主文
1 被告は,原告Aに対し,金850万円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金850万円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,原告Aに対し,950万円及びこれに対する平成14年11月2日 から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は,原告Bに対し,950万円及びこれに対する平成14年11月2日 から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用は被告の負担とする。4 仮執行宣言
第2 事案の概要 本件は,川崎医科大学(以下「被告大学」という。)を設置する被告と準委 任契約である在学契約を締結したとする原告らが,同契約を解約したので既払いの 学納金950万円は不当利得となるとして,被告に対しその返還(付帯請求は,催 告となる訴状送達の日の翌日である平成14年11月2日から支払済みまで民法所 定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求である。)を求めた事案である。
 1 争いのない事実 (1) 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い,学校教育を行うことを目的と して設立された学校法人であり,被告大学を設置している。 (2) 原告らは,被告大学の入学試験を受験し,平成14年2月12日,同試験 に追加合格した。 そこで,原告らは,入学手続の締切日である同月15日,被告に対して, 入学金100万円,授業料(1年次分)200万円,教育充実費650万円の合計 950万円(以下「本件金員」という。)を支払い,入学誓約書等を提出して,入 学手続を完了した。 よって,原告らと被告は,被告が,原告らに対し,広く知識を授けるとと もに,知的・道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供するべき義務を 負担し,原告らが,被告に対し,上記教育役務に対する対価を支払う義務を負う継 続的双務契約としての在学契約を締結した(以下「本件契約」という。)。 なお,本件契約は,消費者契約法所定の消費者契約である。 (3) 原告Aは,同年3月28日,被告に対し,電話により入学辞退を申し出 て,入学辞退届を提出し,同年4月3日,被告はこれを受理した。 原告Bは,同年3月29日,被告に対し,電話で入学辞退を申し出て,入 学辞退届を提出し,同年4月2日,被告はこれを受理した。 (4) 被告大学の学生募集要項及び「入学手続き」と題する書面には,平成14 年3月19日午後5時までに入学辞退届を提出した者に対しては,本件金員のうち 入学金を除いたものを返還すること,これ以降の入学辞退者については,本件金員 を一切返還しないことが記載されている(以下「本件特約」という。)。 (5) 被告大学における平成14年度の定員は100名,総合格者は197名 (うち一般は148名,推薦は49名である。),最終入学者は103名(うち一 般は54名,推薦は49名である。)である。2 主たる争点
(1) 本件金員相当額の不当利得返還請求権の発生の有無 (2) 本件特約の消費者契約法9条1号該当性 (3) 本件特約の消費者契約法10条該当性 (4) 本件特約の民法90条該当性 当事者の主張は,別紙主張整理表のとおりである。第3 当裁判所の判断
1 主たる争点(1)(本件金員相当額の不当利得返還請求権の発生の有無)につい て (1) 本件契約の学校教育としての性質に鑑みれば,学生側の就学意思は最大限 尊重されるべきであるから,入学手続完了者は,いつでも本件契約を解約すること ができると解するべきである。そして,本件契約が解約された場合,役務提供及び その対価の支払いを内容とする有償双務契約である本件契約の債権債務関係は,将 来に向かって消滅する。
 (2) ところで,本件契約に基づき入学手続完了者が有する被告大学に対する債 権は,被告大学から,有償で,継続的に教育の提供を受けることを主とするもので あるが,本件契約は,学年の始期である4月1日より早い2月15日に成立してい ること,前記(1)のとおり,入学手続完了者は,いつでも本件契約を解約できる一方 で,被告大学から,特に合理的な理由のない限り,本件契約を解約されないことか らすれば(乙9),入学手続完了者は,本件契約に基づき,被告大学から,有償 で,入学資格を取得する債権(地位)を有すると認められる。 