平成21年(行ウ)第29号 愛知県の行政委員に対する報酬差止請求事件 判決主文
1 本件訴えのうち,教育委員会,公安委員会,選挙管理委員会,人事委員会及び労働委員会の各委員に対する報酬支給の差止請求に係る訴えを却下する。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,原告らの負担とする事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告は,別紙目録委員会欄記載の愛知県の各行政委員会の委員に対し,本判決言渡 し後の同目録月額報酬欄記載の月額報酬を支給するための支出負担行為及び支出命令 をしてはならない。第2 事案の概要
1 本件は,愛知県が別紙目録委員会欄記載の各行政委員会の委員に対して月額報 酬を支給していることについて,同県の住民である原告らが,その報酬支給の根拠と なる条例が地方自治法に違反して無効であるとして,同県の執行機関である被告に対 し,同法242条の2第1項1号に基づき,本判決言渡し後における上記報酬に係る 支出負担行為及び支出命令の差止めを求める事案である。2 関係法令の定め
(1) 愛知県財務規則(昭和39年愛知県規則第10号。以下「財務規則」とい う。)第3条第2項 次に掲げる事務は,議会事務局長,教育長,警察本部長,監査委員 事務局長,人事委員会事務局長,労働委員会事務局長及び選挙管理委員会事務 局長に委任する。一 歳入の徴収に関する事務
二 予算配当額の範囲内において支出負担行為(議会事務局長,教育長,監査 委員事務局長,人事委員会事務局長,労働委員会事務局長及び選挙管理委員 会事務局長にあっては,第61条第1項に規定する物品の購入に係るものを 除く。)を行う事務三 (省略)
四 支出の命令並びに物品,占有動産,有価証券及び歳入歳出外現金の出納の通知を行う事務 (2) 地方自治法
第180条の5 執行機関として法律の定めるところにより普通地方公共団体に置 かなければならない委員会及び委員は,左の通りである。一 教育委員会
二 選挙管理委員会
三 人事委員会又は人事委員会を置かない普通地方公共団体にあっては公平委 員会四 監査委員
第2項 前項に掲げるもののほか,執行機関として法律の定めるところにより都道府県に置かなければならない委員会は,次のとおりである。
 一 公安委員会二 労働委員会
三 収用委員会
四 海区漁業調整委員会
五 内水面漁場管理委員会
第3,4項 (省略)
第5項 普通地方公共団体の委員会の委員又は委員は,法律に特別の定があるものを除く外,非常勤とする。
 第6ないし8項 (省略)
第203条の2 普通地方公共団体は,その委員会の委員,非常勤の監査委員その 他の委員,自治紛争処理委員,審査会,審議会及び調査会等の委員その他の構 成員,専門委員,投票管理者,開票管理者,選挙長,投票立会人,開票立会人 及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除 く。)に対し,報酬を支給しなければならない。第2項 前項の職員に対する報酬は,その勤務日数に応じてこれを支給する。た だし,条例で特別の定めをした場合は,この限りでない。第3項 (省略)
第4項 報酬及び費用弁償の額並びにその支給方法は,条例でこれを定めなければならない。
(3) 委員会の委員等の報酬及び費用弁償等に関する条例(愛知県昭和53年条例第3号。以下「本件条例」という。)
第2条 委員等には,別表に定める額の報酬(本件で関連する委員に関する報酬額は,本判決の別紙目録の月額報酬欄記載の金額と同じ。)又は給料(以下「報酬等」という。)を支給する。
第3条 月額で定められている報酬等は,毎月,県職員の給料支給日から月の末日までの間において,支給する。
 第2ないし5項 (省略)
3 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか又は記録上明らかな事実で ある。)(1) 原告らは,愛知県の住民であり,被告は,同県の執行機関である知事である。(2) 別紙目録委員会欄記載の愛知県の各行政委員会(以下,総称して「本件各委員 会」という。)の各委員(以下,総称して「本件各委員」という。)は,愛知県の非常 勤の職員であり,地方公務員法上の特別職としての身分を有する。本件各委員に対す る平成21年3月における月額報酬額は,別紙目録月額報酬欄記載のとおりである (以下,月額の報酬額を定め,その月の勤務の多寡にかかわらずこれを支給する制度を「月額制」,日額の報酬額を定めて,勤務日数に応じてこれを支給する制度を「日 額制」という。)