事件番号 平成21年(行ウ)第11号 事件名 運転免許取消処分取消請求事件 裁判所名・部 京都地方裁判所第3民事部 判決年月日 平成22年9月7日判決言渡判決要旨
道路交通法72条1項前段の救護義務違反があるとしてされた運転 免許取消処分につき,同義務違反成立の前提となる人を負傷させた ことの認識が認められないとして,同処分及び同処分を前提として された免許を受けることができない期間を指定する処分の取消請求 がいずれも認容された事例判決
主文
1 京都府公安委員会が原告に対して平成21年3月25日付けでした,運転免許を取り消す処分及び同日から2年間を免許を受けることができない期間として指定する処分をいずれも取り消す。
 2 訴訟費用は,被告の負担とする。事実及び理由
第1 請求 主文同旨
第2 事案の概要 本件は,原告が,自らが起こした交通事故において,安全運転義務違反及び救護義務違反があったこと等を理由に,京都府公安委員会(処分行政庁)から, 運転免許の取消処分及び免許を受けることができない期間を指定する処分を受 けたところ,原告の救護義務違反の事実はなかったから上記各処分は違法であ るとして,それらの取消しを求めた事案である。1 関係法令の定め
(1) 平成21年法律第21号による改正前の道路交通法(以下,単に「道交法」 という。)103条1項5号は,免許を受けた者が,自動車等の運転に関し同 法の規定に違反した場合,その者の住所地を管轄する公安委員会は,政令で 定める基準に従い,その者の免許を取り消すことができるとし,平成21年 政令第12号による改正前の道路交通法施行令(以下,単に「道交法施行令」 という。)38条5項1号イは,違反行為をした場合において,当該違反行為 に係る累積点数が同別表第3の第1欄に掲げる区分に応じ,同表第2欄ない し第5欄に掲げる点数に該当したときは,免許を取り消す旨規定する。(2) 道交法施行令別表第2は,その備考欄において,違反行為をし,よって交 通事故を起こした場合には,同別表第2の1による点数に同別表第2の2に よる点数を加えた点数とする旨規定する。(3) 道交法施行令別表第2は,その備考欄において,同法72条1項前段の規 定に違反したときは,上記(2)の合計点数に,同別表第2の3の措置義務違反 の種別に応じた点数を加えた点数とする旨規定する。(4) 道交法103条6項は,公安委員会が,同条1項各号のいずれかに該当す ることを理由として免許を取り消したときは,政令で定める基準に従い,1 年以上5年を超えない範囲内で当該処分を受けた者が免許を受けることがで きない期間を指定するものとし,同法施行令38条6項2号は,同法103 条6項の基準として,同令別表第3の第1欄に掲げる区分に応じ,当該違反 行為に係る累積点数ごとに,免許を受けることができない期間を規定する。2 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認め られる事実)(1) 原告の運転免許
原告は,平成18年3月7日,京都府公安委員会から,中型の自動車運転 免許の交付を受けた(甲1)。(2) 事故の発生
原告は,平成20年6月29日午後8時53分ころ(なお,正確な事故発 生時刻には争いがある。),普通(軽四)乗用自動車(登録番号京都○○○な ○○○○号。以下「本件車両」という。)を運転し,京都府亀岡市a町b番地 2先道路を北東から南西に向かって走行していたところ,同所において,進 路前方左側路側帯上を歩行中のAに,本件車両の左側前部を衝突させ同人を 路上に転倒させ,同人に加療約15日間を要する頭部・右肘・右大腿打撲, 頸椎捻挫の傷害を負わせた(甲2。以下「本件事故」といい,上記事故発生 場所を「本件事故発生場所」という。)。(3) 本件事故に関する刑事事件の経過
ア 京都地方検察庁検察官は,所要の捜査を行った上,平成20年7月17日,原告を自動車運転過失傷害及び道交法違反事実により京都地方裁判所に起訴した(当庁平成○○年(わ)第○○○○号)。
イ 京都地方裁判所は,平成21年2月2日,公訴事実中,自動車運転過失傷害に係る事実を認定し,原告を罰金40万円に処する旨の有罪判決を宣 告したが,道交法違反の点については,犯罪の証明がないとして,原告に 対し,無罪の言渡しをし,同判決は,同月16日の経過をもって確定した (甲2,3)。(4) 行政処分の経過 ア 違反点数の付与
処分行政庁は,本件事故における原告の行為について審査した結果,前 方の注視を怠った義務違反が認められ,道交法70条の安全運転義務の規 定に違反し,そのため本件事故を惹起してAに傷害を負わせ,また,自己 の運転に起因して人に傷害を負わせる交通事故を惹起したにもかかわら ず,直ちに車両の運転を中止して負傷者を救護し,道路における危険を防 止する等必要な措置を講じなかった義務違反が認められ,道交法72条1 項前段の措置義務の規定に違反したものとして,原告に,1道交法施行令別表第2の1に規定する違反行為(安全運転義務違反)に付する基礎点数 として2点,2同表第2の2に規定する傷害事故のうち治療期間が15日 未満であるものによる付加点数として3点,3同表第2の3に規定する違 反行為(措置義務違反)のうち,人の死亡又は傷害に係る交通事故を起こ した場合における道交法72条1項前段の規定に違反する行為(救護義務 違反)による付加点数23点の合計28点が付与されると判断した。原告 には,本件事故から過去3年以内には処分前歴がなかったが,これにより 原告の累積点数は28点となり,道交法103条1項5号,同法施行令3 8条5項1号イ及び同令別表第3により,運転免許取消処分に該当すると ともに,道交法103条6項,同法施行令38条6項2号により免許を受 けることができない期間は,2年となった。
