主文
1 被告が原告に対し,労働者災害補償保険法に基づき,平成6年4月27日付けでなした遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
 主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は,Xの労働者であったAが死亡したことは業務上の死亡にあたるとして,同人の母親である原告が,被告に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付の支給を求めたところ,被告が,上記死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして,不支給の処分をしたことにつき,原告において同処分の取消を求めた事案である。
二 前提事実(争いのない事実あるいは挙示する証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
1 亡Aの勤務
 亡A(昭和24年2月6日生)は,昭和46年4月から,Xに勤務し,次のとおりXの業務に従事した労働者である(争いがない)。
 昭和46年4月1日~昭和56年11月 清輝橋支店貸付係等
 昭和56年11月~昭和58年1月 北方支店得意先係
 昭和58年1月~昭和62年1月25日 築港支店開発準備委員及 び得意先係
 昭和62年1月26日~昭和62年9月13日 藤原支店貸付係
2 Xにおける就業時間及び休日(甲1の23,昭和61年8月1日改正) (1) 就業時間平日 始業 午前8時45分 終業 午後5時20分
休憩 午前11時より午後1時30分までの間に交替で30分
 午後3時より4時までの間に交替で15分間
土曜 始業 午前8時45分 終業 午後3時
休憩 午前11時より午後1時30分までの間に交替で30分
 1週間の就業時間 44時間55分(第2,3週は39時間10分)(2) 休日 日曜日,第2,3土曜日,国民の祝日,年始3日,その他Xが特に指定する日
3 亡Aの死亡前の業務内容
 亡Aは,昭和62年1月26日付で藤原支店に異動し,貸付係(実質的には亡Aを含め2名)に配置された。亡Aの職務内容は,基本的には1融資の受付,2稟議書作成,3不動産調査であった(甲15)。
4 亡Aの死亡直前の状況
 亡Aは,昭和62年9月12日(第2土曜日で指定休日)午前8時40分ころ出勤し,午後4時ころ退勤した。午後7時ころ帰宅して夕食を済ませ,午後8時ころ家を出て,当時交際していたB方を午前零時ころ訪れ,すぐに,頭痛を訴えたものの,病院には行かずにそのまま寝た。亡Aはその後,翌13日午前2時過ぎころ,大きなうめき声を出して,失禁しており,直ちに救急車でC病院に搬送され,同日午前3時20分ころ診察を受けた際には,瞳孔が散大し,対光反射がなく,心停止,呼吸停止の状態で,心マッサージを施すも心拍を得られず,自発呼吸もなく,同日午前3時35分ころ,死亡した。外傷はなく,C病院D医師により,心筋梗塞による病死である旨の死亡診断書が作成されている(甲1の7,1の34)。
5 本件処分等
 亡Aは未婚で,子供はおらず,亡Aの母親である原告が,その相続人である。原告は,亡Aの死亡当時,原告は亡Aの収入により生計を維持していたもので,当時満60歳以上であった。
 原告は,平成4年9月10日付で,被告に対し,亡Aの死亡は業務上の事由によるものであるとして,労災保険法に基づき,遺族補償年金の支給を求めたが,被告は,平成6年4月27日付けで原告に対し,亡Aの死亡は業務に起因することの明らかな疾病によるものではないとして,遺族補償給付(年金)を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をし,その旨を原告に通知した(甲1の6,1の55)。
 原告は,本件処分を不服として,同年7月8日付けで,岡山労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,平成8年3月22日付けで,審査請求を棄却する旨の裁決をし,その旨を原告に通知した(甲1の48,1の49)。
 さらに原告は,同裁決を不服として,平成8年5月15日付で,労働保険審査会に対し再審査請求をしたが,同審査会は,平成11年11月8日付で,再審査請求を棄却する旨の裁決を行い,同年11月11日過ぎころ,原告はその旨の通知を受けた(甲1の1,2の1,2の2)。
三 争 点
 亡Aの死亡が,業務に起因する疾病によるものか否か。
第三 争点についての当事者の主張
一 原告の主張
 1 亡Aの業務の過重性について (一) 亡Aの日常業務の過重性について (1) 仕事内容1 亡Aは清輝橋支店当時,貸付係を担当したことがあったが,その後 藤原支店に転勤となるまでの5年3か月の間,貸付係の経験はなかった。築港支店勤務時代,亡Aの退勤時間は大概,午後8時前後であっ た。2 昭和61年4月から藤原支店長交替までの間の貸付係の業務概要 藤原支店貸付係の中心はEで,入庫2年目のFが得意先係から貸付係に配転となった。Fは約束手形の満期管理,割引手形の満期管理,簡単な貸付稟議書の作成,貸付関係のオペレーション等の業務につき,Eは難しい稟議書の作成,顧客対応が主であった。貸付係と得意先係の関係は,得意先係が個人,法人の預金を獲得し,貸付係がそれを顧客に貸し付けて利益を生むという関係にあったが,当時のG支店長は預金獲得に力を入れており,貸付には余り力を注いでいなかった。勤務時間は,午前8時30分までには全員が勤務体制に入り,午後8時頃終業していた。
3 亡Aの転勤
 亡Aは,昭和62年1月26日付で,藤原支店貸付係に転勤とな
り,これに伴い貸付係のベテランE,外勤主任Hが転出し,貸付係の中心に亡Aが配属された。貸付係Fは得意先係に配転となり,後任に貸付係は初めての入庫1年目のIが配転された。昭和62年4月,高卒のJが貸付係に配属となり,同年6月,Iが得意先係に配転され,後任に貸付係経験のないKが配属された。
 亡Aが藤原支店貸付係に転勤した時点において,貸付係に習熟した行員は係員としてはおらず,事務処理の機械化が進んでいたことから,亡Aは藤原支店転勤により貸付事務の勉強に加え,オペレーション業務から離れている間に端末機が新しくなっておりその習熟に時間を要した。また,当時はバブルに向かう時期で,不動産評価により貸付枠が広がりつつあり,貸付係は,多忙化していく方向にあった。
 亡Aが藤原支店に転勤するに先立ち,昭和62年1月,藤原支店長 は,G支店長からL支店長に交替した。
 L支店長はG支店長と異なり貸付拡大方針を採用し,ランキング制度を奨励し,書庫の整理を促す等事務処理の効率化を図った。
4 貸付係の業務過重性
 L支店長の貸付拡大方針等により,手形管理の合理化,得意先係による貸付の増大等の実績が上がることとなったが,他方,貸付拡大方針は得意先係と貸付係に過重な負担を課すこととなった。すなわち,得意先係が貸付業務に習熟するために貸付係から教えてもらう必要が生じ,さらに,得意先係が貸付業務に習熟するに従い,亡Aら貸付係に融資案件が増大し,そのチェックと処理の負担が課せられる結果となった。上記係員らは,連日午後10時頃まで残業を強いられ,月末などの特に多忙な時期はさらに遅く,午後11時,12時まで残業を余儀なくされ,このような状態は亡Aが亡くなった秋ころまで続いた。
 加えて,前記書庫の整理のため,得意先係,貸付係は,午後10時ころ貸付業務を終えた後,ほとんど毎晩午後11時,月末は午前0時までこの作業に従事することとなり,このような状態は昭和62年3月末まで続いた。(2) 労働時間 L支店長赴任後の亡Aの労働時間は次のとおりである。
