を吸入した際に発症しやす い疾患てある。職業性の低濃度長期間はく露等ても,初期の石綿肺は発症 するし,職業性高濃度はく露ては,比較的短期間のはく露ても石綿肺を発 症する。また,石綿粉しんの特性として,線維原性か挙けられる。石綿粉しんの 吸入により,下肺野の末梢に病変を起こし,次第に中肺野に及んてくる。 また,石綿はく露によって壁側胸膜の限局性線維性肥厚か起こる。4 しん肺に関する我か国における知見 昭和6年,内務省社会局の医学博士てある大西清治か,「内外治療」において,海外における石綿肺に関する知見を紹介し,石綿の吸入てしん肺か起こること,石綿肺とけい肺の相違等について論した。 さらに,昭和13年,石川知福は,「塵埃衛生の理論と実際」の中て,石綿肺とけい肺かほとんと同一てあることを指摘し,同年に発行された鯉沼茆吾の 「職業病と工業中毒」においても,石綿肺は,けい肺と同様のしん肺てあると された。そして,内務省は,昭和15年まてに,大阪付近の石綿工場を対象として大々 的な調査を行った。昭和12年から昭和15年にかけて,保険院社会保険局健康保険相談所大阪 支所長らにより,大阪府泉南郡の石綿工場従業者の健康障害の調査か行われ, その結果は,同局健康保険相談所発行の「アスヘスト工場における石綿肺の発 生状況に関する調査研究」と題する冊子にまとめられた。この調査結果のうち, エックス線所見に関する部分は,昭和13年3月発行の労働科学研究15巻3 号に「アスヘスト工場従業員の衛生学的考察(第1報)」と題する論文として 報告された。この報告書ては,結論として,大阪及ひその近郊に2000人以 上の石綿紡織従事者かおり,石綿肺と結核の危険にさらされている現状に対 し,やかにその予防と治療の適切なる対策を樹立すへきてあることか指摘さ れていた。5 戦後のしん肺に関する法規制の経緯  労働基準法
昭和22年に労働基準法(昭和22年法律第49号)か施行され,同法4 2条において,使用者に対して,粉しん等による危害を防止するために必要 な措置を講すへき努力義務か定められた。また,同法75条2項は,災害補 償をするへき業務上の疾病の範囲を命令に委任し,これを受けた同法施行規 則35条において,業務上疾病の範囲か明確に定められ,同規則別表第1の 2第7号に「粉塵を飛散する場所における業務に因る塵肺症及ひこれに伴う 肺結核」と規定されており,しん肺も業務上疾病に指定されて労災補償の対象とされた。
 労働安全衛生規則
昭和22年10月31日に制定,同年11月1日に施行された労働安全衛 生規則(昭和22年労働省令第9号)は,使用者の義務として,172条に おいて,粉しんを発散するなと衛生上有害な作業場においては,その原因を 除去するため,作業又は施設の改善に努めなけれはならないと定めた上て, 使用者に対し,以下のことを義務つけた。ア 粉しんを発散する屋内作業場においては,場内空気のその含有濃度か有 害な程度にならないように,局所における吸引排出又は機械もしくは装置 の密閉その他新鮮な空気による換気等適切な措置を講しること(同規則1 73条)イ 屋外又は坑内における著しく粉しんを飛散する作業場においては,作業 の性質上やむを得ない場合を除き,注水その他粉しん防止の措置を講しる こと(同規則175条)ウ 粉しんを発散し衛生上有害な場所には,必要ある者以外の立入りを禁止 するとともに,その旨を掲示すること(同規則179条1項4号)エ 粉しんを発散し衛生上有害な場所における業務等においては,その作業 に従事する労働者に使用させるために防護衣,保護眼鏡,呼吸用保護具等 適当な保護具を備えること(同規則181条) けい肺法 昭和30年7月に成立したけい肺及ひ外傷性せき髄障害に関する特別保護法(昭和30年法律第91号。以下「けい肺法」という。)は,けい肺健康 診断,症状等の決定及ひ作業の転換等,けい肺の健康管理に関する一連の手 続を定めるなと,けい肺にかかった労働者の病勢悪化を防止するとともに, けい肺等にかかった労働者に対して療養給付,休業給付等を行うことなとを 目的としていた。 旧しん肺法 旧しん肺法は,その保護範囲を,けい肺たけてなくしん肺一般に拡大し,しん肺の適正な予防及ひ健康管理その他必要な措置を講することにより,労 働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的とし(1条),し ん肺健康診断の方法(3条),しん肺のエックス線写真像及ひ健康管理の区 分,同区分に応した健康管理(4条)のほか,使用者及ひ労働者の粉しんの 発散の抑制,保護具の使用等の努力義務(5条),使用者のしん肺教育,健 康診断を行う義務(6~9条)を規定した。また,同法施行規則は,その別表第1の23号において,同法か適用され る「粉しん作業」について,「石綿をときほくし,合剤し,吹きつけし,り ゅう綿し,紡糸し,紡織し,積み込み,若しくは積み下ろし,又は石綿製品 を積層し,縫い合わせ,切断し,研磨し,仕上けし,若しくは包装する場所 における作業」と定めていた。6 亡Jのしん肺り患状況及ひ労災認定
 亡Jは,被告在職中てあった昭和52年の健康診断て初めてしん肺の所見有りとの診断を受け,昭和53年1月,神奈川労働基準局長より,しん肺管 理区分1の決定を受けた後,昭和54年7月には,神奈川労働基準局長より, しん肺管理区分2の決定を受け,以後,昭和56年2月,昭和57年2月, 昭和58年2月,昭和59年1月,同年11月及ひ昭和60年10月にも, 同様にしん肺管理区分2の決定を受けた(甲6,7の1ないし3)。 さらに,同人は,平成3年4月10日の検査に基ついて,法定合併症てあ る続発性気管支炎にり患しているものと認定されて,労災補償給付の支給を 受けた(甲8)。7 念書提出に至る経緯等
 被告は,同人を被告とする当庁昭和63年(ワ)第147号事件において,しん肺にり患した被告元従業員らてある同事件原告らとの間て,平成9年3月31日に和解し,協定書及ひ覚書を取り交わした。
 被告は,上記和解に基つき,平成9年4月30日,全日本造船機械労働組合住友重機械・追浜浦賀分会(以下「組合」という。)との間て,以下のと おり記載された合意書(乙1)及ひ覚書(乙2)を取り交わした。ア 合意書(以下「本件合意書」という。)
「1 しん肺管理区分3以上に該当し労災休業補償継続受給3年を経過し た場合は業務上災害補償規程第7条を準用することとするか,しん肺 の特異性に鑑み障害等級としん肺管理区分との対応関係を次の通りと し,障害補償として退職時に支給する。退職後の場合てあっても同様 に取り扱うこととするか,補償額はそれそれ3割を減額の上支給する。管理区分
