主文
 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 請求
1 被告が,平成14年4月11日付けでした原告の平成13年分所得税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要 原告は,被告に対し,本件通知処分が違法であるとして,同処分の取消を求めた。
1 前提となる事実(争いのない事実及び容易に認定できる事実)
(1) 当事者 原告は,肩書住所地においてA歯科医院の名称で歯科医を開業している。
 被告は,釜石税務署長である。(2) 債務免除に至る経緯 原告は,平成12年10月ころ,社団法人Bに対して,3億円を超える債務を負担していたところ,Bから,債務の一部弁済に応じるのであれば残額 を放棄してもよいとの申し入れを受けた。その後,原告とBとの間で上記債 務の返済方法等について話合いが行われた。(3) 債務弁済契約の締結(甲4) 原告とBは,平成13年3月15日,上記債務の弁済方法等に関し,次のとおり合意した(以下,この合意を「本件債務弁済契約」という。また,本 件債務弁済契約の対象とされた原告のBに対する債務を「本件債務」という ことがある。)。1 平成13年2月28日現在における原告の債務残高は,3億0084万 4904円であることを確認する。2 原告は,Bに対し,平成13年3月末日までに3500万円を支払い, 更に不動産(上閉伊郡α115番6の土地)の売却代金をもって弁済する。3 上記2を履行した場合には,Bは,原告に対し,1の債務のうち,2の 支払を控除した残金及びこれに付帯する利息,損害金については請求しな い。4 上記2を遵守した場合は,原告所有に係る不動産に設定している根抵当 権(上閉伊郡α115番1の土地及び同115番地1の建物並びに同11 5番6の土地)を解除する。(4) 債務免除(乙5) Bは,原告に対し,平成13年9月14日,本件債務弁済契約に基づき上記(3)2の弁済を受けたので,同年5月31日現在Bが原告に対して有して いた貸付金元金の合計2億1393万1105円及びこれに付帯する利息 の支払を免除する旨の債務免除通知をした(以下,この通知による債務免 除を「本件債務免除」という。)。(5) 確定申告(乙1の1及び2) 原告は,被告に対し,平成14年3月12日,平成13年分の所得税について,別紙一覧表の1欄の各金額等を記載した青色の確定申告書を提出し た。その際,原告は,本件債務免除による利益(以下「本件債務免除益」 という。)を事業所得及び一時所得に含めて申告を行った。(6) 調停の申立て及び成立(甲5,6) 原告は,平成14年2月22日,釜石簡易裁判所に対し,Bとの間の本件債務弁済契約は錯誤により無効であるなどとして,その無効確認等を求める 調停を申し立て,同年3月29日,本件債務弁済契約が無効であることを確 認し,Bは原告に対し,同日現在の残債務について支払を請求しないことなどを内容とする調停(以下「本件調停」という。)が成立した。 (7) 更正の請求及び本件通知処分(甲1)原告は,被告に対し,平成14年4月11日,同年3月29日付けで本件 調停が成立し,本件債務免除が取り消されたとして,平成13年分の所得税 について,所得金額等を別紙一覧表の2欄であるとする更正の請求をした(以 下「本件更正の請求」という。)。被告は,原告に対し,平成14年8月2日,本件更正の請求について,更 正をすべき理由がない旨の本件通知処分をした。その処分理由は,本件調停 の前後において実質的な権利関係に変更がなく,平成13年中に債務免除益 が発生したと認められるというものであった。(8) 本件通知処分に対する不服申立(甲2,3,乙2,3) 原告は,被告に対し,平成14年8月16日,本件通知処分について異議 申立てをしたが,被告は,同年11月7日,異議申立てを棄却する旨の決定をした。 さらに,原告は,上記異議決定を不服として,平成14年12月4日,国税不服審判所長に対し,本件通知処分の取消しを求め,審査請求をしたが, 同審判所長は,平成15年10月2日,原告の審査請求を棄却する旨の裁決 をした。そこで,原告は,平成15年12月27日,本件訴訟を提起した。
 2 争点(1) 本件調停により本件債務免除益が消滅したか。
(2) 本件更正の請求が国税通則法(以下「通則法」という。)23条1項の要件を満たすか。
 具体的には,次の点が争われている。
1 本件調停が通則法23条2項1号の「判決(判決と同一の効力を有する 和解その他の行為を含む。)(以下「判決等」という。)」に該当するか。2 本件債務免除益が本来一時所得として申告されるべきものか。
3 仮に本件債務免除益に,事業所得に該当する部分があるとして,当該事業所得に該当する部分について更正の請求が認められるか。
