平成17年3月9日判決言渡
平成15年(行ウ)第45号 懲戒処分取消請求事件
判決
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
α大学総長が,原告に対して,平成
 13 年
 3 月
 27 日付けでした
 6 か月間の停職とする旨の 懲戒処分を取り消す。第
 2 事案の概要 本件は,α大学文学部助教授であった原告(現在,名古屋大学大学院文学研究科教授)が, 指導していた女子大学生(以下「A」という。)の心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る 関係を結んだこと等を理由として,α大学総長が原告に対してした
 6 か月間の停職とする 旨の懲戒処分(以下「本件処分」という。)につき,事実誤認,適正手続違反の違法事由が あるとして,原告がその取消しを求める事案である。1 争いのない事実等(特に証拠を掲げたもの以外は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等
ア 原告(昭和○○年○○月○○日生)は,α大学大学院文学研究科の教授を務める既婚男 性であるが,平成
 8 年
 4 月当時,名古屋大学文学部助教授の地位にあり,演習等において Aを継続的に指導していた。イ α大学総長は,平成13年3月27日当時,原告の任命権者であった。その後,平成
 15 年
 10 月
 1 日に施行された国立大学法人法に基づき,平成
 16 年
 4 月
 1 日,国立大学法人が設立された。これに伴い,国立大学の行政庁を当事者とする訴訟につ き,国立大学の行政庁の地位を国立大学法人が承継することとなったことから,本訴につ いても被告がα大学総長の地位を承継した(当裁判所に顕著)。ウ Aは,昭和○○年○○月○○日生まれの女性であるが,平成8年4月,神戸市外国語 大学外国語学部第
 2 部を卒業後,α大学文学部E科に
 3 年次編入学をし,前記アのとおり, 原告の継続的な指導を受けていた。Aは,α大学文学部を卒業後,平成
 10 年
 4 月,α大 学大学院人間情報学研究科修士課程に進学した(乙 14,弁論の全趣旨)。(2) 本件処分に至る経緯
ア Aは,平成12年8月8日,「α大学におけるセクシュアル・ハラスメントの防止・対 策等に関する規程」に基づき,α大学に設置されているセクシュアル・ハラスメント防止 ・対策委員会あての「セクシャルハラスメント苦情処理申立書」と題する書面を,セクシ ュアル・ハラスメント相談窓口の相談員に提出した(乙
 2 の 1,14)。イ Aの上記申立てを受けて設置されたセクシュアル・ハラスメント対策専門委員会は, 同年
 9 月
 1 日から同年
 10 月
 27 日にかけて,A,原告及び証人から事情聴取をするなど事 実関係を調査の上,これに基づく検討を重ねた結果,同年
 12 月
 12 日,「セクシュアル・ ハラスメント対策専門委員会調査報告書」及び「第
 1 事案検討レポート」と題する書面を とりまとめ,同日,セクシュアル・ハラスメント防止・対策委員会の委員長に提出して報告した(乙 5,6)。
ウ α大学大学院文学研究科教授会は,同月25日,名古屋大学評議会(正式な名称は審査 評議会である。)に対して,原告につき,平成
 12 年改正前の教育公務員特例法(以下単に 「教育公務員特例法」という。)の規定による審査方依頼をした。これを受けたα大学評 議会は,同月
 28 日,教育公務員特例法に基づく審査を行うことを決定し,同日,原告に 対し,審査事由説明書を交付した(乙
 4 の 1,4 の 2)。エ 原告が,α大学評議会に対し,原告本人の陳述を希望する旨の陳述請求書並びにB(原 告の妻。)及びC弁護士の陳述を希望する旨の参考人の陳述請求書を提出したため(乙
 4 の
 3 の
 1 から
 4 の
 3 の
 3 まで),α大学評議会は,平成
 13 年
 1 月
 9 日,同月
 16 日に原告ら に陳述の機会を与える旨決定し,原告に対し陳述通知書を交付した(乙
 4 の 4,4 の 5)。
 オ 同月
 16 日,α大学評議会において,陳述人として原告が,参考人としてB,C弁護 士及びD弁護士が,それぞれ陳述した(乙 8)。また,同日,原告は,α大学評議会に対し, 陳述書を提出した(乙 12)。カ α大学評議会に設置された審査評議会委員会は,事実関係の審理等を行った上,同年3 月
 26 日,「審査評議会委員会調査報告書」をとりまとめ,α大学評議会に提出した(乙 7)。 キ α大学評議会は,同月
 27 日,原告を本件処分に付することを決定した(乙
 4 の 6)。 そして,同日,α大学総長は,本件処分を発令し,懲戒処分書及び処分説明書を原告に交 付した(乙4の7から4の9まで)。(3) 本件処分に係る審査決定書の記載内容
α大学評議会の本件処分に係る審査決定書(以下「本件審査決定書」という。)には,「事 実」として次のとおりの記載がある(なお,当事者名については前記表記に従って読み替 える。乙4の6)。「《性的関係に至るまで》 1.原告は,α大学教授(文学研究科人文学専攻E講座所属)である。原告は,平成
 8 年
 4 月,α大学文学部E科に三年次編入生として入学したAさんを演習等において継続的に指 導し,また,卒業論文作成の実質的な指導を行った。2.平成
 8 年
 6 月
 19 日,Aさんが,α大学文学部内でてんかん(側頭葉)の発作を起こした 際,原告は,救急車を呼び,α大学医学部附属病院への搬送に付き添った。およそ一週間 後の同月下旬にAさんが,てんかんの発作を起こした際,原告は,Aさんを原告の研究室 で一人で介抱し,Aさんの下宿に送った。《性的関係について》
3.平成
 8 年
 7 月
 27 日,Aさんがこれまでのお礼を言うために原告を訪れた際,原告は, Aさんを昼食に誘い,その後香嵐渓にドライブし,その際,原告は,強い性的魅力を感じ た。同年
 8 月下旬,原告の研究室で,原告は,Aさんの個人的な事情や原告の過去の性的 関係について,Aさんの肩を恋人のように抱くなどして話し込み,性的言動を繰り返した。
 また,この際,原告は,Aさんに対して,ことさらに性交渉を回避したい旨の意向を繰り 返し伝えた。Aさんは,原告の言動から原告が性交渉を望んでいると受けとめ,精神的な 混乱にみまわれた。4.平成 8 年 8 月 28 日,原告がAさんを下宿に送り届けた際,Aさんはヒステリー様の発 作を起こした。翌 29 日,原告は,心理学の専門家である当時の学部長に,Aさんの前日の発作の状態やAさんとの関係について相談し,異性教官が対応すべきでないとの注意を 受け,また,精神科医に相談することを勧められた。同年 9 月
 3 日,原告は,精神科医か らAさんには精神科医の治療が必要であるとの説明を受け,病院を紹介された。このよう に,原告は,Aさんが心的,精神的な病的状態にあり,加療が必要であることを十分に承 知していた。5.平成
 8 年
 9 月
 15 日,原告は,文学部でてんかんの発作を起こしたAさんを原告の研究 室に運び,Aさんの下宿に送り,Aさんの部屋で性的関係に近い行為を行った。同月
 17 日(前期試験受験の前日),原告は,Aさんの下宿でAさんと初めて性交渉を行った。同年
 12 月
 21 日から
 29 日まで,原告はAさんと一緒に過ごし,Aさんの下宿,a町のホテル,伊 良湖のホテルに宿泊した。性交渉は,平成
 9 年
 3 月
 5 日まで続いた。6.平成
 9 年
 3 月
 17 日,Aさんは,b区cの病院で妊娠を確認し,同月
 24 日から
 3 日間 d区eの病院に入院し,原告の手術同意書への署名と費用負担により妊娠中絶手術を受け た。《妊娠中絶以後》
7.原告は,平成 9 年 4 月 6 日Aさんに,翌 7 日Aさんの両親に,今までの関係を改め, 性的関係を終えさせたい旨を手紙で述べた。また,同年 7 月 5 日,原告は,Aさん及びA さんの両親と大阪のAさんの実家で話し合い,Aさんは,勉強できない状況にあることを 原告に訴えた。同月
 7 日,原告は文学部長に進退伺いと辞表を郵送し,後日文学部長と面 談し,Aさんとの間のこれまでの経過を話した。このように原告は,教官と学生との通常 の関係から逸脱したことを認めながら,その一方で,この間も,Aさんの下宿先や,原告 が妻と別居して移り住んだ住宅で性的接触を続けた。8.平成
 9 年
 10 月から,Aさんは,原告の熱心な指導のもとに優れた卒業論文を完成し, 優秀な成績で学部を卒業した。Aさんは,卒業後も引き続いて文学研究科において研究を 続けたいと願っていたが,原告の勧めで人間情報学研究科を受験し,平成
 10 年
 4 月,同 研究科に入学した。Aさんは,同研究科入学後も,研究上必要な文献・資料が原告の研究 室にあるため,原告の研究室に出入りした。原告は,Aさんが同年
