主文
1 被告は,原告に対し,金170万円及びこれに対する平成7年10月 17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを6分し,その5を原告の負担とし,その余を被告 の負担とする。
4 この判決は,原告勝訴部分に限り,仮に執行することができる。
 ただし,被告が金130万円の担保を供するときは,その仮執行を免 れることができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨 (1) 被告は,原告に対し,994万7348円及びこれに対する平成7年1 0月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
(3) 予備的に仮執行免脱宣言
第2 事案の概要 本件は,被告経営の病院で受けた大腸内視鏡検査において,主治医が同検査 の危険性を説明することを怠り,また,同検査を担当した医師が不注意により S状結腸付近に穿孔を生じさせたために,開腹手術を余儀なくされ,その結果, 手術跡に腹壁瘢痕ヘルニアが発生し,治療費等の損害が生じたとして,原告が, 被告に対し,債務不履行又は不法行為(民法715条)に基づく損害の賠償 (付帯請求は,債務不履行ないし不法行為の日である平成7年10月17日か ら支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求であ る。)を求めた事案である。1 争いのない事実 (1) 被告は,A病院(以下「被告病院」という。)を経営する法人である。
 (2) 原告(大正15年3月22日生)は,平成7年9月30日から,肺炎の ため,被告病院で入院治療を受けていた。 (3) 原告は,被告病院で,胃及び大腸の内視鏡による検査をすることになっ たが,18歳の時に虫垂炎とそれによる腹膜炎の既往があり,腸が癒着して いる懸念があったため,大腸の内視鏡検査は困難ではないかと主治医である B医師に尋ねた。B医師は,原告に対し,検査を担当するC医師に相談した 上で,その心配はないと説明したため,原告は,被告との間で,大腸内視鏡 検査を実施する診療契約を締結した。
(4) 同年10月17日,C医師が,原告に対し,大腸内視鏡検査を施行した (以下「本件検査」という。)。
 本件検査中,原告の大腸に穿孔が生じたため(以下「本件穿孔」とい う。),原告は,下腹部開腹手術を受け,同年11月11日に被告病院を退 院した。(5) 原告は,平成11年2月12日,被告病院を受診し,上記下腹部手術創 に腹壁瘢痕ヘルニアがあると診断された。2 主たる争点
(1) 本件検査における手技上の過失の有無
ア 原告の主張
 大腸内視鏡検査においては,腸管癒着の有無にかかわらず,被検者の苦 痛や状態に注意を払い,内視鏡の挿入を続けると危険があると感じた場合 には,一旦内視鏡を抜去して,エックス線透視下で用手圧迫を行いながら, 内視鏡ができるだけ大きなループを作らないようにして挿入を試みたり, 内視鏡を軟らかい機種に替えて試みるなどし,これらの方法でも被検者が 苦痛を訴えて挿入が困難と判断した場合には,内視鏡検査を中止し,注腸 検査に切り替えるなどの必要がある。また,被検者の苦痛に注意を払うた めには,被検者に痛みを我慢しないように申し出るよう説明するとか,絶 えず痛みの具合を問いかけるなどして被検者の苦痛の程度を確認する必要 がある。
 そして,虫垂炎及び腹膜炎の既往がある場合には,半数以上の症例で腸 管癒着を生じていると推測され,腸管癒着がある場合には,内視鏡を挿入 することにより大腸が押し上げられ,癒着が無理にはがれると,腸壁に穴 が開くことがあり,腸管癒着がない場合に比べて穿孔を引き起こす確率は 高いといえるから,術者は,腸管癒着を疑い,大腸のいかなる部位におい ても,手元に感じる力と内視鏡に加えた力の腸管への作用点を思い描きな がら,内視鏡をゆっくり進める必要がある。