 4 3のロ 3のイ
障害等級 5
 7 9
2 しん肺管理区分4及ひ3のロに該当する業務上の傷病て労働不能の者か退職する場合は,業務上災害補償規程第6条の障害等級3級と見倣し,障害補償として3200万円を支給する。
3 しん肺管理区分3以上に該当する者か退職後にこれを原因とする業務上の死亡の場合は,業務上災害補償規程第5条を準用することと するか補償額は年齢により減額し次の通りとする。65才まて 70才まて 75才まて
1600
 1200 1000(万円)」 イ 覚書(以下「本件覚書」という。)「1 合意書第1項及ひ第3項の適用にあたっては,その要件に該当しな い場合てあっても,これに準する程度てあると認められる場合の取り 扱いについては,組合と協議の上決定する。2 退職者の適用にあたっては,定年退職者及ひこれに準する者(雇用 調整の年齢基準による退職者)を対象とし,当社業務との因果関係を確認する。
3 合意書各項の適用にあたっては,労働基準監督署による労災認定を必要とする。
4 合意書第1項に該当し補償を受けた者か,その後,死亡した場合もしくはしん肺管理区分の変更かあった場合も差額支給は行わない。5 支給にあたっては,本人またはその遺族より所定の念書を徴する。」 被告は,平成10年1月,組合から,本件合意書及ひ本件覚書に基つき, 亡Jを含む被告元従業員5名についてのしん肺り患に対する補償請求を受 け,同年3月から同年10月まての間,組合との間て合計6回の交渉を行っ た。それらの交渉においては,しん肺管理区分2てあったため本件合意書の 直接の対象者てはない亡Jの取扱いについて,多くの時間を割いて話合いか された。なお,亡Jについての補償請求額は,301万円てあった(乙6)。そして,被告は,平成10年10月12日の交渉において,組合に対し, 亡Jに対する補償については,同人の症状,エックス線フィルム,診断書を 確認して,本件合意書の適用について判断するという前提て同人の自宅を訪 問し,その結果を踏まえて解決を図ると表明した。 被告の担当者は,平成10年10月29日,亡Jの自宅を訪問し,同人に 対して病状を尋ねるなとし,これと同時期に,組合から,亡Jの胸部エック ス線フィルムを預かり,被告の産業医に相談した。その結果,亡Jについて は,本件覚書1項の「準する程度てあると認められる場合」に当たるとして, 同時に補償請求を受けた他の4名と同しく,所定の金額を支払う手続を進め ることとした。 亡Jは,平成10年11月30日,被告から298万円を受領し,その際, 被告に対し,以下の内容の念書(以下「本件念書」という。)に署名押印し て提出した(甲9)。「1 会社は,Jに対し,平成9年4月30日付会社と全日本造船機械労働組合住友重機械・追浜浦賀分会との合意書並ひに覚書に基つき,しん肺 罹患に対する障害補償として,金2,980,000円をJの指定する 銀行口座に平成10年11月30日に振込んて支払う。2 Jは,しん肺罹患に対する会社の補償義務手続きの一切か完了したこ とを確認し,今後何らの異議を述へす,また何らの請求をしない。」8 被告の業務上災害補償規程の改訂
 被告は,本件念書作成当時,しん肺管理区分2以上に該当する被告従業員か,退職後に業務に起因して死亡した場合につき,1000万円を補償する旨の業務上災害補償規程を設けていた。
 被告は,平成18年12月1日に,業務上災害補償規程(平成15年4月1日から実施。以下「補償規程」という。甲10)を改訂し,補償後に死亡 した場合,又はしん肺管理区分の変更かあった場合には差額を支給する旨の 条項(9条6項)を新たに設けた。 被告は,平成20年4月1日に改訂した補償規程により,しん肺管理区分 2以上に該当する従業員か,退職後にこれを原因とする疾病により業務上死 亡した場合,遺族補償として,死亡時75歳まての場合は2000万円,死 亡時75歳超の場合は100万円を補償する旨,これにかかわらす,退職後 に悪性胸膜中皮腫又は石綿を原因とする原発性肺かんにより死亡し,労災認 定を受けている者については,死亡年齢によらす2000万円を支給する旨 (9条4項)を定めた。9 亡Jの死亡についての労災認定 横須賀労働基準監督署長は,亡Jの死亡に業務性を認め,平成13年1月22日,原告に対し,遺族補償年金の支給決定をした(甲16)。
 第4 争点1 被告の安全配慮義務違反の有無
2 被告の安全配慮義務違反と亡Jの死亡との因果関係
3 本件念書の解釈,効力
4 損害額
第5 当事者の主張
1 被告の安全配慮義務違反の有無 (原告の主張)
 亡Jか造船作業中に粉しんにはく露したこと
ア 亡Jは,昭和16年4月から昭和20年10月まての間,浦賀造船所において,機関艤装作業の仕上け工として,新造船のスクリューのシャフト 仕上け作業に従事しており,同作業ては粉しんか舞っていたか,被告から 防しんマスクは配布されていなかった。イ 亡Jは,昭和21年10月24日から昭和32年ころまての間,被告の 横浜工場において,修理船の発電機やホイラーのハイフ交換作業に従事し ていたか,取外し可能な発電機やホイラーについては,修理船から取り外 して工場内に移して修理を行っていたところ,工場内は狭く換気装置も十 分てなかったため,ホイラーのハイフに巻きつけてある石綿を除去するな とした際に粉しんにはく露していたし,船から取り外せないものについて は,船内て作業を行ったため,粉しんからの逃け場かなく,粉しんか舞う 中ての作業を強いられた。また,亡Jか,ハイフ取替え作業のためにホイ ラーの上に乗って仕上け作業をした際,ホイラー上には,石炭の煤か3, 4cm積もっており,その除去作業も同人か行ったため,その作業中に煤 を吸い込んたほか,交換作業を行うハイフに巻かれた石綿を除去してから ハイフを交換するため,狭い船内ては石綿か全身に降りかかることもあっ た。ウ 昭和32年ころから昭和37年ころまては,亡Jは,浦賀造船所内て新 造船の艤装作業(電気艤装作業)に従事していたか,この作業は狭い船内 ての作業てあり,塗装工か行うサヒ落とし作業等て粉しんか舞っている中て作業を行っていた。また,溶接機て穴を開けるときには,反対側ては缶 を切って石綿を敷いたものをあてたり,周りへの引火を防止するため,石 綿布て囲むようにしていたことから,これらの作業時には石綿粉しんか発 生していたし,電線等の材料を保護するために石綿布を使用していた。さ らに,電気艤装の作業は,他の作業と同時並行て混在作業になることも多 く,その際には大量の石綿等の粉しんか発生,浮遊していた。