主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負坦とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告が原告に対し平成12年12月19日付で行った返還金・徴収金決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,生活保護を受けている原告が,被告が平成12年12月19日付でした34万2000円を生活保護法(以下,単に「法」という。)63条に基づく返還金・徴収金の額とする旨の決定(以下「本件処分」という。)につき,本件処分には,原告が保険会社から交通事故の慰謝料として受け取った35万円のうち34万2000円を収入と認定した違法があるとして,その取消しを求めた事案である。1 前提事実(争いのない事実及び証拠から容易に認定できる事実)(1) 原告は被告に対し,平成11年4月26日,生活保護の申請をし,同日,被告から保護の開始を受けた。
(2) 原告は,平成11年8月11日,大阪市αにおいて自動車事故にあった(以下「本件交通事故」という。)。原告は,大阪市東淀川区福祉事務所(以下「本件福祉事務所」という。)に対し,同月27日,本件交通事故にあったことを報告した。(3) 原告は,保険会社から,本件交通事故による物的損害(バイクの修理費及び洋服代)についての損害賠償として4万円を受け取り,平成11年10月7日,本件福祉事務所に対し,その旨を報告した。
(4) 原告は,保険会社から,本件交通事故による補償金として35万円を受け取り(以下「本件補償金」という。)平成12年9月7日,本件福祉事務所に対し,その旨を報告した。また,原告は,本件福祉事務所に対し,同日,本件補償金でノートパソコン等を購入したい旨の申告書等を提出した。
(5) 本件福祉事務所において,平成12年9月20日,ケース診断会議が開催され,原告が保険会社から受領した補償金の取扱いについて協議がなされ,バイク修理費及び洋服代として先に受領していた4万円については収入として認定しないこと,本件補償金35万円から8000円を除外した34万2000円については収入として認定し,法63条に基づいて返還を求めていく方針となった。(6)被告は,原告に対し,平成12年12月19日,保険会社から原告に対して支払われた本件補償金のうち34万2000円が収入となることを理由として本件処分を行い,これを通知した。
(7) 原告は,大
阪府知事に対し,平成13年1月11日,本件処分を不服とした審査請求をした(甲3)。大阪府知事は,原告に対し,平成13年2月19日,上記審査請求を棄却する旨の裁決を行い,平成13年2月21日,原告に対し送達された(甲6,弁論の全趣旨)。
2 争点
 本件の争点は,(1)原告が保険会社から交通事故の慰謝料として受け取った補償金のうち34万2000円を収入として認定することが適法かどうか,(2)被告が原告に対し「平成12年9月20日のケース診断会議」の結果についての回答文書を送付しなかったことが権利の濫用あるいは憲法12条に反するかである。3 争点に対する当事者の主張
(被告の主張)
(1) 法4条1項は,「保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と規定し,補足性の原理を採用している。
 かかる補足性の原理からすれば,自らの生活は,まず自らの責任によって維持されるべきであるから,保護の要否及びその程度を算定する際の収入の計算に当たっては,物品によるものであると金銭によるものとであるとを問わず,また,金銭については稼働収入はもちろんのこと年金,手当等の公的給付,損害賠償給付,仕送り等の種類を問うことなく,現実に流入があった金銭及び物品の一切を収入として計上する必要がある。
 したがって,ここにいう「利用し得る」とは,資産についていえば現実に使用,収益,処分の権能を有することをいい,「資産」とは,土地,家屋を始め,貨幣,債権,無体財産権等積極的財産の総称であるから,結局「利用し得る資産」とは,要保護者が現実に使用,収益,処分の権能を有するすべての積極的財産を指し,生活保護法上,これには何の限定もない。
 しかしながら,法4条1項にいう「利用し得る資産」のうちには,具体的な事情によっては,居住用の家屋などのように,それを売却する(この場合には別途住宅扶助が必要となる。法14条)よりも居住の用に供した方が「最低限度の生活の維持のために活用すること」に当たると判断されるものや,業務用の機器類(例えば農機具等)のように売却することによって自立の基盤を喪失させる結果となるもの,あるいは冠婚葬祭に際して贈与される金銭等のように,それを「最低限度の生活の維持のために活用すること」を求めることが健康で文化