 (3) 本件通知処分が信義則又は禁反言の法理に反するか。3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件調停により本件債務免除益が消滅したか)について(原告の主張) 本件債務免除益は,以下のとおり,本件調停により消滅したのであるから,これがあることを前提とする本件通知処分は違法である。
ア 本件通知処分の理由は,本件調停の成立によっても,実質的な権利関係 に変更がなく,平成13年度中に債務免除益が発生したと認められるというものである。
 しかしながら,債務免除と自然債務とは明らかに権利関係が異なる。 すなわち,債務免除をした場合には債務は消滅するため,債権者は以後,債権の回収を図ることは不可能となり,債務者に任意の履行を請求するこ とはできず,債務者から支払を受けたとしても,当該弁済金は不当利得と なるため返還請求され得るものである。他方,自然債務とされた場合には債務は依然存在し,債権者は債務者に 任意の履行を請求することができるし,債務者が任意に支払えば有効な弁 済となり,当該弁済金を返還する必要はない。また,自然債務の場合には, 当然,債務不履行による損害賠償を任意に受けることもできる。さらに, 当事者が自然債務を基礎として新たに履行の契約をした場合には,当該債 務は通常の債務となり強制執行をもなし得るものと解される。本件調停により,本件債務免除の意思表示は撤回され,本件債務につい ては,「今後,支払の請求をしない。」とされたが,この調停条項は,裁 判上請求して強制的な取立をしないとの意味(自然債務)である。上記のごとく自然債務と債務免除とは法律的に明確な差異があるから,本件調停 により原告とBとの間の権利関係に実質的な変動があったこと,すなわち 本件債務免除益が消滅したことは明らかである。イ また,原告には,本件調停成立以前において,本件債務について弁済意 思があり,本件調停成立により本件債務免除益は消滅したというべきであ る。すなわち,本件調停の前に原告代理人が,原告の税務申告の代理人であ るC公認会計士・税理士(以下「C会計士」という。)に調停後における 本件債務の処理方法を説明していること,本件調停成立以前に原告代理人 がBの代理人であるD弁護士に対し,本件調停成立後,自然債務となった 債権の譲渡を申し入れていることから,原告に本件債務の弁済意思があっ たことは明らかである。加えて,原告は,本件債務に係る債権を譲り受けたE株式会社に対し, 500万円の債権放棄を受けるのと引き換えに100万円の支払をしてい る。原告が本件債務を自然債務としてもらった趣旨は,近い将来に本件債 務に係る債権を譲り受けるであろう第三者との間において,一部弁済,一 部債権放棄を繰り返しながら課税を平準化することを前提に,当該第三者 との交渉を有利に進めるために行われたものであって,事実上債務の支払 を回避するために行われたものではない。(被告の主張)
ア 本件調停により本件債務免除益が消滅したとは認められない。
すなわち,本件調停により本件債務が自然債務とされたといっても,そ もそも自然債務は民法414条,415条の強制履行等が認められていな いものであり,自然債務を負担したことは債務免除益の存否に影響を与え るものでない。また,本件債務は無担保のままとされたのであるから,本 件調停後の実態は,本件債務免除を受けた時点と経済的実質が何ら変わるものではないというべきであって,本件債務免除益が消滅したとはいえない。
イ 原告は,弁済の意思を有していた旨主張するが,本件調停では残債務についてBは支払の請求をしないとされており,これだけをみても原告が本 件債務の弁済意思を有していたというのは事実に反する。また,本件調停において確認された本件債務の残額は,利息・損害金を 含め約3億4000万円であるのに対し,租税の負担増(本件債務免除益 に対する課税等)は約1億円であることからしても,原告が租税負担増1 億円よりも残債務3億4000万円を選ぶのは,本件債務の弁済意思を有 していないからというほかない。もし本当に支払意思があるのであれば, いったん債務免除前のもとの状態に戻した上で,原告の主張するような一 部弁済・一部債権放棄等の債務弁済の計画を立てるはずである。ウ さらに,原告が行ったEに対する支払は,原告が本件訴訟における自己 の主張の裏付けとする目的で後から行った行為と評価されるべきものであ り,これをもって本件債務免除益の存在が否定されるものではない。(2) 争点(2)(通則法23条1項に基づく更正の請求の要件を満たすか)につ いて(原告の主張)
ア 「判決等」の該当性について
本件調停は,通則法23条2項1号の「判決等」に該当するので,本件 更正の請求は認められるべきである。すなわち,通則法23条2項1号の 「判決等」には判決のみならず,民事調停法の調停も含まれる。そして, 本件調停は,租税回避目的で行われたのではなく,原告が歯科医院という 事業を継続しながら,債権者との間で支払方法を協議し,時間をかけて一 部弁済と一部債権放棄を繰り返すことにより,一部とはいえ債権者の債権 回収を図り,かつ,課税を平準化するという,原告の事業の再生・継続を目的として行われたものであり,本件調停の内容は合理的なものである。
