平成22年(行ク)第37号 仮の義務付け申立て事件
(本案事件 平成22年(行ウ)第59号 一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び 料金の認可申請に対する認可処分の義務付け等請求事件)決定
主文
1 処分行政庁は,申立人の平成22年1月20日付け一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金設定認可申請について,平成22年11月11日から 平成23年11月10日又は本案事件の第1審判決の言渡しの日から起算し て30日を経過した日のいずれか早い日までの間,別紙1記載の条件を付し て,これを仮に認可せよ。2 申立人のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は,これを5分し,その1を申立人の負担とし,その余を相手方の負担とする。
理由 第1 申立ての趣旨及び理由
申立ての趣旨及びその理由の要旨は,別紙2「仮の義務付けの申立書」記載のとお りであり,これに対する反論及び相手方の主張の要旨は,別紙3「意見書」記載のと おりである。第2 事案の概要
1 申立人(本案事件原告)は,処分行政庁に対し,平成22年1月20日,道路 運送法9条の3第1項,道路運送法施行規則10条の3の規定に基づき,運賃及び料 金設定認可申請(以下「本件申請」という。なお,その内容は,従前どおりの運賃の 認可を求めるものである。)をしたところ,処分行政庁は,同年8月11日,本件申 請を却下する処分(以下「本件処分」という。)をした。本件の本案事件は,申立人 が,本件処分の取消し及び本件申請に対する認可処分の義務付けを求めるものであり, 本件は,申立人が,行政事件訴訟法37条の5第1項に基づき,本件申請に対する認可処分の仮の義務付けを求めるものである。なお,申立人は,当初,処分行政庁が本 件申請に対して応答しないのは違法であるとして,不作為の違法確認の訴えを提起し たが,本件処分がされたため,同訴えを本件処分の取消しの訴えに変更したものであ る。2 関係法令の定め
(1) 道路運送法(以下「法」という。)
第9条の3 一般乗用旅客自動車運送事業者は,旅客の運賃及び料金(旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定める料金を除 く。)を定め,国土交通大臣の認可を受けなければならない。これを変更 しようとするときも同様とする。第2項 国土交通大臣は,前項の認可をしようとするときは,次の基準によって, これをしなければならない。第1号 能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超 えないものであること。第2号 特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと。
 第3号 他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること。
第4号 運賃及び料金が対距離制による場合であって,国土交通大臣がその算定の基礎となる距離を定めたときは,これによるものであること。
 (第3項,第4項は省略)(2) 特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特 別措置法(平成21年法律第64号。以下「特措法」という。)附則第5項 道路運送法の一部を次のように改正する。 附則を附則第1項とし,附則に次の1項を加える。2 第9条の3第2項第1号の規定の適用については,当分の間,「加えた ものを超えないもの」とあるのは,「加えたもの」とする。(3) 道路運送法施行規則
第10条の3 法第9条の3第1項の規定により,一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の設定又は変更の認可を申請しようとする者は,次に掲げる 事項を記載した運賃及び料金設定(変更)認可申請書を提出するものとす る。第1号 氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その代表者の氏名 第2号 設定又は変更しようとする運賃及び料金を適用する営業区域第3号 設定又は変更しようとする運賃及び料金の種類,額及び適用方法(変更の認可申請の場合は,新旧の運賃及び料金(変更に係る部分に限
る。)を明示すること。)
第4号 変更の認可申請の場合は,変更を必要とする理由