的な生活の維持という理念から相当でないものが存する。このような資産等については,要保護者に対する保護の要否,保護の程度を算定するに当たって,あえて処分ないし活用することを求めないという,いわば例外的な取扱いをすることも,健康で文化的な生活の保障という理念や要保護者の自立を助長するという法の目的からして,一定の限度では許容されるものと解されている。
(2) 要保護者に活用を求める資産,能力等の種類は多種多様であって,その判断に専門的な知識を要する場合が少なくない上に,その活用を求めるか否かの判断は,保護の経済的効率性維持の要請や,福祉増進,自立助長を図るという法の趣旨・目的に配慮する必要がある一方で,法4条1項の定める補足性の原理,法2条の定める無差別平等の原理との調和を図る必要があり,具体的な考慮事項は極めて広範かつ専門的な分野に及ぶ。また,他の法律や施策による金銭的給付についても事情は同様であって,その給付の趣旨を無にすることのないように配慮する一方で,補足性の原理,無差別平等の原理あるいは保護基準との整合性を検討しつつ,またその時々の社会通念や国民感情をも考慮しながら判断される必要がある。さらに,収入認定に係る判断は,いかなる場合に補足性の原理,基準及び程度の原則の例外を認めるかの判断であり,それは上記保護基準とあいまって要保護者が享受することができる生活の水準を直接左右することになるから,その判断は,「厚生大臣の定める基準」による最低限度の生活との均衡を考慮しつつ行う必要がある。
 したがって,その収入を測定するに当たり,いかなる資産等が要保護者が保有しあるいは取得するものとして,法4条1項の「利用し得る資産」に該当するかということは,事実認定ないし法律の解釈・適用の問題であり,この点に行政庁の裁量権はないと解されるが,「利用し得る資産」であっても,最低限度の生活を維持するために活用を求めるか否か,あるいはどの範囲で活用を求めるかという判断については,行政庁の専門的,政策的な裁量にゆだねられていると解すべきである。そうすると,本件収入認定が違法かどうかの司法審査は,「利用し得る資産」であっても,最低限度の生活を維持するために活用を求めるか否か,あるいはどの範囲で活用を求めるかという判断についての行政庁の裁量権の行使に逸脱・濫用があったかどうかという観点から行われる
べきであるから,本件のように裁量基準が設定され,行政庁がこれに依拠して処分をした場合の司法審査は,まず,上記裁量基準に不合理な点がないかどうかについてなされるべきであって,不合理な点がないと判断される場合には,当該裁量基準に従ってした処分は,裁量権の逸脱・濫用はないというべきである。(3) 裁量権の行使に逸脱・濫用がないこと
ア 通達の規定
 前記裁量基準として示されている「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和36年4月1日付厚生省発社第123号各都道府県知事,指定都市市長宛厚生事務次官通知。以下「次官通達」という。)の第7の3の(2)は,就労に伴う収入以外の収入につき収入として認定すべきものを掲げ,そのエの(イ)に「不動産又は動産の処分による収入,保険金その他の臨時的収入については,その額が世帯合算額8000円(月額)をこえる場合,そのこえる額を収入として認定すること。」と規定されているから,原則として,世帯合算額8000円(月額)をこえる額は収入として認定すべきものとされている。
 その一方で,括弧書きで「(3)のオ,カ又はキに該当する額を除く。」として,その例外の存することを示し,上記(3)のオでは,「災害等によって損害を受けたことにより臨時的に受ける補償金,保険金又は見舞金のうち当該被保護世帯の自立更生のために当てられる額」と規定し,これらの規定を受けて,昭和38年4月1日付社発第246号厚生省社会・援護局長通知(以下「局長通知」という。)の第7の2の(4)(乙第1号証238ベージ)は,「…災害等による補償金…のうち,当該被保護世帯の自立更生のためにあてられることにより収入として認定しない額は,直ちに生業,医療,家屋補修等自立更生のための用途に供されるものに限ること。」と規定し,同局長通知の第7の2の(5)は,「…(4)の収入として認定しない取扱いを行うに際して,当該貸付資金,補償金等が当該世帯の自立更生に役立つか否かを審査するため必要があるときは,自立更生計画を徴すること。」と規定している。これらの規定を受けて,昭和38年4月1日付社保第34号厚生省社会・援護局保護課長通知(以下「課長通知」という。)第6の40は,「被保護世帯の自立更生のための用途に供されるものとしては,次に掲げる経費にあてられる額を認めるものとすること。」として(1)及び(2)で具体的に定めている。