 税務当局は,会社更生手続や民事再生手続を始めとする企業再生の現場に おいて,企業が債務免除益による過大な課税を避けるため,債務免除益の 認識時期を操作し,課税を平準化すること認めているのであり,このこと に照らしても,本件調停には合理性があり,通則法23条2項1号の「判 決等」に当たらないとする理由はない。イ 事業所得部分についての更正の請求の可否 原告は,本件債務免除益の一部を事業所得として申告したが,事業所得として申告した部分は,本来一時所得として申告すべきであったのであり, 当該部分についても更正の請求を認めるべきである。また,仮に本件債務免除益のうちに事業所得に該当する部分があるとし ても,本件においては当該部分も含めて通則法23条1項に基づく更正の 請求が認められるべきである。この点,被告は,本件調停により本件債務 免除益が消滅したものと認められるのであれば,事業所得に該当する部分 についてはその年の経費に算入することが可能であるから後発的事由によ る更正の請求が認められなくても不当ではない旨主張するが,本件債務免 除益の消滅が経費として認められるかは大いに疑問であるし,平成14年 分以降の他の所得と損益通算ができるとしても,原告においては,それに 対応するような多額の収益が発生する蓋然性はほとんどないのであって, 原告が平成13年分の所得について発生した多額の税金を支払わなければ ならないことには変わりがなく,被告の上記主張は机上の空論にすぎない。(被告の主張)
ア 本件調停は,専ら租税回避目的によるものであり,通則法23条2項1号の「判決等」に該当しない。
 すなわち,通則法23条2項1号の「判決等」は,判決等であればすべて該当するというものではなく,専ら租税回避目的で実体とは異なる内容を記載し,真実は権利関係等の変動がない場合や,租税を免れる目的で納 税者が馴れ合いで得た判決等は,ここにいう判決等に当たらないと解すべ きである。しかるに,本件調停は実体上の法律関係を反映しない不自然なものであ って,合理的根拠を欠く馴れ合いによるものといわざるを得ず,租税負担 を免れることを目的としてされたものであることが明らかであるから,上 記「判決等」には該当しない。イ また,原告が事業所得として申告した部分については,そもそも通則法 23条1項に基づく更正の請求は認められない。原告は,本来すべてにつ いて一時所得として申告すべきであった旨主張するが,本件債務免除益の うち事業所得に該当する部分があることは明らかである。また,事業所得については,後発的事由が発生したことによりその発生 年分の事業所得が赤字となった場合等には,同年分の他の所得との損益通 算等が認められるから,後発的事由に基づく更正の請求が認められないと しても不当ではない。本件においても,本件調停により本件債務免除益が 消滅したものと認められるのであれば,事業所得に該当する部分について はその年の経費に算入することが可能であったのであり,更正の請求を認 める必要はない。(3) 争点(3)(本件通知処分が信義則ないし禁反言に反するか)について (原告の主張)本件通知処分は,以下のとおり信義則又は禁反言の法理に反し違法である。 ア 課税関係に関する回答についてC会計士は,平成14年1月7日,釜石税務署を訪れた際,F統括調査 官及びG上席国税調査官から本件債務を自然債務とした場合には課税関係 が生じない旨の回答を得た。そのため,原告は,上記回答を信頼し,本件調停を申し立てた上で本件債務について自然債務とする旨の本件調停を成立させた。 しかるに,上記回答に反する本件通知処分がなされ,そのため,原告は,7653万3200円の課税及び274万5354円の不還付という経済 的不利益を受けた。よって,本件通知処分は信義則に反するというべきである。 イ 更正の請求に関する回答について本件更正の請求は,被告の求めに応じてなされたものであり,今になっ て更正の請求を認めないとすることは,禁反言の法理からして許されない。すなわち,C会計士は,原告の平成13年分の所得税の確定申告書を作 成するに際し,平成14年3月11日に釜石税務署を訪れ,確定申告の仕 方について事前に相談を行った。その際,C会計士は,F統括官に対し, 確定申告の期限後ではあるが,平成14年3月29日の調停期日において, 本件債務弁済契約が錯誤により無効とされる旨の調停が成立することにな っているので,平成13年分の確定申告は債務免除益が生じていないもの として申告したい旨を述べた。これに対し,F統括官はC会計士に対し, 確定申告期限までに正式な調停が成立しない以上,あくまでも本件債務免 除益があったものとして確定申告することを強く要請し,税額の更正につ いては,正式に調停が成立した後に,通則法23条1項に基づく更正の請 求を行うべきである旨告げた。そのため,原告は,F統括官の上記要請を受けて,平成13年分の所得 税の確定申告に際し,本件債務免除益を含めた申告をしたのである。このような経緯に照らせば,本件更正の請求は認められてしかるべきも のであり,これを認めないのは禁反言の法理に反する。(被告の主張)
