主文
 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。事実
及 び 理 由
第1 原告らの請求
 1 被告は,各原告に対し,別紙請求金額一覧表記載の各金員及びこれに対する平成 11年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。3 仮執行宣言
第2 事案の概要 本件は,原告らが被告のA川河口堰建設事業により,しらすうなぎの採捕ができなくなっ たと主張して,憲法29条3項等に基づく損失補償又は民法709条に基づく損害賠償を 求めた事案である。1 前提となる事実 当事者間に争いのない事実と,後記各証拠及び弁論の全趣旨によると,以下のとおり 認められる。
 (1) 原告らは,三重県桑名郡a町に在住し,金魚の養殖業等を営む者であり,昭和46 年に設立されたB組合の組合員である(甲19号証の1ないし34,甲23号証)。 原告らは,昭和50年代初めころまでに,農閑期にしらすうなぎを採捕するようになり,捕 れたしらすうなぎを買付業者に売ったり,金魚の養殖用の池に入れたりし,昭和53年か らは,C組合の採捕従事者であった(甲1号証の1,甲2号証の2,甲19号証の1ないし 34,甲23,28号証)。 (2) しらすうなぎとは,うなぎの幼魚を指すが,日本では1月から3月ころが遡上の盛期 である。しらすうなぎは夜間に川岸から光を照らすと光の下に集まる習性があり,A川河 口では,従前からこの習性を利用して,12月中旬から3月ころまでの間,日没後の午後 7時ころ以降の満ち潮のときに,川岸でカーバイトランプやライトを照らし,川岸に集まる しらすうなぎをタモ網ですくうという方法で漁が行われていた(甲23,28号証)。 三重県では,昭和23年10月制定の三重県規則87号「漁業取締規則」19条で,全長1 8センチメートル以下のうなぎの漁獲,所持,販売,又はその製品の所持,販売を禁止 し,昭和26年9月1日制定の三重県規則52号の1「三重県漁業調整規則」35条で,全 長20センチメートル以下のうなぎの採捕を禁止した(乙12号証,漁業取締規則は廃 止)。その後,昭和41年4月15日全部改正の三重県規則21号「三重県漁業調整規 則」38条で,熊野川水系に限り全長30センチメートル以下のうなぎの採捕を禁止するこ とと変更したが(甲14号証),昭和45年7月21日一部改正の三重県規則34号で,全 長20センチメートル以下(但し熊野川水系は30センチメートル以下)のうなぎの採捕を 禁止する内容に改正され,同改正は昭和48年1月1日以降適用された(甲15,18号 証)。ただ,同規則52条は,試験研究,教育実習又は増養殖用の種苗(種卵を含む。) の供給(自給を含む。)のため水産動植物の採捕について知事の許可(以下「特別採捕 許可」という。)を受けた者が行うその試験研究等については同規則38条の適用を除外 している。なお昭和26年制定の前記規則にも同様の除外規定が設けられていた。 したがって,しらすうなぎを採捕するためには,三重県から特別採捕許可を得なければ ならない。 (3) C組合は,昭和24年11月18日に成立し,組合員の事業又は生活に必要な物資の 供給等を目的とする組合であり,三重県からしらすうなぎの特別採捕許可を得ていた。 C組合の組合員以外の者でも,15歳以上の義務教育終了者で,同組合の認めた者で あれば,採捕従事者としてしらすうなぎを採捕することができた(乙1,2,13,28,29 号証)。 (4) 被告は,A川河口堰建設事業(以下「本件事業」という。)を予定して,昭和63年3 月,河口堰本体工事に着手し,平成7年3月,本件事業を完成した。被告が河口堰本体 工事に着手したころ,原告らは,C組合の採捕従事者としてA川の河口堰建設予定地周 辺でしらすうなぎを採捕していたが,被告の本件事業の施行により,平成元年末ころか ら,しらすうなぎの採捕は殆どできなくなった。 (5) 被告は,平成3年5月30日,C組合との間で,本件事業の施行及び,これによって 生じる施設の管理運営(以下「本件事業の施行等」という。)に伴う漁業上の一切の損失 の補償につき補償契約(以下「本件補償契約」という。)を締結して,補償金9000万円 (以下「本件補償金」という。)を支払ったが,C組合は原告らに本件補償金を配分しなかった。
本件補償契約の内容は,次の通りである(乙5号証)。
 ア 被告は,本件事業の施行等に伴いC組合及びその組合員並びにしらすうなぎの採 捕に従事する者等の被る漁業上の一切の損失に対する補償金として,9000万円をC 組合に支払うものとする。イ C組合は,被告の本件事業の施行に同意し協力する。 ウ C組合は,被告がアの補償金の支払いを行うことにより本件事業の施行に伴うC組 合及びその組合員並びにしらすうなぎの採捕に従事する者等が被る漁業上の一切の損 失がすべて解決したことを確認し,今後,被告に対し名目の如何を問わず補償その他一 切の要求を行わないものとする。 エ この契約に定める権利及び義務は,C組合及びその組合員並びにしらすうなぎの採 捕に従事する者等の変更,又は,しらすうなぎ特別採捕許可の更新,変更及び新たな 許可等にかかわらず効力を有するものとする。 オ アの補償金の配分については,すべてC組合の責任において処理するものとし,C 組合は被告に対し一切迷惑を掛けないものとする。 カ この契約について,第三者から異議等の申し出があったとき,又は,C組合の組合 員及びしらすうなぎの採捕に従事する者等の間に紛争が生じ若しくは異議等の申し出 があったときは,C組合の責任においてすべて解決するものとする。 (6) 平成9年12月26日,原告らは,被告,C組合及び三重県を相手方として,D簡易裁 判所に金員の支払又は補償金の相当な配分を求める調停を申し立てた(平成9年(ノ) 第○○○○号。甲7ないし10号証)。 前記調停の不調後,原告らは,E地方裁判所にC組合を被告とする訴訟(E地裁平成1 1年(ワ)第××××号,以下「別件訴訟」という。)を,また,名古屋地方裁判所に本訴 を提起した。2 争点 (1) 原告ら個人が被告に対し憲法29条等に基づく損失補償請求権を有するか。 (原告らの主張) 原告らは,C組合とは別個独立に,被告に対し,損失補償金の支払いを請求しうる権利 を有している。 ア 許可漁業であっても,漁民がその漁業に現に従事し,それが生活上の利益となって いるときは,その漁業を営む地位は法的保護に値する利益・権利であり,それが侵害さ れることによって損失が生じる場合には,漁業補償請求権が発生する。許可漁業は,原 則的に漁業営業に着手することを禁止した上で,許可を与えた範囲において,本来憲法 上補償されている「漁業を営む権利」を回復するものであるから,現にそれに従事し,生 活上の利益となっているときに,その損失について適正な補償がなされるべきことは当 然である。