主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,12万1680円及びこれに対する平成20年6月 1日から完済日が奇数月に属するときはその月の前々月末日まで,完済日が 偶数月に属するときはその月の前月末日まで,2か月当たり2%の割合によ る金員を支払え。(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
 主文と同旨
第2 当事者の主張
1 事案の概要
 放送受信契約を締結したのに受信料の未払があると主張する原告が,被告に 対して未払受信料12万1680円及びこれに対する約定利率による遅延損害 金の支払を求めた事案である。
 これに対して,被告は,原告との間に放送受信契約を締結した事実はなく, 妻が被告に無断で被告名義にて放送受信契約書に署名押印したにすぎないと反 論している。そこで,原告は,妻の行為が日常家事債務(民法761条)に含 まれるので夫である被告は連帯責任を負うこと,被告は妻へ代理権を授与して いたこと,表見代理(民法110条)が成立すること,被告が妻の行為を追認 したこと,のいずれかにより放送受信契約の効力が被告に及ぶと主張している。2 請求原因
(1) 法及び規約 原告は,放送法に基づいて設置された法人であり,放送法32条3項に基づき,総務大臣の認可を受けて,別紙「日本放送協会放送受信規約概要」 (添付省略)記載のとおり,放送受信契約の内容を定めた日本放送協会放送 受信規約(以下「規約」という。)を定めている。
 なお,「期」とは,規約6条に定める2か月ごとの支払期間をいい,4月 及び5月を第1期とし,以後第6期まで同様である。
(2) 契約の締結
ア 日常家事債務の連帯責任
 原告は,平成15年2月7日,被告との間で,放送受信契約(以下,原 告と被告との間で締結された放送受信契約を「本件契約」といい,一般的 な放送受信契約とは区別する。)を締結した。その際,被告の妻であるA (以下「A」という。)が,被告名で放送受信契約書に署名押印し,被告 名義で平成15年2月及び3月の受信料4680円を支払った。
本件契約の締結は,民法761条(日常の家事に関する債務の連帯責 任)の日常の家事に関する法律行為に含まれるので,その法律効果は被告 に帰属する。すなわち,放送受信契約の締結は,現在の日常生活に不可欠 のテレビ放送に関する契約であること,原告の放送を受信できる受信設備 を設置した者は放送法32条1項により放送受信契約を締結すべき法的義 務を負っていること,放送受信契約を締結した場合の一月当たりの負担額 も2400円であることなどからすれば,「日常の家事」に含まれること は明白である。イ 代理権
 Aは,本件契約当時,本件契約の締結について代理権を与えられていた。
 すなわち,被告は,Aに対し,夫婦にとって何らかの方針決定が必要な法 律行為を除く日常生活に伴う法律行為等について,その要否の判断を委ね, 代理権を授与していたものであり,本件契約の締結は,夫婦にとって何ら かの方針決定が必要な法律行為ではなく,日常生活に伴う法律行為である から,Aが被告から与えられていた代理権の範囲に含まれる。
ウ 表見代理
 仮に,本件契約の締結がAの代理権の範囲に属さないとしても,表見代 理が成立し,本件契約は有効に被告に帰属する。すなわち,被告は,Aに 対し,夫婦にとって何らかの方針決定が必要な法律行為を除く公共料金に 関することなど被告の家庭にとって日常生活に伴う法律行為等について, その要否の判断を委ね,代理権を授与していたものであり(基本代理権の 授与),本件契約の締結がAの代理権に属さないとした場合,本件契約の 締結は,基本代理権を超えて締結されたことになる。しかし,Aは本件契 約の締結が自らの代理権の範囲内にあると信じており,かつ同人が本件契 約の締結を行う際の態度に不自然不信な点はなく,「B」という印鑑を用 いて押印し,2か月分の放送受信料4680円を支払った。一方,原告の 契約取次者は,マニュアルに従い適切に本件契約を締結した。また,原告 の契約取次者は,Aと面談する時,契約者名を夫婦のいずれにするかにつ いては,誰の名前で契約して欲しいとのお願いはせず,Aの判断を尊重し ていた。したがって,本件契約の締結に際し,放送受信契約の締結がAの 代理権の範囲に属さないことにつき,原告の善意無過失は明らかである。エ 追認
