主文
1 原告らの主位的請求をいすれも棄却する。
2 被告は,原告Aに対し金66万円及ひ内金60万円に対する平成9年3 月29日から支払済みまて年5分の割合による金員を支払え。3 被告は,原告B,同C及ひ同Dに対し,各金22万円及ひ内金20万円 に対する平成9年3月29日から支払済みまて年5分の割合による金員を 支払え。4 原告らのその余の予備的請求をいすれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。
6 この判決は,第2,第3項に限り,仮に執行することかてきる。事実及ひ理由
第一 請求 (主位的請求)
一 被告は,原告Aに対し,金1342万4298円及ひ内金1242万42 98円に対する平成9年3月29日から支払済みまて年5分の割合による金 員を支払え。二 被告は,原告B,同C,同Dに対し,各金447万円4766円及ひ内金 414万1432円に対する平成9年3月29日から支払済みまて年5分の 割合による金員を支払え。(予備的請求)
一 被告は,原告Aに対し,金330万円及ひ内金300万円に対する平成9年3月29日から支払済みまて年5分の割合による金員を支払え。二 被告は,原告B,同C,同Dに対し,各金110万円及ひ内金100万円 に対する平成9年3月29日から支払済みまて年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 前提事実(当事者間に争いかないか弁論の全趣旨により明らかな事実)1 当事者 (一) 原告
訴外亡Eは,大正9年1月21日生まれの男性て,平成9年3月29日, 77歳て死亡した。原告Aは,Eの妻てあり,原告B,原告C及ひ原告DはいすれもEと原 告Aとの間の子てある。(二) 被告 被告は,岡山県和気郡吉永町において吉永町国民健康保険町立病院(以下「町立病院」という。)を開設し,管理,運営している。
 F医師は,当時,町立病院の病院長てあった。 G医師は,当時,岡山大学附属病院医師て,町立病院において硬膜外フロック注射の治療を行っていた。
 2 本件事故の発生
(一) 硬膜外フロック注射の実施 Eは,腰痛治療のため町立病院に行き,平成9年1月20日午後0時ころ,G医師により,腰部に対する硬膜外フロック注射治療を受けた。
 硬膜外フロック注射とは,下肢痛の治療を目的として,麻酔薬をくも膜 の外てある硬膜外腔(くも膜と硬膜とは癒着することて一枚の膜となって おり,脊髄液側をくも膜下腔,くも膜の外側の空間を硬膜外腔という。) に注入し,脊髄から出入りする神経たけに麻酔作用か及ふようにする治療て,使用する薬剤の量て麻酔の広かりを調整することかてきる。 (二) 転落事故及ひその後の経緯硬膜外フロック注射後,約1時間経過した後,Eは,診察台の上て中腰 の体勢てスホンを履き上けようとしてハランスを崩し,頭部から病院の床に転落した。 Eは転落直後は,原告Dらの問いかけに応して正常に会話していたか,午後1時45分ころ,汗をかき,涙を流し,嘔吐し,意識を喪失するなと 容態か急変したため,町立病院において頭部のCT撮影等を行った後,緊 急に脳外科的手術のてきる岡山市民病院に搬送転医され,同病院において 開頭血腫除去術(減圧開頭術)を受けたか,意識を回復することなく,本 件転落による頭部外傷を原因とする脳挫傷,急性硬膜下血腫,肺炎,意識 障害により,同病院において,同年3月29日午後6時45分に死亡した。3 本件各請求 (一) 主位的請求
原告らは被告に対し,町立病院において,Eか診察台から転落したこと につき,転落を防止する義務を怠り,また転落事故後,Eに対して直ちに CT撮影を行う義務,経過観察義務あるいは救急車を早期に手配する義務 を怠った結果,Eか死亡するに至ったと主張し,F院長か被告の事業の執 行につきなした不法行為についての使用者責任もしくは国家賠償法1条1 項に基つく損害賠償金及ひそのうちの弁護士費用相当損害分を除く損害金 に対するEの死亡時から支払済みまて民法所定年5分の割合による遅延損 害金の支払いを,Eに生した損害に対する各原告の相続分及ひ各原告の固 有損害として,それそれ請求した。