そして,入学金は,その名目や本件契約締結時に徴収され,その後は一切 返還されず,修業年限の6年で卒業しなくても追加徴収されないこと,原告らが本 件契約に基づき6年間に負担する入学金以外の金員2850万円(教育充実費65 0万円,授業料〔1年次は200万円,その後は年額400万円〕)に対する金額 (100万円。乙1,5,9)からすれば,入学金は,前記入学資格の対価である と認められる。 そうすると,入学手続の完了とともに,入学手続完了者は,入学資格の取 得も完了するから,前記(1)の本件契約の解約によって,その対価である入学金の返 還を求めることはできないと解される。 なお,授業料は,その名目や毎年度の徴収を予定されていること,被告大 学の学則において,学年の初めに授業料の全額を納入した者が,その学年の全期間 を休学した場合には,授業料を返還する旨定めていることからすれば(乙9),教 育の提供の対価であるといえる。また,教育充実費は,入学時のみ徴収され,修業 年限の6年で卒業しなくても追加徴収が予定されていないものとはいえ,被告大学 が医科大学であり,その性質上,教育の提供に必要な設備等の費用が高額になると 解されること,授業料に対する金額からすれば,教育の提供の対価であるといえ る。 (3) したがって,被告から教育の提供を受ける機会のない時期に本件契約を解 約した原告らは,前払いしたその対価である本件金員のうち,入学金を除いた85 0万円の不当利得返還請求権を有する。
 2 主たる争点(2)(本件特約の消費者契約法9条1号該当性)について (1) 前記第2,1の争いのない事実のとおり,本件契約は消費者契約である。 また,原告らは,自己都合により一方的に本件契約を解約したのであるか ら,それによって被告が被った損害を賠償する債務を負っているところ,被告の教 育の提供債務履行以前に本件契約が解約された以上,被告が同債務の対価たる入学 金を除いた本件金員を保持し得る理由はないから,本件特約は,消費者契約法9条 1号所定の「解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」に該当 する。 (2) そこで,本件特約のうち入学金を除いた本件金員の返還を認めない部分 が,本件契約と同種の契約の解約に伴い,被告に生じる平均的な損害の額を超える 損害賠償の額を予定した条項といえるか,以下,入学辞退により被告に生じる平均 的な損害の額について検討する。 ア まず,当該消費者との契約締結後,事業者が当該契約に基づき当該消費 者のために積極的に支出した経済的利益及び解約のために積極的に支出した経済的 利益が消費者契約法9条1号の「損害」に含まれることはいうまでもない。 しかし,前記第2,1(5)のとおり,被告は,平成14年度の定員を10 0名とし,総合格者を193名も認めていることからすれば,被告は,入学辞退者 が相当数あることを予想しているといえる。なお,この予想される入学辞退者が, 他大学に後で合格し,他大学入学を選択したことを理由としていることは公知の事 実であるから,入学辞退の時期が毎年3月後半の学年の始期に近接した時期である ことも,被告の予想の範囲といえる。 そして,本件契約に基づき被告が負う教育提供債務がもともと集団的・概数的なものであることからすれば,被告が,本件契約締結後,本件契約に基づき,前記のとおり予想した入学辞退者相当数について,経済的利益を積極的に支出したとは認められず,現実の入学辞退のために被告が積極的に支出したと推測される事務手続費用は,極めて小さいと考えられるし,かつ,その具体的損害額を認めるに足りる証拠はない。
 よって,被告には,入学辞退によって被る平均的な損害を認めることはできない。
イ また,契約を解約した場合に事業者が予約できる損害賠償の額を平均的な損害の額にまで制限した消費者契約法9条1号の趣旨からすれば,当該消費者が契約を解約したことにより,当該消費者から得ることができた契約履行上の利益は,同号所定の「損害」には含まれないと解するのが相当である。
ウ さらに,消費者契約法9条1号所定の「損害」には,契約を締結できる消費者数が限定されているため,契約を解約した当該消費者と契約を締結しなければ,他の消費者と契約をして利益を得ることができたにもかかわらず,当該消費者が契約を解約したことにより,もはや他の消費者と契約を締結することができない場合の当該利益が含まれる。
そこで検討するに,確かに,大学の定員は,大学が提供する教育及び研 究その他の施設の最大収容数でも,前記施設の設置・維持・管理の損益分岐点でも なく,毎年5月1日の入学者が定員の1.1倍以上である場合には,私立大学に対 する補助金が支給されない等の基準に過ぎないから(私立学校振興助成法5条2 号,「私立大学等経常費補助金・政府開発援助私立大学等経常費補助金」交付要綱 添付の同取扱要領3条2項4号ア(イ)),最終合格者数の設定は定員に必ずしも制 限されるものではなく,入学試験等の過程において,被告の相当の裁量が認められ るものといえる。しかも,被告大学においては,平成14年度の最終入学者は,補 助金の支給を受け得る最大の最終入学者数である110人を下回る結果となってい る。