 (以上について,乙34,55)イ 運転免許取消処分等 処分行政庁は,道交法104条の定めるところにより,平成20年8月21日及び平成21年3月12日,原告の意見聴取を行い,その上で審査 した結果,上記ア3の救護義務違反の点について,1人を撥ねた認識が少 なくとも未必的にあったと認められること,2停止をして確認をする義務 を怠っており,道路交通に対する将来における危険性が大きいことなどか ら,上記アのとおり違反点数を付与することとし,同月25日,原告に対 し,免許を取り消す処分をするとともに,同日から2年間を免許を受ける ことができない期間として指定する処分(以下,両処分を併せて「本件各 処分」という。)を行い,処分書を交付した(甲1,乙34~36)。(5) 提訴 原告は,平成21年3月25日,本件各処分がされたことを知り,同年4月9日,本件訴えを提起した。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,本件各処分の違法性の有無であり,具体的には,本件各処分 の理由となった原告の救護義務違反(人に傷害を負わせたことの認識)の有無 である。(被告の主張) 以下の事実から,原告には,本件事故の際,人に傷害を負わせたことの未必的な認識があったといえるから,救護義務違反がある。
(1) 本件事故発生場所が歩行者の通行が想定される時間・場所であり,原告もそれを把握していたこと
ア 本件事故の発生日時は,平成20年6月29日午後8時53分ころであり,日没からさほど時間が経過しておらず,様々な歩行者の通行が想定さ れる時間帯であり,本件事故発生場所付近は,亀岡市下において居住者が 多い地域であって,人の通行が想定され得ない場所ではなかった。イ 原告は,日常的に本件事故発生場所を通行しており,本件事故発生当時, 上記アのような本件事故発生場所付近の状況を把握していた。ウ したがって,原告は,本件事故発生当時,本件事故発生場所に人がいる ことを予見し得た。(2) 本件事故による衝撃の程度及び衝突音は相当大きかったことア Aの転倒していた地点から,本件事故においては,本件車両とAとの間 には,少なくとも時速約30kmの速度差が算出でき,この場合の衝撃の大 きさは,Aの体重を40kgとすれば,水を満タンにした灯油用ポリタンク 2個分を,建物2階ないし3階程度の高さから落下させた場合における地面への衝突時の衝撃に等しい。
イ 本件車両の左前フェンダーは,最も強度が高いと考えられる,鋼板の面に対して平行方向の外力によってシワ状に変形しており,本件事故の衝突による衝撃は大きかった。
ウ 本件事故により,屋内にいた者を含む付近に所在した者が,その音を聞きつけて駆けつけるほど大きな音が発生した。
エ したがって,本件車両内にいた原告にも,本件事故により,相当大きな衝撃や衝突音が伝わったはずであり,人を撥ねたことを想起したはずである。
(3) 本件事故直前の原告の体勢からも衝突した対象物を確認するのが自然であること 原告は,本件事故直前,助手席の足下に落ちたペットボトルを拾おうと,上体を助手席の方へ傾け,その方向へ脇見をしており,衝突により,本件車 両の左前方に衝突音が聞こえたのであるから,衝突音により,衝突したのは 車体の左側であることを認識し,車両の左前部に視線をやり,その対象が判 別しなければ,視線は車両後方へ向くことにより,衝突の対象物を確認して いたとみるのが自然である。(4) 原告が本件事故後に本件車両を加速させたこと
ア 原告は,本件事故後,本件事故発生場所に停止せず,本件車両の速度を時速約40kmから平均時速80km以上に意図的に加速し,本件事故発生場所から逃走した。
イ これは,原告が,人身事故という,発生した結果の重大性を認識し,故意に停止しなかったものである。
(5) 原告が本件事故後本件車両を走行させながら電話をしていたこと原告は,本件事故後,本件車両を走行させながら,本件車両を購入した自 動車販売会社を経営し私的交際もしているBに本件車両の修理に関する電話 をかけているが,数分後には帰宅できる位置にいたにもかかわらず,破損部 位の確認もせず,危険を顧みずに走行しながら電話したことは,原告に強い 逃走願望,車両修理の願望があったことの現れであり,原告に人身事故の認 識があったことの証左である。(原告の主張)
以下の事実からすれば,原告には,本件事故の際,人に傷害を負わせたこと の認識はなかったといえ,救護義務違反はない。(1) 原告は,本件事故発生前後に,人が本件事故発生場所にいることを認識・予見できる状況になかったこと
ア 原告は,本件事故発生直前,本件車両の助手席の床に落ちたペットボトル拾うために体をかがめていたため,前方の視界はかなり制限されており,Aを認識できる体勢ではなかった。
イ Aが本件事故後に倒れた場所は,道路に面した建物の敷地内であり,本件車両が通過後にルームミラーを確認しても,建物に隠れてしまう位置であった。
ウ 本件事故発生場所は周囲に田園が広がる非市街地で暗く,原告は,過去に数回,本件事故発生場所を通過したことがあったが,歩行者がいるのを見たことはなかった。
エ したがって,原告は,本件事故発生前後に,人が本件事故発生場所にいることを認識・予見し得ず,人に傷害を負わせたことも認識し得なかった。
 (2) 本件車両が,本件事故前後で,全く減速・停止せず,原告は衝突した対象物や本件車両の損傷について全く確認していないこと
