主文
 被告人を懲役3年に処する。
 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
 押収してある回転弾倉式けん銃1丁(平成13年押第11号の1),自動装てん式けん銃1丁(前同号の4),自動装てん式けん銃用弾倉1個(前同号の6),実包28発(但し,現状が弾体,薬きょう,装薬に分離されたもの3発分,薬きょう,弾体に分離されたもの23発分及び実包2発。前同号の2のうち弾体添付のもの2発分,前同号の3,5,7ないし11,13ないし17)を没収する。理 由
(罪となるべき事実)
 被告人は,法定の除外事由がないのに 第1 平成12年10月14日午前11時35分ころ及び同日午後零時26分ころ の2度にわたり,不特定若しくは多数の者の用に供される場所である盛岡市a字b c番地先国道46号線上に駐車した普通乗用自動車内において,所携の回転弾倉式 けん銃(平成13年押第11号の1)で弾丸2発を発射し 第2 前記日時場所において,前記回転弾倉式けん銃(前同号の1)及びこれに適 合する実包15発(前同号の2,3,7,13ないし15,18。前同号の2の空 薬きょう4個のうち,2個は弾丸が発射されたもの《前同号の18は発射された弾 丸》,2個は鑑定のため装薬が消費され空薬きょうに弾丸が添付されたもの《前同 号の7,14,15も同じ。》,前同号の3及び13は弾丸,薬きょう及び装薬に 分離されたもの。)並びに自動装てん式けん銃1丁(前同号の4)及びこれに適合 する実包15発(前同号の5,8ないし11,16,17。前同号の5,9,1 1,17は鑑定のため装薬が消費され,空薬きょうに弾丸が添付されたもの。な お,前同号の10のうち,1個は弾丸,薬きょう及び装薬に分離されたもの。)を それぞれ携帯して所持したものであるが,判示各犯行当時,せん妄状態のため,心 神耗弱の状態にあったものである。(法令の適用) 被告人の判示第1の所為は,包括して銃砲刀剣類所持等取締法31条,3条の1 3に,判示第2の所為は同法31条の3第2項,同条1項,3条1項にそれぞれ該 当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,これらは心神 耗弱者の行為であるから刑法39条2項,68条3号により法律上の減軽をし,以 上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重 い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し, 情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執 行を猶予し,押収してある回転弾倉式けん銃1丁(平成13年押第11号の1), 自動装てん式けん銃1丁(前同号の4),自動装てん式けん銃用弾倉1個(前同号 の6),実包28発(現状は主文記載のとおり。前同号の2のうち弾体添付のもの 2発分,前同号の3,5,7ないし11,13ないし17)は,判示第2の犯罪行 為を組成した物で,犯人である被告人の所有する物であるから,同法19条1項1 号,2項本文を適用し,いずれも没収することとする。
 (弁護人の主張に対する判断)
 1 弁護人及び被告人は,被告人が,判示各犯行に及んだこと自体は認めるも,本 件各犯行当時,被告人は心神喪失の状態にあったから無罪である旨主張するので, 以下この点につき判断する。 2(1) 前掲各証拠によれば,本件各犯行に至るまでの経緯及び犯行後逮捕に至るま での経過は,以下のとおりである。 (2) 被告人は,昭和59年ころから糖尿病を発症し,さらにこれが原因で糖尿病 性網膜症,糖尿病性腎症,糖尿病性末梢神経障害による両下肢痛等を患っていた。 平成9年5月にd町に移住した後はさらにその持病を悪化させ,1人で歩行するこ とも困難になり,入退院を繰り返し,平成12年の夏ころからは,いわゆる惚けの 症状が見られるようになり,月日や時間を忘れたり,食事を済ませたのに食事をし ていないなどと言うことが頻繁にあった。被告人は,同年10月10日,肺水腫の ためA泌尿器科クリニックに入院したが,同病院においても,前記と同様の惚け症 状を示すとともに,「壁のしみが動いている虫のように見える。」,「煙草の煙が 人の顔に見える。」などと述べたり,「B組3代目の足を撃ったのはお前だ。」, 「C組D組系暴力団の若頭が挨拶に来る。」などという声が聞こえるなどと訴えた ため,惚けあるいは脳梗塞の可能性につき精密検査を受ける必要があると診断さ れ,同月13日午後,E温泉病院に転院した。同病院の主治医は,被告人に新たな脳梗塞の所見は認められないものの,被害妄想的な言動があることから,不安神経 症と診断し,投薬を試みようとしたが,被告人は,「C組の若い者が5人は殺しに 来る。」,「ここは病院ではない。セットだ。医者も看護婦も偽物だ。」