イ 原告らのしらすうなぎ採捕の成熟性の実現による補償請求権の発生 (ア) 被告は,しらすうなぎの採捕事業の「成熟性」を権利として認めて補償したという が,しらすうなぎの採捕について,漁業としての「成熟性」を実現していたのは現実に採 捕に従事していた原告らであり,C組合の組合員ではない。したがって,原告らの採捕 従事の実績が,C組合とは別個独立に,社会通念上権利と認められる程度にまで成熟 したものと認められ,原告らは,C組合とは別個独立に,被告に対し,補償金の支払いを 請求しうる権利を有している。 (イ) 原告らは,昭和52年以前は各個人で特別採捕許可を受け,昭和53年ころ以降は C組合の採捕従事者として,禁止の解除を受けて,現実に昭和45年から同63年までの 約20年間にわたって,しらすうなぎの採捕に従事し,三重県に対して採捕数量を報告し てきた。昭和60年度から同63年度までの原告らの採捕実績は別表1(甲27号証末尾 の別表)のとおりである。別表1の数量は,提訴当時に個別数量を確認する資料が現存 しなかったため,原告個々の数量は不正確であるが,総計は間違いない。 (ウ) 指定集荷人制度について 被告は,「成熟性」の要素として,指定集荷人のFによる荷受け,荷渡しが制度化されて いたことを指摘するが,三重県から指定集荷人が決められた時期は,原告らの記憶で は昭和63年からである。それ以前は,堤防まで来ていた養鰻業者に販売するのも,Fに 売りに行くのも自由であった。仮に,昭和44年以降,指定集荷人制度が存在していたと しても,個人として許可を受けていた原告らに対して個別の行政指導がされたことはな く,また,C組合の採捕従事者になった後も,C組合から説明がなかったため,原告らは 同制度を知らなかったが,これについて原告らに責任はない。指定集荷人への荷渡しは 行政指導に過ぎず,原告らに法律上の義務が生じる性質のものではない。そして,原告らは,指定集荷人制度の存在を知った後は,指定集荷人であるFに対し荷 渡しを行っていたが,同人は,逐一,氏名や数量を記録することなく,しらすうなぎの目 方に応じてその場で現金を支払い,水槽に入れるように指示していただけであった。他 方,被告も,Fからの取扱い実績を具体的に明らかにしておらず,別件訴訟におけるG の証言(本件補償契約締結当時のC組合長,甲26号証。以下「G証言」という。)によれ ば,指定集荷人制度による種苗確保の運用は十分果たされていなかった。 このように,実態において,F以外の買い受け人が存在し,F自身が正式な採捕数量報 告を行っておらず,採捕報告の記入用紙がC組合から原告らに対して交付され,さらに 原告らが採捕したしらすうなぎを自家種苗用にも利用していたから,採捕全量の引渡を 前提とする指定集荷人制度は存在しない。原告らには採捕従事者証が発行されていた のであり,原告らが採捕秩序を乱した事実はない。 ウ 漁業補償の趣旨から見た補償請求権 漁業補償は,権利の消滅に対して補償されるのではなく,権利の消滅によって生じる損 失に対して支払われるものである。本件で,許可漁業が不能になることにより損失を被 るのは,原告らのように現にしらすうなぎの採捕に従事していた者であるから,補償請求 権を有するのは原告らである。 原則として,補償請求権を有するには許可を受けていることを要するとしても,原告らが C組合から採捕従事者と認められていたこと,従前は個人で許可を受けていたが,行政 側の事情で採捕従事者という立場におかれたこと等の事情からすれば,原告らに対し 許可が与えられていないことが原告らの補償請求権を否定する理由にならない。 許可漁業において,許可を受けた者を当該漁業の権利を有する者として扱うのは,許可 を受けた者に与えられた補償金がその構成員に配分されることにより,最終的には現実 に当該許可漁業の利益を受けている者に対して補償が実現されるという結果になるか らである。ところが,本件の場合,許可を受けたC組合の構成員以外の者のみが,実際 に許可漁業に従事していたため,許可を受けた者に与えられた補償金が現実に当該許 可漁業の利益を受けていた者に配分されない結果になり,被害補償の趣旨に明らかに 反している。他方,原告らを権利者として扱うことは,何ら被害補償の趣旨に反せず,む しろその趣旨に適合している。したがって,本件の場合,当該漁業の権利を有する者 は,C組合ではなく,実際に許可漁業に従事している原告らを指すと言うべきであるか ら,原告らには,損失補償基準要綱で定める補償請求権がある。 エ よって,原告らは,しらすうなぎの採捕が不能になったことについて,漁業法の準用 ないし憲法29条に基づき,被告に対し補償請求権を有する。(被告の主張) 原告らの前記主張はいずれも否認する。原告らは被告に対し,次のとおり損失補償金を 請求しうる権利を有しない。 ア しらすうなぎの特別採捕許可の制度は,水産資源保護の目的から自由にしらすうな ぎを採取することを一般的に禁止していたものを,増養殖用の種苗供給の目的に限っ て,特定の者に一定の条件の下に禁止を解除するものであって,その限度での自由の 回復に過ぎないのであるから,憲法上補償された漁業を営む権利を回復するものでもな く,許可を受けた者も特段の事情のないかぎり損失補償の対象とはなり得ない。ただ, 社会通念上,権利と認められるほどにまで成熟していると判断される特段の事情が認 められる場合は,被告は補償の対象として補償を行う。すなわち,権利でなくとも,社会 通念上権利と認められる程度にまで成熟したものは,その他漁業に関する権利と認め られ,補償の対象になるが,この場合でも,補償を受けるものは許可を受けているもの である(公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱2条5項,17条,33条,公共用地の 取得に伴う損失補償基準細則第7の3(三),第14の1(二),乙7号証)。原告らは,養鰻 組合が得た特別採捕許可に基づき,単に採捕従事者として許可の範囲内においてしら すうなぎを採捕する者にすぎないから,何らの権利が発生する由もなく,個々に被告に 対し補償を求める権利を有しない。イ 原告らのしらすうなぎ採捕の成熟性について (ア) 被告が平成3年5月30日,C組合との間で本件補償契約を締結したのは,組合が 養鰻業を目的とし,長期間にわたり継続的に三重県知事から特別採捕許可を受けて, 同許可に基づいてしらすうなぎの採捕を継続的に行使してきたのを総合的にみた場合, 社会通念上権利と認められるほどにまで成熟しているものと判断される特段の事情が あると認められたためであり,実際の採捕実態に即して漁業としての成熟性を認めたの ではない。原告らは,C組合が得た特別採捕許可に基づき,単に採捕従事者として同許 可の範囲内においてしらすうなぎを採捕する者にすぎないから,個々に補償を求める権 利を有しない。なお,C組合の組合員の中にも採捕従事者として実際に採捕を行っている者がいる。 (イ) 三重県漁業調整規則には,特別採捕許可を個人に与えないという規定はないが, 特別採捕許可の趣旨からして許可を与えられるのは,1種苗を自給する採捕団体,2 種苗を供給する採捕団体,3種苗を供給する許可実績者に限られ,また,県の「許可方 針」によれば,許可の対象者は原則としてC組合,海面及び内水面漁業協同組合,ふく ろ網許可保有者であるから,原告らが昭和52年以前に個人で採捕許可を受けていたこ とはあり得ない。 特別採捕許可を受けていないB組合なり同組合支部が,許可申請を代行することはあり 得ず,採捕数量の報告義務もない。また,原告ら個人がC組合を経由して三重県に採捕 数量の報告書を提出していたというのは県の「指導要領」からも考えられず,県が受理 するはずもない(乙3号証)。原告らが別表1で主張する採捕量はでたらめであり,原告 らの採捕実績が社会通念上権利と言いうるまでに成熟したとは認められない。 (ウ) 指定集荷人制度について しらすうなぎの特別採捕許可の趣旨は,しらすうなぎの保護培養と種苗の確保との調整 にあるから,許可数量の範囲内において採捕され,三重県下の養殖業者に種苗が安定 供給されることをチェックするために指定集荷人制度が設けられていた。乙14,15号証 によれば,この制度は,少なくとも昭和44年以降は存在していて,昭和54年11月以 降,三重県は毎年「しらすうなぎ特別採捕許可方針」「しらすうなぎ特別採捕許可指導要 綱」「同申請の事務手続き等」と題する書面を作成して指定集荷人制度について明記 し,C組合に配布している。したがって,指定集荷人への荷渡しは,実質的には特別採 捕許可を受けるにあたっての前提条件であり,許可を受けた者及び採捕従事者には義 務となるが,C組合はこれを遵守していた。 原告らはC組合の採捕従事者として承認されていたから,指定集荷人以外の者に荷渡 しできないことを十分承知していたはずである。三重漁連機関誌のコラムでも指定集荷 人への荷渡しを遵守すべき旨の記事が掲載されている(乙14号証)。原告らが昭和63 年まで指定集荷人制度を知らなかったということは,この時まで原告らが特別採捕許可 制度の趣旨を理解せず,指導要領に反して指定集荷人以外の者に採捕したしらすうな ぎを処分していたことになる。 G証言によると,指定集荷人制度は十分に機能しており,同制度が機能していたからこ そ,別表2(乙15号証の別表)のような採捕量の把握もできた。原告らからの荷受量の 記録がないのは,原告らにしらすうなぎの採捕の実績がないか,採捕実績があるとすれ ば,採捕したしらすうなぎを指定集荷人以外の者に売り渡していたかどちらかである。 採捕従事者は,C組合に対し養殖のため与えられている特別採捕許可の範囲内でしら すうなぎを採捕できるから,採捕したしらすうなぎをC組合の指定集荷人に荷渡しするこ とが義務づけられている。したがって,指定集荷人に荷渡しした実績のない原告らは,し らすうなぎが採捕できなくなったからといって,補償を求める立場にはない。 仮に,原告らが「指導要領」の採捕秩序を遵守した採捕従事者であるとしても,補償の 対象者はC組合であり,組合員又は採捕従事者が個々に直接補償を請求することはで きない。被告が支払った補償の配分は,C組合においてなすべきである。 ウ 公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱17条によれば,漁業補償の本質は,消 滅する「漁業権等」に対するものであり,補償すべき額は,当該権利を行使することによ って得られる収益を資本還元した額とされている。 しらすうなぎの特別採捕許可は,うなぎの養殖用の種苗の供給のために行われるもの であって,採捕者の利益のためではない。それ故,養殖業者を構成員とするC組合に特 別採捕許可が与えられたのである。したがって,採捕量が減少することによって,実際 に損失を被るのは組合であり,組合員であり,採捕秩序を遵守している採捕従事者であ る。 最高裁平成元年7月13日判決(民集43巻7号866頁)は,共同漁業権は,法人として の漁業協同組合に帰属し,組合員の漁業を営む権利は,漁業協同組合という団体の構 成員としての地位に基づき,組合の制定する漁業権行使規則の定めるところに従って 行使することのできる権利であるとし,漁業協同組合がその有する漁業権を放棄した場 合に漁業権消滅の対価として支払われる補償金は,法人としての漁業協同組合に帰属 し,現実に漁業を営むことができなくなることによって損失を被る組合員に配分されるべ きであるとしている。これを受けて,下級審判決でも,補償請求権は,漁業協同組合の みに存し,個々の組合員が被害の回復を求めることはできないと判示している。組合が 受けている特別採捕許可があればこそ許可の範囲内の採捕も可能となり,組合員が営 むうなぎの養殖も可能となるのであるから,本件における養鰻組合と組合員及び採捕従 事者との関係は,共同漁業権の場合における組合と組合員との関係と同様であり,前記判例の趣旨からすれば,本件においても,補償金は許可を受けているC組合に帰属 し,個々の組合員及び採捕従事者が被害の回復を求めることは許されない。 (2) 被告が原告らに対し補償金を支払わずに本件事業を行ったことが,原告らに対する 民法709条の不法行為となるか。(原告らの主張) 被告がA川のしらすうなぎの採捕実態について不十分な調査しかなさず,原告らに対し て本来行うべき補償金を支払わないまま違法に本件事業を行った故意過失により,原 告らは,漁業を営む権利が侵害され,損害を被った。ア 原告らの権利性 原告らは,現実に昭和45年から同63年までの約20年間にわたってしらすうなぎの採 捕という漁業に従事し,それが生活上の利益となっているから,この漁業を営む地位 は,法的に保護に値する利益すなわち権利である。 (ア) 原告らは,C組合の採捕従事者として許可を得て,採捕に従事していたが,実際に は,昭和52年以前には原告らは個人で許可を受けていたものを,その後,三重県の行 政上の都合で,C組合に集約したにすぎず,もともとC組合に所属していなかった原告ら に対しては,採捕従事者との名称において従前の許可に代わる地位を付与してきたも のである。三重県漁業調整規則でも許可対象を限定しておらず,もともとは原告らを含 めた個人も許可の対象者としていた。しらすうなぎの乱獲防止,養殖のための種苗の確 保及び採捕を業とする者の利益との調和という特別採捕許可の趣旨は,許可対象者が 団体であろうと個人であろうと達成可能である。よって,特別採捕許可の趣旨は,原告ら 個人に許可を与えないという結論を導くものではない。 このように,しらすうなぎの採捕事業は,元来養鰻組合だけが対象となるものではなく,a 町における従前からの採捕従事者の半数以上がC組合員ではない原告らであったか ら,本件の場合,C組合にだけ漁業権が帰属するものではない。 (イ) 原告らが特別採捕許可を直接受けていない場合でも,原告らの採捕の実績は,権 利として認めうるものである。 原則として,海は自由に使用することができ,許可漁業は単に本来の自由を回復するに すぎない。原告らには,漁業で生活してきたことだけで,生活上の利益があることにな り,権利性がある。