判示事項の要旨 原告は,商品先物取引の受託を業とする会員業者(商品取引員)である被告との間で,商品先物取引の委託契約を締結したうえ,およそ6か月にわたりガ ソリン及び灯油の先物取引を行った。本件は,原告が,被告の従業員である外 務員らによる勧誘から取引終了に至るまでの一連の行為が,商品取引所法に定 める顧客に対する誠実公正義務に著しく違反することにより,被告が債務不履 行責任を負い,また,被告の業務執行につき行われた従業員の不法行為に基づ く使用者責任による損害賠償請求について,原告の請求を認容した事案である。主文
1 被告は原告に対し,1876万6200円及びこれに対する平成17年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求 主文と同旨。
第2 事案の概要 原告は,商品先物取引の受託を業とする会員業者(商品取引員)である被告との間で,商品先物取引の委託契約を締結したうえ,およそ6か月にわたりガ ソリン及び灯油の先物取引を行った。本件は,原告が,被告の従業員である外 務員らによる勧誘から取引終了に至るまでの一連の行為が,商品取引所法に定 める顧客に対する誠実公正義務に著しく違反することにより,被告が債務不履 行責任を負い,また,被告の業務執行につき行われた従業員の不法行為に基づ く使用者責任による損害賠償責任を負うと主張して,取引差損及び手数料17 06万6200円及び弁護士費用170万円の合計1876万6200円並び にこれに対する不法行為の終期である取引終了日の平成17年9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,各項末尾掲記の証拠によって容易 に認められる。(1) 商品先物取引等について
ア 商品先物取引(以下「先物取引」という。)は,3か月後あるいは6か 月後(この期限を「限月」という。)といったように,将来の一定時期に 受渡しすることを条件に売買する(取引を始めるときの取引を「新規」, 新規に取引したものを「玉」,新規に取引することを「建玉」という。) が,受渡時期が来る前に転売したり,買い戻したりすれば(取引を終える 時の取引を「仕切り」という。),商品の受渡しをせずに,代金の差額だ けを受渡しすることによって,取引を終わらせることができるという商品 取引所(以下「取引所」という。)で行われる取引である(甲8)。イ 取引所には,会員業者(商品取引員)がおり,取引の場に立つことがで きるのは会員業者に限られている。会員業者以外の者は,会員業者に取引 を委託して取引に参加する。その際,会員業者と基本委託契約を締結して, 取引に参加する(以下,会員業者と基本委託契約を締結して,取引に参加 する者を「委託者」という。)。ウ 委託者は,会員業者に,委託証拠金(以下「証拠金」という。)を預託 して取引を開始する。証拠金は,取引における損失(会員業者への取引委 託手数料を含む。)に備えた担保であって,商品の代金ではない。その額 は,代金の数パーセントから20パーセント程度である。先物取引は上記 のような証拠金によって取引を行うため,小さな資金で多額の商品の取引 を行うことができるが(「レバリッジ(梃子)効果」といわれる。),一 方で,多額の損失を計上する可能性があり,いわゆるハイリスク・ハイリターンの取引である。なお,建玉したものが相場の変動により,預託して あった証拠金の半額以上の損状態になった場合,なお相場の回復を期待し て決済しないで建玉しておく場合には委託追証拠金を入れる必要がある (甲8,乙3,13)。エ 取引所は,急激な価格変動による混乱を防止するため,商品市場ごとに 1日の値動きの幅を制限しており,価格が上昇して制限値段の上限に達す ることをストップ高,逆に,価格が下落して制限値段の下限に達すること をストップ安という。ストップ高の場合には「買い」注文は成立せず,ま た,ストップ安の場合には,「売り」注文は成立しない(乙2)。(2) 当事者等 ア 原告