第2項 前項の申請書には,原価計算書その他運賃及び料金の額の算出の基礎を 記載した書類を添付するものとする。第3項 申請する運賃及び料金が地方運輸局長が前項の書類の添付の必要がない と認める場合として公示したものに該当するときは,同項の書類の一部又 は全部の添付を省略することができる。3 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠から容易 に認定できる事実である。)(1) 当事者
申立人は,名古屋交通圏及び知多交通圏において,法に基づき,処分行政庁から一 般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)の許可を受け,同事業を営む者である。処分行政庁は,法88条2項,道路運送法施行令1条2項に基づき,国土交通大臣 から旅客自動車運送事業に関する許認可につき権限の委任を受けた行政庁である。(2) 本件処分に至る経緯等
ア 処分行政庁は,平成21年5月20日付けで,申立人に対し,法9条の3第1 項に基づく一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金設定に関する認可(以下「原認可」という。)をした。原認可の内容は,別紙2「仮の義務付けの申立書」添付の 別紙記載のとおりであり,この認可に係る運賃の実施期間は,平成21年5月21日 から平成22年5月20日までであった。イ 申立人は,平成22年1月20日,上記実施期間経過後の一般乗用旅客自動車 運送事業の運賃及び料金設定に関する認可を得るために本件申請をした。その内容は, 原認可で認められた運賃及び料金並びに適用方法と同じであった。ウ 処分行政庁は,平成22年5月19日,原認可に係る運賃の実施期間の終期を 同年6月20日まで延伸する処分をした。さらに,処分行政庁は,同月18日,その 終期を同年7月20日まで延伸する処分をした。エ 処分行政庁は,平成22年7月20日,申立人に対し,原認可に付した運賃の 実施期間の終期を本件申請に係る認可の日,本件申請に係る運賃査定額の通知後2週 間が経過する日の前日又は同年8月20日のうち,いずれか早い日まで延伸する旨の 処分をした。オ 処分行政庁は,平成22年7月27日,申立人に対し,次のとおり本件申請に 係る運賃査定額を通知し,この通知後2週間以内に運賃申請額を名古屋地区の上限運 賃から運賃査定額の間で設定する旨の変更の申請を行わない場合は,申請を却下する 旨を通知した(甲6)。特定大型車 自動認可運賃D運賃(下限運賃)
大型車及び中型車 距離制運賃
初 乗 1.3kmまで 430円 加 算 188mまでごとに 50円 時間併用 1分10秒までごとに 50円時間制運賃 30分までごとに 2260円
カ 申立人は,上記オの変更の申請をしなかったところ,処分行政庁は,平成22年8月11日,本件申請が法9条の3第2項1号に適合しないことを理由として,こ れを却下する処分(本件処分)をした。キ 処分行政庁は,その後も原認可に係る運賃の実施期間の終期を延伸する処分を し,平成22年10月8日,申立人に対し,その終期を同年11月10日まで延伸す る処分をした(甲76)。(3) 処分行政庁が定める法9条の3第2項に基づく審査基準
処分行政庁は,法9条の3第2項に基づく審査基準として,「一般乗用旅客自動車 運送事業の運賃料金認可申請の審査基準について」(平成14年中部運輸局公示第2 49号。以下「本件審査基準」という。甲7)を定めている。本件審査基準のうち, 本件に関係する部分の概要は,次のとおりである。ア 自動認可運賃に該当しない運賃に係る認可申請の取扱い
自動認可運賃に該当しない運賃の認可申請で運賃改定申請以外のものの認可に当た っては,認可要件に沿って,適正な原価に適正な利潤を加えたものであること,利用 者間に不当に差別的な取扱いをするものでないこと及び他の事業者との間に不当な競 争を引き起こすおそれがないことを個別的に審査することとする(上記の自動認可運 賃とは,処分行政庁が運賃適用地域ごとにあらかじめ設定して公示する標準的な運賃 であり,これに該当する運賃の認可申請については,申請の公示を省略し,速やかに 認可を行うものとされているものである。本件処分当時の名古屋地区の自動認可運賃 は,中型車の初乗り運賃は480円から500円までなどとされていた〔甲8〕。ま た,上記の運賃改定とは,当該運賃適用地域において普通車の最も高額の運賃よりも 高い運賃を設定することをいうものである。なお,運賃適用地域とは,需要構造,原 価水準等を勘案して運賃改定手続をまとめて取り扱うことが合理的であると認められ る地域として処分行政庁が本件審査基準において定めている地域をいうものであ る。)。イ 自動認可運賃に該当しない運賃申請の処理要領 申請運賃が当該運賃適用地域の自動認可運賃に該当せず,かつ,運賃改定を伴わない運賃に係る申請については,次のとおり処理する。
