[判決要旨]殺人罪の起訴に対し,嘱託殺人罪が認定された一事例
 主文
被告人を懲役11年に処する。
未決勾留日数中260日をその刑に算入する。
 理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1
1 A株式会社の事務員であるB子と共謀の上,別表(省略)記載のとおり,平成12年12月11日ころから平成13年1月25日ころ(ただし,受取人欄の記載については,同年3月30日ころ)までの間,前後13回にわたり,大分県臼杵市大字ab番地のc所在の同社事務所及び同市大字de番地のf有限会社C事務所において,行使の目的をもって,ほしいままに,ボールペン,チェックライター及びゴム印を用いて,株式会社D銀行臼杵支店発行にかかる約束手形帳の約束手形用紙13枚の金額欄に「2,000,000※」,振出地住所欄及び振出人欄に「大分県臼杵市大字ab番地のcA株式会社代表取締役E」,支払期日欄の平成,年,月,日欄に「13.」,「3.」「31.」などと所要事項をそれぞれ記載した上,各振出人名下にA株式会社取締役社長印と刻した印鑑を冒捺し,もって,同社代表取締役E振出名義の約束手形合計13通(額面合計2439万7000円)をそれぞれ偽造し
2 別表記載のとおり,平成12年12月11日午後3時ころから平成13年3月30日午後1時30分ころまでの間,前後12回(別表番号1及び2の手形は一括行使)にわたり,C社事務所外1か所において,株式会社F社員G外7名に対し,前記偽造にかかる約束手形13通を真正に成立したもののように装い,割引方を依頼の上,同約束手形をそれぞれ交付して行使し
第2 前記第1の1の犯行を行うに際し,B子に対し,保証に使うだけだ,知り合いの弁護士に手形を預かってもらう,絶対に銀行には回らないなどと騙して,偽造した手形が銀行決済に回ることはないと思い込ませていたが,前記第1の2のとおり既にそれらを割り引き現金を得ていたため,平成13年3月末から毎月末それらの決済が回ってくるので,その度に,同女に対して,何かの手違いで取立てに回ってしまった,手形は回収する,これ以上手形が決済に回ってくることはないなどと嘘を重ねて同女にその旨信じ込ませていたものであるが,被告人を信じ切って,それらの手形金決済等のため,母親に理由を告げずに400万円を借りたり,A社の預金250万円を勝手に流用するなどして憔悴しきっていたところに,同年7月2日,4度目の決済となる同年6月末決済分2通合計300万円の手形が決済に回ってきている旨の連絡を受け,ここにおいて被告人の嘘に気付き,今後も手形が決済に回ってくるに違いない,もはや自分が死んで,掛けてある生命保険金で弁償する以外にはないと思い詰めたB子(当時29歳)の嘱託を受け,同年7月6日ころの午後零時ころ,大分市大字gh番i付近路上に駐車中の普通乗用自動車内において,同女に対し,殺意をもって,ビニールロープで同女の両手首及び両足首を縛り,同女の鼻口部等を布製ガムテープで塞ぐなどし,よって,そのころ,同所において,同女を窒息により死亡させて殺害し
第3 前記日時・場所において,B子の死体を前記車両の後部座席に積み込んで自動車用日よけ等をかぶせた上,同車両を運転して大分県内を走行するなどして運搬し,同月8日午前5時ころ,同県臼杵市大字jk番l付近路上において,同車両のトランク内に,同女の死体を積み替えてビニールシート等をかぶせた上,大分市大字mn番地H駐車場までさらに運搬して,同日午前6時ころ,同女の死体を同状態のまま同駐車場に同車両もろとも放置し,もって死体を遺棄し
第4 同月17日午前零時ころから同月18日午後2時45分ころまでの間,前後6回にわたり,大分市op丁目q番r号所在のスーパー,同市ms丁目t番の公園及び同市大字uv番公共ふ頭の公衆電話から,大分県臼杵市付近にいたI子(当時26歳)の携帯電話に電話し,同女に対し,真実は,B子は死亡しており,I子が同市大字wx番y号所在の株式会社J銀行臼杵支店のB子名義の普通預金口座に入金を済ませたら,被告人が持っている上記口座のキャッシュカードを使用して直ちに現金を引き出し,自己のために費消する意図であるのにこれを秘し,B子が生存していて自己が同女を保護しているように装い,「あのー,Kと言いますが,僕たちは大学のサークル仲間で今北海道の旭川に来ています。旭川の湖の近くで偶然B子さんを見つけて保護しています。B子さんは湖のベンチのところで倒れていました。今保護していて,彼女は無事です。」,「ただ,B子さんのレンタカー代の滞納分が10万円以上になっています。B子さんは,後でお金を返すので,貸して欲しいと言っています。」,「レンタカーの滞納が11日か12日くらいで,1日1万1000円で,全部で12万か13万円くらいのお金を滞納しています。」,「明日,僕たちがお金を払いに行くので,明日お金を振り込んでくれないですか。」,「今日レンタカー代が1日分増えました。遅くなればどんどんお金が増えてしまいます。その分払い込むお金にB子さんが困り,B子さんが悲しむことになります。僕たちもこれ以上面倒見切れないんです。」,「レンタカー代はこちらで払いました。今日1日分の延滞料がかかりました。僕たちサークル仲間でお金を立て替えたので,明日必ず振り込んで下さい。」,「サークルの仲間が,早くここを切り上げて宮崎に帰ると言い出したので,B子さんを送って行ってもらうことにします。」,「僕も一緒についていきます。明日の夜,ここを出発します。僕たちの旅費の一部も払い込んでもらえませんか。」などと嘘を言い,I子をしてその旨誤信させ,よって,同月18日午後2時50分ころ,同女をしてB子名義の普通預金口座に現金15万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させたものである。
(事実認定の補足説明) 前記罪となるべき事実第2にかかる本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成1 3年7月6日ころの午後零時ころ,大分市大字gh番i付近路上に駐車中の普通乗 用自動車内において,B子(当時29歳)に対し,殺意をもって,ビニールロープ で同女の両手首及び両足首を縛り,同女の鼻口部等を布製ガムテープで塞ぎ,さら に,同女の鼻口部を両手で押さえ付けるなどし,よって,そのころ,同所におい て,同女を窒息により死亡させて殺害したものである。」というものであり,検察 官は,(仮に)B子が被告人に自らの殺害を依頼したものであるとしても,その依 頼は,被告人の数々の詐言によって精神的に追い詰められたB子が被告人の追死の 詐言を信じたためであって,任意かつ真意に出たものとはいえず,その意思決定の 過程には重大な瑕疵があるから,本件は嘱託殺人ではなく,刑法199条の普通殺 人罪が成立すると主張し,他方,弁護人は,B子の嘱託は真意に基づくものである と主張し,被告人も,公判廷において,「B子から殺してくれと何度も頼まれてい たので,仕方なく言われるままに殺害しました。」などと弁護人の主張に沿う弁解 をしている。
 当裁判所は,前記のとおり,嘱託殺人罪が成立すると判断したので,以下前記の とおり認定した理由を説明する。
