判決 平成14年9月10日 神戸地方裁判所 平成9年(行ウ)第36号 損害賠 償等請求事件主 文
 1 原告らの被告尼崎市教育委員会教育長に対する訴えをいずれも却下する。
 2 被告尼崎市は,原告らに対し,それぞれ100万円及びこれに対する平成9 年9月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告尼崎市 の負担とする。4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実
及 び 理 由
第1 請求
 1 被告尼崎市教育委員会教育長(以下「被告教育長」という。)が平成9年4 月1日付けでした下記(1)ないし(6)の各転任処分(以下「本件転任処分」とい う。)をいずれも取り消す。
 (1) 原告Aに対する尼崎市立尼崎産業高等学校(以下「尼崎産業高校」とい う。)勤務を命ずる旨の転任処分 (2) 原告Bに対する尼崎市立尼崎高等学校(以下「尼崎高校」という。)勤務 を命ずる旨の転任処分 (3) 原告Cに対する尼崎高校勤務を命ずる旨の転任処分 (4) 原告Dに対する尼崎産業高校勤務を命ずる旨の転任処分 (5) 原告Eに対する尼崎高校勤務を命ずる旨の転任処分 (6) 原告Fに対する尼崎市立尼崎東高等学校(以下「尼崎東高校」という。) 勤務を命ずる旨の転任処分2 主文第2項と同旨
第2 事案の概要
 本件は,被告教育長が原告らに対して本件転任処分をしたのに対し,原告らが,本件転任処分は地方公務員法49条にいう「不利益な処分」に当たるところ,これらは原告らによる尼崎東高校におけるセクハラ事件の追及活動に対する報復目的で行われたものであり,被告教育長の裁量権の範囲を逸脱した違法な処分であるなどと主張して,被告教育長に対し,同法に基づき,本件転任処分の取消しを求めるとともに,被告尼崎市に対し,国家賠償法に基づき,損害賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(後掲括弧内に証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者 ア 原告Aは,昭和39年3月,大阪市立大学を卒業し,同年4月,被告尼 崎市に教諭として採用され,尼崎東高校に社会科教諭として赴任し,33年間同校 において勤続してきたところ,平成9年4月1日付けで,第1の1(1)の本件転任処 分を受けた。同原告は,平成14年3月31日,被告尼崎市を定年退職した(弁論 の全趣旨)。
 イ 原告Bは,昭和38年3月,神戸大学を卒業し,同年4月,被告尼崎市 に教諭として採用され,尼崎東高校に社会科教諭として赴任し,34年間同校にお いて地理を含む社会科を担当してきたところ,平成9年4月1日付けで,第1の 1(2)の本件転任処分を受けた。同原告は,平成13年3月31日,被告尼崎市を定 年退職した(弁論の全趣旨)。 なお,原告B外1名は,昭和42年3月25日,転任処分の内示を受け たが,これを拒否し,結局,転任処分を受けなかった。 ウ 原告Cは,昭和38年3月,関西大学を卒業し,同年4月,被告尼崎市 に教諭として採用され,尼崎東高校に英語科教諭として赴任し,34年間同校にお いて勤続してきたところ,平成9年4月1日付けで,第1の1(3)の本件転任処分を 受けた。同原告は,平成12年3月31日,被告尼崎市を定年退職した(甲12 4,同原告本人)。 エ 原告Dは,昭和46年3月,広島大学を卒業し,同年4月,兵庫県教育 委員会に採用され,兵庫県立山崎高等学校に家庭科教諭として赴任し,昭和50年 3月,兵庫県を退職した。同原告は,同年4月,被告尼崎市に教諭として採用さ れ,尼崎高校に家庭科教諭として赴任し,昭和53年4月,尼崎東高校に家庭科教 諭として赴任し,19年間同校において勤続してきたところ,平成9年4月1日付 けで,第1の1(4)の本件転任処分を受けた。オ 原告Eは,昭和55年3月,花園大学を卒業し,同年4月,兵庫県教育 委員会に介助員として採用された後,昭和57年,被告尼崎市に教諭として採用さ れ,尼崎産業高校に社会科教諭として赴任し,15年間同校において勤続してきた ところ,平成9年4月1日付けで,第1の1(5)の本件転任処分を受けた。 カ 原告Fは,昭和54年3月,文化女子大学を卒業し,同年4月,茨城県 立学校講師として採用され,昭和55年4月,兵庫県立学校講師として採用され た。同原告は,昭和56年4月,被告尼崎市に教諭として採用され,尼崎産業高校 に家庭科教諭として赴任し,16年間同校において勤続してきたところ,平成9年 4月1日付けで,第1の1(6)の本件転任処分を受けた。 キ 被告尼崎市は,尼崎市立の上記各高等学校(以下「市立3校」とい う。)を設置する者であり,被告教育長は,市立3校の管理運営をする者である尼 崎市教育委員会(以下「市教委」という。)の代表者である。 (2) 人事異動の通知等 被告教育長は,平成9年2月28日,市立3校の各学校長に対し,「尼崎 市立(全日制)高等学校の人事異動について」と題する通知(以下「本件通知」と いう。)を発した。その内容は,「長期に勤続する教職員のうち,当面,現在の時 点で25年以上勤続した者を対象として段階的に可能な範囲で人事異動を行い,新 しい機運の醸成を図る。なお,25年以上の長期勤続者の異動に伴い,教科等で必 要があれば15年以上の勤続者の人事異動も行う場合がある。」というものであっ た。被告教育長は,同月26日,市立3校の各学校長に対し,本件通知についての 説明をしていた。 そして,市立3校の各学校長は,同月28日朝の教職員との打合せ会の席 上において,教職員に対し,本件通知の内容を発表した。 原告らは,同年3月26日以降,本件転任処分の内示を受けた。 (3) 原告ら及び各学校の事情 ア 家庭科教諭である原告Dの前任校である尼崎東高校には,同原告より勤 続年数が長い訴外R(勤続年数21年)がいた。Rは,平成10年,定年退職し た。同じく家庭科教諭である原告Fの前任校である尼崎産業高校には,同原告より 勤続年数が長い訴外S(勤続年数22年)がいた。同校においては,旧文部省の方 針であった家庭科の男女共修を実施するために,施設整備が始まっていた。 イ 社会科教諭である原告Eは,本件通知が出された時点で勤続14年であ ったところ,同原告の前任校である尼崎産業高校には,同校に転任してきた原告A と勤続年数がほぼ同様である訴外T(勤続年数34年)がいた。 ウ 尼崎東高校においては,社会科のうち地理を第2学年の必修科目として いるところ,各学年の地理の時間数は,第2学年16時間,第3学年2時間であ る。このうち,原告Bが第2学年6時間,第3学年2時間を担当していた。同校に おいては,原告A及び原告Bが地理を担当していた。原告Aが転任した尼崎産業高 校の社会科の科目には地理がない。尼崎東高校においては,両名に対する本件転任 処分後,非常勤講師Iが地理の授業を担当していた。エ 原告Bは,平成9年3月当時,尼崎東高校第2学年の学年主任であった。
(4) 市立3校の位置関係 尼崎市立の全日制高等学校は市立3校のみであり,市立3校は同市内の半 径2キロメートル以内の場所に存する。在校生は,同市内に居住している者がほと んどである。(5) 過去の転任処分 本件転任処分当時,過去10年間において,市立3校相互間で教職員の転 任処分が行われた例は4件しかなかった。その中には,転任希望者が11月ころに 学校長に転任希望を申し出た例があった。
