主文
被告人を懲役2年に処する。
 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,平成21年8月30日施行の第45回衆議院議員総選挙に際し, 衆議院小選挙区選出議員選挙の北海道第A区における候補者としてB党が届け 出たCの選挙運動者であるが,同人に当選を得させる目的をもって,別表(添 付省略)記載のとおり,いまだB党による立候補届出のない同年5月下旬ころ から同年8月11日ころまでの間,前後34回にわたり,札幌市a区b条c丁 目d番地e所在のfビル2階D労働組合E会F会G会事務室ほか18か所にお いて,H1ほか33名に対し,同表方法欄記載の方法で,前記選挙に関し,前 記選挙区の選挙人に電話をかけてCへの投票を呼びかけるなどの選挙運動をす ることを依頼し,その報酬として1時間当たり平日700円(公示後の午後6 時以降は800円),日曜日・祝日800円(公示後の午後6時以降は900 円)の割合で計算した金銭を供与することを申し込んでその承諾を受け,もっ て,選挙運動者に対し金銭の供与の約束をするとともに,立候補届出前の選挙 運動をした。第2 被告人は,前同様の目的をもって,同年8月23日ころ,同市g区h条i丁 目j番k号所在のH2方において,前記H1及びH2を介し,H3に対し,携 帯電話のメールを使用して,前記選挙に関し,前同様の選挙運動をすることを 依頼し,その報酬として1時間当たり700円(午後6時以降は800円)の 金銭を供与することを申し込んでその承諾を受け,もって,選挙運動者に対し 金銭の供与の約束をした。(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1 争点等 本件では,判示第1の各事実に関し,判示衆議院小選挙区選出議員選挙(以下「本件選挙」という。)の北海道第A区(以下「本件選挙区」という。)におけ る候補者としてB党が届け出たCの選挙運動者であった被告人が,別表申込日欄 及び承諾日欄記載の各日に,同表場所欄記載の各場所において,同表約束の相手 方欄記載の各人物(以下「各相手方」という。)に対し,同表方法欄記載の各方 法により,本件選挙区の選挙人に対して電話をかけて話をすることを依頼し,そ の報酬として判示のとおり金銭を供与する約束をしたことについては,当事者間 に争いがなく,関係証拠によっても確かな事実であると認められる。その上で,検察官は,上記の選挙人に対して電話をかけて話す行為は,公示の 前後を問わず公職選挙法にいう「選挙運動」に当たる旨主張しており,他方,弁 護人は,各相手方が,本件選挙の公示日であり,かつCの立候補届出のあった日 である平成21年8月18日以後に電話をかけてその相手と話した行為(以下「公 示後の電話かけ」という。)は,電話をかけた相手にCへの投票を直接的に呼び かけるものであったから,同法にいう「選挙運動」に当たるが,同日の前に電話 をかけてその相手と話した行為(以下「公示前の電話かけ」という。)は,公示 後の電話かけと異なり,政治活動あるいは後援会活動にすぎず,同法にいう「選 挙運動」に当たらないから,被告人の上記各行為中,各相手方に対し,公示前の 電話かけを依頼し,その報酬として金銭を供与する約束をした部分は,同法22 1条1項1号の金銭供与約束罪にも,同法239条1項1号,129条の事前運 動罪にも該当せず,被告人には,Cの立候補届出前に,各相手方に対し,公示後 の電話かけを依頼し,その報酬として金銭を供与する約束をしたという内容の金 銭供与約束罪及び事前運動罪が成立するにとどまる旨主張する。この争点に関し,当裁判所は,公示前の電話かけについても公職選挙法にいう「選挙運動」に当たるから,被告人には,Cの立候補届出前に,各相手方(ただ し,H4(判示第1別表番号34)を除く。)に対し,本件選挙の公示日前後を 通じて選挙運動をすることを依頼し,その報酬として金銭を供与する約束をした という内容の金銭供与約束罪及び事前運動罪が成立すると認めた(なお,H4を 相手方とするものについては,同人は,平成21年8月11日に,H2から,翌 週水曜日,すなわち同月19日に電話かけの仕事がある旨誘われたものと認めら れるところ,同月11日当時,既に公示日である同月18日にCの立候補届出が なされるものと見込まれていたから,被告人のH4に対する依頼,約束は,他の 33名とは異なり,Cの立候補届出前に,立候補届出後に選挙運動をすることを 依頼し,その報酬としての金銭供与を約束したという点で,金銭供与約束罪及び 事前運動罪が成立するにとどまる。)