ア 原告は,本件事故の衝突前後で,全く減速していない。
イ 原告は,本件事故の衝突後,衝突の対象物が何かを全く確認しておらず,事故直後に本件車両の損傷を全く確認していない。
ウ 上記の原告の行動は,原告が人を撥ねた可能性について全く気にしていなかったことによるものである。
(3) 原告が感じた本件事故による衝撃は大きいものではなかったことア 本件事故により,Aは全く骨折することなく数メートル撥ね飛ばされた にすぎず,本件車両も左ミラーのカバーと鏡がはずれ車体左前部が僅かに へこんだにすぎない。また,本件事故により,本件車両の車内にあったかごが床に落下したり, MDが飛び出したりはしなかった。さらに,原告は,本件事故直後も,つかんだペットボトルを落とすこと なく,ハンドル操作を乱すこともなかった。イ 原告は,本件事故当時,ペットボトルを拾うために,シートの背もたれ から体が離れた状態であったため,事故による衝撃を直接には受けなかっ た。ウ したがって,原告は,本件事故によって,人に衝突したことを疑うほど 大きな衝撃を感じたわけではなかった。(4) 本件事故の衝突音は人を撥ねたことを想起させるものではなく,大きいも のではなかった上,原告は車外の音を聞き取るのが困難な状況であったこと ア 本件事故の衝突音は,周辺住民には,植木鉢に車がぶつかった音やシャッターの音のように聞こえ,人身事故を想起させるものではなかった上,限られた者しか気付かない程度の大きさであった。
イ 原告は,本件事故当時,本件車両の窓を閉め切り,車内で音楽を聴いており,車外の音を聞き取るのが困難な状況であった。
ウ したがって,原告は,本件事故による衝突音から,人を撥ねたことを想起することはできなかった。
(5) 本件事故後の原告の行動は,人を撥ねたことないしその可能性を認識している者の行動とはいい難いこと
ア 原告は,本件事故直後,かねてから実家の農業について相談していたCに電話をかけ,実家の稲の様子を見に来てほしい旨留守電に入れ,その後,Bに電話し,本件車両のドアミラーの修理金額について問い合わせた。
 イ 原告は,自宅に帰宅後,いつもどおり,本件車両の前部を道路側に向け て駐車スペースに駐車し,帰宅後も,本件車両の左前部の損傷に気付いていなかった。
ウ 原告は,自宅に帰宅後,叔母であるDに電話をかけ,見合いの話を断っ た。エ 上記の原告の行動は,原告が人を撥ねた可能性について全く気にしてい なかったことによるものである。(6) 本件事故後,警察官から本件事故が人身事故であることを伝えられた際, 原告が動揺したことア 原告は,本件事故当日,帰宅後,自宅を訪問した警察官から人身事故があったことを聞かされ,その場で泣き崩れた。
イ これは,原告が,上記アの時点で初めて,本件事故が人身事故であることを認識したためである。
 第3 当裁判所の判断
1 認定事実 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,平成20年6月29日,京都市内のアルバイト先での勤務を終えた後,午後6時30分ころから,JR二条駅付近で,かねてから実家で営む 農業について相談していたCと会い,午後7時20分ころまで農業のことな どを相談し,その後同人と別れ,京都府南丹市内の自宅に帰宅するため,J R山陰線を利用して,午後8時ころ,JR千代川駅まで戻った。原告は,同駅で降りた後,同駅付近の契約ガレージに駐車してある自己所 有の軽四輪乗用自動車(本件車両)の運転を開始し,自宅へ向かう途中,食 料品等を購入するため,京都府亀岡市c町d番地1所在のコンビニエンスス トア,セブンイレブンe店に立ち寄った。原告は,午後8時47分ころ,同店において食料品及び350cc入りの 発泡酒1缶を購入し,直後に同店駐車場で上記発泡酒を半分ほど飲んでから, 本件車両の運転を開始し,自宅へ向かった。(以上について,乙23,26,29,44,54)
(2) 原告は,コンビニエンスストアを出発した後,国道372号を西進し,市道f線との交差点(以下「f交差点」という。)を左折し,市道f線に入った。
 市道f線のf交差点から本件事故発生場所までの路上は,見通しのよい直線 道路となっているが,夜間は沿道に照明が少ないため,暗い。市道f線は,幅員7.35mの片側1車線のアスファルト舗装がされた道 路であり,北西側には幅員約0.95m,南東側には幅員約0.8mの路側 帯が設けられている。同線の市道g線から国道372号線までの間は,京都府公安委員会により, 最高速度時速40kmの交通規制がされている。本件事故発生場所の北西側には,食料品等を販売する「h」の看板を掲げ たE経営に係る商店及び同人の住居があり,同店の上記看板は照明付きであ るが,遅くとも同店の閉店時間である午後7時30分には消灯されている。 なお,同所南西側は,北側にある青空ヶ丘団地への出入口となる道路が市道 f線と交差しており,信号機のないT字型交差点となっている。本件事故発生場所の南東側には,「i」との看板を掲げた建物があるが,同 建物には照明がない。 (以上について,甲6,乙1,7,20,29,45,74)(3) 原告は,f交差点を左折した際,反動で,本件車両の助手席の上に置いて いたお茶の入ったペットボトルが助手席の床に落下したため,右手のみでハ ンドルを握った状態で,上半身を左に傾け,左手を伸ばして手探りで上記ペ ットボトルを探し始め,本件事故発生場所の手前約66.3mの地点から, ちらちらと前方を見ながらの運転となったが,本件車両を停止させることは せず,時速約40km程度の速度で本件車両を南西方向へ走行させた。