(A) 原告は,平成17年3月ないし9月当時58歳ないし59歳の男性で ある。E大学を卒業後,F信用金庫に勤務し,同信用金庫退職後,函館 市内にある株式会社Gに再就職し,同社の経営するHに勤務していた。(B) 当時,原告には,自宅の土地建物があったほか,b信用金庫の退職金 700万円と,死去した妻の生命保険金1000万円を原資とする預貯 金など,合計2000万円程度の預貯金を所有していた。また,給与収 入が年間500万円ほどあった。それまでに投資経験はなかった(甲2 9の1ないし4,甲30の1,2,甲42,原告本人)。イ 被告は商品取引所法に基づく会員業者(商品取引員)である。
ウ 本件において,原告と被告との間の先物取引委託契約を担当するなどして関与した被告の従業員であった外務員は,以下の4名であった。
 (A) A(B) B
(C) C
(D) D
エ 原告に対する被告の取引への勧誘は,平成17年2月ないし3月に始ま り,取引が終了したのは,同年の10月7日であった。以下,明示をしな い限り日付は平成17年中のものである。(3) 本件の経緯
ア 2月ないし3月にかけて,原告は,被告外務員であったAから,石油関連の商品先物取引の勧誘を受け,Aは原告に対して,電話で勧誘を行ったり資料等(甲49の1,2)を送ったりなどした。
イ 3月30日,B及びAは,原告の勤務先を訪れて,原告と対面しての勧誘を行い,原告と被告は,先物取引の基本委託契約を締結した。
 (A) その際,Bらは,以下の資料を持参し,原告に交付した。・ 商品先物取引委託のガイド(乙2)
・ 受託契約準則(乙3)
・ 「思惑が外れた場合の対処方法のご説明」(乙4) ・ 「夢」と題するパンフレット(乙13)(B) 原告は,Bらに,証拠金として,120万円を現金で交付した。(C) Bは,取引はCが担当することを説明した。
(D) 被告コールセンターから電話がされ,係員が原告に,取引の内容の理解等について質問をした。
(4) その後,原告が被告に委託して行った取引は,別紙「売買調査表」記載のとおりである。
ア 本件における原告の取引回数は,合計85回であった。
 イ 取引結果(A) 証拠金入金 (内 訳) (a) 3月30日 (b)
 4 月
 8 日1815万1300円
120万0000円 444万0000円
(c) 5月12日 (d) 6月15日 (e) 6月28日 (f) 7月28日(B) 出 金 (内 訳) (a) 4月22日 (b) 8月8日 (c) 10月7日(C) 差引計算額((A)-(B)) (D) 清算状況
(a) 売 買 損 益 (b) 委託手数料 (c)消費税 (d) 合 計306万7700円 198万1000円 159万6400円 586万6200円 112万0760円3万5660円 100万0000円 8万5100円 1703万0540円-1119万8000円 - 555万4800円 - 27万7740円 -1703万0540円ウ 建玉の内容は,わずかの東京工業品取引所のガソリン取引(以下「東京 ガソリン」という。)がある外は,中部商品取引所のガソリン取引(以下 「中部ガソリン」という。)及び灯油取引(以下「中部灯油」という。) が,そのほとんどを占めていた。(A) 中部ガソリン
(B)中部灯油
(C) 東京ガソリン
合計
エ 中部商品取引所におけるガソリン取引につき,平成13年11月から平売玉 合計 579枚 買玉 合計1283枚 売玉 合計 260枚 買玉 合計 628枚 買玉 合計 13枚2763枚
成17年12月の間の値動きは,長期的に見ると上昇傾向にあったが,短 期的には乱高下を繰り返しており,全体の15パーセント以上の取引日に おいてストップ安が発生していた(甲37)。オ 本件における原告の取引は,3月31日の中部ガソリンの買玉50枚の 建玉で開始されたが,この時点から,証拠金で取引できる最大の枚数を建 玉していた(このような取引を「満玉」という。)。また,仕切りにより 利益が発生した場合には,これを証拠金に振り替えて,取引できる最大の 枚数を建玉していた(このような取引を「利乗せ満玉」という。)。カ 4月7日,原告は,証拠金444万円の入金を約束し,これを4月8日 に支払ったが,4月7日に,原告の取引を仕切れば150万円程度が返還 される状況であった。キ 4月7日,原告は,限月を異にしてはいたが,買玉と売玉の両方の建玉 をする両建てを行い,その後,ほとんどの期間において,両建ての状態に あった。2 争点 原告は,本件取引について,被告に,誠実公正義務,具体的には適合性原則違反,説明義務違反,新規委託者保護義務違反,手仕舞い拒否,無断売買及び 実質的一任売買等の違法があり,債務不履行及び被告の外務員の使用者責任に 基き損害賠償責任を負い,また,過失相殺をすることも相当でないと主張する のに対して,被告は,本件取引については,被告の外務員の行為には,上記の ような違法な点はなく,損害賠償責任を負わず,また,損害賠償責任を負った としても,原告には大幅な過失相殺が認められるべきと主張する。第3 裁判所の判断