 6 月に結婚した後も, 原告の研究室でAさんとの性的接触を続けた。9.平成
 9 年
 3 月,Aさんが妊娠中絶を受けた直後から,原告は,Aさんを加害者として 非難しはじめ,Aさんの恋慕と計略によって原告が強引に性的関係に引きずり込まれた被 害者であると主張した。Aさんは,原告の言動に対し異議を唱え,怒りを表明し,告発を 示唆した。それに対して,原告は,平成
 10 年
 9 月
 18 日,原告の研究室でAさんの首を絞 め,平成
 12 年
 3 月
 24 日,斧を買ってAさんを殺そうと思ったことがあると告げ,さらに, Aさんが原告を告発したら,Aさんの弟を殺すと脅迫した。Aさんは,原告の暴力や報復 を怖れ,弁護士と相談の上,同年
 8 月から休学した。以上,上記の 4,5 及び
 9 の事実が問責事項である。
原告とAさんとは,教育研究上の指導・被指導の関係にあったにもかかわらず,原告は, 心理学者や精神科医からAさんの持病であるてんかん(側頭葉)の病状について十分に知り 得た上で,Aさんの発作等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結び,以 後,不適切な関係を続けた。さらに,原告は,Aさんに対して,暴力的,脅迫的言動を行 った。このような原告のAさんに対する行為は,大学教官としてあるまじき行為であると判断した。原告の行為は,国民全体の奉仕者たる国家公務員,とりわけ教育公務員として ふさわしくない非行に該当し,官職全体の信用を失墜させるものであり,国家公務員法第
 99 条に違反する。」(4) 不利益処分審査請求と人事院の判定
原告は,平成
 13 年
 5 月
 28 日,人事院に対し,不利益処分審査請求の申立てをしたが, 人事院は同審査請求に対し,平成
 15 年
 6 月
 13 日付けで,本件処分を承認する旨の判定を し(甲 2),同判定書は同月
 19 日,原告に対して送付された(弁論の全趣旨)。
 原告は,平成
 15 年
 9 月
 16 日,名古屋地方裁判所に対し,本件訴えを提起した(当裁判所 に顕著)。2 争点 本件の争点は,本件処分の違法性の有無であり,原告は,本件処分の違法事由として,後 記
 3 のとおり,(1)本件処分には事実誤認がある,(2)本件処分は適正手続違反であると主 張する。3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件処分の事実誤認について
(原告の主張)
本件処分において問責事項とされた本件審査決定書の事実 4,5(以下,それぞれ「問責事 項 4」,「問責事項 5」という。)及びこれを受けた結論部分の「Aさんの発作等による心的, 精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結び」との事実並びに事実 9(以下「問責事項 9」 という。)には,以下のとおり事実誤認がある。したがって,6 か月間の停職とする本件 処分は不相当に重い処分である。ア 問責事項4について
(ア) 平成8年当時,文学部長であったFは,原告からAに関する相談を受けた際,原告 がAとの対応を一人で抱え込むのは大変であると考え,原告の負担を軽減させる目的で, 平成 8 年 8 月 29 日,原告に対し,学生相談室等大学内外の施設を活用するのが良い旨の 助言をしたにすぎない。また,そもそも,Fは,原告とAとの接触を絶ってしまうことは Aにとって好ましくないと考えていたのであり,原告とAとの接触を容認していたのであ る。したがって,原告が,Fから「異性教官が対応すべきでないとの注意を受け」た事実及 びAとの個人的な接触を避けるようアドバイスされていた事実は存在しない。よって,問責事項 4 のうち,「翌 29 日,原告は,心理学の専門家である当時の学部長に, Aさんの前日の発作の状態やAさんとの関係について相談し,異性教官が対応すべきでな いとの注意を受け」たとの事実認定には,事実誤認がある。(イ) Fは,平成8年8月29日,原告に対し,G助教授に相談するのが良いと助言した が,これは,G助教授が,児童や青年の臨床的・心理療法的研究(不登校,家庭内暴力等) を専門領域としており,学生の心理面について相談するのに適した人物であったことを重 視したからであって,Aに精神科医による治療を受けさせようと考えたからではない。したがって,問責事項
 4 のうち,原告が,Fから,「精神科医に相談することを勧めら れた。」との事実認定には,事実誤認がある。(ウ) 原告が,平成8年9月3日,G助教授と面談したのは事実であるが,G助教授から,Aには精神科医による治療が必要であるとの説明を受け,病院を紹介されたのは,同日で はなく,平成
 9 年
 2 月ころのことである。すなわち,同月ころ,Aが原告に対し妊娠の初 期症状による憂うつ感・食欲不振等を訴えたため,原告が,改めてG助教授に相談に赴い た際,G助教授から上記説明と病院の紹介をされたものである。したがって,問責事項
 4 のうち,「同年
 9 月
 3 日,原告は,精神科医からAさんには精 神科医の治療が必要であるとの説明を受け,病院を紹介された。」との事実認定には,事 実誤認がある。なお,従前,原告は,G助教授から病院を紹介されたのは,平成
 8 年
 9 月
 3 日であると 主張していたが,これは原告がG助教授との面談日について記憶を混同していたことによ るものである。(エ) 原告は,Fの助言に従い,平成8年9月3日,G助教授に相談し,さらに,Aに対 し,カウンセリングを受けるよう勧めた。また,原告は,前記(ウ)のとおり,G助教授から病院を紹介された平成
 9 年
 2 月ころの 直後である平成
 9 年
 2 月
 25 日,Aの両親に対し,G助教授から紹介された病院について 伝えた。このように,被告が,問責事項
 4 を基礎付ける事実関係として指摘した「原告は,Aと の関係及びAの状態について,心理の専門家であるF文学部長及び精神科医G助教授に相 談しながら,その助言を一切Aに対して伝達しないなど,必要な指導をしなかった。」と の事実認定には,事実誤認がある。(オ) Aは,平成8年8月及び同年9月当時,原告に対し恋愛感情を抱き,また,学業に も熱心に打ち込める精神状態にあったのであって,Aが精神的な病的状態にあり,専門的 加療が必要なほど精神的に不安定であったとの事実は存しない。したがって,問責事項
 4 のうち,「原告は,Aさんが心的,精神的な病的状態にあり, 加療が必要であることを十分に承知していた。」との事実認定には,事実誤認がある。イ 問責事項5について
問責事項
 5 は問責事項
 4 と不可分の関係にあるところ,前記アのとおり,問責事項
 4 に は複数の事実誤認が認められることから,もはや,本件処分を維持する根拠とはなり得な い。したがって,問責事項
 4 と不可分の関係にある問責事項
 5 もまた本件処分を維持する 根拠とはなり得ない。ウ 結論部分の「Aさんの発作等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結 び」との事実について α大学評議会は,本件審査決定書の認定事実の結論部分において,原告が「Aさんの発作 等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結」んだと認定するが,Aは,原 告と性的関係に至った平成
 8 年
 9 月ころ,心的,精神的に不安定な状態にはなく,むしろ, 原告に対する恋愛感情を抱き,自ら望んで,原告と性的関係に至ったのであるから,同事 実認定には事実誤認がある。エ 問責事項9について
(ア) 平成10年9月18日以降も,原告に対し原告を慕う内容の電子メールを送信してい たなどのAの言動に照らせば,同日に行われたとされる原告のAに対する首絞め行為によ って,Aの精神状態が悪化した事実は認められない。また,平成
 12 年
 3 月
 24 日以降のAの言動に照らせば,同日に行われたとされる原告のAに対する脅迫行為によってAの精神 状態が悪化したとはいえない。したがって,問責事項
 9 を基礎付ける事実関係として,被告が指摘する「原告との関係 が原因で妊娠・妊娠中絶などを経験したAは,原告の暴力や脅迫的言動などもあって,一 層精神状態を悪化させ,結果として学業を継続できない状態に立ち至らせた。」との事実 認定は誤りであるといわざるを得ない。(イ) 問責事項9は,専らAの供述に信を置き,同人の供述に従って認定されている。