ア 課税関係に関する回答について
F統括官を含む釜石税務署の担当職員(以下「被告担当職員」という。)が,C会計士に対し,本件債務を自然債務とした場合には課税関係が生じ ないと述べたことはない。また,仮に原告が主張するとおりの回答があったとしても,信義則に反 することはない。すなわち,信義則及び禁反言の法理が適用されるのは,租税法規適用に おける納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしても,なお当該課税処 分にかかる課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反する という特段の事情が存する場合に限られるというべきであるところ,特段 の事情があるというためには,少なくとも1税務官庁が納税者に対し信頼 の対象となる公的見解を表示したこと,2納税者がその表示を信頼して行 動したこと,3後に,その表示に反する課税処分が行われ,そのために納 税者が経済的不利益を受けることになったこと,4納税者の側に責めに帰 すべき事由がないことが不可欠である。しかし,原告の主張によっても被告担当職員が公的見解を表示したとは 認められないから,本件通知処分が信義則に反することはない。イ 更正の請求に関する回答について F統括官を含めた被告担当職員が,C会計士に対し,何らの限定を付することなく,通則法23条1項に基づく更正の請求ができる旨述べたこと はない。また,仮に被告担当職員が原告主張のとおり述べたとしても,事前相談 における助言等は,税務官庁が納税者に対してした信頼の対象となる公的 見解の表示には当たらないから,禁反言の法理に反することはない。第3 当裁判所の判断
 1 事実認定
前記前提となる事実に,証拠(甲1,4,5~9,17~21(枝番号の記 載は省略する。以下同じ。),23,乙1,4~6,8,9,証人Cの証言,証人Fの証言)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められ,これ を覆すに足りる証拠はない。(1) 本件債務弁済契約に至る経緯
原告は,平成4年に破綻した旧H信用金庫(以下「H信金」という。)に 対し,平成5年5月30日当時,3億円を超える債務を負担していた。同債 務に係る債権のうち1億4676万円は同日,うち1億6180万円は同年 9月30日,H信金からBに譲渡され,原告は,Bに対し,上記債務の返済 を継続していた。平成12年10月当時,原告のBに対する上記債務の残高は,依然として 3億円を超えていたところ,原告は,同月ころ,近く解散することとなった Bから,債務の一部弁済に応じるのであれば残額を放棄してもよいとの申し 入れを受けた。その後,原告とBとの間で上記債務の返済方法について話合 いが行われた。(2) 本件債務弁済契約の締結(甲4) 平成13年3月15日,原告とBとの間で,本件債務についての弁済方法等に関し,本件債務弁済契約が成立した。その内容は以下のとおりである。
 1 平成13年2月28日現在における原告の債務残高は,3億0084万4904円であることを確認する。
2 1の債務について,原告は,Bに対し,平成13年3月末日までに3500万円を支払い,更に不動産(上閉伊郡α115番6の土地)の売却代金をもって弁済する。
3 上記2を履行した場合には,Bは,原告に対し,1の債務のうち,2の支払額を控除した残金及びこれに付帯する利息,損害金については請求しない。
4 上記2を遵守した場合は,原告所有に係る不動産に設定してある根抵当権(上閉伊郡α115番1の土地及び同115番地1の建物並びに同115番6の土地)を解除する。
 (3) Bによる本件債務免除(乙5)原告は,本件債務弁済契約を履行するため,I銀行から新たな借入れをし, 平成13年3月30日に3500万円をBに弁済するとともに,原告所有の 上記(2)2の不動産を売却し,5191万3799円をBに弁済した。上記各弁済を受け,Bは,原告に対し,平成13年9月14日,本件債務 弁済契約に基づき上記(2)2の弁済を受けたので,平成13年5月31日現 在Bが原告に対して有していた貸付金元金の合計2億1393万1105円 及びこれに付帯する利息の支払を免除する旨の債務免除通知をした。