平成22年5月25日判決言渡
平成20年(ワ)第4090号 損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。) 平成21年(ワ)第64号 損害賠償請求事件(以下「乙事件」という。) (口頭弁論終結日 平成22年4月20日)判決要旨:飲食店従業員が急性左心機能不全により死亡した事案につき,会社に 対し,安全配慮義務違反による損害賠償責任を認めるとともに,会社の 取締役に対し,長時間労働を前提とした勤務体系や給与体系をとってお り,労働者の生命・健康を損なわないような体制を構築していなかった として会社法429条1項に基づく責任を認めた事例判決
主文
1 被告会社は,原告Aに対し,3929万4874円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 被告会社は,原告Bに対し,3933万2654円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。3 被告C,被告D,被告E及び被告Fは,原告Aに対し,連帯して3929万 4874円及びこれに対する平成21年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告C,被告D,被告E及び被告Fは,原告Bに対し,連帯して3933万2654円及びこれに対する平成21年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。
7 この判決は,第1項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。事実及び理由
第1 請求
 1 甲事件
(1) 被告会社は,原告Aに対し,5086万1000円及びこれに対する平 成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 被告会社は,原告Bに対し,4936万1000円及びこれに対する平 成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 乙事件
(1) 被告C,被告D,被告E及び被告Fは,原告Aに対し,連帯して5086万1000円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告C,被告D,被告E及び被告Fは,原告Bに対し,連帯して4936万1000円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 第2 事案の概要など
1 事案の概要 本件は,原告らの子であるG(以下「G」という。)が平成19年4月1日に被告会社に入社し,被告会社が運営する店舗で勤務していたところ,同年8 月11日,急性左心機能不全により死亡したことにつき,Gの死亡の原因は被 告会社での長時間労働にあると主張して,Gの相続人である原告らが,被告会 社に対しては不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき,被告会 社の取締役である被告C,被告D,被告E及び被告F(以下,4名を併せて 「被告取締役ら」ということがある。)に対しては不法行為又は会社法429 条1項に基づき,損害賠償を請求する事案である。2 前提事実(個別に掲げる証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることがで きる事実)(1) 当事者等
ア 被告会社は,昭和46年11月2日に設立された飲食店経営等を営業の 目的とする会社で,大衆割烹店である「H」「I」「J」等を全国展開し ている。そして,平成20年8月現在,資本金約86億2600万円,従 業員数2828名,年間売上高約750億円であり,平成11年2月,東 証一部に上場している取締役会設置会社である。イ 被告Cは,被告会社の前身である株式会社Kの設立当時から現在に至る まで被告会社の代表取締役社長である。被告Dは,平成3年11月に被告会社の取締役に就任し,平成14年4 月以降専務取締役店舗本部長兼第四店舗部長,平成19年3月以降専務取 締役店舗本部長兼第四支社長の職にある。被告Eは,平成9年11月に被告会社の取締役に就任し,平成13年1 1月以降取締役第一支社長,平成19年11月以降常務取締役第一支社長 の職にある。被告Fは,平成18年11月取締役管理本部長に就任し,平成19年8 月以降取締役管理本部長兼コンプライアンス統括室長,平成19年11月 以降常務取締役管理本部長兼コンプライアンス統括室長,平成20年10 月以降常務取締役管理本部長の職にある。ウ 原告A及び原告Bは夫婦であり,G(昭和58年5月生)の父母である (甲10)。Gは,平成19年4月1日,新入社員として被告会社に入社し,同年4 月10日から「J」a店(以下,「a店」という。)で従業員として勤務 するようになった。(2) Gは,平成19年8月11日未明,急性左心機能不全により死亡した (甲8)。(3) b労働基準監督署長は,平成20年12月10日付で,Gの死亡につい て業務災害と判断の上,Gの祖母のLに対し,労働者災害補償保険から遺族補償年金年額139万1038円,遺族特別年金年額4万5715円及び遺 族特別支給金300万円を支給する旨を,原告Aに対し,葬祭料53万77 80円を支給する旨を決定し,そのころ支給した(甲3,4)。(4) 被告会社は,平成21年1月30日,原告Aに対し,死亡弔慰金として 100万円を支払った。3 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) Gの死亡と被告会社における労働との因果関係
(原告らの主張) ア Gの労働時間
(ア) Gは,午前7時30分ころ自宅を出て,午前0時過ぎに帰宅するの が常であり,a店には遅くとも午前8時30分までには出勤し,午後1 1時過ぎに退勤していた。なお,勤怠実績表に記載された出勤時刻は, ほとんどが一律午前10時となっているが,予め決められていたワーク スケジュール上の出勤時刻が午前10時とされていることによるもので あって,実際の出勤時刻とは異なる。a店の営業時間は,昼営業が午後2時まで,夜営業が午後5時からと されており,スケジュール上は,午後2時30分から午後4時30分ま では休憩時間とされていた。しかし,実際は,その間にも,上司による 指示の下,ミーティングや夜の仕込みなどの業務を行っていたため,業 務から開放された休憩時間として確保されていたのは,1時間程度しか なかった。よって,Gの労働時間は,別紙1記載のとおりであり,月当たり平均 約130時間の時間外労働となる。(イ) 仮に,始業時間が午前8時30分と認められないとしても,a店の M店長(以下「M店長」という。),N調理長(以下「N調理長」とい う。),パート職員のO(以下「O」という。)やP(以下「P」という。)の供述からすると,Gは,遅くとも午前9時15分には出勤し, 直ちに業務を開始していたといえる。そして,その業務は,Gの上司で あるN調理長が,パート従業員を通じて指示したものであって,必要な 業務であり,上司らは,Gが早く出勤することを期待し,容認していた。そして,遅くとも午前9時15分には業務を開始していたことを前提 としても,Gの時間外労働時間は,別紙2記載のとおり,発症前1か月 で100時間を超え,月当たり平均の時間外労働時間は,発症前4か月 はいずれも100時間を超えていた。(ウ) 仮に,勤怠実績表に記載された出勤・退勤時刻及び休憩時間に基づ いて発症前の時間外労働時間を計算しても,別紙3記載のとおりであり, 月当たり平均約100時間の時間外労働となる。(エ) いわゆる業務起因性に関する脳・心臓疾患の認定基準によれば,週 40時間を超える時間外労働が,発症前1か月間におおむね100時間 を超え,あるいは発症前2か月間ないし6か月間におおむね月平均80 時間を超えるときは,業務による過重負荷と発症との関連が強いとして, 原則として相当因果関係が認められ,業務災害と判断される。そして, 被告会社では,給与体系が月80時間を超える時間外労働をすることを 前提とした給与体系となっており,Gの本件発症前の時間外労働は,別 紙3の労働時間によってもこの基準を超えており,実際の労働時間(別 紙1)ならより過重な長時間労働であったことが明らかである。なお,b労働基準監督署長による認定では,Gの出勤時刻について, 勤怠実績表(別紙3)の出勤時刻によっており,実際の労働時間より短 いものとなっているが,そのような時間を前提としても,「著しい疲労 の蓄積をもたらす,特に過重な業務に就労していた」としている。