 しかるに,Aは,長期の在外研究で渡米するため,Aの修士論文の指導をできないなど と告げた原告を非難,攻撃するという動機に基づいて,セクシュアル・ハラスメント救済 の申立てに及んだものであり,Aの供述がこのような動機に基づいてされたものである以上,その供述に信用性を認めることはできない。 また,Aの供述には多くの虚偽が含まれている。しかるに,Aに対するセクシュアル・ハラスメント対策専門委員会による事情聴取は,Aが原告あてに作成した手紙等の存在が 看過されたまま,これらの手紙等をAに提示することなく行われ,また,平成
 13 年
 1 月
 16 日,審査評議会を実施するに当たり,原告がこれらの手紙等を提出したにもかかわらず, Aの供述の信用性を確かめるためのAに対する事情聴取も行われなかった。その上,Aの 供述に対して,原告による反対尋問の機会も付与されていないことなどから,Aの供述の 信用性は到底認められない。したがって,専らAの供述に依拠した問責事項
 9 は,本件処分を維持する根拠になり得 ない。オ 以上のとおり,本件処分の根拠とされた問責事項 4,5 及びこれを受けた結論部分並 びに問責事項
 9 には,複数の事実誤認が認められる以上,もはや本件処分を維持する根拠 とはなり得ない。また,原告が,人事院事務総長作成に係る平成
 12 年
 3 月
 31 日付け「懲戒処分の指針に ついて(通知)」が停職処分となる公務外非行の標準例として掲げる「傷害,横領,窃盗, 詐欺,恐喝,淫行,痴漢行為等刑法ないし公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の 防止に関する条例等の法令に違反するような違法性,非違性の高い行為」に及んだと認定 できないことも明らかである。したがって,6 か月間の停職という本件処分は不当な処分であり,取消しを免れない。 (被告の主張)ア 問責事項4について
(ア) 原告は,FにAに関する相談をした際,Aとの関係やAの症状等を告げつつ,過去 に指導学生と性的関係を持って苦労した経験を有しており,このことが「骨身に染みてい る」ことを強調した。これに対し,Fは,女性患者の陽性転移により苦労した男性精神科 医の例を挙げて,「だから,あなたも気をつけるべきである。」と言い,Aに対する対応 は精神科医又は心理カウンセラー等の専門家にゆだねるべきであると告げた。以上の事実関係に照らせば,Fは,原告に対し,「異性教官が対応すべきでない」とい う文言をそのまま用いなかったとしても,異性教官である原告がAの症状やAとの関係に ついて対応すべきではないという趣旨の発言をしたと認めることができる。また,Fと原 告との年齢差及び地位に照らせば,Fが,原告に「注意」したと表現するのが的確である。したがって,「翌
 29 日,原告は,心理学の専門家である当時の学部長に,Aさんの前日 の発作の状態やAさんとの関係について相談し,異性教官が対応すべきでないとの注意を 受け」たとの事実認定に,事実誤認はない。(イ) 原告は,セクシュアル・ハラスメント対策専門委員会調査委員会の聴取において, 原告がG助教授に相談したのは平成
 8 年
 9 月
 3 日であったと明言しているし,人事院公平 審理における主尋問及び審判官質問においても同一内容の証言を繰り返している。このよ うに,原告は,従来一貫して上記同日にG助教授に相談し,説明を受けた旨主張してきた ものであり,これに反する本訴における原告の主張は,到底信用できない。したがって,「同年
 9 月
 3 日,原告は,精神科医からAさんには精神科医の治療が必要 であるとの説明を受け,病院を紹介された。」との事実認定に,事実誤認はない。仮に,原告の主張するとおり,原告がG助教授に相談し病院等の紹介を受けたのが平成
 9 年
 2 月ころであったとするならば,原告は,Aの状況について自分一人では背負いきれな いと認識し,Fにもその旨相談して注意あるいは助言を受けたにもかかわらず,G助教授 に具体的な相談をしないまま,Aと性交渉を持つに至ったことになるが,このことは,一 般公務員より高度の倫理と厳しい自律心が要求される教育公務員としてふさわしくなく, その非違行為の程度はより重いと評価することも可能であって,本件処分を違法とする事 情とはなり得ない。(ウ) 以上によれば,問責事項4の事実認定に,事実誤認は存在しない。イ 結論部分の「Aさんの発作等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結 び」との事実について 原告は,原告が「Aさんの発作等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結」 んだとの事実認定には事実誤認がある旨主張するが,前記ア(イ)のとおり,G助教授に相 談した時期に関する原告の主張に信用性が認められない以上,原告の主張はその前提を欠 くものといわざるを得ない。また,Aがてんかんの治療を必要としていたこと及びてんかんの誘発因となるべき心理 的状況において不安定であったことが明らかである以上,原告がこのことを十分知り得た 上で,Aと性交渉に至る関係を結んだと優に認められる。したがって,原告が「Aさんの発作等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関 係を結」んだとの事実認定に事実誤認はない。ウ 問責事項9について
Aが原告の首絞め行為及び脅迫行為を契機に,原告への複雑な感情と不安定な精神状態 に悩み,精神状態を悪化させ,次第に学業を継続できない状態に至ったことは明白である。これに対し,原告は,首絞め行為及び脅迫行為がされた日以降のAの言動を根拠に問責 事項
 9 の事実認定が誤りである旨主張するが,かかる主張は,Aの原告に対する複雑な感 情と不安定な精神状態に悩まされる中での外部的行動に対する理解を欠き,また,大学院 における教授と大学院生との関係の特殊性及び閉鎖性を考慮しない暴論といわざるを得な い。したがって,問責事項
 9 の事実認定に,事実誤認は存在しない。エ 原告は,原告の行為が人事院通知に掲げられた停職処分となる公務外非行の標準例に 相当する違法性,非違性を備えた行為ではない旨主張するが,原告のAに対する首絞め行為や脅迫行為は,いずれも,人事院通知に掲げられた停職処分となる公務外非行の標準例 に相当する違法性,非違性を備えた行為というほかはない。オ 以上によれば,本件処分の事実認定に事実誤認はなく,本件処分は適法である。(2) 本件処分の適正手続違反について
(原告の主張)
本件処分は,以下のとおり,憲法 31 条に違反し,無効である。ア 最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決は,行政手続の場合,原則として,不利益処 分を受ける者に対する不利益処分の根拠となる具体的事実についての事前の告知及び不利 益処分を受ける者に対する弁解,防御の機会の提供が必要である旨を明らかにしている。また,平成
 11 年
 3 月
 30 日付け「文部省におけるセクシュアル・ハラスメントの防止等 に関する規程」等の文部省通達は,セクシュアル・ハラスメントに関する苦情相談を受け た後に加害者とされる職員から事実関係等を聴取する場合,加害者とされる職員に対して 十分な弁明の機会を与えなければならない旨定めている。かかる文部省通達等に照らせば,Aによるセクシュアル・ハラスメントに関する苦情相 談に端を発した本件処分に至るまでの手続に,告知,弁解,防御の機会の付与(適正手続 保障)を定める憲法
 31 条が適用されるべきであることは明らかである。イ しかるに,平成12年9月1日から同年10月27日までの間に実施されたセクシュア ル・ハラスメント対策専門委員会による調査の過程で,原告が同委員会に対し,Aによる 申立ての内容の開示を求めたところ,同委員会はこれを拒否した。また,α大学大学院文学研究科審査教授会は,同年
 12 月
 25 日,α大学審査評議会に対 し,原告について教育公務員特例法による審査依頼をしたが,原告が,同審査依頼に先立 って行われた同審査教授会に対し,同審査教授会に出席して口頭で弁明したい旨申し入れ たところ,同審査教授会は,原告からの申入れを拒否した。原告は,同月
 28 日,α大学審査評議会に対し,「本件処分は,不利益処分を受ける者に 対する不利益処分の根拠となる具体的事実についての事前の告知及び弁解,防御の機会の 提供を欠いており,憲法
 31 条に違反し,無効である。」旨を書面(甲 27)で指摘した上, 平成
 13 年
 1 月
 15 日,同審査評議会に対し,本件に関する全証拠類及びA作成に係る申立 書等の閲覧謄写を請求したが,同審査評議会は,直接の回答をしないまま,原告に閲覧謄 写の機会を与えなかった。さらに,α大学審査評議会は,審査手続の過程において,原告に対し,同年
 1 月
 16 日, 陳述の機会を付与したが,同陳述に先立ち,C弁護士が,同審査評議会に対し,Aによる 申立ての具体的内容の告知及び同審査手続が教育公務員特例法