。以下において,その理由を補足して説明 する。2 まず,関係証拠(省略)によれば,以下の各事実が認められる。1 被告人は,昭和46年にI公社に入社し,その後間もなく同公社従業員の労 働組合であるJ労働組合に加入して以降労働組合活動を続け,平成12年にD 労働組合E会(以下「K」という。)傘下の産業別労働組合であるL労働組合 M会のN会事務局長に,平成13年にはKの下部組織であるG会(以下「G」 という。)会長に就任するなど,労働組合幹部として活動してきており,その ような立場から,国政選挙や地方選挙において,Kが支持するB党やB党系の候補者を支援する活動を行っていた。
2 被告人は,平成15年に施行された札幌市議会議員選挙の際,その告示前に,Gの事務局長であったOから,B党系の立候補予定者を当選させるため,アル バイトを使って投票を呼びかける電話かけをすることを提案され,そのアルバ イト集めを依頼された。そこで,被告人は,妻を通じるなどして,I公社で労 働組合活動をしていたときの知人で,電話オペレーターをしていたH1及びH 5に対し,有報酬で当該立候補予定者のために選挙区の住民を対象とした電話かけをすることを依頼した。これに応じたH1及びH5は,被告人の指示に従 い,選挙の告示前は立候補予定者を紹介したり同人のパンフレットを送付して よいか尋ねる内容の電話かけをし,告示後は候補者となった同人への投票を直 接呼びかける内容の電話かけをした。そして,被告人は,H1及びH5に対し, 選挙後,電話かけの報酬をGの裏金から支払った。その後,被告人は,平成17年に施行された第44回衆議院議員総選挙の際 にも,その公示前に,現職の衆議院議員としてB党公認で本件選挙区から立候 補を予定していたCを当選させるため,H1,H5ほか1名に対して,前同様 の依頼をし,これに応じたH1ら3名は,前同様の内容の電話かけをした。被 告人は,H1ら3名に対し,選挙後,電話かけの報酬をGの裏金から支払った。
 なお,この選挙において,Cは落選した。さらに,被告人は,平成19年4月に施行された札幌市議会議員選挙及び北 海道議会議員選挙の際,それらの告示前に,B党系の立候補予定者各1名を当 選させるため,前者に関してはH1及びH5に対し,後者に関してはH1に対 し,いずれも前同様の電話かけの依頼をするとともに,他に電話かけをする者 らを集めることも依頼した。これに応じたH1及びH5のほか,同人らの誘い に応じた者らは,前同様の内容の電話かけをした。被告人は,電話かけをした 者らに対し,選挙後,その報酬をGの裏金から支払った。3 被告人は,衆議院の解散が近いという報道が広くなされていた平成19年1 2月ころ,当時の政治情勢から考えて衆議院の解散が近い状況にあると判断し て,来る衆議院議員総選挙に本件選挙区から立候補することを予定していたC のため,H1に対し,有報酬で前記2同様の電話かけをすることや,他に電話 かけをする者らを集めることを依頼し,承諾を得た。被告人は,電話かけのため,市販の電子電話帳を利用して作成した本件選挙 区の在住者の氏名,住所,電話番号等が書かれた「電話番号リスト」,電話か けの際にどのようなことを話すのかが書かれた「スクリプト」と呼ばれるマニュアル,電話かけの結果を記入する「Tel結果報告書」等の資料を用意した。 このうちの「スクリプト」は,Oが作成した案に被告人が手を加えて作成した ものであるが,この中には,Cの後援会資料の送付について了承を得た場合に は「◎」を,Cを応援する趣旨の応答を得た場合には「○」を,態度が不明の 場合には「△」を,他党支持等の消極的な応答であった場合には「×」を,そ れぞれ記録するよう指示する記載が含まれていた。そして,H1ら電話かけをする者らは,「電話番号リスト」に基づいて電話 をかけ,「スクリプト」に従ってCのパンフレットを送付してよいか尋ねる内 容の話をし,電話の相手の反応の良し悪しに応じて「◎」,「○」,「△」,「×」 といった記号を「電話番号リスト」に記入するとともに,その日に電話かけを した地域名や上記反応ごとの件数等を「Tel結果報告書」に記入した。