1 本件においては,原告と被告との間でなされた客観的な取引行為自体は,当事者間に争いがない。また,被告も抽象的には原告のような委託者に対して誠 実公正義務を負い,具体的には,適合性原則や説明義務を負うことは認めている。本件の実質的な争点は,取引行為がなされるに際して,これらが原告の自 己責任に基づくものか,あるいは,適合性原則や説明義務等の被告の義務が果 たされておらず,原告の自己責任を問うことが不当であると認められるかどう かという,評価にかかわる部分が大きい。そこで,まず,判断の前提として, 本件において,会員業者である被告が委託者である原告にどのような義務を負 うのかを明らかにする必要がある。2 被告が委託者である原告に対して負う義務 (1) 委託者を保護する義務ア 被告のような,先物取引の会員業者は,委託者に対する誠実公正義務を 負うとされ,原告も,種々の具体的義務違反(適合性原則違反,説明義務 違反,新規委託者保護義務違反,手仕舞い拒否,無断売買及び実質的一任 売買等)を主張するが,基本となるのは,適合性原則と,説明義務である。
 すなわち,委託者は自己の責任において取引を行うべきであるにもかかわ らず,会員業者が,委託者に対する誠実公正義務,すなわち,委託者を保 護する義務を負うとされるのは,先物取引は大きな危険性を有し,かつ, 高度で困難な判断を要する取引であること,にもかからず,事実として, 会員業者と顧客の知識・経験・能力に圧倒的な差があり,これを前提とし て顧客は会員業者の助言・勧誘を信頼していること,会員業者には,法に よって一定の営業について特権的な地位が与えられており,その反面とし て投資家の保護・育成を図るべき立場にあることにある。イ 上記は,先物取引においては,取引の危険性が大きいにもかかわらず, 委託者において自己責任において取引をする前提が実質的に備わっていな い場合が少なくないことから,委託契約を締結し,取引を実行する際に, これを備えさせることが,委託者に対して負う債務として会員業者に課せ られていると考えられる。したがって,委託者が取引に適合性があること, また,取引について,その危険性について会員業者から説明されることは,上記のような義務の中心にある。その他の義務は,これらの派生的なものか,あるいは特に悪質なものを具体化したと考えることができる。
ウ なお,誠実公正義務ないし適合性原則及び説明義務については,商品取 引所法にも規定があるが(商品取引所法136条の17,136条の25 第1項4号,但し,平成16年法律第43号による改正前のもの。),このような義務は,私法上,被告のような会員業者に課せられる義務であり, その根拠は,被告と原告のような専門家と専門知識を有しない顧客という 関係にある契約当事者間において信義則に基づいて認められる契約上の義 務ということができる。(2) 適合性原則
ア 先物取引の会員業者の適合性原則の遵守については,具体的な委託者と,なされるべき具体的な取引を前提として,判断される必要がある。すなわ ち,適合性原則を遵守する義務がある以上,委託者についての審査がなさ れることになるが,これは,委託者について,単に,資産がどの程度ある か,学歴や職歴,現在の職種を申告させるといった抽象的なものでは足り ないというべきである。より具体的に,委託者が,投資する資金について は,先物取引という危険性の高い取引に,どの程度の金員を準備している か,その資金の原資はどのようなもので,先物取引という危険な商品に投 資されるに相応しい余裕資金か,また,金額について委託者の全体の資産 との関係でバランスを失したものではないかといった点,また,委託者に ついては,先物取引を自らの判断で行うに足る判断能力を有しているか, また,判断能力を有しているとしても,判断を行う前提となる取引に対す る理解はどの程度進んでいるかといった点が具体的に審査されるべきであ る。