イ Gの業務内容 Gの業務内容として,午前9時から午前11時までは調理業務があり,まずは電気・換気扇のスイッチを入れることから始まり,分刻みで業務内 容を指示されていた。また,Gは,他店が忙しいときにはいわゆるヘルプ で他店に行くこともあり,業務の密度においても過重なものであった。加 えて,Gは,調理業務について全く経験のない新入社員であり,仕事に対 するひたむきな性格,それに基づく真摯な業務遂行態度を考えれば,その 業務の過重性はより重いものであった。ウ Gの死亡原因 解剖医であるQ医師の所見によれば,診断傷病名は急性左心機能不全であり,心臓には肉眼的に心室軽度拡張は認められるものの,肉眼的検査及 び組織学的検査において,虚血性心疾患や心筋症などの疾病を判断するほ どの所見は認められないとしており,特に基礎疾患は認めていない。さら に,Gの死亡は長時間労働などによる疲労によって不整脈が発症したこと に起因することを明らかにしている。なお,高度なアテローム斑の存在は, 心筋梗塞等動脈硬化を基礎疾病に発症する疾病についてはリスクファクタ ーとなりうるが,本件は不整脈によって生じた急性左心機能不全であり, Gの死亡との関連性はない。そもそも,極めて軽度なアテローム斑が存在 したことは基礎疾患といえるものではなく,メタボリック状態であったと は考えられない。被告らは,Gが恒常的に多量の飲酒をしており,そのことがGの死亡を 引き起こしたかのような主張をするが,Gが恒常的に多量の飲酒をしてい たという事実は全くない。また,Gが平成19年7月22日に急性アルコール中毒を発症したこと につき,当時診察したR医師は,急性左心機能不全との因果関係について は一切関係ないと考える旨明言している。よって,Gの健康状態や基礎疾患,飲酒が原因で,Gの死亡を引き起こ したとはいえない。エ まとめ 以上のことからすると,Gは,長時間労働かつ過重な業務であり,このような長時間労働等によりもたらされる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が, 血圧の上昇などを生じさせ,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増 悪させる状況にあったことは疑いない。したがって,Gの死亡が,死亡前 の過重な業務により引き起こされたことは明らかであり,Gの死亡と業務 との間に相当因果関係が認められる。(被告らの主張) ア Gの労働時間
Gの労働時間は,次のとおり考えるのが相当である。
(ア) 勤怠実績表にワークスケジュールが登録されている場合は,勤務開 始時刻である午前10時が出勤時刻として記載されるが,ワークスケジ ュールが登録されていない場合は午前10時ではなく,打刻時刻が出勤 時刻として勤怠実績表に記載されるので,勤怠実績表記載の出勤時刻を 勤務開始時刻とする。勤務終了時刻は午後11時前後であるが,実際に Gが勤務を終了した時刻は不明であり,退勤時刻が勤怠実績表に記載さ れるので,その時刻まで就労したとする。なお,他店にヘルプに行った 日は,a店の勤怠実績表には退勤時刻が打刻されないので,他店の退勤時刻を勤務終了時刻とする。
(イ) 休憩時間は,昼の営業が終了した後の午後2時ころから夜の営業準備開始である午後4時30分ころまでの間で少なくとも2時間以上あっ た。Gは,休憩時間に自ら個人的に調理の練習をしていたとしても,そ の間は業務と関係なく,労働時間ではない。a店において,店長や調理 師から休憩時間も練習するようにと指示や指導をしたことはない。そし て,Gは休憩時間中にしなければならないほどの作業量の多い仕事は与 えられていないし,休憩時間中に包丁の練習をしているのを見た従業員等はいない。Gは,昼食後の休憩時間中,和室で横になって寝ていたこ とが多かった。休日は,4月は6日,5月は8日,6月は4日,7月は8日,8月 (9日まで)は1日であり,平均して週に1日ないし2日の休日があっ た。(ウ) 原告らは,Gが午前8時30分からa店での業務を開始していた旨 主張するが,午前8時30分から午前9時過ぎまでの間に納入業者又は パート職員が来てSシステムを解除して店内に入れるようになるので, それまでにGが入店することは不可能であり,午前8時30分から業務 を開始していたとはいえない。そして,Gは,午前9時ころに出勤してきたことはあったが,Gのa 店での勤務開始時刻は午前10時であり,a店において店長や料理長が 10時以前から業務に従事することを指示したことはない。むしろ,店 長や料理長は,Gが勤務時間よりも早く出勤していることを知ったとき は,ワークスケジュールの勤務時間どおりに出勤するように指導してい た。つまり,Gが就業開始時刻より1時間も早く仕事を開始しなければ 店の営業に支障があるわけではなく,ワークスケジュールで決められた 就業開始時刻である午前10時より早く出勤していたとしても,それは 自己の判断で早く仕事を覚えるために自発的に早く来ていたにすぎない。したがって,Gの労働時間の算定において,Gの出勤時刻を就業開始 時刻とすることは不合理である。(エ) 以上のことからすると,勤務開始時刻,勤務終了時刻,勤務時間, 勤務時間から休憩時間を控除した労働時間は別紙4のとおりとなる。そ して,別紙4のとおり,Gは,1か月に80時間を超える時間外労働を しておらず,過重な労働時間であったとはいえない。イ Gの業務内容
Gの死因が業務と相当因果関係があるか否かは,労働時間の長さのほか, 従事していた業務内容が心身に負荷,負担のかかるものであったか否かも 重要な要素となる。Gの担当業務は,営業時間前は電気のスイッチを入れること,まな板の 洗い,湯沸かし,米研ぎ,米炊き,営業時間内は食器,ダスター等の洗い, 機械による大根おろし等,サラダの盛り付け,食材の在庫確認など単純簡 単な内容であり,緊張を伴うものではなく,肉体的,精神的な負担は少な かった。調理場であるから基本的に立ち仕事ではあるが,決して心身に負 担がかかるものではなかった。すなわち,新入社員であったGには,調理 技術や経験を必要とする作業・仕事は任されておらず,先輩や上司の作業 ・仕事をみて仕事の内容を自分なりに理解する段階にあったのである。b労働基準監督署長の判断においても,業務の内容については,特に過 重な身体的,精神的負荷が生じさせるものであったとは認めていない。なお,朝の電気,換気扇のスイッチ入れ等の作業は,パート職員であっ たOが,朝一番に出勤した場合に自分一人で朝の作業をできるようにメモ をして渡した内容であり,同作業をすることを指示したものではない。一 度だけ朝の作業を理解して覚えてもらうために午前9時ころに出勤しても らったことはあるが,それだけである。以上から,Gの業務が,過重な業務でなかったことは明らかである。
 ウ 因果関係Gが,心身に負荷や負担がかかる作業をしておらず,そのような職場環 境が存在したこともないため,単に一定の期間にわたって所定時間外の労 働時間が継続したからといって,そのことがGにおいて急性心機能不全を 発症したことの原因であり,業務と死亡との間に相当因果関係があると認 定することは著しく不合理である。エ Gの死亡原因
(ア) 急性心機能不全を含めた心臓突然死は,現在,明確にその原因は明 らかになっていないが,過重な心身に対する負荷や負担の他には,動脈 硬化等の基礎疾患,睡眠不足,過度のアルコール摂取,肥満等があげら れる。(イ) Gは,自身のブログに,起床時刻は午前5時30分ころであり,午 後11時に業務終了してから午前0時30分ころに帰宅する生活をして いたと記載している。したがって,睡眠時間は5時間に満たないのが日 常的であり,慢性的な睡眠不足であったことは明らかである。仮に,午 前5時30分ころに起床してブログをしていなかったとしても,Gの父 である原告Aが午前7時ころに入浴する習慣であったためにGがその前 に起床していたことは原告らも認めており,業務外の事由を原因として 睡眠時間が日常的に5時間に満たなかったことは事実である。また,飲 酒量も多かったことから,突然死の原因となる睡眠不足,飲酒過多の生 活を送っていたものといえる。(ウ) 正常男性の平均心臓重量は約300gであるところ,Gの場合は4 07gあり,心室腔は左右ともにやや拡張しており,心拡大であったこ と,大動脈起始部内面に栗粒大から半米粒大までのアテローム斑が散在 しており,脂質異常症による動脈硬化症が存在する兆候と考えられるこ となどから,血行動態的に負荷がかかっていた状態であり,動脈硬化も 進行していたと思われ,アルコール性心筋症,メタボリック症候群に罹 患していた状態であったと考えられる。