。なお,上記報酬は,同年4月1日から平成22年3月31日まで の間は,知事等及び職員の給与の特例に関する条例(平成21年愛知県条例第8号, 乙2)に基づき,2%減額された。(3) 被告は,本件各委員会のうち,収用委員会,海区漁業調整委員会及び内水面漁 場管理委員会の各委員に対する報酬の支給については権限を有しているが,本件各委 員会のうち,教育委員会にあっては教育長に,公安委員会にあっては警察本部長に, 人事委員会,労働委員会及び選挙管理委員会にあっては各委員会の事務局長に,各委 員に対する報酬の支給に関する権限(支出負担行為及び支出命令に関する権限)を委 任している(財務規則3条2項)。(4) 原告らは,平成21年3月3日,愛知県監査委員に対し,本件各委員らに違法 な報酬の支給をしてはならない旨の住民監査請求(以下「本件監査請求」という。) を行ったが,同月25日,愛知県監査委員は,本件監査請求は本件条例の改廃を求め るのと同義であり,また,本件各委員への報酬は地方自治法及び本件条例の規定に則 って支給されているが,請求人(原告)らは,具体的に違法不当の理由を指摘してい ないので,本件監査請求は不適法であるとして,これを却下し,その旨を原告らに通 知した。(5) 原告は,同年4月22日,本件訴訟を提起した。
4 争点及び当事者の主張 本案前の争点は,1本件訴えは,適法な住民監査請求を経たものであるか否か,2本件訴えが地方自治法242条の2第1項に規定する住民訴訟に当たるか否か,3被 告適格の有無の3点であり,本案に関する争点は,本件条例が同法2条14項,20 3条の2に違反するか否かである。これらの点に関する当事者の主張は,次のとおり である。(1) 本案前の主張 (被告)
ア 地方自治法242条1項に基づく住民監査請求は,個別具体的な財務会計行為 を対象とするものであり,その請求で,条例の抽象的な違法性の確認や条例自体の改 廃を求めることは不適法である。本件監査請求における原告らの主張は,本件各委員に対する報酬を月額制で支給し てはならず,日額制で支給すべきであるというものであり,その理由として本件条例 が地方自治法2条14項,203条1項に違反すると述べるのみで,その他に具体的 な違法性を基礎付ける主張をしていないから,本件監査請求は,本件条例の改廃を求 めるのと同義であって,不適法な住民監査請求である。したがって,本件訴えは,適法な住民監査請求を経たものとはいえない。イ 住民訴訟は,違法な財務会計行為を対象とするものであり,そこでは財務会計 行為及びその違法性を基礎付ける事由が具体的に特定される必要がある。しかるに, 原告らは,この点につき,本件条例が違法無効であるとのみ主張しており,具体的に 主張していない。原告らのこのような主張は,結局本件条例の改廃を求めるのと同義 である。したがって,本件条例の改廃を求める本件訴えは,地方自治法242条の2 第1項に規定する住民訴訟に当たらない不適法な訴えである。ウ 地方自治法242条の2第1項1号にいう「当該執行機関又は職員」とは,差 止めの対象となる行為をする権限を現実に有する者と解すべきであり,その権限の委 任がされている場合には,委任者は差止めの対象となる行為を自ら執行する権限を失 うので,同号の差止めの訴えの被告適格を欠くことになる。財務規則3条2項では,教育委員会にあっては教育長に,公安委員会にあっては警 察本部長に,人事委員会,労働委員会及び選挙管理委員会にあっては各委員会の事務 局長に,いずれも報酬支出に関する権限が委任されており,被告はその権限を有しな い。したがって,本件訴えのうち,これらの委員会の委員に係る報酬の支給差止めを求 める訴えは,不適法である。(原告ら)
ア 本件条例は法令であるが,条例であっても,それに基づく行政庁の具体的処分 を待たずに直接に特定の個人(本件においては本件各委員)の権利義務,法律関係の 変動をもたらすものについては,その制定,改正及び当該条例に基づく交付行為は, 立法の形式を借りた行政処分であると考えられる。また,本件条例は,地方自治法2 32条の3に基づく支出負担行為である。すなわち,行政委員会の委員の報酬は,そ の月に勤務していなくとも支給される場合があるから,行政委員会の委員の報酬につ いて支出の原因となる支出負担行為は,月額制を定める本件条例そのものである。原告らは,単に本件条例の改廃を求めるものではなく,本件条例が地方自治法2条 14項,203条の2第2項に違反し,違法無効であるとして,本件各委員に対する 報酬の支給の差止めを求めているものである。