(ア) 申請者において,実績年度(最近の実績年度1年間)の原価及び収入をもとに,本件審査基準所定の方法により算定した(これによらない場合は,合理的な理由を付 した上で,これに準じた形で算定した)書類を作成の上,申請書に添付して処分行政 庁に提出する。(イ) 処分行政庁は,この添付書類をもとに平年度(実績年度の翌々年度1年間)に おける申請者の原価及び収入を査定する。輸送力及び輸送効率は,過去5年間の実績の推移及び将来における合理的な予測を 基礎に算定する。ただし,平年度に使用する実車率については,1実績年度実車率が 運賃適用地域の直近5か年の加重平均実車率(以下「基準実車率」という。)を上回 る場合には,実績年度実車率をもって算定を行い,2実績年度実車率が基準実車率を 下回る場合には,実績年度実車率と基準実車率の和半した数値をもって算定するもの とする。人件費については,申請者の運転者1人当たり平均給与月額(福利厚生費を含む。
 以下同じ。)が原価計算対象事業者(一般乗用旅客自動車運送事業の原価計算のため に,標準能率事業者の中から所定の基準により抽出した事業者)の運転者1人当たり 平均給与月額の平均額(以下「標準人件費」という。)を下回っているときは,標準 人件費で人件費を査定することとする。人件費以外の原価については,あらかじめ定めた分類により,各原価ごとに,申請 者の実績値又は原価計算対象事業者の走行距離当たりの原価に基づき査定する。ただ し,後者のものにあっても,申請事業者の事業形態等にかんがみて,申請事業者の実 績値に基づき査定することに十分な合理性が認められる場合には,これを妨げない。なお,申請事業者の実績値に基づき査定をする場合には,その値が当該事業者の事 業の実態を適切に反映した値となっているかどうかについて,当該事業者の事業計画 との照合などにより十分に確認するものとする。(ウ) 処分行政庁は,以上の査定により,平年度における収支率が100%となる変更後の運賃額(以下「運賃査定額」という。)を算定する。申請額が運賃査定額以上 である場合には,申請額で認可することとする。他方,申請額が運賃査定額に満たな い場合は,運賃査定額を申請者に通知し,申請者は,通知後2週間以内に申請額を運 賃査定額に変更することができることとし,この変更申請がない場合には,当該申請 を却下する。(4) 本件申請の内容の要旨
本件申請は,本件審査基準にいう「申請運賃が当該運賃適用地域の自動認可運賃に 該当せず,かつ,運賃改定を伴わない運賃に係る申請」に当たるものである。申立人が本件申請の資料として平成22年6月16日に処分行政庁に対し提出した 資料は,甲9号証の1(以下「計算書」という。)であり,その概要は,別紙4の1, 4の2,4の3のとおりである。申立人は,平成20年度(申立人における事業年度は,3月21日から翌年3月2 0日までであり,平成20年度は平成20年3月21日から平成21年3月20日ま でをいうものである。)の期末における保有車両台数は38台であったが,平成21 年度期首における保有車両台数を43台,同年度期末における保有車両台数を96台, 平成22年度及び平成23年度における保有車両台数を96台として申請した。また, 申立人は,平成20年度の従業員数(支給延べ人数)は1026人であったが,平成 21年度は1777人,平成22年度は2376人,平成23年度は2640人とし て申請した。なお,計算書は,平成22年4月度(平成22年3月21日から同年4月20日ま で。以下「月度」とは,前月21日から当月20日までのことをいう。)の社歴別1 稼働当たりの運賃収入(実績値)に基づき平成22年度及び平成23年度(平年度) の総運賃収入を算定したものである。申立人は,その後,上記の社歴別1稼働当たり の運賃収入につき,平成22年4月度から同年6月度までの平均値を採用して,平成 22年度及び平成23年度の総運賃収入を算定した資料(甲9の2)を同年7月2日 に提出した(乙19の1,2)。(5) 処分行政庁による査定の内容の要旨