 (6) 原告らによるセクハラ事件の追及等 平成8年12月,尼崎東高校の理科担当の教諭であったJ(以下「J教 諭」という。)が理科の実習助手をしていた女性職員及び女子生徒2名に対してセ クシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)行為(以下「本件セクハラ行為」とい う。)をしたとして,当時同校に勤務していた原告A,原告B,原告C及び原告D らがJ教諭の処分等を要求した。 被告教育長は,平成9年1月9日,J教諭に対し,口頭厳重注意処分を行 った。J教諭は,地方公務員法上の懲戒処分を受けなかった。 J教諭は,同日,被告尼崎市を退職し,同月10日,兵庫県に採用され,同県立教育研修所に配属された。
 被告教育長側は,「審議会議長U」及び「議長団長P」作成名義の同月13日付け要求書(甲44,53,89)を受領した。
 原告Dらは,同月16日,要求書(甲19,93)を市教委に持参したが,市教委職員はその受領を拒絶した。原告Dらは,被告教育長宛に,同月20日付け「要求書」と題する内容証明郵便物を送付した。
 市教委は,同月21日,本件セクハラ行為に関し,記者会見を開いた。同月22日,毎日新聞,朝日新聞,産経新聞及び神戸新聞において,本件セクハラ行為に関する記事が掲載された。
 同月23日,尼崎市高等学校教職員組合(以下「市高教組」という。)と市教委との間で,退職手当削減問題に関して団体交渉が行われる予定であったが,取りやめとなった。
 市教委管理主事のK(以下「K管理主事」という。)は,同月25日,市高教組側から電話があった際,本件セクハラ行為に関して市高教組と話し合う考えがない旨述べた。
 市高教組側は,同月29日,退職手当削減問題に関する第1回団体交渉に当たって,市教委側に対し,1996年度末の重点要求書(甲14)を提出しようとしたが,市教委側はその受領を拒絶した。
 原告Aら市高教組組合員は,同月31日,本件セクハラ行為に関し,市教委に抗議をしに行き,職員課課長補佐のQ(以下「Q課長補佐」という。)に対し,抗議文書(甲15)を提出しようとしたが,Q課長補佐はその受領を拒絶した。
 本件セクハラ行為を受けた上記職員は,同年2月6日,当庁尼崎支部に対し,J教諭及び被告尼崎市を被告として,慰謝料等340万円の支払を求める訴訟を提起した。J教諭は,上記請求を認諾した。
 「尼崎市立尼崎東高等学校女子教職員有志」は,同月14日,尼崎市議会文教委員会に対し,「尼崎市立尼崎東高等学校における男性教諭によるわいせつ行為に関する陳情書」と題する書面を提出し,同月25日,本件セクハラ行為に関し,意見陳述をした。
 市高教組組合員は,同月28日,本件通知が発表されたのに対抗して,市教委に抗議をしに行き,抗議文書(甲7の1)を提出しようとしたが,Q課長補佐はその受領を拒絶した。
 尼崎東高校の保護者らは,同年3月19日,市教委に出向いた。
 市教委のK管理主事は,同月20日午前9時10分ころ,市高教組書記長のLに架電し,「市高教組は来る3月24日に市に対して人事異動にかかわる抗議行動を行うとしているが,その日に限らず,抗議行動等を行わないよう通告する。また,市高教組は,昭和40年代に約束(本人の同意のない異動は行わないとの合意)があるとしているが,その約束があれば破棄する。」旨の通告をした。
 同月24日,市高教組組合員らが市教委に赴いた際,市教委職員は抗議文書(甲7の2)の受領を拒絶した。
 市教委職員は,同月31日,市教委に抗議をしに来た教職員らをビデオカメラで撮影した。
(7) 原告らの組合活動 原告Aは,昭和51年から昭和54年までの間,兵庫県高等学校教職員組 合の専従役員を務め,昭和57年及び平成5年以降,市高教組執行委員長の地位に あった。
 原告Bは,昭和58年及び昭和59年,同執行委員長の地位にあった。 (8) 不服申立て 原告らは,平成9年5月1日,尼崎市公平委員会に対し,本件転任処分の 取消しを求めて不服申立てをし,同申立ては,同年7月3日,受理された。
 2 主要な争点(1) 本件転任処分が地方公務員法49条にいう「不利益な処分」に当たるか否 か。(2) 本件転任処分が被告教育長の裁量権の範囲を逸脱した違法な処分であるか 否か。3 当事者の主張 (1) 原告らの主張
ア 転任処分が被告教育長の裁量権の範囲を逸脱し,損害賠償によっては救済できない不利益を受ける場合には,処分の不利益性が肯定され,また同時にそのような処分は違法である。
イ 原告ら全員に共通の事情 (ア) 市高教組と市教委が合意した手続違反 昭和42年4月4日,市教委及び被告教育長と市高教組は,教職員の意思に反した転任処分は行わない旨の合意をした。その結果,市立3校においては,本件転任処分が行われるまで,本人の意思に反した転任処分が行われなかった。
 市立3校間の転任処分の手続は次のとおりであった。すなわち,転任希望者は11月ころに学校長に転任希望を申し出る。申出を受けた学校長は,転出希望先の学校長と協議を行う。そして,2月末から3月初めにかけて,転任処分が内定する。
 また,本人の転任希望がなくても,学校長から転任処分の打診がある場合もあるが,本人がこれを拒否すれば,その意思に反した転任処分が行われることはなかった。
 本件転任処分に当たっては,原告らに対して本人の意向を打診する手続は取られておらず,本件転任処分は,合意した手続に違反した違法がある。(イ) 精神的待遇についての不利益 本件転任処分は,子どもを親から預かった教師として,子どもを人権侵害行為(本件セクハラ行為)から守るという教師として極めて正当な行為をしたにもかかわらず,教師としての教育にかける情熱を正面から否定するものであり,原告A,原告B,原告C及び原告Dらの精神的な打撃は言葉では言い尽くせないほど大きなものである。
 加えて,本件転任処分は,これまでの転任処分の手続とは全く違う手続で,しかも,新学期が始まる直前の時期に行われ,挙げ句の果てには,教科の専門性も無視され,他の組合の組合員と比較して極めて不利益に取り扱われるなど,原告らの精神的苦痛は極めて強く,本件転任処分が不利益な取扱いに当たることは明白である。
ウ 各原告に個別の事情 (ア) 原告A,原告B,原告C及び原告Dに共通の事情a 報復目的(セクハラ追及行為を理由とした転任処分)
 原告A,原告B,原告C及び原告Dらは,尼崎東高校のJ教諭の本件セクハラ行為(抱きついたり,胸や尻を触ったり,ついには無理矢理キスをするという,強制わいせつ行為)に関し,その正確な事実確認を要求したり,J教諭の責任を追及したりし,本件セクハラ行為を追及する運動が活発化する中で,平成9年2月28日,強制転任方針(本件通知)が出され,年度末ぎりぎりの同年3月26日になって,突然転任処分の内示が出され,本件転任処分が強行された。
 すなわち,本件セクハラ行為を追及した上記原告4名を尼崎東高校から他の市立高校に転任させ,その穴埋めに,転任処分の必要性もなく,また,異動方針に反する原告Fを尼崎東高校に,原告Eを尼崎高校にそれぞれ転任させた。 したがって,本件転任処分が上記原告4名のセクハラ追及に対する報復であることは明らかである。
b 組合活動上の不利益
 本件セクハラ行為に関しては,市高教組尼崎東分会組合員であった原告A,原告B,原告C及び原告Dらが中心となって学校長,市教委への責任追及を行ってきた。これらの活動は,尼崎東高校に在職してこそ可能となるものである。本件転任処分によってそれぞれ他の高校に転任させられた結果,上記原告4名は,その後,セクハラ問題を追及する活動に支障を来し,不利益を被った。
 また,原告Cは平成9年度の分会長に,原告Bは分会役員にそれぞれ決定していたにもかかわらず,転任させられたことにより,分会としての団結権を侵害され,両名が分会役員として組合活動をすることができなくなる不利益を受けた。