 1 関係各証拠によれば,以下の事実が認定できる(概ね争いがないと思われる事 実)。(1) 被告人の身上経歴 被告人は,宮崎県立の水産高等学校専攻科を卒業後,大分県内の水産会社に 就職したものの退職し,昭和57年9月,津久見市にある有限会社Lにおいて営業 担当につき,同年11月,妻M子と結婚した。被告人は,平成元年ころ,L社の臼 杵営業所営業部長となったが,集金した金を使い込んだことなどから,平成3年1 2月末に同社を退職し,臼杵市内で建設機械リース会社の営業担当社員勤務を経 て,平成7年9月,臼杵市内において建設機械リースのC社を設立した。(2) B子の身上経歴 B子は,平成3年3月,大分県立の商業高等学校を卒業し,同年4月,L社 に就職したが,平成8年12月末,同社を退社し,その後,臼杵市内所在の同女の 父の異父兄であるEが経営し(ただし,平成12年ころから専務である長男のNが 実質的に経営を行っていた。),同女の父Oが勤務しているA社に事務員として勤 務していた。(3) 手形偽造を依頼するに至った経緯 ア 被告人は,平成3年,勤務先のL社でB子と知り合い,平成6年春ころ, 交際を始め,以後本件犯行に至るまで情交関係にあった。 イ 被告人は,過剰な設備投資等が理由でC社の経営に次第に行き詰まり,そ の資金繰りに窮するようになっていた上,B子との交際費用も必要であったため, 他人に名義を借りて消費者金融業者から借金をし,債務の返済等に充てており,B 子からも同女の給料の融通を受けたり,消費者金融業者から借金をしてもらったり していた。C社及び被告人は,平成12年8月末ころには,少なくとも合計約1億 5000万円を超える負債を抱えていた。ウ C社は,その取引の約8割をP社と行っていたが,同社の経営悪化から,リース代金として受け取っていた同社振出にかかる手形が,平成11年末ころから手形割引業者で割り引けなくなるなどしたため,C社の資金繰りはさらに悪化していった。
エ 被告人は,平成12年10月末ころ,暴力団風の男から借金の催促を受けるなどした。そのため,被告人は,C社の負債返済に充てる資金を得る方法として,A社に勤務していたB子がA社振出名義の手形帳や,A社の印鑑等を保管していたことに着目し,B子に,A社振出名義の約束手形を偽造させて,同手形を手形割引業者に持ち込み,現金に換えることを思いついた。
 被告人は,B子に,上記手形を手形割引業者に持ち込んで換金するなどと言えば,B子が拒絶するだろうと考え,B子には,上記手形が裏書されて銀行から手形金請求が来るようなことは絶対にない,手形を取引先に見せて自己の資力を仮装するためのいわゆる「見せ手形」であるなどと虚言を申し向け,A社振出名義の手形を偽造させようと考えた。
(4) 手形偽造を依頼し同手形を行使した状況 ア 被告人は,平成12年11月,大分市大字vにあるホテルQにおいて,B 子に対して前記手形の偽造を依頼した。
 B子は,同年12月11日ころ,被告人の上記依頼の下,前記罪となるべ き事実第1の1記載のとおり,A社事務所において,A社振出名義の約束手形2通 (額面200万円で支払期日平成13年3月31日のもの及び額面300万円で支 払期日同年4月30日のもの。別表(省略)番号1及び2(以下,「約束手形 1」,「約束手形2」などということがある。))を偽造し,これを被告人に手渡 した。 イ 被告人は,前記手形2通に,C社を受取人と記入するなどした上,前記罪 となるべき事実第1の2記載のとおり,同日ごろ,大分市内にあるF社に対し,同 手形2通を裏書譲渡して手形割引をし,現金462万5741円を得た。 ウ 被告人は,同年12月21日ころ,B子に電話で,前回の偽造手形では, P社の手形の保証がまだ足りないと言われたなどと言ってさらに手形の偽造を依頼 した。 B子は,同月22日ころ,被告人の上記依頼の下,前記罪となるべき事実 第1の1記載のとおり,A社事務所において,A社振出名義の約束手形4通(額面 89万7000円で支払期日平成13年4月30日のもの,額面100万円で支払 期日同年5月31日のもの,額面150万円で支払期日同日のもの,額面100万 円で支払期日同年6月30日のもの。約束手形3ないし6)を偽造し,これを被告 人に手渡した。 エ 被告人は,前記偽造手形を直ちに現金化する必要はなかったので,しばら く同人のセカンドバッグに入れて保管していたが,同手形に,C社を受取人と記入 するなどした上,前記罪となるべき事実第1の2記載のとおり,平成13年1月か ら2月(以下,単に年月日のみの場合は平成13年のそれを意味する。)にかけて 順次これをF社等に対して裏書譲渡して換金し,合計404万2133円を入手し た。 オ 被告人は,1月24日ころ,ホテルQにおいて,B子に,またR社から保 証が足りないと言われて困っていると言って手形偽造を依頼した。 B子は,同月25日ころ,被告人の上記依頼の下,前記罪となるべき事実 第1の1記載のとおり,A社事務所において,A社振出名義の約束手形7通(額面 100万円で支払期日7月30日のもの,額面300万円で支払期日8月30日の もの,額面300万円で支払期日7月31日のもの,額面200万円で支払期日6 月30日のもの,額面300万円で支払期日8月31日のもの,額面150万円で 支払期日同日のもの,額面150万円で支払期日同日のもの。約束手形7ないし1 3)を偽造し,1月25日ころ,これを被告人に手渡した。 カ 被告人は,前記手形にC社を受取人と記入するなどした上,3月15日, 29日及び30日に,前記罪となるべき事実第1の2記載のとおり,同手形合計7 通を手形割引により換金した。 キ 被告人がこれらの偽造手形13通の割引で得た金額は合計約2300万円 になる。(5) 殺害に至る経緯 ア B子は,3月半ばころから,偽造した手形が決済に回らずに戻ってくるか 心配するようになった。しかし,被告人は,既に手形を割引に出してしまっており,回収する手段がないため,見せ手形の行使相手としてB子に話していたR社の本社の人の手違いで手形が銀行に回ってしまい,弁護士も止められなかったという虚偽のストーリーを思いつき,B子に万が一のためと言って,同月31日が土曜日であるため4月2日に支払期日がくる約束手形1の手形金200万円をあらかじめ渡しておくことで,嘘がばれるのを防ごうと考え,B子に対し,手形を割り引いて得た金銭の中から万が一のためと言って200万円を手渡しておいた。イ B子は,4月2日,D銀行臼杵支店から約束手形1が決済に回っていることを知らされ,同日午後2時過ぎころ,被告人に電話でどうなっているのか確認を取った。
 被告人は,弁護士に相談すると言って一旦電話を切り,しばらくしてからB子に電話をかけ,弁護士と連絡が付かないからあらかじめ渡しておいた200万円を銀行の当座預金口座に入金するよう指示し,弁護士と連絡が付き次第連絡すると言った。
ウ 被告人は,4月3日午前8時ころ,B子に電話し,R社が手違いで手形を取立てに回してしまったとあらかじめ考えていた前記の虚偽のストーリーを話した。B子は,一応被告人の話に納得したが,残りの手形と被告人が出した200万円が戻ってくるか心配していた。
エ B子は,以後度々,被告人に対し,残りの約束手形12通がどうなっているのか心配して尋ねたが,被告人は同月末ころには戻ってくるなどと嘘を言ってごまかした。
オ B子は,4月末ころ,ホテルQにおいて,被告人の携帯電話を手に取って着・発信履歴を見ながら,被告人に,どれが弁護士の電話なのか尋ねてきた。被告人は,B子が直接弁護士に連絡を取ろうと考えたことに対し,被告人のことを疑い始めたかと思い,弁護士の電話番号は事務所にメモしてあると答えた。B子は,事務所までついてきて弁護士の電話番号を知ろうとしたが,被告人は,探す振りをして,メモを妻が捨ててしまったから,翌日に弁護士を紹介してくれた友人に聞き直して連絡すると嘘をついた。
カ 被告人は,自分に弁護士を紹介してくれたのはSという大阪の暴力団の親分で,その弁護士は暴力団の顧問弁護士であり,被告人がL社の社員研修で大阪に行ったときに,飲み屋でSと隣り合わせになり,気に入られて名刺をもらったという架空の話を考え,B子にそのように電話で話した。
 さらに,被告人は,B子に電話をかけ,声色を変えてSを装い,B子に手形は必ず取り戻すとの嘘を言って,B子を安心させた。
キ それでも,B子は,4月末になると,再び被告人に電話で手形はどうなっているのかなどと切羽つまった様子で電話してくるようになったので,被告人は,大阪のSのところに手形の確認に行く振りなどをした。
ク 被告人は,4月30日,同日が支払期日となっている約束手形2及び3の手形金合計389万7000円をA社が用意できるか気になり,B子に電話でその旨確認した上,B子に対し,最悪のケースに備えて資金をD銀行臼杵支店にあるA社の普通預金口座から当座預金口座に移すよう指示した。