 なお,藤原支店では土曜日の終業時間は大体午後5時頃であった。また,行員が昼休みを30分もとることはなく(忙しい時は食事をとらないこともあった),午後3時から4時の間に15分の休憩を取ることもなかった。午後5時20分からの残業にあたり,行員は食事を取らずに仕事を続けることもあった。 残業時は支店長以下の役職も残っていたこと,支店の鍵は役職が所持していたことから,男子行員が役職より先に退勤できる状況にはなかった。1 昭和62年1月26日~3月31日
 1月は,平日28.33時間(5.666時間×5日),土曜日2時間(2時間×1日)であり,合計30.33時間となる。
 2月は,平日107.654時間(5.666時間×19日),土曜日4時間(2時間×2日)であり,合計111.654時間となる。
 3月は,平日124.652時間(5.666時間×22日),土曜日は4時間(2時間×2日)であり,合計128.652時間となる。2 昭和62年4月1日~9月12日
 4月は,平日97.986時間(4.666時間×21日),土曜日4時間(2時間×2日)であり,合計101.986時間となる。
 5月は,平日88.654時間(4.666時間×19日),土曜日6時間(2時間×3日)であり,合計94.654時間となる。
 6月は,平日102.652時間(4.666時間×22日),土曜日4時間(2時間×2日)であり,合計106.652時間となる。
 7月は,平日102.652時間(4.666時間×22日),土曜日6時間(2時間×3日)であり,合計108.652時間となる。 8月は,平日97.986時間(4.666時間×21日),土曜日6時間(2時間×3日)であり,合計103.986時間となる。 9月は,平日41.994時間(平日4.666時間×9日),土曜日4時間(2時間×2日)であり,合計45.994時間となる。 亡Aは,発症前6か月間,いずれも80時間以上の残業をして
いることになる。
(3) 以上のとおり,亡Aは,貸付業務及び機械操作を勉強しながら得意先 係に貸付業務の内容を教える必要があり,かつ,得意先係が貸付業務に習熟するに つれ貸付案件が増大し,それがさらに業務過重を招いていた。
 つまり,配転による職場環境の変化に加え,従前の貸付係に比べて業務負荷が過重された中で長時間労働が必然化したもので,量的のみならず質的な過重性を見落とすことはできない。それは,健康体であった亡Aをして,自然経過を超えて心筋梗塞の発症を招来するに十分な過重労働であったといえる。(二) 亡Aの死亡前の業務の過重性について (1) 亡Aの自宅での訴え 亡Aは原告と2人で自宅で生活し,自宅から藤原支店に通っていたが,自宅では原告に対して,「自分が大変であるのに,得意先係が貸付業務を勉強すれば貸付が増加して,業務量は増大する一方だ。得意先係に貸付の指導もせねばならないし,毎日毎日,大変だ。」,「離れている間に貸付業務も色々とやり方が代わり,新しい機械も導入されて分からなくて困る。覚えられず苦しい。」,「残業が毎日毎日続いては体が持たない。」と愚痴り,「藤原支店では午後11時,12時まで働かされてエライ。体がボロボロになる。」,「こんな所に何時までも勤めていたら命がなくなる。」,「信用調査,土地購入等の調査もある。月末には仕事が増える。あれもこれも集中的に押しつけられても誰が出来りゃあ。」と怒ったように話し,エライエライと口癖のように言い,誰か犠牲者が出なければL支店長は分からないと話していた。
(2) 亡AのXでの様子 亡Aが死亡する少し前,亡Aが藤原支店内のトイレの手前の部屋で電気もつけず一人うずくまるような,何かにもたれかかっているような格好で休んでいるのをFが見つけ,声をかけたが,亡Aから誰にもいうなと言われたことがあった。
2 亡Aの死亡の業務起因性
(一) 死因について C病院のD医師において死因につき心筋梗塞と診断しているのみならず,労災申請手続きにおいても心筋梗塞として扱われ,M医師(甲34)も心筋梗塞と診断している。
 亡Aの死因は心筋梗塞である。
(二) 亡Aの素因,危険因子について (1) 既往歴・家族歴等1 亡Aは,生来健康であり問題となる既往歴はなかった。
 家族歴については,父は日光過敏症がある程度で,母は健康であ
り,いずれも心臓疾患あるいは高脂血症はない。
 亡Aは,酒類はほとんど飲まず,喫煙歴はあったがいわゆるヘビースモーカーではなかった。
2 亡Aの体格等(昭和62年の健診結果より) 身長171.3cm,体重64.5kg,肥満度-1%,血圧112/76,尿蛋白(-),胸部X線異常なしとの結果であった。
3 亡Aの従前の健康状態
Xの一般健康診断でも,昭和57年7月2日から昭和62年7月2 2日までの間に毎年1回受けた結果では,血圧正常,所見では「異常ありません」 と記載されている。(2) 亡Aと心筋梗塞のリスクファクターの関係
1 心筋梗塞の基礎疾患である冠状動脈硬化(粥状硬化-血管病変)の三大リスクファクターは,高脂血症・高血圧・喫煙であるが,検診結果においても高血圧でなく,高脂血症も窺えない。
2 亡Aは38歳で発症しており,若年発症の事案であるところ,「若 年心筋梗塞患者の発症前の背景には過労状態がある」とする文献もあ る。1日30本以上の若年喫煙者に心筋梗塞のリスクが高いとされて いるが,亡Aが1日30本以上の喫煙者であったことは窺えない。3 亡Aには,粥状硬化のリスクファクターとして挙げられる糖尿病, 肥満,高尿酸血症もみられない。
(3) したがって,亡Aが普通に生活していて,心筋梗塞を発症するような 要因はない。(三) 業務起因性について (1) 長時間労働と心筋梗塞発症との関係1 心筋梗塞について 心臓の冠状動脈(内腔の太さ3~8mm)は,動脈硬化(冠状動脈硬化症)により,その内壁に石灰分やコレステロールが沈着し,次第に血管が狭くなる(冠状動脈のアテローム性硬化)と,血液の正常な補給が妨げられ,心臓が要求するだけの血液量が流れなくなり(冠不全),心筋が正常な作動をしなくなる。その時,胸痛の発作が起きるが,これを狭心症という。狭心症の症状は一過性のものであり数分で遠のくが,冠状動脈のアテローム性硬化がさらに進行し,狭窄部で血の塊が栓をするなどして心筋細胞の壊死(生体組織の局部的な死滅)を生じ,発作後十数分以内に不整脈となり心臓は停止し,意識を消失して死亡する例も多い。心筋が壊死に陥った状態を心筋梗塞という。
2 心筋梗塞の発症機序と長時間労働の関わり
 動脈硬化とその主要な血管合併症である心筋梗塞や脳梗塞の危険因子として,一般に高血圧,高脂血症,喫煙,糖尿病,肥満,ストレスなどがあげられ,現在では,ストレスと動脈硬化病巣の形成機序について次のように考えられている。
 なお,ストレスとは,「生体がさらされる身体的,精神的,社会的な刺激に対して生体の中で生じる反応」と定義され,物理的ストレッサーと心理的ストレッサーに分類されるが,世界保健機関(WHO)は,社会的心理的ストレッサーの分類として環境要因と個人的要因に大別し,環境要因では長時間労働,過剰残業,休日出勤といった過剰負荷,単純で退屈な仕事といった過少負荷を問題としている。
(ア) ストレスを受けると,我々の身体は恒常性を維持するため交感 神経-副腎髄質系,及び下垂体-副腎皮質系を介して適応しようとする。
