平成14年10月22日宣告 平成14年(わ)第78号 業務上過失往来危険、業務上過失傷害被告事件 判 決主 文
 1 被告人を禁錮2年6月に処する。
 2 本裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。 理 由(犯行に至る経緯)
 A鉄道株式会社(以下「A会社」と略称)は、京都鉄道部が所管する嵐山線等の ほか、福井鉄道部が所管する福井駅から勝山駅まで23駅の越前本線と、越前本 線の東古市駅から永平寺駅まで4駅の永平寺線と、越前本線の福井口駅から三 国港駅まで18駅の三国芦原線の3線を擁していたが、福井鉄道部所管の3線 は、越前本線のうち福井駅から3駅目の越前開発駅までの区間のみが複線区間 であり、他はすべて単線区間であった。
 被告人は、平成9年3月に商業高校を卒業し、平成12年6月、A会社が募集して いた電車運転士になるための職員採用試験を受けて採用され、国土交通省中部 運輸局が行う甲種電気車の運転免許試験に向けてA会社の指導担当者から教育 を受けながら学科試験等に取り組み、同年11月下旬に実施された技能試験を受 けたのち直ちに、見習い運転士の訓練としてA会社の教習担当運転士の指導の 下で営業列車の運転等に従事するうち、同年12月17日に越前本線上で訓練中 の列車と対向列車とが正面衝突する事故が発生したが、同月20日に甲種電気車 の運転免許を取得した被告人は、翌13年2月4日にA会社から運転士の辞令を 受け、同月6日から越前本線及び三国芦原線で運行する列車の運転及び車掌業 務に一人で従事していた。 A会社では、上下列車の正面衝突を避けるため、単線区間内に一方の列車が駅 の上りホーム線又は下りホーム線のいずれかに待機して他方と行き違うことがが できる駅(以下「行き違い駅」と略称)を設けて、閉塞区間と呼称される行き違い駅 相互間(以下「閉塞区間」と略称)の区間内には1列車しか進入できないようにする ため、信号機を自動進路制御装置(ARC)により制御する自動閉塞方式を採用 し、信号機が故障した場合には、福井鉄道部指令区との無線連絡等による指導 通信式の代用閉塞方式と呼称される運行方式をとることにしていた。越前本線の 単線区間内には行き違い駅が9駅あり、その一つである発坂駅と同駅の上り方向 直近の行き違い駅である越前竹原駅との間の閉塞区間にも、上り列車用信号機 と下り列車用信号機のうち一方の信号機が必ず赤色の停止信号を表示するよう に制御された信号機が設置されていたが、越前本線における勝山駅発上り列車 及び福井駅発下り列車の運行状況は、平日に運行される上り下り各34本及び日 曜・休日に運行される上り下り各33本の大部分が、発車時刻を30分間隔とする いわゆる定間隔列車とされていたため、行き違い駅のうち特定の3駅で行き違うこ ととなり、発坂駅で行き違うのは朝夕の2回に限られていた。 平成13年6月24日(日曜日)の被告人の勤務予定は、午前7時30分頃から正 午頃までの間に越前本線の下り上りの列車を2往復運転したのち休憩し、午後5 時頃から越前本線の下り上りの列車を1往復運転したのちに三国芦原線の下り上 りの列車を1往復運転することとされていた。当日午前の運転業務についていた 被告人は、三国芦原線の信号機の故障のため列車の運転士が福井鉄道部指令 区と無線で連絡を取り合い、代用閉塞方式が実施されていることを知って、それま で実際に代用閉塞方式で運転した経験がなかったことから、当日運転予定の三国 芦原線で代用閉塞方式を所定どおり実施できるか不安感を抱いたものの、被告 人が三国芦原線で運転業務につくまでには信号機の故障は修復されるであろうと 考え、正午頃までの運転業務を終えたのちの休憩時間にも、その所定事項を確認 することなく過ごした。その後、勤務に戻った被告人は、三国芦原線で依然として 代用閉塞方式が実施されているのを知り、三国芦原線での運転業務に不安感を 抱きながら、福井駅午後5時10分発の下り列車を運転して午後6時1分に勝山駅 に到着し、折り返し勝山駅午後6時3分発福井駅行きの第26列車と呼称される1両編成の電車(以下「本件電車」と略称)の運転業務についたものの、代用閉塞方式のことで頭が一杯になったまま本件電車を出発させた。