したがって,本件監査請求は,地方自治法242条1項の要件を満たした適法なも のであり,また,本件訴えは,同法242条の2第1項に規定する住民訴訟に当たる ものである。イ(ア) 被告は,財務規則3条2項により,一定の支出負担行為を委任しているとは いえ,本来予算の執行権限を有しており(地方自治法149条3項,180条の6第 1号),支出負担行為に関する権限を委任したとしても,指揮監督権を通じた委任者 の違法行為予防権限は残されている。この権限及び1号請求が組織体としての違法行 為の差止めを図る訴訟であることにかんがみれば,本件の被告のような委任者にも被 告適格があるというべきである。(イ) 地方自治法149条2号,180条の6第1号によれば,予算執行については, 普通地方公共団体の長の権限とし,委員会又は委員にその権限を認めていない。確か に,同法153条1項により,普通地方公共団体の長はその権限を委任できることを 規定しているが,上記条項の存在意義を失わせないためには,同法153条1項によ っても無制限の委任はできないと解すべきである。そうすると,予算執行のうちでも 権限の中核というべき債務負担行為については,法は,普通地方公共団体の長のみに 権限の行使を認め,権限の委任を許していないというべきである。よって,財務規則3条2項は,地方自治法に違反し無効である。
 したがって,財務規則3条2項が無効である以上,債務負担行為の権限は,地方自治法の原則どおり,普通地方公共団体の長が有し,被告は本件訴訟の被告適格を有す る。(2) 本案に関する主張
(原告ら)
ア 被告は,昭和31年法律第147号による地方自治法の改正(以下「昭和31年改正」という。)の経過に照らして,本件条例の適法性を主張するが,立法経過は 法解釈をする上での一要素に過ぎず,それのみを根拠としての法解釈は正当性を欠く。イ そもそも,地方自治法203条の2第2項の規定は,非常勤職員に対する報酬 が,常勤職員に対する給与とは異なり,いわゆる生活給たる意味はまったく有せず, 純粋に勤務に対する反対給付としての性格のみを持つものであり,したがって,それ は勤務日数に応じて支給されるべきものであるという原則を明らかにするものである。昭和31年改正は,それまで法できちんと定まっていなかった非常勤職員の給与や 報酬について,国がすべての職員に実施している給与や報酬の合理的かつ基本的考え に基づいた給与制度,すなわち,給与は職務に対する対価,報酬であるという考え方 に基づいた給与制度を導入したものである。同項ただし書は,「ただし,条例で特別 の定めをした場合は,この限りではない。」と定めているが,これは,上記の基本的 な考え方を崩すものではない。このただし書で「特別の定め」と規定し,単に「条例 で定めた場合」と規定しなかったのは,同条項本文に定められた基本的な考え方が妥 当しないような特別な事由が存在する場合は,「特別に」条例で定めれば,「この限 りではない。」との趣旨であり,条例で定めれば,すべて「この限りでない」となる ものではない。したがって,立法経過を見ても,被告の主張は失当である。
そして,非常勤の職員に対する報酬支給が,地方自治法203条の2第2項ただし 書により日額制以外の報酬とすることができる場合は,当該非常勤職員が,常勤の職員と比して,それと同程度の勤務実態を有し,常勤の職員と同程度の出勤が予定され ているなどの特別な合理的理由がある場合に限られると解するのが相当である。ウ 行政委員会の委員の報酬が日額制でも十分に機能していることは,国の各種委 員会や日額制を採用している地方公共団体の各種委員会の活動状況を見れば明白であ り,愛知県のように一般的に月額制を採用する合理的理由は,皆無である。エ 本件各委員の委員会等の出席1回当たりの報酬額(報酬総額を出席日数等で除 した額),あるいは平成19年度の活動状況は,次のとおりである。本件各委員の会 議等への出席1回当たりの報酬額は極めて高額であり,世間の常識をはるかに超えて いる。最小経費が月額報酬であるとは到底いえず,日額制こそ「必要かつ最小の限 度」で「最大の効果」を挙げることができるのであって,仮に地方自治法203条の 2第2項が原則とする日額制の報酬に対する例外が認められる条例を制定できるとし ても,上記支出は,法の予定する例外が認められる範囲を大きく逸脱するものであり, 本件条例は,同法2条14項に違反し,無効である。したがって,本件条例に基づき, 本件各委員に対し報酬を支給することは違法である。(ア) 労働委員会(平成19年度) 会長 7万3566円 会長代理 9万3067円 公益委員 11万1301円 労働者委員 10万8178円 使用者委員 14万6970円(イ) 選挙管理委員会
