主文
1 被告は,原告Aに対し,4151万5654円及び内3851万5654円に対する平成1 2年3月5日から,内300万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。2 被告は,原告Bに対し,4151万5654円及び内3851万5654円に対する平成1 2年3月5日から,内300万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。3 被告は,原告Cに対し,4205万4219円及び内3905万4219円に対する平成1 2年3月5日から,内300万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。4 被告は,原告Dに対し,4205万4219円及び内3905万4219円に対する平成1 2年3月5日から,内300万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みまで年5 分の割合による金員を支払え。5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。7 この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が,各原告 について各金2500万円の担保を供するときは,仮執行を免れることができる。事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は,原告Aに対し,5165万4881円及び内4696万4881円に対する平成1 2年3月5日から,内469万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みに至るま で年5分の割合による金員を支払え。2 被告は,原告Bに対し,5165万4881円及び内4696万4881円に対する平成1 2年3月5日から,内469万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みに至るま で年5分の割合による金員を支払え。3 被告は,原告Cに対し,5229万7609円及び内4754万7609円に対する平成1 2年3月5日から,内475万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みに至るま で年5分の割合による金員を支払え。4 被告は,原告Dに対し,5229万7609円及び内4754万7609円に対する平成1 2年3月5日から,内475万円に対する平成14年3月19日からそれぞれ支払済みに至るま で年5分の割合による金員を支払え。第2 事案の概要
1 本件は,文部科学省登山研修所(当時は文部省登山研修所,以下「登山研修所」という。) が主催した冬山研修会において,北アルプス大日岳頂上付近で雪庇の崩落によって発生した雪崩 事故により死亡した亡E及び亡Fの両親である原告らが,上記雪崩事故は講師らが雪庇の規模を 適切に予測し,それに進入しないように登高ルートを選定すべきであったのにこれを怠ったこと により発生したものであるなどとして,被告に対し,不法行為(国家賠償法1条1項)又は安全 配慮義務違反による債務不履行責任に基づき,損害賠償金及びこれに対する本件事故日(弁護士 費用については訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害 金の支払を求める事案である。2 当事者間に争いがない事実
(1) 平成12年3月当時,亡Eは,N大学の学生でワンダーフォーゲル部に所属し,亡Fは, O大学の学生でワンダーフォーゲル部に所属していた。(2) 原告A及び同Bは,亡Eの父母で相続人である。原告C及び同Dは,亡Fの父母で相続人 である。(3) 文部科学省(当時は文部省)は,富山県中新川郡R町に登山研修所を設置し,登山研修所 は,社会人や山岳遭難救助関係者等を対象とした各種研修会を開催しており,その一つとして, 大学の山岳部及びワンダーフォーゲル部等のリーダーなどを対象として,大学山岳部リーダー研 修会を実施していた。登山研修所は,平成11年度山岳部リーダー冬山研修会(以下「本件研修 会」という。)を,平成12年3月1日から実施し,亡E及び亡Fは,本件研修会に研修生とし て参加した。(4) 講師10名は,研修生32名を引率して,平成12年3月3日,実技研修として,4泊5 日の日程で,北アルプス大日岳への入山を開始した。登山研修所職員1名及び医師1名も同行し た。全体の主任講師は,Gであり,研修生は9班に分かれ,各班を1名の講師が担当した。亡E 及び亡Fは,いずれも2班に属し,2班の担当講師は,Hであった。一行は,同年3月5日,前大日岳を出発して,早乙女岳,一ノ谷の頭を通り,大日岳の手前(北 西側)2370mのピークから,大日岳山頂に登頂した。G,1ないし3,5,6及び9班の講 師及び研修生ら合計27名は,大日岳山頂付近の尾根線から北東に伸びた雪庇(以下「本件雪庇」 という。)上に進入して,休憩した。同日午前11時25分ころ,本件雪庇が崩落し,亡E及び亡Fら11名が転落し,亡E及び亡 Fは,本件雪庇の崩落によって発生した雪崩に巻き込まれて,そのころ死亡した(以下「本件事 故」という。)。(5) 本件雪庇は,全体の大きさが40m以上で,大日岳山頂付近から水平距離約27mの地点 で崩落し,雪庇の先端から長さ約15mの部分が崩落したことになり,崩落地点における破断面 の高さは10m程度であったと推定される。(6) 本件事故後,北アルプス大日岳遭難事故調査委員会(座長I・P大学教授)が設置され, 同委員会は,平成13年2月,本件雪庇の崩落原因等に関する北アルプス大日岳遭難事故調査報 告書(以下「調査報告書」という。)を発表した。3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 講師らの過失の有無
ア 注意義務の内容及び程度 【原告らの主張】
教育活動として行われる登山については,参加者の生命,身体の安全を確保するために高度の 注意義務が課せられるところ,本件研修会は,文部省が主催し,その対象を男子大学生とするも のであり,教育活動の一環として行われたものである。本件研修会の目的が,事故を未然に防ぐ ものであることからしても,参加者の生命身体の安全の確保が最優先されなければならないもの であり,高度の注意義務が被告に求められている。一般的な危険性が内在する冬山での研修会で あるからこそ,研修参加者の安全について,講師らには,極めて高度の注意義務・危険防止義務 が課せられると解すべきである。ところで,冬山登山において,雪庇の上に進入しないように登高ルートを選定することは,最も基本的かつ重要な注意義務である。本件研修会においても,雪庇の上に進入しないように,危 険を回避して登高ルートを選定することが,重要な研修内容となっている。したがって,本件研 修会において,講師らには,雪庇の上に進入しないように登高ルートを選定すべき高度の注意義 務があった。被告は,当初,講師らに上記注意義務があることを認めながら,その後,平成16年10月6 日の第9回口頭弁論期日において,雪庇の先端部分に進入しないように登高ルートを選定する注 意義務があるのみで,雪庇全体を回避して登高ルートを選定すべき注意義務まではない旨の主張 に変更したが,これは自白の撤回に該当するので,原告らは異議がある。また,被告は,争点整 理がほぼ終了する段階に至って,過失の基本的主張を変更したものであり,禁反言の原則からも 主張変更は認められない。【被告の主張】 登山の引率者に課せられる注意義務の程度は,当該登山の行われる趣旨,構成員の登山経験,知識,体力,目的意識といった登山技術レベルなどによって異なるものである。本件研修会にお いて,研修生の安全を確保すべき注意義務があることは当然としても,本件研修会は,大学の山 岳部及びワンダーフォーゲル部等のリーダーを養成するためのものであり,研修参加者は,相当 な登山技術レベルを有し,高い目的意識を持ったリーダー又はリーダー候補者に限定されていた。