などと口 走ってこれを拒絶し,医師や看護婦を杖で威嚇して,病室に入らせなかったり,突 然妻に襲いかかったりするなどした。同病院では,F医科大学付属病院の医師によ る「被害妄想的な言動,行動があり,不安神経症と認められる。」旨の診断結果も 参考にして,精神安定剤を投与しながら,自宅療養すべきと判断し,結局,被告人 は,翌14日午前10時ころ,前記病院を退院することになった。被告人は,自宅 への帰路でも,バックミラーを見るなどして,後方を気にしたり,運転する妻に対 し,何度も迂回を命じるなどしていた。被告人は,帰宅した後,秋田県本荘市に住 む妹を訪ね,その夫に貸していた約215万円を返してもらい,身を隠す資金や妻 子の生活費,学費等などに充てようと思いつき,妻や娘らに対し,アイスピックや 包丁を持ち出して,「背広を用意しろ。」,「友達の所に行く。」などと詰め寄 り,自宅2階寝室の箪笥の底から本件各けん銃及び実包を持ち出し,再び妻に自動 車の運転を命じて,家を出た。被告人の妻は,前記のとおり異常な言動を示す被告 人が包丁のみならずけん銃まで持ち出したことから,警察に保護を求める旨の電話 をし,出発間際にも,娘に対し警察に連絡して追跡してもらうよう言い残してい た。被告人は,国道46号線を甲湖方面に西進すると,山やトンネルが多く,C組 系の暴力団員に待ち伏せされるおそれがある,逃げることもできなくなるなどと考 え,高速道路を利用するべく盛岡市方面に向けて東進させることにしたが,被告人 の娘から連絡を受けて捜索にあたっていた警察車両に発見され,東北自動車道盛岡 インターチェンジ付近の道路上で停止を命ぜられた。その後,警察官が被告人の説 得にあたったが,被告人は,前記自動車の助手席に立てこもって,これを聞き入れ ず,午前11時35分ころ,ドアを開けようとした警察官を脅かすために1発目を 発射し,さらに,午後零時26分ころ,警察官が時間稼ぎしているように感じたこ とから業を煮やして2発目を発射するなどの判示第1の犯行に及んだが,同日午後 1時42分ころ,警察官の説得に応じ,自動装てん式けん銃を車外に投棄したとこ ろを現行犯逮捕された。 3(1) 以上のとおり,被告人は,本件各犯行の1,2週間前から急激に幻聴,幻 視,人物誤認,記銘記憶障害等の症状を呈するようになり,犯行の数日前からはこ れが顕著になり,最終的には被害関係妄想を抱くに至っていることが認められる。 そして,これらの被告人の異常な言動の原因については,精神疾患に関する診断基 準であるDSM・IVに照らして検討すると,精神分裂病は否定しうるものの,脳梗 塞,腎不全,肺水腫を直接の原因とし,糖尿病による全身年齢の老化を準備因子, 両下肢痛による不眠と病気による心理的ストレスを促進要因とするせん妄状態(軽 度ないし中等度の意識混濁の上に,精神的興奮が加わり,幻覚,妄想,不安,錯覚 などが次々と現れる状態)によるものと認められる。 (2) このように,被告人は,本件犯行当時,せん妄状態にあり,C組系の暴力団 員に襲われるかもしれないという被害関係妄想に端を発して,本件各けん銃を持ち 出し,発射するに至っているものであるから,その事理弁識能力及び行動制御能力 は減退していたものと見ざるを得ないが,被告人は,本件各犯行当時,その行動に 直接影響する幻視,幻聴などを体験したわけではなく,せん妄状態による妄想に完 全に支配されていたとまでは認められないと言うべきである。このことは,前掲各 証拠から認められる,被告人が警察車両に発見されたことを知るや,妻に対し,警 察に誘導させるよう伝えさせたこと,取り囲んだ警察官らを自分を狙うC組組員等 の敵ではないと正しく認識し,発砲の際も人体から狙いをそらしていること,警察 官の説得に応じて自動装てん式けん銃を投棄していること等の行動が,それぞれ一 応合目的的なものと評価できることに照らしても明らかであり,被告人には,本件 各犯行当時において,一応の思考能力は残されていたものと言うべきである。 以上を総合すると,被告人は本件各犯行当時,せん妄状態にあったと認められ,これによる妄想が犯行に至る経緯に影響を与えたと評価はしうるものの,被告人が事理弁識能力及び行動制御能力を完全に喪失していたとまでは言い難く,結局,その責任能力減退の程度は心神耗弱の限度に止まるものと認めるのが相当である。
4 この点,弁護人は,被告人の鑑定留置中の医師への供述や当公判廷の供述によれば,犯行当時の記憶に欠落している部分が多いこと,犯行前後には幻覚や幻視の体験をしていることからして,本件犯行当時,せん妄状態による意識混濁にあり,心神喪失の状態にあったと主張する。
(1) まず,被告人は,当公判廷において,記憶が曖昧である旨繰り返し申し立 て,特に2発目の発射の事実については記憶がなく,これについて述べた供述調書 は,捜査官が他の証拠から判明している事実を基に被告人の供述内容を推測し,誘 導するなどして供述させたものである旨弁解している。