処分行政庁が本件申請に対して行った査定の結果の要旨は,別紙5記載のとおりで あり,処分行政庁は,この査定結果に基づき,本件処分をした。なお,別紙5の数値 のうち,平成21年度欄に記載の数値は,申立人の平成21年度(平成21年3月2 1日から平成22年3月20日まで)の実績数値であり,事業者申請値欄記載の数値 は,申立人が本件申請において平年度(平成23年度)の収支等の予測数値として記 載したものであり,査定数値(運賃額据置)欄記載の数値は,処分行政庁が申立人に おいて運賃を現行のまま据え置いたとした場合の申立人の平年度における収支等を査 定したものであり,査定数値欄の数値は,処分行政庁が申立人において運賃を処分行 政庁の査定した運賃(運賃査定額)に変更した場合の申立人の平年度における収支等 を査定したものである。(6) 申立人の平成22年度の実績(甲69の1から5,71,72)本件申請は平成22年度以降において実施される運賃の認可を対象とするものであ るところ,申立人が本件申請に伴い処分行政庁に提出した計算書及び申立人が平成2 2年4月度から同年9月度までの実績をまとめた収支状況及び輸送実績報告書(甲6 9の1から5,72の2。以下「報告書」という。なお,報告書に記載の数値は, 「歴月」によるものではなく,「月度」によるものである。)の概要を比較したもの の要旨は,別紙6の1,2のとおりである。4 争点
本件の争点は,1「本案について理由があるとみえるとき」に当たるか否か,具体 的には,本件申請の内容が法9条の3第2項1号の基準に適合するか否か,2本件申 請に対する認可がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊 急の必要性があるといえるか否か,3本件申請に対する認可を仮に義務付けることに より公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか否か,である。第3 当裁判所の判断
1 本件申請の内容が法9条の3第2項1号の基準に適合するか否かについて(1) 本件申請は,自動認可運賃を下回る内容の運賃の認可を求めるものであり,本 件審査基準によれば,このような場合,原則として,処分行政庁の定めた方法,具体 的には上記第2の3(3)イ記載の方法により査定され,判断されることになる。そし て,申請に係る原価及び収入の算定方法が本件審査基準所定の方法によらない場合に は,合理的な理由を付してその基準に準じる形で算定することが求められている。し たがって,原価及び収入の算定方法が本件審査基準所定の方法によらない場合であっ ても,その方法が合理的であり,かつ,その結果(認可を求める運賃)が法9条の3 第2項1号に適合するのであれば,当該申請は認可されるべきことになる。ところで,本件審査基準によれば,平年度の運賃収入は「車キロ当たり収入(実績 年度車キロ当たり収入)×査定実車走行キロ」の計算方法によるとされており,査定 実車走行キロ(輸送力及び輸送効率等の算定)は,過去5年間の実績の推移及び将来 における合理的な予測を基礎に算定するとされ,合理的な理由があれば,これらの方 法によれず,これに準じて算定できるとされている。そして,輸送力等は,過去5年 間の実績の推移及び将来における合理的な予測を基礎に算定するとされているが,本 件審査基準によってもそれ以上に具体的な算出方法は規定されていないから,申請者 の過去5年間の実績を基礎に輸送力等を算定することがかえって不合理と考えられる 場合には,その他の合理的な方法により算定することも許容されていると見るのが相 当である。(2) 申立人につき過去5年間の実績を基礎に輸送力等を算定することが不合理と考 えられる事情があるか否かを見ると,申立人は,平成21年度に大幅な増車及び増員 をしている。すなわち,申立人の平成20年度期末の保有車両台数は合計38台,延 べ実在日車数は1万2106台,延べ実働日車数は1万1501台,支給延べ人員は 1026人であったが,平成21年度における保有車両台数は96台,延べ実在日車 数は2万5243台,延べ実働日車数は2万1872台,支給延べ人員は1777人 である(平成21年度は,実績値である)。そして,申立人は,平成22年度及び平 成23年度における保有車両台数を96台とした上で,平成22年度の延べ実在日車数を3万5040台,延べ実働日車数を3万3495台,支給延べ人員を2376人, 平成23年度(平年度)の延べ実在日車数を3万5040台,延べ実働日車数を3万 4712台,支給延べ人員を2640人として,収支を算定している(甲9の1)。以上のとおり,申立人の経営規模は,平成21年を境として,平成20年度と平成 23年度(平年度)では,保有車両台数は約2.5倍となり,採用している運転者の 数も,支給延べ人員ベースで約2.5倍に増加することになる。申立人の場合,運転 者の経験の差により1稼働当たりの売上高は異なり,社歴1か月の者の1稼働当たり の売上高の平均は約1万5000円(ただし日勤。