 したがって,講師らにおいて,学校教育法に基づき,学校教育活動の一環として行われるクラブ 活動の場合,しかも未成年を対象とした登山の場合に,引率者である顧問教諭に求められるのと 同一の高度な注意義務まで課されるものではない。ところで,雪庇には,庇が張り出した部分と庇のない単なる吹き溜まり部分とがある。本件研 修会当時,登山界においては,雪庇の先端部分については,踏み抜きなどによる転落の危険が知 られていたが,大日岳のようななだらかな山稜に形成される雪庇の吹き溜まり部分については, 厳冬期においては,雪が固まって安定しており,丈夫であるとの認識であった。すなわち,当時, 厳冬期において,吹き溜まり部分を含めた雪庇の大規模な崩落は知られておらず,本件雪庇の崩 落原因も,数々の自然の偶然が重なった特異な現象であったことが事後の調査で明らかになって いる。したがって,本件研修会において,講師らには,雪庇の先端部分に進入しないようにすべ き注意義務はあったが,雪庇の吹き溜まり部分に進入しないようにすべき注意義務までは認めら れない。もっとも,本件研修会において,講師らは,吹き溜まり部分を含む雪庇全体を回避するように ルートを選定したが,その理由は次の2点にある。第1点は,本件研修会の主眼が,リーダーと して最も重要な状況の判断力,特に危険を回避する判断力を身に付けることを主眼とするもので あるため,いかなる冬山登山にあっても危険を避けることができる技術を身に付けさせるために は,危険な庇状の雪庇ができている場合を想定して,雪庇全体を回避する技術についても研修を 行う必要があったからである。第2点は,研修会という性格上,実践的に考えられる限りの安全 確保措置を講ずる必要があるが,現実の冬山登山では,雪庇の吹き溜まり部分と先端部分とを明 確に区別しながら登高することは困難であることから,安全確保を徹底するため,雪庇全体を回 避したものである。イ 本件雪庇の規模についての予見可能性 【原告らの主張】
(ア) 大日岳山頂付近の雪庇に関する認識について
大日岳山頂付近においては,通常,少なくとも30m程度の大きさの雪庇が形成されていた。
 すなわち,原告らが,平成15年5月3日から4日にかけて,大日岳山頂付近に形成された雪庇 の大きさを調査したところ,雪庇の残存部分の大きさは24mで,その先が崩壊しており,その 崩壊部分を含めると約30mを超える大きさの雪庇ができていたと推定できる。また,本件研修 会のGが,平成12年5月時点で,大日岳山頂付近において調査した雪庇の大きさは,崩落後の 雪庇の先端まで27.5mであり,平成13年3月時点で調査した雪庇の大きさは,27mであ った。 そもそも,大日岳山頂付近は,規模の大きな雪庇ができやすい地形となっている。すなわち,大 日岳は,山頂付近においては,非対称山稜であり,加えて,サンハリ谷側には支尾根があり,主 稜線とほぼ直角をなすため,ここにコーナーができ,それぞれの稜線に吹き付ける風により,複 合的で大きな雪庇ができやすいのである。 以上からすれば,登山研修所は,大日岳山頂付近に形成される雪庇の大きさについて注意を払わ ねばならなかったにもかかわらず,過去において,その大きさについて,綿密な調査や検討を行 っていなかったため,雪庇の大きさについての正しい認識がなかった。文部省の昭和33年12 月4日付「冬期におけるスキー・スケート・登山等の事故防止について」との文部事務次官から 都道府県知事宛の通知によると,「冬期における……登山等を学校及び関係団体等で実施する場 合はもちろん,個人として行う場合でも経験に富む者と同行するようにするとともに,次の諸点 に留意することとして『事前に実地踏査,又は現地の状況についての調査を行うこと』」とされ ている。登山研修所において,大日岳山頂付近の雪庇の大きさについて,積雪期または残雪期に 調査を行い,もしくは地元の登山家から情報の提供を求めるなどしていれば,従前より少なくと も30m前後の雪庇が形成されていることを把握し,認識しえたはずであるのに,不注意により, このような調査検討等を怠った。(イ) 講師らの本件雪庇の規模予測について
a 講師らは,2370mのピーク付近の雪庇の大きさを,10m程度と判断したが,同付近を 撮影した写真(乙19)のシラビソの位置関係及び雪庇の形状からみると,10mをはるかに超 えていることは明らかで,講師らの判断は疑問である。b また,講師らは,大日岳山頂付近の雪庇の大きさは,2370mのピーク付近の雪庇の大き さとほぼ同じであると判断したが,大日岳山頂付近と2370mのピーク付近とでは,次のよう な相違点があり,大日岳山頂付近は大きな雪庇が発達しやすい場所であるから,この判断は軽率 であり,過失がある。(a) 大日岳山頂は約2500mの高さにあり,2370mのピーク付近と比べて,気象条件や 積雪状況(風の強さ,降雪状況,気温)が似ているとはいえない。(b) 大日岳は,山頂付近においては,非対称山稜である。すなわち,山頂から大日小屋に至る 主稜線においては,大日山谷側の斜度が,称名川側の斜度に比べて約2倍になっている(甲14)。
 そのため,緩やかな称名川側の斜面に積もった雪が,季節風によって大日山谷側に運ばれ,雪庇 が発達しやすい。さらに,サンハリ谷側には支尾根があり,主稜線とほぼ直角をなすため,ここ にコーナーができ,それぞれの稜線に吹き付ける風により,複合的で大きな雪庇ができやすい。 【被告の主張】(ア) 大日岳付近の雪庇に関する一般的認識
一般的な雪庇の規模は,通常数m程度で,大きなものでも十数m程度であり,全体の規模が40mを超える巨大な雪庇は,これまで報告又は記録されていなかった。そもそも,本件事故以前 においては,雪庇の大きさを実測するという行為が,日本の登山界のみならず,雪氷に関する研 究者の間でも,ほとんど行われていなかった。大日岳が位置する北アルプス北部は,一般に,冬の季節風の影響が強く,降雪量も多いことか ら,比較的大きな雪庇が発達する。特に,非対称山稜の急峻な風下斜面側には庇の張り出した雪 庇が発達すると考えられている。非対称山稜である奥大日岳や早乙女岳の稜線でも,通例,庇の 張り出した大きな雪庇が形成されることは知られていた。一方,大日岳は,奥大日岳や早乙女岳とは異なって,対称山稜形を成しており,庇の部分の張 り出し方は小さく,非対称山稜の雪庇に比べて安定していると考えられていた。しかし,標高, 雪庇の張り出しの方向,降雪量等の条件が似通っていることから,雪庇の規模としては,奥大日 岳や早乙女岳と同程度のものになると理解されていた。また,3月初旬に,剣岳,立山及び大日 岳山頂付近において,大規模な雪庇が崩落したという報告又は記録はなかった。(イ) 大日岳山頂付近の積雪状況の予測 登山研修所は,過去30年の間,本件研修会の開催時期と同時期に,大日岳山頂付近で研修会を実施していたことから,蓄積された知識,経験を有しており,平成12年2月28日,本件研 修会の入山ルートである人津谷周辺の偵察を行ったところ,積雪量は例年に比べて少なめであっ た。また,本件研修会の実技指導で入山した平成12年3月3日における人津谷周辺及び千石前 進基地(標高1300m)の積雪量も例年に比べて少なめであり,翌4日における千石前進基地 より標高の高い山域における積雪量は,例年並みであった。いずれにおいても弱層テストなどを 繰り返し実施しているが,不安定な状況は観察されていない。講師らは,これらの結果と,過去の冬山研修会での経験から,大日岳山頂付近の積雪量を,多 くても例年並みと予測した。(ウ) 本件雪庇の規模予測
講師らは,一ノ谷の頭から大日岳手前2370mのピークに至る登高ルートにおいて,雪庇の 大きさを観察したところ,雪の稜線上に確認できるシラビソなどの位置から目測で10m程度で あった。これは,当該雪庇の庇部分が,目測で5m程度であったことから,これまでの経験上, 当該雪庇のROOF部分を10m程度と推測して登高すれば十分安全を確保できるとしたもので ある。なお,雪庇の庇及びROOF部分とは,別紙図面1のとおりである。その際,単にシラビ ソとの位置関係だけでなく,付近で見ることのできる雪庇の状況を総合的に判断するとともに, より安全を確保するため,余裕をみて大きめに判断した。そこで,講師らは,2370mのピーク付近が急峻で非対称山稜であるのに対し,大日岳山頂 付近がなだらかな対称山稜であることから,大日岳山頂付近では,庇の張り出した雪庇がそれほ ど発達しないと考えられるものの,標高や気象条件も似通っていること,また,大日岳山頂付近 の積雪状況が多くても例年並みと判断したことから,本件雪庇の大きさも,同程度の10m程度 であると推測し,余裕を見て,雪の稜線上(見かけの稜線上,以下「見かけの稜線上」という。) から十数m程度称名川側にルートをとれば,雪庇を十分回避できると考えた。原告らは,部分的 な斜面角度の違い及びサンハリ谷側の支尾根の存在をもって,大日岳山頂付近が大きな雪庇が発 達しやすい旨主張するが,科学的根拠がなく,そもそも斜面角度の測定方法も不明な点が多い。