 6 条によるものか,同法
 9 条によるものかについて告知を求めたが,同審査評議会は,これらの告知をすべて拒否し た。ウ このように,本件処分に至る手続の過程,とりわけセクシュアル・ハラスメント対策 専門委員会による調査手続の過程で,原告は,告知,弁解,防御の機会を実質的に付与さ れなかった。したがって,本件処分は,憲法
 31 条に違反し,無効である。
(被告の主張)
ア 原告が引用する最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決は,行政手続だからといって「憲法 31 条の法定手続保障のすべてが当然に保障の枠外とはいえない」旨判示したもの であり,具体的には,処分の相手方に事前の告知,弁解等の機会を与えるか否かは,「多 種多様な行政目的」に応じて,制限を受ける権利利益の内容,行政処分により達成しよう とする公益の内容,緊急性等を総合衡量して決せられることになるのであり,常に同機会 を与えることを必要とはしないとしたものである。したがって,原告の主張は,上記判例 の一部のみを切り取って独自の解釈を施すものにすぎない。このように,行政処分においては当然に憲法 31 条の定める事前の告知,弁解等の機会 を付与することが必要とされるものではないが,公務員の懲戒処分は,「国民全体の奉仕 者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地にお いて,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の 秩序を維持するため,科される制裁」(最高裁判所昭和 52 年 12 月 20 日第 3 小法廷判決民 集
 31 巻
 7 号
 1101 頁)であって,被処分者にとっては不利益処分の面があるため,弁明, 聴聞等何らかの適正な事前手続が必要ということもできる。そこで,国家公務員法
 82 条の懲戒処分を行うに当たって,教育公務員においては,評 議会の審査によるのでなければ処分を受けることはないとされ(教育公務員特例法
 9 条
 1 項),評議会は,審査に当たっては審査の事由を記載した説明書を交付しなければならず(同 法
 9 条
 2 項,5 条
 2 項),審査を受ける者が請求した場合には陳述の機会を与えなければ ならない(同法
 9 条
 2 項,5 条
 3 項)とされている。すなわち,処分に先立って,審査を受 ける者に審査事由を告知し,意見,弁解等を聴聞する手続を定めているものである。さら に,α大学においては,教育公務員特例法の上記規定を受けて,「α大学教員の教育公務 員特例法に基づく審査規程」(乙
 3 の 1,以下「審査規程」という。)及び「α大学教員の 教育公務員特例法に基づく審査規程施行細則」(乙
 3 の 2,以下「施行細則」という。)を 定め,これらの規程に基づいて審査し,処分を決定することとしている。イ このように,教育公務員の懲戒処分については,国家公務員法,教育公務員特例法等 に基づき,事前の審査事由の告知,意見の聴聞等適正な手続にのっとりされるべきとされ ているところ,前記争いのない事実等(2)のとおり,α大学評議会は,これらに基づき, 原告に対し審査事由説明書を交付し,原告の請求に基づき原告の陳述を聴くなどした上で, 本件処分をしたものであり,その過程に何ら手続的違法はない。第
 3 当裁判所の判断
 1 前提となる事実
前記争いのない事実等,甲 48,乙 9,12,16,17,22 の
 1 から
 5 まで,23 の
 1 から
 7 まで,30,31,原告本人,後掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ, 前掲証拠のうち同認定に反する部分は採用しない。(1) 原告がFに相談するまでの経緯
ア 原告は,Aと出会う約3年前,α大学文学部E研究室の女子学生と肉体関係を持った 経験を有していた。その学生は,原告に対し,妻との離婚と自分との婚姻を求めたが,原 告にはそれができなかったため,両者の関係が破たんし,トラブルが生じたことがあった。
 イ Aは,3 年次から編入学したため親しい友人もおらず,編入学当初から心細い精神状 態にあった。平成
 8 年
 6 月
 19 日,Aが,α大学文学部E読書室において,意識喪失を伴 う側頭葉性てんかん(以下単に「てんかん」という。)の発作を起こしたため,原告は,他の学生らと共に救急車に乗り,名古屋大学附属病院に搬送されるAに付き添い同行した。 原告は,同病院からAの母親に連絡したところ,Aにてんかんの持病があり,治療薬を常 用することを知った。ウ 同月下旬ころ,Aが,文学部E読書室前の廊下で,再び意識喪失を伴うてんかん発作 を起こしたため,原告は,Aを自分の研究室に運び込み,ソファーに寝かせ,一人で介抱 した。Aが目覚めた後,原告は,当時の文学部長であり,心理学を専攻し精神疾患に関す る識見も豊富なFに来室を請い,Aの状態について相談したところ,FからAを一人で帰 宅させても大丈夫であろうとの助言を受けたため,Aを帰宅させた。エ 同年
 7 月
 27 日ころ,Aが礼を述べるため原告の研究室を訪れた際,原告は,Aを昼 食に誘った。昼食後,原告は,Aを誘って,香嵐渓にドライブに行った。翌日以降,Aは,しばしば原告の研究室を訪れ,哲学に関することや悩み事など雑談を するようになった。オ 同年8月19日以降,Aは,ほぼ連日原告の研究室を訪れるようになったが(甲13の1 から
 3 まで),そのころには,原告とAは,私生活や性的問題についても頻繁に話題とす るようになった。原告は,Aに対し,1教員と学生との間で性的な関係を持つことは絶対 に避けたい,2Aの研究上の指導をすることを強く希望している,3原告が平成
 5 年に自 分の指導する女子学生と性的関係を持ったことがあり,その経験から,教員と学生との性 的関係がいかに難しいか骨身に染みて知っているなどと繰り返し告げたが,その言葉とは 裏腹に,原告は,Aの個人的な事情や過去の性的関係について聞いたり,Aの肩を抱いた り,胸を触るなどの行為を繰り返した。カ そのころには,Aは,それまで原告から介抱を受けたり,勇気づけたりされていたこ とから,原告に対し,信頼と好意を抱くようになり,次第に原告に対する思慕を募らせる ようになっていた。キ 平成8年8月28日,原告が,原告の研究室を訪れたAをアパートに送った際,Aは, 顔をゆがめて「怖い,怖い,怖い。」と泣き叫ぶなど,ヒステリー様の発作を起こした。 (2) Fへの相談と同人の対応ア 前記(1)キのとおり,Aがヒステリー様の発作を起こしたこともあって,翌29日,原 告は,Fに,Aがヒステリー様の発作を起こしたこと,Aに自殺未遂歴があること,原告 がAと性的関係に巻き込まれかねない状態にあること等について報告し,今後の対処方に ついて相談した。イ 原告の上記報告を聞き,Fは,原告がAに関する問題を単独で背負い込むのは大変で あろうと考えたため,過去に若手の男性精神科医が女性患者の転移(治療の過程で患者が 過去の本人にとって重要な人物に対する愛情等の感情を医師に対して向けること)の対象 となり苦労した事例等を挙げながら,原告に対し,Aについて精神医学の専門家による継 続的治療にゆだねるのが相当である旨告げるとともに,大学内外の社会的資源を活用する よう助言した(証人F)。そして,原告及びFが相談した結果,Aに関する問題について,G助教授に相談するの が適当であるとの結論に至った(証人F)。もっとも,Fは,Aが原告に対して精神的に大きく依存していると考えたため,指導教 官たる原告と指導生たるAとの関係を完全に断ち切ってしまったら,Aの精神状態を極度に悪化させてしまうという懸念を抱いていた(証人F)。 (3) G助教授との面談平成
 8 年
 9 月
 3 日(甲 42),原告は,G助教授と面談し,Aにてんかんの発作があるこ と,ヒステリー様の発作があること,自殺未遂歴があること,何らかの神経症があること 等について相談した。その際のG助教授の助言に従い,原告は,Aに対し,カウンセリングを受けるよう勧め たが,Aは,カウンセリングを受けることを拒否した。(4) 原告とAとの性交渉等
ア Aが,平成
 8 年
 9 月
 15 日,文学部の大学院生室でてんかんの発作を起こした際,電 話でAに助けを求められた原告は,大学に赴き,Aを自分の研究室に運んだ上介抱した。
 その後,原告がAをアパートに送った際,AからAの部屋でしばらくの間付き添ってほし いと頼まれたため,Aの部屋にとどまったが,その際,衣服を脱いだAと性的接触を伴う 行為をした。イ 同月17日,原告は,原告の研究室を訪れたAに対し,Aと性的関係に入りたくない, 研究上の指導関係にとどまりたいと繰り返し告げた。しかるに,原告の上記言動とは裏腹 に,原告は,同日午後