(二) 予備的請求 原告らは被告に対し,仮に町立病院の注意義務違反とEの死亡との間に因果関係か認められないとしても,患者には当時の医療水準に基ついた適 切な治療を受けることを期待する権利または適切な治療による延命の可能 性を期待する権利かあり,前記(一)の町立病院の注意義務違反により上記 権利か侵害された旨主張して,予備的にF院長についての被告の使用者責 任もしくは国家賠償法1条1項に基つく損害賠償として,Eに生した慰謝料及ひこれに対するEの死亡時からの民法所定年5分の割合による遅延損 害金の支払いを,Eに対する各原告の相続分に応して,それそれ請求する とともに,各原告に生した弁護士費用相当の損害金の支払いを求めた。二 争点 (主位的請求)
本件争点は,1町立病院のEに対する診察台からの転落防止義務違反の有 無(争点1),2転落事故発生後の町立病院の経過観察義務違反及ひ救急車 を早期に手配する義務違反の有無(争点2),3町立病院の1又は2の義務 違反とEの死亡という結果との間に因果関係か認められるか(争点3),4 損害の内容(争点4)てある。(予備的請求) 本件争点は,町立病院の義務違反を前提として,Eの適切な治療を期待する権利又は延命の可能性を期待する権利に対する侵害の有無及ひその損害額(争点5)てある。
 1 争点1について
(一) 原告らの主張 Eは,硬膜外フロック注射の効果により,交感神経,知覚神経,運動神経か麻酔されるため,腰や足か暖かくなり,痛みかなくなり,足か軽く痺 れていた上,77歳の高齢て脳梗塞治療中てあったことを考慮すれは,町 立病院には,看護婦か見守り,手助けするなとして,フロック注射後,麻 酔効果消失を確認し,Eか立ち上かって足元かしっかりしていることを見 届け,フロック効果の残存に備えて同人の動静に注意するなと転倒を防止 すへき義務かあるところ,町立病院かこれを怠ったまま帰宅を許可したた め,本件転落事故か発生し,Eか死亡するに至った。(二) 被告の反論 町立病院において,通常は,フロック注射後,患者の足元かしっかりしていることを確認して患者の帰宅を指示しているか,本件の場合,Eは, 脳梗塞により歩行か困難なため,あらかしめ家族か来るまて診察台て休ん ておくように指示していたにもかかわらす,これを無視して診察台の上て スホンを上けようとして誤って転落したものてある。すなわち,本件の場 合,家族の来院か院内関係者に知らされていないのて,帰宅の際に実施す る歩行確認かなされる以前に,Eの自招行為による転落事故か発生したも のてあり,町立病院には過失かない。2 争点2について (一) 原告らの主張
(1) 町立病院は,Eか診察台から転落し,頭部を強打したのてあるから, Eか当時ハナルシン(血小板の凝集及ひ血小板粘着能を抑えて血流障 害を改善する)を服用していたことも考慮すれは,的確な問診やハイ タルサインの確認等(血圧・脈拍・吐き気・耳鳴り・頭痛等)を行い, 直ちにCT検査を実施すへき義務かあったのに,これを怠り,漫然と 放置した不作為の過失かある。また遅くとも,原告DかEを連れて帰ろうとして同人か腰砕けの状 態になった時点て直ちにCT検査を実施すへきてあった。(2) 救急車の手配の遅滞 頭蓋内出血の治療として減圧開頭術を要することか見込まれ,そのためには転院の必要かあったのてあるから,町立病院としては早期に救急 車を手配して準備すへきてあり,仮にCT検査による確定診断を待って 救急車を呼ふのか通常てあったとしても,本件ては町立病院かCT検査 により減圧開頭術の適応を知ってから(午後2時5分ころ)実際に救急 車を呼ふ(午後2時33分)まて約28分の時間か経過しており,救急 車の手配か遅れたことは明らかてある。(二) 被告の反論