 ウ 登高ルートの選定判断【原告らの主張】
(ア) 登高ルートの選定について 雪庇の上に進入してはならないことは,大原則であり,当然である。そうであれば,研修所及び本件講師らには,雪庇の上に進入しないように慎重のうえにも慎重に登高ルートを選定すべき 高度の注意義務が存在したものである。被告らの主張する登高ルートは,本件訴訟においても変 遷しており,最終的な被告の主張は,調査報告書(乙2)の内容とも異なっている。このこと自 体が,講師らが,機械的に見かけの稜線上から十数mの距離をとればよいと判断し,本件雪庇の 上に進入しないように,慎重かつ細心の注意を払わなかったことを示すものである。(イ) 偵察要員による実地踏査について また,上記イ(ア)の文部省通達によれば,実地踏査の重要性が指摘されているのであるから,事前の現地踏査を行っていなかったのであれば,当日において,先発の偵察要員により,大日岳 山頂付近の雪庇の状況を先行調査させることができた。大日小屋周辺から振り返ることにより, 山頂付近の雪庇の大きさを把握することはできたのであるから,先発の偵察要員が,本件雪庇の 大きさを確認し,トランシーバーなどにより,指示をすることは容易であった。このような確認 作業をしておれば,誤って本件雪庇の上に進入することは回避できた。(ウ) バックベアリングについて バックベアリングは,コンパスの磁針の向きを180度入れ換えて真後ろを振り返り,基点等との位置関係を調整し確認する方法であるが,進むべき方向を確認するための有効な手段である。
 本件の場合,具体的には,次のような方法で行うことが考えられる。しかし,講師らは,このよ うなバックベアリングの方法をとらなかった。a 2370mのピークと大日小屋を結ぶコンパス方位を,地形図上から読み取る。b 現地で2370mのピークを確認し,赤色の旗がついた竿を立てる。2370mのピークは, 周辺より5m高いので,積雪期においても,現地でその位置を確認することができる。c 地形図上においては,2410m付近で稜線がコンパスラインと交差することになる。そこ で,2370mのピークを振り返りながら,コンパス方位を確認して進むバックベアリングを繰 り返して,2410m付近に進み,2410m付近に2本目の旗竿を立てる。その後,コンパス ラインを直進しながら,バックベアリングを繰り返して,大日岳山頂に達することができる。2370mのピーク,2410m付近,大日岳山頂の各地点間を結ぶ直線上に,さらに旗竿 を立てることにより,より正確なコンパスラインの直進が可能になる。(エ) 山頂確定作業について
大日岳山頂付近の無積雪期の稜線の状況を熟知していれば,その状況と積雪期に出来た雪庇の 大きな台地状の雪原との違いを意識することにより,大きな雪庇が形成されていることを認識す ることは可能であった。大日岳山頂付近の地物を確認することによって,山頂の位置を確認することも重要である。本 件事故当時,研修生により,山頂付近では岩の上部又は地面と思われるものが確認されている。
 また,山頂よりやや離れた地点にある四角い岩(豆腐岩)も見えていた。この豆腐岩は,上面の 一片が130cmから215cmで,地上高が168cmであり,その大きさと突出度から目立つもの であり,無積雪期にこの岩と三角点,山頂との位置関係を把握しておくことにより,積雪期に豆 腐岩と三角点と山頂の位置関係を把握することができ,これらの地物により,山頂の位置を確認 することは可能であった。また,山頂付近で地物が確認されたということは,稜線上の雪がほと んど風下側に飛ばされてしまったため,さほど多く残っていなかったことを意味する。したがって,ゾンデ棒を突き刺すことによって,地山の確認をすることも可能であった。 また,大日岳山頂を僅かに進めば,大日小屋を見ることができたのであるから,大日小屋との 位置関係を確認することにより,山頂の位置を確認することも可能であった。無積雪期において は,大日小屋と大岩を結んだ直線の延長上に大日岳山頂があるが,本件事故当時においても,大 岩を現地で確認することができたのであるから,このような無積雪期における位置関係を把握し ておれば,大岩付近に旗竿を立て,旗竿と大日小屋を見通すことによって,大日小屋まで進まな くても,大日岳山頂付近の稜線を確認することができた。大日小屋まで進むことにより,そこから振り返って確認することも可能であった。 さらに,大日岳山頂から12.6m大日小屋に下がった稜線上の地点と,大日小屋のほぼ中央,竜王岳山頂(立山連峰)の3点がほぼ直線になる(甲19)。本件事故当日も,竜王岳山頂を見 通すことができたのであるから,無積雪期において位置関係を把握した上で,このような見通し を行うことにより,稜線の位置を確認することも可能であった。加えて,大日岳の主稜線の位置を外れなければ積雪期においては,剣岳の山頂付近しか見えな いのであるから,剣岳の中間部や下部が見えているとすれば,雪庇上に進入していることを意味 するのであって,より慎重に稜線の位置を確認することが可能であった。以上のような山頂確定作業等を複合的に組み合わせて行えば,雪庇への進入を回避することは 困難でも不可能でもなかったにもかかわらず,講師らは,このような山頂確定作業を行わなかっ た。【被告の主張】
(ア) 登高ルートの選定について 仮に,雪庇全体を回避すべき注意義務があったとしても,登高ルートの選定に過失があったということはできない。
 シラビソの散在を確認できる地点までにおいては,シラビソのある地点が地山上であることが明らかであるから,これを登高ルート選定の重要な基準としたが,シラビソのある付近から,大 日岳山頂方向に向かって左側に見える見かけの稜線上までの水平距離は,目測で百数十mあった。 シラビソが散在する最後の地点(概ね標高2400m地点)以後は,雪原の下になっている山稜 及びその延長上にある大日岳山頂が,上記見かけの稜線上から10m程度称名川側の地点よりも 風下側にあると想定したので,確実に雪庇を回避するため,見かけの稜線上から十数m程度称名 川側の地点に向かって,登高ルートを選定した。なお,雪庇の先端は,見かけの稜線上より,さ らにサンハリ谷側にあると考えたものである(別紙図面1の雪庇の構造を参照)。この結果,シラビソが散在する最後の地点付近では,見かけの稜線上までの水平距離が百数十 mあったが,大日岳山頂に近づくにしたがい,見かけの稜線上までの距離は徐々に狭くなり,山 頂付近では十数mになったということになる。山頂付近では,山頂風上側からの雪面傾斜の継続 性や雪質の変化についても観察を行った。また,講師及び研修生らは,30分ないし1時間に1 回以上,地形図及びコンパスを利用して,周囲の状況を見ながら,現在地を確認していた。 (イ) 偵察要員による実地踏査について大日小屋周辺から大日岳山頂付近を振り返って確認したとすれば,雪庇の存在自体は確認でき るが,地山の稜線及び山頂は雪面下であるため,これらの位置を特定することはできず,ほかに 基準となる目的物もないため,雪庇の規模を正確に把握することはできなかったと考えられる。 (ウ) バックベアリングについてバックベアリングは,林などで進むべき方向を見定めることが難しい状況で,進むべき方向を 見定めるために用いるコンパスの使用方法であると考えられるが,一般的な登山の教科書では取 り上げられていない。また,視界不良時はいざ知らず,本件事故当時のような無風・快晴の気象 状況下においては,進むべき方向である山頂が目視できる以上,あえてバックベアリングの方法 を用いる必要はない。登山界一般や経験豊かな登山家の間において,厳冬期における登山のルー ト選定方法として,バックベアリングが有効かつ安全な方法であると検証されていたとの事実は 認められない。また,バックベアリングの方法により,大日岳山頂を正確に特定しようとすると,2370m のピークともう1つの基点が,地形図上でも現地においても正確に確認できる必要がある。しか し,2370mのピークは,地形図上に記載されていないので,これを地形図上で特定すること は不可能であり,現地においても,若干の凹凸は積雪によってなだらかな雪面になるため,特定 することが不可能である。原告らが主張する2410m付近の地点も,地形図上から不明であり, 現地で特定することも不可能である。さらに,2370mのピークから大日岳山頂に向けて直進 すると,途中で山稜の風下側を登高することになるが,厳冬期の冬山において,山稜の風下側を 登高することは極めて危険である。そもそも,地形図は,無積雪期の状態のものであり,積雪状態では現場の形状が異なる上,2 万5000分の1の地形図の場合,地形図上の1mmは,現場では25mとなるため,地形図上 で位置を特定しようとしても,現場での25m程度の誤差は避けられない。(エ) 山頂確定作業について