 仮に,本件契約の締結がAの代理権の範囲に属さないとしても,本件契 約は被告により追認された。すなわち,被告は,原告と放送受信契約を締 結したくないと考えていたが,それにもかかわらず,Aは,放送受信契約 の締結がAの代理権の範囲に属すると信じ,本件契約の締結について被告 に報告する必要はないと考えていた。これらの事実を考え合わせると,被 告夫婦の間には放送受信契約の締結について決定的なそごが生じていたこ とになる。ところが,Aはおよそ10か月にわたり放送受信料を支払い続 けたのであり,これほど長きにわたって,夫婦間のそごが顕在化しなかっ たとは考えにくい。そうすると,4回の被告名義での放送受信料の支払の いずれかの回からは,本件契約の存在が被告の知るところとなり,被告の 了解の下に放送受信料の支払が行われたと解するのが自然である。したが って,仮に本件契約の締結がAの代理権の範囲に属さないとしても,本件 契約は被告により追認されたと考えられる。
(3) 未払 被告は,平成15年12月1日から平成20年3月31日まで(平成15 年度第5期から平成19年度第6期まで)の52か月分の放送受信料合計12万1680円を支払っていない。
(4) よって,原告は,被告に対し,本件契約に基づき,12万1680円及び これに対する訴えの変更申立書送達日の属する期の翌期の初日である平成2 0年6月1日から支払済みの日が属する期の前の期の末日まで,約定の利率 である2か月当たり2%の割合による遅延損害金の支払を求める。3 請求原因に対する認否及び主張
(1) 請求原因(1)は知らない。
(2) 請求原因(2)アのうち,Aが被告名で放送受信契約書に署名押印し,被告 名で受信料4680円を支払ったことは認め,被告がAに放送受信契約の締 結の代理権を授与したことは否認し,原告と被告との間で本件契約が締結さ れたとの主張は争う。
 イの主張は争う。
 ウの主張は争う。表見代理は成立しない。
 エの主張は争う。
(3) 請求原因(3)は認める。
(4) 被告の主張(日常家事債務について)
ア 民法761条は,実質的には夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為 について他方を代理する権限を有することを規定している。そして,「日 常の家事」とは,夫婦共同生活に必要とされる一切の事務であり,その具 体的範囲は,夫婦の社会的地位,職業,資産,収入,夫婦が生活する地域 社会の慣習等の個別事情のほか,当該法律行為の種類,性質等の客観的事 情を考慮して定められるべきものである。
 日常の家事とは,衣食住という夫婦の共同生活の基本的部分にかかわる ものをいい,こうした夫婦の基本的部分について,夫婦の生活状況に照ら して必要かつ相当な支出を伴う契約の締結が日常の家事の範囲とされるべ きである。
 これに対し,夫婦の共同生活の基本的部分にかかわらないものや,夫婦 の生活状況に照らして,不必要ないし不相当な支出を伴う契約の締結は, 日常家事の範囲外とされるべきである。そして,契約の目的物の必要性の 判断や支出の相当性の判断には,個々の夫婦の意思や事情も考慮されるべ きである。
イ 被告ら夫婦は,同年代の一般家庭と同等の生活水準にある。そして,本 件契約に基づく受信料は,月額2340円と,月単位でみればそれほど高 額とは言い難いが,本件契約は継続的に支払義務が生ずる契約であり,1 年間でも2万8080円,居住年数によってはそれを優に超える金員の支 払を求められる契約である。原告は,12か月前払の方式も受け付けてお り,この場合,12か月の受信料は2万6100円である。
 放送受信契約は,放送の受信に関する契約であるところ,放送に関して は,その情報が視聴者個々人の思想信条の形成に大きな影響を与えるもの であり,その情報の入手源の選択も,個々人の判断に委ねられる必要性が 高いものである。したがって,受信契約の締結が,夫婦共同生活に必要で あるとして,夫婦間に代理権を認めたり,連帯責任を負わせたりすること は,受信したくない放送を受信し,その対価を支払って受信したくない放 送の製作に助力することを強いることになりかねず,個人としての思想信 条の保護に欠けることとなる。すなわち,放送受信契約は,そもそも,そ の性質上,夫婦であるからといって,一方に代理権を与えてよいような性 質の法律行為ではない。また,被告は,近年,原告において度重なる不祥 事が生じていたこともあり,原告が放送する番組を視聴することはなかっ たし,放送受信契約を締結することにも反対していた。
 さらに,昨今のインターネットの普及や他のテレビ放送網の充実により, 公共放送から情報を得なければならない必要性はなくなっている。ウ 以上のとおり,放送受信契約は,衣食住にかかわる契約ではないこと, 被告夫婦に長期間にわたり相当な金銭的負担を強いるものであること,個 人の思想信条にかかわる部分が大きいことの事情を考慮すると,夫婦間で 代理権を認めるのにふさわしくない性質の契約であるといえる。その上, 被告は,放送受信契約の締結を希望しておらず,現に,原告が放送する番 組を視聴しておらず,本件契約を締結しなくても,被告夫婦の生活には支 障がなく,放送受信契約を締結する必要性に乏しく,放送受信契約の締結 が日常家事の範囲に含まれるとはいえない。