イ 通達の合理性
 災害等によって損害を受けたことにより臨時的に受ける補償金は,補足性の原理に照らせば,一般的に要保護者の最低限度の生活の維持のために活用されるべきものとして,収入認定すべきものである。その一方で,要保護者の自立助長を図ることをも目的とする法の趣旨・目的,あるいは災害等によって損害を受けたことにより臨時的に受けるものであるという補償金の趣旨,目的等に照らし,災害等によって損害を受けたことにより臨時的に受ける補償金のうち,加害等による直接的な損害の填補として原状回復,自立更生の用途に充てられる場合には,収入と認定しない取扱いをすることは合理的である。
 したがって,アの事務次官通達の内容は合理的である。
ウ 本件収入認定が通達にしたがって行われていること
 被告は,原告が本件交通事故の損害賠償金として受け取った39万円のうち,バイク修理代,洋服代にあてられる4万円を収入として認定しないこととした上,残りの35万円については,原告が主張するようにパソコン等の購入にあてられるのであれば,課長通知第6の40の(1),(2)で定められている経費に該当しないから,自立更生のための用途に供されるものとはいえず,したがって,次官通達第7の3の(2)のエの(イ)により8000円を控除した残りの34万2000円について原則どおり収入として認定されると判断したものであって,この判断に,裁量権の逸脱,濫用はない。
 原告がパソコン等の購入にあてる上記34万2000円につき収入として認定されるか否かについては,課長通知第6の40の(2)のクが問題となる。課長通知第6の40の(2)は「実施機関が当該被保護世帯の構成,世帯員の稼働能力その他の事情を考慮し,次に掲げる限度内において立てさせた自立更生計画の遂行に要する経費」として,(2)のク(ただし,本件処分当時は(2)のキ)で「当該経費が,当該世帯において利用の必要性が高い生活用品であって,保有を容認されるものの購入にあてられる場合は,直ちに購入にあてられる場合に限り,生活福祉資金の生活資金(1年6ヵ月間)の貸付限度額に相当する額」と定めているが,原告のパソコンは,原告の自立更生計画の遂行のために利用の必要性が高い生活用品でなく,保有を容認されるものにも該当しない。なお,「保有を容認されるもの」かどうかについては,局長通知第
3が具体的に定めており,生活用品(家具什器及び衣類寝具,趣味装飾品,貴金属及び債券を除く)は,その4の(4)のイにより,「当該世帯の人員,構成等から判断して利用の必要があり,かつ,その保有を認めても当該地域の一般世帯との均衡を失することにならないと認められるものは,保有を認めること。」と定められており,課長通達第3の6の(2)は,局長通知第3の4の(4)のイにいう「一般世帯との均衡を失することにならない」か否かの判断基準につき,「当該物品の普及率をもって判断するものとし,具体的には,当該地域の全世帯の70パーセント程度の普及率を基準として認定すること。」と定めているが,パソコンの普及率は,70パーセントより少ないから,「保有を容認されるもの」には該当しない。(4) 本件処分の適法性
 補足性の原理に従い,保護の程度は,厚生大臣が定めた基準によって測定された需要のうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものである。しかしながら,資力があっても,急迫の事由がある場合には,その時,その場の状況において必要と認められる保護が行われるし,また,場合によっては,資産調査が不十分なために保護を行うこともある。このような場合に,法63条は,保護処分自体はそのまま有効なものとしておき,被保護者に対し,支給した保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額の返還を義務付けることを定めたものである。したがって,急迫の事由等がなければ,補足性の原理により,本来支給されなかったはずの金品の全額を,原則として返還額とすべきものである。