以下同じ。),2ないし3か月の 者のそれは約2万円,4ないし6か月の者のそれは約2万1000円,7ないし12 か月の者のそれは約2万3000円,1年を超える者のそれは約2万5000円であ り,社歴が長くなるに従い1稼働当たりの売上高は上昇する傾向が認められる(甲9 の1)。そして,申立人の場合,未経験者を採用して運転者をすべて自ら育成する方 針を採っているため,経営規模が拡大した場合,すなわち,経験の浅い運転者が一時 的に増えた場合には,1稼働当たりの売上げは低下するものと認められる。前記のとおり,本件審査基準によれば,査定実車走行キロ(輸送力及び輸送効率等 の算定)は,過去5年間の実績の推移及び将来における合理的な予測を基礎に算定す るとされているが,上記のような事情の存する申立人の場合には,過去5年間の実績 は,平年度の運賃収入を算定する基礎資料としては前提を異にしており,不適切であ ると認められる。そうすると,申立人の平年度における収支を予測するに当たっては, その他の合理的な資料を基にするほかない。(3) 申立人が本件申請に伴い処分行政庁に提出した計算書(甲9の1)は,それま での運転者の経験に応じた売上高等の実績に基づき,本件申請の翌年度(平成22年 度)分及び翌々年度(平成23年度,平年度)分の業績を予測するものである。前記 (2)のとおり,申立人の運転者については,社歴が長くなるに従い1稼働当たりの売 上高が上昇する傾向が認められるから,計算書の平成22年度及び平成23年度の売 上高等の予測は,この運転者の経験の長さに応じた売上高の予測等に基づくものであり,将来の収支の予測方法としては,相応の合理性を持つものと認められる。そして, 申立人は,平成22年4月度分から同年9月度分までの実績を報告書にまとめている ので,その実績と申立人が計算書で予測した数値を比較することによって,計算書に おける予測数値の合理性の有無を検証することができると考えられるから,以下,こ れを検討する。報告書の数値と計算書の主な数値の比較は,別紙6の1,2記載のとおりである。
 これをみると,延べ実働車両数,総走行キロ,実車キロ,実働率,輸送回数,輸送人 員,運送収入,人件費,その他運送費,一般管理費及び営業外費用の実績値は,おお むね計算書の数値の85%から90%の範囲にあるが,実車率及び収支率の実績値は, 計算書の数値にほぼ等しいものであると認められる。そうすると,申立人が計算書に おいて予測した数値(計算書の数値)のうち,総走行キロ,実車キロ,運賃収入等の 個別の数値は,1割ないし1割5分程度高めに予測していたことになるが,これらの 個別の数値は,あくまでも予測であり,これを正確に予測することは一般に極めて困 難であるといえる。他方,全体の営業の効率性を示す実車率(総走行キロのうち実車 キロの占める割合)及び収支のバランスを示す収支率(費用に対する収益の割合)に ついての計算書の予測はおおむね正しかったことになるのであり,計算書は,個別の 数値については結果的に見ると若干高めの予測をしていたものの,全体として見れば, 将来の収支について合理的な予測をしていたと認めるのが相当である。そうすると,申立人が処分行政庁に提出した計算書は,申立人の平年度(平成23 年度)における収支を予測するための合理的な資料であると認められるところ,これ によれば,申立人の平年度における収支率は113.8%となっているのであるから, 申立人が申請した運賃は,法9条の3第2項1号の「能率的な経営の下における適正 な原価に適正な利潤を加えたものであること」に適合するものであると一応認められ る。(4) 以上の認定にかかわる相手方の主張について検討する。
ア 相手方は,申立人は役員報酬や運行管理部門の人件費を計上しておらず,本来計上すべき経費を計上せずに原価を算定していると主張する。
 確かに,申立人は,計算書において,役員報酬や運行管理部門の人件費を計上していない。しかし,これは,運行管理部門の者が一般管理部門の事務員を兼務し,ある いは,A株式会社の京都本社から役員が派遣されるなどされているためであると認め られ,申立人あるいは申立人の所属する企業グループとしての企業努力によるものと 認められる(弁論の全趣旨)。こうした企業努力を前提とした上で,本件申請が法9 条の3第2項1号の基準に適合するかどうかを判断することは,同条項の趣旨に反す るものとは認められないから,申立人の上記原価計算の方法が不当であるということ はできない。したがって,相手方の上記主張は採用できない。イ 相手方は,申立人の算定する実働率が不合理であると主張する。申立人は,本件申請において実働率を95.6%とする計算書を提出し,その主張 においても94.16%を下回ることはないとしている。しかし,増車が完了した後 の平成22年度においても,4月度から9月度の毎月の実働率(実績値)は79. 