 原告の契約担当者は,本件契約の締結が日常家事の範囲内に属するもの かどうか,すなわち,被告の妻に代理権があるのかについて疑念を差し挟 む余地があったといえるにもかかわらず,契約書に被告の妻が被告の名を 署名押印していても,このような疑念を払拭するに足る措置を何ら講じて いないのであるから,本件契約の締結が日常家事の範囲内であると信ずる について正当な理由があったといえない。
エ そもそも,受信料支払債務は,法律で,受信装置を設置した者に対し, 必然的に契約をさせ発生する債務であり,しかも,片務的に発生するもの である(受信装置の設置に対し発生し,対価として徴収するものではな い。)。民法761条が想定するのは,原則的には双務契約の相手方とい うべきであり,判例,裁判例で日常家事債務を認められたものもそうであ る。
オ 放送受信契約の締結には,民法761条は適用されないので本件契約の 効力が被告に帰属することはない。
4 被告の主張に対する原告の反論
(1) 民法761条は,日常の家事の範囲内において,夫婦の一方と取引関係に 立つ第三者を保護することを目的とする規定であると解すべきであるから, 問題になる特定の法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為に属す るか否かは,その夫婦の立場のみに立って判定するのは相当ではなく,その 夫婦と取引関係に立つ第三者の立場にも立って,これを客観的に判定すべき である。したがって,社会通念上生活必需品とされる食糧,衣類,燃料の買 い入れ,夫婦の共同生活に不可欠な家賃,地代,電気水道料金の支払等の法 律行為や,相当な範囲内での家族の保健,娯楽,医療,未成熟の子女の養育, 教育等に関する法律行為は,その行為をする夫婦の主観的意思にかかわらず, 民法761条所定の日常の家事に関する法律行為であると解するべきである。
 他方,日常の生活費としては客観的に妥当な範囲を超える借金をしたり,夫 婦の特有財産である不動産を担保に供したり,それを売却するような行為は, 日常の家事に関する法律行為に属しないものと解するべきである。 テレビ放送や原告との間の本件契約の締結は,相当な範囲内での家族の娯 楽に関する法律行為というべきであり,また,テレビニュース等により日常 生活にかかわる情報や主権の行使にかかわる情報を迅速かつ簡易に取得する ことは,日常生活に不可欠というべきであるから,放送受信契約を締結する 行為は民法761条の日常家事の範囲内の法律行為といえる。
(2) 例えば,食糧,衣類,燃料については,これを継続的に購入するような契 約を締結するような場合,個々の購入が社会通念上相当といえるのであれば, 日常の家事の範囲内というべきであるから,契約の継続性をもって日常家事 に該当しないということはない。
 被告は,受信料について,1年間では2万8080円になると指摘するが, このような事情は,食糧,衣類,燃料を継続的に購入する場合も同様であっ て,長期間の受信料の額を通算することに何ら意味はない。
(3) 放送受信契約は,受信設備を廃棄(廃止)すれば,直ちに解約が認められ る上,仮に,放送受信契約が締結されていても視聴自体を強制させるわけで はない以上,何ら個人の思想信条の保護を奪うものではない。むしろ,受信 機を設置した場合に原告との間で放送受信契約を締結すべきことは法律で定 められていることであり(放送法32条1項),一般の家庭で日常的に行わ れていることである。夫に代わってその配偶者が契約することも珍しくない。
 これを認めなければ,夫が不在がちの家庭では放送受信契約の締結という法 律上の義務を果たす機会が制限されることになる。(4) 被告は,本件契約の締結を望んでおらず,また,本件契約を締結しなくて も,夫婦の生活に支障はなく,本件契約を締結する必要性に乏しかったと主 張する。 しかし,民法761条は,上記のとおり,夫婦の一方と取引関係に立つ第 三者を保護することを目的とする規定であると解すべきであるから,日常家 事の範囲については,その夫婦の立場のみに立って判定するのは相当でなく, その夫婦と取引関係に立つ第三者の立場にも立ってこれを客観的に判定すべ きである。被告の主張は,民法761条の趣旨を没却するものであり妥当で はない。
 また,被告が放送を視聴しているか否かは,受信料支払義務の成否とは直 接関係がない。すなわち,放送法32条1項を受けた規約5条は,受信料支 払義務の発生要件について受信機の設置を要件としているのであって,放送 番組の有無を要件とはしていない。
(5) 放送受信契約は,公法上の契約ではなく,私法上の契約であり,放送法に 特段の規定がないときは民法が適用される。また,放送受信契約は,双務契 約ではなく,片務契約である。さらに,放送受信契約の成立日は,規約では 受信機設置の日とされているが,運用上,放送受信契約の締結時としている。第3 証拠