 しかし,前記アのとおり,被告は,入学辞退者が相当数あることを予想 していることからすれば,被告において最大収容数の学生を入学させるのではな く,より良質の教育,研究を行おうとする意図があると推測されるから,総合格者 から相当数の入学辞退者が発生したとしても,新たに在学契約を締結し得る入学試 験受験者数(いわゆる追加合格者)は極めて少ないといえる。 そして,仮に,入学金を除いた本件金員を返還しなければならないとし た場合には,被告が新たに入学試験受験者と契約を締結する可能性が抽象的に認め られるとしても,本件契約に基づき被告が負う教育提供債務が,もともと集団的・ 概数的なものであること,学生の質を維持する必要性などを考慮すると,被告に は,入学試験受験者と新たに在学契約を締結することに対する期待が具体的に存在 すると認めるには十分な証拠があるとはいえない。 よって,この意味からも,被告に,入学辞退によって平均的な損害の発 生を認めることはできない。 エ 以上によれば,原告らの本件契約の解約により被告に生じる平均的な損 害を認めることはできないから,入学金を除いた本件金員全額が,被告の平均的損 害の額を超えると認められる。 (3) したがって,本件契約のうち入学金を除く本件金員の返還を認めない部分 は,消費者契約法9条1号により,無効である。
 3 主たる争点(3)(本件特約の消費者契約法10条該当性)及び主たる争点(4) (本件特約の民法90条該当性)について (1) 前記1(2)のとおり,入学金は,入学資格の対価であり,入学手続の完了 とともに債権債務関係が完了すると認められるところ,このような継続的でない債 権債務関係において,その履行後,一方当事者に債務不履行を原因としないで解除 できることが,「民法,商法その他の法律」(消費者契約法10条)上,規定され ているとはいえないことからすれば,本件特約のうち入学金の返還を認めない部分 は,消費者契約法10条に該当するとは認められない。 (2) また,被告大学における入学金は,前記1(2)のとおり,入学資格取得の 対価として相当であり,さらに,入学資格の取得により,入学手続完了者は,志望 順位の高い大学の入学試験に心おきなく挑戦できる利点もあり,多くの者がこれを 積極的に活用している状況にあることからすれば,本件特約のうち入学金の返還を 認めない部分は,入学手続完了者に一方的に不利なものとはいえないから,公序良 俗に反するとはいえず,民法90条に該当するとは認められない。4 結論
 以上によれば,原告らの請求は,被告に対し,不当利得として,それぞれ850万円及びこれに対する催告の翌日である平成14年11月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,この限度で認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条,61条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
 岡山地方裁判所第2民事部
 裁判長裁判官 小野木 等
(別 紙)
裁判官 政岡 克俊
裁判官 永野 公規
主 張 整 理 表
(1) 本件金員相当額の不当利得返還請求権の発生の有無
ア 原告らの主張 本件契約の法的性質は準委任契約であるから,原告らはいつでも本件契約を 解約することができ,原告らの入学辞退によって本件契約は解約され,又は,原告 らの入学辞退の意思表示に対し,被告が入学辞退届を受理したことにより,本件契 約は合意解約された。これは,有償双務契約である限り,当然のことである。
 そして,本件金員は,教育役務の対価及び費用であり,被告は,教育役務を 未だ提供していないから,前払費用ないし前払報酬である本件金員を不当に利得し ている。 よって,被告は,原告らに対し,本件金員を返還するべき義務を負う。 イ 被告の主張 本件契約は,原告らが,被告から,教育研究に必要な人的・物的施設を継続 的に利用しつつ,教育という精神的ないし文化的役務の提供を受けるのみならず, 学術の研究にも携わるものであるから,事務の委託という準委任契約と解すること はできない。 また,原告らは,本件特約の内容を十分承知の上で入学を辞退しているこ と,入学辞退は原告らの一方的な権利の放棄であることからすれば,被告の本件金 員の保持は不当利得には当たらない。 さらに,原告らの本件金員納入義務は,履行により消滅し,原告らが,被告 に対する教育等役務提供・施設利用等請求権を一方的に放棄して,消滅させたこと により,原告ら・被告間の債権債務関係が消滅し,本件契約が終了したのであるか ら,既に履行により消滅した原告らの本件金員納入義務を一方的に消滅させて,本 件金員の返還を求めることはできない。 (2) 本件特約の消費者契約法9条1号該当性ア 原告らの主張 (ア) 民法上,債務者に帰責事由のある債務不履行が存在する場合であって も,債権者は,債務者に対し,債務不履行と相当因果関係のある実損害額しか賠償 請求ができないから,社会的弱者を一方当事者とする消費者契約において,事業者 が,消費者に対し,実際に被った損害額を上回るような金員を請求できることを認 める必要はない。これは,消費者の債務不履行を理由として事業者が解除した場合 だけでなく,その他の理由による解除の場合も同様である。 よって,消費者契約法9条1号の「解除」には,入学辞退も含まれる。 (イ) 前記(ア)のとおり,同号の「解除」は,消費者の債務不履行による事業 者の解除だけをいうのではないから,本件特約の文言から,「損害賠償の額を予定 し,又は違約金を定める条項」に該当するか否かを判断するべきではない。そし て,本件特約は,入学辞退によって被告に何らかの経済的損害が生じるという前提 又は仮定の下,その損害を補填する趣旨で,前払いした本件金員を没収する旨の契約条項であるから,本件特約は,「損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条 項」に該当する。 (ウ)a 同号の「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」は,その立法過程 及び消費者契約法の趣旨からすれば,契約類型,解除事由,解除時期のほか,当該 契約の特殊性,逸失利益の発生可能性や契約の代替可能性などといった諸事情を個 別具体的に考察の上,損害額算定に合理性がありかつ社会常識にも合致した通常の 損害額の存否及び程度という見地から決されるべきである。 また,平均的損害額は,事業者の事業内容の詳細などを知り得ない消費者にとって主張立証が困難なものである一方,事業者は,これを最もよく知り,証拠にも最も近い立場にあって,自らが定めた契約条項の合理性を主張立証させることは合理性があることからすれば,事業者に主張立証責任があると解するべきである。
b まず,学費は,教育役務の対価であるから,実際に入学した学生から徴収されるべき金員である。
 また,一般に大学は,入学辞退者の発生を予測しており,それを前提に合格者数を設定し,又は追加合格・補欠合格などにより,当初予定した最終入学者数を確保しているから,入学辞退によって経済的損害は発生しない。
 むしろ,私立大学においては,毎年5月1日時点で定員の1.47倍(医歯学部は1.1倍)以上の学生を入学させた場合には,補助金が交付されない危険があるから(甲8),大学は,例年通り入学辞退者が発生しなければ困るのである。
さらに,入学辞退は,前記のとおり,大学にとって不測の事態ではな い。この点,入学辞退が入学者の一方的自己都合的なものであることは,何ら関係 がないし,2月中旬の入学手続完了者については,そもそも,学年の始期に近接し た時期に入学辞退する可能性があった者であるから,入学辞退の時期は関係がな い。
 しかも,特定商取引に関する法律49条は,在学契約と同様の教育役務 提供契約である学習塾や語学学校と消費者との特定継続的役務提供契約が解約され た場合の「損害賠償額の予定又は違約金の定め」を,学習塾は1万1000円,語 学教室は1万5000円と制限しているのであるから(同法律施行令16条),在 学契約において大学に生ずべき損害額は,せいぜい同金額程度であって,これを超 えるものではない。 そして,被告大学は,平成14年度において,定員を3名上回る学生を 入学させ,多数の入学辞退者から1人当たり1000万円近い学費を没収し,根拠 のない利得金を得ている。 c 以上より,本件特約は,「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に 伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」ものである。 (エ) よって,本件特約は,消費者契約法9条1号に該当し,無効である。 イ 被告の主張 (ア) 消費者契約法9条1号の「解除」は,債務不履行解除に限定され,合意 解除まで含めることは文言上困難であるから,本件のような入学辞退による解除 は,同号の「解除」に含まれない。 (イ) 本件特約は,以下のとおり,「損害賠償の額を予定し,又は違約金を定 める条項」とはいえない。 すなわち,大学は収容定数を遵守する必要があり,特に私立大学は,収用 定数に基づいて財政計画を立てており,学費等は,重要な資金源であって,定数割 れは,大学運営の資金計画に重大な支障を来す。他方,定数の超過は,補助金の削 減事由となる。