さらに,被告人は,「電話番号リスト」に記入された上記反応について,コ ンピューターに入力してデータ化した。被告人は,衆議院の解散が遠のいたという報道がされていた平成20年1月 ころ,衆議院の解散はしばらくない情勢であると判断して,H1に対し,この 電話かけを一時中断するが,いずれまた依頼する旨を伝えて電話かけを中断さ せ,その後,電話かけをした者らに対し,その報酬をGの裏金から支払った。4 被告人は,衆議院の解散が近いという報道が再び広くなされていた平成20 年9月ころ,当時の政治情勢からして同年中に衆議院が解散され,総選挙が行 われる可能性が高いと判断して,H1に対し,前記3同様の依頼をして,承諾 を得た。また,被告人は,電話かけを再開するに当たり,Cの合同選挙対策委員会(以 下「C選対」という。)の選挙対策委員長に内定していたPに対し,前記3の とおり電話かけをしていたこと,一時中断していた電話かけを再開すること, 電話かけに対する苦情等があれば適宜対応してほしいこと,電話かけの結果の データをC選対で活用してほしいことなどを伝え,Pの賛同を得た。被告人は,電話かけのため,前記3と同様の資料を用意したが,「電話番号 リスト」については,本件選挙区の選挙人のうち,前記3で電話かけをしてい ない地域の在住者の名簿を新たに用意し,「スクリプト」については,若干補 正した。そして,H1ら電話かけをする者らは,前記3同様にして,電話かけをし, 電話の相手の反応を「電話番号リスト」に記入するなどした。さらに,被告人は,知人に依頼して,「電話番号リスト」に記入された上記 反応をコンピューターに入力してデータ化する作業をさせた上,Pの依頼を受 けて,そのデータをC選対関係者のQに宛てて随時送信させた。被告人は,そ れに加えて,前記3のとおり自らコンピューターに入力したデータも,Qに宛 てて送信した。また,Qは,随時,それらのデータを集計した表を作成して, それをPに渡した。被告人は,衆議院の解散が再び遠のいたという報道がされていた同年11月 ころ,衆議院の解散はしばらくない情勢であると判断して,H1に対し,この 電話かけをまた一時中断するが,いずれまた依頼する旨を伝えて電話かけを中 断させ,その後,電話かけをした者らに対し,その報酬(合計272万円余り) をGの裏金から支払った。5 被告人は,平成20年11月ころ,Pに対し,前記3及び4の電話かけにお いて反応の良かった相手の住居を市販の住宅地図上に記す「地図落とし」と呼 ばれる作業を行い,それをC選対で活用してはどうかと持ちかけ,賛同を得た。そこで,被告人は,同年12月ないし平成21年1月ころ,H1らに,有報 酬で「地図落とし」の作業をさせ,同年2月ころ,完成した地図をPに手渡し た。その後,被告人は,同作業をした者らに対し,その報酬をGの裏金から支 払った。6 被告人は,衆議院議員の任期満了(平成21年9月)が迫り,それ以前の衆 議院の解散もあり得るという報道が広くなされていた平成21年5月下旬ころ,当時の政治情勢から考えて同年8月には本件選挙が施行される可能性が高 いと判断して,同年6月20日から電話かけを再開することを決め,H1に対 し,前記3と同様の依頼をして,承諾を得た。また,被告人は,電話かけを再開するに当たり,C選対委員長のPに対し, 前記4同様の話をした。なお,Pは,同月24日に急死したが,被告人は,そ の後,Pの後任としてC選対の委員長に就任したRに対しても,電話かけをし ていることやそのデータをC選対で活用してほしいことなどを伝えた。被告人は,電話かけのため,前記3同様の資料を用意したが,「電話番号リ スト」については,前記3及び4で電話かけをしていない者の名簿を新たに用 意した。なお,被告人は,「スクリプト」については,若干の補正をしたが, 「◎」,「○」,「△」,「×」といった記号で電話相手の反応を記録することや 各記号の意味については,前記3と同様の趣旨を記載した。この「スクリプト」には,Cのパンフレットを送付してよいか尋ねる言葉の ほかに,「地域感覚・生活感覚を生かし『北海道の大きな可能性を活かした い』!