(ウ) 収用委員会
平成18年度
9万8727円 委員 13万6800円
平成19年度 13万8968円 16万9412円
平成19年度
委員長
平成18年度
委員長 16万9242円 13万9899円
委員 13万9545円 (エ) 人事委員会
平成18年度 委員長及び委員 8万5183円
(オ) 公安委員会
平成18年度 委員長 7万8544円 委員 6万9589円
(カ) 教育委員会
平成18年度 委員長 6万4671円 委員 11万4815円
(キ) 内水面漁場管理委員会
11万5152円
平成19年度 8万3250円
平成19年度 7万1988円 7万3099円
平成19年度
6万6623円 10万2166円
平成19年度の委員会の開催は,わずか3回であり,その他の活動は,全内漁管連 通常総会と中日本ブロック協議会への参加のみである。(ク) 海区漁業調整委員会
平成19年度の委員会の開催は,わずか3回であり,その他の活動は,愛知・三重 連合海区漁業調整委員会,全漁調連通常総会,東日本ブロック会議への参加のみであ る。(被告)
ア 現行の地方自治法203条の2第2項に相当する規定は,昭和31年改正によ り新たに加えられたものである。この際,当初の政府提出法案では,非常勤の職員に 対しては,すべて勤務日数に応じて報酬を支給することとされていたものを,国会審 議において,教育委員会,選挙管理委員会,人事委員会,公安委員会など,主に執行 機関に属する委員についても勤務日数に応じて報酬を支給することに,その職務内容や職責などの観点からの疑問が呈され,衆議院において,議員提案による修正により, 同項ただし書が追加され,条例で特別の定めをした場合には月額制等別の方法による こともできるものとし,その方法については各普通地方公共団体の自主的な判断にゆ だねられるべきであるとされたのである。すなわち,同項本文は,非常勤の職員に対 する報酬の支給は勤務日数に応じて支給する(日額制)という,国の制度に平仄を合 わせるという意味での原則論が大綱的に規定されているものであるが,同項ただし書 については,各普通地方公共団体が,その実情,非常勤職員の職務内容や職責などの 重要性に照らして,条例で規定した場合は,勤務日数に応じた支給方法以外の月額制 等の方法によることができることを積極的に肯認したものといえる。地方自治法203条の2第2項全体の解釈について,勤務の対価の性質が生活給か 否かという経済的視点,あるいは勤務の実態が常勤か非常勤かという点を基準に,同 項本文が原則を定め,同項ただし書がその例外を規定しただけであると単純に見るこ とは,昭和31年改正における立法者意思を正解するものとは言い難い。したがって,普通地方公共団体が,非常勤の行政委員会の委員に対する報酬の支給 について,地方自治法203条の2第2項ただし書を適用して,勤務日数に応じた支 給以外の方法による報酬の支給を条例で規定し,月額制等により報酬を支給すること は,違法でないばかりか,不当でもない。イ 原告は,本件各委員の出勤日数により月額制での報酬支給の可否を判断しよう としているが,その考え方自体が誤っている。行政委員会の委員の職務は,委員会等 の会議出席等の外形的に明確に把握できるもののみに尽きることなく,それ以外にも, 日常的に,各自が自主的に資料や文献等を精査し,あるいは法令等を調査するなど, 多種多様で重要な職務を行っている。このような職務は,定型的に把握し難いが,法 律で定められた事務を自ら執行する行政委員会の権限を果たすために極めて重要な職 務である。したがって,「出席日数」という外形的・形式的な物差しで行政委員会の 委員の職務を量ろうとすることは,行政委員会の委員の職務の性質や重要性に対する 考察を欠いたものであり,失当である。第3 当裁判所の判断
1 本案前の争点について
(1) 本件訴えは適法な住民監査請求を経たものであるか否か,また,本件訴えは地方自治法242条の2第1項に規定する住民訴訟に当たるか否かについてア 証拠(甲4,5)によれば,原告らは,本件監査請求において,要旨「地方自 治法203条の2第2項は,普通地方公共団体は行政委員会の委員に報酬を支給しな ければならない旨定めているが,その場合,委員の報酬は,勤務日数に応じた支給 (日額制)が原則とされている。例外として,同項ただし書により,条例で特別の定め ができるとされているが,その場合でも,条例で定めれば何でも自由裁量で決めるこ とができるという性質のものではない。