主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中80日をその刑に算入する。
押収してある玄能1丁(平成15年押第3号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
 被告人は,平成6年,A町立小学校の校長を最後に小学校教諭を辞め,平成7年肩書住居地の自宅を新築して妻B,1人娘のCと居住していた。
 Cは,小さいころから対人関係を嫌い,短大を卒業後就職するも人間関係の不満から仕事を辞め,平成9年ころから自宅に引きこもるようになり,自分ではほとんど外出せず,欲しい物は,全て被告人に命令して買い物に行かせ,被告人が頼んだ物を間違って買ってくると,激怒して怒鳴り散らすなどしていた。Cは,世の中の物は,唯一無二の存在であるなどと独自の理屈を述べて,新聞紙,食品の包装,そのシールに至るまで一切の物を捨てずに溜め込み,被告人がこれを処分しようとしても,反対して許さなかったため,自宅内にはゴミが溜まる一方で,足の踏み場がなく,悪臭が漂い,他人も家に呼べない状態になっていった。そして,平成10年ころには,Bがパーキンソン病に罹患し,その後ほとんど寝たきり状態になってしまったため,被告人
は,その看病と家事全般を担当するようになったが,Cは,看病を手伝うどころか,かえって,被告人に対して,Bのみを大切にして不公平だ,自分が不幸であるのは名前が悪い,そもそも被告人らが結婚したことが悪い,などと罵詈雑言を浴びせ,また,暴力を振るうこともあった。このように被告人は,Bの介護や家事,そしてCへの対応に忙殺され,満足に睡眠も取れないような生活を強いられ,次第に,心身共に疲弊していった。
 平成13年10月Bが自殺を図り,その後も死にたいと述べるようになり,Bの病状も悪化し,介護にさらに手が掛かるようになったが,Cは,一向にその態度を改めず,かえって,文句が増えていった。また,被告人は,平成14年1月ころのBの言動からBの死期が近いと思い,最後くらいはBの希望を叶えて,自宅から葬儀を出してやりたいと考え,Cに掛け合ったが,Cは葬祭センターを利用すればいいとして,頑としてこれを聞き入れようとはしなかった。
 このように,被告人が心労を深めていくなか,同年8月ころ,被告人は,このままBが死んで,自宅から葬儀を出せなければ,Bが不憫であるだけでなく,親戚や近所への体面も立たない,また,Bが死んでCと2人きりの生活は,とても耐えられず,自分がCを殺すかもしれないし,逆に殺されるかもしれないなどと考えるうちに,ハンマーのような物で殴って気絶させた後,首を絞めるという方法でCの殺害を考えるようになった。被告人は,同年11月4日,Cから買い物を命じられて外出したついでに玄能と犬用リード紐を購入し,自宅の車庫内に隠し,同月8日には,自宅内に持ち込んだ。そして,同月10日昼ころ,被告人がBにコーヒーゼリーを食べさせたところ,Cから自分のゼリーを勝手に食べさせたなどとして激しく怒鳴られ,お詫びに
床に叩きつけて撒き散らかしたゼリーを食べろなどと命令された上,夕刻まで罵詈雑言を浴びせられ続けたため,被告人は,その夜にCを殺害しようと決意するに至った。
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成14年11月10日午後11時15分ころ,肩書住所地記載の被告人方1階ダイニングキッチンにおいて,殺意をもって,就寝中のC(当時35歳)の頭部を玄能(重量約370グラム,平成15年押第3号の1)で1回殴打し,さらに,これに驚いて起きあがろうとしたCに馬乗りになって,その顔面及び頭部等を玄能で数10回殴打し,よって,そのころ,同所において,Cを脳挫傷により死亡させて殺害したものである。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は,刑法199条に該当するので,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入し,押収してある玄能1丁(平成15年押第3号の1)は,判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収することとする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,同居する長女のわがままや暴言,暴力に我慢しきれず,また,難病の妻の葬儀を家から出すには長女が邪魔であるとして,長女の殺害を決意し,準備した玄能で頭部等を数10回殴打し,長女を脳挫傷により死亡させて殺害したという殺人の事案である。
