主文
1 被告は,原告に対し,金200万円及びこれに対する平成13年3月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求 被告は,原告に対し,金300万円及びこれに対する平成13年3月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 第2 事案の概要1 本件は,弁理士である被告に対して実用新案登録の出願を依頼した原告が, 被告に対し,債務不履行,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償 の請求をする事案である。なお,付帯請求は,訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分 の割合による遅延損害金である。2 争いのない事実
(1) 原告は,衣類・インテリア品の企画,製作,販売等を業とする株式会社である。
 また,被告は,弁理士である。
(2) 原告は,平成9年までに,出生時の記録を表示した重量感のある動物型の 縫いぐるみの改良構造について考案し(以下,この考案を「本件考案」とい う。),その実用新案登録を企画して,被告に,原告の代理人として実用新案 登録の出願をすることを依頼した(以下,この依頼に基づく原告と被告との 間の実用新案登録の出願に関する委任契約を「本件契約」という。)。(3) 被告は,原告の代理人として,平成10年1月5日,特許庁長官に対し, 本件考案に基づき,実用新案登録の出願をした(実平10-00557。以 下「本件出願」という。)。これに対し,特許庁長官は,平成11年11月5日,本件出願を却下する 旨の処分をした。(4) 被告は,原告の代理人として,平成12年2月1日,特許庁長官に対し, 本件出願と同旨の実用新案登録の出願をした(出願番号実願2000-13 11。以下「本件第2出願」という。)。これに対し,特許庁長官は,同年5月24日,本件第2出願について実用 新案の登録の処分をした(実用新案登録第3070682号)。3 争点
(1) 被告が原告の代理人としてした本件出願に関し,被告に,債務不履行,不法行為と目されるべき行為があるか。
(2) 仮に,被告に,債務不履行,不法行為と目されるべき行為がある場合,原告に生じた損害額。
4 争点に関する当事者の主張 (1) 原告の主張
ア 被告は,本件考案は,本件出願による先願権に基づき,法律上の保護を 受ける旨を原告に説明してきた。そこで,原告は,本件出願後,本件考案に係る商品を製造販売してきた。ところが,本件出願が却下されたことにより,本件考案は,法律上の保 護を受けることができなくなった。また,本件第2出願に関しては実用新 案登録がされたが,上記のとおり,その出願前に,本件考案に係る商品を 原告が製造販売したことにより,出願前公開を理由に,原告は,第三者に 対して権利を侵害したことを主張することができなくなっている。したがって,本件出願が却下されたことは,被告の債務不履行によるものであり,また,被告の過失による不法行為である。
イ 原告は,本件考案について法律上の保護を受けるべき地位を取得することができなくなったため,本件考案と同旨の商品について差止請求や損害 賠償請求をすることができなくなった。そして,これによる原告の損害は,慰謝料も含め,300万円を下回る ことはない。なお,この損害額の立証は困難であるため,民事訴訟法248条による 損害の認定を求める。(2) 被告の主張
ア 原告と被告との間の本件契約の契約内容は,被告が,原告の代理人として,本件考案に係る実用新案登録の出願をすることであった。
 そして,被告は,これを履行し,かつ,争いのない事実(4)記載のとおり,本件考案に係る実用新案は登録された。 したがって,被告には,債務不履行責任も,不法行為責任も,発生しない。 なお,本件出願が却下された平成11年11月5日当時,被告は,胆嚢手術,脱腸ヘルニア手術,眼科手術などにより,次々と病院に入院しており,このために,特許庁との連絡が不十分なものとなっていた。
イ また,本件出願には,実用新案法3条の2ただし書きにより,先願権に 基づく法律上の保護が与えられており,原告には何ら損害は発生していない。
5 口頭弁論の終結の日
本件の口頭弁論の終結の日は平成14年9月27日である。