 そして,C医師は,本件検査において,原告の虫垂炎及び腹膜炎の既往 を聞いていたのであるから,一層,原告の苦痛や状態及び内視鏡モニター の画面に注意を払いながら,内視鏡を挿入・進行させなければならなかっ たにもかかわらず,モニターの画面の確認や原告の苦痛に十分な注意を払 わずに内視鏡の操作をし,かつ内視鏡を無理に挿入した過失があり,これ により原告の大腸に穿孔を生じさせたものである。
 よって,被告は,履行補助者であるC医師の行為につき債務不履行責任 ないしC医師の使用者として民法715条の使用者責任を負う。
イ 被告の主張
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 腸管癒着の可能性があっても,そのこと自体が理由で大腸内視鏡検査が 絶対的禁忌に該当するというのではなく,大腸内視鏡検査を行う際には, 医師は,粗暴な操作をしないこと,不自然なループ形成をしないこと,挿 入が困難な場合には無理な操作をしないこと等,大腸内視鏡検査のガイド ライン(乙6)の趣旨に沿って検査を実施する注意義務があるにすぎない。
 また,内視鏡検査において,穿孔を含めた偶発事故は一定の割合で発生 していることが事実として報告されており(乙7),現在の先進医学をも ってしても内視鏡検査による偶発事故は完全に避けられない実情にある。 本件検査において,C医師は,粗暴な操作や不自然なループ形成を行っ ておらず,また,内視鏡の挿入が困難であったわけでもないから,無理な 操作をしたこともない。
 よって,C医師が,上記注意義務に違反した事実はなく,本件穿孔は, 不可抗力によって発生した内視鏡検査特有の偶発症である。
 (2) 説明義務違反の有無ア 原告の主張
 意義を有する承諾があったというためには,その前提として医師がその 患者(場合によってはその家族)に対して,疾患の病状,治療方法の内容, その必要性,予後及び想定される生命・身体に対する危険性等の事柄につ いて,当時の医療水準に照らして相当と認められる程度,方法による説明 を施すことによって,患者がその手術等を応諾するかどうかを自ら決断す る上で,比較検討のために必要な資料の提供が必要である。
 そして,大腸内視鏡検査においては,合併症として内視鏡挿入中に腸管 穿孔が生じる危険性があり,特に下腹部の手術を受けた既往症のある被検 者においては,腸管癒着が生じている可能性があるため,腸管癒着が生じ ていない場合に比べてより穿孔が発生しやすいことなどを具体的に説明す ると同時に,他の検査方法(注腸検査)についても説明しなければならな い。
 ところが,B医師は,原告が虫垂炎と腹膜炎の既往があることを申し出 たにもかかわらず,「その心配はない。」と抽象的に説明したのみで,大 腸内視鏡検査を行った場合に穿孔が起こるとか,手技によっては出血が起 こるとか,その他合併症があること,場合によっては開腹手術をしなけれ ばならないこと等の説明をしなかった。
 そのため,原告は,B医師が十分に説明義務を尽くしていれば回避した であろう本件検査を受けることにした。
 よって,被告は,履行補助者であるB医師の不作為につき債務不履行責 任ないしB医師の使用者として民法715条の使用者責任を負う。イ 被告の主張
 被告病院医師は,原告に対し,癒着があることだけで内視鏡検査の適応 がないことにはならないし,これまで,多数の術後癒着がある患者の内視 鏡検査を施行してきたが,多くの場合,患者の疼痛の訴え,更には内視鏡 挿入時の抵抗感で癒着の有無は判断でき,慎重に無理をせず施行すること で,これまでトラブルの発生は一度もなく,過去に心配することはなかっ たことを説明した。