ケ 被告人は,5月初め,B子から電話で手形が決済に回っていることについて泣きながら責められると,B子が4月末支払分の約束手形2及び3のことでそのころ妻に電話したことを逆手にとって,B子のせいで被告人は離婚問題に直面していると嘘を言って,こちらが片づくまで待ってくれと逆にB子を責めた。コ 被告人は,5月3日ころ,ホテルQにおいて,B子から4月末支払分の約束手形2及び3の手形金については,A社の普通預金口座から当座預金口座に移して対処したこと,その穴埋めとして母に借金を頼んでいるが,被告人のことは話していないことを説明され,また,手形のことはこのままにすることはできず,B子は会社に出られなくなる,被告人のことも隠し通せなくなる,もう生きていられなくなるなどと言って泣かれた。
 被告人は,B子に対し,手形については,3月末支払分の約束手形1と同じでR社が間違えて取立てに回してしまった,弁護士が取り戻すと言っているから信用するしかない,被告人は離婚するか否かの瀬戸際でこれが片づくまで家から出られないので待ってほしいと嘘を言った。
サ 被告人は,それでも手形のことを心配するB子を安心させるため,5月5日ころ,B子に対し,Sが離婚問題の仲裁に被告人方に来るのでその際に手形のことを聞くと述べ,また,その後,Sの振りをして,B子に電話をかけ,手形のことはちゃんとするので,被告人の夫婦げんかの仲裁が終わるまで待ってほしい旨依頼した。
 B子は,被告人に対し,直接Sに会って手形のことを聞きたいと言った が,架空の人物に会わせることはできないので,一度は会わせると言ったものの同 人は急用で帰ってしまったと述べた。 シ B子は,偽造した手形が決済に回ってしまったことなどの心労からやつれ ており,5月の連休明けころ,その様子の変化に気付いたEの妻T子に理由を問い ただされ,ついに同人やNの前で号泣し,同人らに対し,被告人に手形を振り出し たこと,同人と不倫関係にあることを打ち明け,振り出した手形は3通だけである と言って,3月末及び4月末支払分の約束手形1ないし3について,手形を偽造し て被告人に渡したことを打ち明けた。被告人は,その最中にB子に電話をかけたた め,B子から電話を取り上げたT子から,B子が困って苦しんでいるので,話を聞 いてあげるから今すぐ事務所に来なさいと言われたが,遠くにいるからなどと言っ て断った。B子は,N及びT子から,被告人に騙されている,早く縁を切るように 言われても,まったく聞く耳を持たず,被告人を責めないよう懇願した。 ス N及びT子は,既に手形金はB子が母から借りた金で穴埋めをするなどし ており,A社に実害はなかったことから,B子が手形を偽造したことなどを同女の 両親には内緒にし,同女を監視するようになった。 セ 被告人は,5月9日ころ,B子から電話で,連休中にT子やNに手形のこ とを追及され,約束手形1ないし3については,全部話してしまったが,他の手形 についてはまだ話していないなどと教えられた。 ソ 被告人は,残りの手形についてもいつばれないか不安になっているB子に 対し,できるだけ被告人に気持ちを引きつけて,手形のことを隠し通してもらうた め,このころから頻繁に電話をする一方,手形のことはSと連絡がまったく取れ ず,分からないと言ってごまかしていた。 タ また,被告人は,5月14日から15日にかけて,B子との間で,携帯電 話のメールの送受信をした。被告人は,最初の「まだみぬきみへ I LOVE YOU」という件名のメールで「いっそこのまま死んでしまいたい」などと送信 し,すぐに「すみませんしょうもないメールを送りました」などという内容のメー ルを送った。これに対し,B子は,「会う時は全て終わるときです。他の人を愛し ません!生まれ変わったら一緒になろうねc」などという内容のメールを送信した。 その後もお互いをいたわり合うメールをやりとりした。 チ B子は,5月15日,外出できる機会を利用して,ゴルフ場そばの駐車場 において,被告人に食事代として1万円を渡した。 ツ 被告人は,5月26日ころ,B子を,大分市大字v所在のふ頭公園のU駐 車場に呼び出し,一緒にどこかへ逃亡するよう持ちかけたが,B子は,4月末支払 分の手形金389万7000円を実母から借りていたこともあり,親にこれ以上迷 惑をかけられないと言って被告人の誘いを拒絶した。被告人は,B子に対し,何と か一緒に逃げようと説得したが,友人のI子に送り迎えしてもらっていることや親 に無断で来たことなどを理由に被告人が制止するのも聞かずに帰った。 テ 被告人は,翌27日午前4時46分ころ,B子の携帯電話に対し,「さよ うなら」という件名で,「ぼくは,昨日で生きていくのに!もうつかれました!あ とやりのこしたことが!まだいっぱいあるけど何もする気がなくなったからあと は?この世とのおわかれだけです」という内容のメールを送信した。 ト 被告人は,5月ころ,V弁護士に個人債務の整理を依頼し,株式会社Wの X会長に会いに行ってC社の再建を依頼していた。 ナ 被告人は,5月29日,大分市z所在の日用雑貨品店において,刺身包丁 1本,鉈1本,金槌1本,鋸1本,寝袋1個,軍手1束,つなぎ服1着,靴下1束 及び水筒1個を購入し,そのころ,上記刺身包丁の柄に白色のビニールロープを巻 いた。被告人は,これらを自分の軽トラックに置いて保管していた。 ニ 被告人は,5月30日,5月末支払分の約束手形4及び5の支払期日が間 近に迫ったため,B子に対し,携帯電話で,弁護士が手形と金を持ち逃げしたので Sが探し回っていると嘘の話を伝えた。B子は,これを聞いて会社にいることがで きないなどと狂乱したようになったが,被告人は,B子に,とりあえずA社の当座 預金口座に普通預金口座から手形金を移すよう指示した。 ヌ 被告人は,5月31日午後4時ころ,B子に対し,A社の当座預金口座に 手形金を用意したか確認すると,B子は,手形金の準備をするため銀行に来ている ところで,同女から,どうなっているのか,このままでは家にも会社にも帰ること ができない,生きていられないなどと弱々しい泣き声で言われた。 結局,B子が,A社の普通預金口座の金を流用して5月末支払分の約束手形4及び5の合計250万円の決済をした。
ネ B子は,そのころ,家族あて及びA社あてに,手形偽造をしたことを詫び,死んで生命保険で後始末をするつもりであること,被告人も恐らく死ぬであろうこと,被告人のことを恨まないでほしいことなどを内容とする手紙を書き,それぞれ自宅自室の押入及びA社事務所の自分の机の引き出しの中に入れた。ノ 被告人は,6月1日,B子の携帯電話に電話したが留守電になっていて連絡が取れなかった。被告人は,同日18時38分ころ,B子の携帯電話に対し,「ありがとう」という件名で,「B子へSおやじにぜんぶまかせたあとはおやじかられんらくをまってくれ」「おれは,つかれたからわるいけどこれでやっと死ねる」「なにもかもおれがわるいんだ すまん ちからがたりなんだ」などと書いたメールを送った。
 さらに,被告人は,B子から連絡がなかったので,翌2日午前11時14分ころ,B子の携帯電話に,「どこおるんか」という件名で「おまえどこおるんか?一緒に死のうちいうたやないかうらぎるな!連絡してこい俺に何もかんもおしつけるんか?」などというメールを送った。
ハ B子は,そのころ,偽造した手形がまだ存在していたことや会社の金を流用したことを隠していたことの心労から憔悴しきって見る影もなくやせていった。T子は,B子の異変に気付き,同女にその理由を尋ねたところ,B子は,5月末支払分の約束手形4及び5のため,A社の普通預金口座から250万円を流用したことを告白したが,偽造したのはこれまでに発覚した5通だけである旨またもや嘘を言った。B子は,両親から激怒され,被告人から騙されていると責められたが,それでも被告人を庇ったため,同女にはこれ以上A社の事務を任せられないということになり,同女は,携帯電話を取り上げられた上,自宅謹慎になった。その後,A社事務所のB子の机から前記(ネ)のB子の手紙が発見されたことから,A社関係者及びB子の家族が,B子に対し,自殺など考えないように諭したため,同女は一応元気を取り戻した。