(イ) 原告A,原告B,原告C及び原告Fに共通の事情 他の組合(尼崎市教職員組合,兵庫県教職員組合尼崎支部)の組合員との比較における不平等取扱い
 従来は,市高教組と市教委との合意に基づき,転任処分の手続として事前に本人の意向を打診しており,また,組合執行委員は転任処分の対象とはしてこなかった。そして,市教委は,他の組合とも同様の合意をして,同様の手続を取っている。
 ところが,本件転任処分においては,市高教組の組合員についてのみ組合執行委員が転任させられた。原告Aは本件転任処分当時組合委員長,原告Bは平成9年度の尼崎東高校分会役員,原告Cは同年度の同校分会長に選出されており,しかも原告Bは同年度同校分会役員被選出者間の互選で分会書記長(市高教組特別執行委員兼任)に選出されていた。原告Fは平成8年度は尼崎産業高校分会役員,平成9年度は同分会婦人部長(市高教組婦人部長兼任)に選出されていた。
 このように,他の組合の組合員であれば転任処分が行われないにもかかわらず,市高教組については執行委員であっても転任処分をしており,これが不平等な取扱いであることは明らかである。そして,これは,組合所属を理由とする差別,不利益取扱いであり,不当労働行為となる違法な処分である。(ウ) 原告A,原告D及び原告Fに共通の事情 教科の専門性を無視した転任処分 「教科」は同一であっても,「科目」を異にするような転任処分は,専門科目についての専門知識の習得,教育技術の向上が不可能となり,その不利益性は明白である。
 原告Aは,被告尼崎市が地理の教師を必要としているということで採用されたのであり,同原告は尼崎東高校においては地理を中心に授業を行っていたが,地理の科目を置いていない学校に転任させられた。
 原告Dは,本件転任処分前には家庭科の中の食物という専門領域を中心に長年教えてきたが,本件転任処分後は被服領域を中心に教えなければならなくなった。
 原告Fは,本件転任処分前には家庭科の中の被服という専門領域を中心に長年教えてきたが,本件転任処分後は食物領域を中心に教えなければならなくなった。
 原告D及び原告Fは,これまで深く教えたことのない実習を伴う専門領域の授業を行うため,一から勉強をして授業を行わなければならないのである。(エ) 原告A,原告B,原告D,原告E及び原告Fに共通の事情 必要性,合理性の認められない転任処分 原告D,原告E及び原告Fについては,いずれも本件通知で示された勤続25年以上の要件に該当せず,被告らも上記原告3名を転任させる必要性,合理性について全く説明できない。
 原告E及び原告Fについては,本件セクハラ行為を追及した原告A,原告B,原告C及び原告Dを尼崎東高校から他の市立高校に転任させた結果,その穴埋めに,転任処分の必要性もなく,また,異動方針に反する原告Fを尼崎東高校に,原告Eを尼崎高校にそれぞれ転任させた。
 原告D及び原告Fについては,教科の専門性を全く無視した転任処分が行われたが,これも必要性,合理性のない転任である。
 原告Bは,尼崎東高校創設時に地理の教師が必要であるということで採用され,これまで同校第2学年の地理と第3学年の選択科目としての地理を教えてきた。原告A及び原告Bについては,教科の専門性を無視して転任処分が行われた結果,尼崎東高校には地理を専門に教えられる教師がいなくなり,第3学年の選択科目としての地理の授業を非常勤講師が行っており,必要性,合理性のない転任であることは明らかである。
(オ) 原告Bの個別の事情
学年主任途中での転任処分 原告Bは,平成9年3月当時,尼崎東高校第2学年の学年主任であり,同年4月からは第3学年の学年主任に予定されていた。
 学年主任は,当該学年を3年間指導していくことになるから,学年主任が途中から交代するということは指導の一貫性を欠くことになり,学年主任を設けた趣旨に反する。そのため,本件転任処分までは,学年主任を3年間行わずに途中で本人の意向を無視して転任となった例はなかった。
 原告Bは,第3学年という重要な時期に学年主任となれず,これまでの教師としての教育計画を放棄させられ,教育実践を阻害される不利益を受けたものであり,これは教育目的を阻害する転任処分である。
(カ) 原告Dの個別の事情
本件通知に反する人事異動 原告Dは,本件通知の時点で勤続18年であり,かつ,「25年以上の長期勤続者の異動に伴い,教科等で必要がある場合」には該当しない。
 原告Dが担当していた家庭科については,勤続25年以上の教諭を転任処分とした結果,前任校で教科担当の教諭に不足が生じたとか,転任先の学校で教科担当の教諭の人数が超過したという事情はない。
 また,原告Dより勤続年数が長い家庭科の教師がいるが,この教師は転任処分となっていない。
 (キ) 原告Eの個別の事情
 本件通知に反する人事異動
 原告Eは,本件通知の時点で勤続14年であり,本件通知にいう「現在の時点で」勤続15年以上の要件すら充たしていない。
 また,「25年以上の長期勤続者の異動に伴い,教科等で必要がある場合」には該当しない。
 原告Eが担当していた社会科については,原告Eより勤続年数が長い教師がいるが,この教師は転任処分となっていない。
(ク) 原告Fの個別の事情
本件通知に反する人事異動 原告Fは,本件通知の時点で勤続15年であり,かつ,「25年以上の長期勤続者の異動に伴い,教科等で必要がある場合」には該当しない。
 原告Fが担当していた家庭科については,勤続25年以上の教諭を転任処分とした結果,前任校で教科担当の教諭に不足が生じたとか,転任先の学校で教科担当の教諭の人数が超過したという事情はない。
 また,原告Fより勤続年数が長い家庭科の教師がいるが,この教師は転任処分となっていない。
 (2) 被告教育長の主張(本案についての主張は被告尼崎市の主張と同じである。)
ア 身分,俸給等についての不利益性の不存在
 本件転任処分は,いずれも同一市内における市立高校の教諭に補する旨の転任処分であり,原告らの身分,俸給等に差異を生じさせるものではない。イ 勤務場所についての不利益性の不存在
 市立3校の相互の距離については,尼崎高校と尼崎東高校間が約3.5キロメートル,尼崎高校と尼崎産業高校間が約2.5キロメートル,尼崎産業高校と尼崎東高校間が約4.1キロメートルであって,市立3校までの通勤時間については,さほどの差異は認められない。
ウ 勤務内容についての不利益性の不存在
 本件転任処分による原告らの市立3校における勤務内容の異同についてみるに,いずれも担当教科に変更はなく,その不利益性が認められないことは明らかである。
エ まとめ
 以上によれば,本件転任処分についてはなんらの不利益性も認められないから,原告らには本件転任処分の取消しを求める法律上の利益は存しないというべきである。
 原告らの主張する「不利益」は,そのすべてが地方公務員の異動に不可避的に伴う職場環境の変化であって(したがって,すべての異動対象者が等しく受忍すべき事項である。),原告らにつき具体的に認められる「不利益」とはいえない。
(3) 被告尼崎市の主張 ア はじめに
 そもそも,配置換えは,官民を問わず広く一般に行われているものであり,職場の沈滞した環境に清新な空気を吹き込んで組織を活性化させ,マンネリ化を打破し,意欲を高揚させ,当該事業の遂行,増進に資するとともに,人材,労働力の適正な配置による効率的な事業運営と組織の内外のニーズに的確に対応することを可能にし,更には個人の能力の開発,発展をもたらす有用なものとして,社会的に承認された人事制度である。
 本件転任処分は,上記のような配置換えのもたらす一般的な効果を前提として,市立3校の教育をともに充実,発展させるため,被告教育長の適正な裁量に基づき行われたものである。
イ 本件転任処分に至る経緯