 第3 争点に対する判断1 争点1(被告の債務不履行,不法行為)
(1) 前記争いのない事実と甲第1ないし第9号証,乙第5号証,第7ないし第13号証,第14号証の1ないし3,第15号証の1,2,第16号証,証 人Aの証言,被告本人尋問の結果によると,次の事実を認めることができる。
 ア 争いのない事実(3)記載のとおり,被告は,原告の代理人として,平成10年1月5日,特許庁長官に対し,本件出願をした。 なお,本件出願に記載されている考案の名称は「出生時の記録を表示した重量感のある動物型の縫いぐるみの改良構造。」である。
イ ついで,被告は,原告の代理人として,同年4月16日,特許庁長官に 対し,本件出願にかかる手続補正書を提出した。その内容は,考案の名称を「出生時の記録を表示した重量感のある縫いぐるみの改良構造。」とし, 明細書を訂正するというものであった。さらに,被告は,原告の代理人として,同月18日,特許庁長官に対し, 本件出願にかかる手続補正書を提出した。その内容は,考案の名称を「出 生時の記録を表示し出生時の身長・体重と同一にしてある,重量感のある 縫いぐるみの改良構造。」とし,明細書を訂正するというものであった。そして,これらの補正は,動物型の縫いぐるみにとどまらず,人間型の 縫いぐるみも実用新案の対象にしたい旨(前者の手続補正書の考案の名称 を参照),及び,子の出生時の身長・体重と同一の縫いぐるみということ を明らかにしたい旨(後者の手続補正書の考案の名称を参照)の,原告の 希望に添うものであった。ウ ところで,実用新案法2条の2第1項ただし書き,同法施行令1条によ り,実用新案登録出願の日から2月を経過した後は,願書に添付した明細 書等について補正をすることができないこととされている。そして,特許庁長官は,同年11月10日,このことを理由に,上記各 手続補正書にかかる手続をいずれも却下する旨の処分をした。エ 他方,本件出願は,手数料・登録料が300円不足し,かつ,明細書の うち「図面の簡単な説明」の欄が,実用新案法実施規則所定の方式に違反していた。
 そこで,特許庁長官は,同年4月21日,実用新案法2条の2第3項により,原告の代理人である被告に対し,手続補正指令書(方式)を発し, 上記各事項について手続の補正をすべきことを命じた。しかし,被告が手続の補正を行わなかったため,争いのない事実(3)記 載のとおり,特許庁長官は,平成11年11月5日,実用新案法2条の3 により,本件出願を却下する旨の処分をした。オ 争いのない事実(4)記載のとおり,被告は,原告の代理人として,平成 12年2月1日,特許庁長官に対し,本件出願と同旨の本件第2出願をし た。なお,本件第2出願に記載されている考案の名称は,本件出願に関する 平成10年4月18日付け手続補正書と同じ「出生時の記録を表示し出生 時の身長・体重と同一にしてある,重量感のある縫いぐるみの改良構造。」 というものであり,その明細書等の記載は,本件出願に係る各手続補正書 と同一である。そして,争いのない事実(4)記載のとおり,特許庁長官は,平成12年 5月24日,本件第2出願について実用新案の登録の処分をした。カ なお,ウないしオ記載の各手続,各処分(ただし,オのうち本件第2出 願についての実用新案の登録を除く。)については,被告から原告に対し て報告がされず,原告は,平成12年3月ころ,独自の調査により,これ らの各手続,各処分がされていたことを知った。(2) 以上の事実を前提に,各段階における被告の債務不履行,不法行為の成否 について検討する。ア まず,平成10年1月の本件出願そのものに関しては,被告の債務不履 行,不法行為は認められない。すなわち,証人Aの証言,被告本人尋問の結果によると,この時点においては,本件出願に関する出願書は,事前に原告に交付され,その了承の 下に本件出願がされたことが認められるからである。ただし,上記各証拠によると,その際,被告が,原告に対して,細かな 点は後から補正することができる旨の説明をしたことが認められる。しか し,前記のとおり,実用新案法2条の2第1項ただし書き,同法施行令1 条により,実用新案登録出願の日から2月を経過した後は,願書に添付し た明細書等について補正をすることができないこととされており,この説 明は不正確なものであったというべきである。