エ その後,亡Jは,昭和37年11月から退職する昭和60年6月まて, 浦賀造船所及ひ追浜造船所において,新造船の艤装作業(船体艤装作業) に従事し,鉄艤職として,主にハイフ取付作業を行ったか,同作業は,艤 装岸壁に係留した船内て行われるところ,居住区,貨物区は既に天井か覆 われ,狭隘かつ密閉された空間て,ほとんとの職種か同時に作業を行って いた。同人は,ハイフの配管作業を行っていたか,温水管,蒸気管には断 熱材として石綿か使用され,フランシの接続には石綿を含む製品か用いら れたほか,同人かハントの溶接や溶接し直すためにカスハーナーて切断す るときに,電線,通風トランク,機器・設備類の火受けのために,石綿布 を使用したことから,石綿粉しんか相当量発生していた。また,これらの 作業と並行して溶接作業も行われるため,混在作業によりヒューム粉しん か発生していたし,溶接の火受けのために石綿か使用され,石綿粉しんか 発生した。このような混在作業により,石綿,溶接のヒューム,鉄粉等様々な粉し んか発生したため,亡Jは,自己の作業のみならす他の作業員の作業によ る粉しんにもはく露したか,同人は,浦賀造船所においては,被告から防 しんマスクを支給されす,自分の判断て手ぬくいを口に巻いたりカーセマ スクを使用したりしていた程度てあり,被告において何ら防しん対策はと られていなかった。 被告の安全配慮義務の内容及ひ同義務違反
被告は,亡Jか被告の工場において造船の各種作業を行うに当たり,同人 に日常的に石綿を取り扱わせていたところ,昭和15年ころには,石綿の危 険性について十分に予見することか可能てあり,昭和22年の時点において は,石綿粉しんの対策を法令上も義務付けられており,かつ労災補償の対象 ともなっていたのてあるから,昭和22年には,使用者てある被告は,被用 者てある亡Jに対し,石綿を原因とする疾病にり患させないように,石綿の 危険性を防止するための以下の各注意義務を負っていたにもかかわらす,そ れらの義務を怠った。ア 石綿等粉しん発散防止ないし抑制義務 被告は,粉しんか発生した場合には,粉しんか発散又は作業現場に滞留しないようにするため,換気装置の設置によって十分な換気を行い,労働 者かてきる限り粉しんに曝されないよう作業環境を整備する義務を負って いた。ところか,被告は,早くても昭和47年1月以前には,作業場所におけ る粉しんの量等を計測する環境測定を行っておらす,粉しん量等を正確に 把握していなかったし,昭和47年以降も,換気装置の必要性か高い船台 上,船内等における粉しん量等を正確に把握していなかったのてあるから, 結局,的確な換気装置を設置することも,設置した換気装置か有効に機能 しているかを検証することもてきなかった。したかって,被告か必要な場 所に必要な数の換気装置を設置していたと認めることはてきないのてあ り,被告は,亡Jに対する上記義務を怠った。イ 呼吸用保護具(防しんマスク)を支給し着用させる義務 被告は,亡Jの作業内容,作業環境から同人か作業中に石綿等の粉しん に曝されることは十分に認識し得たのてあるから,適切な呼吸用保護具を 十分に支給し,同人に呼吸用保護具着用の意義を理解させ,正しく確実に これを着用させる義務を負っていた。しかしなから,被告の作業現場における防しんマスクの使用実態からすると,被告のとった措置は,しん肺予 防のための実効性ある措置てあったとは到底認められないものてあって, 被告は亡Jに対する同義務を怠った。ウ 混在作業を抑止すへき義務 被告は,粉しんか発生する作業と他の作業の混在を禁止し,混在ての作業か避けられない場合てあってもてきるたけ混在作業とならないよう抑止 し,密閉,隔離した空間て粉しんか発生する作業を必要最小限にする義務 を負っていたにもかかわらす,混在作業を禁止,抑止する方策をとってお らす,亡Jに対する同義務を怠った。エ 粉しん教育を受けさせる義務 被告は,亡Jに対し,石綿等粉しん関連疾患発生のメカニスム,その特徴,粉しんの有害性,危険性を認識させ,その予防措置等について理解さ せるための粉しん教育を行う義務を負っていたにもかかわらす,被告か実 施したしん肺教育はその目的に照らして不十分なものてあり,被告は亡J に対する同義務を怠った。(被告の主張)
 亡Jの粉しんはく露状況は不明てあること
原告は,亡Jの具体的な作業実態を明らかにしておらす,請求原因事実か 不特定てある。原告は,被告からの求釈明に対し,亡Jか,当時,各就労先て建造された 新造船のほとんとすへてのハイフ取付作業を行っていたなとと抽象的に主張 するか,特定の係,班に属する同人か,ほとんとすへてのハイフ取付作業を 行うことはあり得ない。また,原告は,亡Jか,「狭隘かつ密閉された空間」 て作業していたとも主張するか,「狭隘かつ密閉された空間」についての具 体的事実を何ら述へていない。 被告に安全配慮義務違反はないこと
我か国の産業界,行政において,石綿の有害性か明確に確認されたのは, 昭和50年以降てあり,それ以前は,産業界に石綿の危険性,有害性につい ての認識かなく,法令上も行政上も,石綿の使用に関して,ほとんと何らの 規制も行われることなく,社会一般において,石綿はその効用故に広く使用 されており,石綿の代替品を用いるへきことなと予想し得ないことてあった。
 被告は,石綿の有害性,危険性か明らかになって以降は,石綿を含まない不 燃材,密封材等に切り替えるなと,従業員に石綿等に関与させない方法を講 してきた。被告は,各労働法令を遵守し,その有害性か判明した後における 石綿等の取扱いにおいても,使用者として十全の措置を講してきたものてあ る。また,造船業界の用いた石綿の量は微々たるものてあり,被告従業員らか 石綿粉しんを吸引する可能性は高くはなかった。そして,被告は,亡Jか所属した浦賀造船所及ひ追浜造船所において,以 下のとおり,各時代の水準に先んし,又は即応した安全衛生管理の努力と対 策を講してきたし,現時点においては勿論現行の安全衛生法規の定める措置 を遵守しており,その対策措置もこれら諸法規の水準を上回って実施してい る。したかって,被告に亡Jに対する安全配慮義務違反はない。 ア 石綿等粉しん発散防止ないし抑制義務を尽くしていたこと被告は,遅くとも昭和20年から換気装置を購入し,昭和31年ころか ら換気基準を作成して,各年代に応して電動式ファン,エアー駆動式ファ ン等を購入し,地上組立場のフロック内,船台上,艤装船や修理船の船内 等において,換気装置を使用させて作業を行わせていた。イ 呼吸用保護具(防しんマスク)の支給・着用義務を尽くしていたこと 被告は,従業員に対し,当時国の認定を受けた除しん効率か最高の防しんマスクを貸与し,着用させていた。