 原告の受け取った,本件損害賠償金のうち,パソコン等の購入にあてられる上記34万2000円は収入として認定されるものであり,収入として認定される額については,本来保護がなされなかったはずであるから,この額の返還を決定した本件処分につき,被告には裁量権の逸脱・濫用はなく,本件処分は適法である。(原告の主張)
(1) 収入認定の違法性
ア 憲法25条,法3条,4条,63条違反
(ア) 原告が受け取った金銭は,交通事故の加害者が加入していた保険会社から被害者に対する慰謝料として支払われたものであって,精神的肉体的苦痛に対する損害賠償である。慰謝料を自分のものとして自由に使えないことになると,精神的肉体的苦痛が解消されたことにな
らず,健康で文化的な最低限度の生活を維持することができない。したがって,原告が,本件交通事故により受け取った慰謝料が資力に当たるとして収入認定をすることは,「すべての国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」としている憲法25条に反するとともに法3条に反する。
 また,法4条も慰謝料と生活保護の両方を原告が保有することによってはじめて健康で文化的な生活水準の維持が可能であることを前提とするものであり,法4条にも反する。
(イ) 生活保護費をどのように使用するかは,憲法13条で幸福追求権等の尊重が定められていることから,被保護者が自由に決定できる。同様に,慰謝料として受け取った金銭をどのように使用するかについても,本来制限を受けるべきではない。このことは,法27条が「指導または指示は,被保護者の自由を尊重し,必要最少限度に止めなければならない」としていることからも明らかである。
 したがって,慰謝料を将来のために貯金しておくことは当然に許されるべきであるところ,慰謝料を受け取っても一時的に貯金額が増えても中長期的にみれば金額が少ないから法63条にいうところの「資力」に該当しない。
イ 憲法11条違反
 生活保護受給者が交通事故にあった場合,その慰謝料を返還しなければならないということになると,生活保護受給者は被害を受けても全くのやられ損ということになり,このような結論は,憲法11条で定められている「基本的人権の享有」を妨げるものであり,到底受け入れ難いものである。
(2) 手続の違法
 原告は,ケースワーカーに対し,平成12年9月28日,平成12年9月20日に行われたケース診断会議の結果を文書で回答してほしい旨伝え,ケースワーカーはこれを了承した。ところが,被告は,回答文書を送付することなく,いきなり本件処分の決定通知書を送付してきた。これは,約束違反であり,信義にもとる行為であって,権利の濫用に当たるから憲法12条に反する。
第3 当裁判所の判断
1 争点1 原告が保険会社から交通事故の慰謝料として受け取った補償金のうち34万2000円を収入認定したうえで,法63条に基づき同額を返還徴収する額とする決定が適法かどうか。
(1) 法63条の「資力」の意義
 法63条は,「被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都
道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と規定している。したがって,原告が保険会社から本件交通事故により金員を受け取ったことにより法63条にいうところの「資力」を有していたことが,本件処分が適法であるための要件となる。
 ところで,法4条1項は,「保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」として規定して,いわゆる補足性の原理を採用することを定め,これを受けて,法8条1項(平成11年法160号による改正前のもの。以下同じ。)は,「保護は,厚生大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で充たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」と規定している。
 もっとも,急迫の事由が認められる場合など,補足性の原理からすると保護が認められない場合でも保護が行われる場合がある。法4条3項も,「前2項の規定は,急迫した事由がある場合に,必要な保護を行うことを妨げるものではない。」と規定して,法4条1項の要件を満たさない場合にも保護が行われ得ることを前提としている。しかしながら,このような場合であっても急迫状態が解消された場合には補足性の原理に立ち返り,可能な限度で費用の返還を求める必要がある。法63条は,このような必要性があることを考慮して,法4条1項及び法8条に定められている補足性の原理からすれば本来保護されない場合であるにもかかわらず保護を受けたときに,費用の返還を求めることができることを定めたものである。
