主文 被告人を懲役7年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
 理由
(犯行に至る経緯等) 被告人は,妻A及び義母Bと共に3人で生活していた。Bは,平成18年ころには家族の顔も分からない状態で,同年11月には重度の認知症と診断された。もっ とも,排泄,入浴,食事等の日常生活動作については概ね一人で行うことができ, 被告人やAの言うことは聞いていたので,在宅介護は可能な状態であった。他方, Aは,仕事を持つ傍ら,家事及びBの介護を行っていたが,同年8月ころからは体 調不良を訴え,同年9月には,家の中の埃を見て「虫がいる。」などと不可解な言 動をするようになり,同月22日,医師からうつ病と診断された。同年10月ころ,被告人は,Aから,「実は,もうお金がないんよ。」と言われ, 今後住宅ローンの支払等ができなくなり一家の生活が立ちゆかなくなるものと思い, 自分が死ねばローンを返済する必要がなくなると考えて自殺を試みるなどした。同年11月ころ,Aは「死にたい。」と言うようになった。また,「体がきつ い。」と言って寝込むことが多くなったので,同月の終わりころには,被告人が, 食事の準備,洗濯及びBの世話などのほとんど全てをするようになった。Aは,そ のころから,被告人に対し,「お金もないし,お父さん一緒に死んで。婆ちゃんと 3人で一緒に死のう。」などと言うようになった。被告人も,お金がなくて住宅ロ ーンの支払もできない上,Bは重い認知症であるし,Aも寝込んでばかりで死にた いなどと言うので,生きていても仕方がない,いっそ3人で死んでしまった方が楽 ではないかと考えるようになった。Aは,同年12月2日,右足第4指が紫色に変色していたため,医師の診察を受 けたところ,糖尿病の影響で壊疽しかかっている,このまま放っておくと指が腐り, 場合によれば足も落とさなければならなくなる旨告げられ,同月12日まで通院して点滴治療を受けた。すると,足の指の色がもとに戻り,点滴治療も終了したが, 同月13日,Aが被告人に対し,「足が痛くて歩けない。」,「もう殺して。」な どと訴えたことから,被告人は,やはりAの足は治らないと考えた。
 (罪となるべき事実)被告人は,
第1 平成18年12月14日午前8時45分ころ,大分県日田市a町b番地c所在の被告人方において,妻A(当時64歳)から「殺して,お願いだから殺し て。」などと哀願され,金がなく住宅ローンの支払もできない上,同人の糖尿 病はもはや治癒しないものと思い込んでいたことから,将来を悲観し,また, 同人の望みどおり殺してやった方が同人も楽になると考えてこれを承諾し,同 日午後1時30分ころから午後3時ころまでの間に,同所において,同人に対 し,所携の縄ロープ(平成19年押第11号の1)をその頸部に巻いて強く絞 め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息により死亡するに至ら しめ,もって,同人の嘱託を受けて同人を殺害し,第2 前記Aから前記嘱託を受けた際,同人を殺害して自殺するつもりであったと ころ,同人から「婆ちゃんも殺して。そうじゃないと婆ちゃんも可哀想や。」 と懇願され,重度の認知症である義母B(当時86歳)を1人残しても世話す る人がいないので可哀想だと考えて,同人の殺害を決意し,同日午後1時30 分ころから午後3時ころまでの間に,前記被告人方において,Bに対し,前記 縄ロープをその頸部に巻いて強く絞め付け,よって,そのころ,同所において, 同人を窒息により死亡させて殺害した。(証拠の標目) 省略
(法令の適用) 被告人の判示第1の所為は刑法202条後段に,判示第2の所為は同法199条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については懲役刑を選択し,判示第2の罪については有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であ るから,同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし 書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21 条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑 事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
 (量刑の理由)1 本件は,糖尿病及びうつ病に罹患した妻と重度の認知症に罹患した義母と共に 暮らす被告人が,妻から3人で一緒に死ぬことを哀願され,妻及び義母の首をそ れぞれ縄ロープで絞め付け,窒息により同人らを死亡させ殺害したという嘱託殺 人及び殺人の事案である。2 本件犯行の動機は,金銭的な問題や妻の病気が原因で将来を悲観した被告人が 妻から哀願され,同人及び義母を殺して自分も死のうと考えたことにあるが,妻 が徐々に家事や義母の世話もできなくなるのを目の当たりにした上,妻から1か 月以上もの間「殺して欲しい。」などと言われ続け,また,妻の足を切断しなけ ればならないと思い込み,義母も重度の認知症であるといった状況下においては, 被告人が生きていても仕方がないと将来を悲観してしまったという経緯には同情 すべき余地がある。被告人の思い込みが真しかつ深刻なものであったことは,本 件犯行以前に被告人が自殺や心中を試みたこと,本件犯行直後に首つり自殺を試 みたことからも十分うかがえる。しかしながら,犯行当時被告人が行っていた家事や義母の世話の負担は,多大 なものでもなく,妻の病気の治療及び義母の施設入所のために子どもらに頼った りすることもできたのであるから,当時の被告人の認識を前提としても,妻及び 義母の殺害に及んだことは,人命を軽視した短絡的犯行であるというほかない。 殊に,義母については,殺害される原因ないし落ち度は全くなく,義母も死を望 んでいたとは考えられないのであって,被告人により一方的に殺害されたという ほかなく,強い非難を免れない。しかも,実際には,相当額の預貯金があり経済的に逼迫した状況にはなく,妻の糖尿病についても,足を切断しなければならな いような状況にはなかったのに,通帳を見るなどして家計の状態を調査したり, 医師に病状を確認するなどの方策を採ることなく,うつ病等に罹患した妻の言を 盲信して犯行に及んだものであって,思慮に欠ける軽率な犯行であることを否定 できない。そして,何よりも,2人の尊い人命が奪われたという結果は極めて重大である。 以上によれば被告人の刑事責任は重大である。 他方,被告人は,本件犯行後数時間内に,本件犯行を隣人に申告し,捜査公判を通じて犯行を認めるなど反省の情が顕著であり,被告人が長年連れ添った妻と 長年家族として一緒に暮らした義母を殺害したことを深く後悔していることは疑 うべくもない。被害者らの肉親でもある被告人の長女も,被告人に対する寛大な 処分を望んでいる。さらに,被告人は,長年地域で一市民として真面目に社会生 活を営んできたものであって,懲役前科はなく,68歳と高齢であるなど,被告 人のために酌むべき事情も認められる。しかし,それらの事情を最大限考慮しても,被告人の刑事責任の重大さにかん がみると,被告人に対しては主文の刑を科すのが相当である。(求刑 懲役10年) 平成19年5月24日
大分地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 宮 本 孝 文
裁判官中島 崇
裁判官 大 黒 淳 子
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