したがって,これは,後記ウとともに,本件契約に付随する被告の説明 義務に違反する行為であるというべきである。イ ついで,同年4月の本件出願にかかる各手続補正書提出そのものに関し ても,被告の債務不履行,不法行為は認められない。すなわち,前記のとおり,本件出願時においては,原告が了承した内容 の出願がされており,これらの各手続補正書も,結果的には手続が却下さ れたとはいえ,いずれも,原告の意向に沿うものであった。そして,後に エ(ウ)で判示するとおり,引き続いて適切な措置が採られさえすれば限ら れた範囲とはいえ本件考案は保護されたのであり,これらの各手続補正書 は,独自に原告に損害を生じさせるという性質のものではなかったからで ある。ウ ただし,乙第4号証によると,上記各手続補正書の提出に先立ち,平成 10年3月16日付けのファックスにより,原告が,被告に対し,本件出 願の考案の名称が「出生時の記録を表示した重量感のある縫いぐるみの改 良構造。」とされていることに関し,人間型の縫いぐるみも実用新案の対 象にしたい旨,及び,子の出生時の身長・体重と同一の縫いぐるみという ことを明らかにしたい旨の要望をしたことが認められる(この時点よりも 前に,原告が被告に対してこれらの事項に関して要望したことを認めるに足りる客観的な証拠はない。)。 そして,「出生時の記録を表示した重量感のある動物型の縫いぐるみの改良構造。」と「出生時の記録を表示し出生時の身長・体重と同一にして ある,重量感のある縫いぐるみの改良構造。」とでは,物品の形状,構造 又は組合せに係る考案として,必ずしも同一のものではないと考えられる から,被告としては,別個の実用新案登録の出願によることを検討し,こ れを原告に説明する注意義務があったというべきである。しかし,前記認定のとおり,被告は,補正期間の経過を看過して,漫然 と各手続補正書を提出したにとどまるから,これは,本件契約に付随する 被告の注意義務に違反する行為であるというべきである。エ 被告が,特許庁長官の平成10年4月21日付け手続補正指令書(方式) に従わず,その結果として,平成11年11月5日,本件出願の却下処分 を受けた行為は,それ自体が被告の債務不履行,不法行為に該当するとい うべきである。(ア) 被告本人尋問の結果によると,被告が本件出願の却下処分を甘んじて 受けたのは,結果として受け入れられなかった上記各手続補正書提出の 時点における原告の意向を,本件第2出願を通じて,実用新案登録の場 で生かそうと被告が考えた結果であることが認められる。しかし,実用新案登録出願前に日本国内において公然実施をされた考 案は,実用新案登録を受けることができず(実用新案法3条1項2号), 仮にこれが看過されて実用新案登録がされても,その実用新案登録には 無効事由があるというべきである。なお,実用新案登録に無効理由が存 在することが明らかであるときは,その実用新案権に基づく差止め,損 害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用にあたり許され ないと解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第364号同12 年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。また,証人Aの証言によると,本件出願後まもなく,原告は,本件考案 に係る商品を製造販売したことが認められるから,本件第2出願による 実用新案登録は,その実用新案登録出願前に日本国内において公然実施 をされた考案によるものであって,無効事由がある。そして,原告と被告との間の本件契約は,有効な実用新案登録がされ ることを目的とするものであるから,本件第2出願による実用新案登録 がされたからといって,その目的が達成されたということはできない。なお,被告は,実用新案法3条の2ただし書きの存在を指摘するが, これは,先願の実用新案登録が出願公告又は出願公開がされた場合の規 定であって,本件出願は,出願公告も出願公開もされることなく却下処 分を受けたのであるから,この規定の適用とは無関係であることが明ら かである。