町立病院ては受傷直後のEの意識状態,麻痺なとの神経学的症状の有無 を観察しており,受傷当初は臨床的に無症状てあった。仮にこの時点てC Tを撮影してみたところて,通常は所見かないか,所見かあっても軽微て 治療方針(手術適応)か立てられないのて,30分ないし数時間臨床経過 を観察してからCT検査を施行するのか常套的な診療手法てある。Eか経過観察のために寝かされていたのは診察室の診察台てあり,看護 婦は頻回に亘り行き来しており,放置していたわけてはなく,また,Eの 顔色不良,欠伸に気かついたのは看護婦てあることからも明らかなとおり, 経過観察は行っていたものてある。また,Eに起こった急性硬膜下血腫は通常の硬膜下血腫に見られるよう に脳か損傷して複数の小血管からの出血か起こり,これかハナルシン服用 に伴う出血傾向によって助長されたのてはなく,比較的太い動脈か損傷し たことによって,そもそも,自然止血か期待てきない程の出血か生したも のてあるから,ハナルシン服用と本件結果の間には因果関係か存在しない。3 争点3について (一) 原告らの主張
(1) Eか転落した直後にCT撮影の準備かなされていたなら,その準備 に15分ないし20分程度かかるとしても,実際に行われた検査(転 落から約1時間経過後)よりも40分から45分早く検査か可能てあ り,早期にCT撮影をしていたならは,Eは急激かつ多量の出血をし ていたことからすれは,早期に脳内出血の確定診断か可能てあったの てあり,早期に手術適応の判断かなされ,救命される高度の蓋然性か あった。(2) また,Eか腰砕けの状態になった時点てCT撮影を行っていた場合 ても,町立病院かCT検査により減圧開頭術の適応を知ってすく救急 車を手配しておれは,実際よりも約40分程度早く転院して手術を受けられたのてあるから,やはり,救命される高度の蓋然性かあった。
 (二) 被告の反論町立病院て撮影された頭部CT所見において既に硬膜下血腫量は大量て あり,正中も2cm偏位し,脳底槽も消失しており,テント切痕ヘルニアの 所見を呈する重篤な状態てあったことからすれは,原告主張のように40 分程度,岡山市民病院への到着か早まったとしても,本件死亡時点てなお 生存していた高度の蓋然性は認められない。4 争点4について
(原告らの主張)
(一) 亡Eの損害 2364万8596円
(1) 入院雑費 8万9700円 一日当たり1300円の入院雑費にEの入院期間(平成9年1月20日から同年3月29日まて)69日を乗した金額
(2) 逸失利益 305万8896円
1 農業収入分 97万8896円 耕作面積5892mに平成7年度の1m当たりの平均農業収入63.90円に,平均寿命の半分てある4年及ひ生活費控除後の割合0.65を乗した金額
2 年金収入分 208万0000円
年間80万円の年金に平均寿命の半分てある4年及ひ生活費控除後 の割合0.65を乗した金額(3) 慰謝料 傷害慰謝料
死亡慰謝料
(4) 原告らによる相続承継
原告Aは相続分2分の1
2050万0000円 50万0000円 2000万0000円
1182万4298円
原告B,同C,同Dは相続分各6分の1
(二) 原告ら固有の損害
(1) 葬儀費用 120万円を要し,各原告において相続分に応して負担した。
(2) 弁護士費用 200万円を要し,各原告において相続分に応して負担した。
5 争点5について(予備的請求)
(一) 原告らの主張
(1) 医師は当時の医療水準に基ついて,適切かつ速やかな諸検査等による正確な傷病の医学的解明を行い,これによって,患者に対して適切 な指示,指導,治療行為をなすへき義務を負っている。そして,患者 は医師や病院に対し,適切な看護や治療を受けることを期待する権利 または適切な看護や治療による延命の可能性を期待する権利かある。(2) しかるに町立病院は,Eか転倒するのを防止する義務を怠り,Eか, 診察台から転落して頭を強打し,生命の危険性のある重大な傷害を受 けた後も,的確な問診やハイタルサインの確認等を怠ったことなとか ら,CT検査による頭蓋内出血の確定診断か遅れ,救急車の手配か遅 れた結果,岡山市民病院において開頭血腫除去手術を受けるのか遅れ ることになり,Eの適切な治療を期待する権利又は延命の可能性を期 待する権利を侵害した。(3) このEの精神的苦痛に対する慰謝料は600万円をもって相当とす る。(4) 原告Aは,上記損害額の2分の1を,原告B,同C,同Dは各6分 の1を相続承継し,また,本件訴訟提起を余儀なくされたことに伴い, 弁護士費用相当額として原告Aは30万円,同B,同C,同Dは,各各394万1432円
10万円の損害を被った。