 原告は,大腸内視鏡検査を勧められた時点では,既に自己の既往症から, 大腸内視鏡検査の困難性を認識していたものである。したがって,上記程 度の説明をすれば,癒着による危険性の説明としては,格別その趣旨に反 しているとはいえない。また,注腸検査は,選択肢として考慮されたとし ても,注腸検査のための前処置,原告の腹部愁訴及び同人の腹部について の情報提供の精度等を勘案すると,注腸検査も選択肢としてある旨を原告 に告げなくても,説明義務に違反しているとは評価できない。これらは, 抽象的危険性について双方共通認識をもち,その上で検査を実行するか否 かにつき,それぞれの立場で言葉を交わし,原告の同意の上で実行に踏み 切ったということであり,説明の段階ではなく,説得の段階の問題である。
 (3) 原告の損害 原告の主張 合計994万7348円 原告は,本件穿孔により,開腹術の緊急手術及びその後の入院治療を余儀 なくされた。また,手術後1年ほどして,手術創に腹壁瘢痕ヘルニアが発生 し(自動車損害賠償保障法施行令11級11号胸腹部臓器に障害を残すもの に該当する。),1日何回も腹痛が発生し,日々苦痛の連続である。 よって,これらの損害についての損害額は,以下のとおりである。 ア 治療費 21万7821円 イ 入院雑費 3万3800円 一日当たり1300円 平成7年10月17日から同年11月11日までの26日間 ウ 慰謝料 合計400万円 (ア) 傷害分 100万円 (イ) 後遺障害分 300万円 エ 逸失利益 479万5727円 事故当時年齢 68歳 就労可能年数(平均余命年数の2分の1) 8年 新ホフマン係数 6.589 平成7年賃金センサス産業計・企業規模計・全労働者・65歳以上 1か月30万3266円 労働能力喪失率 20パーセント オ 弁護士費用 90万円 第3 当裁判所の判断ページ(2)
1 前記第2,1の争いのない事実,証拠(甲1ないし5,13ないし16,乙 1ないし10〔枝番を含む。〕,証人C医師,同B医師,原告本人,鑑定の結 果)及び弁論の全趣旨よると,以下の事実が認められる。(1) 原告は,平成7年9月26日ころから,食欲不振,悪寒,発熱の症状が 発生し,軽快しなかったため,同月29日に,D内科医院にて診察を受け たところ,胸部エックス線にて右肺上葉に肺炎陰影等が認められたことか ら,肺炎と診断され,同医院の医師に入院を勧められたが,入院を希望せ ずに,一旦は自宅に戻った。しかし,その後,悪寒等が激しくなったため, 原告は,同医院から,被告病院を紹介してもらい,同月30日に被告病院 に入院した。
(2) 被告病院では,B医師が原告の主治医となって,抗生剤を投与するなど して,原告の肺炎の治療を行った。肺炎の治療は順調であったが,一方で, 原告には,平常時と異なる腹部の膨満感及び蠕動音があり,便潜血が陽性を示したため,胃内視鏡検査及び大腸内視鏡検査を行うこととなった。
 (3) そこで,B医師は,看護師を通じて,原告に対し,胃内視鏡検査前調査 用紙を渡し,記入してもらった。同用紙には,胃内視鏡の経験,麻酔の経 験,副作用の経験,ぜんそく・アレルギー等の経験などの問診のほか,検 査に対する気持ちなどの項目があり,原告は,胃内視鏡の経験があること, 麻酔等の副作用の経験がないこと,検査に対しては気にしないとの回答を した。 そして,B医師は,その胃内視鏡検査前調査用紙をもとに,原告に対し, 胃及び大腸の内視鏡検査の説明をしたところ,原告は,胃内視鏡検査につ いては何度か経験があるが,大腸内視鏡検査については,18歳のころに 虫垂炎と腹膜炎を併発しており,腸が癒着している懸念があったため,同 検査は困難ではないか,とB医師に尋ねた。 そこで,B医師は,C医師にその旨相談し,C医師が,癒着の存在を念 頭において,注意して検査すれば大腸内視鏡検査は可能であるし,実施で きると返答したことから,B医師は,その旨,原告に対して説明したとこ ろ,原告は大腸内視鏡検査に同意し,その後,不安等を感じている様子は なかった。 なお,C医師は,本件検査当時,3000例以上の大腸内視鏡検査の経 験があった。