ヒ 被告人は,そのころ,自分の妻から監視され,B子に連絡が取れないでいると,6月8日,B子から,連絡が欲しい旨携帯電話のメールを受けた。被告人が,B子に電話すると,B子は,B子の実母から携帯電話を取り上げられ監視されていると言った。
 被告人は,翌9日,B子から,携帯電話で,5月末支払分の約束手形4及び5については,同女の両親やNにも話したが,外にはもう手形はないと嘘を言って許してもらった,6月末支払分以降の手形についてはまだ親やA社に話していない,親の監視が強いから電話もできない,残りの手形は絶対に返してもらわないとこの次は被告人のことも隠し通せないし,B子も生きていられないと告げられた。フ 被告人の妻は,被告人が自分の車の助手席に隠していた被告人の包丁,鉈及び鋸等を見つけ,被告人から取り上げて自分の軽自動車のトランク内に隠していたが,被告人は,6月12日ころ,上記包丁等を見つけ,自分の車の助手席のシート後ろに積み替えた。
ヘ 被告人は,B子の携帯電話に連絡が取れないことから,B子の勤務先のA社に電話をかけ,B子にSから電話があって,弁護士が名古屋辺りにいたという連絡を受けた,まだ手形のことは確認できていないのでその連絡を待っているなどと嘘をつき,あたかも手形が取り戻せるかのように言って,B子を安心させた。ホ 被告人は,6月20日ころ,A社に電話をかけ,B子に対し,Sを装って,「わしの命にかけても弁護士見つけ出して手形を取り戻してやるさかい。もうちょっと辛抱してくれへんか。もし手形取り戻せなんだら,わし腹かっさばいてあんたにお詫びするつもりや。」などと嘘を言った。
 B子は,被告人の作り声をSだと信じ込み,「Sさんも死ぬと言いましたけど,手形が戻らなければ私も当然生きていられないのでよろしくお願いします。」などと言った。
マ 被告人は,6月25ないし26日ころ,A社に電話をかけ,B子に対し,Sから電話があり,弁護士が見つかったという連絡があった,手形について詳細は分からないが,見つかったようだ,自分が大阪に行ってSと話を詰めてくるなどと嘘を言った。
 B子は,被告人に対し,手形は全部破ってほしい,大阪に行ったらすぐに電話してほしいと言った。
ミ 被告人は,6月26ないし27日ころ,A社に電話して,B子に対し,Sと会って,残り8通の手形を受け取った,全部破ったなどと嘘を言った。これを聞いてB子は,安心したようであり,その後次第に元気を取り戻していった。ム 被告人は,B子に対し,Sから金も受け取ったので帰る,この手形の金はいつ渡そうかなどと嘘を言った。
 しかし,B子は,親の監視が強いので出られない,もう少し待ってなどと言って,被告人の呼出しに応じなかった。
メ 6月末支払分の約束手形6及び10は,支払期日の同月30日が土曜日であったため,実際の決済日は,7月2日であった。
モ 被告人は,7月2日午前6時ころ,自宅を出て,C社事務所に行き,自分の携帯電話をその事務所に置き,自分の軽トラックで逃走した。
ヤ B子は,同日午後2時ころ,銀行から約束手形6及び10が決済に回っていることの電話を受けて驚き,至急銀行の当座預金口座に金を用意してほしい旨のメモを残して,自分の自動車に乗って,A社事務所を飛び出した。その後B子は,被告人にあてて,自分の手帳に,「最後はあなたからだまされました。きっと7月,8月もやぶってないのでしょうね。その分のため,私は生命保険を使います。これがどういうことか分かりますよね。こんな事思いたくなかったけど,本当は最初から私をだましたの,本人の口から聞きたかったけど時間がありません。もし,この手紙をあなたが見たのなら,私の最後のお願いです。会社と私の家に行って説明して下さい。あんたの言葉信じて(手形の)耳を破ったんだから,7,8月の金額分からないんだから,私は生きていないと思いますが心のこりはあんたを殺したかった」という内容の文章を書いた。
ユ 被告人及びB子は,それぞれ大分県内をさまよっていたが,7月3日,2人がよく待ち合わせで使っていたふ頭公園のU駐車場で出会った。その後,2人とも車を大分市大字mにあるH駐車場へ移動した。
ヨ 被告人は,U駐車場ないしH駐車場で,B子と話をした。その際,B子は,被告人に対し,死んで生命保険を使って手形金の穴埋めをしたいなどと述べた。その後,2人は,B子の自動車で,二,三日行動を共にすることとなった。この際,被告人は,自分の軽トラックからB子の自動車へ包丁,鉈,ガムテープ及びビニールロープなどを移し替えた。
ラ 被告人らは,大分県内をドライブするなどしたが,被告人は,7月5日,u駅近くのY信販のキャッシュコーナーで,B子名義のカードを2度にわたって使用し,現金合計14万6000円を借り出した後,2人でホテルQに行った。ホテルで肉体関係を持った後,B子は,被告人に対し,早く自分を殺害してほしい旨言った。
リ 被告人らは,コンビニエンスストアで缶ビール6本などを購入し,大分空港先の海水浴場の駐車場に寄った後,7月6日午前5時ころ,九六位山中所在の本件殺害現場の林道に行った。
(6) 殺害の状況 ア 被告人は,B子から,殺してほしいと依頼されたので,本気かどうか確か めるため,本件殺害現場において,まず眠っているB子の首を両手で絞めるか,ま たは口と鼻をそれぞれ手で塞いだ。1分位すると,B子が暴れ出したので,手を離 した。
 イ B子は,大きな咳をして苦しんだが,被告人に対し,ガムテープで口や鼻 を塞ぎ,両手足をビニールロープで結んでちゃんと窒息死させてほしいと言うの で,被告人はこれに従うこととした。 ウ B子がビールを2本飲んで眠ったときに,被告人は,B子の鼻と口をガム テープで塞ぎ,両手を体の前にしてその手首をビニールロープで縛り,続いて足首 も縛った。 するとB子は息苦しそうにもがき続け,目を見開いた。被告人は,その目 を見て恐ろしくなり,一旦,B子の口と鼻を塞いでいたガムテープをはいだ。 エ B子は,被告人に対し,ちゃんと自分を殺害するように依頼し,再度ビー ルを2本飲んだ。被告人は,7月6日午後零時ころ,まず,B子の両目の上にガム テープをはり,次に口や鼻の上にはった。被告人は,B子の両手を体の背後でビニ ールロープを使って結び,両足もビニールロープで結んだ。 被告人は,息が漏れないようにB子の鼻をガムテープの上からつまんで完 全に密着させた。被告人は,B子が死ぬところを見るのは耐えられなく,車から降 りた。 オ 被告人は,車に戻ってきたとき,B子の脈がないことを確かめ,同女が窒息死したことを確認した。
(7) 殺害後の状況 ア 被告人は,B子の死体を同女の車の前部座席と後部座席の間に積み込んで 自動車用日よけ等をかぶせた上,同車両を運転して,同女の死体を遺棄する場所を 探した。
 イ 被告人は,7月7日,B子の死体を前記車両に乗せたまま,ホテルQに行 き,同女の死体を包むため,まくらカバー,シート等を持ち出し,警察等から逃走 するための資金として,B子の財布,銀行の預金通帳等をB子のかばんから抜き出 し,自分が使用することにした。 また,被告人は,B子が自分のA社の手形偽造についての関与を遺書に書 いていないか心配し,その遺書等を探したが見つからなかった。 ウ 被告人は,前記ホテルを出て,B子の死体を遺棄する場所が見つからない まま,大分県豊後高田市にある日用雑貨品店において,B子の死体を隠すためのビ ニールシート等を購入し,7月8日ころの午前5時ころ,臼杵市大字jある山中の 鉄塔付近において,B子の死体を同車のトランク内に積み替えて上記シート,ビニ ールシート等をかぶせ,B子殺害に使用したガムテープ,ロープ等を投棄した。 エ そして,被告人は,同日,前記罪となるべき事実第3記載のとおり,B子 の死体を積んだB子の車を大分市大字mにあるH駐車場に乗り捨て,自分の車に乗 り換えて逃走した。 オ 被告人は,7月16日,大分市所在のスーパー内のキャッシュディスペン サーコーナーにおいて,B子名義のJ銀行の預金口座から,同女のキャッシュカー ドを使用して8000円を引き出した。 カ 被告人は,逃走資金に窮したことから,B子が行方不明になってその消息 を心配しているI子の心理につけ込んで,前記罪となるべき事実第4記載のとお り,B子が使用したとするレンタカー代等の名下に15万円を詐取した。 キ 被告人は,その後,大分県,宮崎県等各地を逃走していたが,7月22 日,宮崎県高鍋警察署管内で車を走行させていたところを身柄確保され,同日緊急 逮捕された。2 被告人に殺害を嘱託したB子の真意について