 交感神 経の興奮及び血中カテコラミンの増加は心拍数を増やし,皮膚,内蔵の血管を収縮 させることによって血圧を上昇させる。(イ) また,血中への脂肪酸,グルコースの放出が促進され,肝臓で の血漿リポ蛋白の一種(VLDL)の合成,分泌が亢進する。(ウ) ストレスが長時間持続すると,このような反応が蓄積し,高血 圧症や高脂血症を惹起し動脈硬化巣の形成につながると考えられている。また,カ テコラミンによって血行動態の変化が,血管内皮障害につながると考えられる。同 時に,カテコラミンはトロイポキサンA2 を介して血小板凝集機能を亢進させ,心 筋梗塞の発症にかかわると考えられる。(エ) また,ストレスはコルチゾールの分泌を促進し,これも血漿リ ポ蛋白の一種(VLDL)の合成,分泌を高めると考えられる。 今日では,慢性過労が動脈硬化の促進因子として働くことは明ら
かとなっている。
(2) 亡Aの場合,「過労死」の認定で扱われている精神的ストレス項目が 数項目当てはまるのであり,専門検討会報告書が指摘している業務に由来する精神 的緊張の要因も満たしている点に留意すべきである。
 被告が主張する新認定基準は,間に休日が存したことを除外要因としていないし,亡Aが日光過敏症の父親に対する付添で肉体的精神的に疲労していたり,Bとの交際に関連して強いストレスを受けていたことは窺えない。 亡Aは,藤原支店に転勤後,職場における人員構成が大きく変わり,また,支店長交替に伴って業務方針が大きく変わり,そのために残業時間が増大し業務過重となって心筋梗塞を発症したものであって,業務以外の要因によるものではない。(3) 厚生労働省労働基準局長が通達で定めた「脳血管疾患及び虚血性心疾 患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」は,平成13年12月 12日付基発1063号において,認定基準が新たに定められており(以下「新認 定基準」という。平成7年2月1日付基発第38号及び平成8年1月22日付基発 第30号通達は廃止された。),被告は新認定基準の適用を主張しているが,新認 定基準は,労働基準監督署担当職員が労災認定業務にあたり,判断が分かれないよ うに一律の基準を定めたものであり,その要件にそのままあてはまらなければ裁判 上も業務起因性が否定されるものではない。また,新認定基準自体,おおむね45 時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強ま ると判断されるとしており,必ず100時間,80時間に達しなければ業務起因性 が認められないとの立場はとっていない。 したがって,仮に亡Aの時間外労働が 1か月100時間,80時間に達しなかったとしても,本件業務起因性が否定され るものではない。二 被告の反論
 1 業務起因性について (一) 業務起因性と因果関係(1) 業務起因性の法的判断枠組み 労災保険法上の保険給付は,労働者の業務上の死亡等について給付されるところ(同法7条1項1号),今般の認定基準の改定は新たな医学的知見の集積に伴って行われたものであって,業務起因性の法的判断枠組みについては,今般の認定基準の改定により何ら変更はない。
(2) 業務起因性の意義 当該労働者の死亡等を業務上のものというためには,当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(死亡等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があることを要する。
 そして,相当因果関係が肯定されるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。けだし,災害補償制度は,労働者が従属的労働関係に基づいて使用者の支配管理下にあることから,労務を提供する過程において,業務に内在する危険が現実化して傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失填補に当たるべきであるとする危険責任の考え方に基づくものであるからである。
(二) 脳・心臓疾患の場合の新認定基準の概要 (1) 基本的な考え方 脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患」という。)は,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪するといった自然経過をたどり発症に至るものとされている。
 しかしながら,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症する場合があり,そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患はその発症に当たって業務が相対的に有力な原因となっているものと判断し,業務に起因することの明らかな疾病として取り扱うものである。
 このような脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる疲労の蓄積も考慮することとした。
 また,業務の過重性の評価に当たっては,労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握,検討し,総合的に判断する必要がある。
(2) 認定要件 次の1,2又は3の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労働基準法施行規則第35条別表第1の2第9号の1に該当する疾病として取り扱う。
1 発症直前から前日までの間において,発症状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という。)に遭遇したこと2 発症に近接した時期において,特に過重な業務(以下「短期間の過重業務」という。)に就労したこと
3 発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重 な業務(以下「長期間の過重業務」という。)に就労したこと (3) 過重負荷について 過重負荷とは,医学的経験則に照らして,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷をいい,業務による明らかな過重負荷と認められるものとして「異常な出来事」「短期間の過重業務」及び「長期間の過重業務」に区分し,認定要件としたものである。ここでいう自然経過とは,加齢,一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の形成,進行及び増悪の経過をいう。
 長期間の過重業務については次のとおりである。
ア 疲労の蓄積の考え方
 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合に
は,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがある。
 このことから,発症との関連性において,業務の過重性を評価す
るに当たっては,発症前の一定期間の就労実態等を考慮し,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。
イ 特に過重な業務
 特に過重な業務とは,日常業務に比較して特に過重な身体的,精
神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうものであり,日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は,血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。ここでいう日常業務とは,通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。ウ 評価期間
 発症前おおむね6か月間