 以上によれば,法63条にいうところの「資力」とは,法8条にいうところの「金銭又は物品」すなわち,要保護者の需要を満たし得る金銭又は物品を有すること,あるいは法4条1項の「その利用しうる資産,能力その他あらゆるもの」(以下「利用し得る資産等」という。)であって最低限度の生活を維持するために活用されるべきもの(以下「活用すべき資産」という。)を有することと同義であると解される。したがって,本件処分が適法かどうかも,本件補償金が,法8条にいうところの「金銭又は物品」に該当するかどうか,あるいは,法4条の活用すべき資産に該当するかどうか
にかかわることとなる。
(2) 「活用すべき資産」に該当するか。
 では,交通事故にあったことにより保険会社から受け取った本件補償金が法8条の「金銭又は物品」あるいは法4条1項の活用すべき資産に該当するか。
 被告は,法4条1項にいうところの「資産」とは,土地,家屋を始め,貨幣,債権,無体財産権等積極的財産の総称であるから,結局「利用し得る資産」とは,要保護者が現実に使用,収益,処分の権能を有する全ての積極的財産を指し,生活保護上,これには何の限定もないとし,「利用し得る資産」であっても,最低限度の生活を維持するために活用を求めるのが相当でない資産も存するが,いかなる資産について活用を求めるか否かの判断は,専門的な知識を要する場合が少なくないうえに,諸処の事情を総合的に判断することを要することを理由に行政庁の専門的,政策的な裁量に委ねられていると解すべきと主張する。
 思うに,法4条1項により補足性の原理が採用されているといっても,「現実に存在する一切の収入・資産を最低生活維持のために活用すべきものとして認定する方式(現実資産方式)」を採用する場合と「ある種類ないし範囲の収入・資産は活用すべきものとは認定しない方式(観念資産方式)」を採用する場合がありうるところ,法4条1項の文言上,全ての財産について最低限度の生活の維持のために活用を求め,一定の財産の保有を認めない趣旨であると一義的に解されるものでもない。
 そして,法は,最低限度の生活を保障するとともに,要保護者の自立を助長することを目的としているところ(法1条),要保護者に保有を認めることが最低限度の生活を保障するために必要な場合があること及び自己の有する一切の資産を処分しなければ保護が受けられないとすれば要保護者の自立助長を図る基盤を奪うことになる場合があることを否定し得ないのであるから,法の規定が一切の財産の保有を認めないという趣旨であると解するのは相当でない。
 したがって,一定の財産についてはその保有が認められるべきではあるが,いかなる財産につきどの程度保有を認めるかは,法の目的と補足性の原理との調整如何の問題であって政策的な判断を必要とする部分が多くあり,また,いかなる資産が法8条の「金銭又は物品」あるいは法4条1項の活用しうる資産に該当しないのかについては法の文言上明確な要件を定めておらず,結局,法は,前記の政策的価値判断の性質に鑑み,上記要件の充足の判断を原則として行政庁の裁量に委ねる趣旨であると解される。
 もっとも,収入として認定することが,法が目的とする最低限度の生活保障若しくは要保護者の自立助長という目的に反する場合には,裁量権の逸脱・濫用として,許されないものと解され,法の目的に反しないかどうかについては,個々の財産の内容・性質・取得の経緯・使用態様等を総合的に考慮して判断すべきである。(3) 裁量権の逸脱・濫用があるか
ア 前記前提事実によれば,原告が本件交通事故により蒙った財産的損害につきバイクの修理費及び洋服代として既に4万円が支払われていること,原告は本件交通事故当時生活保護を受けていたことが認められる。
 原告が既に財産的損害については補償金を受け取っていること,生活保護を受けている状態で逸失利益についての損害賠償の支払を受けるとは考えにくいことからすると,原告が平成12年9月7日に保険会社から本件交通事故の補償金として受け取った金銭は,原告が本件交通事故により被った精神的損害に対する慰謝料であることが認められる。
イ それでは,被保護者が慰謝料を受け取った場合に収入として認定することが法の目的と反するか。
(ア) まず,最低限度の生活を保障するという法の目的との関係について検討すると,財産的損害のうち積極損害を蒙った場合には,既存の財産的利益が減少しており,このことは要保護者が最低限度の生活を維持するのに支障を生じることになるから,最低限度の生活を保障するためには財産的損害のうち積極損害については損害を填補することが必要である。