また,大学は学生の募集時期が限定され,補充可能な時期が極めて 限定されているため,一度欠員が生じると途中で補充することができない。さら に,受験生が減少傾向にあり,1人の受験生が多数の大学を受験する今日,早期・ 確実に収容定数に足りる入学生を確保することが重要となる。しかも,大学は,入 学試験によって選定されたより学習レベルの高い合格者を確保することによって, 質の高い教育,研究をしたいという構想がある。 よって,入学手続期間を設定し,入学意思の確認を客観的に明らかにする ため,入学金等の学費納入を要求しているのである。 そして,大学は,在学契約の成立により生じた集団的・継続的な教育を行 い,学術研究の場を提供するという債務の内容を一入学者の入学辞退によって免れ るわけではないため,その債務の履行に必要な資金源を確保することが要請される。 他方,入学辞退は,入学者の一方的な自己都合による,在学契約に基づく 権利の放棄である。 したがって,本件特約は,一方的自己都合的な権利放棄である入学辞退の 場合に権利の対価である学費等の返還請求ができないという当然のことを規定した ものに過ぎない。 なお,一定期間までの入学辞退について入学金を除く学費の返還請求を認 めたのは,入学者の二重合格等による経済的負担を考慮し,創設的に認めたもので ある。 (ウ) 本件金員は,以下のとおり,「当該消費者契約と同種の消費者契約の解 除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」とはいえない。 すなわち,入学手続完了者が入学辞退したことにより,6年間定員割れの 状態が存続することが予測されるから,6年間の学費が平均的損害であり,1年間 分の学費である本件金員は,平均的損害を超えるとはいえない。 また,ある程度入学辞退者があることは推測できるとしても,原告らは, いずれも電話では学年の始期である4月1日直前に,書面では,学年の開始後に, 一方的自己都合的に入学を辞退しているのであり,このように具体的人数の把握が 困難で,欠員の補充が困難な時期の入学辞退の場合には,定員割れが生じる可能性 が高く,平均的損害も多大になる。 なお,定員割れになるまでは平均的損害がなく,定員割れになって初めて 平均的損害となると解すると,入学辞退者に認識できないわずかの時期の差によ り,早期の入学辞退者には学費が返還され,入学辞退が遅れた者には学費が返還さ れないという不均衡が生じる上に,平成14年度において被告大学は定員割れの状 態を回避しているのは,あくまで結果であるから,このような事後的事情によって 平均的損害の有無は左右されない。(3) 本件特約の消費者契約法10条該当性
ア 原告らの主張 (ア) 消費者契約法10条の「民法,商法その他の法律」とは,あらゆる法律 を意味し,「公の秩序に関しない規定」とは,任意規定ないしこれに準じる一般法 理を意味し,「適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務 を加重する消費者契約の条項」とは,問題とされる契約条項がなければ消費者に認 められていたであろう権利義務関係と,当該契約条項が規定する権利義務関係とを 比較して消費者にとって不利益な契約条項であると判断できることを意味する。
 そして,準委任契約において,役務提供前に契約が解約された場合には, 報酬請求権が発生しないし,前払費用は返還しなければならないのが民法上の原則 であるところ,本件特約は,これを制限するものであるから,消費者契約法10条 前段に該当する。なお,在学契約が準委任契約ではないとしても,有償双務契約で ある限り,同様である。 (イ) そもそも,消費者契約法10条は,伝統的な民法90条の理解からは必 ずしも公序良俗違反とまでは断じきれなかった契約条項を,消費者保護の見地か ら,これを無効とする法文であり,裁判規範として,問題視されている契約条項の 合理性を厳密に検証することを求めている法文である。 そして,本件金員は,教育役務の対価及び費用であり,最終入学者から徴 収されるべき金員であるところ,準委任契約においては,役務提供前に契約が解消 された場合には,受任者が報酬を請求したり受領したりすることは許されないし, 実際に支出していない事務処理費用の受領も許されないものである。また,委任者 が委任契約を解約する場合,受任者は,委任者に対して,損害賠償を請求できない のが原則であり(民法651条1項),委任者による解約が受任者に不利な時期に なされた場合に限り,それによって生じた損害の賠償を請求できる(同条2号)。 これは有償双務契約である限り,同様である。 また,本件特約は,入学辞退に至る個別事情や,入学辞退者が,当初より 入学辞退の発生を予定されていた合格者らの1人であるか,定員割れを補充するた めに合格させた者の1人であるのかなどの個別事情にかかわらず機械的に適用する 過度に広汎に過ぎる条項であり,相当性に欠ける。