エ 過重負荷の有無の判断 (ア) 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点から,客観的かつ総合的に判断する。
(イ) 業務の過重性の具体的な評価に当たっては,疲労の蓄積の観 点から,労働時間のほかの負荷要因(不規則な勤務・拘束時間の長い勤務・出張の 多い業務・交替制勤務・深夜勤務・作業環境・精神的緊張を伴う業務)について十 分検討する。その際,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間 に着目すると,その時間が長いほど,業務の過重性が増すところであり,具体的に は,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,1 発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり概
ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
2 発症前1か月間に概ね100時間又は発症前2か月間ないし
6か月間にわたって1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できること
 を踏まえて判断する。
 ここでいう時間外労働時間数は,1週間当たり40時間を超え
て労働した時間数である。また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。
(4) 新認定基準運用上の留意点について 新認定基準の具体的運用についての厚生労働省労働基準局課長作成の「運用上の留意点等」について(甲45)には,次の趣旨の記載がある。
 過重性の評価に当たっては,発症前6か月間のうち,まず,発症前1か月間の時間外労働時間数を算出し,次に発症前2か月間,さらに発症前3か月間と順次期間を拡げ,発症前6か月間までの6とおりの時間外労働時間数を算出 し,そのうち1か月当たりの時間数が最大となる期間を総合評価の対象とし,当該 期間の1か月当たりの時間数を(3)のエに当てはめて検討した上で,当該期間におけ る労働時間以外の負荷要因の評価と併せて業務の過重性を判断する。(三) 新認定基準とリスクファクター (1) 上記新認定基準は,業務の危険性(過重性)の要件に関する事項のみを定め,現実化の要件に関する事項(労働者の私的リスクファクター等の内容・評価)については触れていないが,これは,業務起因性の判断に当たって,労働者の私的リスクファクター等を勘案しないという趣旨ではない。
 新認定基準は,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症した場合に初めて,業務起因性を肯定しようとするものである。新認定基準に基づいて業務の過重性(危険性)が認められる場合であっても,業務外の要因が主たる原因となって発症したと認められる場合(現実化の要件が認められない場合)には業務起因性は否定され,新認定基準も危険性の要件と現実化の要件の双方が認められて初めて業務起因性が肯定されるとの枠組みを採っている。
(2) 脳・心臓疾患の場合にも,その発症が業務上のものと認められるため には,脳・心臓疾患の発症と業務との間に,相当因果関係が肯定されることが必要 である。
 脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変等(動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態)が加齢や一般生活等における種々の要因によって長い年月の間に徐々に進行・増悪して発症に至るのがほとんどであり,業務に特有の疾病ではなく,業務により発症するという事態が頻発するものでもない。
 脳・心臓疾患の発症には,複数の原因が競合しており,その複数の原因が結果発生に対して絡み合っているのが通常であり,その結果発生への影響等も強弱様々である。しかしながら,労災補償制度は業務と業務以外の事由という複数原因が競合しても,業務が寄与した割合に応じて労災補償給付をすることを予定せず,業務上であるか否かを画一的に判断する制度であるため,複数の原因が競合している場合において,業務と発症との間にどの程度のつながりがあれば,条件関係のみならず,相当因果関係があるといえるのかという問題が顕在化する。(3) このような観点から,脳・心臓疾患発症と業務との相当因果関係が認 められるためには,脳・心臓疾患発症が業務に内在する危険の現実化といえなけれ ばならないのであるから,まず,1当該業務に危険が内在していると認められるこ とが必要であり(危険性の要件),2当該脳・心臓疾患が,当該業務に内在する危 険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件)が必要である。ア 危険性の要件
 業務の危険の程度は,あくまで平均的な労働者,すなわち,日常業務を支障なく遂行できる労働者を基準とすべきである。そして,当該業務の危険性は,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者(以下「平均的労働者」という。)を基準として,当該業務による負荷が,医学的経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷といえるか否かによって決するのが相当である(平均的労働者基準説)。
イ 現実化の要件
 次に,相当因果関係を認めるためには,当該業務に危険が内在しているだけでは足りず,当該業務に内在する危険の「現実化」として,脳・心臓疾患が発症したことが認められる必要がある。
 仮に脳・心臓疾患の発症に業務が何らかの寄与をしていることが認められる場合であっても,業務外の要因(喫煙・高血圧など当該労働者の私的なリスクファクターや先天的な素因,私生活上の身体的・精神的負荷等)が,より有力な原因となって脳・心臓疾患の発症をもたらした場合には,業務外に存在した危険(当該労働者の私的領域に属する危険)が現実化して発症したものであるから,相当因果関係は認められない。
 この現実化の要件は,当該労働者に係る業務外の要因の内容及び程度により左右されるものであるから,危険性の要件とは異なり,当該労働者本人の事情を基礎に個別・具体的に判断されるべきである。
2 亡Aの業務内容について
(一) 仕事内容 亡Aの担当業務は,貸付係としての室内での内勤業務であって,得意先係と異なり外回りや出張等もなく,健康障害を招きやすい不規則労働もなく,デスクワーク中心の定型的な事務労働であり,かつ藤原支店においてはL支店長による業務方針の変更の結果,融資の拡大とそれに伴う手形管理の簡素化,貸付事務についての効率化と得意先係による一部分担等が図られ,貸付係全体の通常の業務量には特段の増加傾向はなく,精神的な緊張を強いられる特別な出来事もなかった。
 また,藤原支店では,残業をする際には大概,男子行員全員が残っていたが,亡Aの発症前1か月間ないし6か月間において,他の男子行員で特段体調不良を訴えたり,治療を要する病気になった者もいない。
 さらに,大蔵省検査による業務繁忙期は昭和62年6月中には終了し,同年7,8月には通常の業務量に落ち着いていたため,亡A自身も,上記業務繁忙期の終了後少なくとも3週間以上経過した7月22日付けの健康診断において,血管病変等の進行・増悪を示す所見が何ら認められず,当時の疲労の蓄積は健康診断時において認められない上,亡Aの平均睡眠時間は6,7時間であり,脳・心臓疾患との間に有意な関連性が認められる程度の睡眠不足の状況にはなかった。