なお,粥状硬化(アテローム硬化)は重要な病態であり,その具体的 な病変であるプラーク(血管内膜の限局性肥厚)の突然の破綻が,急性 心筋梗塞,不安定心筋症,心筋突然死の直接的な原因となるが,対象者 が非常に早期に死亡した例では,剖検でも梗塞巣が検出されないことが ある。(エ) 以上によれば,動脈硬化等の基礎疾患,慢性的な睡眠不足,過度の 飲酒,アルコール性心筋症,メタボリック症候群に罹患の事実が,急性 左心機能停止を発症させた可能性が高いことが明らかである。よって,業務とは関連性のない身体的な要因が突然死の原因と考えら れる。オ 労災認定 b労働基準監督署長は,労働時間について,死亡前の短期間においては,特に過重な労働時間であったとは認められないと判断しているものの,死 亡前の長期間の労働時間については,長期間の長時間労働により過重な業 務に従事していたものと認められると判断している。しかしながら,労働時間についてのb労働基準監督署長の判断は,労働 者災害補償保険の給付を行うべきか否かを目的としてなされるものであり, 損害賠償の履行として給付されるものではないから,本件請求においては, b労働基準監督署長の判断と同様の判断をすることは合理的ではない。な ぜならば,労働者災害補償保険は,業務上の事由又は通勤により,負傷し 又は疾病にかかった労働者やその遺族の援護のために,労働者の福祉の増 進に寄与することを目的とする制度であるから,できるだけ労災認定する 方向で判断されるものであるからである。(2) 被告らの責任(争点(2))
(原告らの主張)
ア 使用者は,労働契約上,あるいはこれに付随した信義則上の義務である安全配慮義務として,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれ を管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積し て労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うところ, 被告会社は,Gを労働者の心身の健康を損ねることが明らかな過重な長時 間労働に従事させていたのであり,Gの死亡につき不法行為上の注意義務違反の責任及び労働契約に付随した安全配慮義務違反の責任を負う。そし て,具体的な注意義務の内容は,労働時間について適正に把握し,健康障 害を引き起こすような過重労働になっていないかをチェックし,過重労働 になっている場合には速やかに是正する措置を採るというものである。ま た,この義務は,使用者である被告会社が負うとともに,使用者に代わっ て労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者,すなわち,不法 行為については代理監督者,安全配慮義務については履行補助者も同じく 負うものである。イ 被告会社においては,過労死を生ずる危険がある長時間労働が常態化し ており,給与体系もそのような長時間労働を前提としたものとなっていた。
 そして,Gの死亡当時,被告Cは代表取締役,被告Dは専務取締役店舗本 部長,被告Eは取締役第一支社長,被告Fは取締役管理本部長にあり,従 業員の労働時間を含む労働条件について管理し,その決定権限を有する被 告取締役らとしては,それぞれの立場において従業員が心身の健康を損ね ることがないよう従業員の労働時間を適正に把握した上,過労死が生ずる 危険のある長時間労働が生じないようその職責を履行すべき注意義務があ った。具体的には,被告取締役らは,従業員の労働時間を適正に把握しうる社 内体制を構築した上,時間外労働の限度時間を三六協定で適正な範囲内に 定め,かつ給与体系についても,心身の健康を損ねるような長時間労働が 生じないよう配慮するなど,長時間労働により従業員の健康障害が生じな いよう自ら措置をなすべき取締役としての善管注意義務を負っていた。仮に,被告ら取締役において,上記事項につき,自ら措置すべき注意義 務がなかったとしても,取締役会,あるいは取締役としての日常業務の遂 行にあたり,労働時間管理を分掌している取締役の業務執行を監視し,従 業員の労働時間が心身の健康を損ねるような過度のものとならないよう措置すべき注意義務を負っていた。 それにもかかわらず,被告取締役らは,これを懈怠したため全社的に長時間労働が常態化し,その結果,Gも長時間労働に従事したため,死亡に 至ったものであり,その職務遂行にあたり重大な過失ないし過失があると いえ,被告取締役らは,不法行為上の責任又は会社法429条1項の責任 を負う。なお,会社法429条1項の責任は,対外的取引関係にある第三 者に限定されず,対内的に会社が雇用する労働者に対し損害を与えた場合 において,取締役に故意又は重過失がある場合にも適用される。ウ 被告会社の従業員の労働時間等の把握は,店舗本部と管理本部の双方で 行うとされており,三六協定は,各店舗統一の内容で締結されており,そ の限度時間数は,管理本部の人事管理部と店舗本部で協議して定めていた。 しかし,管理本部長においては労働時間の把握・管理を懈怠しており,店 舗本部長においても各店舗における心身の健康を損ねる長時間労働を放置 してきた。Gの労働時間については,前記のとおり,ワークスケジュール上の出勤 時刻が午前10時の場合には午前9時30分より前に打刻しても記録され ないシステムになっているなど,その実態どおりに記録されていなかった。 そして,それは本部からの指示によるものであり,被告会社においては, 会社の制度として,労働時間が実態どおりに記録されないシステムを採っ ていた。そればかりか,出勤時刻が午前10時前というシステムに沿わな い記録がなされている場合,ブロック長から店長に対し,そのような記録 にならないよう注意すべしとの指示がなされており,不適切な労働時間管 理がなされていたことを象徴している。また,記録されていた時間だけで も,Gの5月及び6月における時間外労働時間は,100時間以上となっ ており,この不十分な時間だけでも,しかるべき部署で把握・管理されて いたならば,Gの長時間労働を改善される措置が採られたかもしれないが,被告会社の体制上,そのような措置は採られなかった。
エ a店の三六協定では,「特別の場合には,従業員代表と協議の上,1か 月100時間,(回数6回)1年については750時間を限度として延長 することができる」との条項を定めていた。厚生労働省が発症前1か月間に概ね100時間の時間外労働を過労死ラインと定めていることからして, 常軌を逸した長時間労働を容認する三六協定である。このことからも,被 告会社において,従業員の健康障害と労働時間について,全く考慮されて いなかったことは明らかである。実際,a店では,Gのみならず,他の従業員も1か月の総労働時間が3 00時間を超え,100時間前後という過労死を発症する危険の高い長時 間の時間外労働に恒常的に従事しており,他店においても同様の状況であ った。オ 被告会社の給与体系一覧表によれば,新卒の最低支給額は19万450 0円であり,内訳は基本給12万3200円,役割給7万1300円とさ れ,最低支給額については役割給に設定された時間外労働数の80時間に 満たない場合,不足分を控除するため本来の最低支給額は12万3200 円と記載されていた。つまり,最低支給額とされた19万4500円の中 には,時間外手当が含まれていたことになり,給与体系そのものが月80 時間の時間外労働をすることを前提とし,時間外労働がこれに満たないと きは勤怠控除として給与から差し引かれることになる。もっとも,被告会社の平成21年3月の新卒採用についてのホームペー ジには,初任給営業職19万6400円と記載され,就職情報であるTに は,平成21年実績の初任給として,大卒は19万6400円(残業代別 途支給)と表示していた。これらの記載は,80時間分の残業代である役 割給を含んだ額を初任給と表示している点において,虚偽の記載といえる。
 残業代別途支給としている点については明らかな虚偽記載であり,刑事罰の対象となる行為でもある(職業安定法65条8号参照)。 なお,Gが入社後に受けた研修では,東海と近畿の店舗を統括する立場 にある中部関西店舗部長であるUが,勤務の例として,「25日出勤,1 日12時間」と月300時間という常軌を逸した長時間労働を例にして給 与の説明をしており,過労死ラインを超えることが明らかな設例により研 修が行われている点にも,被告会社における労働時間管理の異常さがあらわれているといえる。