 証拠関係は,本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。
理由
1 認定事実 請求原因(2)アのうちAが被告名で放送受信契約書に署名押印し,被告名で受信料4680円を支払ったこと,請求原因(3)の事実は当事者間に争いがなく, この争いのない事実に加え,証拠(甲1,2,6,9ないし12,16,証人C の証言,証人A(1回,2回),被告本人尋問の結果(1回,2回))及び弁論 の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定事実に反する証拠は採用しな い。事実認定に供した主な証拠は再掲する。
 なお,原告は,放送受信契約書(甲1)を提出し,作成者として被告,立証趣 旨として放送受信契約の成立を主張していた。ところが,被告が被告作成部分の 成立を争い,被告の署名はAがしたものであり,印章もAのものであると主張し たのを受けて,原告は,原告と被告が直接,本件契約を締結したとする主張を撤 回し,Aによる代理行為等により原告と被告との間に本件契約が締結されたとの 主張に限定したので,放送受信契約書(甲1)の被告作成部分はAが被告名義で 署名押印したものとして扱うこととする。
(1) 取次者 Cは,平成12年12月から平成18年11月までの間,原告(札幌放送 局)の契約取次業務に従事していた。この期間のうち,平成12年12月から 平成14年3月までは株式会社Dに,平成14年4月から平成15年3月まで は株式会社Eに派遣社員として所属していたが,この2つの会社はいずれも原 告から契約取次業務の法人受託を受けており,5人前後の社員が従事していた。
 (甲6)
 Cは,平成15年2月7日当時,原告から業務委託を受けた株式会社Eに所 属して,2か月間で約800件の未契約者宅を割り当てられた上で,1日に1 00から200の住宅を訪問し,約20の住宅の方と面会していた。Cは,こ のように多数の取扱件数を受け持っており,個々具体的な事例についての記憶 はないものの,被告が居住する地区を担当したのが,平成15年2月,3月で ある上,被告の居住するマンションが高級マンションであったことから,被告 方を訪問したことだけは記憶している。(甲6)
 Cは,原告のマニュアルに従い,世帯主の妻であっても,放送受信契約を締 結することができると考えていた。(証人C)
 原告と放送受信契約を締結している世帯は,全国的には70%程度であるが, 東北地方では90%を超えているところがある一方で,札幌市内では,世帯の 入れ代わりが多いことから,全国平均よりも低い。(証人C)
(2) 訪問 Cは,平成15年2月7日,被告方を訪問して,Aと面談した。Cは,Aに 対し,放送受信契約書『受信契約者』欄の「フリガナ」「お名前」「ご住所」 「電話」「口座通帳名義」「指定口座」欄に自らピンク色のマーカーで着色し た放送受信契約書を示して,記入を求めた。(甲1,6,証人C)Cは,放送受信契約書の右側半分にある「家屋コード」欄に「l」,「氏 名」欄に「H」,「収納金額」欄に「4680」,「期間(平成)」欄に「1 5年2月~15年3月」,「契約・転入・変更年月」欄に「1502」と記載 していた。(甲1,証人C)Aは,Cにいわれ,放送受信契約書『受信契約者』欄の「フリガナ」欄に 「F」,「お名前」欄に「H」,「ご住所」欄に「a-b 札幌市c区de丁目f-g-h G」,「電話」欄に「i-j-k」,『お支払いは便利でお得 な口座振替でどうぞ』欄の「フリガナ」欄に「F」,「口座通帳名義」欄に 「H」,「指定口座」の「銀行等」欄に「I」と記載し,「お名前」欄の 「H」の横にある印(○を付した文字)欄に「B」印を押印した。Aが被告の 名前を記載したのは,被告が世帯主だからである。(甲1,証人A1回) なお,Aは,放送受信契約書の冒頭の日付欄に「平成14年2月7日」と記 載している(甲1)が,これは誤記である。(A2回)
(3) 支払 Aは,平成15年2月7日,Cに対し,同年2月3月分の受信料として,4 680円を支払った。(争いがない)
 Aは,平成15年4月5月分,6月7月分,8月9月分,10月11月分の 支払として各4680円ずつ支払った。その後,Aは,周囲の人や友人の少な くとも10人以上に受信料を支払っているかについて質問したところ,ほとん どが受信料を支払っていなかった。そこで,Aは,原告に対し,電話で受信料 の徴収が不公平ではないかと問い合わせた。原告の担当者は,受信料を支払っ ているほうが多いと回答したが,Aは払っていない人もいるという事実を確認 して不公平であると思い,以後,原告に対する受信料の支払を止めた。(甲2, 証人A1回,2回)