 7 時ころAをアパートに送った際,Aの居室でAと初めて性交渉を するに至った。そのころには,Aの原告に対する思慕の念は,恋愛感情に発展しており,恋愛感情に基 づいて性交渉が持たれたものである。ウ 原告とAは,上記イ以降平成9年3月初旬ころまでの間,継続的に性交渉を持ったが, その間,原告の妻であるBが海外旅行中で不在であった平成
 8 年
 12 月下旬には,原告が Aのアパートに泊まった上,明治村へ出掛けたり,伊勢,伊良湖岬などを目的地とする
 2 泊にわたる旅行に行くなどして,1 週間以上も一緒に過ごしたこともあった。エ Aは,平成
 8 年
 11 月末ころ,原告の講義中てんかん発作で意識を失って倒れ,原告 が介抱した。Aは,社会学研究室の秘書からその主治医を紹介され,同年
 12 月
 9 日,国 立東名古屋病院のH医師を受診したが,その際,原告は,Aに付き添い,Aが倒れた際の 状況等について説明した。(5) G助教授との再面談
原告は,平成
 9 年
 2 月
 25 日,再度G助教授と面談し,Aのことについて相談した。これに対して,G助教授が名古屋第二日赤病院精神科等幾つかの診療機関の名を挙げたため, 原告は,これら診療機関の名称を手帳に書き留め(甲 33),同日,G助教授が挙げた診療 機関によるAの心理療法等を勧めるため,具体的な診療機関名を記載したAの両親あての 手紙を書いた(乙 19)。(6) Aの妊娠及び妊娠中絶等
ア Aは,平成9年2月末,H医師に神経科の医師の紹介を受け,同年3月初めから,八 事クリニックのI医師の診察を受けるようになった。イ その後,Aは,生理が遅れていることから妊娠を疑い,同月
 14 日,原告に対し,同 月
 17 日に産婦人科を受診するつもりであることを告げた。ウ 原告は,同月15日,Aのアパートを訪れ,Aに対し,「もしも赤ちゃんができていた ら,産めるようにしよう。」と言った。エ Aは,同月
 17 日,産婦人科で検査を受けた結果,自分が妊娠していることを知り, 原告の研究室を訪れ,原告に妊娠した事実を告げた。原告は,その後,Aをアパートに送 り,Aのアパートを訪れていたAの母親に対して,「Aのおなかには私の子供がいます。
 育てさせてください。」と言った。オ 原告は,同月
 18 日,Bに対し,これまでの事情を打ち明けた上,原告の子供を妊娠 した女子学生がいるから離婚してほしい旨申し入れたが,Bは,原告の申出を拒絶した。 カ 原告は,同月
 19 日,八事マルベリーホテルにおいて,Aの両親,B及び原告の
 4 人 による話合いの場を設けた。その際,原告は,Aとの婚姻を意味するものとして,生まれ てくる子供を育てられる環境を整えたい旨の発言をしたが,Bは原告との離婚を拒絶し, Aの父親はAの出産に反対する旨の意見を述べた。キ Aは,既婚者である教官が研究室の女子学生と性的関係を持ち妊娠させたということ が明らかになることの社会的影響等を考慮して妊娠中絶することを決意し,同月
 20 日, その決意を原告に伝えた上で,同月
 25 日,妊娠中絶手術を受けた。(7) 妊娠中絶以降の原告とAとの関係
ア 平成 9 年
 3 月
 26 日,Aが妊娠中絶手術後退院する際,原告は,A及びAの母親に対 し,原告が家を出る準備をしていること及び必ずしもBと離婚するとは限らないことを告 げ,さらに,Aに対して,Aに巻き込まれてしまった旨述べた。これに対し,Aが,「そ れって前に言ってたことと違うよね。」と言って,原告をなじったところ,原告は,Aと の約束違反によって告発されることになるとしても,自ら望まないAとの同居,婚姻を受 け入れるつもりはないという趣旨で,「たとえ何もかも失うことになっても,自分の自由 だけは絶対に譲り渡さない。」と答えた。Aは,同日,原告に対し,「手紙は涙を流さないので,お手紙書きます。」,「先生を追 い詰めて傷つける結果となってしまったことが残念です。」,「今日,互いに余裕のない状 態でしかあのような話ができなかったことが悔やまれます。」などと記載した手紙(甲
 4 の 1)を送付した。イ 同月27日,原告は,Aの父親と面談し,「家を出て,Aと妻のいずれとも等しく離れ て事態を考え直したい。現在の配偶者と離婚するとは限らない。」と告げた。そして,原 告は,過日,AがH医師と面談した際の同医師の「男がカウンセリングしたら巻き込まれ る。」との言葉をAから聞き,さらに,原告がI医師と面談した際の同医師の「原告に対 するAの思慕は,母親に向かうべきものだ。」との言葉によって,Aとの婚姻は,原告及 びAにとって望ましくないものであるとはっきりと自覚するに至った旨説明した。ウ 原告は,同年
 4 月
 6 日,Aあてに手紙(甲 17)を送り,今後性的関係を持ってはいけ ないと思っていること,今後原告は独居するが,原告宅へのAの訪問を拒絶したいこと, 原告とAとが相互依存関係をやめ,学生と指導教官としての普通の人間関係にしなければ ならないことなどを伝えた。また,原告は,同月
 7 日,Aの両親に対し,上記Aあての手 紙をAに送ったことを知らせる手紙(甲 18)を送った。エ 原告は,Aに関する問題の対処方について悩み,同月
 11 日から,臨床心理士のカウ ンセリングを受け始めた。また,原告は,同月
 18 日,愛知県f町の自宅を出て,妻のBと別居し,一人暮らしを 始めた。Aは,同年
 5 月中旬,Bから,弁護士に委任し,原告との間で,離婚に先立つ財産分与 について合意したという内容の手紙を受け取った。オ Aは,原告の前記対応から情緒不安定となり,原告に対する不信感はあったものの, 原告と接しないと不安で仕方がないという精神状態にあった。他方,原告は,上記ウの手 紙の内容等とは裏腹に,Bと別居した直後から同年秋ころまでの間,Aのアパートや原告 の居室で,Aを抱いたり,キスをしたり,衣服を脱がせるなどの性的接触を伴う行為を継 続し,Aのアパートに宿泊することもあった。カ Aは,同年8月,原告に大学院に進学したいという希望を述べたところ,原告は,α 大学大学院文学研究科ではなく,同大学院人間情報学研究科を受験するよう勧めた。Aは, 原告を研究者として尊敬していたので,原告の指導生になれないことに失望しながらも, 果たしてこのまま原告の下で安心して研究をすることができるか不安な面もあり,同大学 院人間情報学研究科を受験することとし,同年
 10 月に受験した。また,Aは,このころ から,後に婚姻する同大学院文学研究科の大学院生と交際を始めた。なお,Aは,同年
 11 月
 20 日の原告の誕生日にカード(甲 10)とコーヒーカップ(甲 8)を送った。キ Aは,原告が担当する授業を多数受け,また,卒業論文についても原告の指導を受け るなどし,平成
 10 年
 3 月,全科目「優」という成績でα大学文学部E科を卒業した。その後,Aは,同年
 4 月,α大学大学院人間情報学研究科に進学し,同年
 6 月,同大学 院文学研究科の大学院生と婚姻した(甲 20)。Aは,原告に対して不信感等を感じてはいたが,原告を研究者として尊敬していたので, 同大学院人間情報学研究科に進学した後も,原告の講義を受講し,時には原告の研究室を 訪れることもあった。原告は,Aが婚姻してしばらくすると,再びAに対する性的接触を伴う行為をするよう になった。Aがその行為について不満を述べると,原告は,「あなたが研究室に来たんだ。」, 「あなたが研究室に来ると,あなたを性的対象として見ることをやめられない。それは, あなたが誘うからなんだ。」などと述べた。(8) 原告のAに対する暴行及び脅迫行為等
ア 原告は,平成 10 年 8 月,一人暮らしをやめて,愛知県f町の自宅に戻り,妻のBと の生活を再開したが,そのことをAには告げていなかった。その後,この事実を知ったA は,原告に対し,怒りの感情を示すようになった。そして,Aは,同年 9 月 18 日,原告 の研究室を訪れ,原告に対し恨み言を言うとともに,原告をなじった。原告は,恨み言を 連ね,なかなか研究室を出ていこうとしないAを疎ましく思うとともにAの態度に立腹し たことから,「殺してやる。」と言って,両手でAの首を絞めた。Aは,原告のこの行為 に恐怖感を覚え,原告の研究室から逃げ出した。イ 平成 11 年 4 月,Aは,修士課程 2 年に進級した。Aは,原告に対し,不信感やさい ぎ心だけでなく,いまだ愛情や尊敬といった好感情も抱いており,複雑な感情を持ってい た。同月 9 日,Aは,原告に対し,原告の講義について予習範囲を尋ねる趣旨の電子メール (甲 12 の 1)を送り,同年 5 月 15 日,原告と話をしたいので連絡が欲しいという電子メー ル(甲 12 の 3)を送り,同月 21 日,原告の研究室を訪れた。同月 25 日,Aは,原告に対し,「私は先生のことがとても好きなのだと思います。そして,それはどう考えてもとてもよいことだと思うの。」,「私たちは互いを鏡にして自分自 身を見出すという経験をしたのではないでしょうか?」などと複雑な感情がうかがわれる 文面の「ラヴレター」という題名の電子メール(甲 6)を送った。同年 6 月 11 日,Aは,原告に対し,一緒に外出するよう誘う内容の電子メール(甲 12 の 6)を送ったり,Aが傘を忘れたから取りに来るようにという原告からの電子メールに 対し,同月 28 日,「先生が連絡を下さるなんてめったにないのに(!)なんだかすごく惜し いことをした気分です。よかったら,もう一度取りにくるように言ってください。」など と記載した電子メール(甲 12 の 7)を送った。同年 7 月 7 日,Aは,原告に対し,「きょうはたなばたです。よる,ほしがみえたら, わたしのことをおもってください。」などと記載した電子メール(甲 12 の 9)を送った。同年