厳冬期の冬山では,無積雪期における地形の記憶に照らして山容の違いを判別し,雪庇の存在 を認識できたとしても,一面真っ白な雪面では距離感が確実ではないから,雪庇の規模を認識す ることは不可能である。本件事故当時,大日岳山頂付近の積雪量は2.2mであったと推定されるから,大日岳山頂付 近において,地面が見えたとは考え難い。研修生らが記憶している岩の上部又は地面の一部らし きものは,本件雪庇の破断面から少なくとも二十数m以上風上側の地点である。講師らにおいて, 当時想定していた山稜よりさらに二十数m以上風上側に後退して,地物を確認することは,滑落 する危険があるため,考えられない。また,豆腐岩は積雪期に必ず見えるものではなく,本件事 故当時,登山の目標物ともされていなかった。さらに,ゾンデ棒は,雪崩等で遭難した場合の捜 索に用いられるもので,通常,登高中にゾンデ棒で地山をつきながら登山することはなく,本件 事故当時,大日岳山頂付近の積雪は,固く引き締まっており,雪庇の破断面は山用スコップがは じき返されたものであり,積雪量からみても,ゾンデ棒を突き刺して地山を確認することは困難 であった。原告らは,大岩,大日小屋のほぼ中央,竜王岳山頂との位置関係,もしくは剣岳の見え方を確 認することによって,大日岳山頂の位置を確認できるとするが,数十m又は数km離れた地点を 眺めて,その見え方を基に,現在地を特定するためには,これらの地点を正確に特定する必要が あり,基準点の視認が微妙にずれただけで,現在地点の特定に大きな誤差が生じることになる。
 本件事故当時,大日小屋はその一部しか露出しておらず,竜王岳山頂は雪に覆われて地山山頂は 直接確認できず,大岩も全体が視認できたわけではなく,人間の能力の限界からしても,原告ら 主張の方法により,大日岳山頂の位置を確認できたとの科学的根拠はない。なお,大日岳山頂から大日小屋の方向に下降することによって,大日小屋の一部を確認できたとしても,このことから大日岳山頂付近の雪庇の大きさを判断することは困難である。さらに, 大日小屋に近づいて,大日小屋付近の雪庇の大きさを仮に把握できたとしても,大日小屋は鞍部 に位置しており,風の通り道となる部分であるから,この部分の雪庇の大きさから,大日岳山頂 の雪庇の大きさを推測することはできない。(2) 原告らの損害額
【原告らの主張】
ア 原告A及び同B
(ア) 亡Eの逸失利益 5901万5185円
平成11年賃金センサスの大卒男性労働者の平均賃金677万4400円を基礎とし,平成1 4年3月から67歳まで就労期間とし,生活費控除を50%とし,中間利息の控除をライプニッ ツ係数で算定した。(計算式)677万4400円×17.423×0.5
= 5901万5185円
(イ) 亡Eの慰謝料 3000万円 亡Eは,登山における事故を防止するための登山研修で,主催者及び指導者を信頼し,その指導 に従ったために命を失ったものであり,その無念さ,怒りは計りしれないものであり,亡Eの精 神的苦痛を慰謝するとすれば,その額は3000万円を下らない。(ウ) 葬儀関連費用 491万4579円 原告A及び同Bは,葬儀関係費用,墓所購入費用,墓地使用料,仏壇購入費として,合計491 万4579円を支出した。(エ) 原告A及び同Bは,亡Eに発生した損害である上記(ア)及び(イ)を各2分の1の割合で相 続し,上記(ウ)につき折半して負担したので,被告に対する損害賠償金は,各自合計4696万 4881円(小数点以下切捨て)となる。(オ) 弁護士費用 各469万円
イ 原告C及び同D
(ア) 亡Fの逸失利益 6020万4092円
平成11年賃金センサスの大卒男性労働者の平均賃金677万4400円を基礎とし,平成1 4年3月から67歳まで就労期間とし,生活費控除を50%とし,中間利息の控除をライプニッ ツ係数で算定した。(計算式)677万4400円×17.774×0.5
=6020万4092円
(イ) 亡Fの慰謝料 3000万円 亡Fは,登山における事故を防止するための登山研修で,主催者及び指導者を信頼し,その指導 に従ったために命を失ったものであり,その無念さ,怒りは計りしれないものであり,亡Fの精 神的苦痛を慰謝するとすれば,その額は3000万円を下らない。(ウ) 葬儀関連費用 489万1126円 原告C及び同Dは,葬儀関係費用,墓地使用料,仏壇購入費として,合計489万1126円を 支出し,また今後要する。(エ) 原告C及び同Dは,亡Fに発生した損害である上記(ア)及び(イ)を各2分の1の割合で相 続し,上記(ウ)につき折半して負担したので,被告に対する損害賠償金は,各自合計4754万7609円(小数点以下切捨て)となる。
 (オ) 弁護士費用 各475万円 【被告の主張】不知
第3 当裁判所の判断
1 本件事故発生に至る経緯 当事者間に争いがない事実,証拠(甲3,7,15,30の1及び2,乙2,9の1及び2,乙 17,19,27,32の1及び2,乙44,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故に 至る経緯について,以下の事実が認められる。(1) 文部科学省(当時は文部省)は,昭和30年代後半から同40年代初頭にかけての登山に おける遭難事故の多発等を受けて,健全な登山の普及と事故防止のため,昭和42年に登山研修 所を設置し,登山の指導者の研修とともに,これに関し必要な調査研究を行っている。登山研修 所では,その一環として,昭和42年度から,各大学山岳部及びワンダーフォーゲル部等,登山 活動をするサークルや同好会のリーダー又は次期リーダー候補者で,学長が推薦する2年生以上 の男子学生を対象に,山岳スキー技術を中心とした冬山登山に関する研修,講習を行い,リーダ ーとしての資質の向上を図ることを目的とした大学山岳部リーダー冬山研修会(昭和42年度は 「大学山岳部リーダー積雪期登山研修会」,以下「冬山研修会」という。)を実施しており,本 件研修会も同様の趣旨で行われた。(2) 冬山研修会は,昭和42年度以来,実技研修については,寒気団の襲来や豪雪等により入 下山ルートである人津谷周辺における雪崩発生の危険性が高くなる場合を除いて,原則として大 日岳周辺で実施されており,本件研修会までに実施された32回のうち28回は大日岳周辺で実 施された。登山研修所及び講師らは,その冬の気象状況,平成12年2月17日から同月21日 にかけて実施された鍬先山周辺での山岳スキー講習会での積雪状況及び同月28日に行われた人 津谷までの偵察結果をふまえて,積雪量及び積雪の安定度等の積雪状況を検討したところ,人津 谷周辺では積雪量は例年に比べると少な目で,弱層テストの結果,不安定な層も観察されなかっ たことなどから,大日岳山頂付近の積雪状況は多くても例年並みで安定しているだろうと判断し, 本件研修会の実技研修も大日岳周辺で行うことを決定した。(3) 本件研修会は,平成12年3月1日から同月7日までの予定で,研修生32名が参加して 実施されたが,同月1日には,登山研修所所長による「私の登山」と題する講演を始めとして, 「積雪と雪崩,雪崩の危険判別法」,「雪崩埋没者の捜索」,「雪崩遭難者への救急処置」と題す る各講義・実習が,同月2日には,粟巣野スキー場において,スキーの実技の講習が行われた。
