主文
被告人を懲役
 2 年
 4 月に処する。
未決勾留日数中
 120 日をその刑に算入する。
 理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成
 14 年
 6 月下旬ころから,岡山県倉敷市a所在のb号棟c号A方において,実子B(平成
 3 年
 6 月
 3 日生,当時
 11 歳)を養育していたものであるが,同児が,かねて, 栄養状態の悪い食事しか与えられていなかったことからやせ細った状態にあり,同年
 8 月 中旬ころには飢えと暑さにより衰弱した状態に陥ったのであるから,同児に十分な栄養を 与え,医師の治療を受けさせるなどの同児の生存に必要な保護をなすべき責任があったに もかかわらず,そのころ以降,同所において,これらの措置を講ずることなく,わずかな 食べ物や水分を与えるのみで,漫然と同児がさらに衰弱していくのを放置し,よって,同 年
 9 月
 10 日ころ,同所において,同児を飢餓状態下における衰弱により死亡するに至らし めたものである。(量刑の理由)
本件は,実子を餓死させた保護責任者遺棄致死の事案である。
 本件犯行の経緯は以下のとおりである。被告人は,昭和 26 年,神奈川県鎌倉市で出生し,高校卒業後,信用金庫等に勤務し,昭和 50 年 4 月,男との間に一子を設け,結婚したが,後に離婚し,同児を自己の両親の養子 とした。その後被告人は,被害者の父となる男性と同棲し,平成 3 年,被害者を出産した が,同男とは後に離別した。被告人は,平成 5 年ころ,被害者を連れて神奈川県茅ヶ崎市内の母子寮に入寮したが, 平成 6 年ころ,同所での生活に不満を抱き,被害者の養育費の入金先銀行預金通帳等を残 し(同通帳は後に被告人の母親の元に渡った。),被害者を連れて出奔し,富山県内を経て, 平成 7 年ころ,岐阜市内の風俗店に勤務し,同店の寮に被害者と共に生活するようになっ たが,被害者が小学校へ就学する年齢になっても,被害者を就学させず上記居室内で養育 していた。当時,被害者は,被告人の居室から出歩くことがほとんどなかった。平成 13 年 2 月ころ,同店従業員が被告人の居室を点検したところ,畳上は糞尿で汚れ,強烈な異臭が 漂う状態であり,薄汚れた布団の中からはい出してきた被害者はやせ細り,半ズボンに上 着を着せられたのみで動作は緩慢であった。その翌日,被告人は,被害者を連れ,当時交際していた男性の勤務先の愛知県内の社宅 に居住することとなった。その後,被告人は,事務員として勤務し,同所で被害者と共に 暮らしていたが,平成 14 年 3 月,解雇され,そこで,被害者と共に,上記男性が岡山県倉 敷市内の会社に就職することになったとして,縁もゆかりもない岡山に来て,同所で同社 社長方へ一時的に身を寄せた。ところが,上記男性は,同社に就労せず,被告人は,しばらく同社社長宅にとどまることを許されたものの,結局,同社社長宅を出されることになったが,同社社長の内妻は, 被害者が胸あたりの骨が浮き出てがりがりにやせており,よれよれの服を着せられていて パンツもはかされておらず,11 歳くらいに見えるのに,風呂に入っても体をこすって洗う ということが分からず,空腹を訴えることはできても自分で店に行って食べ物を買うこと も分からず,人見知りが激しく,本屋に連れて行っても,3 歳くらいの子供向けの絵本を選 んでおり,絵を楽しむ風で字はほとんど読めない様子であること等に同情して,被告人が 新たな住居を探すまで被害者を預かることとした。被告人は,上記男性と共に岡山市内等で職を探していたところ,同年 6 月 11 日ころ,判 示住居地に住むA(当時 78 歳)と岡山県倉敷市内の公園で知り合うや,それまで交際してき た上記男性と別れて,一人暮らしの上記A宅で生活することにし,同月
 25 日,被害者を前 記社長方から引き取った。その際被告人の所持金は約
 1 万
 3000 円だった。ところが,同年
 7 月