被告は,「みとり」,「安全ニュース」,「浦賀船渠」,「造船必携」 等の出版物を通して防しんマスク等保護具の着用を指導してきた。被告は,昭和29年,従来は現業各課において管理,支給していた保護 具について,管理部工器具係において管理,支給させることとし,貸出し 時及ひ定期的に,点検要領に基ついて点検させるとともに,「安全ニュー ス」に点検要領を掲載し,従業員に対し,工器具,保護具を使用する際に は同要領に従って点検の上使用するよう周知徹底を図った。また,被告は,昭和34年,従来の防しんマスク,頭巾式マスクに加え て,簡易送風マスクを採用して支給し,昭和49年には「保護マスク着用 基準」を定めて,粉しん作業別に着用すへきマスクの種類を定めてマスク 使用の一層の徹底を図った。ウ 混在作業を抑止すへき義務を尽くしていたこと 被告においては,工程上,混在作業は生しなかった。
 原告は,鉄艤装作業,ハイフ取付作業において,造船所て考えられるすへての職種との混在作業かあったなとと主張するか,船殻作業,電装作業 との混在作業はなく,塗装作業との同一区画における同時・混在作業は禁 しられており,木工職と同時期に居住区画て作業をすることはあったか, 同し部屋て同時に作業したものてはない。船体艤装職の鉄艤職の作業は, 地上における船殻のフロック工程完了後の開放状態ての艤装作業,船殻工 程完了後の備品取付け等の作業てあるから,他職種との混在作業はほとん となかった。エ 粉しん教育義務を尽くしていたこと 被告は,戦前より養成工教育を行い,昭和24年には安全衛生教育,啓蒙のための月刊誌「みとり」を,昭和28年にはこれに替わり週刊誌「安 全ニュース」及ひ社内報「浦賀船渠」を従業員に配布して,従業員の安全 衛生知識の向上に寄与してきた。また,被告は,毎月1回各職場て安全講話を行い,昭和27年には造船工業会の小冊子「造船安全必携」を全社員 に配布し,日常的に同冊子を活用するなとして,安全衛生意識の徹底を図 った。また,被告は,昭和30年から,けい肺法の制定を受けて,同法に定め る教育を,昭和35年から,旧しん肺法の制定を受けて,同法に定める教 育を,それそれ対象者を控所に集めて,衛生管理者,産業医又は外部講師 により,けい肺又はしん肺の危険性,発生のメカニスム,防護対策等を内 容とする集合教育を行ってきた。さらに,被告は,昭和54年,粉しん障 害防止規則の制定及ひしん肺法施行規則の改正に伴い,安全衛生員等を神 奈川県安全衛生協会の講習会に派遣して学習させ,労働基準監督署から講 師を招いて講習を行い,昭和55年以降,粉しん作業に常時携わる者に対 してのみならす,現業の全従業員に対して,粉しん防止規則に基つく教育 を実施した。そのほか,粉しん作業に従事している従業員についてのしん肺健康診断 を行い,その結果に基つく管理を行ってきた。2 被告の安全配慮義務違反と亡Jの死亡との因果関係 (原告の主張)被告は,危険物に関する教育を受けておらす,知識のない亡Jに対し,造船 業に必要な材料として石綿を多量かつ継続的に使用していたのてあり,被告の 業務と石綿を原因とする疾病てある肺かんによる死亡についての因果関係は 明らかてある。(被告の主張) 原告は,抽象的に,被告か石綿を多量かつ継続的に使用していたとするたけて,亡Jの具体的な作業実態を明らかにしておらす,これを前提とした死亡と の因果関係を主張立証したことにならない。亡Jの被告ての作業実態と亡Jの 死亡は無関係てあり,現在,明らかになっている因果関係,すなわち亡Jの肺かんの原因は,喫煙にある。
 3 本件念書の解釈,効力
(原告の主張)
 本件念書の解釈
亡Jは,被告から平成10年11月30日に298万円を受領した際,被 告に対し,1被告は,亡Jに対し,同人かしん肺にり患したことに対する補 償として,298万円を支払い,2亡Jは,しん肺罹患に対する被告の補償 義務手続一切か完了したことを確認し,今後被告に対して何らの請求をしな い旨の本件念書を提出している。しかしなから,本件念書は,同念書作成当 時亡Jかり患していたしん肺,続発性気管支炎の症状の範囲内に限り,その 損害賠償請求権を放棄したものてあって,石綿肺を原因として肺かんにり患 したこと及ひ肺かんによって死亡したことにより発生した損害賠償請求権に は,その効力は及はない。 公序良俗違反 仮に,本件念書により,亡Jか補償金として受領した298万円を除く一切の被告に対する請求を放棄したものてあるとしても,このような 念書は,加害者てある被告か,いたすらに損害賠償義務を否定して,被 害者の正当な損害賠償請求に応しようとせす,被害者ないしその近親者 の無知と経済的窮迫状態に乗して,生命,身体の侵害に対する補償額と しては極端に低額の見舞金を支払い,そのかわりに,損害賠償請求権を 一切放棄させるものてあるから,公序良俗に違反するものとして民法9 0条により無効てある。 錯誤無効 本件念書作成当時の亡Jの認識としては,しん肺にり患したことに対する補償金として,298万円を受領するというものてあって,肺かん にり患して,死亡した場合も含めた補償金として,298万円を受領するというものてはなかった。このことは,本件念書作成当時,亡Jはし ん肺から肺かんになるということを全く想定していなかったこと,同人 か肺かんにり患して死亡する可能性を認識していたならは,298万円 という低廉な補償金を受領することにより,死亡した場合を含め,一切 の請求を放棄するなと到底考えられないことなとから明らかてある。そして,亡Jか,本件念書を作成することにより,死亡した場合ても 補償金298万円以外には被告に対して一切の請求かてきなくなること を認識していれは,本件念書を作成することなとあり得なかったという 点て,動機の錯誤かあったといえ,一方,本件念書作成当時の被告の補 償規程てさえ,退職後の業務上の死亡の場合には1000万円を,現行 の規定ては2000万円を補償する旨規定されていたのてあるから,亡 Jか,死亡時も含めてその余の一切の請求を放棄することなとあり得な いことは,被告も当然に認識していたといえる。よって,本件念書は,錯誤により無効てある。
  信義則違反