 なお,講師らが同スキー場におけるスキー実技の講習中に雪の観察を行ったところ,2日続きの 好天のため,積雪は,固くしまったいわゆるしまり雪であった。(4) 研修生らは,同月3日,講師10名,医師1名及び登山研修所職員1名の引率,指導のも と,実技研修として,4泊5日の日程で,大日岳への入山を開始した。一行は,同日登山研修所 を出発して,千石前進基地に到着し,同基地到着後,雪洞の構築作業等の研修を行い,同日は雪 洞で幕営した。同日の天候は晴れであった。なお,亡E及び亡Fが所属した2班の登高ルートは, おおむね別紙図面2の赤線のとおりであった。 講師らは,同日の打ち合わせにおいて,登高ルートの積雪状況等については,人津谷周辺の積雪 量は例年よりやや少な目であったが,この先は例年並みの積雪があること,積雪はいわゆるしまり雪であり,雪崩の危険がある弱層はみられなかったことなどを確認した。(5) 研修生らは,同月4日,千石前進基地を出発して,前大日岳山頂に到着し,山頂付近の北 側斜面で雪洞の構築作業を行い,同日は雪洞にて宿泊した。同日の天候は,曇りのち雪,その後 雨,夕方より雪であった。講師らは,打ち合わせにおいて,翌日の行動は,気象状況,雪質の変 化等を弱層テストなどによって十分に観察して見極めたうえで判断すること,大日岳山頂への登 高ルートにおいては,風下側にあたる山頂方向に向かって左側に雪庇が張り出しているので,風 上側にあたる右側の称名川側の灌木等を目安にして雪庇を避けて登高することなどを確認した。 (6) 翌同月5日午前4時ころには雪が止み天候が回復したため,研修生らは,同日午前7時か ら同8時までの間に,前大日岳山頂付近の雪洞を出発して,早乙女岳,一ノ谷の頭を通り,大日 岳山頂手前の標高2370mのピークに達した。一ノ谷の頭から2370mのピークに至る登高 ルートにおいては,雪庇がよく確認できたところ,講師らは,当該雪庇の大きさは目測で全体が 10m程度であって,例年と同程度のものであると認識するとともに,冬山研修会の登高ルート からは把握することが不可能である大日岳山頂付近の雪庇の大きさについても,そこから距離が 近く,風向等の気象状況及び積雪状況もよく似ているため,同程度であろうと推測した。 2370mのピークから大日岳山頂付近までは,称名川側に向かって広く大斜面が開けており, 講師ら及び研修生らは,雪庇を避けるため,雪原上にわずかに散見されるシラビソなどの樹木の 間に登高ルートをとった。その後,標高2400mあたりからは,シラビソなどの樹木も確認で きなくなったが,講師らは,上記のとおり,大日岳山頂付近の雪庇の大きさは全体で10m程度 であろうと推測していたため,雪原の下になっている山稜及びその延長上にある山頂は,山頂方 向に向かって左側に見える見かけの稜線上から10m程度右側の称名川側の地点にあるものと想 定し,これまでの登高ルート,雪質,雪面の傾斜の変化等を総合的に考慮して,雪庇全体を回避 するため,上記見かけの稜線上から十数m程度称名川側の地点に向かって登高ルートを選定した。 (7) 同日午前10時50分ころ,最初の班が大日岳山頂付近に到着し,講師ら及び研修生らは, 見かけの稜線上から十数m程度称名川側寄りに距離をとって休憩場所を選定したところ,同付近 は本件雪庇上であった。後から山頂付近に到着した者たちは,先行者の周りに円を描くように集 合して,行動食を食べたり写真を撮ったりして休憩をした。本件事故直前の休憩場所における講 師ら及び研修生ら27名の位置関係は,概ね別紙図面3(同図面の◯は人を示し,崩落面上に1 1名がいた。)のとおりであり,講師ら及び研修生らは,互いに手と手を伸ばせば握手できるよ うな近い距離にいた。また,本件雪庇の先端方向へ近づこうとした研修生に対しては,講師らが 注意を与えた。当時の天気は快晴,無風,谷は雲海に覆われていた。 同日午前11時25分,本件事故が発生した。なお,本件事故発生時,先に登頂した7班及び8 班の講師及び研修生は,既に山頂付近を出発して下山中であり,4班の講師及び研修生並びに6 班の研修生は,山頂へ向かって登高中であった。2 争点(1)(講師らの過失の有無)
(1) 争点(1)ア(注意義務の内容及び程度)について,判断する。ア 本件研修会における講師らの注意義務の内容
(ア) 上記1で認定した事実,証拠(乙2,4の1ないし11,乙25,26,32の2,乙2 7,45の1ないし3,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,本件研修会は,各大学山岳部等の リーダーなどを対象に,主として山岳スキー技術を中心とした冬山登山に関する研修,講習を行 いリーダーとしての資質の向上を図ることを目的とするものであること,本件研修会の講師らは,いずれも冬山登山に関する十分な知識及び経験を有する者であり,Gにおいては,国際山岳ガイ ド連盟の国際ガイドの資格等を有するプロの山岳ガイドであり,ナムチャバルワ峰の初登頂等の 海外遠征を含む四十数年の登山歴を有し,冬山研修会には昭和48年度から講師として,平成3 年度からは主任講師として延べ22回にわたって参加するなど日本有数の登山家であったこと, 一方,研修生らは,各大学における山岳部等のリーダーまたは次期リーダー候補者ではあったも のの,各大学山岳部等の構成員数,活動内容等は千差万別であり,また,研修生の登山歴及びス キー技術のレベルなどは様々であって,中には冬山登山の経験が全くないなど,冬山登山の技術 及び知識が未熟な者もいたことが認められる。(イ) 以上からすると,本件研修会がリーダー養成目的のために行われる実践的な研修会である とはいっても,亡E及び亡Fら本件研修会の参加者は,雪崩や雪庇崩落等の危険性の判断につい ては,最終的には講師らにその判断を委ねていたものであり,本件研修会が冬山登山に関する十 分な知識及び経験を有する講師らによって安全に実施されることを期待していたものということ ができる。したがって,講師らは,本件研修会を行うにあたっては,各研修生の登山歴及びスキ ー技術のレベルなどは様々であって,中には冬山登山の技術及び知識が未熟な者がいることを十 分認識した上で,研修生の生命身体に対する安全を確保すべき注意義務を負っていたというべき である。
 この点,原告らは,本件研修会は,教育活動の一環として行われたものであり,講師らには,極 めて高度の注意義務が課せられると解すべき旨主張する。講師らが研修生の生命身体に対する安 全を確保すべき注意義務を負っていたことは上記のとおりであるけれども,その具体的内容及び 程度は,参加者の年齢,個々の事柄及び具体的状況によって異なるものであるところ,本件研修 会の参加者は,成年者またはこれに近い年齢の者であるばかりでなく,いずれも各大学山岳部等 のリーダーにふさわしい者として選択された者であるから,その肉体的,精神的発達状況に照ら すと,本件研修会が文部科学省(当時は文部省)により主催されたものであることなどを考慮し ても,講師らは,中学生,高校生等に対するのと同様な極めて高度の注意義務を負っていたとい うことはできない。イ 注意義務の具体的内容に関する被告の主張変更について 原告らは,被告が当初は雪庇に進入しないように登高ルートを選定すべき注意義務があることを認めながら,その後雪庇の先端部分に進入しないように登高ルートを選定すべき注意義務が あるのみである旨の主張に変更したことについて,自白の撤回に該当するので,異議がある旨主 張する。しかし,被告は登高ルート選定についての過失があることを認めていたわけではなく,注意義 務の具体的内容についての主張を変更したにすぎないから,これが自白の撤回に該当するとはい えない。また,被告が主張を変えたことによって,原告の既にした立証が無意味になったり,訴 訟手続が著しく遅延したといった事情も認められないから,被告の主張変更が,禁反言の原則に 反するともいえない。ウ 注意義務の具体的内容(雪庇全体を回避すべき注意義務の有無)(ア) 証拠(甲18,20,27,36,37,乙2,11,44,証人G,同J,同K,同 L,同M)によれば,以下の事実が認められる。a 雪庇とは,稜線の風下側に形成される雪の吹き溜まりの一種である(雪庇の各部の呼称は, 別紙図面1に従うこととし,ROOF部分とは地山山頂部分の真上から風下側部分を,庇部分とは別紙図面1の矢印部分,すなわち下に支えがない部分を,吹き溜まりの部分とはROOF部分 のうち庇部分以外の部分を指すこととする。)。雪庇の形状は,地形,風向,風速等により変化 するものであり,大別して,1庇が張り出した吹き溜まりの形状,2庇の発達は小さいが落差の 大きな吹き溜まりの形状,3庇の全くない単なる吹き溜まりの形状に分類される。b 従来,登山家の間では,上記1の形状の庇部分,上記2の形状の庇部分及びそれに近接す る部分,及び上記3の形状の風下側の端に近い部分(以下,これらをあわせて「先端部分」とい う。)においては,踏み抜きなどによって転落する危険があることが広く知られており,冬山登 山においては雪庇の先端部分に乗ってはならないとされていた。c 一方,先端部分を除く雪庇の吹き溜まりの部分(以下,単に「吹き溜まり部分」という。) については,形成後間もない新雪の場合や急激な温度変化等があった場合等には,雪の状態が不 安定で,雪崩を引き起こす可能性があることが知られていたものの,時間が経過すると圧密(積 もった雪の層が自重によって密度を増し縮むこと)や焼結(雪の粒子がお互いの接触点で強固に 結合すること)によって,雪が固まり安定し,春先に融雪がかなり進むまでは,簡単には崩落し ないものとも考えられていた。