 従前から市立3校においては,教職員の配置換えがほとんど行われていなかったが,これは次の理由によるものである。
 すなわち,昭和42年度の配置換えの際,これに反対する市高教組が連日組合員を動員して市教委に押しかけ,配置換え対象者2名が市教委事務局前の廊下においてハンガーストライキをして座り込むなどの混乱が生じ,教育現場にも支障が生ずるおそれがあった。それ以後,市教委及び被告教育長は,トラブル回避の観点から積極的な配置換えの実施を控えてきたのである。なお,その当時において,「今後教職員の同意がなければ配置換えを行わない。」旨の合意がされたという事実はない。
 そして,その後においても,「荒れる学校」と評されるような市立中学校における生徒指導上の問題など,教育現場における緊急かつ重大な懸案事項が発生し,市教委及び被告教育長としても,これらの課題を解決するため,指導体制の確立や必要な施設整備を最優先の課題として取り組まざるを得ないなど,結果的には長年にわたりやむを得ず市立3校の教職員の配置換えが先送りされてきた。
 しかしながら,後記ウのとおり,客観的事情に照らしても,市立3校の教職員の配置換えを実施せざるを得ない状況となったため,被告教育長及び市教委は,平成8年5月以降,本件転任処分に向けた本格的な準備作業に入ったものである。
ウ 本件転任処分の理由及び趣旨 (ア) 少子化に伴い教職員の過員状況が生じるとともに,教職員の退職等の事情も相まって,教科担任制をとる中学校・高等学校においては,教職員の過不足の状況を生ずるに至っている。
 市立3校においても同様であり,ほとんど配置換えを行わない状況下では,近い将来において,市立3校における教職員の教科担任数の適正配置が困難となることは必定である。
(イ) また,そもそも教職員には,常に一定の新しい知識・技術を自ら進 んで習得するという自己研さんが求められ,かつ,そうした基盤のもとに,生徒の 学習指導に当たるという気概が求められる。
 同一校に長期間在籍する教職員は,ややもすればマンネリに陥り,組織の沈滞ムードを招来することとなるので,系統的で活発な配置換えがいつまでも行われないとすれば,かかる事態が教育効果を著しく阻害することは疑いのないところである。
(ウ) さらに,そもそも学校が教育目標の達成に向けて,その機能を最大 限に発揮し,しかも円滑に活動するためには,学校の組織活動の活性化を図ること が重要である。そのためには,学校長・教職員の信頼関係のうえに立って,学校長 の指導力を基盤とした責任体制が確立され,かかる体制のもとに適正な学務運営が されることが必須の要請である。
 しかしながら,市立3校においては,特に比較的在職年数の長い教職員と校長との間に必ずしも十分な意思疎通が行われず,上記のような学校長の指導力を基盤とした責任体制の確立が困難な実情にあった。
(エ) 本件転任処分は,上記のような各弊害を除去し,より充実した教育 体制をめざす趣旨で行われたものである。エ 本件転任処分の基準 (ア) 被告教育長は,本件転任処分に先立ち,市立3校の各学校長宛に本件通知(甲3)を発したものであるが,ここにおいては,各教職員の同一校勤続年数(25年又は15年)が配置換えの一つの重要な基準として記載されている。
 そして,被告教育長が本件転任処分を決するに当たり考慮した事項は,配置換え対象者の能力,健康状態,年齢,性格,意欲はもとより,学校長の意見,クラブ指導など学校運営上の必要性等,極めて多岐にわたり,それらを総合的に勘案検討したものである。
(イ) もっとも,被告教育長が本件転任処分の決定に当たり重視した一つ の重要な基準は,教職員の同一校勤続年数の点であり,実際には,主に以下のよう な点を考慮した。1 まず,25年以上の長期勤続者のすべてを配置換えの対象者として考慮すること
2 病気療養中の者,定年退職間近な者,クラブ指導など学校運営上残留が必要な者等につき配慮すること
3 今年度において配置換えを行うか,次年度以降において配置換えを行うかを考慮すること
4 25年以上の長期勤続者の配置換えに伴い教科等の必要により15年以上の勤続者についても配置換えを行うこと
 原告A,原告B及び原告Cについては上記1ないし3を,その余の原告らについては上記4をそれぞれ考慮した。
(ウ) なお,考慮事由について,以下のとおり付言する。
 原告Dについては,同原告の配偶者である訴外M教諭につき尼崎高校 から尼崎東高校への配置換えを行うことにより生じる,家族同士の教職員が同一校 に勤務した場合に予想される種々の弊害(勤務に私情が介在するおそれ,当人も周 囲も気兼ねをする,同時に休暇を取りづらい,情報管理面の弊害等)にかんがみ,本件転任処分を行った。
 原告Eについては,訴外Mら社会科教諭の配置換えに伴い,本件転任処分を行った。なお,同原告は,異動基準日である平成9年4月1日現在,「在職年数15年」の要件を充足していた。
 原告Fについては,原告D(家庭科教諭)の尼崎東高校から尼崎産業高校への転任処分に伴い,本件転任処分を行った。
オ 原告らの主張について (ア) 原告らは,他に配置換えの対象となるべき教員がいた旨の主張等をするが,そもそも本件転任処分の対象とならなかった教職員については,上記2及び3のような配慮をしたものであって,原告らの上記主張は,根拠のない言いがかりにすぎない。
(イ) 原告らは,本件転任処分は,他の組合の組合員との比較における不 平等取扱いに該当する旨主張するが,そもそも原告らが「他の組合の組合員」と主 張する教職員は,被告教育長が任命権を有する市立3校における高等学校教職員で はなく,兵庫県教育委員会が任命権を有する義務教育の市立小・中学校における教 職員のことであって,原告らの上記主張はその前提を誤っている。(ウ) 原告Aは,教科が同一であっても,科目を異にする配置換えは,専 門科目についての知識の習得等の面で不利益がある旨主張するが,そもそも採用後 30年以上にわたり社会科の科目の内容に変動がないということはあり得ず,変動 のつど社会科の教員に要求される授業内容に柔軟に対応すべきことは当然である。
 原告A自身も,従前から世界史の授業を担当したこともあったほか,原告Bも,尼 崎東高校において,地理だけでなく,5ないし6年にわたり世界史の授業を担当し たこともあったのであり,このように,地理の専門的な知識や教育技術を有する教 員が世界史等の社会科の他の科目の授業を担当することは,生徒にとってのみなら ず,当該教員の知識の習得や教育技術の向上の観点からみても,大きな意義が認め られるところである。 なお,現在,尼崎東高校においては,I非常勤講師により地理の授業が特段の支障なく遂行されている。すなわち,I講師は,「地理専門」の講師ではなく,地理の授業については,週8時間中2時間しか担当しておらず,残る6時間は日本史の授業を担当しているものである。市立3校における授業は,本来,正規の教職員だけでまかなうべきものであるが,実際には,正規の教職員の負担を軽減する趣旨に基づき,非常勤講師を充てる例が多い。I講師についても同様であって,決して原告らの主張するように,本件転任処分の結果,同校に地理を担当する教職員がいなくなったがためにI講師を充てたものではない。
(エ) 原告Dは,尼崎東高校においては食物を専門として教えていたの に,本件転任処分後,尼崎産業高校において専門外である被服の授業を担当させら れた旨主張するが,実際には,尼崎東高校においても「手芸」の授業を担当したこ ともある反面,尼崎産業高校においても一定時間,食物の授業も担当しているとこ ろであって,家庭科の教科において,複数の科目の授業を担当すべき場合があるこ とは,社会科の場合と同様である。(オ) 原告Bは,尼崎東高校における第3学年の学年主任になれなかった 旨主張し,原告Aは,同校においては,第1学年の学年主任に決まると,それ以降 は同じ教員が第2・第3学年の学年主任になっていた旨供述するが,他方で学年主 任は毎年度ごとに教員の「選挙」によって選任されていたとのことであり,両者が 矛盾する論旨であることは明らかである。