しかも,かつては個別に許可を受けていたのであるから,しらすうな ぎの採捕について社会通念上権利と認められる程度に成熟した利益を持つ「採捕に従 事する者」である。 (ウ) 原告らは,過去においては特別採捕許可を受けた者として,昭和53年ころ以後は 採捕従事者として,禁止の解除を受けて,現実に昭和45年ころから63年までの約20 年間にわたってしらすうなぎの採捕に従事してきた。これに対し,C組合は採捕実績がな く,C組合の組合員は養鰻に従事するだけで,しらすうなぎの採捕には従事していない。 C組合が許可を受けた者として意味があるのは,三重県の行政事務を一部代行する程 度である。 とすれば,C組合は形式的には許可を受けた者であっても,しらすうなぎの採捕を実施し ているのは,原告ら「従事者」であり,原告らが「当該漁業の権利を有する者」である。 (エ) 指定集荷人への荷渡しは行政指導に過ぎず,原告らに法律上の義務が生じる性 質のものではない。原告らは,指定集荷人制度の存在を知った後は,指定集荷人であ るFに対して荷渡しを行っていたが,同人は,逐一氏名や数量を記録することなく,しら すうなぎの目方に応じてその場で現金を支払い,水槽に入れるように指示していただけ であった。このように,実態において,採捕全量の引渡を前提とする指定集荷人制度は 存在していなかったから,指定集荷人制度に関連して原告らが採捕秩序を乱した事実 はない。イ 権利侵害 原告らは,昭和45年ころからしらすうなぎの採捕に従事して,生活上の利益を得ていた が,被告による本件事業により,一切の補償を受けることなく,その利益は奪われた。 被告は,平成3年5月30日,C組合との間に本件事業の施行等に伴う漁業上の一切の 損失の補償につき補償契約を締結し,本件補償金を組合に支払ったが,原告は,C組 合の組合員でないので,E地方裁判所でのC組合に対する別件訴訟で,本件補償金の 分配を受けられる保障はない。 このように,被告がC組合へ本件補償金を支払って本件事業を行ったために,しらすうな ぎの採捕に従事して得ていた原告らの利益,すなわち漁業を営む権利が侵害された。 ウ 違法性 被告は,補償を受けるべき対象に原告らが含まれるか,また,養鰻組合に原告らに対す る補償金の受領権限があるかについて調査すべきであったのに,これを怠ったことが違法である。 (ア) 被告は,採捕従事者から採捕の実績を聴取し,それをもとに補償金の積算を行っ たのであるから,しらすうなぎを採捕できなくなることが補償の対象とすべき損失である との考え方を前提としている。被告は,しらすうなぎの採捕実態を調査する過程で,原告 らが長年採捕従事者証を得ていたこと,三重県に対し継続して採捕報告をしていたこと 等から,実際の採捕が採捕従事者によってのみ行われていたことを認識できたはずで ある。また,被告は,三重県に対する平成2年5月15日の照会で,原告らが採捕従事者 であるとの説明も受けているはずである(甲30号証)。とすれば,被告は,原告らが補償 の対象に含まれることに気づいたはずであり,気づいていなければ調査不十分である。 (イ) 被告がC組合に対して支払った補償金に,原告らの損害に対する補償金が含まれ ていたとしても,原告らがC組合に対し漁業補償の交渉に関する代理権を授与した事実 も,C組合にその権限が付与されていた事実も,また,原告らがC組合の受領行為を追 認した事実もない(甲6号証)から,C組合は,原告らに対する補償金の受領権限を有し ていない。被告は,C組合の受領権限の有無について調査すべきであったのに,これを 怠ってC組合に補償金全額を支払ったのであるから,その支払いを原告らに主張するこ とはできない。 (ウ) 以上のとおりであるから,被告がC組合に対して支払った補償金が原告らに対する 補償を含む趣旨か否かに関わらず,本件事業の実行の過程において必要な調査義務 を懈怠し,調査不十分により原告らに補償金を支払わずに本件事業工事を行ったことは 義務違反として違法である。 仮に,被告が過去の時点でなしうる調査を尽くしていたとしても,現時点においては,河 口堰の建設により原告らの漁業を営む権利が事実上消滅し,原告らの生活上の利益が 侵害されたことが明らかであるから,それにもかかわらず,被告が原告らに対する補償 金支払いを拒むことは故意に補償を行わないものであり違法である。(被告の主張) ア 原告らの前記主張はいずれも否認する。原告らが漁業補償請求権を有しないという ことは,次のとおり採捕従事者の地位に法的保護に値する利益すなわち権利が認めら れないということである。 (ア) しらすうなぎの特別採捕許可は,一般的禁止の解除で,自由の回復に過ぎず,許 可によって新たに権利が設定されるものではない。したがって,許可を受けた者も当然 には権利者とならないが,許可漁業で当該漁業の利益が社会通念上権利と認められる 程度にまで成熟していると判断される場合は,「その他漁業に関する権利」として権利と 認められる(乙4,6,23号証)。しかし,この場合でも許可を受けた者の下における採捕 従事者は,単に採捕ができるというにとどまるから,何らの権利が付与されるものではな い。C組合の採捕従事者は,15歳以上の義務教育終了者で特別採捕許可を受けた組 合が認めた者であれば何人でもなることができるのであり,単に組合の採捕従事者名 簿に登載されているだけの者であって,組合の特別採捕許可の内容を行使するに過ぎ ない者であるから,権利性は認められない。 (イ) 三重県は,漁業調整規則52条に基づくしらすうなぎの採捕許可に関し,うなぎ資 源の有効利用等を目的として,「しらすうなぎ特別採捕許可方針」を定めているが,これ によれば,特別採捕許可の対象者は,漁業協同組合等であり,本件採捕区域において は,C組合が許可を受けている。原告らのような個々の採捕従事者は特別採捕許可の 対象者に含まれないし,昭和52年以前に原告ら個人が特別採捕許可を受けていた事 実もない。 水産資源保護法4条1項,三重県漁業調整規則1条,38条,52条によれば,しらすうな ぎの特別採捕許可の趣旨は,水産資源の保護培養と増殖のための種苗の確保の調整 にあり,採捕を業とする者の利益(採捕の自由の要請)などは含まれない。県がC組合 に特別採捕許可を与えたのは,採捕数量の把握と県内の養鰻業者への種苗の確保を 確実ならしめるためであり,単なる行政上の都合のみによるものではない。原告ら個人 に,一定の採捕数量の範囲で許可を与え,採捕数量を報告させることだけでは,前記特 別採捕許可の趣旨は達成されない。 (ウ) また,原告らが指定集荷人制度を遵守せず,採捕したしらすうなぎを横流ししてい たとすれば県の「指導要領」違反であり,原告らは,採捕秩序を乱したことになるから, 保護される利益はない。イ 被告が,原告らの権利を違法に侵害した事実はない。 (ア) 被告の河口堰建設事業は,内閣総理大臣が昭和43年10月15日に決定した「木 曽川水系における水資源開発基本計画」に基づき施行された事業の1つであるから適 法行為である。