主文
 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 請求 被告村長解職請求署名簿の異議申立てに係る処分行政庁の平成21年11月6日付け決定を取り消す。
 第2 事案の概要
本件は,被告の村長の地位にあった原告(既に解職投票の結果解職さ れているが,その投票の効力について現在不服申立中である。)が,処 分行政庁に対し行った解職請求署名簿の異議申立てを,同処分行政庁が ほとんどの署名について棄却した決定について,同署名簿の収集手続に 重大な瑕疵があり,また,実質審査を欠いた違法があると主張して,同 決定の取消しを求めている事案である。1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は争いがないか明らかに争わない 事実)(1) 原告は,平成18年4月8日から被告の村長の地位にあったが, 平成21年12月27日の解職投票(以下「本件解職投票」という。) の結果,村長を解職された。(2) 処分行政庁は,平成21年9月7日付けで,Aから申請のあった 原告に対する解職請求者証明書を同人に交付し,同月11日付けで, その旨を告示した。(3) 処分行政庁は,同年10月13日付けで,原告の解職請求署名簿 (同年9月24日付けで受理したもの。以下「本件署名簿」という。) について,地方自治法(以下「法」という。)81条2項,74条の2第2項,同法施行令95条の2に基づき,署名の証明が終了したことを告示した(乙4の2)。
(4) 原告は,法81条2項,74条の2第4項に基づき,本件署名簿の縦覧期間内である同年10月20日付けで,同署名簿に関し異議の 申立てをした(甲4。以下「本件異議申立て」という。)。処分行政庁は,同申立てを受けて審査した結果,同年11月6日付 けで,7件の有効署名を無効と修正し,その他の異議申立てについて は,すべて棄却するとの決定(以下「本件決定」という。)をした(甲
 5 )。(5) 原告は,法81条2項,74条の2第8項所定の出訴期間内であ る同月18日に本訴を提起した(当裁判所に顕著な事実)。(6) 原告は,法85条,81条2項,公職選挙法202条1項所定の 不服申立期間内である平成22年1月12日付けで,処分行政庁に対 し,本件解職投票の効力に関する異議申出を行ったが,処分行政庁は, 同月20日付けで,これを却下する決定をした。原告は,この決定を 不服として,法85条,81条2項,公職選挙法202条2項所定の 不服申立期間内である同年2月8日付けで,千葉県選挙管理委員会に 審査申立てを行い,現在審査中である(甲10,弁論の全趣旨)。2 争点
(1) 本件訴えの利益の有無 (2) 本件決定の適法性
3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)について
(被告) 原告は,本件解職投票の結果,その職を失ったから,本件訴えもその目的が消滅したことにより,訴えの利益を欠く。
 原告は,同投票の効力に関し,異議の申立てをしているが,その異議の内容は本件同様署名簿の署名の効力に関するものであって,投票 そのものの効力に関するものではないから,異議としては許されず, 結局,本件については何の異議もなかったことになるから,訴えの利 益を欠くことに変わりはない。(原告) 原告は,本件解職投票後,その無効を求めて異議の申立てをしているから,本件訴えの利益はなお存在する。 (2) 争点(2)について(原告) 本件決定の取消事由として原告が主張する点は,次の2点である。 ア 本件解職請求の署名収集手続において,委任・受任関係に瑕疵があった点 α地区以外の在来地区における署名収集の実態は,本件解職請求者代表者(以下「請求代表者」という。)から依頼を受けた介在者 約20名が各世帯に署名簿を配り,署名の説得活動を行い,署名を した各世帯の中の誰かが署名簿の受任者欄に名前を書き込み,その 後に介在者が署名簿を回収した後,委任届と受任者名簿を後付で提 出するというものであった。この方法は,1介在者が受任者であるにもかかわらず,その委任 届が提出されておらず,また,署名簿の受任者欄に自分の名前を書 き入れた形式上の受任者(以下「形式受任者」という。)は再受任 者であり,署名収集手続において再受任者を用いることができない のにこれを用いていることから,委任・受任関係に瑕疵がある。2 仮に,介在者が請求代表者の使者であるとしても,使者を署名収集 手続において使用することは許されず,仮に許されるとしても,形 式受任者と請求代表者との間に委任ないし再委任関係は成立しておらず,仮に成立しているとしても,署名収集時点では未だ委任契約 は成立していないから,この場合も,委任・受任関係に瑕疵がある。