 Aは,原告から受信料の請求書が郵送されてきても,被告に見せることなく 捨てていた。(証人A1回)
 被告は,平成15年12月1日から平成20年3月31日までの52か月分 の放送受信料12万1680円を支払っていない。(争いがない)(4) 方針 被告は,平成7年ころ,住所地のマンションに転居してきた。被告は,平成 11年ころ,原告の取次者が訪問して,放送受信契約を締結した上,受信料を 支払うよう要請されたが,これを拒絶した。(被告1回)
被告は,平成11年12月,Aと婚姻した。被告夫婦は共働きである。Aは 婚姻する少し前から,住所地のマンションで被告と暮らしている。電気,ガス, 水道等はAが同居する以前から被告名義であった。(証人A1回,2回,被 告) Aは,平成14年9月18日,出産し,3か月前から産休を取得し,平成1 6年1月ころまで育児休暇を取得し,同年2月から職場に復帰した。(証人A 1回)
 被告は,住所地のマンションに転居する以前からテレビを購入し,Aと婚姻 する前から,主に映画を見るためにJに加入し,月額5880円の視聴料を支 払うとともに,Jを通じて放送を視聴している。現在のテレビは,1,2年前 に購入したものである。(証人A,被告2回)
 被告夫婦は,いずれもあまりテレビは視聴せず,原告の番組もあえて視聴し ようとは思わなかった。(証人A1回,被告1回)
 被告夫婦は,札幌簡易裁判所から被告に対して支払督促申立書の送達がある まで,原告との契約,原告から受信料請求について話題にしたことがなかった。
 (証人A,被告)
(5) 提訴 原告は,平成20年3月7日,札幌簡易裁判所に対して,支払督促申立書を 提出した。(顕著事実)
 被告は,同月25日,札幌簡易裁判所に対し,支払督促異議申立書を提出し た。被告は,同申立書に異議事項として,過去数度にわたりNHKから支払催 促の電話及び訪問を受けましたが,その度に次の内容を伝えた。1そもそもN HKは見ていないこと,2一般企業の加入案内等と比較してNHKから消費者 の意思を無視した強引で過度の営業を受けており,精神的に苦痛を覚えている こと,3受信契約の覚えがないので,契約書の提示を求めたこと,4BSの受 信設備もなく,Jとの契約があり,NHKと直接契約をする理由がないこと, 5NHKの度重なる不祥事を理解できず,NHKの受信意思がないこと。(被 告1回)
 札幌簡易裁判所は,同年5月16日,第1回口頭弁論期日において,本件を 民事訴訟法18条に基づき,札幌地方裁判所に移送した。(顕著事実) 札幌地方裁判所は,同年7月18日,第2回口頭弁論期日において,被告に 対し,弁護士に委任することを検討するよう指示したところ,被告は,同月2 3日,中村誠也弁護士及び淺松千寿弁護士を訴訟代理人とする委任状を提出し た。(顕著事実)
 札幌地方裁判所は,平成20年10月22日,双方の代理人を通じて,原告 及び被告に対し,被告が原告との間で新たに放送受信(衛星)契約を締結して, 本件訴訟を終局的に解決することを勧告したところ,被告は,裁判所の和解勧 告に応じたものの,原告は,同年11月13日付け上申書により裁判所の和解 勧告に応じなかった。(被告1回,顕著事実)
 札幌地方裁判所は,平成21年7月13日の第4回口頭弁論期日において, 弁論を終結し,同年9月18日を判決言渡期日と指定したが,原告は,同年8 月21日,弁論再開の申立てをした。原告の同日付け「弁論再開の上申書」に は,再開の理由として,同年7月28日に言い渡された東京地方裁判所の判決 書及び放送受信契約の締結は日常家事債務に関する法律学者の意見書の取調べ のほか,被告に対する請求とは別に,Aに対する請求の追加提起を挙げている。
 (顕著事実)
(6) 放送法
ア 当時の電波監理長官であるK政府委員は,衆議院電気通信委員会において,放送法の特色及び受信料について,次のとおり答弁している。(甲9,1 6) 第一にはわが国の放送事業の事業形態を全国津々浦々に至るまであまねく 放送を聴取できるように放送設備を施設しまして,全国民の要望を満たすよ うな放送番組を放送する任務を持ちます国民的な公共的な放送企業体と,個 人の創意と工夫とにより自由かっ達に放送文化を建設高揚する自由な事業と しての文化放送企業体,いわゆる一般放送局又は民間放送局というものであ りますが,それとの2本建としまして,おのおのその長所を発揮するととも に,互いに他を啓蒙し,おのおのその欠点を補い,放送により国民が十分福 祉を享受できるように図っている(昭和25年1月24日開催の第7回国会 衆議院電気通信委員会議録第一号20頁)。