(1) 外形的な嘱託の存在 前記1の事実を前提とすれば,その具体的な文言は別として,B子が,被告 人に対し,自己の殺害を嘱託したという外形的事実があったことは否定できない (検察官は,論告において,「仮にB子が・・・被告人に自らの殺害を依頼したも のであるとしても」と述べ,嘱託の事実がなかったこともあり得ると考えているよ うであるが,何ら具体的な主張をしている訳ではないし,関係証拠上,B子殺害の 状況が前記1(6)のようなものであったこと,したがって,少なくとも外形的には嘱 託の事実があったことを否定することは困難である。)。そこで,この嘱託がB子 の真意に基づくものか否か,嘱託に至ったB子の心理状態等について検討する。
 この点,検察官は,B子が被告人に自己の殺害を嘱託したのは,被告人の追死の 詐言を信じたからであると主張する。それに対し,被告人は,公判段階において は,B子に対して「一緒に死のう。」などと申し向けたこと自体を否定しているの で,被告人の供述が大きく異なってきている点を中心に,被告人の捜査段階及び公 判段階における各供述をみることとする。(2) 被告人の捜査段階における供述 被告人は,捜査段階において,概ね次のような供述をしていた。 ア B子は,当初から,A社の手形の偽造について消極的であり,平成12年 12月11日の最初の偽造に至るまで数度被告人の依頼を断っていた。そして,B 子は,同月22日ころに手形偽造を依頼された際,ばれたら生きていられなくなる などと言った。これに対し,被告人は,B子に対し,同女を安心させるため,「そ んときは俺も一緒に死んでやるけん。」などと言って同女をなだめるなどして,手 形偽造をさせた。 イ 偽造した約束手形1の支払期日が到来した平成13年4月2日以降も,被 告人は,手形が回収できないことに不安を感じていたB子に対し,度々,手形を偽 造したことがばれたときは一緒に死んでやるなどと言っていたが,真意は死ぬつも りはなかった。 ウ 被告人は,5月には,いよいよ手形の偽造を隠し切れないかもしれないと 思い始め,手形の回収を厳しく追及するB子のことが負担になったこともあり,口 封じのため,B子が手形偽造のことをばらす前に殺害することを考えた。エ 被告人が5月26日にB子を呼び出して一緒に逃げようと持ちかけたの は,同女を殺害するためであった。 オ 被告人が5月29日に購入した刺身包丁等は,B子を殺害するための道具 として購入したものであったが,被告人は,この時点では,具体的な殺害方法は決 めていなかった。 カ 被告人は,B子が,一緒に逃亡しようという被告人の誘いを断ったことか ら,5月末支払分の手形の支払期日が近づくにつれ,B子が手形偽造の全容をA社 関係者にばらす前に殺害しなければならないと思った。 他方で,被告人は,A社が不渡りを出し,裏書人であるC社が責任追及さ れることを防ぐため,手形金の手配をしてくれるうちはB子をすぐには殺さないで おこうとも思った。 キ 被告人は,7月2日,偽造手形をすべて破棄したという嘘がばれてB子か ら追及されるのを避けるため,C社事務所から逃亡したが,B子も,手形が決済に 回ったことを知って勤務先を飛び出していると考え,手形金が用意できたか否かを 確認し,できていなければ同女を殺害するため,同月3日,ふ頭公園のU駐車場へ 向かい,同所で,自分の自動車で来ていたB子と会った。 ク 被告人の話が嘘であったことを知ったB子は,被告人に対し,偽造手形分 の金は自分が死んで生命保険で支払うつもりだと言った。被告人は,B子の言葉を 聞き,抵抗されずに殺せると思い,追死の意図はなかったが,心中するつもりであ ると見せかけるため,「お前だけ死なすらせん。俺も死ぬしか方法がないと思っち ょるんや。」などと申し向け,被告人の軽トラックの中から刺身包丁,鉈,鋸,ガ ムテープ及びロープ等を取り出して同女に渡した。 ケ しかし,被告人は,B子をすぐには殺害せず,二,三日行動を共にした が,これは,B子への情から殺害が躊躇されたので気持ちを整理するためであっ た。 コ B子が,執ように早く死のうよと言うので,被告人は,7月5日にホテル に行って肉体関係を持ったころには,これ以上同女をセックスや金づるとして利用 できないと思うようになり,殺害の踏ん切りがつき始めた。 サ 被告人は,7月6日,九六位山で,B子に対し,自分は死ぬ気はまったく なかったが,B子を安心させて死なせようという気持ちと,殺し易いという考えか ら,「お前だけ死なすらん。お前を殺した後,俺も自殺してお前の後追うけん,心 配するな。」などと嘘をいい(警察官調書。なお,検察官調書には,殺害の直前こ ろに被告人が後追い自殺する旨をB子に申し向けた旨の記載はない。),前記1(6) のように,B子に依頼されたとおり,B子が酒に酔ったところを殺害した。 (3) 被告人の公判廷における供述等 他方,被告人は,公判廷において,B子を殺害するに至った経緯につき,概 ね次のように供述する。 ア B子は,平成12年11月ころ,被告人から手形偽造を依頼されたとき, 被告人から手形は見せ手形であって,絶対にばれない,お礼として小遣いをやると いうと,少し考えたが,すぐに承諾した。 B子は,同年12月21日ころ及び平成13年1月24日ころに被告人か ら手形偽造を依頼された際も快諾し,何枚も切らせてすまないと謝る被告人に対 し,既に1枚手形を切っているからあと何枚切っても一緒,気にしなくてもいい旨 言った。 被告人は,手形を依頼するに当たって,B子に対し,ばれたときは一緒に 死ぬなどといったことはない。 イ 被告人は,平成12年12月12日,B子に対して,最初の手形偽造の謝 礼として,30万円を渡し,同月22日ころには,2回目の手形偽造の謝礼として 10ないし20万円を,平成13年1月24日ころには,3回目の手形偽造の謝礼 として,ホテル代と併せて12万円を渡した。 また,被告人は,平成13年3月末ころ,手形が決済に回らないか心配し ているB子に万が一のためとして200万円を渡した際,安心させるつもりで,余 分に30万円を渡した。 ウ 被告人は,平成13年3月以降も,B子に対し,手形の偽造がばれたとき には一緒に死んでやるなどと言ったことは一度もない。 被告人が,5月14日,B子の携帯電話に対して送信した「いっそこのま ま死んでしまいたい」などという内容のメールは,B子の気持ちを被告人に向け て,偽造手形の回収について厳しい追及を免れる目的で送信したに過ぎない。また,6月1日付けの「おれは,つかれたからわるいけどこれでやっと死ねる」などという内容のメール及び同月2日付けの「一緒に死のうちいうたやないか」などという内容のメールは,このころ連絡が取れなくなっていたB子を驚かせて連絡を取らせるために送ったものであって,真実に基づくものではない。
エ 被告人が,5月26日ころにB子をふ頭公園のU駐車場に呼び出したのは,L社で被告人とB子の不倫関係がうわさになっていると妻から聞いたので,B子に対し,L社に勤めているB子の友人のI子に相談をしないように注意するなどの目的であった。
オ 被告人は,このころ,毎月月末になると暴力団風の債権取立人から逃げるため,山中などに行っていたので,5月29日に購入した刺身包丁,鉈,鋸,つなぎ服,軍手及び水筒などは,護身用や家出の際の生活用具として購入したものである。