 したがって,発症前1か月間ないし6か月間において,亡Aの就労した業務が,同人と同程度の年齢・経験等を有し,通常の業務を支障なく遂行し得る平均的労働者にとって,著しい疲労の蓄積をもたらし,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる程度の負荷であったとは認められず,危険の内在する業務であったということはできない。
(二) 労働時間について (1) 発症前日の亡Aの勤務状況について 昭和62年9月12日,亡Aは,午前8時40分ころ出勤し,貸出稟議書の整理業務をしていた。当日は,亡Aを含め数名が出勤していた。亡Aは,昼食後,同僚と雑談するなどしており,特に変わった様子はなかった。
 また,当日は特別なトラブルもなく,午後4時ころ退勤した。 (2) 発症2日前から10日前までの状況 昭和62年9月3日から同月11日(うち6日は日曜日)までの実質8日間における亡Aの時間外労働は,平日午後8時から午後8時30分ころ,土曜日午後5時台までであり,1日3時間程度にとどまるものである。
(3) 発症前1か月間ないし6か月間の状況
 1 労働時間の算定方法 前記のとおり,新認定基準においては,長期間の過重業務における負荷要因としての時間外労働時間数の算定に当たり,昭和62年法律第99号による改正後の労働基準法32条(昭和63年4月1日施行)所定の労働時間,すなわち休憩時間を除き,1週間当たり40時間(1日8時間。上記改正前の同条所定の労働時間は1日8時間,1週間当たり48時間であった。)を超えて労働した時間数を算定することになるが,本件のような上記改正法の施行前の事案においても,同様の基準により時間外労働時間数を算定すべきこととなる。
2 時間外勤務記録表の信用性
 亡Aの勤務状況についての客観的資料は出勤簿(甲1の24)及び時間外勤務記録表(甲1の25)しかないところ,亡Aの時間外勤務記録表は,午後8時ころまでの時間外労働が記載されておらず,約2時間30分前後のサービス残業時間が反映されていない限度において,信用性に欠けることは否定できない。しかしながら,平日については,上記サービス残業を超える時間外労働時間が記載され,土曜日については,概ね実労働時間が正確に記載されているものとして,その限度で信用することができるというべきである。
3 亡Aの時間外労働時間
ア 亡Aの労働時間(就業規則所定の休憩時間を除いたもの)は,次のとおりであるものと考えられる。
(ア) 平日 時間外勤務記録表に時間外労働の記録のない日については,午後8時ころまでとし,時間外労働の記録のある日については,午後8時ころまでの分に実労働時間として記録されている時間を上乗せ した
時間までとする。
(イ) 土曜勤務日(第2,第3土曜日以外) 時間外勤務記録表に時間外労働の記載がある日については,記録どおりであり,上記記載のない日については,就業規則上の退勤時刻(午後3時)までの分
(ウ) 第2,第3土曜日(休日)における出勤日 時間外勤務記録表に記載がある日(9月12日)については記録どおりの時間外労働があり,6月13日の時間外労働の記載については,出勤簿に 亡Aの押印がなく,休日扱いとなっているから信用できず,亡Aの勤務はなかった ものと考えられる。
 出勤簿に「CD」の記載がある日(8月15日,7月27 日)については,キャッシュ・ディスペンサーの管理等の当番(以下「CD当番」 という。)の日であり,午前9時から午後2時まで時間外労働したことになる。 (エ) そこで,亡Aの出勤簿記載の出勤日数に基づき,発症前6か 月間の各月(30日間)の時間外労働時間を推計すると,概ね 以下 のとおりになる。 9月12日~8月14日 81時間15分
 8月13日~7月15日 60時間05分
 7月14日~6月15日 75時間52分
 6月14日~5月16日 92時間08分
 5月15日~4月16日 48時間30分
 4月15日~3月17日 77時間03分
 したがって,亡Aの発症前1か月,同2か月,同3か月, 同4か月,同5か月及び同6か月までの6通りの時間外労働 時間を順次算出 し,上記6通りの時間外労働時間数の1か月 当たりの時間数を推計すると,そ れぞれ概ね次のとおりであ る。
 発症前1か月 81時間15分
 発症前2か月 70時間40分
 発症前3か月 72時間24分
 発症前4か月 77時間20分
 発症前5か月 71時間34分
 発症前6か月 72時間29分
 以上算出した原告の発症前6か月間の時間外労働時間のう
ち,1か月当たりの時間外労働時間数が最大となるのは,発 症前1か月の81時間15分であり,発症前2か月ないし6 か月においては1か月当たり77時間20分であって,これ らを総合評価の対象として新認定基準の長期間の過重業務に 関する労働時間の負荷要因に当てはめると,発症前1か月な いし6か月にわたって,1か月当たり概ね45時間を超えて いるが,発症前1か月において100時間,発症前2か月な いし6か月にわたって1か月当たり80時間をいずれも下回 っている。
3 業務起因性 (一) 死因について
 亡Aの死亡原因については,虚血性心疾患と脳血管疾患のいずれとも特定することができず,突然死ともいうべきものであり,したがって,そもそも業務と発症との間に条件関係が認められない。
(二) 時間外労働時間による過重負荷について
 発症前6か月間における亡Aの時間外労働時間数は,業務と発症との関連性が強いと評価される程度に至っていない。その上,前記推計は,平日の退勤時刻が午後8時より早い日もあったこと,毎週水曜日は早帰りの日になっていたこと,亡Aの父が昭和62年の7,8月ころに入院し,亡Aがその看病や見舞いのため,時々遅刻したり,他の行員より早く帰ることもあったこと,夜遅くまで残業する日には適宜夕食をとることもあり,平日の時間外労働の開始時刻が午後6時ないし6時30分の日が相当数存在することから,夕食により休憩をとる日も相当程度あったと認められることなど,亡Aの労働時間を減算する要素を何ら考慮しないものであり,これらの要素を考慮すれば,発症前6か月間の時間外労働時間数は,上記推計した結果をも下回る可能性が十分に認められる。
 したがって,亡Aの時間外労働時間については,発症前1か月ないし6か月にわたって,1か月当たり概ね45時間を超えているが,発症前1か月において100時間,発症前2か月ないし6か月にわたって1か月当たり80時間を下回っている点において,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できる類型には該当するものの,業務と発症との関連性が強いと評価できる類型には該当しない。
 さらに,前述したとおり,長時間労働と脳・心臓疾患との関係が肯定されるのは,主として長時間労働により睡眠が十分取れなくなることによるものであり,1日4ないし6時間程度の睡眠が確保し得ない状態が継続しているような労働に従事していたか否かという視点により,脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす危険を内在させる過重な業務であったか否かの検討を行うことが妥当であるとの医学的知見に基づくと,長期間にわたる過重負荷を評価する場合において,発症前概ね6か月間の労働時間による評価基準が設けられている。このような医学的知見及びこれに基づく労働時間の評価基準は,昭和62年法律第99号による改正後の労働基準法32条所定の1週間40時間(1日8時間)の法定労働時間を前提として,いわゆる週休2日制が社会的に定着している状況の下において確立したものであるところ,前述したとおり,土曜勤務がいまだ一般的であった時期の事案についても,時間外労働時間については1週間40時間を超える労働時間数を算定することになる。しかしながら,本件のように,時間外労働時間数を算定した結果によっては業務と発症との関連性の強弱をいずれとも決し難く,かつ土曜日の労働時間が平日と比較して短時間であるような事案においては,いわゆる週休2日制の下における時間外労働と比較すると,時間外労働の睡眠時間の減少に対する寄与度は平準化され,緩和されており,長期間にわたる過重負荷の有無の総合評価に当たっては,労働時間以外の負荷要因の考察が相対的により重要であるというべきである。