との強い想いを抱いて,国政の場へ再チャレンジする『C』へのご支援 をお願いします。」,「『一人ひとりの生活と命が大切にされる社会の実現』に 命がけで取り組んでいる,B党元衆議院議員の『C』を再び国政の場にお送り 下さい。」といった言葉の挿入を工夫するよう指示する内容が記載されていた。そして,H1ら電話かけをする者らは,前記3同様にして,電話かけをし, 電話の相手の反応を「電話番号リスト」に記入するなどした。さらに,被告人は,Pに依頼してC選対が管理する札幌市l区内の事務所を 用意してもらった上で,知人らに依頼して,同事務所内において,前記4同様 に「電話番号リスト」に記入された上記反応をコンピューターに入力するデー タ化作業をさせ,そのデータをQに随時送信させた。また,Qは,随時,それ らのデータを集計した表を作成して,これをPないしRやC選対事務局長のS に渡した。7 被告人は,平成21年7月20日に衆議院が解散された後,本件選挙の公示 日が同年8月18日,投票日が同月30日となる見込みが立ったことから,公 示後の電話かけのための「スクリプト」を準備した。この「スクリプト」には,「B党公認候補『C』への投票(一票を)をお願いしたくお電話いたしました。」 などと,Cへの投票を直接呼びかける言葉などが記載されていた。そして,被告人は,同月中旬ころ,Sとの間で,公示後は,それまでの電話 かけにおいて反応が良かった相手,すなわち,「◎」又は「○」の記録をした 相手に対しては,C選対において票固めのための電話をかけ,被告人が行わせ ている電話かけは,それまでの電話かけで反応が悪かった相手を中心に行うこ とを決め,同月18日の公示後は,そのような形で電話かけが行われた。3 以上の各事実を前提に,前記26の公示前の電話かけが公職選挙法にいう「選 挙運動」に当たるか否かを検討する。(1) まず,公示前の電話かけは,前記23及び4のとおり,衆議院の解散が近いという報道が広くなされ,被告人自身もその解散が近い状況にあると判断した 時期から,その解散が遠のいたと報道され,被告人自身もその解散がしばらく ない情勢であると判断した時期まで行われた2回にわたる電話かけの延長とし て行われたものである。そして,この公示前の電話かけ自体も,平成21年9 月の衆議院議員の任期満了を約3か月後に控え,それ以前の衆議院の解散もあ り得るという報道が広くなされている中で,被告人自身も政治情勢から考えて 同年8月には本件選挙が施行される可能性が高いと判断して,同年6月20日 から行わせたものであり,その後実際に衆議院が解散されて,同年8月30日 に本件選挙が施行される見込みが立った後も継続して行われたものであるか ら,本件選挙が近く施行される可能性が極めて高い時期に,継続的に行われた ものであったといえる。(2) 次に,公示前の電話かけは,被告人が用意した「電話番号リスト」に載って いる本件選挙区の選挙人を網羅的に対象として行われたものである。(3) また,公示前の電話かけは,被告人が用意した「スクリプト」と呼ばれるマ ニュアルに従って行われたものであるところ,その内容は,直接的に投票を呼 びかけるものではなく,Cのパンフレットを送付してよいか尋ねることを中心 とするものであったが,それにとどまらず,「国政の場へ再チャレンジする」 Cへの支援を願う言葉や,Cを「再び国政の場へ」送ることを願う言葉,すな わち,来る衆議院議員総選挙においてCへの投票を暗に呼びかける趣旨の言葉 を,電話かけをする者の裁量で適宜挿入することも求めるものであった。(4) そして,公示前の電話かけは,候補者への投票を直接呼びかける公示後の電 話かけと,内容は異にするものの,日程的に引き続いて行われたものである上, 公示後の電話かけにおいては,前記23及び4の各電話かけとその延長である 公示前の電話かけにおいて反応が悪かった相手を中心に電話をかけたものであ って,公示前の電話かけと公示後の電話かけとは,実質的に一連のものとして 行われたといえる。(5) さらに,公示前の電話かけや,それと同趣旨の前記23及び4の電話かけに おいて得られた電話の相手の反応に関するデータは,Cの選挙運動を直接担う C選対において活用すべく提供されており,前記27のとおり,公示後におい てC選対が票固めのための電話をかけるために利用されるなどしたのであっ て,公示前の電話かけの結果は,Cのための選挙運動に結びつく形で活用され たものといえる。