非常勤職員である行政委員会の委員が,常勤 の職員と比して,それと同程度の勤務実態を有し,常勤の職員と同程度の出勤が予定 されているなどの特別な合理的理由がある場合は,当該委員については,月額制にす ることも許されるが,そのような理由がない場合は許されない趣旨である。そして, 合理的理由がある場合でも,同法2条14項の義務を侵してはならず,本来日当とし て支給される程度の金額が前提とならなければならない。この金額をはるかに超える 金額を月額報酬として支給することは,同法の趣旨を逸脱した違法な支給であり,そ のような定めをした本件条例は,違法な条例として無効である。本件条例は,本件各委員の報酬をすべて月額制と規定しており,同法の定める原則と例外が逆転しており, この点からも違法支給が推定される。また,本件各委員の活動状況に照らして報酬総 額を日額換算した場合,その1日当たりの報酬額は極めて高額である。生活給でない 委員の報酬について,このような高額な報酬の支給を定めた本件条例は,同法が予定 する普通地方公共団体の裁量権を超えるものであり,同法に違反する違法,無効な条 例である。」と主張して,本件各委員に対する月額制の報酬の支給の差止め等を求め たことが認められる。上記事実関係によれば,本件監査請求は,本件条例が地方自治法の認めた裁量を逸 脱する違法無効なものであるとして,その違法な本件条例に基づく本件各委員に対する報酬の支給の差止めを求めたものであるということができる。そうすると,本件監 査請求は,本件各委員に対する報酬の支給という財務会計行為を対象としたものであ り,その違法事由を具体的に指摘したものということができるから,住民監査請求と して適法なものであると認められる。
 したがって,本件訴えは,適法な住民監査請求を経たものということができる。イ また,本件訴えは,本件条例が地方自治法2条14項,203条の2第2項に 違反し無効であるとして,本件各委員に対する報酬の支給に係る支出負担行為及び支 出命令の差止めを求めているものであって,本件条例の改廃そのものを請求している ものではないから,それが同法242条の2第1項に規定する住民訴訟に当たるもの であることは明らかである。ウ 以上と異なる趣旨をいう被告の主張は,いずれも採用できない。(2) 被告適格について
ア 地方自治法242条の2第1項1号の差止請求は,財務会計行為の差止めを求めるものであるから,当該財務会計行為を差し止める権限を現実に有する者を被告と すべきである。したがって,当該財務会計行為に関する権限を委任した場合には,受 任者がその差止めをする権限を有するから,受任者を被告として差止めを求める訴え を提起すべきである。これを本件についてみると,財務規則3条2項によれば,教育委員会にあっては教 育長に,公安委員会にあっては警察本部長に,人事委員会,労働委員会及び選挙管理 委員会にあっては各委員会の事務局長に,それぞれ当該委員会に係る報酬支給(支出 負担行為及び支出命令)に関する権限が被告から委任されていることが認められる。そうすると,愛知県知事を被告とする本件訴えのうち,教育委員会,公安委員会, 選挙管理委員会,人事委員会及び労働委員会の各委員に対する報酬支給の差止めを求 める訴えについては,被告には被告適格がないというべきであるから,その訴えは不 適法である。イ これに対し,原告らは,委任者である被告(愛知県知事)には受任者を指揮監督する権限があるので,被告適格を有すると主張する。しかし,指揮監督権限の発動 は財務会計行為ではないので,この権限の発動により差止めを求めるということは, 結局,財務会計行為に当たらない行為の義務付けを求めることになるのであって,こ れは財務会計行為を前提とする地方自治法242条の2第1項1号の差止請求の範ち ゅうには含まれないというべきである。また,原告らは,予算執行のうちでも権限の中核というべき債務負担行為について は,地方自治法149条2号,180条の6第1号は,普通地方公共団体の長のみに 権限の行使を認め,権限の委任を許していないというべきであるので,財務規則3条 2項は無効であると主張する。しかし,そもそも,債務負担行為とは将来にわたる債 務を負担する行為を意味し(同法214条参照),本件で問題となっている支出負担 行為(予算に基づいてされる支出の原因となる契約その他の行為。同法232条の3 参照)とは異なるものであり,財務規則3条2項は,同法180条の2の規定に基づ き支出負担行為をする権限を委任したものと認められので,財務規則3条2項が違法 無効であるとは認められない。よって,原告らの主張は,いずれも採用できない。
2 本案の争点(本件条例の適法性)について