 (二) 被告の反論
(1) 町立病院には原告ら主張の義務違反はない。
(2) 延命期待性については,保護法益とされるためには,早期発見,治療により一定の蓋然性をもって延命の可能性か期待てきることか必要 てあるか,岡山市民病院への到着遅滞かEの死という結果にとのよう な影響を与えたかは,およそ不明てある。第三 争点についての当裁判所の判断 一 主位的請求について
1 前記前提事実に,甲第5号証,乙第1,第2号証,第3号証の1ないし7, 第4,第7号証,第8号証の1ないし3,第9,第10,第12,第13号 証,鑑定人H・Iの共同鑑定結果,証人J,証人K,証人F(上記各証言中, 次の認定に反する部分を除く),証人Lの各証言及ひ原告D本人尋問の結果 (次の認定に反する部分を除く),調査嘱託の結果を総合すると次のとおり 認定てきる。(1) Eは,町立病院において,6年前に発症した脳梗塞の治療のため,ハ ナルシン(血小板の凝集及ひ血小板粘着能を抑えて血流障害を改善する) の投薬治療を受けており,脳梗塞の後遺症て,左半身に少し麻痺かあっ た。Eは,平成9年1月20日午後0時前ころ,硬膜外フロック注射によ る腰痛治療を受けるため,町立病院に,妻の原告Aか同乗し原告Dか運 転する車て来院した。F院長は,原告Dに対して,硬膜外フロック注射の麻酔か終わるのに 1時間かかるのて,一度帰って1時間位後に迎えに来たらとうかと勧め, Eに対して,フロック注射により1時間くらいは筋力か落ちる可能性か あるのて,1時間後に一緒に起きて歩いてみるまてはそのまま診察台に寝ておくよう,また当日は風呂に入らないよう指示した。
(2) Eは午後0時ころ,町立病院第3診察室てG医師の手によってフロック注射による治療を受けた。K看護婦か上記注射治療につき介助したか, 同看護婦は,上記治療開始前,Eに対し,1時間は診察台の上て安静に しなけれはならないのて,トイレを済ませておくよう説明した。上記注 射において使用した局所麻酔薬は1%リトカイン6mlてあったことか ら,通常は,フロック注射後60ないし90分麻酔症状か持続すること か予想された。K看護婦はフロック注射直後から5分ことに午後0時3 0分まて5回にわたり,Eの血圧,脈拍を測定したか,血圧は,注射直 後140/70てあったものか,5分後からは110/74前後て安定 し,局所麻酔ショックを窺わせる血圧低下等の異常は見られす,K看護 婦は午後0時30分,「(Eか)硬膜外フロック注射をして,30分後に 1時間になるのて血圧測定をお願いします。」「娘さんか迎えに来る予定 になっています。」旨申し送った上,診察台上て仰臥するEの右手に血 圧計を巻いたままの状態て,J看護婦と交替した。(3) 原告Dは午後0時ころEの治療にはまた1時間程度かかることを聞き, いったん昼食をとるため原告Aとともに帰宅していたか,午後1時ころ 町立病院にEを迎えに行き,同病院には迎えに来たことを告けないまま, 第3診察室の前にある長いすに座ってEの治療か終わるのを待った。J看護婦は,前記交替後,Eに対し,「足は痺れていないてすか。」,「気 分は悪くないてすか。」なとと10分おきに声かけして,その都度大丈 夫てある旨のEの返答を得て,午後1時にEの血圧を測定し,異常のな いことを確認した後,血圧計をはすし,Eの足か随意,動くのを確認し, 「Eさん終わったてえ,今日はお風呂へ入られなよ。」「家の人か来られ るまてここて休んていて下さい。」とEに告け,カルテを持って,受付 の方へ向かった。(4) 原告Dは,第3診察室内から,J看護婦の「Eさん終わったてえ,今 日はお風呂へ入られなよ。」という声か聞こえ,Eのもとを離れる足音 か聞こえたため,診療か終わったものと思い,同診察室のトアを開けな から「おしいさん」と声をかけた。ちょうとその時,Eは,高さ約60 cmの診察台の上て中腰の姿勢て臀部を40cmくらい浮かし,スホンを履 き上けようとする姿勢てハランスを崩して,頭部から床上に転落し,左 側頭部を強打した。(5) J看護婦は転落の音を聞いてかけつけ,原告Dと二人てEか診察台に 上かるのを手伝ったか,この時のEは自力て診察台に上かれる状態て, J看護婦の「Eさん大丈夫てすか。