 9 月
 10 日,Aは,原告に対し,Aが読みたい論文を原告が持っているかを尋ねる 電子メール(甲
 12 の 10)を送信した。同年
 11 月ころ,Aは,原告の妻のBの姿を大学で見つけ,非常に動揺し,自らの研究 環境が侵害されていくような不安にとらわれた。Aは,原告との関係を清算しなければな らないと考え,同年
 12 月
 4 日,原告の研究室を訪れ,原告との関係を整理して理解し, 清算しなければならない旨述べた。Aは,原告との関係をきちんと清算しなければ,安心して研究を続けていくことはでき ないと考え,原告との二者間での解決が望めないのであれば,第三者たるα大学に報告し て,仲裁を求めるほかないと考えた。しかし,そのような形で,原告を告発すると,自分 と夫の研究活動に多大な支障が生じるのではないかという不安にとらわれ,結局,直ちに 原告を告発することはなかった。ウ 平成
 12 年
 3 月
 3 日,原告は,原告の研究室を訪問したAに対し,同年
 10 月から
 10 か月間アメリカに在外研究に行くことになった旨述べた。同年
 3 月
 4 日,原告は,Aに対 し,「僕はあなたのことがなぜだかとても理解できてしまう。あなたも僕のことを理解し て守ってくれていると思う。」などと述べた。同月
 6 日,Aは,原告の研究室を訪れ,原告に対し,「あなたは私のことを全く理解し ていない。私がどんな気持ちでいるのか分かっていない。」などと言って研究室を飛び出 したが,その日のうちに,原告に対し,「私達がお互いを求める気持ちは,自分の存在を 無条件に認めてくれる安定感を与えてくれる相手を欲しているとともに,生活を破壊して いく衝動に付き合ってくれる相手を欲しているのではないかと思います。だから一緒にい ると,すごく安心したり,すごく不安になったりする。」などと複雑な感情をうかがわせ る内容の電子メール(甲
 12 の 11)を送った。エ 同月
 24 日ころ,原告は,原告の研究室で,Aから,原告とAとのそれまでの関係に ついての認識を問われ,告発を示唆されたことから,Aに対し,「僕はあなたを殺そうと 思ってホームセンターにおのを買いにいったこともある。」,「首を切られることは社会的 に殺されることだ。そうしたら僕はあなたに復しゅうをする。これは殺し合いの局面なん だ。僕の首を飛ばしたら,あなたの一番大事なものを奪ってやる。一番大事な人を殺して やる。」などと言った。これに対し,Aが一番大切な人はだれかと尋ねたところ,原告は, それまでのAとの会話から得た情報に基づいて,Aの弟の名前を挙げた。Aは,最も大切 な身内であると考えていた弟を殺す趣旨の発言を原告がしたことに対し,激しい恐怖感を覚えるとともに,悔しさ,悲しさの感情が募り,涙が止まらなかった。
 (9) Aの休学等Aは,平成
 12 年
 4 月
 3 日,原告に関する問題の対処方について,J弁護士に相談した。原告は,同月
 6 日,Aに対し,「ことがらの全体にフタをしてしまうのは,他の誰より も,私にとって不本意です。」,「最後の決断をするのは待って下さい。」,「当然,職業人 としての私の大きな責任は認めます。」,「そういう大きな責任があることは認めた上で, あなたの側にも,96 年の夏から秋にかけて自己欺瞞があったとしか言いようがないこと は,指摘しておきます。」などと記載した電子メール(乙 20)を送信した。その後,Aは,原告との接触を危ぐするなどの理由から,J弁護士と相談の上,同年
 8 月から大学院を休学した。2 争点について
(1) 本件処分の事実誤認について
ア 問責事項4について
(ア) 前記1(2)で認定したとおり,平成8年8月29日,原告がFにAに関する問題につ いて相談した際,Fは,原告に対し,Aについて精神医学の専門家による継続的治療にゆ だねるのが妥当であること及び大学内外の社会的資源を活用することを助言したものと認 められる。その際,Fは,原告とAとの関係を完全に断ち切ってしまったら,Aの精神状 態を極度に悪化させてしまうという懸念を抱きつつ,原告がAに関する問題を単独で背負 い込むのは大変であろうと配慮したことから,原告に対し,上記の助言をしたと認めるこ とができる。したがって,Fは,原告が単独でAに関する問題に対処するのは困難であると考えたた め,上記助言に及んだものであり,原告が異性教官であるが故に,Aに関する問題に対処 することが好ましくないと考え,上記助言に及んだとは認め難い。よって,問責事項
 4 のうち,原告が「異性教官が対応すべきでないとの注意を受け」た との事実認定には,事実誤認があるといわざるを得ない。これに対して,被告は,Fが「異性教官が対応すべきではない」という文言をそのまま 用いなかったとしても,異性教官である原告がAの症状やAとの関係について対応すべき ではないという趣旨の発言をした旨主張するが,前記のとおり,Fが,原告が異性教官で あるが故にAに関する問題に対処することが好ましくないと考えたとは認められない。ま た,被告は,Fと原告との年齢差及び地位に照らせば,「注意」したと表現するのが的確 であると主張するが,前記 1(2)で認定した事実に照らせば,「助言」したと認定する方が むしろ的確である。したがって,被告の上記主張は,いずれも採用することができない。(イ) 前記 1(2)で認定したとおり,Fは,原告から相談を受けた際,原告に対し,Aに ついて精神医学の専門家による継続的治療にゆだねるのが相当である旨告げるとともに, 大学内外の社会的資源を活用するよう助言し,原告及びFが相談した結果,精神科医であ るG助教授に相談するのが適当であるとの結論に至ったと認められる。
 この点に関し,原告は,FがG助教授に相談する旨の助言をした理由につき,G助教授が 学生の心理面について相談するのに適した人物であったことを重視したからであって,A に精神科医による治療を受けさせようと考えたからではないことから,「精神科医に相談することを勧められた」との事実認定には事実誤認があると主張する。しかし,前記 1(2)で認定したとおり,前日にAがヒステリー様の発作を起こしたことも あって,原告は,Fに,Aがヒステリー様の発作を起こしたこと,Aに自殺未遂歴がある こと,原告がAと性的関係に巻き込まれかねない状態にあること等について報告し,今後 の対処方について相談したものであり,その報告,相談を受けて,Fは,Aについて精神 医学の専門家による継続的治療にゆだねるのが相当である旨告げ,G助教授に相談するの が適当であるとの結論に至ったものであるから,FがG助教授への相談を勧めた理由は, Aの状態に照らし精神科医に相談するのが適当であるとの判断に基づくものということが できる。したがって,問責事項 4 のうち,原告が,Fから,「精神科医に相談することを勧められ た」との事実認定に事実誤認があるとは認められない。(ウ) 前記 1(5)で認定したとおり,原告がG助教授から診療機関を紹介されたのは,平 成
 9 年
 2 月
 25 日であり,同日,G助教授が挙げた診療機関につき,Aの両親に伝えるた めの手紙を書いたと認めることができる。したがって,問責事項
 4 のうち,「同年
 9 月
 3 日,原告は,精神科医からAさんには精 神科医の治療が必要であるとの説明を受け,病院を紹介された」との事実認定には,事実 誤認があるといわざるを得ない。これに対し,被告は,原告が,従前,G助教授に相談し,説明を受けた時期は平成
 8 年
 9 月
 3 日のことであると主張してきたところ,これに反する本訴における原告の主張は,信 用できないと主張する。この点,確かに,G助教授から診療機関の紹介を受けた時期について,原告の従前の主 張及び供述と本訴における主張及び供述に変遷が認められるものの,前記 1(3)で認定し たとおり,原告は,平成