 なお,一般論として,同一の教員が3年間同じ生徒の指導を担当することが望ましい場面もあり得ようが,「学年主任なら絶対に異動させない。」というのなら,同じ学年主任の制度のある中学校や小学校において,3年間又は6年間の中途で異動させている例がある事実を説明することができず,いずれにしても原告らの論旨は破綻している。 (カ) 原告らは,本件転任処分がセクハラ事件関連活動に対する報復人事と主張するが,被告教育長及び市教委は,原告らのいうセクハラ事件が「発覚」した平成8年12月より以前の同年5月以降,本件転任処分に向けた本格的な準備作業に入っている。すなわち,当初は平成7年度から準備をして,平成8年度から市立3校における教職員の計画的・定期的な配置換えを実施する意向であったが,平成7年当時,市立3校自体が阪神・淡路大震災の被災者の避難場所になっていたり,学校施設の復旧を行う必要があり,また,公立幼稚園の2年保育の実施やこれに伴う幼稚園の統廃合といった緊急の重大案件があり,平成8年度からの実施を見送った経緯があった。
 また,「報復」という以上,配置換え後の勤務条件が従前と比較して悪化したことが論理的な前提となるはずであるが,そもそも本件転任処分の前後で原告らの勤務条件等になんらの変動もないことからみても,そのような評価を下し得ないことは明らかである。
 さらに,尼崎東高校におけるセクハラ関連活動の中心メンバーである松尾教諭が本件転任処分の対象とされていないことも,本件転任処分が「報復人事」でなかったことの何よりの証左というべきである。
(キ) 原告らは,本件転任処分が不当労働行為であると主張するが,原告 らには,本件転任処分により従前の職場環境と比較してなんらの不利益も生じてい ない。
 また,原告Cは,すでに尼崎東高校の分会長に内定していたが,本件転任処分によりそれがかなわず,組合活動に支障が生じた旨主張するが,同校における平成9年度の分会長は,過去に執行委員などの経歴を持つ教員が就任したとのことであり,特に組合が弱体化したという事情はなんら認められない。 さらに,被告教育長及び市教委は,市立3校において,平成10年以降も年間7名程度の教員を対象に計画的な配置換えを継続してきたところであり,しかも平成12年度以降においては15年以上の在職年数の教員を原則的な対象者として配置換えを実施しているところであって,かかる事実は,本件転任処分が不当労働行為でないことの証左である。
(ク) 原告らは,本件通知の発表が遅きに失している旨主張するが,そも そも本件通知が市立3校の教員に発表された平成9年2月28日というのは,決し て遅い時期ではない。すなわち,市立3校における校務分掌は,年度当初に学校長 が作成するものであり,それよりも1か月以上前である本件通知の発表時期に特段 の問題はないし,そもそも通常の人事異動では,年度末に辞令の内示がされ,逆 に,あまりに早い時期に異動基準を発表すれば,職場に混乱が生じかねないところ である。(ケ) 原告Eは,健康上の問題があったと主張するが,本件転任処分後の 勤務内容が従前と異なることはない以上,むしろ本件転任処分後の職場において も,校務分掌決定の際に同原告の健康上の問題に対する相応の配慮が期待できると ころである。そして,何よりも実際には,同原告は,転任先の尼崎高校において, 転任前にも増して運動部である卓球部の顧問として活躍しており,組合活動に至っ ては執行委員や書記長等の要職に就いていることからしても,本件転任処分により 健康上の問題について同原告に特段の不利益がなかったことが窺えるところであ る。第3 当裁判所の判断
 1 本件転任処分が地方公務員法49条にいう「不利益な処分」に当たるか否か (争点(1))について (1) 本件転任処分が地方公務員法49条にいう「不利益な処分」に当たるか否 かは,当該処分が公務員の身分,俸給等に異動を生ぜしめるものであるか否か,客 観的また実際的見地からみて,勤務場所,勤務内容等においてなんらかの不利益を 伴うものであるか否かによって判断するのが相当である(最高裁判所昭和55年(行 ツ)第78号同61年10月23日第一小法廷判決・裁判集民事149号59頁参 照)。(2) 原告A,原告B及び原告Cについて 前記争いのない事実等によれば,原告A,原告B及び原告Cは,いずれも すでに被告尼崎市を定年退職したというのであるから,本件転任処分の取消しによ り尼崎東高校の教諭たる地位を回復するものではない。
 したがって,同原告らについて本件転任処分の取消しを求める法律上の利益を肯認することはできないから,本件転任処分の取消しを求める同原告らの被告 教育長に対する本件訴えはいずれも不適法であり,却下を免れない。 (3) 原告D,原告E及び原告Fについて 本件転任処分は,尼崎東高校教諭として勤務していた原告D並びに尼崎産 業高校教諭として勤務していた原告E及び原告Fに対し,同一市内(前記争いのな い事実等によれば,市立3校は尼崎市内の半径2キロメートル以内の場所に存する というのである。)の他の高等学校教諭としての勤務(担当教科に変更がないこと は当事者間に争いがない。)を命じたものにすぎず,同原告らの身分,俸給等に異 動を生ぜしめるものでないこと(弁論の全趣旨)はもとより,客観的また実際的見 地からみて,勤務場所,勤務内容等においてなんらの不利益を伴うものでもない。 したがって,同原告らについて本件転任処分の取消しを求める法律上の利 益を肯認することはできないから,本件転任処分の取消しを求める同原告らの被告 教育長に対する本件訴えはいずれも不適法であり,却下を免れない。 この点,原告Dは,本件転任処分前には家庭科の中の食物という専門領域 を中心に長年教えてきたが,本件転任処分後は被服領域を中心に教えなければなら なくなったと主張し,原告Fは,本件転任処分前には家庭科の中の被服という専門 領域を中心に長年教えてきたが,本件転任処分後は食物領域を中心に教えなければ ならなくなったと主張するが,前記のとおり,本件転任処分の前後を通じて担当教 科に変更はないのであり,同一教科のうちの専門科目の授業ができなくなることや 専門外の授業をするために新たに勉強しなければならなくなることは事実上の不利 益であって,本件転任処分の直接の法的効果ということはできない。 また,同原告らは,本件転任処分により精神的苦痛や組合活動上の不利益 を受けたなどと主張するが,これらも事実上の不利益であって,本件転任処分の直 接の法的効果ということはできない。 そして,本件全証拠によっても,他に同原告らについて本件転任処分の取 消しを求める法律上の利益を肯認すべき特段の事情を認めることはできない。