カ 被告会社は,Gの入社時に,雇い入れ時健康診断を行うべき義務を負っていた(労働安全衛生法66条,同規則43条)が,Gの入社時に,健康 診断は全く行われていない。Gが在学中に受診した健康診断証明書の提出 をさせていたが,その受診は,平成18年5月と入社の1年近く前であり, 受診項目も身長・体重・視力・胸部エックス線程度であり,労働安全衛生 規則43条が定める項目には足りず,同条ただし書の要件を満たすもので はない。キ 以上のとおり,被告会社においては,いわゆる過労死ラインに達する時 間を前提とする三六協定や給与体系が採られていること,雇い入れ時健康 診断という労働安全衛生法上の義務も履行されていないこと,職業安定法 に違反し,刑事罰の対象となる行為が行われていることなど,従業員の労 働時間と健康障害について全く顧みていなかった。よって,被告会社及び被告会社の代理監督者あるいは履行補助者として, Gに対して業務上の指揮監督権限を有していたM店長及びN調理長が適正 に労働時間を管理する義務を懈怠していたことから,不法行為上の注意義 務及び安全配慮義務に反していたことは明らかである。ク 被告取締役らは,前記イの注意義務を有していたにもかかわらず,前記 のとおりの三六協定を締結し,給与体系とし,労働時間を適正に把握・管 理しないなど適正な社内体制等を構築せず,被告会社の各店舗における長時間労働を放置,容認していたものであり,悪意又は重大な過失がある。
 そして,この注意義務が履行されていれば,Gが従事していた月100 時間を超える長時間労働及びそれによるGの死亡を回避することができたものである。 よって,被告取締役らは,不法行為責任及び会社法429条1項の責任を負う。
(被告らの主張)
ア 給与体系そのものが月80時間の時間外労働をすることが前提となっていたこと,過労死が生ずる危険がある長時間労働が常態化していたこと,Gが長時間労働に従事したために死亡に至ったことは否認する。
イ 被告会社では,ワークスケジュールにより従業員の労働時間を管理して いたが,就業開始予定時刻の30分以上前には勤怠実績表への打刻はでき ないシステムになっていた。つまり,就業開始時刻30分以上前には,勤 務を開始しても賃金に反映されないのであるから,就業開始時刻よりも3 0分以上前から業務に従事する必要がない仕組みになっているのである。
 これは,過度の残業を抑止し,従業員の健康を維持することを目的として いる被告会社の制度であり,被告会社は従業員の健康についての管理を適正に行っている証左と評価されるべきものである。
ウ 被告会社では,全国に900店舗以上を展開しており,従業員の数も膨大なため,個々の従業員について,その労働時間を本社の担当部署や被告 取締役らが直接把握することは現実的に不可能である。そこで,被告会社では,各店舗の具体的な状況に応じ,各店舗の責任者 (店長,店長を統括する店舗部長又はブロック長)が従業員の休憩時間や 休日,健康状態のチェック等をしており,一律に本社の担当部署や被告の 取締役において,各店舗の従業員の具体的状況に応じた健康管理を行うこ とはできない。実際,被告会社では,各店舗の責任者が各店舗の従業員の労働時間を把握して健康管理をする制度が構築されており,現場の責任者 に従業員の労働時間や健康状態の管理をさせることは被告会社や被告取締 役らの過失とはならない。本件では,M店長やN調理長は,Gがワークスケジュールに規定された 就業開始時刻より約1時間早く店に来ていることについて,早く来る必要 がない旨注意しており,休憩時間もワークスケジュールを超えて2時間以 上取らせていたのであるから,被告らとしては,Gの労働時間は勤怠実績 表を下回る労働時間としか把握することはできなかったのであり,被告ら の過失は認められない。エ 被告会社は,Gが入社した時期に健康診断を実施していないが,これは, 新入社員全員について一度の機会に実施することが施設の関係で不可能で あったからであり,平成19年秋には,a店においても健康診断を実施す る予定であった。仮に,Gがa店に配属されてからすぐに健康診断を受診 させても解剖所見にあるような心臓の状況は心電図や問診等では明らかに はならないため,健康診断を受診させなかったことは,被告らの過失とは ならない。オ Gは,a店勤務中,格別疲れた様子はなく,むしろ健康的な様子であり, M店長やN料理長が,同人の健康状態を心配する兆候すらなかった。カ 被告会社の本社において,ワークスケジュールどおりに勤務がなされて いるか否かをチェックすることは不可能ではないが,飲食店という業態か らして,顧客の利用状況等や従業員の個人的な事情(Gの場合,早く出勤 する必要がないと言われても自分の意思,早く一人前になりたいとの向上 心があった。)によってはワークスケジュールどおりに勤務することが実 情と合わない面が生じるため,事実上困難である。キ 以上のことからすれば,被告らにおいて,安全配慮義務違反や,不法行 為の要件たる過失が認められないことは明らかである。(3) 損害(争点(3)) (原告らの主張) ア Gに生じた損害(ア) 死亡による慰謝料 3000万円
(イ) 死亡による逸失利益 5972万3000円
Gは,心身とも健康な24歳の男性労働者であり,67歳に至るまで の間,少なくとも平成19年賃金センサス第1巻第1表企業規模計,大 卒・院卒男性労働者の全年齢平均賃金相当額の年収を得る蓋然性を有し ていた。そして,生活費控除率5割,就労可能年数43年間(ライプニ ッツ係数17.546)として計算すると,逸失利益は5972万30 00円となる。イ 原告Aの損害
(ア) 原告Aは,前記アの損害を,2分の1の割合(4486万1500円)で相続した。
(イ) 原告Aは,葬祭料を支出し,その額は150万円が相当である。
 (ウ) 弁護士費用として450万円が相当である。(エ) よって,原告Aの損害額は,5086万1000円(千円未満切り捨て)となる。 ウ 原告Bの損害
(ア) 原告Bは,前記アの損害を,2分の1の割合(4486万1500 円)で相続した。(イ) 弁護士費用として450万円が相当である。
(ウ) よって,原告Bの損害額は,4936万1000円(千円未満切り捨て)となる。
 (被告らの主張)
ア 原告らの主張は,否認ないし争う。
イ 逸失利益の算定の基礎となる賃金は,Gに支払われていた基本賃金月1 2万3200円あるいはそれに役割給7万1300円を加算した金額とす べきであり,大卒男性の全年齢平均賃金相当額を基準とする合理的な根拠 はない。葬祭料は,労災から支給されており,また,領収書もなく,損害として 認められない。弁護士費用についても証拠は提出されておらず,損害として認められな い。損益相殺として,被告会社から原告Aに対し,平成21年1月30日, 死亡弔慰金として100万円を支払ったため,同額は原告らの損害から差 し引くべきである。(4) 過失相殺(争点(4)) (被告らの主張)
Gの動脈硬化等の基礎疾患,慢性的な睡眠不足,過度の飲酒は,Gの日常 生活における不摂生,健康を保持すべき義務(自己管理)を怠ったことが原 因であるので,仮に,死亡前2か月ないし5か月間の長時間労働が死亡の原 因,一因であったとしても,Gにおける健康についての自己管理が不十分で あったことがGの死亡の主たる原因であると考えられるので,仮に被告らの 責任が認められるとしても,相当程度過失相殺すべきである。
 (原告らの主張)Gには何ら基礎疾患はなかった。また,Gは,飲酒を恒常的にしていたこ ともない。したがって,過失相殺は認められない。 第3 当裁判所の判断
1 前提事実,証拠(甲8ないし10,21,29,31の2・4,33,35, 36,49の2,54ないし56,58,59,61,69,71,74,77,80,89,91ないし93,95,乙1〔枝番を含む〕,2〔枝番を含 む〕,証人M,証人N,証人V,証人U,証人O)及び弁論の全趣旨によれば, 次の事実が認められる。(1) Gの勤務状況等
ア Gの被告会社への入社 Gは,平成19年3月にW大学を卒業後,同年4月1日,新入社員として被告会社に入社し,同月10日からa店で調理担当の従業員として勤務 するようになったそして,Gは,将来的には,自分で飲食店を経営したいとの希望を持っ ていた。(甲58,76,78,95) イ a店における勤務体制
a店の勤務体制は,別紙5「Ja店組織図」のとおりである。
a店の営業時間は,午前11時30分から午後2時まで,午後5時から 午後11時までとなっていた。もっとも,午後2時までに客が入店すれば, それ以降に注文を受け付けることもあった。a店において,Gを含めた従業員の勤務時間,休憩時間を定めるワーク スケジュールは,N調理長が手書きでその半月分の予定を作成しており, M店長がそれをパソコンに入力し,内容を管理していた。平成19年当時,パソコンで管理されていたワークスケジュールでは, 自動的に1時間の休憩時間が入力されるようになっていた。また,ワーク スケジュールでは,月80時間の時間外労働を組み込んで作成していた。なお,N調理長は,Gについては,新入社員のため,最も多忙である金 曜日については概ね休日としていた。