そうすると,在来地区における署名はすべて無効であるから,本 件署名簿の有効署名総数は,法定数(有権者総数の3分の1)を下 回るのは必定である。イ 本件決定における実質的審査が欠如していた点 原告は,本件署名簿に関する異議申立てをした際,前記ア1の委任関係の瑕疵について具体的に主張していたのであるから,処分行 政庁としては,実質審査を行うべきであったにもかかわらず,これ をしなかったという裁量権の逸脱・濫用が認められる。(被告) 原告のアの取消事由については,1請求代表者から本件解職請求署名簿提出前に出されていた収集委任届出書と提出署名簿添付の収集委 任状とがすべてにおいて符合し,また,この間に署名の取消しを求め てきた署名人は1人にすぎなかったこと,2法は,使者による委任契 約の締結を許容しているものと解され,本件は,請求者が村長解職の 賛同者及び協力者20名を同人の使者として用い,同使者に対し,解 職に賛成してくれる人を受任者とすることを託したものにすぎないこ とから,本件において,委任関係の瑕疵は存在しない。原告のイの取消事由については,処分行政庁は,前記1記載の点等 から,請求代表者と受任者との間に何の問題もないとの心証を抱いて いた反面,原告の委任関係の瑕疵についての主張は,通常では考えら れない広範囲にわたるものでありながら,何ら具体的な指摘を伴わな いものであったことから,関係人の出頭及び証言を不要と判断したも のである。したがって,処分行政庁が実質的審査を行わなかったこと には裁量権の逸脱・濫用はない。第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
被告は,本件訴えの後,本件解職投票が行われ,その結果原告が解職 されたことから,本件訴えは訴えの利益が消滅したと主張する。確かに,本件訴えの目的は,本件解職請求の署名簿の署名のうち,効 力を有する署名が法定数を下回ることを確定して,住民の直接請求手続 の一環である解職投票を阻止し,又は既にされた同投票を無効ならしめ る趣旨に出たものと解されるから,既に解職投票の結果,解職が確定し た場合は,本件訴えの目的は消滅すると解される。しかしながら,前記前提事実第2の1の(6)によれば,原告は,本件 解職投票後に同投票の効力に関する適法な異議の申立てを行い,これが 却下されるや,適法な審査請求を行っており,現在審査中であることか ら,解職が確定しているとはいえない。そうすると,本件訴えの目的はなお消滅しているとはいえないから, 同訴えの利益は喪失しているということはできない。したがって,この 点に関する被告の主張は理由がない。もっとも,被告は,本件解職投票の効力に関する原告の異議の内容は, 投票手続そのものに関するものではなく,本件署名簿の効力に関するも のであるから,異議としては許されないと主張する。この意味が投票の 効力に関する争訟においては,署名の効力を争うことはできないとする 趣旨であるとすれば,法81条2項,74条の2,256条に照らして 正当な主張であると解せられるが,それだからといって,本件署名簿の 有効署名が法定数を下回るとの事由を前記異議事由として主張すること はできないと解することはできない。なぜなら,本件訴えにより,本件 署名簿の署名のうち,法定数を下回る署名しか有効でないことが確定す るとすれば,それは本件解職投票を無効ならしめる原因になると解さざるを得ないからである。すなわち,本件解職投票の効力に関する争訟に おいては,署名簿の効力に関する主張,立証をすることはできないもの の,本件訴えの結果,本件署名簿の有効署名が法定数を下回っていると の点が確定した場合は,それを本件解職投票の効力に関する争訟におい て主張することは許されるのであり,これが認められれば,同投票の効 力は無効とされることになるということができる。したがって,本件解職投票の効力に関する異議申立てにおいて,本件 署名簿の署名のうち,効力を有する署名が法定数を下回るとの事由を異 議事由として主張することは許されるものと解されるから,被告のこの 点に関する主張も理由がない。そうすると,本件訴えは,なお訴えの利益を失っていないといわざる を得ず,争点(1)に関する被告の主張は採用することができない。2 争点(2)について
(1) 前提事実に加えて,証拠(各認定事実ごとに掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 請求代表者から,平成21年9月24日,処分行政庁に対し,