(4) 本件債務免除益に係る原告の嘆願状況 平成13年8月20日,C会計士及び原告の妻Jは,債務免除益の課税免除の嘆願を内容とする書類を持参して釜石税務署を訪れ,本件債務弁済契約 により,原告のBに対する債務が免除されたこと,この結果債務免除益が発 生するが,これに課税されると納税が困難になることから後日嘆願書の提出 を予定していること,本日持参した書類の内容については,後日正式に提出 するまでの間検討しておいてほしいとの申し出をした。同年9月25日,Jが釜石税務署を訪れ,本件債務免除の通知の写しを被 告に提出した。同年10月9日,C会計士及びJは,釜石税務署に対し,「債務免除益に ついての嘆願書」と題する書面を提出し,本件債務免除益を所得に含めない 処置をお願いする旨の嘆願をした(乙4)。同年12月12日,被告担当職員は,来訪した原告及びC会計士に対して, 嘆願書にある債務免除益は課税所得になる旨説明した。この点について,原 告らから本件債務免除益を税務署長の裁量で免除できないかとの申立てもな されたが,それはできないとの回答をした上で,この件については,仙台国 税局にも照会中である旨伝えた。平成14年1月7日,被告担当職員は,来訪したC会計士に対し,改めて 嘆願書の趣旨を確認したところ,税務署長の裁量による課税の免除に関する 嘆願である旨の説明があったことから,それはできない旨回答するとともに, 同回答が最終的なものであることを伝えた。(5) 調停の申立て(甲5,乙9) 原告は,平成14年2月22日,釜石簡易裁判所に対し,Bとの本件債務弁済契約は錯誤により無効であるなどとして,その無効確認などを求める調停を申し立てた。 (6) 確定申告(乙1)
原告は,本件調停が申告期限までに成立しなかったことから,平成14年 3月12日,平成13年分所得税について,本件債務免除益を事業所得及び 一時所得に含めた上で青色の確定申告書に別紙一覧表の1欄の各金額等を記 載し,同申告書を被告に提出した。(7) 本件調停の成立(甲6) 平成14年3月29日,原告とBとの間で,以下の内容の調停が成立した。1 原告とBは,両者間において,本件債務弁済契約が原告の錯誤により無 効であることを相互に確認する。2 Bは,原告に対する平成13年9月14日付け「債務免除通知書」をも って通知した貸付金2億1393万1105円及びこれに付帯する利息の 債務を免除する旨の意思表示を撤回する。3 原告とBは,1にかかわらず,本件債務弁済契約に基づく原告のBに対 する支払は有効なものであり,債務に対する弁済として充当されたもので あることを相互に確認する。4 原告とBは,1にかかわらず,本件債務弁済契約に基づき行われた根抵 当権の解除が有効なものであることを相互に確認する。5 原告は,Bに対し,本件債務として,本日現在,元金2億1393万1105円(外に未払利息及び損害金が存在する。)の存在することを確認する。
6 Bは,原告に対し,5の債務については,今後,支払の請求をしない。
 7 原告とBは,両者の間に,本調停条項に定めるほか,何らの債権債務のないことを相互に確認する。
8 調停費用は原告の負担とする。
(8) 本件更正の請求及び本件通知処分(甲1) 原告は,平成14年4月11日,被告に対し,同年3月29日付けで調停が成立し,債務免除が取り消された結果,前記確定申告書に記載した事業所 得及び一時所得の金額に誤りがあるとして,所得金額等を別紙一覧表の2欄 の金額とする更正の請求をした。これに対し,被告は,平成14年8月2日,本件更正の請求について,そ の更正をすべき理由がない旨の本件通知処分を行った。その処分理由は,本 件調停の前後において実質的な権利関係に変更がなく,平成13年中に債務 免除益が発生したと認められるというものであった。(9) 債権の譲渡等 本件債務に係る債権は,平成15年12月25日,BからK株式会社に譲渡され(甲17),更に平成16年3月31日,同社からE株式会社に譲渡 された(甲18)。原告は,平成16年3月31日,Eに対し,本件債務について100万円 を支払い,その代わりに500万円の債権放棄を受けた(甲19~21)。2 争点(1)(本件調停により本件債務免除益が消滅したか)について 原告は,本件調停により本件債務免除の意思表示は撤回され,本件債務が自 然債務とされたことによって本件債務免除益は消滅したのであるから,これが あることを前提とする本件通知処分は違法である旨主張するので,以下,この点につき判断する。