亡Jか,被告の正社員として長年造船作業に従事し,これにより石綿 を含む粉しんにはく露して,石綿肺を原因とする肺かんにり患し死亡し たことは明らかてあるところ,被告の業務に起因する死亡の場合,亡J ないしその相続人てある原告か,被告に対し,相応の損害賠償請求権を 有するのは当然てある。被告の補償規程てさえ,被告の業務に起因する 死亡の場合には1000万円ないし2000万円という補償金を支払う 旨規定しているのてあり,本来てあれは,亡Jないし原告に対しても, 被告の業務に起因する亡Jの死亡という事実に対して,それなりの補償 金か支払われてしかるへきてある。亡Jは,被告のために長年稼働して きたにもかかわらす,被告の安全配慮義務違反により死亡したのてある から当然てある。そうてあるとすれは,仮に,補償金298万円以外の一切の請求を放 棄する旨の本件念書の効力か,亡Jの死亡により発生した損害賠償請求 権に対しても及ふとしても,これを被告か主張することは,信義則に反 し許されない。 権利濫用 被告は,補償規程改訂後の被害者に対しては,差額補償に応しているのに対し,原告に対しては,補償規程改訂後の被害者と同様の石綿被害て苦しん ているにもかかわらす,本件念書を援用して損害金の支払を拒絶しているの てあり,原告についてのみ,被告に念書の援用を認めることは,著しく正義 公平の理念に反し,権利濫用として許されない。(被告の主張)
 本件念書の解釈
亡Jは,被告に対し,本件念書をもって,しん肺り患に対する被告の補償 義務の手続のすへてか残らす完了したことを確認し,今後何らの異議を述へ す,また,何らの請求をしない旨約束したのてあり,この約束は守られなけ れはならない。そして,「しん肺罹患に対する会社の補償義務手続きの一切か完了したこ とを確認し,今後何らの異議を述へす,また何らの請求をしない」との本件 念書の文言とおり,その余のしん肺症状の悪化も含んていることは明白てあ る。したかって,亡J又は同人の相続人てある原告か,被告に対して,亡Jの しん肺り患に関し,何らの損害賠償請求権を有するものてはない。 公序良俗違反について 被告は,亡Jから委任を受けた組合と6度にわたる交渉を経て,亡Jに対しても補償することを合意し,同人と本件念書を取り交わした。亡Jは,組 合から,交渉の経緯,内容について説明を受けており,無知てはなかったし,被告は,組合を通して交渉を行っていたのてあるから,組合から交渉の経緯, 内容の説明かされていた亡Jの無知に乗することなとてきるはすかなく,現 に乗することはなかった。また,被告は,亡Jかとのような経済状況下に置 かれていたかは知る由もなかったから,亡Jの経済的ひっ迫状態に乗するこ となとてきるはすかなかったし,現に乗することはなかった。亡Jの死亡は不測の事態なとてはなく,被告か,亡Jの代理人てある組合 の無知や窮迫に乗して,早期に合意したこともなかった。したかって,被告と亡Jとの間の本件念書に基つく和解契約は,公序良俗 に反するものてなく,有効てある。 錯誤無効について 亡Jを代理する組合は,自ら合意し,自ら請求の根拠として挙ける本件合意書及ひ本件覚書に基つき,被告に補償を請求してきたのてあるから,補償 を受けた者か,その後,死亡した場合も差額支給を行わないことを承知て, 亡Jについて補償額を合意し,亡Jは,その合意に基つき本件念書に署名押 印したものてあり,原告の錯誤の主張は失当てある。 信義則違反について 亡Jか,組合を通して被告と交渉し,本件念書を提出したにもかかわらす,その約束を反故にして,本件訴訟を提起する原告の方か信義則違反てある。
  権利濫用について被告は,原告から本件訴訟を提起されたため,当時,亡Jとの間て取り交 わした本件念書の効力を主張したにすきす,これは当然の主張てあって,何 ら権利の濫用に当たるものてはない。4 損害額
(原告の主張)
 亡Jは,被告在職中にしん肺の所見ありとの診断を受け,定年退職からわすか6年後には合併症として続発性気管支炎を発症し,その後9年間の闘病生活を経て死亡したものてあり,そうした被害の実情,昨今のしん肺訴訟の 解決水準を考慮すると,その慰謝料は3500万円を下るものてはない。他方,亡Jは,生前に被告から本件にかかわる補償金として298万円を 受領しており,慰謝料算定においては,亡Jの精神的苦痛か同金額分減少し たものとして考慮し得る。 また,原告は,本訴提起に当たり,事案の性質上,弁護士に訴訟の提起及 ひ遂行を依頼せさるを得なかったものてあるから,亡Jの損害額3500万 円から受領済金員298万円を差し引いた3202万円の一割相当額てあ る320万円を弁護士費用とし,本件と相当因果関係のある被害として被告 か負担すへきてある。 原告は,平成18年12月18日,被告に対し,全日本造船機械労働組合 アスヘストユニオンを通して,亡Jか被告の安全配慮義務違反によりしん肺 にり患し,肺かんて死亡したことに対する賠償金を支払うよう催告してお り,被告には同催告の翌日から支払済みまて民法所定の年5分の割合による 遅延損害金か発生する。(被告の主張)
 被告の亡Jに対する補償手続は,すへて完了しており,原告の本訴請求は,被告との間て取り交わした本件念書の効力を無視し,原被告間て解決済みの 問題を蒸し返そうとするものにすきす,被告は,原告に対して,何ら損害賠 償義務を負うものてはない。 仮に,被告に何らかの損害賠償義務かあると判断されるとしても,しん 肺による死亡慰謝料か3500万円との点は争う。また,被告か亡Jに対して支払った298万円か,補償規程2条3号 により,損害賠償額から控除されるへきてある。さらに,原告か亡Jの死亡を事由として受け取った労災補償(葬祭料, 遺族補償年金,遺族補償特別年金)の受給額も,仮に損益相殺の対象にならないとしても,慰謝料の算定に当たって斟酌して控除されるへきてある。
 原告か平成18年12月18日に被告に対して賠償金を支払うよう催告した旨の主張は,否認し争う。
 第6 当裁判所の判断
1 争点1(被告の安全配慮義務違反の有無)について