(イ) 被告に調査義務違反はない。 被告が採捕従事者の採捕実績を各人について完全に把握することは困難で,客観的な 採捕実績は,指定集荷人の取扱量に依らざるを得ない。被告としては,指定集荷人制 度等が遵守されていると考えるのは当然であり,補償対象採捕量については,C組合か ら提出されたA川河口堰周辺の漁場の指定集荷人であるFの取扱い実績に基づき,補 償対象採捕量とした(乙30号証)のであり,個々の採捕従事者の採捕量を調査する必 要はない。ましてや,県の許可方針や指導要領に違反して採捕したものまで,補償の対 象をすることは考えられない。また,被告が三重県に対し,平成2年5月15日に照会し たのは,しらすうなぎの特別採捕の許可の方法に関してであり,原告らが採捕従事者で あることの説明は受けていない。 また,原告らは漁業補償請求権を有しないのであるから,被告がC組合に原告らに対す る補償金を受領する権限があるか否かを調査しなかったとしても,被告の過失が問われ ることにはならない。 被告がC組合と補償契約を締結するにあたっては,C組合が有する当該漁業権等の経 済的価値を参考にして補償額を決定した。 (ウ) 原告らがC組合から補償金の分配を受けられなかったのは,指定集荷人であるF に対する荷渡しの実績がなく(乙11号証),実際に採捕に従事したか不明であるからで ある。仮に採捕していたとしても,Fに荷渡する義務に違反するから,配分を受ける資格 はない。 (エ) 以上のとおり,被告がC組合との間で補償契約を締結し補償金を支払った過程に 違法な点は認められないから,被告が原告らの採捕従事者の地位を故意過失により侵 害したということはない。(3) 損失ないし損害
(原告らの主張) 原告らの損失ないし損害としては,別表1のとおり採捕不能になる直近の昭和60年度 から同63年度の4年間の原告らのしらすうなぎの採捕量から算出した1年当たり平均 の6年分が相当である。
 各原告の具体的な請求金額は,別紙請求金額一覧表記載のとおりであり,遅延損害金 は,訴状送達日の翌日である平成11年2月4日から支払済みまで民法所定の年5分の 割合による。(被告の主張)
原告らの前記主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 本件補償契約締結に至る経緯 前提となる事実と,甲4,5,11,14,15,18,24ないし26,29号証,甲1号証の1な いし9,甲2号証の1ないし17,甲3号証の1ないし18(枝番を含む),甲16号証の1な いし4,甲19号証の1ないし34,甲21,23,27,28号証(各一部),乙1ないし3,5, 12ないし15,17,20,28ないし30号証,及び原告H本人尋問の結果(一部),並びに 弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
 (1) 昭和45年7月21日,三重県漁業調整規則の改正により,三重県全域で全長20セ ンチメートル以下のうなぎの採捕が禁止され,同改正規定が昭和48年1月1日から適 用されることになったため,C組合は,毎年,三重県内の海面及び河川の共同漁業権漁 場区域を除く海面及び河川におけるしらすうなぎの特別採捕許可を三重県から受けて いた(甲1号証の1ないし9,甲5,15,18,30号証)。 三重県は,特別採捕許可に伴い,しらすうなぎの必要量を把握するため,養鰻業者の団 体であるC組合から当該年度のしらすうなぎの必要量を報告させ,この報告に基づいて 採捕数量の最高限度を決定し,許可対象者である関係組合へ採捕量を配分して特別採 捕許可を与えていた(甲29号証)。 また,三重県は,特別採捕許可に関する基本的な事項については,「しらすうなぎ特別 採捕許可方針」(以下「許可方針」という。),「しらすうなぎ特別採捕許可指導要領」(以 下「指導要領」という。),「しらすうなぎ特別採捕許可申請の事務手続き等」により毎年 定めていた(乙1,2,13号証,乙25号証の1ないし4)。具体的には,C組合は,三重県 に対し,県下のうなぎ養殖業者名簿を提出することとされ,特別採捕許可を受けた者 は,毎月のしらすうなぎの採捕報告書を翌月10日までに三重県へ提出するよう定めら れている。また,しらすうなぎの採捕を希望する者は,海面又は内水面の共同漁業区域 で採捕しようとする場合はそれぞれの区域を管理する漁業協同組合に,共同漁業権区 域以外の場所で採捕しようとする場合はC組合にそれぞれ申請し,各組合は,これらをとりまとめて採捕従事者名簿に登載して三重県に提出し,三重県から送付される特別採 捕許可証の写しを採捕従事者名簿に従って採捕従事者に発行することとされている。 (2) 原告Iは,近所でしらすうなぎを採ると小遣い稼ぎになるという話を聞き,昭和36年 ころから,冬場の農閑期の小遣い稼ぎとしてしらすうなぎの採捕を行い始めたが,当時, しらすうなぎの採捕には許可が必要であることを知らずに採捕を行っていた(甲23,28 号証)。 昭和40年代初めころ,a町内で減反政策がとられるようになったため,農業等に従事し ていた原告らは,水田を養殖池に変えて,金魚を養殖するようになった。そして,農閑期 には,しらすうなぎを採捕して,買付業者に売ったり,金魚の養殖用の池に入れたりして いた(甲19号証の1ないし34,甲23,28号証)。 昭和54年,原告Hが,B組合のa支部長になった(甲27号証)。このころから,原告ら は,B組合a支部長の原告H名で,「しらす採捕許可申請書」と題する,原告らを含む(但 し,原告Jは昭和59年以降,原告Kは昭和57年以降申請)しらすうなぎの採捕希望者 の氏名,年齢及び住所(但し地区名までの記載)を記載した書面を三重県知事宛に提出 していた。C組合はこれらの書類を採捕従事者の届出書類として処理し,原告らはC組 合の採捕従事者としてしらすうなぎの採捕が可能となっていた(甲1号証の2ないし9, 甲2号証の3ないし17,甲29号証)。 昭和63年から,採捕従事者である旨の証明書の様式が変更され,三重県は許可の対 象者である各組合に対して特別採捕許可証を発行する事務のみを行い,各組合が採捕 従事者に対して採捕従事者である旨の証明書を発行するようになった(甲1号証の1な いし9,甲29号証)。 (3) 指定集荷人制度とは,三重県の指導により,C組合が集荷人を指定して,指定集荷 人名簿を三重県及び特別採捕許可を受けた者に提出し,特別採捕許可を受けた者及 びその採捕従事者は原則として指定集荷人へ荷渡しを行い,指定集荷人はC組合から 提出されたうなぎ養殖業者名簿に記載されている者に荷渡しをするという制度である (乙2,13,20号証)。 C組合は昭和44年には,本件事業が施行される一帯である三重県桑名郡a町の指定 集荷人としてFを指定し,同人宅の玄関に木の札をかけてC組合員や採捕従事者がFに しらすうなぎの荷渡しをするよう促し,また,しらすうなぎの採捕量の報告をFから一括し て受けていた(甲26号証,乙15号証)。 