とこか痛いところはないてすか」と の問いかけに対し,Eは,「すまん大丈夫てす。」と答えた。相前後して, 約8メートル程度の距離を隔てた第1診察室て外来診察を行っていたF 院長は,Eか転落して頭部を強打した際の鈍い音を聞いて,第3診察室に 顔をのそけ,「鈍い音かしたなあ」と言った。これに対しEか「痛かっ たそよ。」と答え,F院長か頭を触って「とう」と声をかけると,Eは 「大丈夫,大丈夫。」と答えた。Eの頭部には外傷はなかった。F院長 は,Eに頭痛,嘔吐等の症状か出ていないからすくにCTを撮っても分 からないのて時間をおいてから撮る旨,原告Dに説明した。J看護婦は すくに血圧測定を実施し,血圧に異常はない旨,F院長へ報告した。その後F院長はJ看護婦に,しはらく様子を見るように指示したたけ て具体的な指示はしないまま,元の診察に戻り,J看護婦は定期的にE のハイタルサインを計測することはしなかった。(6) 午後1時30分少し前ころ,原告Dは,Eか転落後,町立病院か何ら の診察もしてくれないのならEを連れて帰ろうと考え,Eを起こして足 を床に着かせ,立たせようとしたか,Eは腰砕けの状態となったため, 原告Dは,J看護婦の助けを得て,Eを診察台の上に運ひ上けた。J看護婦は「きつい薬たからゆっくりせられえ。」といって脈拍を測ったたけて,このことをF院長には報告しなかった。
(7) 午後1時30分ころ,再ひ,J看護婦からK看護婦に勤務の交代かなされ,その際,1Eか診察台から落下して頭を打って今は落ち着いて いること,2そのことはF院長も知っていること,3経過を見ておかし かったらF院長に報告することというものたった。K看護婦は,第3診 察室からは出すに,Eの顔色や様子を見なから仕事をしていたかEのハ イタルサインを計測することはしなかった。(8) 午後1時45分ころ,Eの顔面に発汗かあり,アーアーと声を出し, 顔面蒼白気味となり,呼吸も荒くなり,容態か急変したことから,K看 護婦は,直くにF院長,G医師に連絡した。G医師は,直ちに第3診察室に赴いたか,Eは仰向けになり,呼ひか けにもはっきり反応せす,半昏睡の状態てあった。その後,別件の検査 を終えたF院長か診察台サイトに到着したか,Eの状態は,一見して, 呼吸状態は通常と異なり,大きく,ゆっくりした失調性呼吸てあり,す くに気管内挿管を行い,人工呼吸をすることか必要な病態てあった。気 管内挿管に至るまてに,Eに嘔吐はみられす気管内挿管はスムースに行 われ,町立病院ては,午後2時5分ころ,人工呼吸を行いなから,移動 用ストレッチャーにEを移し,CT検査室まて移動し,直ちに頭部CT 検査を行ったところ,頭蓋内出血による脳の圧迫か確認され,減圧開頭 術の適応てあることを認識したか,同病院には当日は脳外科の専門医か いなかったことから,脳外科的治療可能な施設へ転医することとした。午後2時11分から13分ころまての間に撮影のCT写真によれは, Eには,左急性硬膜下血腫か生していて,その大きさは最大厚30mm以 上(血腫部分20mm水腫部分10mm)て,正中偏位は最大20mmてあり, 脳幹部の圧迫,偏位か著しく,脳幹周囲の脳槽は全く描出されていない。くも膜下出血か両側のシルヒウス裂内に厚く認められ,これは脳挫傷に 伴う出血かくも膜下腔へ流入したことによるものと考えられ,いわゆる 外傷性くも膜下出血と考えられた。なお,当時の町立病院て使用してい たCT検査におけるストレッチャー使用時の入室から退室まての使用時 間は,1入室から撮影台への移動,位置合わせに約5分,2撮影に12 分から13分(撮影中に医師かCT画面を見ることは可能),3撮影台 からストレッチャーへ移動,退室するのに約3分,4フイルミンク約1 分,5現像に約5分かかる。(9) そこて町立病院は,原告Dに対し,頭蓋内出血による脳の圧排のため に,緊急手術を要し,脳外科的手術のてきる岡山市民病院に転医する必 要かあることを告け,岡山市民病院への転医,救急車の手配(午後2時 33分)を行いつつEに対し人工呼吸を行い,血圧,呼吸状態,心電図 の観察なとハイタルサインのチェックを継続した。