他方,Aは,平成20年6月29日午後8時49分ころ,自己が稼働する 旅館の従業員寮の最寄りのコンビニエンスストアでf交差点にあるローソンj店において買い物を済ませた後,購入した食料品等が入った白色のビニー ル袋を持ち,市道f線の南東側の路側帯を歩いて上記従業員寮へ戻る途中, 午後8時53分ころ(なお,正確な時刻には争いがある。),本件事故発生場 所に差し掛かった。なお,Aの当時の服装は,上衣が白色のポロシャツであ り,下衣が青色のオーバーオールタイプのジーパンであった。 (以上について,甲4,16,乙1,8,15,16,29,30,63~ 65)(4) 原告は,平成20年6月29日午後8時53分ころ(正確な時刻には争い がある。),本件事故発生場所において,当時同所南側路側帯内を原告と同じ く西向きに歩行中であったAに対して,背後から本件車両の左前部と左側ド アミラーを衝突させる本件事故を惹起した。Aは,上記衝突により,上記「i」 との看板を掲げた建物の敷地内に撥ね飛ばされて倒れた。原告は,上記衝突 により,衝撃を受けるとともに,衝突音を聞いたが,停止して確認すること なく,本件事故発生場所を走り去った。Aは,本件事故により,約5日間の入院加療を要し,退院後も約10日間 の加療を要する,頭部・右肘・右大腿部打撲,頸椎捻挫の傷害を負った。本件車両は,本件事故により,左前部フェンダーが若干凹むとともに,左 ドアミラーカバー,左ドアミラーガラスが脱落した。 (以上について,甲16,乙1~3,6~11,29,30)(5) Fは,普通乗用自動車を運転して国道372号線からf交差点を左折して 市道f線に入ったところ,偶然本件車両の後方を走行することとなった。Fは,本件車両の後方を走行していたが,衝突音を聞き,Aが撥ね飛ばさ れるのを見て,本件事故の発生に気付き,本件車両が停止することなく本件 事故発生場所を走り去ったため,ひき逃げであると考え,本件車両の後を追 った。Fは,本件車両を追跡していたが,本件車両が停まる様子がなかったので,本件車両のナンバーを確認することにし,本件事故発生場所から約700m 走行した地点で,本件車両に接近したため,ライトをハイビームにして本件 車両のナンバーを確認し,その後,Aの安否を確認するため,本件事故発生 場所に引き返した。(以上について,甲13,乙4,5)
(6) 原告は,本件事故発生場所から約900m離れた地点で,本件車両の左側ドアミラーが破損しているのを確認したが,本件車両を停止させることなく 走行を続け,平成20年6月29日午後8時57分ころ(正確には,午後8 時56分54秒),同地点からさらに約4.9km離れた府道k線との交差点で 信号待ちをした際に,携帯電話でCに電話をかけたが,つながらずに留守番 電話に接続されたので,翌30日に実家の稲を見に来てほしい旨のメッセー ジを残した。原告は,その後,本件車両の販売元を経営するBに携帯電話で電話をかけ たがつながらず,自宅へ向かっていたところ,自宅に着く前の午後9時4分 ころ,Bから電話があり,同人に対し,本件車両の左側ドアミラーが破損し たがその修理にどのくらいの費用がかかるか尋ねた。これに対し,Bは,破 損部分にもよるが2万円程度はかかる旨答えた。原告は,自宅に着くと,原告宅にあるシャッター付きのガレージではなく, 自宅の道路に面した駐車スペースに,本件車両を前部が道路側に向く状態で 駐車した。
 (以上について,甲9,10,16,乙18,25,26,33,46,48~50)
(7) 原告は,自宅に戻ると,離れにある自室に直行し,そこで上記(1)で半分ほど飲んだ発泡酒の残りを飲み干し,それから母屋にある居間に行き,叔母 であるDから紹介された見合い相手に関する相談を母親とした後,Dに電話 し,紹介された見合いは断りたいと伝えた。他方,京都府亀岡警察署地域課に属する警察官G及びH(以下,両名を併 せて「地域課警察官ら」という。)は,平成20年6月29日午後9時40分 ころ,原告宅駐車スペースに,前部を道路側に駐車してある本件車両を発見 し,原告宅を訪問したところ,母親が対応した。地域課警察官らは,母親に対し,管内でひき逃げ事故があったこと,Fの 供述から犯行車両と本件車両のナンバー等が一致することなどを説明し,母 親とともに本件車両の破損状況を確認した後,直接原告から事情を聴取すべ く,当時Dと電話中であった原告を呼んでくるよう母親に依頼した。原告は,母親から電話を切り玄関先に来るように指示されたため,Dとの 通話を中断し,玄関先に出てきた。地域課警察官らは,原告に対し,管内でひき逃げ事件があったこと,Fの 見たナンバーと本件車両のナンバーが一致することなどを伝え,ドアミラー の破損の原因などについて事情聴取をした。その際,地域課警察官らは,原 告に対し,当該事故が人身事故であったことを伝えた上で,事情聴取を続け ていたが,原告はその途中で,人だと思わなかったと述べてしゃがみ込むな どした。(以上について,甲7,14~16,乙27,33,56)
2 原告の救護義務違反(人に傷害を負わせたことの認識)の有無の検討(1) 道交法72条1項前段の負傷者を救護する義務に違反したというために は,その前提として,人身傷害の事実の認識が必要であるところ,かかる認 識については,必ずしも確定的な認識であることを要せず,未必的な認識が あれば足りると解される。(2) そして,走行する車両を人に衝突させたことの未必的な認識が認められれ ば,人身傷害の未必的な認識があるというべきであるから,本件車両がAに 衝突した直後の時点で,原告が,本件車両が人に衝突したことの未必的認識 を有していたといえるかについて検討する。ア 本件事故発生前後の状況について