(1) 所得税法36条1項は「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額と すべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除 き,その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な 利益をもって収入する場合には,その金銭以外の物又は権利その他経済的な 利益の価額)とする。」と規定する。債務を負担する者が当該債務の免除を 受けた場合におけるその免除金額は,同法36条1項所定の「経済的な利益」 に該当し,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入されるも のと解されるところ,債務免除による経済的な利益が後発的な理由により遡 って消滅したというためには,形式面のみならず,実質的な観点からみて債 務免除による経済的な利益が失われたと認められなければならないと解すべ きである。そこで検討するに,前記認定のとおり,本件調停においては,本件債務弁 済契約の無効が確認され,本件債務免除の意思表示は撤回されたが,他方, 無効が確認されたはずの本件弁済契約に基づく弁済は有効なものとして本件 債務に充当され,同じく本件債務弁済契約に基づく根抵当権の解除は有効と された。また,本件債務免除の対象となった本件債務の残債務については, その存在が確認されたうえで,Bが原告に対して今後支払を請求をしない旨 の合意がされた。この合意は,本件債務をいわゆる自然債務とする旨の合意 であると解されるが,その趣旨は,本件債務については,債権者は,債務者 からの任意の弁済を受領することはできるものの,裁判等を通して強制的な 取り立てをすることはできないとするものであると解される。以上を前提として,本件調停により本件債務免除による経済的な利益が失 われたかどうかを見ると,本件調停の前後で,本件債務について,債務免除 された状態からいわゆる自然債務とされるという法形式上の変化はあったも のの,原告は,Bから支払を請求されない無担保の債務を負担しているにす ぎず,本件債務は,これを支払うかどうか専ら原告の意思に任され,原告の財産は本件債務につき責任財産とはされないのであるから,経済的な利益と いう点においては債務免除を受けたときと何ら変わりがないというべきであ る。したがって,本件調停により本件債務免除による経済的な利益が消滅した ということはできないから,原告の上記主張は失当である。(3) この点,原告は,本件調停により本件債務免除益が消滅したことの根拠 の一つとして,原告には当初から本件債務を弁済する意思があった旨主張す る。しかしながら,そうであればいったん債務免除前の状態に戻した上で,B との間で一部弁済・一部債権放棄等の債務弁済の計画を合意すれば足りるの であって,このことはBが近く解散を予定していたとしても同様である(原 告は,自然債務とすることで本件債務に係る債権の譲受人となる第三者との 交渉を有利に進めることができるかのような主張もしているが,その意味は 必ずしも明らかではなく,仮に有利になるというのであれば,それは実質的 に債務免除を受けたのと同様であるからであると考えざるを得ない。)。加 えて,原告代理人作成の事務連絡(甲9)には,「できれば調停後に当職宛 債権譲渡をして頂きたいと思っております(以下省略)」との記載があり, これによれば,本件調停成立後に原告代理人が本件債務に係る債権を譲り受 けようとしていたことがうかがわれるところ,こうした行動は原告が当初か ら弁済の意思を有していたことと整合しない。また,原告は,本件調停成立後,本件債務に係る債権の譲受人であるEに 対し100万円の一部弁済をしているが,その時期は本件訴訟提起後であり, 実際に弁済された金額も本件債務の額のごく一部であることにも照らすと, 上記一部弁済の事実は,原告が当初から弁済の意思を有していたことを裏付 けるものとはいえない。よって,原告の上記主張は採用できない。
3 争点(3)(本件通知処分が信義則又は禁反言の法理に反するか)について (1) 原告は,被告担当職員が,C会計士に対し,自然債務とすれば課税関係は 生じない旨回答したにもかかわらず,それに反する本件通知処分をしたことは信義則に反する旨主張する。
(2) ところで,租税法規に適合する課税処分について,法の一般原理である信義則の法理の適用により,課税処分を違法なものとして取り消すことがで きる場合があるとしても,租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係 においては,上記法理の適用については慎重でなければならず,租税法規の 適用における納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税 処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反すると いえるような特別の事情が存する場合に,初めて上記法理の適用の是非を考 えるべきものである。