カ 被告人は,7月2日,手形が決済に回り,手形はすべて破ったという嘘がB子にばれるので,何もかも捨ててお詫びのつもりで自殺することを考え,家出をした。携帯電話を持っていかなかったのは,誰とも話したくなかったからである。キ 被告人は,寺の展望台で包丁による自殺を図ろうと考えるなどしたが,いざ死ぬとなると怖くてなかなか実行に移せず,7月3日,車ごと海へ飛び込めば楽ではないかと考え,ふ頭へ向かったところ,たまたまB子に出会った。ク B子は,ふ頭公園のU駐車場ないしH駐車場において,被告人に対し,「どこいっちょたんと。私1人にしてから。あんたに連絡取るけど,連絡取れんで,私どうしていいか分からなかった。もしあんたが死んどったら,私も後を追って死なないけんと思うちょったんよ。」,「もう死んで自分の両親やA社の人たちに詫びんといけない。死んで保険でお金を返さないといけない。死んで,嘘をついて騙したお詫びがしたい。自分では死に切れないので殺して欲しい。」などと述べた。
ケ 被告人は,B子が死にたいということを止めるとともに,自分も死んでB子に詫びるつもりだったと告げ,護身用に積んでいた包丁等をB子に手渡したが,B子は,被告人は大事な人だから殺すことはできないと言った。
コ 被告人は,B子に対し,死ぬのを思い直してほしいと考え,B子の両親の元に行ってすべてを話して謝罪しようとか一緒に逃げようとか提案したが,B子は,両親の元に行ったら父が被告人を殺すかもしれないので帰れない,既に両親やA社の人たちを騙しているので,なおさら逃げることはできないと言った。サ 被告人は,このころには自分が死にたいという気持ちはどこかに消えてしまい,ただB子に生きていてほしいと思うようになった。被告人は,しばらくそばにいてなだめればB子も考えが変わると思い,ずっと会っていなかったからゆっくり二,三日付き合えと言った。B子は,二,三日ならいいと言ってこれに同意して,B子の自動車でドライブすることとなった。
シ 被告人とB子は,7月5日,B子の要望で,ホテルに行くことになった。ホテルで肉体関係を持った後,B子は,「ホテルで,結局することしたけん,もう私は思い残すことがないけん,もう早くお金も用意せな悪いけん,私殺してよ。時間がない。」と言った。
 被告人は,思いとどまってもらおうとして,ホテルを出た後,近くの駐車場で,B子に対し,同女を殺すことはできないと言ったが,B子は,それでも納得しなかった。
ス 被告人は,話題を変えながらB子に死ぬのを思いとどまってもらおうとして,海水浴場へ行ったが,B子が,本件殺害現場である大分の九六位山へ行こうと言い出した。被告人は,B子の希望に沿うしかないと思って,本件殺害現場に向かった。
セ B子は,7月6日,本件殺害現場において,被告人に対し,「一宿あんたに付き合ってあげたんやけん,もう早く私を殺してよ。」と言った。被告人は,「そげえ死ぬ死ぬ言うな。」などと言ったが,B子はとにかく死にたいから早く殺してと言った。
ソ 被告人は,B子に対し,B子を殺せば被告人は警察に捕まってしまう,それでは割に合わないし,嫌だと言ったところ,B子は,被告人のために罪を犯してまでやったんだからそうなっても仕方ない,被告人に今まで付き合ってあげたから,B子のためにそういう目にあっても辛抱してよと言った。
 B子は,被告人に対し,手形偽造は2人で犯した罪だから2人でその罪を背負って償わなければ絶対に消えない,罪をどうしても背負って生きられないので,その罪を償う意味でも,私(B子)の言うとおりにして2人で罪を償おうと言 った。
 タ 被告人は,そこまで被告人がB子を苦しめているのかと思い,B子の望む ように殺してあげるのが,B子に対する罪滅ぼしかなと少しずつ思えてきて,B子 による殺害の嘱託を断り切れずに,同女を殺害することになった。 (4) 各供述の信用性について 以上のとおり,被告人の捜査段階における供述と公判段階における供述は, 大きく分けると,被告人の内心において早くからB子を殺害しようと計画していた か否か(5月29日に購入した包丁,鉈,鋸などの使用目的等を含む。)の点など についてまったく異なっており,B子に対して,手形の偽造がばれた際には一緒に 死のうなどと話していたか否かについても食い違っている。なお,殺害時の状況に ついてはさほど異なる点はないといえる。そこで,前2点について,それらの信用 性を若干検討する。 ア 被告人が早くからB子の殺害を計画していたとの点について 被告人は,捜査段階においてそのような供述をしたのは,取調官に対し,B子に 手形13通を偽造してもらうについてお金を渡したこと(前記(3)のア,イのこと) を言ったところ,言下に否定されたことなどから,ものすごく怖くなり,刑事や検 事の言うことをそのまま認めないといけないと思い込んだからである旨述べてい る。 確かに,以前からB子を殺害しようと計画していた旨の被告人の捜査段階の供述 には,次のような不合理な点が窺われる。 すなわち,捜査段階の供述によると,被告人がB子の殺害を考えたのは, B子が被告人の指示でA社の手形13通を持ち出したことを同社の人たちにばらさ れないための口封じであったというのであるが,5月初めころには,既に4月30 日を支払期日とする3通についての手形の偽造のことや被告人とB子との関係はA 社側に発覚しており,5月31日を支払期日とする2通の手形の偽造の件も6月初 めには発覚しており,被告人自身,それらのことをB子から聞いているのであるか ら,まだ残っているが発覚していない手形について今更B子を殺害しても「口封 じ」になるとは考えにくい。また,被告人は,5月26日ころ,B子を殺害する目 的でふ頭公園に呼び出したことになっているが,このときには具体的な殺害方法を 決めておらず,その後である同月29日になって凶器となりうる刺身包丁等を購入 したとされている。加えて,被告人は,B子が手形の偽造についてすべてをばらす 前にB子を殺害しようと思っていたというにもかかわらず,7月2日,B子に事前 の連絡をせず,かつ,携帯電話をC社事務所に置いたままにしてB子との連絡手段 を確保しないまま家出したと供述しているが,殺害を考えていた者の行 動としては不自然である。 さらに,取調べメモ綴及びZ(取調べ警察官)の証言によれば,被告人 が,従前からB子を殺害しようと考えていた,そのために包丁などを購入した旨を 供述するようになったのは,被告人が殺人罪で勾留された8月5日以降のようであ るが,Z作成の上記取調べメモ綴には,「調書用」と題したページで始まるものが あり(メモ綴の全体の4分の3程度の箇所),これはZが調書を作成するに当たっ て,被告人から聴取した内容の項目を整理したものであると認められるところ,こ の中には「自殺志願を利用したのでは」(4枚目),「3 犯意 A社手形の嘘引 き出しがバレてB子を追い詰めた状況から犯意の組み立て」(7枚目),「4 殺 害の状況 殺害に至るいきさつ,なた,刺身包丁軍手,ロープ購入~最初から殺害 の犯意?」(2枚目)などと記載されている。これらは,取調べに当たって被告人 に確認すべき事項として記載されているものであるが,その確認事項については, そのころ,Z刑事が想定したとおりの供述が被告人からなされたことが認められ る。 以上のとおり,被告人が早くからB子を殺害しようとしていたとの供述内 容は,そもそも動機が不自然で理解し難く,被告人の行動ともそぐわず,取調べの 経過に照らしても,Z刑事の誘導ないしその想定しているストーリーを察知した被 告人がこれに迎合する形で,いわば任意に嘘をついたため作成された可能性を否定 することができず,必ずしも信用しうるものとはいえない。イ 被告人が,B子に対して,手形の偽造がばれた際には,一緒に死ぬなどと話していたか否かについて