(ア) まず,本件事故発生前後の本件事故発生場所の状況についてみると,正確な時刻については争いがあるものの,本件事故が発生したのは平成 20年6月29日の午後8時53分ころで,既に夜間といえる時間帯で あり,f交差点から本件事故発生場所までは直線道路で見通しはよいも のの,沿道の照明は少なく,かつ,本件事故発生場所の北側に位置する E経営に係る商店の看板の照明も午後7時30分には消灯されており, 本件事故発生前後の本件事故発生場所はほとんど照明のない暗さであっ た(上記1(2))。また,本件事故による衝突により,Aは,「i」との看 板を掲げた建物の敷地内に撥ね飛ばされて倒れた(上記1(4))が,その 際,頭部を同敷地の奥に向けて倒れ(乙7),本件事故発生場所を車両で 通過した後にバックミラー等により人が上記敷地内に倒れているのを発 見することは困難な状況であった。次に,原告の本件事故発生前後の状況についてみると,原告は,本件 事故発生前の午後8時47分ころ,350cc入りの発泡酒を半分ほど 飲んでいたこと(上記1(1))に加え,f交差点を左折した直後から,助 手席の床に落下したペットボトルを拾おうとして上半身を左前に傾けた こと(上記1(3))により,進路前方の視野が著しく狭いものとなり,か かる状況でちらちらと前方を見ながら本件車両を運転し(上記1(3)), 視線が時折前方から外れることがあった。また,原告は,本件事故の衝 突による衝撃を受けて視線を前方に戻したところ,本件車両が路側帯の 白線を跨ぐか跨ぎそうな状況で道路の左端一杯の部分を走行していたこ とから,慌ててハンドルを右に切り,元の進路上に本件車両を戻す(乙 30)などしていたため,本件事故発生場所を通過した後も,原告がバ ックミラー等により後方を確認することは困難な状況であった。以上の本件事故発生前後の本件事故発生場所の客観的状況及び原告が置かれた具体的状況からすれば,原告が,本件事故発生の直後に本件車 両を人に衝突させたことを認識することは著しく困難であったと認めら れる。(イ) これに対し,被告は,本件事故発生場所が人の通行が想定され得な い場所ではなく,本件事故は人や車の通行がないと判断される時間に発 生したものでもなく,原告は,日常的に本件事故発生場所を通行し,上 記のような本件事故発生場所付近の地域状況を把握していたから,人と 衝突したことの未必的認識があった旨主張する。しかしながら,救護義務違反の成立の前提となる人に車両を衝突させ たことの未必的認識があるというためには,少なくとも人と衝突した可 能性の認識が必要であるところ,被告が指摘する本件事故の発生場所及 び時間帯に関する事情は,本件事故発生前後に本件事故発生場所に人が いることを認識していた可能性を示す事情にすぎず,それらの事情を直 ちに人と衝突したことの未必的認識の根拠とすることはできない上,証 拠(甲16)によれば,本件事故発生場所は原告の通勤経路にないこと が認められ,原告が日常的に本件事故発生場所を通行していたともいえ ないから,被告の上記主張は採用できない。(ウ) また,被告は,原告が本件事故直前にペットボトルを拾おうと上体 を助手席の方へ傾け前方不注視となっていたことを前提として,衝突の 瞬間,本件車両の左前方に衝突音が聞こえたのであるから,衝突音によ って衝突したのは車体の左側であることを認識し,車両の左前部へ視線 を向け,その対象が判別し得なければ,車両の左後方へ向くのが自然で あるから,衝突の対象物の確認をしていたはずである旨主張する。しかしながら,上記(ア)のとおり,原告は,本件事故の衝突による衝 撃を受けて視線を前方に戻したところ,本件車両が路側帯の白線を跨ぐ か跨ぎそうな状況で道路の左端一杯の部分を走行していたことから,慌ててハンドルを右に切り,元の進路上に本件車両を戻すなどしていたの であり,かかる状況で視線を本件車両の左側や左後方へ向けることが自 然であるということはできないから,被告の上記主張は採用できない。イ 本件事故後の原告の行動について
(ア) 本件事故直後の原告の行動をみると,原告は,本件事故による衝突後,衝撃を感じたものの,停止することなく本件事故発生場所を通過し ているが(上記1(4)),上記ア(ア)の原告が置かれた状況からすれば, これが,本件事故直後,原告が前方に視線を戻した際,本件車両が車線 の左端に大きく寄って走行しており,沿道にある何らかのものに接触し たにすぎないと考えたことによるとみるのも不自然・不合理とはいえな い。次に,原告は,本件事故の約4分後,本件事故発生場所から約5.8 km離れた地点で信号待ちをした際に,Cの留守番電話に,翌日に実家の 稲を見に来てほしい旨のメッセージを残している(上記1(6))が,人と 衝突したこと又はその可能性を認識した者があえて上記のような行動を とることは,通常では考え難い。また,原告は,自宅に着いた際,原告宅にあるシャッター付きのガレ ージではなく,自宅の道路に面した駐車スペースに,本件車両を前部が 道路に向く状態で駐車した(上記1(6))が,これも,人と衝突したこと 又はその可能性を認識した者の行動としては不自然といわざるを得な い。さらに,原告は,自宅に戻った後,Dから紹介された見合い相手に関 する相談を母親とした後,Dに電話し,紹介された見合いを断りたいと 伝えている(上記1(7))が,人と衝突したこと又はその可能性を認識し ている者が,上記のような行動をとる必要性も合理性も認められない。以上の本件事故発生後の原告の行動にかんがみれば,原告が,人に衝突したこと又はその可能性を未必的にも認識していなかったと認めるのが合理的である。
