主文
被告人を懲役15年に処する。
 未決勾留日数中220日をその刑に算入する。理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,中学校卒業後,バーでアルバイトをするなどして過ごしていたところ, 平成13年12月ころ,Aと交際を始め,そのころから同人と同棲するようになり, 平成14年12月6日,長男Bを出産するとともに,同月16日,Aと婚姻した。
 次いで,被告人は,平成15年12月19日,次男Cを出産したが,Aが職を転々 としたり,被告人に対して暴力を振るうことなどが原因で次第にAと不仲になり, また,平成16年9月23日,Cが新生児突然死症候群により突然死するという不 幸にも見舞われた。やがて,被告人は,平成17年3月22日,Aと離婚したが, その時点で既に第三子を妊娠していた。被告人は,同年7月20日,三男Dを出産 し,しばらくは実家にいたものの,同年9月12日以降,北海道a市b町c丁目d 番e号f町市営住宅g号室(以下「市営住宅g号室」という。)において,B及び Dとともに三人で生活するようになった。被告人は,その後しばらくして飲食店で昼間働くようになったが,いずれも長続 きせず,平成18年8月上旬ころからは,スナックでの勤務を始めて深夜まで稼働 するようになった。スナック勤務を始めた当初,被告人は,実母に留守の間のB及 びDの世話を任せていたが,同月20日ころ,被告人が終業後も友人と遊んだり交 際相手宅に泊まるなどして帰宅が遅いことなどが原因で実母と喧嘩になり,以後B 及びDの世話を断るようになった。被告人は,その後は同人らを二人きりで自宅に 置いたままスナック勤務に出かけるようになったが,被告人が深夜まで働き,明け 方に帰宅して寝ようとするころ,同人らが起き出して,その世話をせざるを得ない ことで,次第に同人らの世話をしなければならないことに煩わしさを感じるように なっていった。被告人は,このような生活を送っていたところ,同年9月10日,友人を介して Eと知り合い,程なく同人と交際するようになった。被告人は,Eとの交際に夢中 になる余り,B及びDの存在が更に疎ましくなり,その世話をますます怠り,同人 らを寄せ付けないようにするため自室に籠もることすらあった。しかし,被告人は, 同年10月初めころ,Eと口論が続くようになり,同月7日,同人と別れることに なった。被告人は,Eと別れたものの,その悲しみや未練をごまかすために男友達と遊興 に耽るなどしてより一層自堕落な生活を送り,B及びDに対しては,食事,おむつ 交換及び入浴の世話以外は一切せず,多くの時間を自室に閉じ籠って過ごし,二人 の顔すらろくに見ない生活をするようになった。続けている世話にしても,被告人 は,B及びDに朝食は食べさせておらず,仕事帰りに購入したコンビニ弁当を昼こ ろ食べさせるなど,満足な食事を与えていたわけではなく,おむつ替えは仕方なく 泣き声から様子を図りながら行っていただけであり,入浴も自分が入るついでに気 分次第でさせていたという程度にとどまるものであった。また,被告人は,同月15日,ふとしたことからEと連絡を取り,被告人として は不本意ながら,同人と肉体関係を伴いながらも友人としての関係を続けることに なった。しかし,被告人は,本意でないままそのような不正常な関係を続けること に負担を覚えるようになり,自身が望むようにEと再び男女として交際することが できないのであれば,同人との関係をいずれ解消しなければならないと考えるよう になった。そのような折,被告人は,同月29日ころ,スナック勤務を通じて知り 合ったFから交際を申し込まれたことから,同人と交際することでEとの関係を清 算しようと考え,同月30日,Eにその旨を伝えた。ところが,予期に反してEか らは被告人に対する未練があるかのようなことを言われたことから,被告人は,同 人に自ら別れを切り出したことを強く後悔し,精神的にひどく落ち込むに至った。 Bは,この悲しみに沈む被告人の様子を幼いなりに心配して被告人に話しかけ,ま た,Dは,被告人に構ってもらいたくてその足元に擦り寄って来たが,被告人は,このような子供らの健気な態度をむしろ疎ましく思い,これ以上世話をしたくない, 邪魔だ,二人とも死んでしまえ,などと考えた。もっとも,被告人は,幼いころから親交のある知人にとりあえず電話をし,その 勧めもあって,生活保護の関係で知っていたa市役所保険福祉部保護課の担当者に 電話をし,子供を預けたいなどと相談したところ,児童家庭課に相談するように言 われ,児童相談員と話し合った結果,同年11月6日に市役所に相談に行くことに なった。ところが,被告人は,上記のような市役所の対応にも不満を覚え,市役所 は当てにならない,他に頼れる人もないなどと考え,もはやB及びDを自ら殺害す るしかないと思い定めた。その上で,被告人は,子供らが苦しむ顔等を見ると殺害 を躊躇してしまうため,首を絞めたり包丁で刺すなどして直接B及びDを殺害する ことはできないが,自宅には食料がほとんど残っていないことから,自宅の鍵を掛 けて同人らを放置すれば,その苦しむ姿を見ることなく同人らを餓死させることが できると考えるに至った。(罪となるべき事実)