 しかしながら,被告人は,同事実につき,警察官の取り調べに対しては,新聞社を呼べという自分の要求が無視されているように感じて苛立ったことが発射の直接の動機であるなどと述べ,他方,検察官の取り調べに対しては,G警察署に行きたいのにこれを阻まれ,手間取っていることに苛立ったためであるなどと述べ,各供述間には整合性がないことが認められるところ,このような供述を捜査官がわざわざ誘導して録取したとは到底考えられないのであって,2発目の発射の事実それ自体については,被告人に曖昧ながらもそれなりの記憶があったことは否定できないと考えられる。
 このように,被告人の供述は,捜査段階におけるものも併せて,大筋におい て信用できるものである上,現段階での記憶の欠落については,一般にせん妄状態 下での行動は,その時点における認識があっても,これを後に想起することは困難 とされていることや,逮捕勾留後,鑑定留置を経た本件においては,時間の経過に より,被告人の記憶にある程度減退が見られたとしても何ら不自然なことではない との説明が可能であることからすれば,被告人の本件犯行時及び犯行直後の記憶 は,比較的清明に保たれていたと言うべきである。
 (2) また,被告人に幻聴や幻視の体験があったことは前判示のとおりではある が,その事実自体から直ちに本件犯行が意識混濁下においてなされたことにはなり えないと言うべきである。 (3) 以上から,弁護人の主張は心神喪失を主張する限りで理由がなく,採用でき ない。
 5 なお,検察官は,判示第2の事実につき,継続犯である所持犯の場合,現実の 所持を開始した時点において責任能力があれば,公訴事実の所持の時点で責任能力 に減弱ないし喪失が見られたとしても,責任能力を肯定すべきであると主張する。 しかしながら,判示第2の所持罪は,公訴事実として特定された日時,場所に おける一定時間継続するけん銃の所持をもって,犯罪としての成立を認めるいわゆ る形式犯であり,仮に現実の所持が,公訴事実の日時以前に開始されたものであっ たとしても,その時点における所持を処罰するものではない。そうであるならば, 犯罪の一成立要件である責任能力も,あくまで公訴事実として特定された日時場所 におけるそれについて判断されなければならないものであることは言うまでもない ところである。そして,例外的に検察官主張の論法が肯定されるケースがあるとし ても,それは,責任能力の存在する時点における所持の意思が継続しており,その 意思が責任能力が減退ないし失なわれた時点における所持において実現されたと評 価できる場合に限られると言うべきであるが,本件において,被告人は,昭和50 年ころに本件各けん銃の所持を開始し,その後も保管の場所や態様を順次変更して きていることからすれば,責任能力が存在した時点での所持の犯意が継続して実現 したものとは到底評価できるものではない。 よって,検察官の主張は採用できない。(量刑の理由)
 本件は,長年の持病を悪化させた被告人が,幻視,幻聴に端を発した被害関係妄想の影響下で,けん銃2丁と各適合実包合計30発を所持した上,うち2発を発射したという事案である。被告人は,暴力団から足を洗う際に本件けん銃と実包を護身用に購入し,その後警察への提出などを考えたことはあったものの,これを実行せず,漫然と所持しつづけ,本件に至ったものであり,その経緯に酌量すべき点はなく,その所持していた実包の数も多量であって悪質かつ危険なものである。また,その発射についても,説得していた警察官に対し,威嚇の目的で1発目を発射し,さらに自動車内への立てこもりの後,自分の要求を警察官が聞き入れないように感じたことから苛立って2発目を発射したものであり,その態様は悪質である。本件犯行は,土曜日の白昼に自動車の往来の多い国道上で敢行されたものであり,地域社会に与えた脅威や交通規制等による実害には重大なものがある。以上からすれば,被告人に対しては,本来,実刑をもって臨むべき事案であると考えられるが,幸いにも死傷者などが出なかったこと,被告人は,前記のとおり,本件各犯行当時,正常な精神状態にはなく,せん妄状態による心神耗弱状態にあったもので,法律上必要的にその刑を減軽すべき事案であること,当公判廷においても,「沿線の住民の方々や通行人の方に相当恐怖心を与えたと思います。」などと述べ,反省の情を示していること,公判中にも,血圧低下のため,一時は安否が危ぶまれる状態に陥り,勾留の執行を停止せざるを得なかったなど,依然として健康状態が悪く,病気の治療が必要であると認められること,既に1年を超えて身柄拘束されていることなど被告人のために斟酌すべき事情が認められるので,今回に限り,刑の執行を猶予することも許されない事案ではないと判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
平成13年12月26日
 盛岡地方裁判所刑事部
 裁判長裁判官 須 藤 浩 克
裁判官 小 池 明 善
裁判官 菊 池 浩 也
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