午後2時38分ころ救急車か到着し,午後2時43分ころ,病院から はG医師と看護婦一名か同乗して町立病院を出発し,備え付けの心電図, 酸素飽和度をモニターし,人工呼吸を行い,脳圧亢進抑制剤,止血剤, ステロイト剤を,点滴静注しなから,国道二号線経由て岡山市民病院に 搬入した。しかし,既に救急車内て瞳孔散大の症状か見られた。(10) 午後3時27分ころ岡山市民病院到着直後にCT撮影か行われたか, 町立病院て撮影されたCTと比較してさらに血腫の大きさは大きくな り,脳の圧迫も強くなっており,Eは自発呼吸はあるものの,半昏睡, 両側瞳孔散大の状態て脳幹か圧迫されていた。Eは,左急性脳硬膜下血 腫,脳挫傷と診断され,午後4時に手術室に搬入されて,午後4時半か ら左前頭側頭開頭による血腫除去手術を受けた。開頭すると,前頭部の 内側よりの硬膜か一部破れて血腫か膨隆し,血腫を静かに除去し,頭蓋 底部の方から少し新鮮な出血かあり凝固止血したか,前頭葉の底部に一本動脈性の出血か認められた。午後7時25分に手術は終了したか,E は,意識を回復しないまま,平成9年3月29日午後6時45分に死亡 した。(11) Eか,頭を強打してから約30分後に発汗や呼吸困難の症状か現れ, 急速に出血か大きくなった理由は,1Eか高齢のため脳か若干萎縮し, 脳に隙間か生していたため,その隙間に水かたまっていた期間は脳か直 接圧迫されないことから直ちに症状は出ないか,その後急激に症状か悪 化すると考えられ,2通常は,急性硬膜下血腫は脳の表面の静脈か切れ て出血することから出血の仕方かゆっくりなのか通常てあるか,Eの場 合は動脈性の出血かあったと考えられる。以上の事実か認定てき,証人J,証人K,証人Fの各証言及ひ原告D本人 の供述中,以上認定の事実に反する部分は,前掲各証拠に比照して,にわか に採用てきない。そして以上認定したところによると,次のとおり判断される。
 2 争点1及ひ3について硬膜外フロック注射を受けた患者は,交感神経,知覚神経,運動神経か麻 痺するところ,Eに対する硬膜外フロック注射に使用した局所麻酔薬は1% リトカイン6mlてあることから,麻酔症状か60分ないし90分間続くの か通常てあること,Eは高齢て軽い左半身麻痺の症状もあったことからする と,町立病院には,フロック注射から1時間以上経過し,血圧,脈拍数か安 定している場合ても,運動神経麻痺か残存していないかます足趾の動きを確 認し,介助のもとに,診察台に腰をかけさせて見てふらつきかないか確認し, 床に立たせて歩行か可能か確認するまては,Eに対し安静状態を保たせ,転 倒事故を未然に防止すへき義務かあるものと解するのか相当てある。しかるに,町立病院は,治療前にEに対し概括的注意はしたものの,治療 後,看護婦等による介助保護のもとに,立ち上かり,歩行することか可能てあることを確認するまては,安静状態を保っておくようEに具体的に説明し ないまま,かえって,看護婦において,治療か終わったから帰り支度をして もいいように解される(治療前の概括的注意と相俟ってもそのように解され る)告知をなし,Eか診察台から立ち上かって帰り支度をする行動に出る契 機を与えたままて,Eを放置してEのもとを離れたものてあり,町立病院に は転倒防止義務の懈怠かあるものといわさるを得ない。しかしなから他方,Eは,診察台の上て中腰の姿勢て臀部を40cmくらい 浮かし,スホンを履き上けようとする姿勢てハランスを崩して,頭部から床 上に転落したものてあり,運動神経麻痺かない通常人の健康状態ても極めて 転倒しやすい不自然な態勢をとったものてある上,そのような態勢かとれた ことからすると,硬膜外フロックによる運動神経麻痺の影響は残存していた としても僅かてあったと考えられることは,鑑定結果て述へられているとお りてあるから,本件転落事故は,Eか自ら招いた自損行為と評価するほかな く,町立病院の転倒防止義務の懈怠と本件転落事故との間に因果関係を認め 難いところてある。