主文 被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。理由
(罪となるべき事実) 被告人は,平成21年5月23日午前8時30分ころ,松山市内のホテル室内において,かねて交際していたAに対するうっ憤が積み重なり,とっさに殺意を 抱き,同女(当時28歳)の頚部を手で強く絞め続けたが,同女の様子を見たこ とや同女から許しを請われたことなどから自ら犯行を中止し,加療約3週間を要 する見込みの頚部絞傷,頚部・顔面鬱血性皮下出血等の傷害を負わせたにとどま ったものである。(証拠の標目) 省略
(争点に対する判断) 第1 争点
本件の争点は,1殺意の有無,2中止未遂の成否(殺意が認められた場合), 3自首の成否の3点である。第2 判断
1 殺意の有無
(1)被告人は,以前被害者と交際し,その後も定期的に会うなどして交流を 持っていた。被告人は,被害者が被告人の子を妊娠し,流産したという話で 被害者から何度も責められ,暴力も振るわれていた。犯行直前には,被告人 が別の女性と関係を持ったことが被害者に分かり,被告人は,被害者から以 前の妊娠,流産の話も持ち出されて一方的に責められ,床に土下座させられて蹴られるなどした上,家族にも責任をとらせると言われた。被告人は,本件よりも前には,被害者に対し,一切暴力を振るったことはなかった。
 (2)被告人は,まず,互いに向かい合って座った状態から,片手(利き手で ある左手の可能性が高い。)で被害者の首につかみかかり,その後,被害者 の首を絞め続けた。なお,検察官は,被告人が両手で被害者の首を絞めたと 主張するところ,被害者は,首の周囲全体が被告人から絞められている感じ であったと述べているが,両手で首を絞められているのを目で確かめたわけ ではなく,被害者の首付近の傷跡からは,被告人が両手で首を絞めたとまでは断定できない。 (3)被害者は,一度意識を失ったが,その後意識を取り戻した。被告人は,その後,首を絞めることを中止した。被告人の行為により,被害者の顔面が うっ血し,目や鼻から出血があり,また,顔面が黒っぽい緑色になり,唇が 真っ白になるチアノーゼの症状を呈した。(4)B医師の証言によると,被害者の症状のうち,うっ血や目や鼻からの出 血からすると,頚静脈が閉そくされる状態(約2~3キログラムの力が必 要)で約5分間以上,チアノーゼからすると,気道が閉そくされる状態(約 15キログラムの力が必要)で約75秒間以上,首を絞め続けられており, 生命に対する危険も生じていたと認められる。(5)弁護人は,被告人が,被害者を死なせるかもしれない危険な行為を,そ ういう行為だと分かって行ったといえるか疑問があると主張する。(6)被告人は,犯行時の記憶がない旨供述し,これをうそと断定することは できないが,現在記憶がないということと,その当時,どのような意識であ ったのかは別の問題である。(7)上記のとおり,被告人は,少なくとも片手で,被害者の首を,合計で約 5分間以上,そのうち約75秒間以上は気道を閉そくするほどの強い力で絞 め続けており,その力の強さや時間の長さからすると,自分の行為については十分意識して行っていたと認められる。 (8)弁護人は,被告人が,被害者の首を狙って絞めたものではないと主張し,被告人もこれに沿う供述をするところ,確かに,被告人が最初に被害者の首 をつかんだ時点で殺意があったとまでいえるかは疑問が残る。しかしながら, その後,被害者の首を長い時間,強い力で絞めていた時点では,自分がして いる行為の危険性は十分分かっていたと認められる。(9)そして,(1)の経緯をみると,その当時,被告人は,被害者に対する 強い怒りを持って犯行に及んだものと認められる。(10)以上からすれば,被告人には,被害者を何としてでも殺害しようとい う強い意思まではなかったものの,被害者を死なせるかもしれない危険な行 為をそれと分かった上であえて行っていたものであり,殺意があったと認め られる。2 中止未遂の成否 被告人は,首を絞め続けるのをやめた理由について明確には述べていない。 この点,検察官は,ア被告人は,被害者が鼻から出血したという予期せぬ事態に驚き,犯行を中止したと考えられること,イ犯行後5時間以上が経過した 後にようやく被害者に頼まれてホテルの従業員に119番通報を依頼している ことからすると,自己の意思により中止したとは認められないと主張する。