 今後わが国におきますところの一般放送の受信をすることのできる受信機 を設置した国民は,何人にかかわらず全部この放送協会と契約を結んで,聴 取料を放送協会に納めなければならないことになっておるのであります。こ れは今後民間放送が出て参りましたときに,放送協会の事業を継続する。し かもこの放送協会がもうかるともうからないとにかかわらず,全国的に電波 を出さなければならないという使命を負わされた放送協会といたしまして, この聴取料の徴収ができない場合には,協会の事業は成り立って行かないこ とは明らかでありまして,従ってぜひともこういう聴取料を強制的に徴収す るということが必要になって参るのであります。ところでこれを立場を変え まして,国民の側から見まする時に,仮に日本放送協会の放送を聞かず,も っぱら民間放送だけを聞いている場合でも,この聴取料を納めなければなら ないのでありまして,いわばこれは放送の受信機を持っているということの ための,一種の税金みたいなものではないかという意見も出て参るのであり ます(昭和25年2月2日開催の第7回国会衆議院電気通信委員会議録第4 号3頁)。
イ 放送法逐条解説(金澤薫著・財団法人電気通信振興会・平成18年4月1 日発行)は,受信料について,次のとおり説明している。(甲12) 受信料の法的性格は臨時放送関係法制調査会の報告において明らかにされ ている考え方が一般的に受け入れられている。その報告においては,「受信 料とは,協会の業務を行うための一種の国民的な負担であって法律により国 が協会に徴収権を認めたものである。国がその一般的な支出にあてるために 徴収する租税ではなく,国が徴収するいわゆる目的税でもない。国家機関で ない独特の法人として認められた協会に徴収権が認められたところの,その 維持運営のための受信料という名の特殊な負担金と解すべきである。」とし ている。このため,協会の放送を受信することができる受信設備を設置した 者は,実際に放送を受信し視聴しているか否かにかかわらず,協会と契約し 受信料を支払わなければならない。この意味で,受信料は放送の視聴に対す る対価ではない。協会の財政的基礎を受信料に負うこととしたのは,協会は, あまねく全国に豊かでかつ良い放送番組を提供するために設立された公共的 機関であり,言論報道機関であることから,その財源は,あまねく全国に放 送することを可能とするものであるとともに,国,広告主等の影響をできる だけ避け自立的に番組編集を行えるものとする必要があり,このことを実現 するために,税や広告収入ではなく,特殊な負担金である受信料制度による ことが望ましいと判断したものである(149頁)。
 受信契約は公法上の契約ではなく,私法上の契約である。受信料の支払を 遅滞した場合等の事態が生じた場合は,民事訴訟法の定める手続によること になる(153頁)。
 なお,著者である金澤薫は,平成14年から総務省事務次官に就任し,平 成18年現在,日本電信電話株式会社顧問である(著者紹介)。
2 放送受信契約について検討する。
(1) 放送法は,次のとおり規定する。なお,放送法にいう協会とは,日本放送協 会(本件の原告)を指す(2条2の2の2,第二章)。
ア 協会の放送を受信できる受信設備を設置した者は,協会とその放送の受信 についての契約をしなければならない(32条1項本文)。
イ 協会は,あらかじめ総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ,前 項の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない (32条2項)。
ウ 協会は,第1項の契約の条項については,あらかじめ総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更使用とするときも同様とする(32条3項)。
(2) 放送法施行規則6条は,放送法32条3項の契約の条項には、少くとも次に 掲げる事項を定めるものとする,と規定する。
ア 受信契約の締結方法
イ 受信契約の単位
ウ 受信料の徴収方法
エ 受信契約者の表示に関すること
オ 受信契約の解約及び受信契約者の名義若しくは住所変更の手続
カ 受信料の免除に関すること
キ 受信契約の締結を怠つた場合及び受信料の支払を延滞した場合における受 信料の追徴方法
ク 協会の免責事項及び責任事項
ケ 契約条項の周知方法
(3) 規約(昭和43年4月1日全部改正版)は,次のとおり規定する。(甲1 1)ア 放送受信契約は,世帯ごとに行うものとする。ただし,同一の世帯に属す る2以上の住居に設置する受信機については,その受信機を設置する住居ご ととする(2条1項)。
イ 受信機を設置した者は,遅滞なく,次の事項を記載した放送受信契約書を 放送局に提出しなければならない。ただし,新規に契約することを要しない 場合を除く(3条1項)。(ア) 受信機の設置者の氏名及び住所
(イ) 受信機の設置の日
(ウ) 放送受信契約の種別