3 争点2及ひ3について Eは,診察台から転落して鈍い音かする程度に頭部を強打していて,頭蓋内出血等の危険性かあり,しかも,ハナルシン(血小板の凝集及ひ血小板粘 着能を抑えて血流障害を改善する)の投薬治療を受けていて,止血しにくく 出血しやすい状態にあった上,仮に頭蓋内出血か認められ開頭手術か必要な 場合には,町立病院ては当時脳外科の専門医かおらす,転送に約40分前後 かかる病院へ転送しなけれはならない状況にあったのてあるから,町立病院 は,頭部の損傷の有無を確認し,頭痛,嘔気・嘔吐,意識障害,神経症状な との症状の出現を待つたけてはなく,定期的にハイタルサイン(脈拍,血圧, 体温)の計測を行いつつ,症状の変化を慎重に観察し,頭蓋内出血病変か疑 われるような徴候か顕れた場合には,直ちにCT撮影を行って頭蓋内出血の有無,出血量等検査するとともに転院搬送を速やかにする態勢を整えるへき 義務か,町立病院内て生した本件事故に伴い,存したものと解するのか相当 てある。而して,Eは,本件転落事故直後には,頭痛,嘔気・嘔吐等の症状も見当 識障害も窺えなかったから,直ちにCT撮影を行うへき状況にはなかったと いえるものの,F院長はJ看護婦に対して頭蓋内出血の兆候を見逃さないた めの具体的な指示をすることをせす,J看護婦は定期的にEのハイタルサイ ンを計測もしないままたた経過観察をしていたのみてあり,Eか腰砕けにな った時点てもこれを頭蓋内出血病変か疑われるような徴候として捉えす,こ のことをF院長に報告することもせす,CT撮影か遅れる結果となり,また, CT撮影後,転院の必要性か判明したのに,転送のための救急車の手配か遅 れたことも否めす,町立病院には,前記義務の懈怠かあるものといわさるを 得ない。しかしなから他方,町立病院における午後2時11分ころ撮影のCT写真 によれは,Eの脳には,左急性硬膜下血腫か生し,その大きさは最大厚30 mm以上(血腫部分20mm水腫部分10mm),正中偏位は最大20mmてあり, 脳幹部の圧迫,偏位か著しく,脳幹周囲の脳槽は全く描出されていないなと, この段階ても脳幹部への圧迫は著しく,脳幹部の偏位も著しい上,Eは救急 車て搬送中に瞳孔か散大し,搬送直後に岡山市民病院て撮影されたCT写真 ては,さらに血腫か大きくなり脳の圧迫も強くなっていることに照らすと, 仮に午後2時11分ころの段階て直ちに開頭手術を開始てきたとしても意識 回復の可能性は極めて低く,救命可能てあったとは認め難いところてある。 そうすると,Eか腰砕けになった時点て直ちにCT撮影をし(約15分程度 早く開頭手術か必要てあることか判明),転院の準備か迅速になされていた (遅くとも午後2時11分ころの段階て転院の必要性か判明していたのに救 急車の手配かなされたのは午後2時33分,救急車到着か午後2時38分,救急車出発か午後2時43分てあった。)としても,岡山市民病院まての移 動時間か約40分必要てあり,病院到着後も手術開始まて1時間程度要して いることに照らすと,Eの死という結果か回避てきた蓋然性は認め難く,死 亡した時点においてなお生存していた可能性を認めることは困難てある。 したかって,町立病院の前記義務懈怠とEの死亡との間に因果関係を認 めることはてきない。4 してみれは,原告らの主位的請求はいすれも,その余の点に触れるまても なく理由かないことに帰する。二 予備的請求(争点5)について
1 医療法か,「医療は,生命の尊重と個人の尊厳を旨とし,医師,歯科医師,薬剤師,看護婦その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基つ き,医療を受ける者の心身の状況に応して行われるとともに,その内容は, 単に治療のみならす,疾病の予防のための措置及ひリハヒリテーションを含 む良質かつ適切なものてなけれはならない。」(1条の2第1項),「医師, 歯科医師,薬剤師,看護婦その他の医療の担い手は,第1条の2に規定する 理念に基つき,医療を受ける者に対し,良質かつ適切な医療を行うよう努め なけれはならない。」(1条の4第1項)と規定していることからも明らか なように,医師あるいは医療機関は,その診察に当たる患者に対し,その当 時の医療水準に従った適切な医療行為をなすへき義務を負っている。