(イ) ところで,弁理士は,業務に関する法令及び実務に精通して,公正か つ誠実にその業務を行わなければならないこと(弁理士法3条)に照ら すと,上記のような事実経過をたどった本件においては,被告は,本件 出願に対する手続補正が期間の経過により不可能となった旨を原告に報 告した上で,特許庁長官の平成10年4月21日付け手続補正指令書(方 式)に従うのが好ましい旨の専門的な助言を原告に行い,その指示を仰 ぐべき注意義務があったというべきである。ところが,前記認定のとお り,被告は,この間の経緯をまったく原告には報告せず,独断で,同手 続補正指令書(方式)に従わず,その結果として,平成11年11月5 日,本件出願の却下処分を受けたのであるから,被告は,この注意義務 に違反したというべきであって,被告には,債務不履行,不法行為の責 任が生じる。そして,前記のとおり,本件第2出願による実用新案登録には無効事 由が存在するから,これがされたからといって,被告の債務不履行責任,不法行為責任が消滅するわけではない。
(ウ) なお,上記認定事実によると,被告が,特許庁長官の平成10年4月21日付け手続補正指令書(方式)に従った補正をしたときには,考案 の名称を「出生時の記録を表示した重量感のある動物型の縫いぐるみの 改良構造。」とする実用新案登録がされたと認めることができる。そして,この登録がされたときには,限られた範囲ではあるが,本件 考案が保護されていたはずである。2 争点2(原告の損害) 原告は,原告に生じた損害を民事訴訟法248条の適用により認定することを求める。
 そして,争点1(被告の債務不履行・不法行為)に対する判断で判示した事実によると,被告の債務不履行・不法行為により,原告に損害が生じたことが 認められ,かつ,損害の性質上,その額を立証することが極めて困難であると いうべきである。そこで,当裁判所は,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損 害額を200万円と認定する。なお,この損害額の認定にあたり,当裁判所は,主に次のような事情を考慮 した。(1) 前記のとおり,本件出願にあたっては,事前に出願書が原告に交付されて いたところ,原告が,被告に対し,本件出願の考案の名称が「出生時の記録 を表示した重量感のある縫いぐるみの改良構造。」とされていることに関し, 人間型の縫いぐるみも実用新案の対象にしたい旨,及び,子の出生時の身長 ・体重と同一の縫いぐるみということを明らかにしたい旨の要望をしたのは, その補正期間を経過した平成10年3月16日のことであって,この時点よ りも前に,原告が被告に対してこれらを通知したことを認めるに足りる証拠 はない。ただし,これも前記のとおり,このような通知を受けた被告は,業務に関 する法令及び実務に精通して,公正かつ誠実にその業務を行うべき弁理士と して,別個の出願によることを検討し,これを原告に説明する注意義務があ ったというべきである。(2) 甲第13ないし第16号証,第19ないし第25号証によると,「出生時 の記録を表示し出生時の身長・体重と同一にしてある,重量感のある縫いぐ るみの改良構造。」という要件に類似する商品が,数種類,市場に流通して いることが認められる。ただし,得られるべき実用新案登録を得られなかったことにより,原告が 損害を被ったというためには,これらの商品の流通が,原告が被告に対して 上記要望をした平成10年3月16日から相当期間経過した後であることが 必要であるところ,これらの商品の流通が開始した時期を認めるに足りる証 拠はまったく存在しない。(3) 乙第32号証の1ないし5,被告本人尋問の結果によると,本件出願,本 件第2出願に関して生じた費用は,最終的にすべて被告が負担しており,被 告はその費用償還請求権及び報酬請求権を放棄していることが認められる。第4 結論 よって,原告の請求は,主文第1項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(訴状送達の日の翌日が平成13年3月17日であることは当裁判所に 顕著である。),その余は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事 訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ 適用して,主文のとおり判決する。岡山地方裁判所第1民事部
裁判官 永 吉 孝 夫
判例本文

この判例ページのURL

LINEで送る
Pocket