 (甲57,77,証人M,証人N,証人V)ウ Gの業務内容
(ア) Gは,a店において,調理場ではただ一人の新入社員であった。
 業務内容としては,朝出勤した後,午前11時30分まで,仕入れ品 の検品・収納,米洗浄,米炊き準備,まな板掃除,ダスター洗浄,だし 汁作り,サラダの盛り込みなどの昼営業の準備,午前11時30分から 午後2時30分過ぎまで(なお,昼の営業次第では,さらに遅くなるこ ともあった。)の間,ランチ料理出し,洗浄機による食器洗い,午後2 時30分から午後4時30分までの間,食事,ミーティング,休憩(雑 談,昼寝等),午後4時30分から午後5時までの間,サラダ,珍味, 漬物の仕込みなどの夜営業の準備,午後5時から午後11時過ぎ(勤務 終了時刻)までの間,サラダ,珍味,漬物の盛り付け,食器洗いなどを行っていた。 これらの業務内容は,パート職員であるOらと一緒に行っていた内容である。なお,Oは,Gに対し,朝の仕事を教えるため,一度だけ午前 9時ころに来るように告げたことがあった。 (甲49の2,80,88,証人M,証人N,証人O)(イ) Gは,平成19年6月29日から同年7月31日までの間において, a店以外にc店へ1回,d店へ5回,いわゆるヘルプ勤務を行っていた (甲21,31の4,35)。エ a店の他の従業員の労働時間等 a店の従業員の毎月の各労働時間数が300時間を超えることがしばしばあり,中には350時間が超えることもあり,長時間労働が恒常化して いた。例えば,Xは,平成19年4月は315時間,同年5月は327時 間,同年6月は327時間,同年7月は327時間の労働時間となってい た。なお,a店が他店と比べて特段忙しいことはなく,従業員の負担も平均 的なものであった。そして,12月は忘年会があることなどから繁忙期であるが,4月や5月は特段忙しいことはなかった。
(甲61,証人N,証人U) (2) 労使協定
被告会社のa店では,時間外労働,休日労働に関する協定(以下「三六協 定」という。)を締結していた。その内容は,所定労働時間8時間のところ, 1日3時間,1か月45時間,1年360時間の延長労働をすることができ ることを原則としつつ,特別の事情がある場合には,従業員代表と協議の上, 1か月100時間,回数6回,1年については750時間を限度として延長 することができるというものであった。そして,特別の事情とは,イベント 商戦に伴う業務の繁忙の対応,予算・決算業務とされた。そして,三六協定の内容は,全国の他の店舗でも同様であった。
 (乙1〔枝番含む〕,証人V49項,弁論の全趣旨)(3) 被告会社の給与体系等
ア 被告会社の給与体系一覧表(甲55)では,新卒者の場合,最低支給額19万4500円であり,内訳は,基本給12万3200円,役割給7万 1300円とされていたが,最低支給額については,時間外労働が役割給 に設定された80時間に満たない場合,不足分を控除するため,本来の最 低支給額は12万3200円である旨が記載されていた。また,社員雇用契約書兼通知書(甲59)では,役割給とは予め給与に 組み込まれた固定時間外手当と固定深夜勤務手当であり,設定された時間 に達しなかった場合はその時間分を控除し,その時間を超えて勤務した場 合は超えた実質分を残業代として支払う旨記載されていた。つまり,時間外労働として80時間勤務しないと,時間給単価で不足分 が控除されることとなっており,役割給は,実質,時間外手当といえるも のであった。一方,被告会社のホームページでは,営業職19万6400円と記載され,Tでは,営業職月給19万6400円(残業代別途支給)と記載され ていた。(甲55,59,91,92,証人V)
イ Gの給与は,基本給12万3200円,役割給7万1300円を基礎と して,これに,時間外・深夜割増給与,交通費等が支給されていた(甲2 2〔枝番含む〕)。ウ 被告会社の店舗本部第一支社中部関西店舗部の部長であったUは,平成 19年5月,Gを含めた新入社員に対する研修講義の中で,1か月25日 出勤及び1日12時間勤務とする1か月300時間の労働時間(251時 間を超えると割増賃金が発生することなども説明)の給与額や,1か月6 日を休日とし,20万円の給与を得ようとすると1日10.5時間勤務し なければならないことなど,給与計算の方法等を説明した(甲89・46 頁,証人U)。(4) Gの死亡等
ア Gは,平成19年8月11日未明,自宅において,急性左心機能不全により死亡した。死亡当時,24歳であった。
(甲8,10)
イ Gは,死亡前日は休日のため,自宅にいた。そして,Gの体調に特に変化はなく,通常どおりに家族と夕食を取った後,自室に入った。
 しかし,翌朝の平成19年8月11日午前6時40分ころ,原告BがG を起こしに行ったところ,Gはベッドにうつ伏せになった状態で亡くなっ ていた。Gは,既往歴は特になく,湿疹のため皮膚科で塗布剤を処方されて使用しているほか現病歴はなかった。
(甲9,33)
ウ Gは,平成18年4月1日,当時在学していた大学で健康診断を受けた。その診断において,胸部エックス線検査では所見に異常なし,主な既往歴では特記事項なし,その他特記事項についてもなしとされた。
(甲29)
エ Gは,平成19年7月22日,被告会社のバーベキューパーティーで一気飲みをして急性アルコール中毒で倒れ,救急車で病院へ運ばれ,点滴注 射などの処置を受け,3時間程度安静にした後,帰宅した。その時にGの 治療を担当した医師は,急性左心機能不全との因果関係については一切関 係ないと考える旨の意見書(甲74)をb労働基準監督署長宛に提出して いる。(甲31の2,69,74) (5) Gの解剖所見等
Gを解剖したY大学大学院医学研究科法医学講座のQ医師は,b労働基準 監督署長に対し,次の内容の報告をした。診断傷病名は,急性左心機能不全である。
他覚的所見,検査結果等について,心臓には肉眼的に心室軽度拡張は認め られるものの,肉眼的検査及び組織学的検査において,虚血性心疾患や心筋 症などの疾病を判断するほどの所見は認められなかった。その他,両肺は重 く液汁を多量に含んでおり,組織学的にもうっ血性肺水腫を示していた。な お,血中トロポニン検査が陽性であるため,何らかの心筋障害の可能性を否 定するものではないが,死後のトロポニン漏出もあり,生体ほどの診断的価 値はないといえる。結果として,肉眼的及び組織学的に特に基礎疾患は認め なかった。なお,心臓は407グラムである。大動脈起始部に粟粒大から半米粒大ま でのアテローム斑が少許散在し,心室腔は左右ともにやや拡張している。心 臓について,特に虚血性変化を示す部位は認めないが,右室筋層がやや波立 った走行を示す。疾患の発症原因については,不詳である。Gの病態は,現代の法医学では未だ原因の確定していない病態のひとつで,青壮年急死症候群,あるいは俗 名ポックリ病と称されるものにあてはまる。急性左心機能不全の基礎疾患としては,1高血圧性心疾患,2心弁膜症, 3人工弁機能不全,4先天性心疾患,5心筋疾患,6虚血性心疾患,7不整 脈が挙げられるが,Gの心臓の肉眼的所見及び組織学的所見から,2ないし 6が基礎疾患である可能性は否定される。また,Gが生前高血圧症の既往は ないと聞いているので,1が基礎疾患である可能性も否定され,急性左心機 能不全を起こした原因は,何らかの原因で重篤な不整脈が発症したことによ るものと思われる。もっとも,死後の心臓の肉眼所見や組織検査から不整脈 のような機能的異常を突き止めることはほとんどの場合不可能である。なお,心拍動は自律神経と関連が深いため,体調の変化などにより不整脈 が誘発されやすく,疲労や睡眠不足などで不整脈が起こることは容易に考え られる。Gは,死亡時,長時間労働などによる疲労によって不整脈を起こし やすい体調であったかもしれない。(甲8,9,71) (6) 厚生労働省の基準