 前提事実2のとおり,亡Jは,昭和16年4月から昭和60年6月まての間,終戦直後の約1年の離職期間を除いて40年以上にわたり,被告の従業 員として,被告の運営する工場において,一貫して造船作業に従事し続けて いたことか認められるか,これに加えて,証拠(甲4,5,11,13,C 2ないしC4,C6ないしC12,C62,C81,C111,C112, 乙239)及ひ弁論の全趣旨によれは,亡Jは,昭和16年4月から昭和2 0年10月まての間は,浦賀本工場において,エアーハンマー,サンター, トリル等の工具を使用して,スクリューのシャフトを寸法とおりに仕上ける 作業に従事し,昭和21年10月24日から昭和30年7月31日まての間 は,横浜工場において,エアーハンマー,サンター,トリル等の工具を使用 して,修理船の発電機及ひホイラーのハイフを修理,交換する作業等に従事 しており,その後,昭和30年8月1日から定年退職するまての間は,浦賀 本工場,追浜造船所において,新造船の電線架設用の導板等の取付け作業, ハイフ取付け作業(ハイフをカスて切断し,電気溶接又はカス溶接て接続さ せるなとの作業)等に従事してきたものてあるところ,昭和28年ころまて は,船舶の保温材として石綿か独占的な地位を占め,昭和30年ころから, 石綿業界か造船業界に対して供給先として期待していたことかうかかわれ, 実際,昭和45年から昭和50年ころの造船業においては,防音,防火対策 の観点等から,広く石綿か使用されており,このことは,被告においても同 様てあったと認められること,また,被告の造船作業において,石綿の防熱材の取外し及ひ取付けの作業は主に専門業者か行っていたか,計画されてい た工期か遅れることは珍しくなく,納期か迫り短期間に集中して工事を行う ことも多かったことなとから,専門業者以外の作業員か,自ら石綿の防熱材 をはかして作業を行う場合や,同一の作業場内て,石綿等の粉しんか発生す る作業と他の作業を同時に行う場合もあったこと,もうもうと粉しんか立ち こめている中て作業員らか作業をする様子か見受けられていたこと,溶接職 の作業員は保護具としても石綿を使用していたことかあったことか認めら れるのてあり,これらの事実に照らせは,亡Jか従事してきた上記各作業は, 石綿等の粉しんを発生させたり,他の作業によって石綿等の粉しんか発生し ている中て行われるものてあったことか認められる。また,前提事実3エ及ひ6によれは,亡Jは,被告に在職中の昭和52 年に初めてしん肺の所見有りとの診断を受けた後,複数の地方しん肺診査医 による診断及ひ全員一致の判断のもと,昭和53年にはしん肺管理区分1と の決定を受け,昭和54年には同区分2との決定を受けたこと,その後,さ らに法定合併症てある続発性気管支炎にり患したことにより労災認定を受 けたことか認められるところ,亡Jの被告における作業内容は,上記のとお り石綿等の粉しんを発生させたり,他の作業によって石綿等の粉しんか発生 している中て行われるものてあったと認められる一方,亡Jか,当時,被告 における作業以外て石綿等の粉しんに曝される何らかの作業に従事してい たことはなく,日常において多量の粉しんに曝される特殊な環境にあったこ とをうかかわせる事情も見当たらないことを踏まえれは,亡Jは,昭和16 年4月から被告における造船作業中の継続的な粉しんはく露により,しん肺 にり患したものと認められる。 前提事実2のとおり,被告は,亡Jとの間て雇用契約を締結していたとこ ろ,使用者は,労働者に対し,労働者か労務提供のために設置した場所,設 備,器具等を使用し,又は,使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,労働者の生命,身体等を危険から保護するように配慮すへき信義則上 の付随義務としての安全配慮義務を負っていると解するのか相当てある。そして,前提事実4及ひ5によれは,我か国においては,戦前より,石綿 等の粉しんによる深刻な健康被害について,既に数々の調査,報告かされて いた上,昭和22年に施行された労働基準法及ひ労働安全衛生規則において, 災害補償をするへき業務上の疾病の一つとして,粉しんを飛散する場所にお ける業務によるしん肺症及ひこれに伴う肺結核を定めるとともに,使用者に 対して,粉しん等による危害を防止するために,粉しんの発散防止及ひ抑制, 保護具着用等の必要な各措置を講すへき努力義務を課すなとしており,さら に,昭和35年に制定された旧しん肺法及ひ同法施行規則においては,石綿 を取り扱う場所における作業か「粉しん作業」に該当することか明らかにさ れていたと認められるのてあって,こうした歴史的経緯等に照らせは,被告 は,遅くとも昭和35年ころまてには,被告従業員か,被告の運営する工場 等における造船作業中に,石綿等の粉しんにはく露し,これにより,しん肺 その他の深刻な健康被害を受ける危険性かあることを十分認識し得たという へきてある。そうすると,被告は,使用者として,遅くとも昭和35年ころまてには, 被告従業員か,造船作業中に石綿等の粉しんにはく露することにより,しん 肺にり患し,あるいはしん肺を増悪させることのないようにするため,1粉 しんか発生する作業場所における的確な換気装置の設置等の粉しんの発散防 止及ひ抑制のための作業環境の整備,2適切な防しんマスク等保護具の支給 及ひその着用の徹底,3粉しんか発生する他職種の作業との混在作業の禁止 又は抑止,4作業員に対する粉しん教育の徹底等といった,粉しん対策及ひ 措置を講すへき雇用契約上の安全配慮義務を負っていたと認めるのか相当て ある。これに対し,被告は,我か国において石綿の有害性か明確に確認されたのは,昭和50年以降てあり,それ以前は,石綿の使用に関する規制はほとん となく,社会一般においても石綿か広く用いられ,産業界に石綿の危険性, 有害性についての認識かなかったのてあるから,その当時の被告には,石綿 の使用について,原告か主張するような高水準の注意義務か課せられるもの てない旨主張するか,上記のとおり,被告は,遅くとも昭和35年ころまて に,石綿等の粉しんの危険性は十分認識し得たのてあるから,上記安全配慮 義務を免れることはてきないというへきてある。そこて,被告か上記安全配慮義務を果たしていたか否かを検討するに,被 告か,この当時から,使用者として,これらの対策及ひ措置を十分に講して, 亡Jら被告従業員に対する安全配慮義務を尽くしていたことを認めるに足り る証拠はない。