5%から84.1%で,この間の平均実働率は81.4%あり(別紙6の1),計算 書の数値を約15%下回っている(もっとも,甲78号証によれば,平成22年10 月度の実働率は95.1%であり,申請した数値に近づく傾向がうかがえる。)。しかしながら,実働率は,申請者の保有車両の活用の度合いを示す指標にすぎず, 当該申請が法9条の3第2項1号の基準に適合するかどうかの判断は,収支率がその 基準を満たしているか否かによるものであり,その場合,重要となる指標は,実働率 よりも,むしろ実車率(総走行キロに占める実車キロの割合)であり,本件申請の場 合,これまでに判示したとおり,計算書に記載の実車率はおおむね正確なものである。 また,申立人は,運転者の経験の長さに応じた売上高の予測等に基づき,全体の売上 高を予測し,その数値を前提として,平年度の収支率を予測しているものである。そ うすると,これまでに判示したとおり実車率及び収支率がおおむね正確な本件申請の 場合,実働率の予測が実績値に比べ高めであっても,その予測の合理性を左右するも のとは認められない。よって,相手方の上記主張は失当である。
ウ 相手方は,本件審査基準に基づき相手方の査定した方法は合理性があり,法9 条の3第2項1号の基準に適合すると主張する。しかし,同号が要求している運賃の基準は,「能率的な経営の下における適正な原 価に適正な利潤を加えたものであること」(ただし,特措法による改正後のもの)と いうものであり,それ以外に具体的な基準を定めていないから,本件審査基準以外の 算定方法による申請であっても,それによって,収支率100%をある程度上回るも のであることが合理的に確認できるのであれば,これを排斥する理由はない。これま でに判示したところによれば,申立人が本件申請に伴い処分行政庁に提出した計算書 の算定方法が,処分行政庁の行った査定方法よりも合理性において劣るとは認められ ないから,相手方の上記主張は採用できない。エ 相手方は,申立人の本件申請は特措法の趣旨に反すると主張する。特措法により法9条の3第2項1号が改正され,従前の運賃の上限の制限に加え, 下限についても制限されるようになった趣旨は,平成12年法律第86号による法の 改正により,需給調整規定廃止等の規制緩和がされ,競争が促進されたが,その反面 として,過度な運賃競争による低額運賃化が進むとともに,タクシー事業の経営基盤 の悪化や運転者の労働条件の悪化等の問題が生じるようになったため,これを改善す るためのものであると認められる(乙8,9)。しかしながら,特措法の制定後においても,法1条の「利用者の需要の多様化及び 高度化に的確に対応したサービスの円滑かつ確実な提供を促進することにより,輸送 の安全を確保し,道路運送の利用者の利益の保護及びその利便の増進を図る」(これ は,特措法制定前の平成18年法律第40号により改められた規定である。)という 目的規定は改められておらず,上記平成12年改正により廃止された需給調整規定は 再度導入されていない。これらの経過も踏まえると,法は,特措法制定後においても, 事業者が,法9条の3第2項所定の基準を充足する限り,事業者が他の事業者に比べ 安価な運賃を設定することを制限していると解することはできない。そして,本件においては,法9条の3第2項所定の基準のうち,これまでに判示し たとおり1号の要件は充足している。次に,2号及び4号の要件については,相手方 においても積極的に争っておらず,また,申立人がこれらの要件に抵触する行為をし ていることをうかがわせる証拠もない。さらに,3号については,原認可がされて約 1年5か月経過したが,申立人が原認可により認められている現行運賃による営業を 継続していることにより,名古屋交通圏のタクシー事業者の間で不当な競争や混乱が 引き起こされていることをうかがわせる証拠はない。そうすると,本件申請は,法9 条の3第2項所定の要件を満たしているものと一応認められる。以上によれば,本件申請が特措法の趣旨に抵触するものとは認められないから,相 手方の上記主張は採用できない。オ その他,相手方の主張で当裁判所の前記認定を覆すに足りるものはない。2 本件申請に対する認可がされないことにより生ずる償うことのできない損害を 避けるため緊急の必要性があるか否かについて行政事件訴訟法37条の5第1項の「義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされな いことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある」とは, 仮の義務付けがされないことにより生ずる損害が,事後的な金銭賠償では回復困難で ある場合のみならず,金銭賠償による救済では損害の回復として社会通念上不相当な 場合であって,そのような損害の発生が切迫している状況にあることをいうものと解 される。