厚生労働省は,脳血管疾患及び虚血性心疾患等について,業務による明ら かな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著 しく増悪し,脳・心臓疾患が発症した場合は,その発症に当たって業務が相 対的に有力な原因であると判断し,業務に起因することの明らかな疾患とし て取り扱うものとし,具体的には,発症に近接した時期における負荷のほか, 長期間にわたる疲労の蓄積を考慮することとし,発症前1か月間に概ね10 0時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり概ね8 0時間を超える時間外労働(1週間当たり40時間を超えて労働した時間 数)が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることな どを内容とした脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準を定めている(甲93)。
(7) 労働者災害補償保険法による保険給付における判断等
地方労災医員のZ医師は,業務とGの死亡との関連性について,発症前1 か月間の時間外労働時間数は79時間46分であり,平均時間外労働時間数 は2か月平均92時間20分,3か月平均104時間17分,4か月平均9 8時間10分等であり,明らかに過重な労働に従事しており,発症前,Gに は明らかな固有の疾患となるものは認められておらず,突然死は過重な業務 によるものと考えざるを得ないとし,Gの疾患と業務には関連性があると判 断した(甲36)。そして,b労働基準監督署は,調査の結果,特段異常な出来事に遭遇した 事実は認められず,短時間の過重業務についても認められないが,長期間の 過重業務については,発症前1か月間の総労働時間数226時間54分,時 間外労働時間数79時間46分,また発症前2か月間ないし5か月間におけ る1か月あたりの平均の時間外労働時間数は78時間から104時間の間を 推移していることから,長期間の長時間労働により,著しい疲労の蓄積をも たらす,特に過重な業務に就労していたものと認められるとし,Gの死亡が 被告会社における業務に起因するものであると認めた(甲35)。(8) 被告会社の組織体制等
ア 被告会社の組織体制は,平成19年8月1日当時,別紙6「株式会社α組織図」のとおりであり,管理本部の下に人事管理部があり,店舗本部の 下に第一支社,第二支社,第三支社及び第四支社が存在した。従業員の健康管理,労務管理を担当していたのは人事管理部であり,人 事管理部が,給与計算,勤怠時間の集計,社会保険の手続,退職の手続を 行っており,勤怠実績表の労働時間,給与計算上判明する残業時間等を把 握できる体制となっていた。もっとも,平成19年当時,人事管理部では, 勤怠実績表の入力後の閲覧は可能であったが,残業時間はコンピューター画面上でしか見ることができなかったので個別的な確認作業は実施してい なかった。そして,実際には,各店舗の従業員の労働時間,勤務時間の管理はまず は各店舗の店長が行っていた。労働時間が長時間にならないようにするた めの仕組みとしては,店長,店舗本部長又はブロック長,支社長が把握し, 勤務時間,休暇日数等で問題がある場合は指導することとなっていた。a 店についていえば,それぞれに該当するのがa店店長,eブロック長,中 部関西店舗部長,第一支社長となる。(甲56,証人V)
イ 被告会社の就業規則では,入社時及び毎年2回の健康診断を行うこと,新たに雇用される者は,3か月以内に受けた健康診断書(特に消化器系を チェックしたもの)を人事部に提出しなければならないとされていた(甲 54)。2 Gの死亡と被告会社における労働との因果関係(争点(1)) (1) Gの業務開始時刻についてまず,Gの業務開始時刻について検討する。
ア Gについては,N調理長やM店長が事前に基本的に半月分の予定を組み,ワークスケジュールに入力する仕組みになっていたところ,それに基づく Gの勤怠実績表(甲21〔枝番含む〕)では,概ね出勤時刻が午前10時 となっている。しかし,これは,本来なら,ワークスケジュールで,勤務開始時刻を午 前10時と設定した場合,午前9時30分より前に出勤しても打刻できな いシステムとなっていたところ,ワークスケジュールの入力を忘れていた 場合,出勤時刻の打刻が勤務開始時刻として確定してしまうことから,M 店長が後に,午前10時と修正したことによって生じたものである(乙2, 証人M6ないし10項)。また,被告会社はb労働基準監督署への報告において,出勤時刻を午前 10時ではなく,午前9時30分などとし,勤怠実績表と異なる報告をし ている(甲49の3ないし49の6)。したがって,勤怠実績表の出勤時刻を業務開始時刻と認めることはでき ない。イ Gのブログでは,1日の流れとして,起床午前5時30分,家を出る時 間午前7時50分,職場へ到着午前8時30分,作業開始午前8時30分, 昼食と休憩午後2時30分,業務再開午後4時30分,業務終了午後11 時,帰宅午前0時30分と記載している(甲31の1)。しかし,ブログに書いた記載内容は,頑張っている姿を伝えたいとの思 いもあり(B18項),真実であるとは限らないこと,a店に入店するた めにはS株式会社による施錠管理システムを解除しなければならないとこ ろ,その解除時間は午前8時30分よりも遅い時間になっている日が多々 あること(甲65〔枝番含む〕,乙3)などからすると,ブログの記載か ら勤務開始時刻を認めることはできない。ウ Gは,自宅から自転車でJRf駅へ行き,そこから電車でaへ行き,駅 前にあるa店で就業していた(甲81,95)。そして,f駅自転車等駐車場では,平成19年5月から同年6月中旬こ ろまでは,概ね午前8時前に入庫時刻が記録されており,同年6月下旬こ ろから同年7月下旬ころまでは,概ね午前8時過ぎに入庫時刻が記録され ていた。なお,それ以降は,Gが定期券を利用するようになったため,入 庫時刻は記録されなくなった(甲47〔枝番含む〕,95)。f駅からaまでは,電車で約25分であった(甲83)。
以上の事実からすると,Gは,午前9時ころにはa店に出勤していたも のと推認される。そして,M店長は,Gが午前9時過ぎに出勤していたと供述していること(証人M13項),N調理長は,自分が午前9時45分に出勤していた 際,Gがまな板やタオルを洗ったりする作業,特にまな板を洗っている作 業を見たことが多かったと供述している(証人N7,19項)ところ,G のメモによると,それは業務を開始してから28分までの作業であること (甲88・29頁),パートのPは,自分が午前9時15分ころには出勤 しているところ,Gは自分と同じくらいか少し早く来て店の前で待ってい ることもあったと供述していること(甲79),パートのOは,自分が9 時ころに出勤しているところ,Gは自分と同じくらいに出勤し,Oの出勤 前にGが出勤していたことが2回ほどあり,鍵をGに渡したこともあった と供述していること(甲80,証人O5,7項)といったa店における関 係者の供述を踏まえると,Gは,午前9時ころには出勤し,遅くとも午前 9時15分までには業務を開始していたものと認められる。なお,Gの遅出の日(午前10時からの業務開始と指示されていない 日)では,勤務開始時刻より何分ほど前に出勤していたかは明らかではな いが,弁論の全趣旨によれば,出勤打刻時刻には業務を開始していたもの と認められるため,同時刻を労働時間の始業時刻とする。(2) Gの休憩時間について
次に,Gの休憩時間について検討する。
 被告らは,休憩時間について,昼の営業が終了した後の午後2時ころから夜の営業準備をする午後4時30分ころまでの2時間から2時間30分であ り,Gは少なくとも2時間は休憩していた旨主張する。しかし,Gの勤怠実績表(甲21〔枝番含む〕)では,午前10時からの 出勤時刻の場合,休憩時間が1時間とされていた。そして,ワークスケジュ ールでは,自動的に1時間と記録されるが,店長等はその修正ができるにも かかわらず,それをしていなかった(証人U10項)。また,被告会社は,労働基準監督署への報告において,休憩時間は1時間などと記載している(甲49の3ないし49の6)。 そして,前記1(1)イのとおり,午後2時までに客が入店すれば,それ以降に注文を受け付けることもあったのであり,必ずしも午後2時になれば業 務が終了するわけではなかった。そして,客が帰り,その片付け等が終わっ た後であっても,そこから休憩を取りながらミーティングをしていたのであ り(甲49の2),被告らが主張するほどの休憩を取ることができたとは認 められない。そして,Gが,休憩時間中に,包丁を研いだり,かつらむきの 練習をしていたことがあったこと(証人N14項)などを踏まえると,Gの 休憩時間が1時間を超えることはなかったものと認められる。そして,Gが,休憩時間中に座敷で仮眠をとっていた(証人M17項,証 人O22項)としても,1時間の休憩時間の間ともいえ,前記認定事実を左 右するには足りない。(3) 労働時間に関する被告らの主張について 被告らは,Gが早く出勤したことや,休憩時間に休憩せず,包丁を研いだりしていたことは,業務とは関係なく,Gが自主的にしていたものであるか ら,その間を労働時間に含めるべきではない旨主張する。