 8 年
 9 月
 3 日にもG助教授と面談したことに照らせば,原告が主 張するとおり,同日における相談の内容と平成
 9 年
 2 月
 25 日における相談の内容を混同 したとしても,不自然,不合理であるとはいえず,前記 1(5)の認定において掲記した甲 33, 乙
 19 に照らせば,本訴における原告の主張及び供述の方が信用できるというべきである。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
(エ) 前記1(1)で認定したとおり,原告は,平成8年6月19日,てんかんの発作を起こ したAを救急車で病院に搬送するのに付き添い,Aにてんかんの持病があり,治療薬を常 用していることを知ったものであり,その後も,Aが意識喪失を伴うてんかん発作やヒス テリー様の発作を起こすことを目の当たりにしていたのであるから,Aがてんかんにり患 しており,また,その症状が単なるてんかんの発作のみならず,ヒステリー様の発作をも 伴うものであって,病院での加療を必要とするほどのものであることを十分に認識してい たと認められる。したがって,前記(ウ)のとおり,原告がG助教授から診療機関の紹介を受けたのは,平 成
 9 年
 2 月
 25 日であることを考慮してもなお,原告は平成
 8 年
 9 月当時において,Aに ついて,心的,精神的な病的状態にあり加療が必要であることを認識していたと認めるこ とができる。そうすると,「原告は,Aさんが心的,精神的な病的状態にあり,加療が必要であるこ とを十分に承知していた。」との事実認定に事実誤認があるとは認められない。(オ) 以上によれば,問責事項4の事実認定には,前記(ア)及び(ウ)の限度で事実誤認が ある。イ 問責事項5について
前記 1(4)で認定したとおり,原告は,平成
 8 年
 9 月
 15 日,Aと性的接触を伴う行為を したことを皮切りに,平成
 9 年
 3 月初旬ころに至るまで性交渉を継続したと認められるこ とから,問責事項
 5 の事実認定に事実誤認があるとは認められない。これに対して,原告は,問責事項
 5 は,事実誤認が認められる問責事項
 4 と不可分の関 係にあることから,本件処分を維持する根拠とはなり得ないと主張する。しかし,問責事 項
 5 は,問責事項
 4 とは別個独立の事実であり,本件処分の対象となる非違行為として問 責事項
 4 とは独立に掲げられていることは明らかであって,問責事項
 4 に事実誤認がある からといって,そのことによって,問責事項
 5 が本件処分を維持する根拠となり得ないと いうことはできない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 結論部分の「Aさんの発作等による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結 び」との事実について 前記ア(エ)で説示したとおり,原告は,Aが意識喪失を伴うてんかん発作やヒステリー様 の発作を起こすことを目の当たりにしており,Aについて,心的,精神的な病的状態にあ り加療が必要であることを十分認識していたとは認められる。しかしながら,前記 1(1)及び(4)で認定したとおり,原告とAとが知りあってから,A は,次第に原告に対する思慕を募らせ,恋愛感情を持つに至ったものであり,原告に対す る恋愛感情に基づいて,原告との性交渉に及んだものと認められる。また,前記 1(3)で 認定したとおり,原告は,平成
 8 年
 9 月
 3 日にG助教授に相談した際受けた助言を,Aに 対し伝えていたことも併せ考慮すれば,原告がAとの性交渉を持つについて,Aの発作等 による心的,精神的混乱に「乗じ」,すなわち心的,精神的混乱を利用したとまでは評価 できないし,原告に利用する意思まであったと認めることもできない。したがって,本件審査決定書の認定事実の結論部分における,原告が「Aさんの発作等 による心的,精神的混乱に乗じ,性交渉に至る関係を結」んだとの事実認定には事実誤認 があるといわざるを得ない。エ 問責事項9について
(ア) 前記1(6)及び(7)で認定したとおり,原告は,平成9年3月にAが妊娠中絶手術を 受けた直後から,原告がAに巻き込まれてしまったなどとあたかもが自分がAの被害者で あるかのような発言をするなど,Aから離反するような言動に出たが,その反面,これら の言動とは裏腹に,Aに対する性的接触を伴う行為を継続的にし続けたものと認められる。
 そして,Aは,ただでさえ妊娠及び妊娠中絶を経験して精神的に傷付いていたのに,かか る原告の言動により,一層翻ろうされ,精神的に極めて不安定な状態に陥ったものと推認 できる。このようなAの精神状態に照らせば,原告から,前記 1(8)で認定したとおりの 暴行及び脅迫行為を受け,多大な恐怖感等を覚えたAの精神状態は,ますます不安定にな ったと推認することができる。その結果,Aは,前記 1(9)で認定したとおり,平成
 12 年
 8 月,大学院を休学するに至ったと認められる。したがって,問責事項
 9 の事実認定に,事実誤認があるとは認められない。(イ) これに対して,原告は,原告のAに対する暴行及び脅迫行為の後の,Aの原告に対 する言動に照らせば,原告のこれらの行為によって,Aの精神状態が悪化したとはいえな いとして,問責事項
 9 を基礎付ける事実関係として,被告が指摘する「原告との関係が原 因で妊娠・妊娠中絶などを経験したAは,原告の暴力や脅迫的言動などもあって,一層精 神状態を悪化させ,結果として学業を継続できない状態に立ち至らせた。」との事実認定 は誤りであると主張する。しかしながら,前記 1(8)で認定したとおり,Aは原告に対し愛憎相半ばする矛盾した 複雑な感情を抱いていたと認められるところ,単にAが原告に対し原告を慕う内容の電子 メールを送信するなどの言動に出たことをもって,Aの精神状態が悪化していないと推認 することはできず,むしろ,前記 1(8)で認定した暴行,脅迫行為の態様に照らせば,愛 憎相半ばする原告から,暴行や脅迫行為を受けたAは,精神的に不安定な状態に陥ったと 推認するのが合理的である。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は,問責事項9が,専らAの供述に信を置き,同人の供述に依拠して認定され ているところ,同人の供述は原告を非難,攻撃する動機に基づいてされたものであり,ま た,Aの供述には多くの虚偽が含まれているなどとるる主張し,その信用性は認められな いと主張する。しかし,問責事項
 9 に関し,その外形的事実については,原告自身がこれを認める供述 をしているものである。そして,Aが原告を非難,攻撃する動機に基づいて,セクシュア ル・ハラスメント救済の申立て及びセクシュアル・ハラスメント対策専門委員会の調査に 対する供述をしたと認めるに足りる的確な証拠はない。また,Aの供述に多くの虚偽が含 まれていると認めるに足りる的確な証拠もなく,その他Aの供述の信用性を疑わしめる的 確な証拠も存在しない。したがって,原告の上記主張も採用することはできない。
オ 本件処分の適否
(ア) 本件審査決定書の認定事実のうち,問責事項4及び結論部分の事実認定には,前記 ア及びウで説示した限度で事実誤認が認められる。(イ) しかしながら,公務員について,国家公務員法に定められた懲戒事由がある場合に, 懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,懲戒権者の裁 量に任されているものと解すべきであり,懲戒権者が,その裁量権の行使としてした懲戒 処分は,それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを 濫用したと認められない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないと いうべきであり,裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては,懲戒権者の裁量権の 行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権を濫用したと認められる場合 に限り違法であると判断すべきである(最高裁判所昭和
 52 年
 12 月
 20 日第