しかしながら,アについては,確かに,被害者は鼻から出血しており,被告 人がこれに気付いていたことは認められるものの,鼻血に驚いたことが犯行を 中止した理由であったとは断定できないし,被告人が,被害者の首を絞めてい るときに,被害者が「ごめんなさい。」などと言い,被告人がこれを聞いてい たという事実もある。また,イについては,被告人は,犯行中止後に,被害者 を介抱し,比較的早い段階で被害者に対して病院に行くかどうかを聞き,最終 的に時間は遅くなったものの,ホテルのフロントに電話をして救急車を呼ぶよ う依頼し,被害者と一緒に病院に行っている。これらの事情からすると,検察官の主張には疑問が残り,被告人は,被害者の様子を見たことや被害者から許 しを請われたことなどから,自らの意思で犯行を中止したと認めるのが相当で ある。3 自首の成否
弁護人は,被告人には自首が成立すると主張する。
 しかしながら,被告人が,ホテルのフロントにした電話には,警察への通報の依頼は含まれておらず,その時点では,いまだ捜査機関に対して犯罪事実を 申告したとは認められないし,現場に到着した警察官に犯行を話した際も,警 察官は,既に事件について一定の予測(男性が女性の首を絞めた事件で,被告 人が加害者である)を立てた上で,被告人に質問し,被告人が,これに答える 形で説明しているのであって,被告人が,自発的に自己の犯罪事実を申告した とまでは認め難い。もっとも,警察官が現場に来るきっかけは,被告人がホテ ルのフロントに電話をし,事件の内容を話して救急車を呼ぶよう依頼したこと によるものであり,その際,被告人は,警察官が現場に来ることをある程度予 想しており,その後,警察官の問いかけに比較的素直に応じていることからす ると,自首とほぼ同じくらい量刑上有利に評価できる。(法令の適用) 被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,判示の罪は中止未遂であるから刑法43条ただし書,68条3号に より法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,刑法21条を適 用して未決勾留日数中60日をその刑に算入することとし,情状により刑法25条 1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとし, 訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担 させることとする。(量刑の理由) 本件は,殺人未遂の事案である。
本件に関しては,以下のような事情が重視される。
被害者の首を,一定時間,強い力で絞め続けるという行為は非常に危険である。
 被害者は,死の恐怖を味わった。しばらくの間は顔の腫れも引かず,その後も精神 的ショックは続いている。他方で,本件犯行に計画性はなく,殺意の程度も余り高くない。また,被告人が 犯行を中止したことで,最悪の事態は免れ,その後被害者の負った傷害は順調に回 復している。犯行前の被告人に対する被害者の言動には,事件を誘発したという点 で,一定の落ち度がある(もちろん,被告人の行為を正当化はできない。)。事件 後は,被害者を介抱し,ホテルに依頼して救急車を頼み,駆けつけた警察官に対し ても,事件のことを隠そうとはしなかった。さらに,被害者に対する謝罪の言葉を述べ,被害弁償金の一部として200万円 を支払っており,更なる支払も提案している。前科がなく,今後,更生することは 十分可能である。被害者は,被告人に対し,刑務所で反省してもらいたいなどと厳しい意見を述べ ており,その受けた心身の深い傷を考えると,理解できる面はあるが,先に述べた ような事情を考慮すると,被告人に対しては,刑の執行を猶予し,社会内で更生す る機会を与えるのが相当である。そして,刑期については,本件犯行の危険性にか んがみ,処断刑の下限の懲役2年6月ではなく,懲役3年とするのが相当である。 (求刑・懲役4年)平成22年2月12日 松山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 村越一浩
裁判官 中村光一
裁判官 藤原未知
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