 したがって,亡Aの時間外労働時間数のみを主たる根拠として,長期間 の過重負荷と評価することはできない。
 (三) 時間外労働時間以外の負荷要因について 疲労の蓄積の観点から,亡Aの時間外労働時間以外の負荷要因について検討すると,第2,第3土曜日の休日はCD当番の日以外は概ね確保されており,発症前日の出勤日の実労働時間が4時間程度と短時間であり,その他の土曜日の勤務日においても概ね通常の終業時刻(午後3時)又は午後5時ないし午後5時30分ころまでに勤務が終了していること,日曜日は休日として確保されていたほか,昭和62年5月のゴールデンウイーク中の休暇や夏期休暇も取得しており,業務多忙といわれる時期の後には必ず相応の休暇が存在していたこと,同年6月の大蔵省検査の時期を除いて短期集中的に過度の長時間勤務や拘束時間が長い勤務を行ったこともなく,不規則な勤務形態も特段認められないことからすれば,時間外労働時間以外の負荷要因は特にみられない。
(四) 業務以外の事由(現実化の要件) (1) 亡Aには,脳・心臓疾患の発症をもたらす血管病変等の基礎疾患は特段認められず,その他の私的なリスクファクターとしては喫煙が認められるに過ぎないけれども,亡Aの父(原告の夫)は,昭和62年夏ころから「日光過敏症」でN病院に入院しており,亡Aが入院中の父の見舞いや看病によって肉体的,精神的に疲労していたことが明らかである。
 また,亡Aは,発症6か月前からBと同棲状態にあったが,Bとの交際について,原告が強く反対していたため,日常,Bと交際に反対する原告との間で板挟み状態となっていたことが窺われ,かかる状況下で,原告が何度も職場へ電話をかけ,亡Aはこれを不快に感じており,亡Aが母親やBをめぐる人間関係において相当強いストレスを受けていたことが推認される。
(2) 以上によれば,発症前6か月間の亡Aには,私生活上の身体的・精神 的負荷が存在し,これと亡Aの業務上の負荷の程度とを比較すると,いずれがより 有力な原因であると高度の蓋然性をもって認めることはできないから,亡Aの発症 が,同人の私的領域に属する危険ではなく,業務に内在する危険の「現実化」とし て発症したと認めることはできない。
 4 したがって,亡Aの死亡には業務起因性が認められず,本件処分は適法で ある。第四 争点についての当裁判所の判断
一 業務起因性の判断基準
1 労災保険法7条1項1号にいう「業務上の死亡」及び労働基準法79条に いう「労働者が業務上死亡した場合」とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病に 起因して死亡した場合をいい,単に死亡の結果が業務遂行上生じ,あるいは死亡と 業務との間に条件関係があるというだけでは足りず,これらの間に法的にみて労災 補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められることが必要である (最高裁判所昭和50年(行ツ)第111号・同51年11月12日第二小法廷判 決・裁判集民事119号189頁参照)。
 そして,労災補償制度が業務に内在ないし随伴する危険が現実化した場合 に労働者に発生した損失を保障するものであることに鑑みると,相当因果関係の有 無については,発症が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したことによるもの とみることができるか否かによって判断するのが相当である(最高裁判所平成6年 (行ツ)第24号・平成8年1月23日第三小法廷判決,同平成4年(行ツ)第70 号・平成8年3月5日第三小法廷判決参照)。2 また,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証 明ではなく,経験則に照らして全証拠を綜合検討し,特定の事実が特定の結果発生 を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通 常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要と し,かつ,それで足りるものであるから(最高裁判所昭和48年(オ)第517号・ 同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照),厳密な 医学的判断が困難であったとしても,被災労働者の業務内容,勤務状況,健康状 態,基礎疾患の程度等を総合的に検討し,それが現代医学の枠組みの中で,当該疾 患の形成及び発生の機序として矛盾なく説明できるのであれば,業務と発症との相 当因果関係を肯定することができるというべきである。 二 亡Aの死因について1 亡Aは,生前,医師による精密な健康診断,診察を受けておらず,死体解剖もなされていないため,死亡原因となった疾病を医学的に正確かつ詳細に解明することはできないが,労災保険法の適用において亡Aの死因を明らかにすることの目的は,疾病の医学的解明自体にあるのではなく,疾病と業務との因果関係を労災保険法上の見地から明らかにすることにあるのであるから,亡Aの生前の健康状態,急死に至る状況等から医学経験上通常起こりうると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りると解するのが相当である。
2 そこで,亡Aの死因について検討するに,死亡診断書(平成元年12月19日C病院D医師作成。甲1の7),甲1の34,甲2の2(19頁,C病院D医師の意見書記載),同(21頁,岡山労働基準局地方労災医院協議会脳,心部会意見),亡A死亡の業務起因性に関する意見書(平成13年11月15日付O病院M医師作成。甲34)によれば,亡Aは,B方で頭痛を訴えてから尿失禁し,意識もなく,救急車で搬送された後も意識の回復が見られず,初診時において既に対光反射もなく,心停止,呼吸停止に至っており,外傷はみられず,臨床検査において心停止の結果が出ていることが認められることからすると,亡Aの死因については,診断書記載のとおり心筋梗塞であると認めるほかない。本件は本態性心室細動による突然死である可能性が高いと考えられる旨のRセンターP院長作成の意見書(乙9)が提出されているが,これはその可能性がある旨の医学的知見にとどまり,前記臨床的診断を左右するに足りない。
三 心筋梗塞に関する医学的知見
 心筋梗塞に関する医学的知見について,甲5,6,26ないし28,34,40,乙2及び弁論の全趣旨によれば以下のとおり認められる。
1 心筋梗塞は,心筋を養っている冠状動脈の閉塞ないし狭窄によって,当該動脈の支配領域以下の心筋の血流が障害され,心筋細胞が壊死に陥り,肉眼的に認めうる一定の大きさになったものをいう。