第1 被告人は,市営住宅g号室の当時の被告人方において,長男B(当時3歳) 及び三男D(当時1歳3か月)を養育していたものであるが,前記のとおり, 自身の交際の邪魔となる同人らの存在を疎ましく思うとともにその世話を厭う 気持ちが募り,そのような状態から解放されることを強く欲するようになった ことから,同居する親権者として同人らを保護すべき責任があるのに,Bの養 育を放棄して同人を遺棄するとともに,Dを殺害しようと考え,平成18年1 0月30日午後6時30分ころ,同室内にはBが容易かつ継続的に摂取するこ とのできる十分な食料がないこと,また,同室内にはDの養育能力がないBし かおらず,Dは被告人から飲食物の付与や体温調整行為等の生命維持に必要な 措置を受けなければ生存できないことを認識しながら,同室玄関ドアを施錠し て容易に他者が同室内に立ち入ることのできない状態にした上,同人らを敢え て置き去りにし,同年12月4日までの間,自らも同室内に立ち入ることなくそのまま放置し,よって,幼年者であるBを遺棄するとともに,そのころまで の間に,同室内において,Dを脱水及び栄養不良による飢餓,低体温又はその 競合により死亡させ,もって人を殺害した。第2 被告人は,同日,市営住宅g号室において,前記第1のとおり死亡したDの 死体をバスタオル及びゴミ袋で包んで段ボール箱に入れ,その蓋を粘着テープ で閉じた上,同段ボール箱を同室から北海道a市h町i丁目j番k号G方敷地 内にある物置内まで運搬して同所に放置し,もって死体を遺棄した。(証拠の標目)
省略
(法令の適用)
罰 条
科刑上一罪の処理
刑種の選択 併合罪の処理
未決勾留日数算入
訴訟費用の不負担
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が当時3歳の長男と1歳3か月の三男を自宅に置き去りにしたまま1か月以上放置し,長男を遺棄するとともに,三男を脱水及び栄養不良によ る飢餓,低体温又はその競合により殺害した上,その死体を遺棄した保護責任者 遺棄,殺人及び死体遺棄の事案である。第1の行為
殺人の点 刑法199条 保護責任者遺棄の点 刑法218条
第2の行為 刑法190条
判示第1の行為につき刑法54条1項前段,10条(1罪と して重い殺人の罪の刑で処断)判示第1の罪につき有期懲役刑
刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の 刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)刑法21条 刑事訴訟法181条1項ただし書
2 本件各犯行に至る経緯は,前記摘示のとおりであるが,被告人は,スナック勤 務を始めた後,その生活時間帯の違いから子供らの養育に煩わしさを感じるよう になり,また,次第に子供らの存在が交際相手や友人との付き合いの邪魔になる とも考えるようになったことで,いわゆるネグレクト,すなわち,子供の健康と 発育・発達に必要な保護や最低限の衣食住の世話等が不足又は欠落するために, 子供に栄養不良,発達障害等の症状を生じさせる類型の児童虐待を行うようにな った。判示第1の犯行は,このような虐待が行われていた状況において,好意を 寄せる男性との関係を自ら絶つ形となってしまった悲しみを何の罪もない二人の 我が子にぶつけ,養育を放棄して自宅に置き去りにし,ついには三男を殺害する に至ったというものである。被告人は,そもそも自分の都合・楽しみ等を優先し てネグレクトをしていた上,一時的な感情に流されるまま,更に積極的に子供ら を死に至らしめる目的で居室に放置して立ち去ったのであり,その犯行に至る経 緯及び動機は,自分本位に場当たり的な行動を重ねている点で,誠に身勝手かつ 理不尽というほかはなく,斟酌すべき事情は全くない。なお,判示第1の犯行の うち長男に対するものは保護責任者遺棄罪に該当するが,被告人の主観面のみを 見れば,長男をも死に至らしめる意図があったことは証拠上明らかである。被告人は,子供らの苦しむ顔等を見ると殺害を躊躇すると考え,直接我が子を 手に掛ける代わりに,施錠して第三者が容易に近づくことができない状態にした 自宅に,十分な食料も置かず,自ら第三者に助けを求めることもできない当時3 歳の長男と1歳3か月の三男を置き去りにした上,1か月以上にわたり放置した というのであって,幼い兄弟の身に生じた長期間にわたる飢餓と苦痛は想像を絶 するものがある。その犯行態様は,それ自体としては計画的かつ狡猾であるとと もに,卑劣,非情にして残酷というほかなく,極めて悪質である。また,被告人 は,自ら殺害した三男の死体をバスタオル及びゴミ袋に包んだ状態で段ボール箱 に入れ,情を知らない当時の交際相手の居宅の物置内にこれを運び入れて2か月 以上にわたり放置したというのであって,そこには母親として有すべき我が子に対する愛情も,人として当然抱くべき死者に対する畏敬の念すらも窺われない。