(エ) 受信することのできる放送の種類及び受信機の数 (オ) 受信機の住所以外の場所に設置した場合はその場所ウ 放送受信契約は,受信機の設置の日に成立するものとする(4条1項)。
 (4) 放送法の規定,放送法施行規則の規定,規約の規定からすれば,放送受信契 約は,次の特質を有する公法的色彩の強い団体主義が加味された特殊な契約で あるということができる。
ア 原告の放送を受信できる受信設備を設置した国民は,原告と放送受信契約 を締結しなければならない。
イ 放送受信契約は,受信設備を設置した日に成立する。
ウ 受信設備(受信機)を設置した国民は,受信契約書を放送局に提出しなけ ればならない。
エ 放送受信契約は世帯ごとに行う。
オ 受信料の免除は,あらかじめ総務大臣の許可を得た基準による。(5) 放送法の立法担当者の説明,放送法逐条解説(放送法の有権的解釈を行うこ とができる者による解説と解される。)による説明及び原告の本件訴訟におけ る主張によれば,放送受信契約は,次のように解釈,運用されている個人主義 を基調として私法上の契約ということができる。ア 受信料は,国民の特殊な負担金であって,聴取に対する対価ではない。原 告は,放送法により,特殊な負担金を国民から徴収することの権能を付与さ れている。
イ 放送受信契約は,契約当事者間に対価関係のない片務契約である。ウ 放送受信契約の成立は,受信設備を設置した日ではなく,放送受信契約を 締結した日からである。
エ 放送受信契約には解除という概念がなく,受信料支払義務を消滅させるに は,受信装置の設置を撤去するか,受信料を原告から免除してもらうことに なる。
オ 原告は,特殊な負担金の徴収手段として特別な徴収方法が認められず,民 事訴訟法によるべきこととされている。
3 1で認定した事実に基づき,2で検討した放送受信契約を前提として,本件について判断する。
(1) 原告は,放送受信契約の締結が民法761条(日常家事債務の連帯責任)の 日常の家事に関する法律行為に含まれるのでその法律効果は被告に帰属すると 主張する。
 ところで,民法761条は,双務契約における一方当事者から夫婦の一方と 契約した場合に,その行為が日常の家事に関する法律行為に含まれる場合には, 夫婦それぞれに連帯責任を負わせて,夫婦と取引をした第三者を保護しようと する規定である。そうすると,契約当事者間に対価関係はない片務契約である 放送受信契約に民法761条の適用はないと解するのが相当である。したがっ て,民法761条の適用があることを前提とする原告の主張は採用できない。(2) 原告は,これまでの裁判例や法律学者の鑑定書又は意見書において,放送受 信契約には民法761条の適用のあることが認められていると主張するので, 念のため検討する。
 確かに,裁判例(甲7の1,7の2,8,13,15)の中には,原告の主 張を認めたものが存在する。しかし,これらの裁判例では,放送受信契約の性 質について,当事者双方から主張がなく,受訴裁判所も放送受信契約の性質に ついて検討した形跡が認められない。とりわけ,原告が弁論再開の理由として 提出を予定した東京地方裁判所の事案は,放送法32条及び規約が憲法19条 に反するか,憲法21条1項並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約1 9条1項に反するか,憲法13条に反するかという憲法上の問題点が主たる争 点となった事案である。本件のように,放送受信契約の性質が主たる争点とな った事案ではないので,先例としては適切を欠くものというべきである。 また,法律学者の鑑定書(甲21),意見書(甲22,23)によれば,放 送受信契約に民法761条の適用があるとされる。確かに,これらの鑑定書及 び意見書には,傾聴に値する意見が記載されているが,放送受信契約の性質, とりわけ,受信料が特殊の負担金であること,放送受信契約が片務契約であることについて言及されていないから当裁判所はいずれの見解も採用しない。 (3) 原告は,Aが本件契約当時,放送受信契約の締結について代理権を与えられ ていたと主張する。
 しかし,被告がAに代理権を授与していた事実は認められない上,被告は, 前認定のとおり,Aと婚姻する前からテレビを設置しながら,数回にわたる原 告からの放送受信契約の締結の要請を拒絶していた者であり,被告,AともN HKをほとんど視聴していなかったのであるから,被告がAに対し,夫婦にと って何らかの方針決定が必要な法律行為を除く日常生活に伴う法律行為等につ いて,その要否の判断を委ねていたとして,放送受信契約締結の代理権が含ま れていたと解することは相当でない。Aには放送受信契約締結の代理権を授与 されていたとする原告の主張は採用できない。