(1) 本件各委員会(収用委員会,海区漁業調整委員会,内水面漁場管理委員会)の役割等 普通地方公共団体における行政委員会は,法律の規定(地方自治法138条の4,180条の5)により置かれる執行機関としての権限を有する合議体であり,その設 置の趣旨は,政治的中立性が強く求められる分野であって首長から権限行使の独立性 を保障された機関を設けることに意味のある場合,専門的知識が必要とされるため外 部の学識経験者の判断にゆだねることが適当とされる場合,利害関係人の直接参加の 要請が大きい場合等がある。本件で問題となる行政委員会(収用委員会,海区漁業調 整委員会,内水面漁場管理委員会。以下,この3つの委員会を総称して「本件3委員 会」という。)の役割等は,次のとおりである。ア 収用委員会は,土地収用法の定めるところにより,土地の収用に関する裁決そ の他の事務を行う。土地収用委員会は,7名の委員をもって組織される。委員は,法 律,経済又は行政に関して優れた経験と知識を有し,公共の福祉に関し公正な判断を することができる者のうちから,都道府県の議会の同意を得て,都道府県知事が任命 する。収用委員会は,公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用に関し, 起業者からの申請に基づき権利取得裁決,明渡裁決を行うことができるなど,準司法 的権限を有する行政委員会である(同法47条ないし49条,51条,52条)。イ 海区漁業調整委員会は,漁業法の定めるところにより,当該海区又は海域の区 域内における漁業に関する事項を処理し,漁業調整のため,水産動植物の採捕に関す る制限等必要な指示をするなどの事務を行う。海区漁業調整委員会は,一定の漁業者 から選挙された9名,学識経験のある者の中から都道府県知事が選任した4名及び海 区内の公益を代表すると認められる者から都道府県知事が選任した2名を委員として 組織される(同法67条,83ないし85条)。ウ 内水面漁場管理委員会は,漁業法の定めるところにより,当該都道府県の区域 内に存する内水面における水産動植物の採捕及び増殖に関する事項を処理し,内水面 における漁業に関して,海区漁業調整委員会の権限を行う。内水面漁場管理委員会は, 当該都道府県の区域内に存する内水面において漁業を営む者を代表すると認められる 者,当該内水面において水産動植物の採捕をする者を代表すると認められる者及び学 識経験がある者の中から都道府県知事が選任した者の合計10名で組織される(同法 128条,130条,131条)。(2) 昭和31年改正の経過等
ア 昭和31年改正前の地方自治法203条(現行の203条及び203条の2に 対応するもの。平成20年法律69号による改正により,それまでの203条が改正 され,現行の203条及び203条の2となった。)は,次のとおりであった。「第1項 普通地方公共団体は,その議会の議員,委員会の委員,非常勤の監査委 員その他の委員,自治紛争調停委員,審査会,審議会及び調査会等の委員その他の構成員,専門委員,投票管理者,開票管理者,選挙長,投票立会人,開票 立会人及び選挙立会人その他普通地方公共団体の非常勤の職員に対して,報酬 を支給しなければならない。第2項 前項の者は,職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。
 第3項 報酬及び費用弁償の額並びにその支給方法は,条例でこれを定めなければならない。」 同条2項以下は,昭和31年改正により,次のとおり改められた。「第2項 前項の職員の中議会の議員以外の者に対する報酬は,その勤務日数に応じてこれを支給する。但し,条例で特別の定をした場合は,この限りでない。 第3項 第1項の者は,職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。 第4項 (省略)第5項 報酬,費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は,条例でこれを定めなければならない。」