(イ) これに対し,被告は,原告が,本件事故発生直後に停止確認を行わなかった事実は,発生した結果の重大性を認識し,故意に停止しなかっ たことを強く窺わせるものである旨主張する。しかしながら,上記ア(ア)のように原告が衝突の対象物を認識するの が著しく困難な状況にあったこと,本件事故発生直後に原告が視線を前 方に戻した際,本件車両が道路の左端に寄っていたことも併せ考えれば, 原告の上記の行動は,原告が,人と衝突したことを認識し,慌ててその 場を去ろうとしたというよりは,本件車両が沿道の何らかの構造物に接 触したかもしれないという程度の認識しか有しておらず,事態を重くみ ていなかったことによるとみるのが自然である。また,被告は,原告が本件事故発生直前に発泡酒を350ccの半分 くらい飲んだこと(上記1(1))が救護義務違反の動機になったとし,人 を撥ねたという認識があったからこそ,救護等の措置を講ずれば飲酒運 転が発覚することを恐れ,当該措置を採らなかったと評価すべきである 旨主張するところ,飲酒運転の発覚の防止は,必ずしも人身事故を惹起 した場合に限られず,物損事故を起こした場合にも停止確認をしないこ との動機となり得るものであるから,動機の点をもって人を撥ねたとい う認識に結びつけるのは無理がある。(ウ) 被告は,上記(ア)のCの留守番電話への伝言について,原告が,上 記伝言の前に,追跡されていると自覚していたFの車両を振り切り,安 堵したために電話をかけたものであって,これを消極要素とみることは できない旨主張する。しかしながら,同主張は,原告がFにひき逃げを目撃され追跡されて いたこと,さらには原告がひき逃げの事実を認識していたことを前提としている点で既に相当でない上,当該伝言の内容が実家の稲を見に来て ほしいというものであり,かかる内容を留守番電話にメッセージを残し てまで伝えようとする行動自体,人と衝突したこと又はその可能性を認 識していた者の事故当日の行動としては不自然であって,被告の上記主 張は採用できない。この点について,被告はさらに,上記Cへの電話の本来の趣旨は,事 故を起こし,関係の深い男性に助けに来てほしい旨であったものの,留 守番電話に録音記録として残ることを恐れて,咄嗟に稲の様子を見るた めという理由付けをしたと考えることもできる旨主張するが,そのよう に考えたのであればあえて留守番電話にメッセージを残すことなく電話 をかけ直せば足りるのであり,上記のような行動をとる合理的な理由は 見出し難いから,同主張も理由がない。(エ) 被告は,原告が,本件事故後,本件車両を走行させながらBに本件 車両の修理に関する電話をかけていることが,原告に強い逃走願望,車 両修理の願望があったことの現れであり,原告に人身事故の認識があっ たことの証左である旨主張する。しかしながら,車両を走行させながら電話すること自体は,交通事故 を惹起した者のみに見られる行動とはいい難い。また,電話の内容が本 件車両の修理に関するものであったことは,原告に車両修理の願望があ ったことを推認させる事情とはいえるが,かかる願望は物損事故の場合 にも等しくみられるものであるから,それが直ちに人身傷害又はその可 能性の認識に結びつくものとはいえない。(オ) 被告は,原告が帰宅後にDに対して自己の見合い話を断る電話をか けていることが,自己が人身傷害に関与していないことを装うための工 作ないし犯行を隠滅する所作ともうかがえる旨主張する。しかしながら,人身傷害又はその可能性を認識している者が,事故発生当日に,自己の見合い話を断るという形で工作を行おうと考えること 自体が不自然である上,上記(ア)のとおり,上記の電話は,Dから紹介 された見合い相手に関して母親と相談した結果,Dにかけることになっ たものであり,当初から原告が予定していたものでないことからしても, 被告の上記主張は採用できない。(カ) 被告は,人身事故の加害者が,たとえ人身事故を惹起したとの認識 を有していたとしても,事故現場からの逃走を図った後,直ちに加害車 両を隠匿するとは限らないことは過去の統計から明らかであり,これは, 事故を起こした動揺から,犯行の発覚と警察の追及を免れるために事故 現場から逃走し,自宅に着いた後,とりあえず逃走に成功したとして安 心し,慎重な罪障隠滅まで図らない運転者が一定程度存在することを示 すものであるから,原告が本件車両をシャッター付きの車庫ではなく自 宅横に外部からの視認が可能な状態で駐車したことをもって,人身事故 又はその可能性の認識の消極的事情とみるのは相当でない旨主張する。しかしながら,自宅に,本件車両を道路から見えない形で駐車できる シャッター付きの車庫があるにもかかわらず,あえてそれを利用せず, 路上から見える駐車スペースに,車両の損傷部分を道路に向ける形で駐 車する行為は,人身傷害又はその可能性の認識を有する者の事故当日の 行動としては不自然・不合理といわざるを得ず,被告の上記主張も採用 できない。(キ) 被告は,原告が帰宅後,訪問した地域課警察官らから人身事故につ いて伝えられた際,人だと思わなかったと述べてしゃがみ込んだこと(上 記1(7))について,原告に,事故発生の事実及び未必的に人を撥ねたこ との認識があったからこそ,人身事故発生に関する確定的な事実を告げ られて,すぐに現実を受け容れることができたため,その場で泣き崩れ たと評価すべきである旨主張する。しかしながら,原告の上記の行動は,むしろ,原告が,本件車両が沿 道の何らかの構造物に接触したことの認識しか有しておらず,人身事故 であることを告げられて衝撃を受けたことによるとみるのが自然であ り,被告の上記主張も採用できない。