イ このような考え方については,会員業者に対して厳しすぎるとの批判も あり得るところである。一般的にいっても,被告の取り扱う先物取引が,株式や投資信託等の金融商品とは比較にならないハイリスク・ハイリター ンという性格を有することからすると,上記のような具体的な審査がなさ れなければならないというべきであると考えるが,確かに,自ら先物取引 を始めたいとして会員業者を来訪してきた者に対しては,上記は,若干, 緩和して考えることもできよう。ウ しかしながら,本件のように,自ら積極的に取引への参加の意思を示し ていなかった者に対して,電話等により無差別の勧誘を行った場合につい ては,この点は,緩和して考えられるべきではない。先物取引のような危 険性の高い取引へ,自ら積極的に取引への参加の意思を示していなかった 者に対して,電話等により無差別の勧誘を行うことは,このような具体的 な取引への適合性の審査をすることを前提とするのでなければ,勧誘方法 として問題であり,社会的な相当性を欠くとの評価を受けることもあり得 るというべきであり,専門家である会員業者によって,上記のような適合 性原則についての委託者の審査が後述の説明義務とともに,厳格に行われ ることを前提として正当化されると考えるべきである。(3) 説明義務
ア 説明義務についても,単に,抽象的に先物取引の危険性を説明するのみで,説明義務が果たされたとは考えることはできない。むしろ,委託者が 行おうとしている具体的な取引との関係で,その具体的な危険性を指摘す る義務があるというべきである。なお,このような義務を果たす上でも, 取引を開始する時点において,委託者が,先物取引という危険性の高い取 引に,どの程度の金員を投資する準備があるのか,その金員の原資はどん なもので,先物取引に投資されるに相応しい余裕資金か,また,金額につ いて委託者の全体の資産との関係でバランスを失したものではないかとい った点,また,委託者については,先物取引を自らの判断で行う能力を有 しているか,また,能力を有しているとしても,その理解はどの程度進んでいるかといった点が,会員業者において把握されていなければならないというべきである。
イ また,説明義務については,先物取引といっても,商品や取引市場によって危険性に差異があるのであるから,この点についても,具体的に,その特色について説明を行う義務があるというべきである。
(4) なお,適合性原則,説明義務については,委託契約を締結するという取引 当初の時点において,まず問題になる。しかし,上記のように,これらの義 務が具体的に果たされる必要があるとすれば,取引開始後も,適宜,取引経 過に応じて履行されなければならない。すなわち,取引開始後も,なされる 取引の危険性等に応じて,委託者について当該取引について適合性があるか を考慮しつつ,具体的な説明がなされるべきである。その意味では,説明義 務は,「説明」というよりは,専門家からの適切な助言がなされるべき義務として考える方が適切な局面がある。そのような助言を得た上で,委託者が, なお危険な取引を行ったとすれば,委託者の自己責任として,会員業者の責 任が問われるべきものではないと考えられる。3 本件における適合性原則,説明義務について (1) 委託契約締結時ア 本件においては,原告は,年収は500万円程度であり,一定の資産 (1000万円を超える預貯金や,自宅不動産)を有し,また,最終学歴 は大卒であり,また,当時の職場の前には,信用金庫という金融機関に勤 務していた経歴を持ち,被告は,これらの点について原告から聞き取って いることが認められ(乙1),また,委託ガイド等の資料を受け取ってい て,被告からの電話にも回答しており,これらについて,一通りの説明を 受けていたことが認められる。したがって,原告の学歴等に照らすと,先 物取引の仕組みや危険性については,抽象的には理解をしていたと認めら れる。なお,取引後については,残高照会回答書(乙7の1ないし5)を受領しており,取引についても,把握できなかったわけではない。