イ 昭和31年改正における同条2項に関する当初の政府提案は,「前項の職員の中議会の議員以外の者に対する報酬は,その勤務日数に応じてこれを支給する。」と いうもので,ただし書がないものであった。衆議院地方行政委員会における審議にお いて,政府委員は,その提案理由として,「給与というものは,常勤の職員に対する 給与と非常勤の職員に対する給与というものはおのずから違う。職務に対する対価と 申しますか報酬というものが給与の本質でございます。(中略)国の給与制度におき ましても,国家公務員全般に通ずる原則といたしまして非常勤に対する勤務につきま しては,勤務日数に応じて給与を支給する,その金額は1日幾ら以内とする,こうい う式に実は給与法でなっておるのであります。給与の本質というものは,中央の公務 員であろうと地方の公務員であると選ぶところはないのでございまして,そうした本 質的なものはやはり一致させておくべきものだと考えるのでございます。そういう意 味においてその建前を今度明らかにすることにしたのでございます。」と述べた。これに対し,国会(衆議院)審議の途中において,執行機関である行政委員会の委員に対する報酬についてまでも日額制とすることは,単に会議に参加するだけではな いその職務の内容や勤務の態様に照らして相当ではない,委員の士気を害することに もなるなどといった意見が出され,日額制のみとすることについての反対意見が出さ れた。これを受けて,「但し,条例で特別の定をした場合は,この限りでない。」と する同項ただし書を追加する修正案が提出され,審議の上,衆議院で可決され,参議 院でも可決されて成立した。なお,上記改正の参議院の委員会審議において,修正案の提案者は「執行機関であ る委員会の非常勤の委員の手当につきましては,これは特例を開くことが現実に即し て妥当であるという考え方を持ちまして,そういうことからいたしまして,主として 委員会の委員を頭に描いたために,条例で特別の規定をすることができるということ に狭めたのであります。はじめは政府原案を削除しようと考えました。削除いたしま すと,203条の1項によりましてあらゆる非常勤の職員が適用されることになりま して,結局幅が広くなりますので,すべて委員会の委員につきましては特例を開きた いという考え方で,その判定を府県の条例にまかしたという結論に最終的には到達を いたした次第であります。」,「結論的にはやはり条例によってそれぞれの府県市町 村が,従来の慣習等に基づきましてやることが時宜に適したことである,しかも条例 が現在実施されております。ただし書きを規定すればその条例がそのまま生きていく という解釈の下に,特別な措置をしていかなくても現状が進んでいく結果になると考 えまして,条例によって特別の規定をした場合にはこの限りでないという規定が,現 実に即した,あまり摩擦のない方法であろう。こういうふうに考え,かつ条例という ものは自治体の自主的なものでありますから,この自治体の自主性を阻害しないもの である,かえって尊重するものであるという理論も立ちまして,そういうような結論 に与党野党一致いたしまして,衆議院としては到達いたしたような次第でありま す。」と発言した(以上の国会審議の経過につき,乙4,5〔枝番を含む。〕)。(3) 地方自治法203条の2(現行)第2項ただし書の趣旨 昭和31年改正の経過に照らせば,地方自治法203条の2第2項本文は,非常勤職員に対する報酬が,常勤職員に対する給与と異なり,原則として,いわゆる生活給 たる意味を持たず,純粋に勤務に対する反対給付としての性質のみを持つものであり, したがって,それは勤務量(勤務日数)に応じて支給されるべきことを明らかにし, 国の非常勤の職員に対する報酬支給方法と平仄を合わせるため,日額制としたものと 解することができる。他方,非常勤の職員には多くの職種が含まれ,その中には,執 行機関である行政委員会を構成する委員も含まれており,当該委員の職務内容は,単 に委員会に出席するのみではなく,それ以外,すなわち実際に出勤して勤務をしてい ない場合でも,職務に関連した調査・研究等をしていることがあるといった勤務の態 様,職務の内容及び職責等に照らし,勤務日数に応じた報酬の支給(日額制)をした のではかえって不都合を来す職種もあるので,同項ただし書を設け,非常勤の職員の うちの一部の者については,各地方公共団体が,各地の実情や当該非常勤職員の勤務 の態様や職責等に照らし,月額制等日額制以外の方法による報酬支給をする選択肢を 認めたものと解される。そして,憲法94条は,地方公共団体に団体自治を認めていることに照らせば,地 方自治法が大綱的規定として地方公務員の人事行政に関する根本基準を定めることは 許されるが,その自主立法権を奪うような干渉をしてはならず,また,地方自治法の 解釈においても,これを尊重することが必要である(同法2条12項)。地方自治法203条の2第1項に規定する職員につき,いかなる場合に条例によっ て日額制以外の報酬を定めることができるかについては,条文上何ら限定はされてお らず,上記の昭和31年改正の経過や地方公共団体の自主立法権の尊重という観点に 照らしても,上記職員につき,いかなる場合に日額制以外の方法による報酬を支給す るかは,条例制定権限を持つ議会の広範な裁量にゆだねられているものと解するのが 相当である。