 2 本件転任処分が被告教育長の裁量権の範囲を逸脱した違法な処分であるか否 か(争点(2))について (1) 転任処分は任命権者の任命権の行使の一態様であり,地方公務員法上,そ の行使についてなんらの制限も定められていないから,任命権者である被告教育長 は,いかなる転任処分をするかしないかについて裁量権を有するものと解される。 もっとも,当該転任処分が必要性や合理性を欠いている場合やこれが不当 な目的で行われた場合など,社会通念上著しく妥当性を欠き,被告教育長の裁量権 の範囲を逸脱するものと認められる場合には,当該転任処分は違法であると解すべ きである。(2) 本件転任処分に至る経緯 前記争いのない事実等,証拠(甲4,5,6の1ないし6,甲7の1ない し5,甲13ないし17,19ないし24,26,28ないし30,36,42, 44ないし47,52ないし57,59ないし63の各1及び各2,甲65,6 6,68ないし73,75,76,78の1及び2,甲79,80,81の1及び 2,甲82,87ないし89,93ないし95,97,98,101,102,1 03の1及び2,甲104ないし109,122,124ないし127,131の 1及び2,甲138,140,147,乙1,2の1及び2,乙7,13ないし1 6,証人N,証人O,原告A本人,原告B本人,原告D本人,原告C本人,原告F 本人,原告E本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(なお,甲 第55号証(書込み部分を含む。)は,甲第66,第68号証,原告B及び原告D の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により,真正に成立したものと認められ る。甲第59ないし第63号証の各1は,甲第66号証,原告B本人尋問の結果及 び弁論の全趣旨により,いずれも真正に成立したものと認められる。甲第138号 証は,弁論の全趣旨により,真正に成立したものと認められる。)。 ア 尼崎東高校教諭のP(以下「P教諭」という。)は,平成8年10月末 ころから同年11月16日ころまでの間,数度にわたり,自らが担任を務める第3 学年のクラスの女子生徒2名から,J教諭による本件セクハラ行為に関する訴えを 聞いた。 その内容は,J教諭が,看護学校への進学を志望していた上記生徒らを 個別に第2生物準備室に呼び出して進路指導をしていた際,上記生徒らに対し,尻 を触る,強く抱きつく,腕を持って引き寄せて尻を叩き,頭を脇の下に挟む,横に 座らせて体を触るなどの行為を繰り返したというものであり,上記生徒らはいずれも上記行為を嫌がっていた。
イ P教諭は,第3学年の学年主任であった原告Cに上記生徒らの訴えを説明して今後の対応を相談し,両名は,同月18日,学校長のN(以下「N校長」という。)に対し,上記生徒らに対する本件セクハラ行為について報告し,適切な措置を講じるように要請したところ,N校長は,「言いにくいことだが,本人にはすぐに言う。結果は後で報告する。」と答えた。
ウ ところが,N校長は,同月19日,J教諭に対し,「噂で聞いているが,女生徒への接し方において,行き過ぎた行為はないか。」と尋ねて,J教諭から「これから自分なりに気をつけてみる。」との回答を得たにとどまり,同月20日朝,原告Cに対し,「昨日,軽くジャブを入れておいたからな。」と述べただけで,その後は,本件セクハラ行為に対し,なんらの措置も講じることなく事態を放置した。
エ 原告Cは,第2学年の学年主任であった原告Bに相談し,原告Bは,同年12月3日,第2学年の担任を務めていた教諭のR(以下「R教諭」という。)とともに,N校長に対し,事態を放置していることについて激しく抗議し,事実の調査をすることやJ教諭を第2学年の授業担当から外すことなどを文書及び口頭で申し入れた。
オ N校長は,同月4日,原告Cが第2学年の原告Bに第3学年の上記生徒らに対する本件セクハラ行為について相談したことに怒り,原告C及びP教諭の前で上記エの申入れの文書を机に叩きつけた。
カ J教諭は,同日,上記生徒らのうち1名については,ヘッドロックを廊下で1回したが,もう1名については,どんなに考えてみても身に覚えがない,覚えがないが,生徒がそう言っているのであればそうなんだろうから,謝りたいと述べた。これに対し,P教諭は,テストが終わるまで生徒に接触しないでそっとしておいてほしいと述べた。
キ P教諭は,同月11日,理科の実習助手をしていた女性職員から,J教諭による本件セクハラ行為に関する訴えを聞き,同月12日,上記職員とともに,N校長に対し,被害届を提出した。N校長及びS教頭は,同月16日,上記職員から事情を聴取した。
 その内容は,J教諭が,同年9月中旬ころから同年12月初めころまでの間,第2生物準備室及び第1生物準備室の暗室において,上記職員に対し,その勉強をみていた際,「生活指導」と称して,尻を叩く,胸を触る,四つんばいにさせて馬乗りする,キスをする,「次にちゃんとできなかったら,パンツをずらす。」と言うなどの行為をほとんど毎日のように繰り返したというものであり,上記職員は,J教諭に対し,「やめてください。」と言ったが,結局逆らえなかったとのことであった。
ク P教諭は,同月13日,上記生徒らに対し,被害状況を文書にまとめるように頼み,上記生徒らはこれを了承した。
 ところが,T事務長は,同月14日,上記生徒らのうちの1名のアルバイト先に行き,アルバイト終了後,同人を近くの飲食店に連れ出して話をした際,「お前も東高に長年世話になっているし,これ以上騒ぎが大きくなって東高の看板に泥がつくようなことはしたくないやろ。」「絶対,紙に書いたりしてはいかん。担任の先生は優しいかもしれないけど,うっかりその紙を落とすかもしれない。お前がそんなことを書いたら,J先生は学校におれなくなってしまうぞ。」などと述べた。
ケ P教諭は,S教頭に対し,事実確認ができるまで謝罪は待ってほしいと言っていたが,S教頭は,同月16日,J教諭とともに,上記生徒らのうちの1名の自宅を謝罪のために訪問した。しかし,本人及び両親は不在であった。
 N校長は,同月18日,職員会議において上記生徒らに対する本件セクハラ行為が問題となった際,T事務長及びS教頭が担任を無視して行動したことを指摘され,担任との意思の疎通を欠いたことについて謝罪した。
 ところが,N校長は,同月20日,J教諭とともに,同月16日にS教頭が訪問した上記生徒の自宅を訪問し,本件セクハラ行為について謝罪するとともに,「最高責任者の校長が来たということで,これで終わりにしてもらってよろしいでしょうか。」と述べた。
コ 同月19日,本件セクハラ行為を受けた上記生徒ら及び上記職員の人権を守るため,尼崎東高校女子職員有志の会(以下「有志の会」という。)が結成され,原告D及びR教諭がその代表に選ばれた。
 R教諭は,同月21日,職員会議において,有志の会の代表として,上記職員に対する本件セクハラ行為について報告した。N校長は,これに対し,「ほぼ間違いない。大人対大人の男女の問題であるが,合意があるかないかが食い違っている。その件について両方から事情を聴いた。これからどうするか,女性の代表との話も含め考えたい。」と述べた。
サ N校長及びS教頭は,同月19日朝,J教諭から事情を聴取したところ,J教諭は,上記職員に対する本件セクハラ行為を大筋で認めたが,「抱きついたのは激励の意味で,合意の上でやった。こういう形でしか指導できないと思った。」などと弁解した。N校長は,J教諭に対し,同日から自宅で謹慎するように伝え,J教諭は年休を取った。
シ N校長は,有志の会等からのJ教諭及びN校長に対する責任追及の要求に応じ,同月24日,職員会議において,「できるだけ早い機会に教育委員会に出向き,私自身の責任を含め,J教諭の処分について協議したい。」と述べた。
 しかし,N校長は,上記生徒らについて「J教諭は,・・・頭をポンポンお尻をポンポンといった軽い気持ちで指導されたが,そのことで,生徒に不快感を味わわせた。」と述べ,上記職員について「合意かどうか本人以外分からない。事実関係がはっきりしない。」などと述べたため,教職員の不信を招いた。 そこで,原告Dら6名は,同日の職員会議終了後,教職員一同及び有志の会を代表して,要求書(甲17,52,78の1)を市教委に持参し,N校長及び市教委の責任を明らかにし,J教諭に対して厳正な措置を行うことなどを要求したところ,市教委側は,この件については職員課長が知っているはずである,要求書については課長に確実に渡し,報告する,正式には校長を通じて返答する,もしその内容について異議があれば,直接,職員代表の長田先生から電話をもらってよいなどと述べた。