昭和44年ころ以降,A川におけるしらすうなぎの採捕については,1採捕者から指定集 荷人が買い入れ,これを養鰻業者に販売する方法,2養鰻業者が自給のため採捕者 から買い入れる方法(自給集荷人),3養鰻業者が自給のため自ら採捕する方法によ り,C組合がその採捕量等を把握,管理してきた。 (4) 被告は,昭和49年ころから,本件事業を予定して三重県a町等と意見交換等を行っ ていた(甲11号証)。 昭和53年9月21日,C組合は,被告に対し,A川河口堰の建設による河川水の流量及 び水質,河床の変化等からしらすうなぎ及びはく(ぼらの当年稚仔)の漁獲が望めなくな るおそれがあることを理由として,本件事業に対して養鰻業者全体の立場で反対すると の意向を示した(乙15号証)。これ以降,C組合が被告に対して本件事業に関する補償 を要求する交渉を始め,補償交渉は,C組合長,L,Mの3名が行った。C組合の組合長 理事は,昭和56年4月27日から平成7年11月22日までの間,Gが務めていた(甲26 号証)。 (5) 昭和63年3月,被告が河口堰の建設工事に着工し,平成元年ころ以降,原告らは しらすうなぎを採捕できなくなった(甲3号証の14ないし16,甲3号証の17の1ないし 5,甲3号証の18の1ないし3)。 (6) 平成2年10月8日,C組合は,臨時総会を開き,本件事業に関する補償金の配分 について,配分委員会を設置して配分委員を選任し,しらすうなぎの採捕を客観的に確 認できる採捕従事者から,配分手続(配分委員会が配分基準案を作成して総会の確認 を経て進めるという手続)についての同意書を徴収することを決議した。その後,指定集 荷人のFや自給集荷人等により確認できるしらすうなぎの採捕従事者から前記同意書 が徴収された(甲26号証)。 そして,平成3年5月30日,C組合と被告は,本件事業に関し,本件補償契約を締結し た(乙5号証)。C組合側で補償契約書の作成に立ち会ったのは,配分委員会委員長の L,指定集荷人のF,C組合長のGの3名であった(甲26号証)。 (7) C組合は,受け取った補償金を,主に三重県a地区,b地区及びF関係とに分けて配 分したが,原告らには配分しなかった(甲24ないし26号証)。
 2 争点(1)(原告ら個人が被告に対し憲法29条等に基づく損失補償請求権を有するか。)について
(1) 本件におけるしらすうなぎの採捕の性質 漁業とは,水産動植物の採捕又は養殖の事業をいい(漁業法1条1項),漁業権とは, 行政上の免許により一定の水面において排他的に一定の漁業を営むことを得る権利で あり,漁業法上,定置漁業権,区画漁業権及び共同漁業権がある(同法6条1項)。
 これに対し,許可漁業は,水産資源の保護,漁業調整の目的から自由に漁業を営むこ とを一般的に禁止した上で,行政庁が出願を審査して特定の者に禁止を解除するもの であって,本来の自由の回復であるので,他の漁業を排他して独占的に営む前記漁業 権とはその性格を本質的に異にするものである。許可漁業には,大臣許可漁業と知事 許可漁業があり,さらに知事許可漁業には法定知事許可漁業(漁業法66条)と漁業調 整規則による知事許可漁業がある。漁業調整規則による知事許可漁業とは,漁業法6 5条1項及び水産資源保護法4条1項の規定に基づき,漁業取締りその他漁業調整及 び水産資源の保護培養上の必要性から,各都道府県において「漁業調整規則」「内水 面漁業調整規則」を制定して,各種の制限措置を講じたものである。 本件におけるしらすうなぎの採捕は,三重県漁業調整規則38条で一般的に禁止したも のを,同規則51条に基づく知事の許可により禁止を解除したものであるから,漁業調整 規則による知事許可漁業である。許可の期間は,12月15日から翌年4月30日までで あり,毎年許可の申請が必要である。(2) 許可漁業に対する漁業補償 ア 漁業法39条5項は,漁業法上の漁業権の変更若しくは取消又はその行使の停止に よって生じた損失を当該漁業権者に対し補償すべき旨定めているが,許可漁業に対す る補償を定める規定はない。 イ 原告は,許可漁業は,許可を与えられた範囲で漁業を営む権利が回復されるもので あるから,現にそれに従事し生活上の利益となっているときには,その損失に対して補 償がなされるのは当然であると主張する。 しかし,「許可」とは,本来自由である行為を公共の福祉上の要請から法令によって一般 的に禁止し,これを特定の場合に解除するものに過ぎず,新たに権利が設定されるもの ではない(甲6号証)。 もっとも,昭和37年6月29日閣議決定により定められた「公共用地の取得に伴う損失 補償基準要綱」(乙4号証,以下「補償基準要綱」という。)17条は,「消滅させる漁業 権,入漁権その他漁業に関する権利に対しては,当該権利を行使することによって得ら れる収益を資本還元した額を基準とし,当該権利に係る水産資源の将来性等を考慮し て算定した額をもって補償するものとする」と規定し,同2条5項は,「社会通念上権利と 認められる程度にまで成熟した慣習上の利益を権利に含む」と規定している。また,「公 共用地の取得に伴う損失補償基準細則」(乙6号証,以下「補償基準細則」という。)第7 の2(三)は,「その他漁業に関する権利」とは,許可漁業及び自由漁業(免許可以外の 漁業)を当該漁場において反復継続して営んでいること等当該漁業の利益が社会通念 上権利と認められる程度にまで成熟しているものをいうと規定している。 そうすると,許可漁業においても,当該漁業の利益が社会通念上権利と認められる程度 にまで成熟している場合には,補償の対象になるものと解することができる。 (3) 許可漁業における漁業補償の対象者 補償基準細則第7の3は,漁業権等の消滅に係る補償を受ける者として,1漁業権にお いては当該権利の設定につき免許を受けている者,2入漁権においては当該権利を取 得している者,3許可漁業においては当該漁業の権利を有する者,4免許・許可以外 の漁業においては都道府県知事又は漁業調整委員会が認める者である旨規定する (乙6号証)。 同規定の「3許可漁業においては当該漁業の権利を有する者」とは,「許可漁業が社会 通念上権利と認められる程度にまで成熟した場合における当該許可を受けた者」と解す るのが相当である。(4) 本件における漁業補償請求権の帰属
ア しらすうなぎの特別採捕許可の趣旨 甲4,14,15号証によれば,漁業調整規則は,水産資源の保護培養,漁業取締り,そ の他漁業調整を図り,併せて漁業秩序の確立を期することを目的として制定されたもの であり,昭和45年7月21日一部改正の漁業調整規則(甲15号証)38条で20センチメ ートル以下(熊野川水系では30センチメートル以下)のうなぎの採捕を禁止する一方 で,同52条で試験研究,教育実習,増養殖用の種苗の供給(自給を含む。)のための 採捕については,知事の特別採捕許可により前記制限規定を適用しない旨定めてお り,また,三重県は,県内のうなぎ増養殖用の種苗の確保を図るために,しらすうなぎの特別採捕許可に関する許可方針や指導要領を毎年定めている(甲18号証,乙1,2,1 3,28,29号証)。