(犯罪事実) 被告人は、本件電車を運転して、平成13年6月24日午後6時8分頃、福井県勝山市所在の発坂駅上りホーム線に停車したのち、本件電車を発坂駅から発進さ せようとしたが、越前本線は勝山駅から越前開発駅まで単線区間であり、本件電 車が下り列車との行き違いのため待機すべき行き違い駅は、本件電車の運転士 たる被告人が必ず携行して常に確認すべき本件電車の運行時刻表に明記されて いたうえ、行き違い駅である発坂駅には、自動進路制御装置により制御された出 発信号機が設置されていたのであるから、鉄道の単線区間を走行する電車の運 転士としては、本件電車の運転席前に置いてある運行時刻表により下り列車との 行き違いの要否を確認したうえ、出発信号機の表示を確認して運転すべき業務上 の注意義務があったのに、これを怠り、本件電車がいわゆる定間隔列車であると 思い込んでいたため、発坂駅では福井駅発の第1023列車と呼称される1両編成 の列車(以下「対向電車」と略称)が到着しなければ本件電車を発進させてはなら ないことを全く失念したうえ、発坂駅に設置されていた上り線用の上記出発信号機 が赤色の停止信号を表示しているのも全く看過して、本件電車を発進させて閉塞 区間を進行させた過失により、同日午後6時9分頃、発坂駅と保田出村1号踏切と の間の鉄道線路上において、同一鉄道線路上を本件電車に向かって進行してき た対向電車(乗客15名)に接近して初めて気づき、急制動の措置を講じたものの 及ばず、その頃、上記踏切付近において、急制動の措置を講じていた対向電車に 本件電車(乗客8名)を正面衝突させ、よって、対向電車及び本件電車の各前部を 破壊して大破させるとともに、別紙一覧表(略)記載のとおり、対向電車の運転士1 名のほか対向電車及び本件電車の乗客合計23名に対し加療約1年6か月間以 上を要する傷害等の傷害をそれぞれ負わせたものである。(証 拠)
省 略
(法令の適用)
1 罰 条
(1) 業務上過失往来危険につき
 刑法129条2項 (2) 業務上過失傷害につき 別紙一覧表記載の24名につきそれぞれ平成13年法律第138号による改正前の刑法211
条前段
 2 科刑上一罪 (1)及び(2)の24名につき刑法54条1項前段、10条により一罪として刑及び犯情の最も重い別紙一覧 表番号4記載の被害者に対する業務上過失 傷害罪の刑で処断3 刑種の選択 禁錮刑
4 刑の執行猶予 刑法25条1項
(量刑の事情)
 1 本件は、単線鉄道の閉塞区間に上り列車と下り列車が同時に進入すれば正面衝突を避けられないことが明らかであったにもかかわらず、上りの本件電車を 運転していた被告人が、下り列車の到着を待って発車すべき行き違い駅である 発坂駅において、下りの対向電車と行き違いをすべきことを全く失念しただけで はなく、上り線用の出発信号機が赤色の停止信号を表示しているのも全く看過 して、対向電車が接近中の閉塞区間に進入し、本件電車と対向電車とを正面衝 突させて各前部を大破させるとともに、多数の乗客等に重軽傷を負わせた事案 である。2 鉄道の単線区間を走る電車の運転士には、みずから運転する電車の乗客を安 全に輸送すべき一般的な責務があるだけではなく、他の列車が対向して来る閉 塞区間には絶対に進入してはならないという基本的かつ重大な責務が課せら れているのに、本件電車の運転士たる被告人は、発坂駅での行き違いはないものと勝手に思い込み、本件電車の運行時刻表の確認を怠ったのみならず、赤 色停止信号を表示していた出発信号機の確認をも怠ったものであって、これら の確認が、一挙手一投足の労で瞬時に実行できたはずの極めて単純な事柄で あることを考えると、被告人には、多数の人命を預かる電車の運転士としての 自覚が全く欠けていたものと断ぜざるをえない。本件犯行における過失の態様 及び程度とも極めて重大であるというほかはない。