そのため,雪庇の吹き溜まり部分については,先端部分と同様に 危険であるとまでは認識されず,実際の冬山登山では,吹き溜まり部分を利用して,登高したり 雪洞を掘ったりすることもあった。d 本件事故当時,登山家の中には,雪庇の吹き溜まり部分も,そもそも地山に支えられてい ない雪の吹き溜まりにすぎず,その内部は,地山斜面に対して垂直もしくは斜めに積雪した層や 空洞を巻き込んだ層が堆積した構造になっており,その内部に弱層が含まれていれば,登山者の 重みなどのわずかな荷重,刺激で崩落する危険性があることを指摘していた者がいた。 神奈川県勤労者山岳連盟の理事長であるJは,日本勤労者山岳連盟等が主催する雪崩事故を防ぐ ための講習会において,平成7年2月ころには,上記のような雪庇の構造上の危険性を指摘し, 以降,登山者が,庇部分の張り出しが顕著な雪庇については警戒を示すのに対して,単なる吹き 溜まりにすぎない雪庇については警戒心を失い,そのため,このような雪庇に雪洞を掘るなどし てしばしば雪崩事故を発生させていることに警鐘をならしてきた。また,Jは,上記雪庇の構造 上の危険等が記載された上記講習会のテキストをGに渡したことがあった。e Gらは,本件研修会において,吹き溜まりの部分と庇部分とを明確に区別して登高するこ とは著しく困難であることなどから,研修生の安全確保を徹底するため,吹き溜まり部分を含む 雪庇全体を回避するようにして登高ルートの選定を行った。(イ) 以上で認定した事実によれば,確かに,本件事故当時の登山界において,雪庇の吹き溜ま り部分は,先端部分と同様に危険であるとまでは認識されていなかったものの,その危険性を指 摘する登山家も存在し,構造上の危険を有するものであって,時間の経過により雪が固まり安定 することもある反面,気温や天候の変化等により不安定になることもあるところ,その外見から は内部の構造や安定度等を把握することは困難であること,また,実際は,先端部分と吹き溜ま り部分とを区別することは極めて難しいことが認識されていたといえる。そのため,Gらは,本 件研修会においては,吹き溜まり部分を含む雪庇全体を避けるように登高ルートの選定を行った ものというべきである。そうすると,本件事故当時の登山界においては,雪庇の吹き溜まり部分についても,先端部分 に比べればかなり低いものの崩落する危険性があること,また,先端部分との区別ができないこ とから,誤って先端部分に進入し,踏み抜きなどにより転落する危険性があることが認識されていたというべきであって,しかも本件研修会の性格を考慮すれば,講師らは,危険を回避するた めに,原則として,雪庇の先端部分のみならず吹き溜まり部分にも進入しないように登高ルート 及び休憩場所を選定すべき注意義務を負っていたというべきである。 なお,実際の冬山登山においては,天候,時間,登山者の体力等の諸条件を踏まえて行動しなけ ればならないという制約があるため,吹き溜まり部分に進入する場合としない場合とにおけるそ れぞれの危険を十分に比較衡量した上で,例外的に吹き溜まり部分に進入して登高する選択をす べき場合もあることは否定できないが,本件研修会において,そのような選択をすべき特段の事 情があったことを認めるに足りる証拠はない。 したがって,講師らは,本件研修会においては,雪庇の先端部分のみならず吹き溜まり部分にも 進入しないように登高ルート及び休憩場所を選定すべき注意義務を負っていたというべきであ る。(ウ) 被告は,本件事故当時の登山界においては,そもそも雪庇とは,吹き溜まりの部分を含む ものであるとの共通認識はなく,むしろ庇部分を指すとの認識が一般的であったから,吹き溜ま り部分に進入しないようにすべき注意義務はない旨主張する。証拠(乙2,11,43の1,証人G,同J,同K,同L,同M)によれば,本件事故当時の 登山界においては,雪庇の定義について統一的な見解はなく,中には雪庇とは庇部分のみを指す ものと考えている者もいたこと,雪庇を「山の稜線上の風下に張り出す雪のひさし」,「稜線の 風下側に庇状に張り出した雪地形」などと庇状の地形として説明する文献も存在することが認め られるけれども,当該文献等が雪庇をいわゆる庇部分のみを指すものとして定義しているのかど うかは必ずしも明らかではなく,他方,雪庇とは稜線の風下側に形成される吹き溜まりの一種で ある旨明確に定義する文献も存在し,かつ,日本有数の登山家であるGをはじめ複数の登山家が そのように認識していたというのであるから,本件事故当時の登山界において,雪庇とは庇部分 を指すとの認識が一般的であったものということはできず,この点に関する被告の主張は理由が ない。(エ) また,被告は,本件事故当時の登山界においては,本件雪庇の具体的崩落原因を予見す ることは不可能であり,特に厳冬期の吹き溜まり部分についてはその危険性は知られておらず, むしろ丈夫であるものと認識されていたから,吹き溜まり部分に進入しないようにすべき注意義 務はない旨主張する。確かに,証拠(乙2,11,28,証人G)によれば,本件雪庇は,大日岳山頂付近において, 本件事故が発生した年の冬の前期(12月から1月末)の少雪・強風期間に脆弱なしもざらめ雪 の弱層が形成された後,後期(2月から3月初め)の豪雪・強風期間に巨大な雪庇が形成される という2つの事象が重なったため,巨大な雪庇全体が脆弱になったものであって,本件事故以前 には,大日岳周辺では,同時期における同様の大規模な雪庇の崩落事例の報告又は記録はなかっ たことが認められる。また,当時の登山界において,厳冬期の吹き溜まり部分はある程度安定し たものである旨認識されていたことは上記のとおりである。しかしながら,上記事情を考慮して も,吹き溜まり部分は,常に安全であるとの認識が一般的であったとまではいえないし,実際の 冬山登山において先端部分と吹き溜まり部分とを区別することは極めて難しいことから,本件研 修会の性格を考慮すると,この点に関する被告の主張は理由がない。(2) 争点(1)イ(本件雪庇の規模についての予見可能性)
ア 証拠(甲12,13,20,21の3,甲24,33,46,乙2,16,21,46,証人G,同J,同K,同L,同M)によれば,以下の事実が認められる。(ア) 本件雪庇は,大日岳山頂付近の尾根線から北東に伸びたものであり,山頂付近から水平距 離約27mの地点で崩落し,山頂から崩落地点までの平均傾斜は約7度,崩落地点における破断 面の高さは約10m,積雪深は約20mであった。これらのことから,崩落した部分の雪庇の先 端からの長さは約15m,本件雪庇全体の大きさは約40m以上であり,その形状は,吹き溜ま りの先に小さな庇部分が形成されたものであったことが推測される。(イ) G,原告ら及び富山県Q警察署が,本件事故後に,大日岳山頂付近に形成された雪庇の 規模を調査した結果は,次のとおりである。a 平成12年5月時 Gらが,平成12年4月29日から同年5月2日にかけて,大日岳山頂付近において,トレンチ堀りを行い地山の稜線を確認後,本件雪庇の規模を調査したところ,稜線から崩落後の本件雪 庇の先端までは,27.5mであった。b 平成13年3月時
Gが,平成13年3月17日から同月20日にかけて,大日岳山頂付近に形成された雪庇の 規模を調査したところ,三角点から雪庇の先端までは,約27mであった。c 平成13年5月時
Jらが,平成13年5月3日から同月4日にかけて,大日岳山頂付近に形成された雪庇の規 模を調査したところ,三角点から雪庇の先端までは,約25mであった。また,大日小屋付近か ら大日岳山頂方向を観察したところ,山頂付近の稜線には顕著な雪庇が形成されており,その一 部は先端が既に崩落していた。d 平成15年5月時 富山県Q警察署が,平成15年5月9日から同月10日にかけて,本件事故に関し,Gを被疑者とする業務上過失致死被疑事件について,大日岳周辺の実況見分を行ったところ,大日岳山 頂付近から稜線北側に雪庇が形成されており,同雪庇は三角点から北方18mの地点に亀裂があ り,同亀裂箇所から雪庇の先端までは目測で約10mであり,その先端は崩落していた。e 平成17年3月時
原告A,同C及びKらが,平成17年3月18日から同月21日にかけて,大日岳山頂付近 に形成された雪庇の規模等を調査したところ,山頂付近から雪庇の先端までは,約30m以上あ った。f 平成17年6月時