 心筋梗塞は,冠状動脈の狭窄または閉塞により生じるが,その主な原因としては,1冠状動脈の動脈硬化(血管の壁にカルシウム等が沈着して壁が隆起し内腔の狭窄あるいは閉塞を起こすもので,隆起した部分である血管内膜の限局性肥厚[プラーク]が,何らかのきっかけで破れ,冠状動脈を収縮させたりして,冠閉塞を生じる要因となることがある。),2冠血栓(血小板が凝集し,一定の大きさとなり血管内腔を閉塞するものであり,様々な原因で冠状動脈内で血栓が形成され,内腔が閉塞する。),3冠攣縮[スパスム](冠状動脈の内腔は神経や代謝により調整されているところ,何らかの原因で血管壁が収縮し内腔が狭くなる現象)が挙げられる。
2 一般に心筋梗塞については,高脂血症,喫煙,高血圧が3大危険因子といわれ,35歳前後の若年者心筋梗塞における危険因子は,高脂血症,家族歴,喫煙であるともいわれている。
 若年者の心筋梗塞の場合,冠動脈病変については冠攣縮,冠塞栓症,冠動脈奇形などの割合が多く,20パーセント前後を占めるとされ,事前の診断は難しいとされている。
 冠状動脈硬化症は,慢性的に経過し,虚血症状出現は疾患の終末期に起こるのが一般と考えられ,終末期にある要因が発症の引き金となることがあり,代表的なものが過度の身体的,精神的負荷等であるとされている。
3 急性心筋梗塞を含む虚血性心疾患は,血管病変等の形成,進行及び増悪によって発症するものであり,このような血管病変等の形成等には,主に加齢,食生活,生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の要因(基礎的要因)が密接に関連するとされ,虚血性心疾患は,長年の生活の営みの中で自然経過をたどり発症するものであるとされているが,そのような自然経過の中で,労働による過重な負荷や睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇等を生じさせ,その結果,血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し,虚血性心疾患が発症することがあるとされる。そして,過重負荷の態様によって,虚血性心疾患が発症する形態には,長時間労働等による負荷が長期間にわたって生体に加わることによって疲労の蓄積が生じ,それが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させて発症する場合,このような血管病変等の著しい増加に加え,発症に近接した時期の業務による急性の負荷を引き金として発症する場合,急性の過重負荷を原因として発症する場合があるとされている。
四 亡Aの業務内容・労働時間,健康状態等
1 業務内容
 前提事実に甲1の42,1の43,15,証人F,証人Qの各証言及び弁論の全趣旨を総合すると,次のとおり認定できる。
(一) 亡Aは,昭和62年1月26日,藤原支店の貸付係に配転となり,そ の 直前に着任したL新支店長のもと,当時の貸付係では,経験の長いEが抜け, Fが貸付係から得意先係に異動となり,貸付係は,入庫1年目で貸付係の経験のな いIと亡Aが担当となった(支店長代理Qも貸付係であるが,支店長の補佐,職員 の指導等の職務が加わり,実質的には前記2人が貸付係の仕事に専従していたもの である。)。同年4月,高卒のJが貸付係に配属となり,同年6月,Iが得意先係 に配転された後任に貸付係経験のないKが配属された。(二) 貸付係の日頃の主たる業務は,1融資の貸付,2禀議書作成,3不動 産 調査であり,1に関する事務の流れとしては,受付,審査,実行(融資の関係 伝票をオンライン処理により起票し,貸付金利息や受入れ手数料等を徴求すると同 時に融資代り金を原則として顧客の預金口座に入金する等),事後管理(資金使途 の確認,信用状態の継続的把握,決済状況の把握,直接訪問による実態調査及び風 評,聞き込みによる観察等により顧客の状況を把握),回収(金銭の移動を伴う場 合,一般的には,いったん預金口座へ入金処理した後,オンライン処理により貸付 係が回収オペレーションをするケースが大半である。)であり,渉外担当係が担当 する場合もあるものの,貸付係が中心に関わり,しかも実働は2人であることか ら,知識も経験も豊富な亡Aに期待される役割は相当大きかった。そして,かかる 基本業務に加えて,L新支店長の下で,貸付拡大方針(得意先係が貸付業務全般に 習熟することで貸付高を伸ばすこと)が採られ,得意先係に稟議書の作成,貸付審 査等貸付業務の習熟を求め,これに対応して,貸付係が得意先係に貸付業務を指導 することが求められ,日頃の本来の業務に加えて,得意先係への指導担 当を実質的には亡Aが担った。2 勤務状況について
(一) 昭和62年3月から同年9月12日までの出勤簿(甲1の24)及び 時間外勤務記録表(甲1の25)の内容は,別表1,2《略》記載のとおりであ る。
 そして,実際の出勤日数が概ね別表1《略》のとおりであることは上記出勤簿に本人の印が押印されていることや,Q証人及びF証人の各証言から明らかである。
(二) Q証人及びF証人の各証言によると,時間外勤務記録表(甲1の2 5)における時間外労働をした日付,時間帯については,ほとんどがL支店長の指 示に基づいて記載されたもので,事実とは異なることが認められ,上記記録表によ って直ちに時間外労働時間を確定することはできない。
 しかしながら他方,F証人は,同記録表で時間外労働が午後8時までとなっている場合は,午後10時ころまで残業をしており,平均すれば書庫の整理のある時は午後11時ころ,忙しいときは午前零時位まで残業していて,書庫の整理が終わった時期からは午後10時ころまで,多忙時は午後11時ころまで残業し,結局,時間外労働として記載のある日については,極端に遅いという印象があり,年間でみると決算月9月や,6月末から7月,年末が忙しい印象であった旨,さらに,L支店長になってから3か月くらいは帰宅時間は午後11時をよく回っていたこと,その後も融資の稟議書を書いたりしていて午後10時ころになることが多く,秋ころにはようやく落ち着いた印象があり,書庫の整理をしていたころは,日頃の業務を終えてから支店長の手伝いをしており,男子行員はほぼ全員手伝い,自分達が残っているときは亡Aも残っていて,仕事のことも教えてもらっていた記憶がある旨証言し,また,Q証人は,男子行員の退勤時間は,平日では午後8時位で,遅くなると午後10時位,月末などには午前零時になることもあり,借入申込が多い場合などには,貸付の事務処理で午前零時になることもあったが,恒常的ではなかった旨,土曜日は5時ころまで残っていた旨,昭和62年6月の大蔵省の検査の際には,遅い残業が半月くらい続いたこともあり,月の中で忙しいのは,月末4,5日間や月初め5のつく日などであった旨証言する。
 以上の各証言,業務態様等を併せ考えると,亡Aは,少なくとも月に数日は残業が午後11時を超え,時には午前零時をまわることもあり,それ以外の日でも,概ね午後8時過ぎまで残業していたものと推認することができる。
 また,時間外勤務記録表の記載は,大蔵省の検査があった昭和62年6月は際だって時間外労働をした日が多くかつ時間も長いことや,月末については,毎月残務整理の記載があり,上記各証言と併せ考えても,全くでたらめの記載とはいえず,少なくとも残業をした一部の日は記載に含まれているとみられ,記載のある日については,通常よりも長く残業していたとみられ,さらに,甲1の36,1の37,1の42を併せ考えると,その程度は,少なくとも,時間外労働の記載がある日については概ね午後10時過ぎころまで(残業5時間。なお,亡Aはときには午前零時過ぎまで勤務していたことは認められるものの,午後8時より早く帰る日もあり,日ごとのばらつきを考慮する意味で,記載がある日の残業時間としては概ね午後10時過ぎと考えるのが相当である。),他の日は概ね午後8時過ぎまで(残業3時間)仕事をしていたこと,土曜日は,出勤日には概ね2時間程度の残業をしていたものと認定できる。