 しかしながら,この点については,前記1で認定した被告人からB子への5月14日付け,同月27日付け及び6月2日付けメール並びにB子が5月末ころ作成した家族あて及びA社関係者あての手紙並びに同人が7月2日ころに作成した 被告人あての文章の内容を考慮すれば,被告人は,7月2日よりも前に,B子に対 し,手形の偽造がばれたときには,自分は死ぬとか,B子と一緒に死ぬといった話 をしていたと考えるのが自然であり,その限度で捜査段階の供述は信用でき,その 点を否定する被告人の公判段階における供述は信用できない。
 (4) 被告人の「一緒に死ぬ。」などと申し向けたことのB子に対する影響等につ いて 前記のとおり,被告人は,B子に対して,「一緒に死ぬ。」などと申し向けてい たと考えられるので,それらがB子に対してどのような影響等を与えていたと考え られるかを検討する。 ア 検察官は,被告人の捜査段階における各供述調書の所々にちりばめられて いる「そんときは俺も一緒に死んでやる。」,「お前が死ぬときは俺も一緒に死 ぬ。」,「俺も死ぬしか方法がないと思うちょんのや。」,「お前だけ死なすらせ ん。お前を殺したあと,俺も自殺してお前のあとを追うけん。心配すんな。」など とB子に申し向けたことを指して,B子に対して「心中を慫慂した。」と主張する ようであり,そこから,B子の心情として,「B子は,手形は見せ手形に過ぎない などとの被告人の説明を信じて,家族やA社に対する自己の裏切り行為について良 心の呵責にさいなまれて,死を願うほどの絶望感と当面の金策が講じられた安心感 との間を激しく去来しながらも,いざとなったらともに死ぬとの被告人の言葉を最 後のよりどころとしながら日々を送っていた。」と推認し,B子が被告人に自己の 殺害を嘱託したのは,被告人の詐言を信じ,被告人が追死してくれるものと信じて いたからであった,というのである。 イ しかし,被告人が度々B子に対して上記のようなことを述べていたことが 「心中を慫慂した。」といえるのか,B子が死を思い詰め,被告人に自己の殺害を 嘱託した理由が被告人も一緒に死ぬと思ったことにあるのかについては疑問を抱か ざるを得ない。すなわち, (ア) 「心中を慫慂した。」との点については,確かに上記のような各文言 は,被告人が心中を考えていることを一応表現してはいるが,捜査段階の各供述調 書の記載を見ても,被告人がB子に対してそのような文言を申し向けた理由は,概 ね,手形が回収できないことなどを心配し憔悴し,「もう生きていられない。」, 「死ぬしかない。」などとしょっちゅう口走るB子に対して,手形が取立てに回る ことはないなどと安心させたり,被告人に対する信用をつなぎ止めておくためであ ったということになっており,被告人も死ぬからB子も一緒に死のうと誘ったもの ではない。その説明は,それはそれで筋が通っており,特段不自然不合理な点はな く,「いや,本当は死のうと口走るB子の決意をさらに強固にさせようと思って申 し向けたのであろう。」などと推認するのは無理である。殺害直前にB子に対して 申し向けたとなっている「お前だけ死なすらせん。悪いのは俺なんやから,お前を 殺したあと,俺も自殺してお前のあとを追うけん。」という文言(警察官調書。な お,検察官調書では,単に,「私は,私が死ぬのは嫌だったのですが,B子さんに は安心してもらおうと思って,B子さんに,『一番悪いのは俺なんや。 』などと言いました。」となっている。)にしても,B子を安心させて死なせよう という気持ちと,殺し易いという考えから申し向けたというのであって,「慫慂し た。」というには隔たりがある。したがって,検察官が主張するように,被告人が B子に対して上記のような文言を申し向けていたことが,心中を決意するようにし 向けるためであったと推認することはできない。 (イ) そもそも,B子が被告人に自己の殺害を嘱託した理由が被告人も一緒に 死ぬと思ったことにあるという点についても疑問がある。すなわち,被告人は,度 々B子に対して「一緒に死ぬ。」などと申し向けたことになっているが,それに対 して,B子が同調したのか反対したのかなどを含め,どのような反応を示したのか は証拠上明らかではない。そして,前記(1の(5)ヤ)の7月2日ころにB子が作成 した被告人あてのメモには,前記のとおり,被告人に騙された,手形金を用意する ため生命保険を使うつもりである,被告人は,A社とB子の家に行って説明をして ほしいなどと記載されており,被告人と一緒に死ぬとか一緒に死にたかったなどと いう記載は認められず,この時点でB子は1人きりで死ぬ決意をしていたと窺われ る。また,5月ころにB子が作成した,家族及びA社関係者にあてた手紙2通に は,手形を偽造したことに対してB子が死んでお詫びをする旨書かれているが,被 告人については,多分死ぬであろうという程度の記載にとどまり,一緒に死ぬこと などは明記されていないし,家族あての手紙からは,B子は,この時点で手形金の後始末は自分の生命保険でする決意をしていたことが既に現れている。これらB子が残した文章から窺えるのは,親族が経営し,父親も勤めているA社に対して重大な裏切り行為をしてしまったため,その金銭的な後始末は自分が死んで下りる生命保険金で行うほかないと思い詰めた悲壮な決意であって,被告人と心中するというものではない。確かに,散々騙された挙げ句,自分は死に,被告人は生き残るという事態は納得できるものではないが,7月2日のメモに「心残りはあんたを殺したかった。」とあるのはまさに被告人が生き残ることを前提として,その悔しさを滲ませるもので,B子において,本件が「心中」と思っていたのではないことを如実に物語っているという他はない。
ウ 結局,以上のとおり,B子は,5月ころまでに,被告人から手形の偽造が発覚した際には死ぬとか一緒に死ぬなどと聞かされてはいたが,それは,B子が手形偽造がばれたら生きていられないと言っていたことに呼応して被告人が言っていたに過ぎず,B子がそれらの言葉等によって被告人との心中を考えるようになったとは認められず,B子は,手形偽造について両親やA社関係者に迷惑をかけたくないことから,いざとなったら生命保険で手形金の穴埋めをする目的で自殺する決意をしていたというべきである。そして,7月3日に被告人に会ったとき以降も,この意思の下,生命保険金を得る目的で,被告人に殺害を嘱託した疑いを払拭することはできない。
 したがって,B子は,被告人が追死するか否かとはそれほど関係なく自己の殺害を被告人に嘱託したのであって,B子の嘱託は真意に基づくものであったと評価せざるを得ない。
 なお,被告人がその内心において早くからB子を殺害したいと考えていたという捜査段階における供述は,前記のとおりそれ自体信用性に乏しいが,仮にその供述が,動機の点はともかくとして,B子を殺害しようと思っていたとの限度で真実そのとおりであり,本件が,「被告人はB子を殺害しようと計画していたが,それとは知らずにB子において被告人に自己の殺害を嘱託してきたので,これ幸いとその嘱託に応じてB子を殺害した。」というような教科書事例のような場合であったと仮定しても,「もしB子において被告人が自分を殺害しようと考えていることを知ったならば,B子は決して自己の殺害を被告人に嘱託したはずはない。したがって,B子の嘱託は真意に基づくものではない。」などとして普通殺人罪の成立を認めることは困難と考えられ,検察官も,被告人には(被告人が捜査段階で述べていたのとは別の)B子殺害の動機があった,5月29日に包丁などを買ったのはB子殺害のためである,とまでは主張しているが,そのこととB子による嘱託の真意性を結びつけるまでの主張はしていない。また,本件は,被告人は,当初からB子を騙して手形を偽造させ,その後も,色々と虚構の事実を申し向け,B子の心を引き留めるなどし,これ以上偽造手形が決済に回ることはないなどと申し向けて安心させてはその期待を裏切り続け,憔悴しきったB子において,7月2日,4回目の偽造手形の決済が回ってきたことの連絡を聞き,被告人の嘘に気付き,もはや自分が死んで生命保険金で弁償する以外にないと決意させるに至ったものであり,これら一連の過程全体を捉えて普通殺人罪に問うことの可能性も考えられないではないが,被告人が虚構の事実を申し向けたのがB子を死に追いやろうとの意図の下に行ったとまでは認め難く,やはり普通殺人罪が成立すると考えるのには無理がある。