ス N校長は,平成9年1月8日,被告教育長に対し,本件セクハラ行為に関する報告書(乙1)を提出した。上記報告書には,上記職員に対する本件セクハラ行為に関し,「直ちに,J教諭に対して事実の確認を行い,概ねそうした行為があったと認めたが,合意の上であると主張した。いずれにしろ,そうした行為はよろしくないと厳重に指導した。」と記載され,上記生徒らに対する本件セクハラ行為に関し,「スキンシップにより生徒を励ます意味も込め,該当生徒の臀部を叩いたり,また,後ろから抱きついてヘッドロックをするなどの行為を行った。」「女子生徒2人に対して誤解を与えたという点で,配慮が必要であったと考える。」と記載されている。そして,「J教諭に対する教職員の反感は強い。」「J教諭の配置転換を含めて,職員間の混乱収束を第一義に考えたい。」「同教諭は校長からの指導,注意を真摯に受け止め,深く反省しており,また,本人のこれまでの教育実践なども考慮して,相応の措置をお願いしたい。」などと記載されている。セ 兵庫県教育長は,同日,被告教育長に対し,J教諭を兵庫県公立学校教員として採用することの承諾を依頼し,被告教育長は,同日,兵庫県教育長に対し,これを承諾した。
 被告教育長は,同月9日,J教諭に対し,口頭厳重注意処分を行った。J教諭及びN校長は,地方公務員法上の懲戒処分を受けなかった。
 J教諭は,同日,被告尼崎市を退職し,同月10日,兵庫県公立学校教員に採用されて同県立社高等学校教諭に補され,同県立教育研修所駐在を命じられた(なお,人事通知書(甲81の1及び2)は,いずれも同月8日に作成されたものである。)。
ソ 原告B,原告C及び原告Dら8名は,同月13日,「審議会議長U」及び「議長団長P」作成名義の要求書(甲44,53,89)を市教委に持参し,J教諭,N校長及び市教委の責任を明らかにし,J教諭に対して厳正な措置を行うことなどを要求したところ,職員課長のV(以下「V職員課長」という。)は,当初上記要求書の受領を拒絶したが,最終的には「資料として預かる。」と述べて,これを受領した。
タ 原告Dらは,同月16日,有志の会を代表して,要求書(甲19,93)を市教委に持参し,被告教育長が本件セクハラ行為に関してN校長から受けた報告の詳細な説明を要求したが,市教委職員はその受領を拒絶した。原告Dらは,被告教育長宛に,同月20日付け「要求書」と題する内容証明郵便物を送付した。チ N校長は,同日,読売新聞社から取材を受け,同月21日,読売新聞において,本件セクハラ行為に関する記事が掲載された。
 市教委は,同日,本件セクハラ行為に関し,記者会見を開いた。同月22日,毎日新聞,朝日新聞,産経新聞及び神戸新聞において,本件セクハラ行為に関する記事が掲載された。
ツ 市高教組は,同月24日,被告教育長に対し,抗議文書(甲13)を提出した(尼崎東高校の教職員らも,同日,被告教育長に対し,「抗議と要望書」と題する書面(甲21)を提出した。)。市教委のK管理主事は,同月25日,市高教組側から電話があった際,本件セクハラ行為に関して市高教組と話し合う考えがない旨述べた。
 市高教組側は,同月29日,退職手当削減問題に関する第1回団体交渉に当たって,市教委側に対し,1996年度末の重点要求書(甲14)を提出しようとしたが,教育次長のOは,本件セクハラ行為について「話す気はない。」と述べて,その受領を拒絶した。
 原告Aら市高教組組合員は,同月31日,本件セクハラ行為に関し,市教委に抗議をしに行き,Q課長補佐に対し,抗議文書(甲15)を提出しようとしたが,Q課長補佐はその受領を拒絶した。原告Aらは,その後に行われた第2回団体交渉において,本件セクハラ行為の話に触れたところ,市教委側は,団体交渉を打ち切り,その後,平成9年度中は,団体交渉に応じなかった。
テ 本件セクハラ行為を受けた上記職員は,同年2月6日,当庁尼崎支部に対し,J教諭及び被告尼崎市を被告として,慰謝料等340万円の支払を求める訴訟を提起した。
 同月15日,尼崎東高校セクハラ裁判を支援する会準備会が発足し,原告Dがその代表世話人となった。
ト 「尼崎市立尼崎東高等学校女子教職員有志」は,同月14日,尼崎市議会文教委員会に対し,「尼崎市立尼崎東高等学校における男性教諭によるわいせつ行為に関する陳情書」と題する書面を提出し,有志の会のWは,同月25日,本件セクハラ行為に関し,同委員会において,意見陳述をした。
 同月26日,朝日新聞,毎日新聞及び神戸新聞において,同委員会において本件セクハラ行為に関する問題が取り上げられたことや委員の質問と市教委側の答弁の内容などが報じられた。
ナ 被告教育長は,同月28日,市立3校の各学校長に対し,本件通知を発した。その内容は,「長期に勤続する教職員のうち,当面,現在の時点で25年以上勤続した者を対象として段階的に可能な範囲で人事異動を行い,新しい機運の醸成を図る。なお,25年以上の長期勤続者の異動に伴い,教科等で必要があれば15年以上の勤続者の人事異動も行う場合がある。」というものであった。被告教育長は,同月26日,市立3校の各学校長に対し,本件通知についての説明をしていた。
 そして,市立3校の各学校長は,同月28日朝の教職員との打合せ会の席上において,教職員に対し,本件通知の内容を発表した。
ニ 市高教組組合員は,同日,本件通知が発表されたのに対抗して,市教委に抗議をしに行き,抗議文書(甲7の1)を提出しようとしたが,Q課長補佐はその受領を拒絶した。
ヌ N校長は,本件通知を受けて,人事異動の対象者の氏名や人事異動に関する意見等を記載した平成9年度人事異動候補者一覧表を作成し,これを市教委に提出した。また,N校長は,同年3月14日及び同月17日,市教委職員課からヒアリングを受け,人事異動に関する意見を述べた。
ネ 市教委のK管理主事は,同月20日午前9時10分ころ,市高教組書記長のLに架電し,「市高教組は来る3月24日に市に対して人事異動にかかわる抗議行動を行うとしているが,その日に限らず,抗議行動等を行わないよう通告する。また,市高教組は,昭和40年代に約束(本人の同意のない異動は行わないとの合意)があるとしているが,その約束があれば破棄する。」旨の通告をした。
 原告らの一部を含む市高教組組合員らは,平成9年3月24日,本件セクハラ行為や本件通知に関して抗議をするため,市教委に赴いたが,市教委職員は抗議文書(甲7の2)の受領を拒絶した。
ノ 尼崎東高校及び尼崎産業高校においては,同月上旬ころまでには,平成9年度の校務分掌(誰がどのクラスの担任を務めるかなどの職務分担)の案がほぼ決定されていた。
ハ 原告A,原告B,原告C及び原告Dは,同月26日,本件転任処分の内示を受けた。
 尼崎産業高校学校長のXは,同月27日,原告Eに対し,電話で本件転任処分を内示し,同月30日,原告E及び原告Fに対し,同年4月1日付け人事異動にかかる辞令交付を行うので,出席して辞令を受けるように命じる職務命令書を書留内容証明郵便物として差し出し,同年3月31日,これらが到達した。ヒ 被告教育長は,同年4月1日付けで,原告らに対し,本件転任処分をした。
フ 原告Aは原告Eの後任となり,原告Dと原告Fは入れ替わる形となった。また,本件転任処分とともにされた転任処分は,いずれも原告らの転任に関連して必然的に伴うもののみであり,国語,数学,理科,体育,芸術等の原告らの担当教科以外の教科の教員は転任していない。