 2 日,上記Aが入院したことから,被告人は,被害者と
 2 人で,引 き続き上記A宅で生活していたが,所持金が次第に乏しくなり,食事を
 1 日
 2 回にしたり 水を飲んだりしていたが,夏の暑さも加わって衰弱し,9 月始めころには,2 人とも一日中 寝たままで過ごすようになった。ことに被害者は,8 月中旬以降,固形物をほとんど食べら れなくなり,蜂蜜をなめたり氷をかじったり水を飲んで過ごしていたが,同月末には食料 も尽き,水や白湯を飲むのみであった。この間,被告人は,同月下旬ころには,近隣住民と会話し,隣人から米約
 5 合をもらっ たり,8 月初旬ころには,町内会の役員の訪問をたびたび受けたり,9 月
 6 日に自治会役員 の訪問を受けたりした外,同年
 9 月
 9 日には,民生委員の訪問を受け,上記Aに対する敬 老の祝い品である海苔茶漬け等の詰め合わせを受け取ったりした。また,この間,被告人は,被害者と
 2 人でいることを近隣住民に話したことはあったが, 被害者を就学させることも同人を近隣住民の目に触れさせることもなかった。結局,被害者は,前記海苔茶漬けを湯で溶いたもの等を口にしたのを最後に餓死するに 至ったが,その際,被告人は自らも死んでも構わないと考え,引き続きその場に横たわっ たままで過ごし,被害者の遺体もそのまま腐乱するに任せた。以上の事実を前提に本件を検討すると,被告人は,確かに経済的に困窮していたが,そ もそも神奈川県鎌倉市には
 78 歳の母親が,同県横須賀市には実妹がおり,母親宅に残され た被告人名義の通帳には被害者の父親から毎月振り込まれた養育費等合計
 340 万円余りの 残高もあることから,何らかの方法で肉親に連絡したり,預金口座から金を引き出すこと も可能であったこと,A宅での生活が不安定なままであるのに預かってくれていた前記社 長宅から敢えて同児を引き取り,近隣住民から食料を分けてもらったり訪問を受けた際, 近隣住民に同児の助けを求める機会もあったのに敢えてこれを怠ったこと,自身で養育す ることができなければ行政機関等に援助を求めることもできたのにこれを怠ったこと,同 児が死亡の危険ある重篤な状態に陥っていたことは明らかであるのに人に頼んで救急車を 呼ぶ努力すら怠っていたこと等,被告人が被害者の死亡を回避するのにさほど大きな困難があったとは言えないにもかかわらず,被告人の頑迷な性格と独特な視野の狭さから援助 を求めなかったものであると認められる。そして,被告人はそのような状況に至る以前に おいても,被害者を養育する義務があるにもかかわらず,無軌道な 生活を続け,同児に十分な食事を与えず,義務教育を受けさせることもなく,糞尿で汚れ た部屋で養育する等してきたものである。今日の我が国の生活環境,豊かな経済状態,教 育水準,生活保護,児童支援等の行政の生活援助体制,児童監護体制等を考えると,本件 は異常な事件であり,わずか
 11 歳にして緩慢な死に追いやられた被害者の無念は察するに 余りある。 以上からすると,犯情は悪く,被告人の刑責は軽視できない。
しかしながら,被告人は積極的に虐待を加えていたものでないこと,視野狭さくの状況 の中においてではあるが,一応自分なりに養育の努力をしていたこと,子供を抱えていた ため,職を選ぶ余裕に乏しかったこと,自らも飢餓状態に陥り,死を覚悟していた心中に 近い形態であること,現段階では被害者を悼む気持ちは認められること,反省している旨 述べていること,前科がないこと,被告人自身,飢餓状態に陥った結果,現在も車いすで 移動しなければならない身体であること等被告人に有利に斟酌すべき事情も認められる。以上を総合考慮し,主文の刑が相当であると判断した。
 平成
 15 年
 4 月
 23 日岡山地方裁判所第
 2 刑事部
裁判長裁判官 榎 本 巧
裁判官 中 川 綾 子
裁判官 足 立 堅 太
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