3 よって,本件においては,B子による殺害の嘱託が真意でなかったことの立証がなされていないから,普通殺人罪ではなく嘱託殺人罪が成立するに止まると判断した。
(法令の適用)
罰 条
 判示第1の1の所為
 別表記載の番号1ないし13の手形偽造それぞれにつき
 刑法60条,162条1項
 判示第1の2の所為
 別表記載の番号1ないし13の偽造手形行使それぞれにつき
 刑法163条1項
 判示第2の所為 刑法202条
 判示第3の所為 刑法190条
 判示第4の所為 刑法246条1項
科刑上一罪の処理
 判示第1の1の罪のうち別表記載の番号1及び2の手形の偽造と判示第1の2の罪のうち同偽造手形の一括行使につき
 刑法54条1項前段,後段,10条(犯情の最も重い番号2の手形の偽造有価証券行使罪の刑で処断)
 判示第1の1の罪のうち別表記載の番号3ないし13の手形の各偽造と判示第1の2の罪のうち同偽造手形の各行使つき
 それぞれ刑法54条1項後段,10条(いずれも犯情の重い偽造有価証券行使罪の刑で処断)
刑種の選択 判示第2につき懲役刑を選択
併合罪加重
 刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い,判示第1の各罪のうちの別表記載の番号1及び2の手形にかかる罪の刑に法定の加重。ただし,短期は判示第2の罪の刑による。)
未決勾留日数算入 刑法21条
訴訟費用 刑訴法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,1自分の経営する会社の負債を返済するため,不倫相手であったB子に対し,保証のための見せ手形であると偽って依頼して同女が勤務している会社の約束手形合計13通を偽造させ,2同偽造手形を手形割引業者に裏書譲渡して現金合計約2300万円を得,3同手形が実際に流通してしまい,会社や両親に迷惑をかけたことから自殺して生命保険でその損失を穴埋めする決意をしたB子の嘱託を受けて同女をガムテープで口や鼻を塞ぐなどして窒息死させ,4同女の死体を公園の駐車場に車両ごと放置し,5その後の逃走中,逃走資金に困ったことから,B子の友人に対し,大学生を装って,B子が北海道で倒れていたのを発見し,保護しているなどと嘘をついて,同女に必要なレンタカー代等の名目で15万円を騙し取ったという事案である。
2 有価証券偽造・同行使(1及び2)については,自己の経営する会社の資金を獲得するために行った利欲的かつ自己中心的な犯行動機であり,酌量の余地はまったくない。また,不倫交際相手が,自己を愛し,信頼しているという心情に巧みにつけ込んで,真実は手形を割引行使して市場に流通させる意図があったにもかかわらず,これを知らせれば手形偽造に協力してもらえないと考え,見せ手形に過ぎないなどと嘘をついて協力を嫌がる同女を安心させて,その勤務先の手形を偽造させるという極めて狡知かつ卑劣な犯行態様である。そして,手形割引業者に不審に思われないように手形の枚数を増やして1通当たりの金額を抑え,また手形支払期日を分けるなどの指示をB子に出し,さらに,偽造手形の行使をするに当たっては,虚偽の取引明細を作成して,手形割引業者を信頼させるなどしている点でもその犯行は極めて悪質である。偽造された手形は13通で額面総額2400万円余,偽造手形行使によって得た金銭は約2300万円と非常に高額で,その結果も重大であって,被告人が,その利益を一身に受けていることなども考慮するとその刑事責任は相当に重い。
 なお,被告人は,手形偽造を依頼した際には,B子は小遣いを欲しがって積極的に協力したとか,手形偽造依頼時には,P社の手形が不渡りになるとは考えておらず,経済的損害を与えるつもりはなかったなどと供述するもののにわかに信用できず,後者においては仮にそれが真実だとしてもP社の資金繰りが相当悪化していたことは被告人もよくよく知っていたことであり,同社の再建をあてにしていたのは極めて安易であって被害会社に経済的損害を与えることは当然予見してしかるべきであり,何らの言い訳にはならない。
 そして,手形偽造及びその行使によって被害会社に与えた損害は,被告人からは一切なされておらず,被害会社及び同社に被害弁償をしたB子の遺族の被害感情及び処罰感情は極めて厳しい。
3 次に,嘱託殺人及び死体遺棄(3及び4)についてみるに,被告人は,B子から嘱託を受けて同女を殺害したとはいえ,同女が自己の殺害を被告人に嘱託するに至った経緯は,被告人に依頼されて偽造した手形の決済のため,もうこれ以上は手形が決済に回ってくることはないと信じたB子において母親に借金をしたり,会社の金を融通するなどしたが,またもや決済が回ってきている旨の連絡を受け,被告人の嘘に気付き,これ以上両親やA社関係者に迷惑をかけられない,自分が死んで下りる生命保険金で手形金を穴埋めする以外にないと思い詰めたからであり,結局,被告人自身がまだ若く将来もあるB子を死に追いやったことは否定しようがない状況であって,法的に嘱託殺人と評価せざるを得ないとしてもその実体は極めて悪質で厳しい非難に値すべきものである。被告人は,嘱託殺人の犯行後,自らの刑事責任を免れようと,犯行に使用したガムテープやビニールロープその他B子の所持品を山中に投棄するなど犯行の証拠を隠滅する工作を行っており,また,死体遺棄についても,自己の嘱託殺人の犯行を隠すため,自殺に偽装できる場所や発覚しにくい場所を何度も探し回っており,ホテルからシーツなどを奪って死体をくるみ,外部から分かりにくいようにした上,車のトランクに移し替えて,駐車場に放置しており,自己中心的な動機に基づく,劣悪な犯行である。不倫関係とはいえ,被告人を愛し,信じていたB子が,結婚することもままならず,被告人においては単なる都合のいい遊び相手で金づるに過ぎないと見ていたことにも気付かず,6年以上も交際を続けた結果,被告人が原因で両親や親戚に迷惑をかけながら死んでいかなければならなかったその心情を察するにその無念さは筆舌に尽くし難いものがある。そして,B子の遺族は,B子が被告人と不倫関係にあることを知り,同人に騙されていると納得させようとしても,騙されていることを信じようとせず,被告人のことを庇い続けるB子に怒りや歯痒い思いを抱き続けた挙げ句,両親や親族らの思っていたとおり,B子は騙されていただけでなく,被告人の手によって無惨にも殺害され,しかも暑いさなかに長期間トランク内に放置されたため実にむごたらしい姿に変わり果てていたことを知らされたのであり,遺族らの受けた精神的衝撃は深刻であって,処罰感情が極めて強いのは当然である。被告人からは遺族に対して何らの慰謝の措置もなされていない。
4 最後に,詐欺(5)についてみるに,嘱託殺人後に逃走資金が枯渇したことから,金銭を得ようとしてB子の安否を気遣う友人I子の心情につけ込んで行われた悪質な犯行であって,その利欲的かつ自己中心的な犯行動機にはやはりまったく酌量の余地はない。これに対しても被告人は何らの被害弁償をしておらず,I子の被害感情にも厳しいものがある。
5 他方,被告人は,これまで前科前歴もなく一応普通に生活してきたこと,本件一連の犯行の発端である手形の偽造は,暴力団的な債務の取立てにより自分や家族の身に危機を感じたことからなされたものであること,本件一連の犯行について反省の情を示し,B子の冥福を祈り続けると述べていること,被告人の帰りを待つ家族がいることなど,被告人に酌むべき事情がない訳ではない。
 しかし,これらを最大限考慮したとしても,前記2ないし4の諸事情に照らして被告人の刑事責任は極めて重いことには変わりなく,可能な限り相当長期間矯正施設に収容されるべきであり,主文の量刑が相当と判断した。
(求刑 懲役17年)
平成14年11月22日
大分地方裁判所刑事部
 裁判長裁判官 久我泰博
裁判官 鈴木幸男
裁判官 駒田秀和
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