原告C及びKが,平成17年6月26日及び同月27日にかけて,大日岳山頂付近に形成さ れた雪庇の規模等を調査したところ,稜線から雪庇の先端までは,目測で約25mであった。
 (ウ) 大日岳が位置する北アルプス北部は,一般に,冬の季節風の影響が強く,降雪量も多い ことから,比較的大きな雪庇が発達するとされており,特に,いわゆる非対称山稜とされる奥大 日岳や早乙女岳の稜線においては,庇部分が張り出した大きな雪庇が形成されることが知られて いた。大日岳山頂付近においては,冬季の西高東低の気圧配置及び大日岳周辺の地形から,称名 川側が風上側,サンハリ谷側が風下側となって,風下側のサンハリ谷側に雪庇が発達するところ, その形状については,前二者とは異なり,庇部分の張り出しは小さな吹き溜まり状のものである が,その規模については,標高,風向,降雪量等の条件が前二者と似通っていることから,前二 者と同程度のものになるものと認識されていた。(エ) 剣岳及び北アルプス北部一帯を中心に約55年の登山経験を有し,登山研修所が主催す る研修会の講師も何度か務めたことのある地元の登山家であるLは,剣岳の北方稜線上に位置す る赤谷山(標高2258m)には,目測で,全体の大きさが30mから40m程度の雪庇が形成 されること,また,いわゆる残雪期である5月ころ大日岳に登った経験からすると,大日岳山頂 付近には,5月でも吹き溜まりの部分が20m程度の雪庇が残っており,これと庇部分を合わせ ると冬期には全体の大きさが25m程度の雪庇が形成されるであろうことを認識していた。また, Kは,本件事故以前に,大日岳山頂には冬になると全体の大きさが30m近い雪庇ができるとい う話を登山仲間から聞いたことがあった。Jは,雪崩事故を防止する講習会等の際に,全体の大きさが10mを超える程度の雪庇しか見 たことがなかったが,積雪量や風の強さなどによっては,全体の大きさが20mから25m程度 の雪庇ができるのではないかと認識していた。イ 以上で認定した事実及び証拠(乙2,11)によれば,本件雪庇は,本件事故が発生した年 の冬の前期(12月から1月末)に,少雪・強風により吹き溜まりが形成され,当該吹き溜まり の先端下部が大きな雪庇が形成される地形的要因となる崖状の急傾斜となり,後期(2月から3 月初め)の豪雪・強風によって巨大な雪庇となったものであって,特殊な気象条件によるもので あること,本件事故後に,大日岳山頂付近でも本件雪庇と同規模の全体の大きさが40mを超え るような雪庇は確認されていないこと,また,LやKにおいても,それまで上記規模の雪庇が形 成されることを認識していなかったことが認められ,そうすると,本件事故当時の登山界におい ては,本件雪庇の大きさを正確に予見することが可能であったということはできない。しかしながら,本件事故後の調査結果等によれば,大日岳山頂付近では,従来,全体の大き さが少なくとも25mから30m程度の雪庇が形成されていたことがうかがわれるところ,いわ ゆる残雪期に大日岳山頂に登り,大日小屋付近から山頂付近を観察するなどすれば,目測によっ ても,残雪の状況等から,山頂付近では冬期には少なくとも全体の大きさが25m程度の雪庇が 形成されることを把握することは十分可能であったし,また,大日岳山頂付近の雪庇のおよその 規模については,地元の登山家等の間でも認識されていたから,地元の登山家から情報収集を行 うことなどによっても,同様の認識を持つことは可能であったというべきである。以上からすると,講師らは,本件事故当時,本件雪庇全体の大きさが少なくとも25m程度あ ることを予見することは可能であったというべきである。ウ 被告の主張について検討する。
(ア) 被告は,一般的な雪庇の規模は,通常数m程度で,大きなものでも十数m程度であり, 40mを超える雪庇は,これまでの報告あるいは記録において類例のないものであったから,本 件雪庇の規模を予見することは不可能である旨主張する。確かに,本件雪庇の規模を正確に予見するのが不可能であったことは上記のとおりであり, また,証拠(乙11,12,証人G,同M)によれば,本件雪庇のように全体の規模が40mを 超える雪庇の存在は,これまで特に報告あるいは記録されてこなかったこと,登山関係の権威あ る文献とされる「高みへのステップ」は,雪庇は,大きなものは数mから,ときには十数mも張 り出すとの見解を示しており,Gも,雪庇は,最大で10m程度のものであると認識していたこ とが認められ,そうすると,本件事故当時の登山界では,雪庇は,全体の大きさが数mから十数 mのものである旨認識されていたことがうかがわれないでもない。しかしながら,大日岳が位置する北アルプス北部においては,全体の大きさが30mから40m程度の雪庇ができる場合があることが少なくとも地元の登山家の間では知られていたこと, また,大日岳山頂付近では,従来,全体の大きさが少なくとも25mから30m程度の雪庇が形 成されており,いわゆる残雪期に大日岳に登高するなどすればそのことを認識するのは容易であ って,実際に,Lらは,同山頂付近には全体の大きさが20mを超える雪庇ができることを認識 していたというのであるから,上記事情を考慮しても,本件雪庇全体の大きさが少なくとも25 m程度はあることを予見することは可能であったというべきである(なお,被告は,Lが大日岳 山頂付近に20mを超える雪庇ができていたとするのは,あくまで目測によるものであって,G の雪庇の規模に関する認識とどの程度乖離していたかは不明である旨主張するけれども,大日岳 山頂付近の雪庇の大きさに関して,Lの認識とGの認識とは,2倍以上異なっていることからす ると,目測による誤差の範囲と評価することはできない。)。(イ) 被告は,雪庇の規模は,気象条件等により,刻々変化するものであるから,仮に本件事 故以前に大日岳山頂付近の雪庇の規模を調査していたとしても,本件雪庇の規模を予見すること は不可能である旨主張する。確かに,本件雪庇が特殊な気象条件のもとで形成されたものであることは上記のとおりであ り,証拠(甲36,乙2,11)によれば,雪庇の規模等は,降雪量,降雪時期,雪質,卓越風 向等の気象条件によって,変化するものであることが認められるけれども,このような気象条件 の差異を考慮に入れても,本件事故後の調査結果等によれば,大日岳山頂付近では,従来,全体 の大きさが少なくとも25mから30m程度の規模の雪庇が形成されていたものというべきであ って,加えて,登山研修所は,大日岳周辺で過去28回にわたり冬山研修会を行ってきたことな どからすれば,この程度のことを把握することは十分可能であったというべきであるから,本件 雪庇の規模を予見することは不可能であるけれども,25m程度の規模の雪庇が形成されている ことは予見できたものである。(ウ) 被告は,登山研修所は,過去30年間,同時期,同所における冬山研修会における知識, 経験を蓄積しており,大日岳山頂付近における大規模な雪庇崩落の報告あるいは記録もなかった ことから,雪庇の大きさについてさらなる調査を行う必要性は認められないし,講師らが,23 70mのピーク付近の雪庇の規模や山頂付近の積雪量が例年並みと予測されたことから,山頂付 近の雪庇の規模も10m程度であると判断したことは妥当であった旨主張する。確かに,上記第3の1で認定した事実によれば,講師らは,気象情報を入手し,前月に実施 された山岳スキー講習会での状況や事前偵察の結果から,山頂付近の気象及び積雪状況について 判断し,入山後も弱層テストやルーペによる雪の観測を繰り返し行うなどし,相応の注意を払っ ており,その上で山頂付近の積雪量は例年並みであると判断したことは妥当であるというべきで ある。しかし,そもそも大日岳が位置する北アルプス北部においては,全体の大きさが30mか ら40m程度の雪庇ができる場合があることが少なくとも地元の登山家の間では知られており, 大日岳山頂付近でも奥大日岳や早乙女岳と同じ程度の大きな雪庇ができるとされていたこと,ま た,雪庇の形状及び規模は,地形,風向,風速等の諸条件によって決まるとされているところ, 2370mのピークと大日岳山頂付近とでは,これらの条件が似通っていたかどうかは必ずしも 明らかでないことなどからすれば,仮に2370mのピーク付近の雪庇の大きさが例年並みの1 0m程度のものであったとしても,講師らが2370mのピーク付近の雪庇の大きさと山頂付近 のそれとが同じ程度であると判断したことが妥当であったということはできない。そして,上記第3の1で認定した事実によれば,大日岳山頂付近に形成される雪庇の大きさは,冬山研修会の登高ルートからは把握することができず,また,講師らがとった登高ルート及 び休憩場所の選定方法からすれば,雪庇全体を回避するためには,事前に雪庇の大きさを把握し ておくことが極めて重要であったというべきである。加えて,証拠(乙30)によれば,文部省 の昭和33年12月4日付けの全国の大学等に宛てた「冬期におけるスキー・スケート・登山等 の事故防止について」と題する通達では,冬期における登山等の留意点として,「事前に実地踏 査又は現地の状況(気象・地質・地形・環境など)についての調査を行うこと」とされているこ となどからすると,同時期,同所において事故がなかったことを考慮しても,講師らは,本件研 修会を行うにあたり,いわゆる残雪期に大日岳に登高するなどして山頂付近の雪庇の大きさにつ いて調査を行い,もしくは,地元の登山家から情報を求めるなどして,雪庇のおよその大きさを 把握すべきであったというべきである。したがって,この点に関する被告の主張は理由がない。