しかも,文部科学省(旧文部 省)の通達でも本件特約の不合理性は明らかにされていたところである(甲51)。 一方,消費者が侵害される財産権は多額であり,そのため自己決定権に基づく大学選択の自由が制約されることになる。また,浪人として1年間を送ることは,受験生やその親にとって,精神的にも経済的にも大きな負担となるから,これを極力避けたいというのが当然の心理であるところ,本件特約は,そのような心理 につけ込み,受験生が応じざるを得ない見通しに基づき設定されたものである。な お,日本の私立大学は,ほとんどが,学則に,本件特約同様の学費不返還特約を規 定しており,受験生に選択の余地はない。 他方,被告大学には,前記(2)ア(ウ)bのとおり,不利益はない。そして, 私立大学は,教育を受ける権利(憲法26条)及び学問の自由(同23条)の保障 を実現されるための公益的機関であり,国家から補助金を交付されている準国家的 な公益的機関である。以上を総合すれば,本件特約は,「民法第1条第2項に規定する基本原則 に反して消費者の利益を一方的に害する」条項である。 (ウ) よって,本件契約は消費者契約法10条に該当し,無効である。 イ 被告の主張 (ア) 消費者と事業者との間でなされる取引の本体部分を構成するものまで, 不利益との理由で広く契約の解消を許容すれば,円滑な取引がほとんど不可能とな る。したがって,契約の主要目的に関する条項又は権利・役務の対価に関する条項 は,自己責任の下で市場取引において決定されるべきであって,国家の介入は抑制 されるべきであるから,消費者契約法10条の対象となる契約条項には含まれない と解するべきである。 本件特約は,契約の主要目的,役務の対価に関する条項であるから,同条 は適用されない。 (イ) 入学辞退は一方的な権利の放棄であり,「民法,商法その他の法律の公 の秩序に関しない規定」が存在しない。 (ウ) 原告らは,一方的に本件契約に基づく権利を放棄しているのであるか ら,「消費者の権利を制限」するとはいえない。 (エ) 被告大学による教育等役務提供・施設利用等請求権は,受験者側が求め たものであること,入学試験の合格者が入学手続を履行し契約を締結するか否か は,合格者側に委ねられており,本件特約に合意するよう被告が勧誘したことはな いこと,被告大学の入学試験要項等には一定期日以降は返還しないと明確に記載さ れ,内容も一義的であること,受験者側も当然その内容は十分熟知されているこ と,一定期間(本件において1か月以上)は入学金を除く学費等を返還する時間的 猶予を与えていること,消費者契約締結時である原告らの入学手続完了当時,原告 らは当然に当該大学に入学することを前提としていたことからすれば,契約締結時 点で「消費者の利益を一方的に害する」ものとはいえない。なお,原告らが主張す る契約締結後の事情は, 考慮されるべきではないし,考慮されても参考程度に過ぎない。 (4) 本件特約の民法90条該当性ア 原告らの主張
 公序良俗に反する暴利行為とは,1他人の無思慮・窮迫に乗じ,2甚だしく不相当な財産的給付を約束させることであり,不相当とは,経済的対価性が著しく欠けて,その法的効力を維持することが妥当でないものである。
 被告が本件金員の納入期限を他大学の合格発表前に一方的に設定しているため,原告らは,他大学の合否が未定の段階で,被告に入学するか否かを決断せざるを得ない立場に立たされているところ,原告らが本件金員を納入せず,他大学にも不合格となれば,更に1年間準備をするか大学進学自体を断念しなければならず,その精神的・経済的負担は多大なものであるから,本件金員の納入は,原告らの窮迫に乗じたものといえる。
 また,被告の教育役務提供義務がなされていない以上,本件金員は,経済的対価性が全く認められない。
 よって,本件特約は,公序良俗に反する。
イ 被告の主張
 大学の運営には,相当の人的・物的設備が必要とされるところ,私立大学は,その運営資金を学費等によらなければならず,国立大学に比べ財産的基盤は弱い。ところが,原告らの入学辞退により被告大学の学生定数の不足が継続する可能性がある。しかも,原告らの入学辞退は,学年の始期に極めて近接又は経過している。
 また,原告らは,他大学への進学を選択するという専ら原告らの事情のみによる入学辞退により,被告による教育等役務提供・施設利用等請求権を放棄した。
 さらに,原告らは,学費等を納入し,学生としての地位を確保しておけば,他大学を受験できるという精神的安定というそれなりの利益を享受している。 よって,本件特約は公序良俗に反しない。
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