ウ 本件事故の衝突による衝撃及び衝突音について (ア) 本件事故の衝突による衝撃について被告は,本件事故による衝突当時の本件車両とAの速度差及び本件車 両の損壊状況から,本件事故の衝突による衝撃は相当大きく,それを原 告も感じた以上,それにより人に衝突したことを認識したはずである旨 主張する。証拠(乙4,6,16)によれば,本件事故の衝突により,Aが少な くとも数m左前方に撥ね飛ばされたこと,本件車両の左前部にシワ状の 浅い凹みが生じたことが認められ,本件車両の左前部が相当程度の物理 的な衝撃を受けたことが認められるが,上記1(3)のとおり,原告は,本 件事故当時,ペットボトルを拾おうとしていたため,右手のみでハンド ル操作をしていたところ,上記ア(ア)のとおり,本件事故の衝撃を感じ て視線を前方に戻し,ハンドル操作を行って,道路左端に寄っていた本 件車両を元の進路上に戻すことができたのであるから,上記衝突による 衝撃は,原告がハンドル操作を乱すほど強度のものではなかったことが 認められる。そして,本件事故の衝突により,上記のとおりある程度の衝撃を原告 が感じ取ったとしても,そのような衝撃は,車両が沿道の構造物に衝突, 接触した場合にも生じ得るものであることから,原告がある程度の衝撃 を体感したことのみをもって,人身傷害又はその可能性を認識したと認 めることはできず,被告の上記主張は採用できない。(イ) 本件事故の衝突音について
被告は,本件事故により,屋内にいた者を含む付近に所在した者がそ の音を聞きつけて駆けつけるほどの大きな音が発生したから,本件車両 内にいた原告にも衝突音が伝わったはずであり,それにより人に衝突し たことを認識したはずである旨主張する。証拠(乙7,53)によれば,本件事故の衝突により「ガシャーン」 という音が,本件事故発生場所に面するE方のみならず,E方よりも本 件事故発生場所から離れているI方の屋内にまで届いていたことが認め られ,その音は相当大きかったといえるが,上記証拠によれば,Eは, 当該衝突音を「店の前に並べている植木鉢に車がぶつかったのではない か」と考え,Iもそれを「シャッターの音」のように感じ事故だとは思 わなかったというのである。かかる事実からすれば,本件事故の衝突音 が人身傷害を想起させる衝突音であったということはできず,原告が, 本件事故当時,本件車両のカーステレオで音楽を聴いていたこと(甲1 6)も併せ考えると,本件車両内にいた原告が,衝突音から人身傷害又 はその可能性を認識したと認めることはできず,被告の上記主張は採用 できない。エ 本件事故発生後の本件車両の走行速度について
(ア) 被告は,原告が,平成20年6月29日午後8時53分ころに本件事故を惹起した後,午後8時57分ころに,本件事故発生場所から約5. 8km離れた府道k線との交差点においてCに電話をかけていることか ら,約4分間の間に約5.8km走行しており,その間の平均時速は,本 件事故発生前の走行速度である時速40kmを相当上回る時速76km以上 であり,これは,原告が,本件事故による人身傷害の事実を認識し,本 件事故発生場所から逃走するために高速度で走行したものである旨主張 する。(イ) まず,本件事故の発生時刻について検討すると,原告は,平成20年6月29日午後8時47分ころ(正確には8時47分26秒。乙44), コンビニエンスストアで食料品等を購入し,直後に同店駐車場で発泡酒 を半分ほど飲んでから同店を出発し(上記1(1)),他方,Aは,午後8 時49分ころf交差点にあるコンビニエンスストアで買い物を済ませ市 道f線を従業員寮に向かって歩行していた(上記1(3))。また,Fは, 本件事故発生後本件車両を追跡し,本件事故発生場所から約700m離 れた地点で本件車両のナンバーを確認した後,Aの安否を確認するため 本件事故発生場所へ引き返し(上記1(5)),本件事故発生場所に着くと, Aに声をかけるなどして安否を確認した後,自己の携帯電話で110番 通報をしている(乙5)ところ,証拠(乙58)によれば,Fからの1 10番通報の受信時刻は午後8時56分ころであったことが認められ る。本件事故の発生時刻は,原告が運転する本件車両とAがいずれも本件 事故発生場所に差し掛かった時刻であるところ,以上の事実に加え,原 告が立ち寄った上記コンビニエンスストアから本件事故発生場所までの 距離が約2.6kmであること,原告がその間時速約40kmで走行してい たこと,Aが立ち寄った上記コンビニエンスストアから本件事故発生場 所までの距離が約220mで,Aが同距離を徒歩で移動していたこと(以 上につき乙63)などを考慮すると,本件事故の発生時刻は,午後8時 52分から53分までの間ころと推定されるが,それ以上に厳密に本件 事故の発生日時を特定することは困難といわざるを得ない。(ウ) 次に,原告が本件事故後Cに携帯電話で電話をかけるまでの本件車 両の走行速度についてみると,本件事故発生場所から原告がCに電話を かけた府道k線との交差点までの距離が約5.8kmであること,原告が Cに電話をかけた時刻が平成20年6月29日午後8時57分ころ(正 確には午後8時56分54秒)であることから,上記のとおり推定される本件事故発生時刻を踏まえると,本件車両は,本件事故発生後の4~ 5分の間に,約5.8km進行したことになるが,計算上,その間の平均 時速は,その所要時間を4分とすれば時速約87kmとなり,その所要時 間を5分とすれば時速約70kmとなる。