 他方、本件犯行によって対向電車及び本件電車の各前部が大破しただけでは なく、幸いにして死亡者は出なかったものの、合計24名もの多数の者が負傷 し、その中には相当長期間の加療を余儀なくされた重傷者も含まれるのであっ て、その直接的な結果も重大である。3 もとより、乗客の人命を預かって安全な輸送を任務とする鉄道事業の経営者 は、従業員など人間の宿命である人為的な過誤を根絶することは不可能である ことを経営の大前提として、これを可能な限り防止するための訓練その他の合 理的な施策を尽くし、さらに、従業員等の人為的な過誤があった場合に備えて 事故を未然に防止できるような自動列車停止装置(ATS)の完備その他の機械 化に努力すべきことは当然であり、本件犯行についても、A会社が越前本線の 閉塞区間に自動列車停止装置を完備していたのであれば、これを未然に防止 できたであろうと考えられる。 しかしながら、電車の運転士としては、自動列車停止装置が完備された路線で 運転する場合であっても、信号機を確認すべき注意義務はもとより、運行時刻 表を確認すべき注意義務も、共に果たさなければならない基本的な注意義務で あることに変わりはなく、その注意義務の程度がいささかでも軽減されることは ないというべきであるから、そもそも電車の運転士としての自覚が全く欠けてい たと断ぜざるをえない被告人の本件犯行による刑事責任を考えるに当たって は、A会社が自動列車停止装置を設置していなかったとの事情を過大に評価す るのは相当でない。4 しかも、A会社では、平成12年12月に越前本線上で列車の正面衝突事故が発 生し、更に半年後の平成13年6月にも本件犯行による正面衝突事故が発生し たため、これを契機として福井県内の越前本線・永平寺線・三国芦原線の全線 につき運行停止を決定し、その後、上記3線につき運行を再開することなく廃線 手続をとるに至り、この3線に長年親しんできた沿線住民等の利用客は、重要 な交通手段を長期間にわたり失うことになったのである。もとより、かかる事態 を招いた責任を被告人一人に負わせることはできないにしても、さりとて、本件 犯行がもたらした重大な社会的影響を軽視することもできない。5 これらの事情に照らして考えると、本件犯行による被告人の刑事責任は相当に 重いというべきである。6 しかしながら、本件犯行による被害者24名のうち、乗客18名の損害について はA会社との間に示談が成立し、その余の乗客5名の損害についても、A会社 が加入している鉄道事故賠償責任団体保険により早晩填補される見込みがあ り、対向電車の運転士の損害については、労働者災害補償保険法による給付 により一応填補されていること、また、被告人は、いまだ若年で前科がなく、本 件犯行が運転士としての自覚を欠いた重大な犯行であることを素直に認め、A 会社を退職して責任をとり、被害者全員に謝罪の手紙を送付したうえ、その多く の者に対し住居を訪問して謝罪の意を表すなど、反省の態度が顕著であるこ と、なお、被告人は本件犯行によりみずからも重傷を負ったことなど、被告人の ために斟酌すべき情状もある。これらの情状を考慮すると、今直ちに被告人を 実刑に処すべきとまではいえない。7 よって、以上の事情のほか諸般の事情をも考慮して、主文のとおり量刑した。 平成14年10月22日 福井地方裁判所刑事部
 裁判長裁判官 松 永 眞 明 裁判官 佐 藤 晋 一 郎 裁判官 松 本 展 幸
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