(6) 以上によれば,公示前の電話かけは,公示後の電話かけのように投票を直接 的に呼びかけるものではなかったものの,公示前の電話かけが行われた時期, 対象,内容及び結果の活用状況等を総合すれば,本件選挙の立候補予定者であ ったCに投票を得させるために,必要かつ有利な行為であったといえる。そして,以上の諸点に照らせば,電話かけをしたH1らは,そのような公示 前の電話かけの意義を認識した上で,Cに投票を得させる目的で公示前の電話 かけをしたことが十分に推認できる。また,その旨を述べるH1,H5,H6,H7,H8,H9,H10,H11,H12,H13,H14及びH15の各 公判供述も十分に信用することができる。したがって,公示前の電話かけは,本件選挙につき,Cのため投票を得させ る目的をもって,必要かつ有利な行為をしたものであり,公示後の電話かけ同 様,公職選挙法にいう「選挙運動」に当たるものと認められる。4 これに対し,弁護人は,公示前の電話かけは,後援会活動あるいは政治活動に すぎず,公職選挙法にいう「選挙運動」には当たらないと主張し,その根拠とし て,1公示前の電話かけを本件選挙に近い時期に行ったのは,他の時期に比べて 市民らの政治への関心が高く,後援会への加入活動が実効性を持つためであった こと,2公示前の電話かけの内容は,実際には,Cの後援会を名乗った上,Cの パンフレットを送付しようとするにとどまるものだったのであり,公示後の電話 かけの内容と全く異なるものであったこと,3公示前の電話かけで得られた相手 の反応をとりまとめたことは,それ自体から投票行動の予想や票読み等を期待す ることはできないから,選挙運動に直結するものではないことなどを挙げている。しかしながら,まず,上記1の点については,被告人が公判段階においてその 旨の供述をしているが,そもそも,選挙の施行が近いと見込まれる情勢のときに のみ後援会加入者の増加に向けた活動を行うということが,政治家の後援会活動 の在り方として合理的であるか疑問であり,前記3(3)のとおり,被告人が,公 示前の電話かけに使うための「スクリプト」に,Cへの投票を暗に呼びかける趣 旨の言葉を適宜挿入するよう指示する内容を盛り込んでいることや,前記3(5) のとおり,公示前の電話かけの結果が公示後の票固めのための電話に活用されて いることなどにも照らすと,公示前の電話かけが選挙運動に当たらない後援会活 動にとどまると評価することはできない。なお,この点,仮に被告人に上記1の ような趣旨での後援会活動を行うという意図があったとしても,その行為が客観 的にみて前記3(6)のとおり公職選挙法にいう「選挙運動」に当たると認められ ることに変わりはなく,被告人の意図によってその認定が妨げられるものではない。 次に,上記2の点については,確かに,公示前の電話かけをした者らの捜査・公判段階における供述によれば,同人らは,実際にはCへの投票を暗に呼びかけ る趣旨の言葉を発するに至らないまま電話を終えることが多かったと認められ る。しかし,被告人の依頼が,そのような言葉を適宜挿入してほしいというもの であり,公示前の電話かけをした者らが,その依頼に応じて電話かけを行ってい る以上,実際にはそのような趣旨の言葉を発するに至らないまま電話を終えるこ とが多かったとしても,被告人が行わせた公示前の電話かけが全体として「選挙 運動」に当たるという認定に影響を及ぼすものではない。また,上記3の点について見ても,公示前の電話かけで得られた相手の反応に 関するデータは,前記3(4)及び(5)のとおり,被告人が,公示後の電話かけの相 手を絞り込むために用いたり,C選対において活用してもらうためC選対関係者 に提供していることからも明らかなように,効果的な選挙運動を行う上で有益な ものであったといえる。弁護人の上記主張は理由がなく,前記3(6)の認定を左右するものではない。
 5 以上のとおりであるから,被告人には,Cの立候補届出前に,各相手方に対し,本件選挙の公示前後を通じて選挙運動をすることを依頼し,その報酬として金銭を供与する約束をしたという内容の金銭供与約束罪及び事前運動罪が成立する。(法令の適用)