これを本件についてみると,現在,原認可に係る運賃の実施期間の終期は,平成2 2年11月10日まで延伸されているが,処分行政庁は,同年8月11日付けで,本 件申請を却下しているので,同年11月10日が経過すると,申立人はタクシー事業 を行うことができなくなり,その影響は,法人である申立人の営業活動ができなくな り倒産の危機が現実的になることにとどまらず,その従業員の収入が途絶えることに もつながる。申立人の置かれたこのような状況は,上記の要件に該当すると認められ る。3 本件申請に対する認可を仮に義務付けることにより,公共の福祉に重大な影響 を及ぼすおそれがあるか否かについて相手方は,本件申請に対する認可の仮の義務付けが認められることになると,法9 条の3第2項3号の「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こ すこととなるおそれがないものであること」の要件に抵触するおそれがあり,特措法 を制定した趣旨にも逆行することになりかねず,供給過剰状態を解消するために努力 をしている名古屋交通圏内のタクシー事業者に対して重大な影響を及ぼすばかりか, 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。しかし,本件申請は,原認可により認められた運賃の継続を求めるものであり,そ れを更に引き下げることを求めるものではない。そして,前記のとおり,原認可がさ れて約1年5か月経過したが,申立人が原認可により認められている現行運賃による 営業を継続していることにより,名古屋交通圏のタクシー事業者の間で不当な競争や 混乱が引き起こされていることをうかがわせる証拠はない。そうすると,本件申請に 対する認可を仮に義務付けることにより,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが あると認めることはできない。4 結論
以上によれば,本件申立ては,行政事件訴訟法37条の5第1項,第3項に定める 仮の義務付けの要件を満たしているものということができる。なお,申立人は,無条件の仮の義務付けを求めているところ,本件審査基準によれ ば,自動認可運賃に該当しない運賃申請の場合,認可に係る運賃の実施期間は原則1 年とされているので,本件においても,1年を超えて仮の義務付けを認める必要性は 認められない。また,本案事件の第1審判決が言い渡された場合には,仮の義務付け の当否について改めて判断するのが適当であるから,言渡しの日から起算して30日 を経過した日を超えて,仮の義務付けを継続するのは相当でない。したがって,仮の 義務付けの終期は,原認可の延伸期間の終期である平成22年11月10日から1年 後の平成23年11月10日か,本案事件の第1審判決言渡しの日から起算して30日を経過した日のいずれか早い日までとするのが相当である。
 さらに,本件審査基準によれば,自動認可運賃に該当しない運賃申請の場合,一定の条件を付して認可されることになっており,これを受けて原認可には別紙1記載の 条件が付されているところ,本件において,この条件を除外して仮の義務付けを認め る必要性はないから,同様の条件を付すことにする。よって,本件申立ては,以上の限度で理由があるものとして,主文のとおり決定す る。平成22年11月8日
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官 増 田 稔 裁判官 鳥居俊一 裁判官 杉浦一輝
(別紙1) 認可の条件
1 本認可の内容に違反した場合には,期間を短縮することがある。2 認可の期間中,原認可(平成21年5月20日付け,中運自旅二第107号によ る処分行政庁の認可)で定める別紙の様式による輸送実績等を歴月ごとにとりまと め,翌月の10日までに道路運送法94条1項及び旅客自動車運送事業等報告規則3条に基づく報告として処分行政庁に提出すること。
3 運転者の労働条件の著しい低下につながらないよう配慮すること。4 事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間に係る基準(平成13年国土交通省告示第1675号)に抵触しないこと。
5 以上の条件に違反した場合には,認可を取り消すことがある。
〔以下別紙の添付省略〕
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