 そうすると,しらすうなぎの特別採捕許可の趣旨は,水産資源の保護培養とともにうなぎ 増養殖用の種苗の確保を図る点にあると解され,それ故,三重県は,養鰻業者の団体 であるC組合に特別採捕許可を与えてきたものと認められる(甲5,29号証,乙20号 証)。イ C組合のしらすうなぎ採捕の成熟性について 前示のとおり,特別採捕許可を受けたC組合は,「許可方針」及び「指導要領」に従って, 三重県に対し当該年度のしらすうなぎの必要量を報告するとともに県下のうなぎ養殖業 者の名簿を提出し,また,集荷人を指定して指定集荷人名簿を三重県及び採捕許可を 受けた者に提出してきた。そして,指定集荷人制度の運用等により,C組合は,昭和44 年ころ以降,A川におけるしらすうなぎの採捕について,指定集荷人取扱いの採捕量, 自給集荷人取扱いの採捕量及び養鰻業者による採捕量をそれぞれ把握,管理してき た。 このように,C組合の前記一連のしらすうなぎの採捕事業は,しらすうなぎの特別採捕許 可の趣旨を継続して実現してきたものと言え,その利益は社会通念上権利と認められる 程度にまで成熟したものと認めることができる。したがって,本件事業による損失補償を 受ける権利は,許可漁業における当該権利を有する者としてのC組合に帰属すると認 めるのが相当である。 なお,原告らは,指定集荷人制度が決められたのは昭和63年であり,実態として指定 集荷人制度は機能していなかったからC組合に成熟性は認められず,しらすうなぎの採 捕について成熟性を実現していたのは,昭和45年ころから同63年までの約20年間に わたり現実にしらすうなぎの採捕に従事し,三重県に対し採捕数量を報告していた原告 らであると主張する。 しかし,乙15号証によれば,昭和44年ころから指定集荷人が存在していたと考えられ, 昭和54年12月25日発行の「みえぎょれん」252号(乙14号証)においても「需給の適 正を図るために採捕したしらすうなぎはC組合の指定集荷人へ荷渡しすること」と指定集 荷人制度の存在を前提とした記載がされているから,昭和54年以前から指定集荷人制 度が存在していたと認められる。そして,甲20号証によれば,C組合が採捕数量の報告 を要求していたのは「採捕許可者」であり,甲26号証及び乙15号証によれば,C組合 は,採捕従事者によるしらすうなぎの採捕量をFからまとめて報告を受け,各年度の採 捕量を管理していたと認められる。確かにしらすうなぎの採捕が県下全域にわたって夜 間に行われるという実情からすれば,指定集荷人以外の買い受け人が存在していたこ とは否定しがたいが,これにより直ちに指定集荷人制度が機能していなかったとまでは 言えない。ウ 原告らのしらすうなぎの採捕の成熟性について ところで,原告らは,原告らの採捕従事の実績が,C組合とは別個独立に,社会通念上 権利と認められる程度にまで成熟したものであり,C組合とは別個独立に補償金の支払 いを請求しうる権利を有すると主張する。 しかしながら,原告らは,特別採捕許可を受けた主体ではなく,C組合の採捕従事者とし て,C組合が受けた許可を前提に,その許可の範囲内でしらすうなぎを採捕できるという 立場にあるに過ぎないから,原告らのしらすうなぎの採捕の利益は,C組合の一連の採 捕事業に由来するものであり,C組合の採捕事業の利益が制限されれば,採捕従事者 たる原告らの利益も制限される関係にある。そして,前示のとおり,本件において権利と 認めうるのは,特別採捕許可を受けた上でその趣旨を継続して実現してきたC組合の採 捕事業であり,採捕従事者である原告ら個人によるしらすうなぎの採捕は,C組合の採 捕事業の一端を担うものにすぎないから,原告らの採捕自体を独立して権利と認めるこ とはできない。したがって,原告らが被告に対しC組合と離れて独自に補償を請求するこ とはできないと解せられる。 また,原告らの採捕数量報告書(甲3号証の1ないし18,但し枝番を含む。)には,昭和 56年度以降の原告ら各人の採捕数量が記載されておらず,別表1に記載された昭和6 0年度ないし同63年度の原告ら各人別の採捕量は,原告ら自身もその不正確性を認め ている。そうすると,原告ら各人の昭和56年度以降のしらすうなぎ採捕の実績は明らか でなく,原告ら各人の採捕自体により,直ちに水産資源の保護培養及びうなぎ増養殖用 の種苗の確保を図るという特別採捕許可の趣旨が実現されていたとは認められないか ら,原告ら各人のしらすうなぎの採捕自体が,社会通念上権利と認めうる程度にまで成 熟していたとは認めることができず,これに反する原告らの前記主張は採用できない。 エ 原告ら個人に対する許可の有無について原告らは,昭和45年ころから同52年まで,個別にしらすうなぎの特別採捕許可を得て いたが,行政側の事情で採捕従事者という立場に置かれたに過ぎないから,原告らの 被告に対する個別の補償請求権は否定されないと主張する。そして,甲19号証の1な いし34によると,原告らは,別表3「金魚等の養殖開始時期」欄記載のとおり,水田を池 に改造して金魚等の養殖を始め,その後,同表「しらすうなぎの採捕開始時期」欄記載 のとおり三重県知事から個人で「シラスウナギ特別採捕許可」を受けて個人でしらすうな ぎの採捕を始め,さらに,いずれも昭和51年からB組合にとりまとめを依頼して三重県 に許可申請及び採捕報告を提出し,昭和61年より許可の様式が変わりC組合の採捕 従事者となったと述べている。 しかし,「許可方針」及び「指導要領」では,許可の対象者は,1C組合,2海面及び内 水面の漁業協同組合,3三重県漁業調整規則8条に基づき前年度ふくろ網によるしら すうなぎの特別採捕許可を受けた者であるとされているのであり(乙1,2号証),昭和5 4年12月25日三重県漁業協同組合連合会発行の「みえぎょれん」252号に記載され た「水産事務局だより しらすうなぎの特別採捕について」においても,「一般的には,漁 業協同組合に許可をしているので,採捕できるのは許可を受けた漁業協同組合の採捕 従事者名簿に登載された者でなければなりません。」と,許可を受ける対象が漁業協同 組合であることを前提とした記載がなされている(乙14号証)。そして,原告らが提出す る原告Nの昭和53年12月12日付特別採捕許可証(甲1号証の1)及び原告Hの昭和 62年12月11日付特別採捕許可証(甲1号証の2)はいずれも三重県知事作成のもの ではなく,写と書かれ,C組合の印が押印されていることから,C組合が,同組合に対す る三重県からの特別採捕許可証の写を使って,原告らを採捕従事者と定めたものと認 められ,昭和63年以降は,様式が変更されてC組合が採捕従事者である旨の証明書を 発行するようになっている(甲1号証の1ないし9,甲29号証)。