(3) 上記認定事実によれば,N校長は,本件セクハラ行為に関する事実関係が 必ずしも明確でない段階で本件セクハラ行為を受けたとされる生徒に謝罪するなど して早期に事態を収拾しようとした。また,N校長は,被告教育長に提出した報告 書(乙1)において,J教諭と本件セクハラ行為を受けたとされる職員との間に合 意があったか否かという重要な点をあいまいにしたり,激励の意味を込めて本件セ クハラ行為に及んだなどというJ教諭の不自然な弁解をそのまま取り入れたりした うえ,職員間の混乱を収束させるためにJ教諭を配置転換するように具申した。
 被告教育長は,N校長の意図に呼応して,本件セクハラ行為に関する事実関係をそれ以上調査することなく,直ちに兵庫県教育長に対してJ教諭を兵庫県公立学校教員として採用することを承諾するなどの手続を取り,J教諭に対し,地方公務員法上の懲戒処分をせずに,口頭厳重注意処分をするにとどめて,早期に事態を収拾しようとした。
 ところが,原告らの一部(原告A,原告B,原告C及び原告D)を始めとする尼崎東高校の教職員らは,被告教育長のこのような対応に反発し,被告教育長らに対し,J教諭らの責任追及や処分を求めて抗議活動を行った。これに対し,市教委側は,抗議文書の受領を拒絶したり,本件セクハラ行為の話に触れるや団体交渉を打ち切るなど,頑なな態度に終始した(なお,本件セクハラ行為に関する問題が団体交渉の対象事項であるか否かはともかく,市教委側が団体交渉を打ち切るという態度を取ったことは,被告教育長の意図を推認させる事情の一つであるというべきである。)。
 そして,本件セクハラ行為に関する問題が新聞報道されたり,尼崎市議会文教委員会において取り上げられたりして,これが社会問題化するに至った。
 本件通知は,このような状況下で発せられたものであり,本件転任処分の内示は,年度末の3月26日以降という常識的には考えられない時期に行われ,原告E及び原告Fに対する本件転任処分は,原告A及び原告Dに対する本件転任処分と関連するものであり,本件転任処分とともにされた転任処分は,いずれも原告らの転任に関連して必然的に伴うもののみであった。
 以上の経緯に照らせば,原告A,原告B,原告C及び原告Dに対する本件転任処分は,本件セクハラ行為が問題となっていた尼崎東高校から同原告らを放逐することにより上記抗議活動を封じ込めて,事態を収拾する目的で行われたものであり,かつ,これに連動して原告E及び原告Fに対する本件転任処分が行われたものと推認するのが相当である。
 したがって,本件転任処分は,いずれも不当な目的で行われたものであるから,社会通念上著しく妥当性を欠き,被告教育長の裁量権の範囲を逸脱するものであって,違法であるというべきである。
(4) 被告尼崎市の主張について ア 被告尼崎市は,被告教育長及び市教委は,原告らのいうセクハラ事件が「発覚」した平成8年12月より以前の同年5月以降,本件転任処分に向けた本格的な準備作業に入っていると主張し,これに沿う証拠として,乙第5,第7及び第13号証並びに証人N及び証人Oの各証言を提出する。
 しかし,乙第5号証の記載(被告教育長が同月21日に「教職員人事についても抜本的に考えたい。」と述べたこと)からは,必ずしもその旨の立証はできない。また,乙第13号証(「教員の人事異動に関わる会議日程」と題する書面)についても,その作成の根拠となった資料は証拠として提出されておらず,被告教育長や市立3校の各学校長らが教職員の人事異動の実施方法等に関して具体的にいかなる話合いをしたかを裏付ける客観的な証拠はないから,必ずしもその信用性は高いとはいえない。これを裏付けるべき乙第7号証並びに証人N及び証人Oの各証言も,抽象的かつあいまいであって,被告尼崎市の上記主張を裏付けるに足りない。
 仮に,平成9年度に教職員の人事異動を実施する計画が本件セクハラ行為に関する問題と無関係に具体化していたとすれば,平成9年度に向けた準備をするため,本件転任処分の内示はもっと早い時期に行われていたはずである。ところが,本件転任処分の内示は,前記のとおり,年度末の3月26日以降という常識的には考えられない時期に行われたのであるから,本件転任処分が本件セクハラ行為が発覚する前から具体的に計画されていたとは到底考えられない。
 この点,被告尼崎市は,市立3校における校務分掌は年度当初に学校長が作成するものであり,それよりも1か月以上前である本件通知の発表時期に特段の問題はないと主張する。
 しかしながら,新年度の校務分掌の案は当然前年度から作成しなければならないのであり,前記認定のとおり,尼崎東高校及び尼崎産業高校においては,平成9年3月上旬ころまでには,平成9年度の校務分掌の案がほぼ決定されていたのであるから,予期しない本件転任処分の内示がその後に行われれば,本件通知の発表がその前であっても,校務分掌の案を作成し直さなければならなくなるなどの混乱が生じることは避けられない。
 さらに,被告尼崎市は,尼崎東高校におけるセクハラ関連活動の中心メンバーであるR教諭が本件転任処分の対象とされていないことも,本件転任処分が「報復人事」でなかったことの何よりの証左というべきであると主張するが,R教諭を転任させなくても,同人を原告A,原告B,原告C及び原告Dと分断することにより,その結束を弱めて,上記抗議活動を封じ込めることができるのであるから,R教諭が本件転任処分の対象とされていないからといって,直ちに本件転任処分に不当な目的が存しないとはいえない。
 以上によれば,被告尼崎市の主張は,本件転任処分がいずれも不当な目的で行われた旨の上記判断を左右するものではないというべきである。イ 被告尼崎市は,本件転任処分の理由について二,三主張するが,これらは,いずれも一般的・抽象的な人事異動の必要性をいうものにすぎず,原告らを本件転任処分の対象としたことの合理性は具体的に明らかでない。そもそも,本件転任処分の内示の時期の点を取ってみても,本件転任処分の合理性は疑わしく,本件全証拠によっても,本件転任処分について,これらがいずれも不当な目的で行われた旨の上記判断を揺るがすに足りる事由を見いだすことはできない。(5) 損害額について 原告らは,不当な目的で行われた本件転任処分によって,精神的苦痛を受けたものと認められ,これを慰謝するために要する金額は,本件転任処分に至る経緯,その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,これを各100万円と認めるのが相当である。
(6) 結論 以上によれば,本件転任処分はいずれも違法な公権力の行使であり,かつ,被告教育長に故意が認められることは明らかであるから,被告尼崎市は,原告らに対し,国家賠償法に基づき,それぞれ損害金100万円及び違法な公権力の行使の日の後であり,かつ,訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成9年9月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきである。
第4 結語
 よって,原告らの被告教育長に対する本件訴えはいずれも不適法であるから,これらを却下することとし,原告らの被告尼崎市に対する本訴請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民訴法61条,65条1項本文を,仮執行の宣言について行政事件訴訟法7条,民訴法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
 神戸地方裁判所第六民事部
裁 判 長 裁 判 官 松 村 雅 司
裁 判 官 水 野 有 子
裁 判 官 増 田 純 平
判例本文

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