(三) 以上をもとに各月ごとの時間外労働時間を計算すると,以下のとおり となる。【3月】
 7(記載のある平日)×5(時間)+15(記載のない平日)×3 (時間)+2(土曜日出勤日)×2(時間)=84時間
【4月】
 7(記載のある平日)×5(時間)+14(記載のない平日)×3 (時間)+2(土曜日の出勤日)×2(時間)=81時間
【5月】
 8(記載のある平日)×5(時間)+11(記載のない平日)×3 (時間)+3(土曜日の出勤日)×2(時間)=79時間
【6月】
 13(記載のある平日)×5(時間)+9(記載のない平日)×3 (時間)+2(土曜日の出勤日)×2=96時間
 【7月】
 4(記載のある平日)×5(時間)+18(記載のない平日)×3 (時間)+3(土曜日の出勤日)×2(時間)=80時間
 【8月】
 4(記載のある平日)×5(時間)+17(記載のない平日)×3 (時間)+3(土曜日の出勤日)×2(時間)=77時間
【9月】
 5(記載のある平日)×5(時間)+4(記載のない平日)×3(時 間)+2(土曜日の出勤日)×2=41時間
(四) 本件発症数日前から発症当日までの亡Aの状況 甲1の38,1の40,1の42,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,亡Aの発症前7日間の勤務内容は,次のとおりであったと認められる。
(1) 昭和62年9月に入ってから,Xの仕事上,異常な事態やトラブルも なく,亡Aにおいても,特別変わった様子はなく過ごしていた。(2) 同月9日は,父の入院している病院に見舞いに仕事帰りに寄り,帰宅 は午前12時ころになっていた。(3) 同月11日は,午前6時半ころ起床し,午前7時半ころ車で出勤し, 特に変わった様子はなかった。(4) 本件発症前日(昭和62年9月12日)は,本来休みになる土曜日で あったが,いつもどおり午前6時半ころ起床し,午前7時半ころ車で出勤した。X では,支店長や男子行員数名が出勤しており,亡Aは特に変わった様子はなく,業 務上もトラブル等はなく,午後3時半から午後4時にかけて退勤した。
 3 亡Aの健康状態及び本件疾病の病態等 甲1の28,1の38,2の1,甲32,33,34によれば,次のとおり認定することができる。
(一) 亡Aの体格等は,昭和62年7月22日健診時の診断結果では,身長 171.3cm,体重64.5kgであり,肥満度-1%,血圧112/76,尿蛋白 (-),胸部X線異常なしで,血圧を含め,いずれも異常なしであり,昭和57年 からXで受診してきたこれまでの健康診断(昭和60年は受診せず)においても, 問題となる既往歴はない。
 父は,日光過敏症であるが,高血圧はなく,母は健康であり,いずれも特に心臓疾患はない。
(二) 亡Aと心筋梗塞のリスクファクターの関係 (1) 心筋梗塞の基礎疾患である冠状動脈硬化(粥状硬化-血管病変)の三大リスクファクターは,高脂血症・高血圧・喫煙であるが,検診結果より高血圧は認められない。
(2) 前記記載の健康診断結果,家族歴からすれば,亡Aの高脂血症を窺わ せる資料はない。(3) 喫煙については,1日30本以上の若年喫煙者にリスクが高いとされ ている(甲26ないし28)ところ,亡Aは喫煙していたが,1日30本以上の喫 煙者であったことは窺えない。(4) 亡Aには,動脈硬化のリスクファクターとして挙げられる糖尿病,肥 満,高尿酸血症もみられない。4 亡Aの仕事内容以外の日頃の生活状況について
 甲1の38,証人F及び証人Qの各証言,原告本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。
(一) 亡Aは,Xには自宅から,車で通勤していた。本件発症6か月位 前 からB宅にも寝泊まりすることが多く,パチンコに行くこともあった が,生活を 乱すようなことはなかった。
 遅刻はほとんどなく,定休や夏休みなどを除き仕事を休むことはなく, 勤務態度はまじめで,同僚の信頼を得ていた。
(二) 昭和62年夏ころから,日光過敏症により入院した父親の見舞い等に も 行っていたが,父親の病状自体は落ち着いており,原告や亡Aの妹が世話 を していて,亡Aが父親の看病をしなければならない状況にはなかった。
 五 亡Aの業務と本件疾病発症との因果関係1 厚生労働省による認定基準は,業務上認定処分を所轄する行政庁が処分を行う下級行政機関に対して運用の基準を示した通達であって,業務外認定処分取消訴訟における業務起因性の判断について,裁判所を拘束するものではないものの,新認定基準においては,より具体的に疲労の蓄積の点から時間外労働の基準を示しているから,上記基準も踏まえて,以下検討する。
2 前記二ないし四で認定した各事実を総合して検討すると,亡Aの業務が本件発症に与えた影響について,本件発症の過去1か月間や直前1週間の短期間をみると,生活面,仕事面で特に変わった事情はないが,過去6か月間の勤務状況,その業務の過重性につき,次のとおり認定できる。
(一) 亡Aは藤原支店に転勤して間もなく,貸付係の一連の仕事の実質的責 任者となり,端末機が新しくなっていて習熟に時間を要した上,得意先係への指導 を行うという負担も課され,その上にさらに,得意先係が貸付業務に習熟するに従 い増大する融資案件のチェックと処理の負担が加わり,これまでの亡Aの仕事経験 からすれば,質的に相当過大な負担であったとともに,時間外労働は恒常的であ り,その程度も,昭和62年3月以降概ね月に80時間を超える量的にも過大なも のとなっており,この間の業務は,亡Aにとって精神的負担の相当大きい加重な業 務であったということができ,この段階で,既にかなりの精神的疲労を蓄積してい たものと推認することができる。
 Bと交際していたことに伴うストレスや父親が入院していたことによる精神的負担等があったとしても,上記業務上の過大な負担が相対的に大きな要因となって精神的疲労の蓄積をもたらしていたことは容易に推認しうるところであり,亡Aと同様の仕事経験を経てきた立場の平均的な労働者を基準にしても,かかる負担は同様であったと推認できる。
 そして,亡Aは,心筋梗塞を発症していることからすると,その発症の基礎となりうる素因又は疾患を有していたことは否定し難いが,その程度や進行状況を明らかにする客観的資料はなく,亡Aは,死亡当時38歳と比較的若年であり,健康診断においても異常はないとされていたのであるから,同基礎疾患等が確たる発症因子がなくてもその自然の経過により血管病変等を生じたとは考え難い。(二) そうすると,亡Aの死亡原因となった心筋梗塞は,他に確たる発症因 子のあったことが窺われない本件においては,同人の有していた基礎疾患等が発症 前に従事していた業務による加重な精神的身体的負荷により,その自然の経過を超 えて急激に増悪したことによって発症したものと考えるほかなく,その間に相当因 果関係の存在を肯定することができる。
 したがって,亡Aの死亡は労災保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきである。
第五 結 論
 してみれば,亡Aの死亡が業務によるものではないとした本件処分は違法であることに帰するから,その取消を求める本件請求は理由がある。
 よって,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
 岡山地方裁判所第1民事部
 裁判長裁判官 金 馬 健 二
裁判官 金 光 秀 明
裁判官 鈴 木 紀 子 ・
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