証拠(証人M及び証人N)によれば,M店長やN調理長は,Gが早く出勤 することについて注意し,手当が付かないから早く出勤する必要はない旨告 げていたことが認められる。しかし,N調理長は,自身で教える以外に,パートのOに指導を指示した ことがあるところ,Oはそれに基づいて朝の仕事をGに教えていたこと(証 人N20項,証人O11項),a店に入店するために必要なカードキーを保 有しているのは,出入り業者,M店長,N調理長及びa店従業員のβであっ たが,N調理長はそのカードキーをパート職員に渡しており,そのパート職 員からGにも渡っていたところ,N調理長は,そのことを認識しながら注意 していなかったこと(甲64,証人M11項,証人N1,9項),Gが出勤後行っていた業務は,調理師が午前10時に出勤するまでにパート従業員や a店の従業員が行わなければならない仕事であること(証人O60ないし6 3項)などからすれば,M店長やN調理長は,Gが行っていた朝の業務につ いて,Gが行うことを認識し,認容していたものと認められる。そして,証拠(甲58,88,89)及び弁論の全趣旨によれば,Gは, 自己の履歴書に,中途半端は嫌でできるまでやる,完璧主義という精神の下, 挑戦研究し続けていく性格である旨などを記載しているとおり,研修等で学 んだ内容をノートに克明に記録するなど非常に真面目な性格であり,一所懸 命に仕事に取り組んでいたことが認められ,また,新入社員であったことな どから,自己が必ずしも午前10時までにやらなければならない業務や休憩 時間にしなければならない業務ではなかったにもかかわらず,積極的に当該 業務を行っていたものと認められる。そして,こうした時間について,厳密に,被告会社によるGへの指揮命令 関係が存在していたといえるかは格別,Gの行わなければならない業務であ るか,あるいはそれと密接に関連している業務であったのであるから,Gの 業務と死亡との因果関係との判断においては,勤務時間として算定すべき時 間であるといえる。(4) まとめ 以上によれば,Gの労働時間,休憩時間,総労働時間数及び時間外労働時間数は,別紙7のとおりとなる。すなわち,Gの労働時間は,死亡前の1か 月間では,総労働時間約245時間,時間外労働時間数約103時間,2か 月目では,総労働時間約284時間,時間外労働時間数約116時間,3か 月目では,総労働時間約314時間,時間外労働時間数約141時間,4か 月目では,総労働時間約261時間,時間外労働時間数約88時間となって おり,恒常的な長時間労働となっていた。そして,前記1(6)に認定した認定基準は,労働者災害補償保険法の定める業務起因性の認定に関するものではあるが,安全配慮義務違反あるいは不 法行為と死亡との間の相当因果関係を判断するにあたっても経験則として重 視することができるものと解される。これを本件についてみると,Gの労働時間は,前記のとおり,4か月にわ たって毎月80時間を超える長時間の時間外労働となっており,Gが従事し ていた仕事は調理場での仕事であり,立ち仕事であったことから肉体的に負 担が大きかったといえることからすれば,前記の認定基準に照らしても,G の直接の原因となった心疾患は,業務に起因するものと評価でき,後述する 被告会社の安全配慮義務違反等とGの死亡との間の相当因果関係を肯認する ことができる。(5) 因果関係に関する被告らの主張について
ア 被告らは,Gの業務内容は単純な作業であり,精神的な負荷がかかる作業ではなかった旨主張する。
 確かに,Gの業務内容は,前記1(1)ウのとおり,比較的単純な作業であり,精神的に大きな負荷がかかる作業であったとはいえない。 しかし,Gの生真面目で何事にも一所懸命に取り組む性格や,調理場に は一人しかいない新入社員であり,周りに気を配らなければならない立場 にあったこと,実際,アルバイト従業員よりも仕事ができないにもかかわ らず,給料が多いことなどを気にしていたこと(甲76,弁論の全趣旨) などからすれば,精神的にも相当程度の負担を感じていたことが認められ るのであって,業務内容が比較的単純な作業であることから,Gの業務と死亡との間の相当因果関係を否定することはできない。
イ 被告らは,Gが多量に飲酒していたことや,深夜にパソコンをするなど して業務と無関係の作業のため,睡眠時間が短くなり,死亡の原因になった旨主張する。
 しかし,M店長やN調理長は,Gと飲みに行ったことはなく,Gが飲み過ぎで二日酔いの様子を見たことがないこと,多量の飲酒をするイメージ がないことなどを供述していること(証人M46ないし49項,証人N2 7項)からして,Gが恒常的に多量の飲酒をしていたものとは認められな い。また,Gが,深夜や早朝に日々パソコンを使用しており,そのために 睡眠不足になったことを認めるに足りる証拠はなく,Gは仕事のあった日 は概ね午前0時過ぎに帰宅していたことからすると,業務と関連性なしに 睡眠時間が短くなり,Gを死亡に至らせる要因になったとはいえない。ウ γ医師の意見書(乙5〔枝番含む〕)には,超過勤務時間は約80時間 であり,長めであるが,休暇は週に1日か2日であり,休憩も取られてい たことから,24歳という年齢を考えると,過重労働とは考えにくく,勤 務体制が発症率を高めたとみることはできず,勤務との因果関係を見い出 すことは極めて困難であること,過度の飲酒等がGの死亡の原因であるこ となどが記載されている。しかし,同意見書では,労働時間や休憩時間,Gが過度の飲酒をしてい たことなど,その前提とする事実について,前記認定事実に反することな どから,同意見書を採用することはできない。(6) 結論 以上のことからすると,後述する被告会社の安全配慮義務違反等とGの死亡との間に相当因果関係があるものと認められる。
 3 被告らの責任(争点(2))(1) 被告会社の責任 使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心 身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして,この義務に 反した場合は,債務不履行を構成するとともに不法行為を構成する。被告会社は,労働者であるGを雇用し,自らの管理下におき,a店での業務に従事させていたのであるから,Gの生命・健康を損なうことがないよう 配慮すべき義務を負っていたといえる。具体的には,Gの労働時間を把握し, 長時間労働とならないような体制をとり,一時,やむを得ず長時間労働とな る期間があったとしても,それが恒常的にならないよう調整するなどし,労 働時間,休憩時間及び休日等が適正になるよう注意すべき義務があった。しかるに,前記1(1)ないし(3)で認定したとおり,被告会社では,給与体 系において,本来なら基本給ともいうべき最低支給額に,80時間の時間外 労働を前提として組み込んでいた。また,三六協定においては1か月100 時間を6か月を限度とする時間外労働を許容しており,実際,特段の繁忙期 でもない4月から7月までの時期においても,100時間を超えるあるいは それに近い時間外労働がなされており,労働者の労働時間について配慮して いたものとは全く認められない。また,Gについては被告会社に入社以後, 健康診断は行われておらず(証人V3項),Gが提出した健康診断書は,被 告会社への入社1年前に大学で実施した簡易なものであり(前記1(4)ウ), 被告会社の就業規則で定められていたことさえ守られていなかった。そして,前記1(8)で認定したとおり,労働者の労働時間を把握すべき部 署においても,適切に労働時間は把握されず,a店では,1か月300時間 を超える異常ともいえる長時間労働が常態化されており,Gも前記のとおり の長時間労働となっていたのである。それにもかかわらず,被告会社として, そのような勤務時間とならないよう休憩・休日等を取らせておらず,何ら対 策を取っていなかった。以上のことからすると,被告会社が,Gの生命,健康を損なうことがない よう配慮すべき義務を怠り,不法行為上の責任を負うべきであることは明ら かである。(2) 被告取締役らの責任 会社法429条1項は,株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ,取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には, 第三者を保護するために,法律上特別に取締役に課した責任であるところ, 労使関係は企業経営について不可欠なものであり,取締役は,会社に対する 善管注意義務として,会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮す べき義務を負い,それを懈怠して労働者に損害を与えた場合には同条項の責 任を負うと解するのが相当である。