 被告人は,本件各犯行によって,三男の死亡という取り返しのつかない重大な 結果を発生させたものである。人生の喜びをほとんど経験する間もなく,僅か1 歳3か月にして,こともあろうに実母の手に掛かって可能性に溢れていたはずの 生を断たれることとなった上,骨と皮ばかりになり,腐敗して惨たらしい姿とな るまで放置され,発見後も弔われるどころか段ボール箱に詰め込まれ,寒く冷た い屋外の物置内に遺棄された三男の無念さは,余人の想像を許さないほどであろ う。全くもって無惨というほかない。他方,長男は,生米を食べ,調味料等をす するなど,室内に僅かに残された食料等口にし得るものを摂取して,ようやく命 をつないだものである。1か月以上という長期にわたり,長男は,おそらくは不 安と絶望とに苛まれながら,それでもいつか母親が帰ってくることを信じて待っ ていたのであろうと窺われる。その思いは,被告人が約1か月後居室に戻ってき た際に長男が発した「ママ,遅い。」の一言に凝縮されている。その健気な心情 は誠に哀れである。また,長男は,劣悪な環境に置かれて飢餓に苦しんだ上,変 わり果ててゆく弟の姿,それを遺棄する母親の姿を目にすることを余儀なくされたのであって,その心身に受けた打撃・苦しみは計り知れぬほど大きいと思われ, 同人の将来の健全な発育・発達に及ぼす深刻な影響等が懸念される。被告人は, このような悲惨というほかない結果が生じることを十分に予期し得たにもかかわ らず,本件各犯行に及んだものであり,母親としてという以前に,人間としての 憐れみの心すら失っていたものといわざるを得ない。しかも,被告人は,長男が生き延びていたことによって悔い改めるでもなく, 遺棄する前と同様にその存在を疎ましく思い,ネグレクトを続け,結局児童相談 所に一時保護を求めた。また,同所職員等から三男の行方を聞かれた際には,本 件各犯行の発覚を恐れ,友人に預けているなどと虚偽の事実を述べていたという のであって,依然自分本位の行動を続けていた点で,事後の情状もおよそ芳しく ない。加えて,近時,児童虐待が大きな社会問題となっている中,本件各犯行は,実 母が二人の幼子を1か月以上にわたり放置し,一人を餓死させた児童虐待事件と して大きく報道されるに至っており,社会一般に与えた影響も無視することがで きない。なお,弁護人は,本件各犯行の背景として,母親が一人で子育てをすることの 困難さや経済的困窮,被告人自身の未熟さを指摘する。確かに,本件各犯行の背景として,単に被告人が年齢的に若くして母親となっ たことにとどまらず,子供のころからの被告人と母親との葛藤と信頼関係の欠如 や,性的被害の経験によるトラウマ等をも要因とする被告人の人格的な未成熟さ が影を落としていることは窺われる。しかし,前記犯行に至る経緯のとおり,被告人は,実母と喧嘩して自ら子供ら の世話を断ったのであるし,行政機関の保護を受ける機会も十分あったにもかか わらず,短絡的な思考からこれを自ら放棄したものである。まして経済的困窮か ら本件各犯行に及んだわけでないことは証拠上明らかである。近時児童虐待が多 発する要因として,弁護人指摘のような事情が存在することもあろうと思われる が,児童虐待それ自体既に痛ましい問題ではあるものの,本件のように,更に一 歩踏み込んで,親が子供を積極的に殺害するという例は必ずしも多くはない。したがって,上記弁護人指摘の各点を過大に評価することは適当でない。以上の諸事情によれば,被告人の刑事責任は極めて重いというべきである。3 したがって,被告人は,本件各犯行を素直に認めて反省の態度を示すとともに, 長男や三男に対する謝罪の気持ちを表明していること,公判中に第四子を出産す るという経験とも相俟って内省が深まり,また,実母との手紙のやりとりを通じ て自己の問題点に真摯に向き合おうとするなど,被告人なりに更生への努力を始 めていること,生育歴に同情すべき点があること,被告人には前科前歴がないこ と,若年であることなど,被告人にとって酌むべき事情を十分考慮しても,被告 人に対しては,主文のとおり相当長期間の刑を科し,その罪を贖わせるとともにその改善更生を期するのが相当である。 (求刑 懲役20年)
平成19年12月17日
札幌地方裁判所室蘭支部
裁判長裁判官 杉浦 正樹
裁判官 知野 明
裁判官 三浦 康子
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