本件署名簿として602綴りの署名簿が提出され,その署名総数 は3416名分であった。その署名簿は,1提出日を記載した署 名簿の表紙,2請求代表者証明書申請の際に提出済みの解職請求 の理由(第1として,β村村議会議員の法に基づく臨時会招集請 求に応ぜず,関係者の勧告を無視していること,第2に,原告は, 合併推進公約に明確に反する言動を行っていること)が記載され ている解職請求書の写し,3請求代表者証明書の写し,4収集委 任状(請求代表者が,受任者に対し,解職請求者署名簿に署名及 び印を求めることを委任する旨が記載されており,そこに受任者 が氏名及び住所を書き入れる様式となっているもの),5署名簿(署名者が,署名年月日,住所,生年月日,氏名を自署し(ただし, 住所の共通する地区までの記名表示は除く。),押印する様式と なっており,上欄に有効・無効の判定印欄が,下欄に備考欄が設 けられているもの)が一綴りとなっているものであり,法令(法 施行令92条,法施行規則9条)の要件を満たしていた(乙2,3 の1ないし5)。イ 処分行政庁は,前記ア記載の提出署名簿を,提出の日の翌日から 同年10月13日までの期間をかけて審査した。全602綴りの署 名簿に形式上問題となる点がなかったため,全て実質審査の対象と なった。次に予め収集代理人の届出のない収集委任状が添付されて いる署名簿が7綴り見つかったことから,その綴り中の署名22名 分全てを無効と判定した。残る595綴りについては,予め提出の 署名収集委任届出書と署名簿添付の収集委任状との照合の結果特に 問題はなかったが,その綴りの全ての署名を審査したところ,選挙 人名簿に記載されていない者の署名,生年月日の記載のないもの, 住所の記載のないもの,家族の署名で自署していないもの,署名年 月日の記載のないもの等の署名が発見され,それらの署名は無効と 判定され,その数は101名分となり,先の22名分と合算すると 合計123名分に達した。その結果,前記ア記載の署名簿の署名の 総数3416名分からその無効署名数を控除すると,有効署名総数 は3293名分となった。そこで,処分行政庁は,平成21年10月13日付けで,本件署 名簿の署名の証明が終了したことを告示して,その後,署名縦覧手 続に入った。すると,同月20日,1名から署名の取下申出があり, この署名を無効と決定した。同日,原告から,署名の効力に関する異議の申立てがされ,処分
行政庁は,同申立書本文中に記載されている署名のみならず,同申 立書添付の1ないし4記載の部分まで再審査した結果,7件の署名 (自署でなく,家族の署名と同一筆跡で明らかに自署でないと認め られるもの)を無効とし,その余の異議申立てについては,主張に 理由がないとして,これを棄却する本件決定をした(その結果,処 分行政庁が最終的に有効署名と判定した署名総数は3285名分と なった。)。なお,同異議申立書には,請求代表者と署名収集受任 者との委任関係を問題とする趣旨の主張も含まれていたが,前記の とおり,請求代表者から既に提出されていた収集委任届出書と署名 簿添付の収集委任状との符合結果,署名簿全体の記述内容,この委 任関係に関してはどこからも異議の申立てがなかったこと,原告の 瑕疵の主張は,署名簿602綴りのうち,601綴りに存在すると いう通常では考えられない極めて広範囲にわたるものでありなが ら,具体的指摘を欠いていたこと等から,特に関係人の出頭や証言 を得る必要がないとして,本件決定をした(甲4,乙1,4の1な いし3,弁論の全趣旨)。ウ 本件署名簿の収集方法については,在来地区に関していえば,請 求代表者が直接同解職請求の受任者に署名収集の委任をして,その 結果,受任者が署名者から署名収集したものと,同解職請求に賛同 してくれた者及び協力者(以下「介在者」という。)約20名に, 地区割りをして,地区ごとに各世帯に署名簿を配布し,その世帯の 中の同解職請求に賛成してくれる1名に委任を受けてもらい,その 世帯の他の家族分についての署名収集を直接行ってくれるよう依頼 し,その結果,その世帯分の署名を収集したものとがある。後者の 場合,その世帯の中の1名の受任者は,本件署名簿添付の収集委任 状の「委任者の氏名欄」に署名するだけでなく,自らも賛成の署名をした(乙11ないし12の8)。