(4) B医師は,同月16日,原告に対し,胃内視鏡検査を実施したところ, 胃潰瘍瘢痕,十二指腸潰瘍瘢痕,6か所程度のポリープ等が発見され,ポ リープ等は切除した。(5) 原告は,同月17日,看護師がもってきた大腸内視鏡検査の同意書に署 名して提出し,内視鏡専属の看護師2名及びE医師のアシスタントのもと, エックス線透視下で,C医師の一人法による大腸内視鏡検査(本件検査) を受けた。本件検査では,看護師が,原告の表情及び血圧を観察し,変化 があれば,原告に声をかけることで,検査を行っているC医師に,原告の 変化を知らせる態勢になっていたが,本件検査中,看護師が原告に声をか けることはなかった。(6) 内視鏡挿入開始後しばらくして,内視鏡先端部についているカメラから の映像モニターに,原告の腹腔内臓器が映ったため,C医師は,同人の腸 壁に穿孔を生じたと考え,本件検査を中止して,B医師に連絡してその状 況を見てもらった後,内視鏡を抜去した。(7) そして,B医師が,原告とその妻に,穿孔をきたしたために手術が必要 であることの説明をした後に,両人の同意書を得て,同日午後5時30分 に被告病院の外科医による手術が行われた。 外科医は,下腹部正中切開によって開腹し,S状結腸と側壁腹膜が癒着し ていたため,それをはがし,また,直腸とS状結腸の移行部に穿孔が認め られたため,これを6針で縫合し,さらに内視鏡検査にて大腸全体を検索 し,1か所ポリープが発見されたが切除できず,他に異常がなかったため, 同手術を終了した。この手術により,原告大腸の回盲部と上記穿孔部が癒 着していたことが認められた。
(8) 原告は,同年11月11日,被告病院から退院した。
(9) 原告は,平成11年2月4日付けで,被告に対し,説明を求める旨の内容証明郵便を送付した。
 また,原告は,平成11年2月12日に,再び被告病院内科で受診し,腹 部CT検査の結果,下腹部手術創瘢痕部の皮膚が菲薄化していることが認 められ,この部位が,腹壁瘢痕ヘルニアの部位であると診断された。原告 は,同月19日に再度受診したが,その後は被告病院を受診していない。
 原告は,同年5月4日,被告に対し,本件の賠償を求める旨の内容証明郵 便を送付し,同月12日,被告に到達した。
 原告は,同年10月14日,本件訴えを提起した。
 (10) 一般に,大腸は,肛門から直腸,S状結腸,下行結腸,横行結腸,上行 結腸,回盲部と続く。そして,S状結腸は,個人によって走行が異なり, 三次元的にα状,逆α(γ)状,N状などを示す。
 大腸の検査には,造影剤を大腸に注入しエックス線で検査する注腸検査法 と大腸に内視鏡を挿入し検査する内視鏡検査法がある。注腸検査法は,診断 精度が内視鏡検査に比べて低い反面,術者の手技にかかわらず回盲部までの 観察が可能であり,患者の苦痛が比較的少ない。また,内視鏡検査は,術者 の手技の巧拙により患者の苦痛の程度,検査の成功の有無,要する時間が異 なる反面,診断精度が高い。なお,穿孔,出血などの合併症が,注腸検査法 には0.02ないし0.04パーセント,内視鏡検査には0.23ないし0. 49パーセントの割合で発生するとされている。
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2 争点(1)(手技上の過失の有無)について
(1) 前記1(6)(7)のとおり,本件検査において内視鏡により腸壁が見えるこ となく,腹腔内臓器が見えたこと,S状結腸と回腸部が癒着していたこと, また,内視鏡の操作により,上記癒着がはがれると同時に内視鏡が腹腔 内臓器をとらえる状況も十分ありうること(鑑定の結果)からすれば,本 件穿孔は,本件検査において内視鏡の操作により,原告の大腸に存在した 癒着がはがれて生じたものと認められる。
 そして,証拠(鑑定の結果)によれば,大腸に癒着がある場合には,癒 着がない場合よりも,合併症の発生の割合が高いことが認められ,癒着の 可能性が存在する患者に対して大腸内視鏡検査を行う場合には,癒着をは がすことによる大腸の損傷を避けるべく,慎重に内視鏡の操作を行うべき 注意義務があるといえる。