かえって,証拠(甲5,13,C5ないしC13,C24, C25,C27,C31,C45ないしC74,C76ないしC118)及 ひ弁論の全趣旨によれは,被告か,一定の粉しん対策及ひ措置をとっていた ことはうかわわれるものの,1被告は,昭和47年1月以前には,各作業場 所における粉しん量等を計測する環境測定を行っておらす,従業員か造船作 業をしていた船台上,船内等換気装置の必要性か高い場所における粉しんの 量等を正確に把握することはなかったのてあり,結局,必要な場所に必要な 数の換気装置を設置していたとは認められないし,被告か作成していた換気 基準のうち,粉しん対策を考慮して作成されたものは,昭和49年以降のも の(甲C101)てあり,それ以前は発事故防止対策として作成されてい たにすきす,これらの事実に照らせは,被告の実施した粉しん発散の防止及 ひ抑制のための作業環境の整備か十分されていたとは到底評価てきないこと, 2被告において,防しんマスクか全作業員に対して直接配布されるようにな ったのは,昭和50年代中ころからてあり,それ以前には,防しんマスクを 取り扱ってはいたものの,班長や課長か必要に応して,工務課の工器具室ま て赴き,必要な数量を受け取り,その班員に配るという体制をとっていたにすきないし,被告か,保護マスク(防しんマスク)の使用区分,使用方法, 種類等について定めた「保護マスク着用基準」(甲C88,C108)を施 行したのも,浦賀本工場及ひ川間製造所においては昭和49年10月1日, 追浜造船所においては昭和53年1月1日になってからのことてあり,これ らを踏まえると,被告において,適切な防しんマスク等保護具の支給も,そ の着用も徹底されていなかったといわさるを得ないこと,3被告の作業場に おいて,あらかしめ計画していた工期か遅れることは珍しくなく,被告か昭 和36年8月31日に発行した「浦賀技報」(甲C45)には,艤装期間の 短縮に伴い,艤装船内の作業において,管の取付けや電線の敷設,通風トラ ンクの取付け等か同時に行われるなと,同一作業場て,色々な職種の従業員 か同時に作業をする場合か増大している旨の記載かあるほか,昭和44年8 月には,組合か,被告に対し,混在作業てあることによって,他職種の作業 から発生する粉しんの影響を受けていることを改善するよう要求していたこ とか認められ,これらの事実に照らせは,被告の作業場においては,混在作 業か発生することも少なくなく,被告か,他職種の作業との混在作業を禁止, 抑止する方策を採っていなかったことは明らかてあること,また,4被告は, 従業員に対して,しん肺対策として保護マスクを使用するよう繰り返し説く なと,被告なりにしん肺教育を実施してきたものの,亡Jに限らす,多くの 被告従業員は,適切な保護具を正しく着用して粉しんの吸入を防くことか, しん肺防止においては極めて重要てあることを理解していなかったために, 昭和44年になっても,多量の粉しんか立ち込める中,せいせい個人的にタ オルや手ぬくいて口や鼻を覆い,あるいは,カーセマスクを使用する程度の 甚た不十分な粉しん対策を講しるのみて,適切な防しんマスクを着用するこ となく長時間作業をし続けるなとしていたことか認められ,そうした作業の 実態からすると,被告か,亡Jら従業員に対して実施していたしん肺教育は, しん肺の特徴,原因,予防方法等を正しく理解させ,予防策を積極的に実践させるものてあったとは到底いえす,不十分なものてあったと評価せさるを 得ないことか認められるのてあり,以上の各事実に照らせは,被告か昭和3 5年ころ以降にとっていた粉しん対策及ひ措置は,不十分てあったといわさ るを得ない。 以上によれは,被告には,粉しん対策及ひ措置に関し,亡Jに対する安全 配慮義務違反かあったと認められる。よって,被告は,亡Jか粉しんを吸入 したことによって生した損害を賠償すへき責任を負う。2 争点2(被告の義務違反と亡Jの死亡との因果関係)について
 亡Jか,被告の工場において作業中に,被告の安全配慮義務違反により, 石綿等の粉しんを吸入して,しん肺にり患し,さらにその後,法定合併症て ある続発性気管支炎を発症して労災認定を受けたことは,前記1において認 定したとおりてあるところ,前提事実1によれは,亡Jは,石綿肺を原因とする肺かんにより死亡したものと認められるほか,同3のとおり,亡Jは, 被告従業員として,定年退職まて40年以上にわたり,被告の工場において 造船作業に従事し続けており,その間に,被告以外て就労したことはなく, 他の機会に多量の粉しんにはく露したとは認められないこと,被告を定年退 職した後は,約4か月間防衛大学校においてホイラーのハイフ交替作業をし たのみて,それ以外に就労することはなかったこと,前提事実9のとおり, 労働基準監督署長は,亡Jの死亡に業務性を認めたこと,また,しん肺をり 患した者か,その後肺かんを発症する例は,亡Jのほかにも多数あること(こ のこと自体は当事者間に争いはない。)か認められ,これらの事実に照らせ は,被告の安全配慮義務違反と亡Jの肺かんによる死亡との間に,相当因果 関係か認められることは明らかてある。 被告は,亡Jの喫煙歴を指摘し,亡Jか肺かんにより死亡したのは,長年 にわたる喫煙か原因てあるなととも主張する。しかしなから,確かに,証拠(甲5)によれは,亡Jか喫煙をしていた事実自体は認められるものの,亡Jか,健康診断,しん肺管理区分決定,労災 認定等の際に,医師等から,喫煙の健康上の影響について何らかの指摘を受 けたことはなく,亡Jの肺かんか喫煙によるものてあることを裏付ける証拠 はなく,そのほかに,同人の喫煙歴と肺かんによる死亡との間の因果関係を うかかわせる事情は見出し難い。よって,被告の指摘する喫煙の事実か,被告の義務違反と亡Jの死亡との 因果関係の判断に影響を与えるものとは認められす,被告の主張は採用する ことかてきない。3 争点3(本件念書の解釈,効力)について 被告は,亡Jか,被告に対して,本件念書をもって,亡Jのしん肺り患に関する被告の補償義務の手続のすへてか残らす完了したことを確認するととも に,今後何らの異議を述へす,また,何らの請求をしない旨約束した上て,被 告から補償金298万円の支給を受けたことを理由に,亡Jのしん肺り患に関 する被告の亡Jに対する損害賠償債務は存在しないなとと主張する。しかしなから,ます,亡Jか被告との間て合意して取り交わした本件念書の 内容は,前提事実7のとおりてあって,被告か支払う金員(298万円)は 亡Jか当時り患していたしん肺に対する障害補償金てあり,同支払により同障 害補償手続か完了したことを合意,確認したものてあって,亡Jにおいて,原 告か本訴て請求する死亡慰謝料の請求をしない(請求を放棄する)ことを約し たものてないことか明らかてあり,本件念書それ自体により本件請求をするこ とかてきないと解することはてきない。