(3) 争点(1)ウ(登高ルートの選定判断)
ア 上記第3の1で認定したとおり,講師らは,大日岳山頂付近の雪庇の規模を10m程度と推 測した上で,当該雪庇を避けるため,見かけの稜線上から十数m程度の距離をとって,登高ルー ト及び休憩場所の選定を行った。しかし,上記(2)判断のとおり,講師らは,本件事故当時,大 日岳山頂付近の雪庇の規模が25m程度あることを予見することは可能であったから,見かけの 稜線上から少なくとも25m程度の距離をとって,登高ルート及び休憩場所の選定をすべきであ り,講師らの登高ルート及び休憩場所の選定判断には過失があるというべきである。イ ところで,前記当事者間に争いがない事実によれば,本件雪庇は全体の大きさが40m程度 であり,先端から約15mの部分で破断し,崩落するに至ったものである。そうすると,講師ら が,見かけの稜線上から25m程度の距離をとって登高ルート及び休憩場所の選定をしたとして も,研修生らが本件雪庇の上に進入すること自体は回避できなかったことになるけれども,研修 生らが本件雪庇の少なくとも先端から約15mの部分を超えて進入することはなかったというべ きである。したがって,仮に,調査報告書(乙2)が指摘するように,本件雪庇は,主として自重による 曲げモーメント(下方に曲げようと作用する力)により,引っ張り強度を超える力がかかって, 先端から約15mの部分で破断し,崩落するに至ったものであり,講師ら及び研修生らが本件雪 庇上に進入したことによって崩落したものではないとしても,本件雪庇の崩落自体は発生したこ とになるけれども,研修生らが本件雪庇から転落することはなかったから,本件事故の発生は回 避できたというべきである。ウ 以上によれば,見かけの稜線上から十数m程度の距離をとって登高ルート及び休憩場所の選 定を行った講師らの判断には過失があり,見かけの稜線上から25m程度の距離をとって登高ル ート及び休憩場所の選定を行えば,本件事故は回避できたので,過失と本件事故発生との間に相 当因果関係が認められる。エ 原告らは,本件雪庇の上に進入すること自体を回避できたとして,様々な主張をするけれど も,これまでの判断によって被告の責任が認められる以上,原告らの主張を個々に判断する必要 はない。念のため付言すれば,本件各証拠を検討しても,原告らが主張するように直前に偵察要員によ る実地調査を行ったとしても,本件雪庇の規模をほぼ正確に把握できたとは認められず,原告ら の主張するバックベアリングの方法が登高ルート選定の手法として一般的であったとは認められず,原告らの主張する山頂確定作業が,実際の登山において,本件雪庇の規模を正確に把握する ために現実的に有効なものであるとは考え難く,かつ,当時の登山界において一般的な方法であ ったとも認め難いと判断するものである。3 争点(2)(原告らの損害額)
(1) 原告A及び同B
ア 亡Eの逸失利益 5353万1308円 前記当事者間に争いがない事実及び証拠(甲1)によれば,亡E(昭和52年3月6日生まれ) は,本件事故当時,22歳でN大学2年に在学中であったことが認められるから,本件事故で死 亡しなければ,2年後の25歳で大学を卒業して就労していたことになる。そこで,平成11年 賃金センサスの大卒男性労働者の平均賃金677万4400円を基礎として,2年後の平成14 年3月から就労可能終期である67歳までの42年間につき,生活費控除を50%とし,中間利 息の控除にライプニッツ係数を用いて,同人の逸失利益を算定すると,次のとおり,5353万 1308円となる。(計算式)677万4400円×(17.663-1.859)×0.5=5353万1308円
イ 亡Eの慰謝料 2200万円 本件事故の態様,亡Eの年齢,境遇その他諸般の事情を総合すれば,その精神的苦痛に対する慰 謝料としては,2200万円が相当である。ウ 葬儀関係費用 合計150万円 証拠(甲43の1)及び弁論の全趣旨によれば,原告A及び同Bは,亡Eの葬儀関係費用を折半 して負担したことが認められ,本件事故と因果関係がある損害としては,原告A及び同B合計で 150万円が相当である。エ 上記ア及びイの亡Eの損害賠償請求権を原告A及び同Bは,各2分の1ずつ相続したものと 認められるから,上記ウの葬儀関係費用と合わせ,同原告らの損害は,各3851万5654円 である。オ 弁護士費用 各300万円 本件事案の内容,訴訟の経過,訴訟活動,認容額その他諸般の事情を考慮すると,本件事故と相 当因果関係のある弁護士費用の額としては,各300万円が相当である。(2) 原告C及び同D
ア 亡Fの逸失利益 5460万8438円 前記当事者間に争いがない事実及び証拠(甲2)によれば,亡F(昭和54年7月31日生まれ) は,本件事故当時,20歳でO大学2年に在学中であったことが認められるから,本件事故で死 亡しなければ,2年後の22歳で大学を卒業して就労していたことになる。そこで,平成11年 賃金センサスの大卒男性労働者の平均賃金677万4400円を基礎として,2年後の平成14 年3月から就労可能終期である67歳までの45年間につき,生活費控除を50%とし,中間利 息の控除にライプニッツ係数を用いて,同人の逸失利益を算定すると,次のとおり,5460万 8438円となる。(計算式)677万4400円×(17.981-1.859)×0.5=5460万8438円
イ 亡Fの慰謝料 2200万円
本件事故の態様,亡Fの年齢,境遇その他諸般の事情を総合すれば,その精神的苦痛に対する慰 謝料としては,2200万円が相当である。ウ 葬儀関連費用 合計150万円 証拠(原告D)及び弁論の全趣旨によれば,原告C及び同Dは,亡Fの葬儀関係費用を折半して 負担したことが認められ,本件事故と因果関係がある損害としては,原告C及び同D合計で15 0万円が相当である。エ 上記ア及びイの亡Fの損害賠償請求権を原告C及び同Dは,各2分の1ずつ相続したものと 認められるから,上記ウの葬儀関係費用と合わせ,同原告らの損害は,各3905万4219円 である。オ 弁護士費用 各300万円 本件事案の内容,訴訟の経過,訴訟活動,認容額その他諸般の事情を考慮すると,本件事故と相 当因果関係のある弁護士費用の額としては,各300万円が相当である。第4 結論 よって,原告A及び同Bの請求は,各4151万5654円及び内各3851万5654円に対 する不法行為の日である平成12年3月5日から,内各300万円に対する不法行為の後の日(訴 状送達の日の翌日)である平成14年3月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の遅 延損害金の支払を求める限度で,原告C及び同Dの請求は,各4205万4219円及び内各3 905万4219円に対する不法行為の日である平成12年3月5日から,内各300万円に対 する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成14年3月19日から支払済みまで民 法所定の年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で,それぞれ理由があるから認容し,そ の余の請求は失当であるからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
 富山地方裁判所民事部裁判官 剱持淳子
裁判官 高浪晶子
裁判長裁判官永野圧彦は,転補のため署名押印することができない。裁判官 剱持淳子
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