イ しかしながら,上記の適合性原則についての審査は,いまだ形式的なも のに止まり,実質的な内容を伴っていたとは評価できない。Bは,証拠金 として,いくら支出するかを確認しているのみで,原告がどの程度の資金 を先物取引に投資する意思があるのかを聴き取っていないし,また,その 資金の原資についても調査をしたとは認められない。したがって,原告の 資産の内容からバランスのとれた投資であるかは,被告において,全く審査された形跡がない。
 Bは,原告から,中部ガソリンの50枚分の証拠金として,120万円を預かったとしているが,先物取引の仕組みからして,証拠金以上の損失 が発生する可能性があるのであるから(中部ガソリンについては,かなり の頻度で,ストップ安が発生したのであるから,なおさらである。),こ の場合には,原告が,先物取引のような危険な投資に投入すべき適切な額 が,原告の収入,年齢,投資可能な資金の原資,資産全体のバランス等か らすれば,多額になるとは考えられないのであるから,当初から,証拠金 で購入できる限度一杯の建玉をすることについては,仮に原告が言い出し たものとしても,再考を促す等の対応がなされるべきであった。ウ 以上からすると,被告は,原告との委託契約締結のために,先物取引に ついて,形式的な適合性の審査や取引の説明をしたのみで,専門家として の適切な助言をするための前提となる情報を得ておらず,委託契約時にお いて適合性原則の審査は十分に果たされていない。また,取引開始の際の 説明義務も十分に果たされていないというべきである。(2) 取引開始後
ア 取引開始後,原告は,利乗せ満玉を行っているが,この点について,被告は,「出来るだけ買玉を多く持ちたい」という原告の意向に従って取引 を進め,また,取引のリスクについて,その都度説明していた旨を主張し,証人のCは,その旨の証言をしている。しかし,この点についても,仮に, 原告が上記のような意向を示したとしても,Cとしては,単にリスクを説 明するのではなく,むしろ,利乗せ満玉のような取引については再考を促 すといった対応をとるべきであった。イ さらに,4月7日,それまで利益を上げていた原告が,損失を計上した 際に,仕切って,利益を確定させずに,444万円もの証拠金を支払わせ ているが,このような多額の投資を行うことについて,原告のどのような 点において適合性があったかは理解できないというほかない。原告の資産 状況を考えれば,このような投資は不適切なものというほかなく,この時 点で,150万円程度の返金が可能であったのであれば,一旦,仕切って 利益を確定させることを勧めるべきである。原告が,このような不適切な 投資に及んだことについては,Cの適切な助言がなかったからと断ぜざる を得ない。なお,Cは,原告が自ら,上記のような投資を行うことを選択 した旨を証言するが,原告に,上記のような不適切な投資をさせるのであ れば,被告のような会員業者が,これに対して,外務員において,適切な 助言をしたにもかかわらず,原告のような委託者が,あえて取引に及んだ ことを客観的に明らかにする措置を講じておくべきである。そして,この ことは,被告において容易になし得たところである(現実に,被告は当初 のオペレーターとの通話内容については録音テープを証拠として提出して いる。)。被告は,原告に,その後も,証拠金を支払わせているが,ここ から後の取引については,原告の所有する預貯金のほとんどを先物取引の ような危険な取引に投資させるに等しいものであり,原告に対しては,全 く勧めるべきでなく,むしろ,原告がこのような取引を行うことを熱望し たような特段の事情がなければ差し控えるべきと評せられる,不適切な投 資であったというほかない。そして,以後の取引については,なおさら, 会員業者の外務員が専門家としての見識から助言をしたにもかかわらず,委託者が,あえて取引に及んだことを客観的に明らかにする措置を講じておくべきであるといえる。