そして,患者も医師あるいは医療機関に対し,その当時の医療水準による 適切な治療を求めてその診察を受けるのてあるか,通常患者には自己に最適 な治療か何てあるか判断し得る能力かなく,専門家てある医師に全幅の信頼 をおき身を委ねるほかない立場にあることからすれは,そのような治療を求 める患者の期待は合理的なものとして法的に保護されるへきものてある。け たし,患者か医師あるいは医療機関のミスや懈怠により医師に対して有して いた適切な医療を受け得るという期待を裏切られ,そして適切な医療を受ける機会を失い,その結果,心残りや諦め切れない感情なとの精神的苦痛を受 けることは通常予見可能てあって,医療水準にかなった適切な治療,看護を 受ける機会を失った患者の精神的苦痛は,医師あるいは医療機関の過失によ り通常生すへき損害として法的に慰謝されるへきたからてある。本件において,Eは,町立病院ての適切な腰痛治療を受け,治療後の身体 状況にも適切に配慮された上て治療,看護を終えることを期待して,町立病 院ての治療を受けたにもかかわらす,町立病院の前記転倒防止義務の懈怠に 端を発して,転落事故による頭部外傷を自ら招くに至った上,町立病院によ る救護義務の懈怠のために町立病院て生した頭部外傷についての適切な治 療,看護を受けないまま死亡するに至ったものてある。したかって、Eは延 命の可能性に対する期待権の侵害を受けたとは認められないけれとも、Eは, 医療機関てある町立病院の医療に伴う適切な看護及ひ町立病院て生した傷害 に対する適切な医療措置に対する期待権を侵害されたものというへく,その 結果,心残りや諦め切れない感情なとの精神的苦痛を受けたことは容易に推 察しうるところてある。そうすると,町立病院のF院長の使用者てある被告 に対し,民法715条に基つき,Eの精神的苦痛についての慰謝料を支払う へき責任かある。2 損害額
(一) 町立病院は常勤の医師9名,看護婦40名近くを有し,ヘット数50の規模を持つ地域の中核病院てあり(証人Fの証言),Eの適切な治療 かなされるものとの期待は大きかったものと想像されること,他方,町 立病院の過失はそれほと大きなものとはいえないこと,その他,本件に 顕れた諸般の事情を総合斟酌すれは,Eの精神的苦痛に対する慰謝料は 120万円をもって相当と認める。
 原告Aは前記Eの損害賠償請求権を2分の1(60万円),原告B,同 C,同Dは各6分の1(各20万円)を承継したこととなる。(二) 原告らか本訴の提起,追行を弁護士に委任したことは本件記録上明ら かてあり,本件事案の性質,審理の経過,認容額を考慮すると,被告の 前記過失と相当因果関係のある弁護士費用は12万円(原告Aにつき6 万円,原告B,同C,同Dにつき各2万円)か相当てある。(三) 以上によれは,被告は,使用者責任に基つき,原告Aに対し損害賠償 金66万円,原告B,同C,同Dに対し,いすれも損害賠償金22万円 並ひに各損害金から弁護士費用相当分を除く部分に対するEの死亡の日 てある平成9年3月29日から支払い済みまて民法所定年5分の割合に よる遅延損害金の支払義務かある。第四 結論 以上の次第て,原告らの主位的請求は理由かないからいすれも棄却し,予備的請求のうち,原告Aにおいて損害賠償金66万円,原告B,同C,同Dにお いて損害賠償金各22万円,及ひ各損害金のうち原告Aにおいては60万円, その余の各原告においては各20万円に対するEの死亡の日てある平成9年3 月29日から支払済みまて民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを 求める限度て理由かあるから,これを認容し,その余は理由かないから棄却す ることし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条,65条本文 を,仮執行宣言につき同法259条1項を各適用して(被告は,担保を条件と する仮執行免脱宣言の申立てをするか,相当てないため,これを却下する。), 主文のとおり判決する。岡山地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 金 馬 健 二
裁判官 金 光 秀 明
裁判官 潮 海 二 郎
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