もっとも,昭和31年改正の経過にかんがみれば,条例によりさえすれ ば,どのような職種の非常勤職員に対しても日額制以外の方法による報酬支給が認め られると解することはできず,その職種の職務の内容及び勤務の態様に照らし,日額 制以外の方法による報酬支給が相当と認められる職種に限られるというべきである。しかし,上記のとおり,条例制定は議会の広範な裁量事項であり,地方自治法の解釈 においても地方公共団体の自主立法権を尊重するべきであるから,議会の判断は原則 として尊重されるべきであり,同法203条の2第2項ただし書に基づく条例が当該 ただし書によって議会に与えられた裁量権の範囲を逸脱したものであるというために は,当該非常勤職員の職務の内容及び勤務の態様に照らし,明らかに日額制以外の方 法による報酬支給が不相当であると認められる場合に限られるというべきである。この点,原告らは,同項ただし書により日額制以外の報酬とすることができる場合 を,当該非常勤職員が,常勤の職員と比して,それと同程度の勤務実態を有し,常勤 の職員と同程度の出勤が予定されているなどの特別な合理的理由がある場合に限られ ると主張する。しかし,条文上このような限定を読み取ることはできない上,行政委 員会の委員は,これまでにも指摘したとおり委員会に出席することのみが職務ではな く,その勤務量を勤務日数のみにより量ることが相当な職種ではないと認められるか ら,単に勤務実態(勤務日数)のみに着目して議会の裁量権の範囲を画することは相 当ではない。よって,原告らの上記主張は採用できない。(4) 本件条例のうち,本件3委員会の委員に月額報酬を支払う旨を規定した部分の 適法性について本件条例は,愛知県の行政委員会の委員の報酬について月額制によることなどを定 めるものである。ところで,本件で問題となる本件3委員会は,いずれも,地方自治 法上,愛知県の執行機関である行政委員会であり,自らの判断と責任において,その 与えられた事務を,誠実に管理し及び執行する義務を負う(同法138条の2)立場 にあり,その委員の任用にも,前記のとおり一定の制約があるものである。したがっ て,このような立場にある本件3委員会の委員の職責や勤務の態様は,行政委員会の 委員ではない他の非常勤の職員とは大きく異なるものであり,その勤務量を勤務日数 のみによって量ることはできない面があることから,その報酬の支給方法についても, 必ずしも日額制を採用しなければならないとまではいえず,本件3委員会の委員の報 酬について月額制を採用したことが,議会に与えられた裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとは認められない。
 この点,原告らは,本件3委員会の委員の報酬総額を実際の活動日数で除した実質的な日額報酬としてみた場合,その報酬額が高額にすぎ,地方自治法2条14項に違 反すると主張する。しかし,上記のような特色を持つ行政委員会の委員に対する報酬 は,単に勤務日数に応じて決めるのが相当であるというものではなく,職務の性質や 内容及び責任の度合いを考慮して,議会の裁量により決められるべきものであり,本 件3委員会の委員に関しては,報酬額の多寡についての当,不当の問題はともかくと して,本件条例のとおり月額制の報酬を定めたことが,議会の裁量権の範囲を逸脱し, 又はこれを濫用するものであるとは認められないから,原告らの主張は採用できない。(5) まとめ
よって,本件条例のうち,本件3委員会の委員に月額報酬を支払う旨を規定した部 分が地方自治法に違反するものであるとは認められず,したがって,本件条例に基づ いて行われる被告の本件3委員会の委員に対する報酬支給のための支出負担行為及び 支出命令が違法であるとは認められない。3 結論
以上によれば,本件訴えのうち,教育委員会,公安委員会,選挙管理委員会,人事 委員会及び労働委員会の各委員に対する報酬支給の差止請求に係る訴えは不適法であ るので,これを却下し,その余の請求は理由がないので,これを棄却することとし, 主文のとおり判決する。名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官 増 田 稔
裁判官 鳥居俊一
裁判官 杉浦一輝
判例本文 判例別紙1

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