(4) 原告は,仮に放送受信契約の締結がAの代理権の範囲に属さないとしても, 表見代理が成立し本件契約は有効に被告に帰属すると主張する。
 しかし,放送受信契約は,契約当事者間に対価関係はない片務契約であるか ら,取引の第三者を保護するための表見代理の規定の適用はないと解するのが 相当である。したがって,表見代理の規定の適用があることを前提とする原告 の主張は採用できない。
(5) 原告は,仮に放送受信契約の締結がAの代理権の範囲に属さないとしても, 本件契約は被告により追認されたと主張する。
 原告の主張の詳細は,次のとおりである。被告は,原告と放送受信契約を締 結したくないと考えていたが,それにもかかわらず,Aは,放送受信契約の締 結がAの代理権の範囲に属すると信じ,本件契約の締結について被告に報告す る必要はないと考えていた。これらの事実を考え合わせると,被告夫婦の間に は放送受信契約の締結について決定的なそごが生じていたことになる。ところ が,Aはおよそ10か月にわたり放送受信料を支払い続けたのであり,これほ ど長きにわたって,夫婦間のそごが顕在化しなかったとは考えにくい。そうす ると,4回の被告名義での放送受信料の支払のいずれかの回からは,本件契約 の存在が被告の知るところとなり,被告の了解の下に放送受信料の支払が行わ れたと解するのが自然である。
 しかし,原告の主張は推測に過ぎず,当裁判所は採用しない。
4 放送受信契約の性質及び本件訴訟の経過にかんがみ,付言する。(1) 放送受信契約は,2で検討したとおり,放送法の規定,放送法施行規則の規 定,規約の規定からすれば,受信設備(テレビ)を設置した日に成立するとと もに,世帯ごとに行うものである。そして,原告も契約取次者に対するマニュ アルにも世帯主でも配偶者でも署名押印をもらえば足りるとしているし,本件 でも,原告の契約取次者であるCが,マニュアルに従い,世帯主でも配偶者で もかまわないから署名押印してもらうと証言しているとおりである。したがっ て,被告の妻が自らの名において署名押印すれば被告の世帯として放送受信契 約を締結したことになると解される,また,被告の妻が被告の名で署名押印し ても,放送受信契約の主体が個人ではなく世帯という団体とされている以上, 放送受信契約を締結したことになると解される。原告も,前認定のとおり,弁 論再開の申立書には,再開理由として,被告に対する本件請求のほか,被告の 妻に対する請求を追加することを挙げているのは,この趣旨に沿うものといえ る。(2) しかしながら,放送法は,2で検討したとおり,原告に受信料という特殊な 負担金の徴収手段として,租税と同様の取扱いとしたり,電気料金に上乗せし たりする特別な徴収方法を認めず,一般債権と同様の民事訴訟法によるべきこ ととした。その結果,原告が本件訴訟において主張する放送受信契約は,個人 主義を基調とする民法その他の私法によって修正されることになり,放送受信 契約の成立は,受信設備(テレビ)を設置した日ではなく,放送受信契約を締 結した日からであること,契約主体も世帯ではなく,受信設備(テレビ)設置 者に限定されることになったものと考えられる。そして,受信料という特殊な 負担金を国民から徴収するという放送受信契約は,国民の側からみれば,受信 設備(テレビ)を設置した場合に受信料という特殊な負担金を原告に納付する という,民法上の贈与契約に準ずる契約と解することができる。
 そこで,原告と被告との間に本件契約が成立したというためには,被告が妻 に代理権を授与しているか,妻の行為を追認するか,取引の第三者を保護する 民法上の規定(民法761条の日常家事債務の連帯責任,民法110条の表見 代理)がなければならない。本件に提出された証拠によれば,これらを認める に足りる事実は認定できない。
(3) ところで,当裁判所は,原告が「あまねく全国に豊かでかつ良い放送番組を 提供するために設立された公共的機関であり」「言論報道機関である」のに, 全国的には70%の世帯しか原告と放送受信契約を締結していない事情にかん がみ,できるだけ多数の国民が原告と放送受信契約を締結することが望ましい ことから,原告と被告の双方に対し,被告が原告との間で新たに放送受信(衛 星)契約を締結するという和解勧告をした。しかし,合意には至らなかった。
 原告の設立目的に照らしてテレビを購入した国民の大多数が原告との間で放 送受信契約を締結することが望まれる。
5 よって,本件請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担 について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
 札幌地方裁判所民事第2部
裁判官 杉浦徳宏
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