 よって,前記1(3)のとおり,C医師は,原告の大腸に癒着が存在する可 能性を認識していたといえるから,本件検査を行うに当たっては,癒着がは がれることによる大腸の損傷を避けるべく,慎重に内視鏡の操作を行い,癒 着による抵抗がある場合にはそれ以上内視鏡の挿入を続けることがないよう にすべき注意義務を負うものである。
 (2)ア そこで,まず,内視鏡の操作において,癒着による抵抗の変化が客観 的にも認識されない場合について検討するに,このような場合,C医師 に回避可能性が認められず,C医師の手技に過失があったと認めること はできない。イ 次に,内視鏡の操作において,癒着による抵抗の変化が客観的に認識で きる場合において,それにもかかわらず,C医師が,その抵抗の変化を認 識せず,内視鏡の操作を続行した場合には,その操作に過失があると評価 することができる。そして,証拠(鑑定の結果)によれば,大腸に癒着が 存在し,内視鏡操作に抵抗の変化がある場合には,被検者は痛みとして, 少なくとも苦痛の表情を表すものであると認められるから,本件検査にお いて,C医師が原告に苦痛の表情があるにもかかわらず,内視鏡の操作を 続行したといえる場合には,過失があると評価できる。
 この点,原告は,自分は痛みがあっても我慢する性格であると供述して おり,看護記録上(乙4)も,原告が苦痛を我慢する性格のため,肺炎の 苦痛を素直に言っていない可能性がある旨の記載があることから,原告が 痛みに敏感で,痛みがある場合にはすぐその旨告げる性格であると思った と証言するC医師が,原告の苦痛の表情を軽視して,内視鏡の操作を続行 した可能性も否定はできない。
 しかし,本件検査においては,前記(5)のとおり,C医師による一人法 による検査で,他に2人の看護師と1人の医師がついており,看護師が原 告の表情を見て,表情が苦痛により変わった場合には,看護師が原告に声 をかけることで,C医師に,原告が苦痛を感じていることを認識させる態 勢をとっていたことが認められ,本件検査では,一度も看護師の声をかけ ることがなかったことが認められる。この点,原告は,看護師は他の作業 をしており,看護師が自己の表情を見るため対面していたことはなかった とするが,本件検査においては2人の看護師がついていたこと,穿孔が生 じたのは,検査の早期の段階であり,一般に内視鏡の操作が難しいとされ るS状結腸部で,被検者の痛みが生じやすいところであることからすれば, 看護師が1人も原告の表情を観察していなかったとは考えにくく,原告は 本件検査中,横になっていたのであるから,看護師の動静を全て把握でき たとは考えにくいことなどからすると,原告の供述は採用できない。
 また,前記1(6)のとおり,本件検査において,内視鏡を挿入してしば らくして穿孔が生じ,その後,C医師は,B医師が来るまで,内視鏡をそ のままにしておいたことが認められ,原告も,内視鏡を挿入してしばらく は痛みがなく,しばらくしてから突然痛みが生じ,その痛みにずっと我慢 していた旨供述していることからすれば,本件検査においては,痛みと穿 孔はほぼ同時に生じたといえるのであって,このことは,癒着による抵抗 の変化と穿孔も同時に生じたことを意味するものと考えられる。 以上からすれば,C医師は,癒着による抵抗の変化を認識し,より慎重 に内視鏡を操作したり,内視鏡検査をやめることはできなかったものとい えるから,C医師には,結果の回避可能性はなかったものと認められる。ウ さらに,内視鏡の操作において,癒着による抵抗の変化を認識できない 程の強い力で内視鏡を操作し,癒着の抵抗により患者の表情が苦痛を表す より以前に又は同時に癒着をはがした場合について検討する。このような 場合,上記のような操作を行った場合には,その操作に過失があると評価 することができる。