そして,特別の事情が存するかどうかの判断に当たっ ては,少なくとも,税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表 示したことにより,納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動した ところ,のちに表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的 不利益を受けることになったものであるかどうか,また,納税者が税務官庁 の表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者に責めに帰 すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるというべき である(最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・訟務月報34 巻4号853頁参照)。(3) そこで,以上を前提として検討する。
ア 証拠(甲8,23,乙8,証人Cの証言,証人Fの証言)及び弁論の全趣旨によれば,平成14年1月7日の被告担当職員とC会計士のやりとり は以下のとおりであったことが認められる。(ア) C会計士は,平成14年1月7日,本件債務免除益に対する課税免除を求めた嘆願書について,最終的な回答を確認するため,釜石税務署を訪れた。
(イ) その際担当したF統括官は,C会計士に対し,税務署の最終判断として,本件債務免除益について課税することになる旨伝えたところ,C 会計士はそれを了承した。また,F統括官は,資力喪失により債務免除 益が総収入金額に含まれないと解釈することについては,事実認定の問 題であり,この場で結論を出すことはできないが,現段階では資力喪失 とは判断できないことを説明した。(ウ) その後,F統括官は,C会計士から,東京国税局の相談室において, 本件は資力喪失による債務免除には当たらないのではないかとの回答を 受けたこと,知人の弁護士から本件債務を元に戻して自然債務的な債務 として支払を待つ方法しかないのではないかとの助言を受けたことなど を聞いた。(エ) これに対し,F統括官は,自然債務という言葉自体は知っていたも のの,これに関する課税関係の知識はなかったことから,課税関係の有 無について意見を述べることはなく,それ以上自然債務については立ち 入らなかった。もっとも,F統括官は,Bが債務を元に戻すことに応じ ることは考えにくいと思ったことから,C会計士に対し,その旨意見を 述べた。
 なお,C会計士が被告担当職員とのやりとりについて作成した事務連絡(甲7)には,被告担当職員との話として「しぜん(ママ)債務について は一応肯定していましたが,社団法人Bの事情から考えにくいとしていま した。」との記載があるが,これによってもF統括官が,自然債務にすれ ば課税関係が生じないと回答したかどうかは判然とせず,C会計士自身も, 被告担当職員から自然債務が認められれば課税関係はなくなる旨明言され たというわけではないと証言していることを考慮すると,上記書面の記載 は前記認定を左右するものではなく,他に上記認定を覆るに足りる証拠はない。
イ 以上の事実によれば,被告担当職員が,C会計士に対し,公的見解として本件債務を自然債務とした場合には課税関係を生じないことを表示したとの事実は認められない。
(4) また,原告は,本件更正の請求は,被告の求めに応じてなされたものであり,今になって更正の請求を認めないとすることは禁反言の法理からして 許されないとも主張する。課税処分に対する禁反言の法理の適用についても,前記(2)で判示したの とと同様の理由から,前記の特別の事情が存在するかどうかを考慮して判断 すべきであると解されるところ,そもそも,本件全証拠によっても,原告が 主張するように,被告担当職員が,C会計士に対し,債務免除益を含めて申 告し,その後に更正の請求をするようにとの回答をしたとの事実は認められ ない。また,仮にF統括官が上記のような回答をしたとしても,前記認定に 係るF統括官とC会計士との面談の目的,状況等に照らすと,それは確定申 告の事前相談における助言と同視すべきものといえるから,これをもって税 務官庁の公的見解の表示であるとは到底認められない。(5) したがって,本件通知処分が信義則又は禁反言の法理に反するとの原告 の主張は採用できない。4 以上によれば,その余の点は判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由が ないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7 条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。盛岡地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 榎戸道也
裁判官 吉村美夏子
裁判官 須田雄一
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