ウ 原告は,4月7日以降は,両建てを行っている。この点,両建てについて,その有効性については議論の分かれるところであるが,適切な時期に 両建ての状態を解消する必要があること,また,その時期の判断は困難で あることは,被告は特段に争っておらず(なお,乙2にも,その旨の記載 がある。),争いのないものと認められる。また,Cの証言によっても, Cが原告に両建てを勧めたことは半ば認めている。しかし,Cの証言によ れば,原告は,被告からの情報以外には,自らの投資判断に供する情報手 段は,テレビのニュース程度しかなかったというほかなく,とても,両建 てを自らの責任と判断で運用してゆくことが可能であったとは認められな い。なお,証人Dは,原告が,独自に投資判断をしていた旨を述べるが, その述べるところは具体性を欠き,証人Cの証言とも矛盾するものであり, 信用することはできない。なお,被告の外務員であったBですら,自分自 身,先物取引の仕組みを理解するのに,半年くらいかかったと述べている が,2か月程度前に電話で勧誘して委託契約を締結するに至った原告が, この間に,高度の知識を得たと考え得る根拠は,被告から全く示されてい ない。結局,被告の外務員らにおいて,どのような点から,両建てを原告 に勧めるべき取引と考えたのかは,明かでなく,原告に両建てを勧めたの は,それ自体として,相当でなかったというべきである。なお,原告のような委託者に,不適切な投資をさせるのであれば,被告 のような会員業者において,これに対して,外務員において,適切な助言 をしたにもかかわらず,原告のような委託者が,あえて取引に及んだこと を客観的に明らかにする措置を講じておくべきであることは,両建てをさ せる場合にも,等しく妥当するというべきである。(3) 被告の損害賠償責任
ア 先物取引は,そもそもが,いわゆるハイリスク・ハイリターンという性 格を有するものであるが,本件における原告の各取引は,その先物取引の 中でも,高いリスクと引き替えに,高い収益を目指したものであるという ことができる。また,先物取引は,取引の仕組みに対する知識と,投資判 断が要求されるものであるが,本件における原告の取引は,先物取引とし ても,取引の仕組みに対する高い知識と,高度の投資判断を要求される性 質のものであったということができる。イ しかしながら,被告の外務員らは,原告の財産を抽象的・形式的に調べ た後は,具体的な適合性原則の審査,また,取引の危険性について具体的 な説明,あるいは,適切な助言を与えずに,被告からの情報以外に,投資 判断のための自分自身の特段の情報を有しない原告に,先物取引の中でも, 危険性の大きく,判断が困難な取引を行わせたというべきである。したが って,被告には適合性原則ないし説明義務の違反があり,債務不履行に基 づく損害賠償責任を負うというべきである。ウ 本件においては,委託契約の当初から,適合性原則の実質的な審査がな されず,また,当初の取引から説明義務が果たされていないことからする と,原告が取引によって被った損失すべてについて,損害として被告の債 務不履行との間で因果関係を有するというべきである。4 過失相殺について 上記の認定を前提としても,原告には,被告の外務員らのいうがままに,取引を続けた点について,軽率であったとの非難もあり得,このことから過失相 殺をすべきであるとも考えられるところである。しかし,被告の外務員らは, 基本委託契約締結の際に,適合性原則の実質的な審査をせず,また,当初の取 引から説明義務を果たさずに原告と取引を続けており,原告は,専門家たる会 員業者である被告の外務員らから,実質的な適合性原則の審査を前提とした適 切な説明義務の履行がなされれば,適切な投資行動を取り得たともいえるのである。その意味で,原告に対して,被告が過失相殺を主張することは,自ら外 務員らの義務違反を有利に援用することにほかならない。以上によれば,信義 則の観点から,被告は原告に対して過失相殺を主張し得ないと考えるのが相当 である。5 弁護士費用について 上記で認められたのは,債務不履行に基づく損害賠償請求であるが,少なくとも両建てを勧めた点においては,それ自体相当でなく,この点で被告の外務 員には不法行為に基づく損害賠償も認められ得ることからすると,弁護士費用 についても相当因果関係を有する損害として認められるべきである。その額は 170万円が相当である。6 結論 よって,原告の請求は理由があるから認容し,訴訟費用について民事訴訟法61条,仮執行宣言について同法259条1項を適用して主文のとおり判決す る。札幌地方裁判所民事第5部
裁判官 馬場純夫
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