 しかし,C医師が原告の癒着を軽視して,慎重さを欠いた操作を行った と認めるに足る証拠はなく,前記1(3)のとおり,C医師は,本件検査当 時,大腸内視鏡検査を3000例以上経験したことがあり,原告の大腸に は癒着が存在する可能性があることを認識し,原告が内視鏡検査に対して 不安をもっていたことを認識していたことから,全く慎重さを欠いた内視 鏡操作を行ったとは認めがたい。
 よって,C医師が,癒着による抵抗の変化を認識できないほどの強い力 で内視鏡を操作したと認めることはできない。
(3) 以上のとおり,C医師に手技上の過失があったとは認められない。
 3 争点(2)(説明義務違反の有無)について (1) 前記1(10)のとおり,大腸内視鏡検査においては,穿孔・出血等の合併 症の発生が一定の割合で生じており,その中には明らかに過失と評価でき るものも含まれているとはいえ,注意義務を尽くしたとしてもその発生をページ(4)
 完全に避けられないものが依然存在するといえるから,医師が同検査を行 うに当たっては,最善の注意を尽くしても穿孔・出血等の発生がありうる ことの説明を行うべき診療契約上の義務があるといえる。
(2) この点,B医師は,原告は胃の内視鏡検査の経験があるため,大腸内視 鏡検査の方を詳しく説明し,穿孔等の合併症についても説明した記憶があ り,原告の癒着があるかもしれないから大腸内視鏡検査は困難ではないか という質問は,合併症を起こす危険があることに対しての不安であると理 解したと証言する。
 しかし,前記1(3)のとおり,原告が記入した胃内視鏡検査前調査用紙は, B医師の説明の前に看護師から書くように言われたもので,大腸内視鏡検査 の問診も兼ねており,同用紙には,「検査に対する気持ちを○で囲んでくだ さい。」との項目があり,原告は「気にしない」に丸をしていることからす れば,この問診の結果を知ったB医師が,原告が癒着があるかもしれないか ら大腸内視鏡検査は困難ではないかと質問したことのみから,開腹手術をし なければならないような重大な合併症を起こす危険性を認識した上での大腸 内視鏡について不安を抱いていると理解したというのは軽率であったといわ ざるを得ない。しかも,B医師の証言によっても,原告の癒着があるかもし れないから大腸内視鏡検査は困難ではないかとの質問は,B医師による大腸 内視鏡検査に伴う合併症の説明を受けてなされたものとは認められない。ま た,前記1(5)のとおり,本件検査の同意書は,本件検査の直前に作成され たにすぎず,このことから本件検査の説明が十分であったものと推認するこ とはできず,B医師の合併症の説明を行った記憶があるとの証言も,本件検 査の時から約5年の年月を経た後の証言であるとはいえ,曖昧にすぎる。(3) 以上からすれば,B医師は,原告に対し,穿孔等の可能性を具体的に説 明したとは認められず,B医師を履行補助者とする被告は,診療契約上の 義務に違反する債務不履行責任ないし不法行為責任を負う。 なお,被告は,原告が,癒着により大腸内視鏡検査が困難であることを認 識しており,同検査の危険性を認識していたから,説明義務に違反するも のではないと主張するが,大腸内視鏡検査において不可避的に生じる合併 症は,単なる痛み,出血だけではなく,穿孔という重大な結果を生じさせ るものであるから,同検査に当たっては,その危険性について具体的な内 容について説明し,被検者に判断の資料を与えるべきであるといえるから, 被告の主張は採用できない。