そして,上記(イ)のとおり,本 件事故の正確な発生時刻を上記以上に特定することはできないから,結 局,原告の,本件事故後の正確な走行速度を算出することはできない。(エ) 上記(ウ)によると,本件事故後原告は時速約70km以上で走行して いたことになり,被告は,かかる高速走行の事実は,原告が本件事故に よる人身傷害又はその可能性を認識し,本件事故発生場所から逃走すべ く加速したものであって,同事実は,原告が人に衝突したのではないか と考えていたことを推認するに十分である旨主張し,この点は被告の主 張にも一定程度合理性があるといえるが,制限時速40kmの道路におけ る原告の通常の走行速度につき,刑事事件の公判廷では時速50km前後 と供述するものの(甲16),必ずしも明らかでないうえ,上記イ記載の 高速走行後の原告の行動との整合性もなく,上記高速走行の点のみを根 拠に,原告が本件車両が人に衝突したこと又はその可能性を認識してい たという蓋然性があるとはいえない。オ 以上のア~ウの諸事実に照らすと,上記エの点を考慮しても,本件車両 がAに衝突した直後の時点で,原告が,本件車両が人に衝突したことの未 必的認識を有していたということはできない。(3) また,前記前提事実記載のとおり,本件事故について,原告は道交法違反 の公訴事実で起訴されたものの,京都地方裁判所はその点について犯罪の証 明がないとして無罪の言渡しをし,京都地方検察庁検察官は,同判決に対し 控訴を提起せず,同判決が確定したことが認められるところ,同事実は,刑 事事件の第一審の審理を終えた段階で,補充捜査をしてもなお原告の救護義 務違反の故意を十分に証明できない事案であるという検察官の認識を示したものと解するのが相当である。
(4) 以上検討したとおり,原告に,本件事故について,人身傷害又はその可能性の認識があったとは認められず,原告の救護義務違反の事実は認められない。
3 行政処分と刑事処分の関係に関する被告の主張について
被告は,道交法に基づく運転免許の取消処分は,将来における道路交通の危 険を防止し,交通の安全と円滑を図るために,危険性のある者を道路交通の場 から排除する目的に照らし,迅速性を必要とし,多数の対象を短期間に処理し なければならない運転免許行政事務の性質からして,処分対象の客観的,形式 的,外観的状態を重視して処分を決定する点で,処分対象の主観的,実質的, 内面的証拠の詳細を重視する刑事裁判と大きな差異がある上,刑事訴訟では, 刑罰権の行使という人権に関わる問題に関し,犯罪事実を認定するために必要 な心証として合理的な疑いを超える程度の確信が必要とされるのに対し,行政 事件訴訟を含む民事訴訟においては反対の可能性が全くないという絶対的確信 である必要はなく,当該事実が存在する高度の蓋然性を有するという程度の心 証で足りるとし,本件では,原告が人身傷害又はその可能性を認識していた事 実が高度の蓋然性をもって認められる旨主張する。しかしながら,上記のような行政処分と刑事裁判との差異は,そのいずれか の結果が他の一方の結果に影響を及ぼすものではないことを導き得るものでは あるが,道交法117条の罰則の構成要件となる同法72条前段と同じ要件を 運転免許取消処分の1つの要件としている以上,その意味は同じであるという ほかないし,刑事訴訟と民事訴訟とで事実認定に要求される心証の程度が上記 のように異なるとしても,上記で認定,説示したところによれば,原告が人身 傷害又はその可能性を認識していた事実が高度の蓋然性をもって認められると はいえない。たしかに,上記認定によれば,原告は,人身事故を起こしたこと に気づかない鈍感さを持つ一方,飲酒運転はいうまでもなく,停止はもとより減速さえせずに,ほとんど前方が見えなくても助手席の足下に落ちたペットボ トルを拾おうとしたり,制限時速40kmの照明の少ない道路を夜間に時速70 kmで走ったりするという自動車運転の危険性への無自覚さを持つ運転者である といえ,かかる運転による道路交通の危険は明らかであるともいえるが,その ような運転者を道路交通の場から排除しようとすることは,新たに法律や政令 を制定する際の1つの方向の指針とはなり得ても,既に制定された道交法,そ の委任を受けた同法施行令を解釈する基準とはしないのが法治主義である。そ うすると,いずれにしても被告の主張は理由がない。4 本件各処分の検討 以上によれば,原告には,道交法72条1項前段の救護義務違反があるとは認められず,本件事故による付加点数23点は付加されないことになる。そう すると,本件各処分時における原告の違反点数は,1安全運転義務違反に付す る基礎点数2点,2傷害事故のうち治療期間が15日未満であるものによる付 加点数3点のほかは,3道交法施行令別表第2の3に規定する違反行為(措置 義務違反)による付加点数を付与し得るとしても,物の損壊に係る交通事故を 起こした場合における道交法72条1項前段の規定に違反する行為による付加 点数5点の合計10点であり,道交法103条1項5号,同法施行令38条5 項1号イ及び同令別表第3の運転免許を取り消す基準に該当せず,同法103 条6項により免許を受けることができない期間を指定することができないこと は明らかであるから,本件各処分はいずれも違法であり,取消しを免れない。5 結論 以上のとおり,本件各処分はいずれも取り消されるべきであり,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
 京都地方裁判所第3民事部裁判長裁判官 瀧華聡之
裁判官 奥野寿則
裁判官 高橋正典
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