エ 平成21年12月27日に実施された本件解職投票の結果は,有効投票数4093名のうち,解職に賛成する投票数は3645票(有 効投票数の約89パーセント)であり,反対投票数は448票(有 効投票数の約11パーセント)であった(乙9の2)。(2) 以上(1)の認定事実に前記前提事実(第2の1)を加えて,本件争 点(2)について次に検討する。原告は,本件決定の取消事由として,1本件解職請求に係る署名収 集手続に委任関係の瑕疵があったこと,2原告がその瑕疵を異議申立 ての中で指摘したにもかかわらず,処分行政庁は,証人の出頭を求め たり,尋問を実施する等の実質審査を欠いていることを挙げる。このうち,1の点は,要するに委任関係の瑕疵に基づく署名は,法 74条の3(法81条2項で準用)第1項1号所定の「法令の定める 成規の手続によらない署名」であるにもかかわらず,これに当たらな い旨の本件決定の判断に誤りがあるとの主張であると解される。しかしながら,同法条の定めは抽象的であり,法及びその関係法令 をみても,解職請求代表者又は受任者は直接署名人に対し収集活動を 行うべき旨を規定する以上に,具体的に如何なる場合に署名を無効と するに値する成規の手続によらない署名に当たるかについて明確にし た規定は存在しない。この点については,地方自治体の長の解職請求は,その自治体の住 民による直接請求制度の一環であり,したがって,解職請求に賛成す る旨の住民の意思をできるだけ損ねないように解されるべきであり, この見地に立って考察すると,些末な手続違反によって直ちに同手続 によって得られた署名を無効とすべきではなく,委任契約の締結の経 緯や状況,委任の態様等に照らし,同請求に係る署名が,署名者の自由な意思の発現とみられるかどうかについて疑念を抱かせるような委 任関係の瑕疵が認められる場合には,その署名が成規の手続によらな いものとして無効であると解される一方,その程度にまで至らないも のであれば,無効とはいえないと解するのが相当である。そこで,かかる観点に立って本件について検討するに,請求代表者 は,介在者に対し,地区ごとに世帯を回り,署名簿を渡し,解職に賛 成する者の中から1名に受任者になってもらい,直接家族分の署名収 集をしてくれるよう依頼することを求めたこと,介在者は,その求め に応じて,地区割りされた世帯を回り,その各世帯に請求代表者の指 示内容を基本的に説明し,署名簿を置いていったこと,その署名簿綴 りを見れば,本件解職請求の趣旨が明確に記載されているため,署名 の趣旨に誤解を生じさせるようものではなかったこと,署名簿の中に は証明済みの請求代表者の氏名が明らかにされており,また,同じく 署名簿綴りに含まれていた収集委任状は,請求代表者が当該世帯の者 の署名収集を直接委任する様式になっており,その委任状の受任者欄 に自署すれば,その者が受任者になるであろうことは,記載上明確に なっていたこと,署名の縦覧期間中も,原告の他には,本件解職請求 に係る署名収集についての委任関係につき異議を申し出た者はいない こと,本件解職投票の結果,有効投票数の90パーセント弱の住民が 解職に賛成する投票をしており,その賛成投票数は,被告が最終的に 有効と判定した署名総数を反映しているとみられることが明らかであ る。これらの事情によれば,介在者は請求代表者の使者として行動した ものと解されるとともに,収集委任状の受任者は,請求代表者から同 使者を通じて自己の属する世帯の家族の署名収集について委任を受け たものと評価することができる。そして,このような方法によって署名簿の署名をした者は,署名の趣旨を認識しつつ,自由な意思に基づ いて署名したことがうかがわれるのであって,少なくとも,そのよう な自由な意思の発現が阻害されていると疑われるような事情は認め難 いというべきである。そうすると,原告が主張する1の取消事由の存在は認めることがで きない。次に2の点についてみるに,そもそも原告が主張する委任関係の瑕 疵は,それに基づく署名を無効ならしめるものとはいえない上に,原 告は,署名の効力に関する異議申立ての中で,通常では想定し難い広 範囲に影響する委任関係の瑕疵を主張しながら,その指摘は具体性を 欠いており,関係する介在者も特定されていなかった(甲4。この点 は,本件訴えにおいて被告が介在者の一部を特定するまでの間も同様 であったことは記録上明らかである。)のであるから,処分行政庁に おいて,関係証人の出頭を求めたり,その尋問を実施する等の実質的 審査を行うべきであったとはいえない。したがって,原告が主張する 実質的審査を行わなかったことについて,処分行政庁に裁量権の逸脱 ・濫用は認められない。以上によれば,本件決定に原告の主張する取消事由は認めることが できず,同決定は適法である。第4 結論 よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 千葉地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官堀内 明
裁判官 藤 本 博 史
裁判官 三田村つかさ
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