次に,本件念書か,本件合意書及ひ本件覚書を前提として合意された経緯に 照らして,本件念書と本件覚書を併せると,被告か主張するように,上記障害 補償金の受領により,その後死亡した場合に差額支給をしないこととして,亡 Jか死亡による損害金の請求権を放棄したと解する余地かあるか,前記のとお り,本件念書による亡Jの意思表示に本件覚書の上記内容か含まれていると解することはてきす,組合か亡Jの代理人として本件覚書の合意をしたと認める ことはてきない(組合か亡Jの代理人てあれは,組合との間て亡Jに関する合 意書を取り交わせは足り,亡Jとの間て本件念書を取り交わす必要もない。) から,上記のように解する被告の主張を認めることはてきないし,この点をお いて,仮に,亡Jか本件覚書の上記内容を受け容れて本件念書の作成に応した と解することかてきるとしても,被告か亡Jに支払った補償金298万円は, 被告において平成20年4月に改訂した補償規程ては,亡Jの例のようにしん 肺管理区分2てあった者かその後死亡した場合に,被告かその遺族に対して支 払うへき死亡慰謝料額か2000万円と定められていること(前提事実8) に比して極端に低額なものてある上,本件のように,使用者の安全配慮義務違 反によりしん肺にり患した労働者か,当該使用者から,その当時の症状に対応 する極めて低額な補償しか受けていない場合に,労働者か使用者に対して,当 該補償を受ける際に,予め死亡慰謝料まてをも放棄することは,労働者に一方 的に不利益てあることは明らかてあり,かつ,合理性は全くなく,これを容認 することは到底てきない(それ故,被告においても平成18年12月に差額を 支給する旨の補償規程の改訂(新設)をしている。前提事実8)。したかっ て,本件覚書4項の規定は,公序良俗に反するものとして無効というへきてあ る。すなわち,同規定を前提として,本件念書により,亡Jか被告に対して, 今後何らの異議を述へす,また何らの請求(死亡による損害金の請求)をしな いことを約したとしても,本件念書のうち,そのように解される部分は,公序 良俗に反するものとして無効というへきてある(このように判断するに当たっ て,被告申請証人(M)を採用する必要性かないことは明らかてある。)。したかって,上記被告の主張は,到底採用することかてきす,被告は,亡J に対し,同人の死亡の結果について,雇用契約上の安全配慮義務違反を理由と する債務不履行に基つく損害賠償責任を負う(被告か上記主張に固執して和解 に応しようとしないのは,極めて遺憾てある。)。4 争点4(損害額)について  慰謝料
証拠(甲12)及ひ弁論の全趣旨によれは,亡Jは,被告において粉しん を吸入したことにより,しん肺にり患した上,法定合併症てある続発性気管 支炎を発症し,長年にわたり,咳,痰,息切れ等の自覚症状に苦しみ続け, その後も容体は悪化するはかりてあり,酸素吸入器か手放せない状態になり, 次第に外出もままならなくなった上,家の中てさえ,酸素のチューフを装着 していても,呼吸に苦しむようになっていったこと,その苦しみに耐えかね て,死亡の1か月半前に病院て診察を受けたところ,肺かんにかかっており, 肺かほとんと機能しない状態になっていたことか判明して,そのまま入院を 余儀なくされ,結局,その後は自宅に戻ることもてきすに,入院から45日 後に死亡するに至ったことか認められる。このような,しん肺発症から死亡 に至るまての間の長年にわたる亡Jの肉体的,精神的苦痛の程度か大きいも のてあることは,想像に難くない。また,しん肺の主な特徴として,肺内に起こっている肺病変は,可逆性を 持たす,本質的な治療の方法かないため,専ら予防に依存するほか対策かな いこと,粉しん作業から離職し,粉しんを吸入しなくなった後も,しん肺か 進行した例もあることなとか挙けられ(甲13及ひ弁論の全趣旨),こうし たしん肺の深刻な性質を踏まえると,しん肺にり患すると,それ自体により, 相応の精神的苦痛を被るというへきてある。そして,被告か,亡J又はその遺族てある原告に対して,亡Jかしん肺か 原因て肺かんを発症し,死亡するに至ったことについて,何らかの謝意か表 明された事実は認められない。他方,亡Jかしん肺にり患し,続発性気管支炎を発症したことに対しては, 亡Jは,被告から,障害補償として298万円を受領しているか,その他本 件に関する一切の事情を総合考慮すれは,被告の安全配慮義務違反と相当因果関係を有する亡Jか死に至ったことにより受けた精神的苦痛を慰謝(死亡慰謝料)するには,2500万円をもって相当と認める。
 これに対し,被告は,亡Jに対して既に支払った298万円か,補償規程 2条3号(「遺族補償及ひ障害補償は逸失利益及ひ慰謝料に充当するも のとする。」。甲10)により,亡Jないしその遺族に対する損害賠償額から控除されるへきてあるなとと主張する。
 しかしなから,本件損害賠償請求は,補償規程に基つく請求てはないし,上記既払額は死亡慰謝料としての支払てないことか明らかてあるか ら,被告の上記主張は失当てある。なお,原告は,その主張する慰謝料額から上記既払額を差し引いた金 員(慰謝料額3202万円)を請求しているか,これは,原告の請求す る慰謝料額を前提とするものて,被告の上記抗弁事実を認めたものてな いことか明らかてあるから,上記死亡慰謝料額から上記既払額を控除す ることはしない。 弁護士費用 原告か,本件訴訟の遂行を弁護士に委任し,報酬の支払を約したことは,弁論の全趣旨から明らかてあるところ,本件訴訟の複雑性,審理の経過,損 害認定額,被告の応訴態度等の諸事情を考慮すれは,弁護士費用として,2 50万円を被告の債務不履行と相当因果関係のある損害と認めるのか相当 てある。 遅延損害金 原告は,平成18年12月18日に,被告に対して本件損害賠償について催告をしたとして,その翌日から遅延損害金か発生する旨主張し,他方,被 告は,同催告の事実について否認するところ,原告の同主張に沿う証拠はな い。そして,本訴状は平成22年3月8日に被告に送達されたことか記録上 明らかてあるから,遅くとも,その翌日てある同月9日以降,民法所定の年5分の割合による遅延損害金か発生することは明らかてある。
5 以上によれは,原告は,被告に対し,雇用契約上の安全配慮義務違反を理由 とする債務不履行に基つき,合計2750万円及ひこれに対する平成22年3 月9日から支払済みまて民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることかてきる。
 第6 結論
よって,原告の請求は,被告に対して主文第1項の支払を求める限度て理由 かあるからこれを認容し,その余の請求は理由かないからこれを棄却すること とし,被告の仮執行免脱の申立てについては,原告の年齢,被告の応訴態度そ の他一切の事情を考慮すると,仮執行免脱宣言をすることは相当とは認められ ないからこれを却下することとして,主文のとおり判決する。横浜地方裁判所横須賀支部
裁判長裁判官 杉山正己
裁判官 川山泰弘
裁判官 渡邉裕美
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