 3 小法廷判決民 集31巻7号1101頁参照)。(ウ) 本件について検討するに,原告は既婚者であり,既婚者が配偶者以外の者と性的関 係を持つこと自体不貞行為として社会通念上一定の否定的評価を受けるものといわざるを 得ない。また,原告とAとは指導教官と指導学生の関係という上下関係にあったのであり,そのような上下関係の下で性的関係を持つことについては,指導する側にある者としては,単 なる不貞行為以上に否定的評価を受けるものというべきである。しかも,当時,Aがてんかん発作やヒステリー症状を発症するなどして精神的に不安定 な状態にあったばかりか,原告は,Fから男性精神科医が女性患者の転移の対象となり苦 労した事例等を聞いており,通常の精神状態の学生と比較しても,Aとの関係にはより慎 重を期すべきであったといわざるを得ない。しかし,原告は,Aと性的関係に入りたくな いなどといった発言とは矛盾して,Aが上記のような不安定な精神状態にあることを認識 しながら,継続的にAとの性交渉に及んでいるのであって,指導教官としてあるまじき行 動である。なお,原告には,Aと知りあう約
 3 年前にも女子学生と肉体関係を持ち,別れ る際にトラブルが生じたという過去もある。さらに,原告は,Aが出産することが事実上困難な状況にあるにもかかわらず,Aを妊 娠させた挙げ句,妊娠中絶に至らしめたものであり,中絶行為が女性に対して多大な苦痛 を与えるものであることや,指導教官が学生を妊娠させたということ自体α大学の風評に も大きな損害を与え得るものであることに照らすと,この行為は重大である。しかも,前記 1(6)で認定したとおり,原告は,Aの妊娠を知った後,Bと離婚した上, Aと婚姻することをほのめかしていたにもかかわらず,Aが妊娠中絶した後は一転態度を 翻し,Aから離反するような言動に出たものであるが,かかる原告の態度は,自己中心的 で身勝手であるといわざるを得ない。また,原告は,Aを遠ざけるような態度をとりなが らも,その反面,Aと性的接触を伴う関係を続け,Aが婚姻した後も,同様の関係を継続 したものであり,原告を思慕するAを体よくもてあそんだとのそしりを免れない。その上,前記 1(8)で認定したとおり,原告は,かかるAとの関係の中で,原告を非難 し,原告を告発することを示唆したAを疎ましく思い,Aに対する暴行及び脅迫行為に及 んでAに恐怖感等を与えたものであるが,原告のかかる行為は,原告とAとの関係が複雑 なものであったことやAが原告に対して抱いていた愛憎相半ばする感情を考慮してもな お,Aとの関係の終わらせ方としては極めて不適切であって,悪質であるといわざるを得 ない。また,原告は,このような暴行及び脅迫行為などにより,Aのα大学大学院におけ る研究活動を著しく困難にさせたのであって,Aに対して大きな被害を与えたものである。このような事実関係に照らせば,原告の一連の言動は,Aが原告に対する恋愛感情を抱 いて原告に接近したことを考慮してもなお,社会通念上教育公務員に要求される倫理観が 欠如したものといわざるを得ず,指導教官としてふさわしくない言動であったとの一言に つき,教育公務員に対する国民の信頼を著しく失墜させる非違行為に当たると認められる。したがって,本件審査決定書の認定事実に前記のとおりの事実誤認があること,本件処 分が
 6 か月間の停職という懲戒処分の中でも重いものであることを考慮してもなお,本件 処分が社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権を濫用したと認めることはできない。
 (エ) これに対して,原告は,原告が,人事院事務総長作成に係る平成12年3月31日付 け「懲戒処分の指針について(通知)」が停職処分となる公務外非行の標準例として掲げる 「傷害,横領,窃盗,詐欺,恐喝,淫行,痴漢行為等刑法ないし公衆に著しく迷惑をかけ る暴力的不良行為等の防止に関する条例等の法令に違反するような違法性,非違性の高い 行為」に及んだと認定できないことは明らかであるとして,6 か月間の停職という本件処 分は不当な処分であると主張する。この点,証拠(甲 31)によれば,人事院事務総長作成に係る「懲戒処分の指針について(通 知)」の「第
 2 標準例」,「3 公務外非行関係」において,停職処分の量定を相当とする 代表的な事例として,傷害,横領,窃盗,詐欺・恐喝,常習とばく,いん行及び痴漢行為 の各行為が掲げられていると認められる。しかしながら,同通知には,「第
 1 基本事項」において,「具体的な量定の決定に当た っては,1非違行為の動機,態様及び結果はどのようなものであったか2故意又は過失の 度合いはどの程度であったか3非違行為を行った職員の職責はどのようなものであった か,その職責は非違行為との関係でどのように評価すべきか4他の職員及び社会に与える 影響はどのようなものであるか5過去に非違行為を行っているか等のほか,適宜,日頃の 勤務態度や非違行為後の対応等も含め総合的に考慮のうえ判断するものとする。」,「なお, 標準例に掲げられていない非違行為についても,懲戒処分の対象となり得るものであり, これらについて標準例に掲げる取扱いを参考としつつ判断する。」と記載されており,懲 戒処分の具体的な量定を決定するに当たり,種々の判断要素を総合的に考慮し判断すべき こと及び標準例に掲げられた非違行為が例示列挙であることを明らかにしていると認めら れる。そして,前記(ウ)で説示したとおり,原告の一連の言動が教育公務員に対する国民 の信頼を著しく失墜させる非違行為と認められることに照らせば,停職
 6 か月間という本 件処分が不当に重いとまでいうことはできず,本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠き, 裁量権を濫用したと認めることはできないという前記認定を左右するものでもない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
カ よって,本件処分には事実誤認があり違法である旨の原告の主張は,理由がない。
 (2) 本件処分の適正手続違反についてア 教育公務員特例法9条1項は,教員について,評議会の審査の結果によるのでなけれ ば,懲戒処分を受けることはないと定めているところ,同法は,評議会が審査をするに当 たり,審査を受ける者に対し,審査の事由を記載した説明書を交付しなければならないと 定め(9 条
 2 項,5 条
 2 項),また,審査を受ける者が請求した場合には,口頭又は書面で 陳述する機会を与えなければならないと定めている(9 条
 2 項,5 条
 3 項。当裁判所に顕 著)。そして,証拠(乙
 3 の 1,3 の 2)によれば,α大学においては,教育公務員特例法の上 記各規定を受けて,審査規程及び施行細則が定められ,同施行細則において,審査評議会 による懲戒処分等に関する審査を受ける者の陳述の手続等について詳細な規定が定められ ていると認められる。イ ところで,本件についてみるに,前記争いのない事実等(2)のとおり,α大学評議会 が,原告に対し,教育公務員特例法に基づき「審査事由説明書」を交付したこと,原告が 同評議会に対し陳述請求書を提出したため,同評議会は,原告らに陳述の機会を与える旨 決定したこと,その結果,原告及び弁護士を含む
 3 人の参考人が,α大学評議会において 陳述したことに照らせば,原告に対しては,本件処分に係る審査の過程において,上記ア の教育公務員特例法並びに審査規程及び施行細則で定められた事前の告知がされ,また, 弁解,防御の機会も十分に付与されたと認めることができる。ウ これに対して,原告は,セクシュアル・ハラスメント対策専門委員会による調査の過 程でAによる申立ての内容の開示を拒否されたこと,α大学大学院文学研究科審査教授会での弁明の申入れを拒否されたこと,α大学審査評議会が原告に本件に関する全証拠類及 びA作成に係る申立書の閲覧謄写の機会を与えなかったこと及びC弁護士の求めた告知を α大学審査評議会に拒否されたことを挙げ,本件処分に至る手続の過程で,告知,弁解, 防御の機会を実質的に付与されなかったと主張する。しかし,前記イで説示したとおり,原告に対しては,教育公務員特例法,審査規程及び 施行細則で定められた事前の告知がされ,また,弁解,防御の機会も十分に付与されたと 認めることができるし,証拠(乙
 9 から
 11 まで)によれば,セクシュアル・ハラスメント 対策専門委員会の調査の過程で,大部にわたる陳述書
 3 通を提出するなどの防御活動をし ており,弁解,防御の機会が実質的に付与されなかったと認めることはできない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ よって,本件処分は適正手続違反である旨の原告の主張も,採用することができない。
 3 結論 以上によれば,本件処分は適法であると認められ,原告の請求は理由がないから,これを 棄却することとし,主文のとおり判決する。名古屋地方裁判所民事第
 1 部
裁判長裁判官 橋本昌純
裁判官 上村考由
裁判官 鈴木基之
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