 その犯行に至る経緯及び動機は,前判示のとおりであり,長女の引きこもり状態の言動には常軌を逸したものがあり,難病の妻の介護をしながら,この長女から日々罵倒され,あるいは暴力を振るわれ,これに耐えてきた被告人の苦しみは深刻なものであるが,そもそも,長女が引きこもり状態になったのは被告人の養育態度に起因するところが多分にあったというべきであり,また,被告人は親として,教職にあったものとして,長女に対し医療的措置を含む対応をとることが充分に可能であったものである。さらに,被告人が,愛する妻の希望するとおりに自宅から葬儀を出したいと思うことは理解できるものの,だからといって,それに反対する長女の命を抹殺することは到底許されるべきものではなく,被告人の行為は,自己本位で,短絡的なもので
あるとして非難は免れない。
 次に,被告人は,殺害を決意するや,殺害の具体的方法を考え,長女に分からないように玄能と犬用リード紐を購入して,車のトランクに隠し置き,本件犯行の数日前に凶器を取り出して,自宅のダイニングキッチン内に置いて隠し持ち,犯行の2日前からは,殺害の機会を窺い,犯行当日,長女が寝静まるや,実行に移しているのであって,極めて用意周到に準備した計画的な犯行である。また,その態様は,玄能で,その頭部を殴打し,長女が起きあがろうとしたところに馬乗りになって,さらにその顔面,頭部を数十回殴打したというものであり,長女には顔面に21か所,頭部に36か所の挫創が認められ,頭蓋骨が粉砕骨折している箇所もあったほどであって,非常に執拗かつ苛烈なものである。
 長女は,深刻な引きこもり状態にあったものの,適切な治療等を受けられれば,今後充分に社会に復帰できた可能性もあり,常軌を逸したわがままや暴言なども,被告人を信頼し,その愛情を欲する心理の現れであったとみる余地もあり,娘として甘えていた被告人から,一方的に生命を奪われた驚愕や絶望の念は計り知れないものがある。また,残された妻も,このような解決を望んでいたとは到底考えられない。
 なお,弁護人は,被告人が精神的肉体的な疲労が長期間継続した結果,事理の弁識能力が低下して本件に及んだというが,本件の動機は了解可能なものであり,犯行も計画的に準備して行なっており,犯行前後に記憶の欠落もないから,本件犯行当時,被告人の事理の弁識能力は低下していなかったものと認められる。
 以上によれば,被告人の刑事責任は重いというほかない。
 しかしながら,寝たきり状態の難病の妻の介護をしながら,引きこもり状態の長女から常軌を逸した言動で文句を言い続けられ,さらには暴力を振るわれ,頼りにしていた妻からも死にたいと述べられ,次第に心労を深めていったという本件犯行に至る経緯には酌量の余地があること,本件犯行は凄惨なものであるが,当初から意図したものではないこと,逮捕後は事実を素直に認めていること,当公判廷において,次第に反省を深め,「生涯消えることのない精神的苦痛に耐えることが娘への供養である。」などと述べて,その責任の重さを自覚するに至っていること,妻は被告人の心情に理解を示し,今後は重病と闘いながらも,被告人の帰りを待ち続ける旨述べていること,老齢で,これまで前科前歴はなく,長く教職にあって,同僚や地域住民などか
ら広く尊敬を集める人物として社会生活を送ってきたことなど被告人のために斟酌すべき事情も認められるので,これらの事情を考慮して主文のとおり量刑する。(求刑-懲役8年及び玄能1本の没収)
平成15年4月16日
盛岡地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 卯 木 誠
 裁判官遠藤東路及び同菊池浩也は転補のため署名押印することができない。
 裁判長裁判官 卯 木 誠
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