一方,原告Iは,昭和52 年以前の原告ら個人に対する特別採捕許可証は存在せず,当時の特別採捕許可証が どのような形式であったかについて記憶していないと述べ(甲23号証),原告Hは,昭和 53年から許可証の様式が変わり,発行者としてC組合長の名前が記載されたものが送 付され,同54年にはそれまでと異なりC組合から許可証が送られてきたと供述するが, 同時に,漁業調整規則を詳しく読んで申請していたのではなく毎年の恒例で申請してい たものであり,当時,特別採捕許可証と採捕従事者証の区別はついておらず,昭和53 年以降とそれ以前とで採捕に変化はなかったとも供述している。したがって,原告ら個人 が特別採捕許可を受けていたとの原告らの記憶が確実なものとまでは認め難い。 以上を総合すれば,昭和52年以前に原告ら個人が直接三重県から特別採捕許可を得 ていたと認めるに足りる的確な立証はなく,原告らの前記主張は採用できない。 オ 原告らの直接補償請求権の有無 原告らは,許可漁業において,許可を受けた者を当該漁業の権利を有する者として扱う のは,補償金の配分により最終的には現実に当該許可漁業の利益を受けている者に 対して補償が実現されるからであるが,本件の場合は,現実に当該許可漁業の利益を 受けていた原告らに補償金が配分されない結果になり,被害補償の趣旨に反している から,原告らを権利者と扱うことはかえって被害補償の趣旨に適合すると主張する。 しかし,前示のとおり,本件において権利と認められるのは,しらすうなぎの特別採捕許 可の趣旨を実現してきたC組合の採捕事業であり,これにより,原告らだけでなく養鰻業 者たるC組合の組合員も現実に利益を受けていたと考えられる。また,乙5号証によれ ば,本件補償金は,C組合の組合員及びその採捕従事者に対する補償を全て含んだも のである。 そうすると,原告らが補償を受けるか否かはC組合内部で本件補償金の配分を受ける か否かの問題であり,原告らがC組合から配分を受けなかったとしても,それゆえに原 告らが被告に対して直接補償を請求する権利を有すると認めることはできない。 カ まとめ 以上のとおりであるから,本件事業による補償を受ける権利を有するのは,特別採捕許 可を受け,その趣旨を実現してきたC組合であり,C組合の採捕従事者にすぎない原告 らには,漁業法の準用ないし憲法29条に基づいて,C組合と離れて独立して被告に対 し補償を請求する権利を有するとは認められない。 よって,争点(1)に関する原告らの主張は理由がない。
 3 争点(2)(被告が原告らに対して補償金を支払わずに本件事業を行ったことが原告ら に対する不法行為となるか。)について (1) 民法709条の不法行為における原告らの権利性 ア 民法709条によれば,故意又は過失により他人の権利を侵害した者は,被害者に 対して,それによって生じた損害を賠償しなければならないが,この場合の「権利」とは,厳密な意味で権利といえなくても,法律上保護に値すると認められる利益があれば足り るとされている(大判大正14年11月28日民集4巻670頁,最判昭和33年4月11日 民集12巻5号789頁等)。したがって,漁業の場合,単に漁業権漁業に限らず,許可漁 業や自由漁業であっても,法律上保護に値すると認められる利益が違法に侵害された 場合には,民法709条の基づく損害賠償請求権が生じる。 イ 原告らは,昭和52年以前は特別採捕許可を受けた者として,昭和53年以降は採捕 従事者として禁止の解除を受けて,昭和45年ころから同63年までの約20年間にわた って現実にしらすうなぎの採捕に従事し,それが生活上の利益となっているから,この原 告らの漁業を営む地位は法律上保護に値する利益であると主張する。 しかし,原告ら個人によるしらすうなぎの採捕は,採捕従事者としてC組合の受けた許可 を前提にその範囲内で行いうるものであり,原告らのしらすうなぎの採捕の利益は,C組 合の採捕事業に由来するものであり,C組合の採捕事業の利益が制限されれば採捕従 事者の利益も制限される関係にあること,原告らのしらすうなぎの採捕に特別な技術は 必要なく,経費も1シーズン1人あたり1万円くらいであること(甲28号証,原告H本人), 採捕従事者名簿に記載されていても実際に採捕するか否かは自由であり,原告ら各人 のしらすうなぎの採捕の実績は明らかでないこと等を総合考慮すると,原告らの利益 が,法律上の保護に値する利益であると未だ的確に認めることはできない。(2) 違法性 ア 仮に原告らに法律上保護に値する利益が認められたとしても,乙4,6,30号証によ ると,被告は,許可漁業の許可の主体であるC組合との間で,補償交渉をなし,補償基 準要綱17条,22条,及び補償基準細則第7の4項,第14の1項に基づき補償額を算 定して,C組合の組合員や採捕従事者が被る漁業上の一切の損失を補償する趣旨で本 件補償金を支払ったものであり,その過程に違法な点は認められない。 したがって,被告がC組合と本件補償契約を締結して本件事業を行ったことが,原告ら に対する違法な権利侵害であると認めることはできない。 また,前示のとおり,原告ら個人には,被告に対し漁業補償を請求する権利は認められ ないから,被告が原告ら個人に補償を行わないことを故意または過失による違法な行 為と評価することはできない。 イ これに対し,原告らは,被告は補償を受けるべき対象に原告らが含まれるか,C組 合に原告に対する補償金を受領する権限があるか調査すべきであったのに怠ったから 違法であると主張する。 しかし,補償基準要綱及び補償基準細則によれば,補償額の算定の基準とすべき収益 は,評価時前3ないし5か年間の平均魚種別漁獲数量であり,補償対象となる漁場の全 体の採捕量の実情を調査すれば足りるから(乙4,6号証),被告に採捕従事者の人数 や個々の採捕量を調査すべき義務までは認められない。そして,乙30号証によれば, 被告は,補償対象となるA川河口堰周辺の漁場の指定集荷人であったFの取扱実績を とりまとめて,昭和59年度から同63年度までの5か年の採捕量の平均値を採用し,採 捕従事者からの実態調査により収益率を決定する等して本件補償金額を算定したもの であるが,前示のとおり,指定集荷人制度が機能していなかったとは言えないから,これ によって採捕量の平均値を採用した被告の補償額算定過程に違法な点があると認める ことはできない。 そして前示のとおり,原告ら個人が被告に対し漁業補償を請求することはできないから, C組合の漁業補償交渉に原告らからの代理権の授与は不要であるので,被告はその点 に関して調査する義務を負わない。 よって,被告が本件補償契約を締結した過程に違法な点は認められない。 (3) したがって,争点(2)に関する原告らの主張は理由がない。4 結論 以上のとおりであるから,争点(3)につき判断するまでもなく,原告らの被告に対する本 訴請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61 条,65条を適用して,主文のとおり判決する。名古屋地方裁判所民事第4部 裁判長裁判官 水 谷 正 俊 裁判官 佐 藤 真 弘 裁判官 松 田 敦 子(別紙請求金額一覧表、別表1及び2は省略)
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