被告会社においては,前記認定の被告会社の組織体制からすると,勤務時 間を管理すべき部署は,管理本部の人事管理部及び店舗本部であったという ことができ,a店については,そのほか,店舗本部の第一支社及びその下部 の組織もそれにあたるといえる。したがって,人事管理部の上部組織である管理本部長であった被告Fや, 店舗本部長であった被告D,店舗本部の下部組織である第一支社長であった 被告Eも,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき 義務を負っていたといえる。また,被告Cは,被告会社の代表取締役であり, 経営者として,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築す べき義務を負っていたということができる。しかるに,被告会社では,時間外労働として1か月100時間,それを6 か月にわたって許容する三六協定を締結しているところ,1か月100時間 というのは,前記1(6)のとおり,厚生労働省の基準で定める業務と発症と の関連性が強いと評価できるほどの長時間労働であることなどからすると, 労働者の労働状態について配慮していたものとは全く認められない。また, 被告会社の給与体系として,前記1(3)アのとおりの定めをしており,基本 給の中に,時間外労働80時間分が組み込まれているなど,到底,被告会社 において,労働者の生命・健康に配慮し,労働時間が長くならないよう適切 な措置をとる体制をとっていたものとはいえない。確かに,被告会社のような大企業においては,被告取締役らが個別具体的な店舗労働者の勤務時間を逐一把握することは不可能であるが,被告会社と して,前記のような三六協定を締結し,給与体系を取っており,これらの協 定や給与体系は被告会社の基本的な決定事項であるから,被告取締役らにお いて承認していたことは明らかであるといえる。そして,このような三六協 定や給与体系の下では,当然に,Gのように,恒常的に長時間労働をする者 が多数出現することを前提としていたものといわざるを得ない。そうすると,被告取締役らにおいて,労働時間が過重にならないよう適切 な体制をとらなかっただけでなく,前記1(6)の基準からして,一見して不 合理であることが明らかな体制をとっていたのであり,それに基づいて労働 者が就労していることを十分に認識し得たのであるから,被告取締役らは, 悪意又は重大な過失により,そのような体制をとっていたということができ, 任務懈怠があったことは明らかである。そして,その結果,Gの死亡という 結果を招いたのであるから,会社法429条1項に基づき,被告取締役らは 責任を負う。なお,被告取締役らは,被告会社の規模や体制等からして,直接,Gの労 働時間を把握・管理する立場ではなく,日ごろの長時間労働から判断して休 憩,休日を取らせるなど具体的な措置をとる義務があったとは認められない ため,民法709条の不法行為上の責任を負うとはいえない。4 損害(争点(3)) (1) Gに生じた損害
ア 死亡による逸失利益 4866万5308円 証拠(甲17ないし19)によれば,Gは,死亡前に被告会社で勤務していた当時,平均賃金が日額7425円19銭,特別給与の額は7万45 31円であり,年額278万4725円の収入(円未満切り捨て。以下同 じ)となることが認められる。しかしながら,Gは,大学卒業後,被告会社に入社してわずか4か月で死亡しており,この額を基礎収入とすることは相当ではない。
 そして,Gの前記の実収入額や業務内容,大学を卒業していることなど を考慮すると,基礎収入は,平成19年賃金センサス第1巻第1表企業規 模計・学歴計・男性労働者の全年齢平均賃金相当額の年収554万720 0円とするのが相当である。そして,Gは独身であったことから生活費控 除率を5割とし,67歳までの就労可能年数43年間に対応するライプニ ッツ係数(17.5459)を乗じると,Gの死亡による逸失利益は以下のとおりとなる。 554万7200円×(1-0.5)×17.5459=4866万5308円
イ 死亡による慰謝料 2300万円
Gは,本件死亡時24歳と若く,これから自己の店を持つことを希望し, 被告会社における仕事に懸命に取り組んでいたことや被告会社の勤務体系 ・給与体系等一切の事情を考慮すると,Gの死亡による慰謝料は,230 0万円が相当である。(2) 原告らの相続額 原告らは,Gの父母であるところ,相続により,同人の前記(1)の損害額7166万5308円を,各2分の1の割合で取得したことから,その損害額は,各3583万2654円となる。
 (3) 葬祭料 150万円(原告Aについて)証拠(甲16)によれば,原告Aは,平成19年8月15日,Gの葬儀を 行ったことが認められ,150万円についてGの死亡と相当因果関係のある 損害と認めるのが相当である。(4) 損益相殺 153万7780円(原告Aについて)
ア 前提事実(3)のとおり,原告Aは,労災保険から葬祭料として53万7780円の支払を受けているため,同額は,損益相殺として,原告Aの損害額から控除すべきである。
イ 前提事実(4)のとおり,被告会社は,平成21年1月30日,原告Aに対し,死亡弔慰金として100万円を支払っているところ,その金額や, 本件訴えが提起された後に支払われたものであることからして,原告Aの 損害をてん補するために交付された損害賠償金と認めるのが相当であり, 原告Aの損害額から控除すべきである。(5) 弁護士費用 各350万円 本件事案の内容,審理経過,認容額等に照らし,原告らの弁護士費用として,各350万円と認めるのが相当である。
 (6) 合計
よって,原告Aの損害額は3929万4874円,原告Bの損害額は39 33万2654円となる。(7) 遅延損害金 被告会社については,不法行為に基づく損害賠償責任であるため,不法行為による損害発生日である平成19年8月11日から遅延損害金の支払義務 を負う。被告取締役らについては,会社法429条1項に基づく損害賠償責任であ るため,履行の請求を受けたときに遅滞に陥るところ,本件において,原告 らが履行の請求をしたと明らかに認められるのは,本訴状(乙事件)送達に よってであるから,本訴状(乙事件)送達の日の翌日である平成21年1月 21日から遅延損害金の支払義務を負う。5 過失相殺(争点(4)) 被告らは,Gの動脈硬化等の基礎疾患や,慢性的な睡眠不足及び過度の飲酒により,Gの日常生活における不摂生,健康を保持すべき義務(自己管理)を 怠ったことが死亡の一因であるから,過失相殺がなされるべきである旨主張す る。しかしながら,前記2(5)イで認定・判断したとおり,睡眠不足がGの責任 であることや,Gが日常的に過度の飲酒をしていたとはいえない。また,前記1(5)によれば,Gが動脈硬化等の基礎疾患を有していたものと までは認められない。なお,Gが真面目であり,几帳面であったことなどから,その性格が死亡に 寄与したことを理由に過失相殺することが考えられるが,Gの前記性格は,一 般の社会人の中にしばしばみられるものであって,労働者の個性として通常想 定される範囲内のものであるから,被告らの賠償すべき損害額を決定するにあ たって考慮すべき事情であるとまではいえない。その他,本件全証拠によっても,Gの側に過失があったことを認めるに足り る事情はない。6 結論 以上のとおり,被告会社は,原告Aに対し,3929万4874円,原告Bに対し,3933万2654円及び各金員に対する平成19年8月11日から, 並びに被告取締役らは,原告Aに対し,連帯して3929万4874円,原告 Bに対し,連帯して3933万2654円及び各金員に対する平成21年1月 21日から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金 の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の部分についてはいずれ も理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。京都地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官 大 島 眞 一
裁判官和久田 斉
裁判官 戸 取 謙 治
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