省略
(量刑の理由)(求刑 懲役2年)
1 本件は,衆議院議員総選挙に際し,特定の候補者の選挙運動者であった被告人が,その立候補届出前に34名,立候補届出後に1名の選挙運動者に対し,それ ぞれ選挙運動をすることを依頼し,その報酬として金銭を供与する約束をしたと いう事案である。2 被告人は,支援する候補者の選挙対策委員会と連携を取りながら,組織的に選挙人に電話をかけて投票を呼びかけるなどの選挙運動をするため,かつて電話オ ペレーターをしていた知人に対し,その選挙運動を依頼し,その報酬として金銭 供与を約束するとともに,同様の選挙運動を行う選挙運動員集めを頼み,同知人 らを介して,他に34名の者に対し,同様の依頼と約束をしたものであって,本 件は組織的な犯行である。また,本件では,合計35名もの多数の選挙運動者に 対して金銭供与の約束をしたものであり,しかも,そのうち33名については, 公示前(早い者については,公示の約2か月前)から選挙運動をすることを依頼 して,その報酬としての金銭供与を約したものである。捜査が及びつつあること を察知したため実際には支払っていないものの,それらの約束に基づいて支払わ れるはずであった報酬額は,総額261万円余りと高額に上るのであって,その 規模は大きい。公職選挙法は,選挙の公明かつ適正な実施を確保する観点から, 選挙運動に関して種々の規制を加える中で,選挙運動者への報酬の供与について は特に厳格に規制しているが,これは,候補者の資金力によって投票結果が歪め られることを防ぐためであると解されるところ,被告人は,労働組合活動の中で 裏金として貯えられた資金の力を利用して,選挙運動者への金銭供与約束を大規 模に行ったのであるから,その犯行態様は悪質なものである。被告人は,効率的 に候補者への支持を拡大させようと考えて本件各犯行に及んだというのであり, 支援する候補者を当選させるためには手段を選ばないその身勝手な動機に,酌む べき点は見当たらない。さらに,被告人は,平成15年ころから,選挙の実施が予定され,あるいは選 挙が実施されそうな政治情勢になるたび,選挙の公示・告示前に本件同様の選挙 運動を依頼し,その報酬として金銭供与を約束することを繰り返していて,本件 は,その一環として行われたものであって,常習的な犯行でもある。そして,本件各犯行により,我が国の民主主義の根幹をなす国政選挙の公明か つ適正な実施が害されたのであり,その結果は相当に重いものである。加えて,被告人は,本件について捜査が進められていることを察知するや,選挙運動員らに連絡し,金銭を供与する約束をしたことについて口止めするなどの罪証隠滅行為に及んでおり,犯行後の情状も悪い。
3 他方,被告人は,公示前の電話かけの趣旨等について不合理な弁解をしているものの,電話かけを依頼し,その報酬として金銭供与の約束をしたこと自体は認 め,選挙の公正さを害する行為をしたことについて謝罪するとともに,今後は選 挙運動にかかわらない旨述べるなど,反省の態度を示している。また,被告人に は前科前歴がなく,これまで労働組合の幹部等として一定の社会貢献をしてきた ものである。そのほかにも,本件により約2か月間にわたり身柄を拘束されたこ とや,被告人の父親と妻がいずれも身体に障害を有しており,被告人がその生活 を支えるべき立場にあることなど,被告人に有利に考慮できる事情が認められる。4 以上の諸事情を総合して検討すると,前記2の諸事情,特に,本件各犯行の態 様が悪質であり,結果も相当に重いことなどに照らせば,前記3の被告人に有利 に考慮できる諸事情を十分に斟酌しても,被告人の刑事責任は重いものである。
 弁護人は,被告人に対し罰金刑を科すことが相当であると主張するが,本件は, そのような事案ではなく,被告人に対し,主文程度の懲役刑を科した上で,その 執行を猶予することが相当な事案であり,その猶予期間についても,最長の5年 間と定めることが相当であると判断した。平成22年2月12日 札幌地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官 辻 川 靖 夫
裁判官 石 井 伸 興
裁判官佐藤 薫
判例本文

この判例ページのURL

LINEで送る
Pocket