 また,被告は,医師とすれば,胃と大腸の内視鏡検査は危険性の程度にお いてさほど差はないという認識であること,B医師及びC医師は合併症の 経験がないこと,原告が胃内視鏡検査については経験があり,不安を感じ ていなかったこと,大腸内視鏡検査についても癒着の点以外不安を示して いなかったことなどから,B医師が,原告は内視鏡検査の危険性について ある程度知っていたと考えたことは非難できず,原告としても,具体的に 疑問を提示すべきであったと主張する。確かに,医療行為において,あら ゆる可能性を説明すべき義務があるとはいえないとしても,一定の割合で 不可避な合併症が発生する本件検査においては,前記のとおりの範囲で説 明すべき義務があるものと認めるのが相当である。そして,専門家である 医師の説明義務を履行する前提として,患者から疑問を提示すべきである とすることは相当でない。
 よって,被告の上記主張は採用できない。
 4 争点(3)(損害)について (1) 前記3のとおり,被告は,原告に対する説明義務を怠り,それによって, 原告は,大腸内視鏡検査の危険性について十分把握した上で,自らの責任 において,同検査を受けるか否かを決定する機会を奪われたといえ,被告 は,これによって被った原告の精神的損害を賠償する義務がある。(2) 次に,原告は,本件検査による穿孔により開腹手術を受け,腹壁瘢痕ヘ ルニアの後遺症を負ったものであるところ,上記説明義務違反とこれらの 損害との間に因果関係があるか検討する。 この点,原告は,肺炎のために被告病院に入院したものであり,大腸内視 鏡検査は主目的ではなかったこと,原告は,膨満感や便鮮血などの本件検査 の必要性を基礎づける事情を認識していなかったこと,過去に虫垂炎及び腹 膜炎の経験があり,開腹手術は絶対に避けたいと考えていたことから,説明 義務が履行されていれば本件検査を受けなかったと供述する。
 しかし,仮に,原告が,平成7年10月15日ころの説明時において本件 検査に同意しなかったとしても,原告は,前記1(4)のとおり,本件検査の 前日である同月16日に,胃の内視鏡検査を受け,胃にポリープが6か所程 度発見されたことからすれば,その後,医師により本件検査の必要性を更に 指摘されれば,本件検査に同意した蓋然性が高いこと,前記1(10)のとおり, 内視鏡検査の代替措置である注腸検査においても穿孔等の合併症は一定の割 合で存在すること,大腸に癒着が存在する場合には,注腸検査においても, その発生の可能性は高いといえること,原告が注腸検査を選択しても,更に 詳細な検査のため内視鏡検査を必要とする可能性も高いことからすれば,説 明義務が履行されたとしても本件検査を受けず,その結果,本件穿孔を避け られたものであるとはいえない。
 よって,説明義務違反と開腹手術等の損害との間に因果関係は認められな い。
(3) しかし,本件検査に不可避な合併症は,大腸に穿孔を生じさせ,開腹手 術を余儀なくされる重大な結果をもたらすものであること,本件検査の実 施が緊急を要するものでなかったことなどに照らせば,原告は,前記のよ うな説明を受けなかったことから,自己決定の機会が奪われたことは否定ページ(5)
 することはできない。そして,このことにより原告は精神的損害を被った といえ,これを慰謝するための慰謝料は,150万円と認めるのが相当で ある。
 また,本件の内容,認容額などを総合考慮すれば,弁護士費用を20万円 と認めるのが相当である。
5 結論
 以上のとおり,原告の請求は,被告に対し,診療契約上の説明義務違反に基 づき170万円及びこれに対する不法行為の日である平成7年10月17日か ら支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度 で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却すること とし,訴訟費用の負担につき民訴法64条,61条を,仮執行宣言につき同法 259条1項,仮執行免脱宣言につき同条3項をそれぞれ適用して,主文のと おり判決する。
 岡山地方裁判所第2民事部
 裁判長裁判官 小野木 等
裁判官 政岡 克俊
裁判官 永野 公規
ページ(6)
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