 したがって,かかる損害を填補するために支払われた損害賠償金を収入として認定することは,他に手当がなされない限り,最低限度の生活を保障するという法の目的に反すると解される。
 これに対し,慰謝料は精神的損害を填補するために支払われるものであるが,財産的損害の場合と異なり,財産的利益が減少しているわけではないから,かかる損害を被ったにより生活水準が低下するわけではないし,かかる損害を賠償するために支払われた慰謝料を収入として認定しても生活の水準が低下するわけではなく,最低限度の生活を保障するとの法の趣旨に反するわけではない。
 原告は,憲法25条は「すべての国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」としているが,慰謝料を自分の
ものとして自由に使えないことになると,精神的肉体的苦痛が解消されたことにならず,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が侵害されることになると主張する。
 確かに,憲法25条及び法3条は「健康で文化的な」最低限度の生活を保障しなければならないと規定しており,単に即物的な意味で最低限度の生活を保障するものではないことは明らかであるが,これらの法規はあくまでも生活水準の程度について規定したものであるから,交通事故による精神的損害が生活水準の低下とは直接関連性を有しない以上,慰謝料を収入として認定することが法3条ひいては憲法25条に反するとはいえないと解すべきである。また,生活保護を受けていない者が慰謝料を受けた場合であっても,慰謝料を生活のために活用することは十分ありうるところであり,慰謝料を生活のために使用することを求めることが,原告が慰謝料を受け取ったことを無意味にするものでもない。
 以上より,本件補償金を収入認定することが,最低限度の生活を保障するという法の目的に反するということはできない。
(イ) 次に,要保護者の自立助長を図るという法の目的との関係について検討する。
 甲4号証によれば,原告は本を書くために本件補償金でパソコン・カメラ・メダカを育てるための物品を購入したいと希望していたことが認められる。
 要保護者の自立助長のために財産の保有が認められるべき場合が有り得ることは前述のとおりであるが,本件補償金を原告が主張するような動機からパソコン等を購入するために原告に保有させることが自立助長に資するものであることを認めうる証拠はないから,本件補償金のうち34万2000円を収入として認定したことが要保護者の自立助長を図るという法の目的に反するとはいえない。 これに対し,原告は,生活保護費及び慰謝料をどのように使うかということは,憲法13条で幸福追求権が認められていることからすると,被保護者が自由に決められるべきであり,また,本件補償金をどのように使用するかということについても制限を受けるべきではないと主張する。
 しかしながら,生活保護費は,憲法25条及びその具体化である生活保護法に基づいて支給されるものであるところ,最低限度の生活を維持するためあるいは要保護者の自立助長を図るために使用されてはじめて,憲法が保障する生存権が実現されるのであるから,これを最低限度の生活を
維持するためあるいは自立助長を図るために使用するよう求めることは何ら憲法に反するものではない。
(ウ) 以上のとおり,本件の事実関係においては,本件補償金のうち34万2000円を収入として認定することが,最低限度の生活を保障する,あるいは,要保護者の自立助長を図るという法の目的に反するということはできないから,行政庁の判断に裁量権の逸脱・濫用はなく,適法であると解するのが相当である。(4) 憲法11条違反の主張
 原告は,生活保護受給者が交通事故にあった場合,その慰謝料を返還しなければならないということになると,生活保護受給者は被害を受けても全くのやられ損ということになり,このような結論は,原告を家畜扱いしたものであり,憲法11条で定める「基本的人権の享有」を妨げるものであると主張する。
 しかしながら,法63条に基づく処分は,本来生活保護の受給資格を有していないにもかかわらず急迫した事由があるため例外的に保護を受けた者に対し,事後的に費用の返還を求めるものにすぎず、本件処分が原告の基本的人権の享有を否定する趣旨であるとは認められないから,本件処分が憲法11条に反するとの原告の主張は,主張自体失当である。
2 争点2 手続違背
 原告は,被告がケース診断会議の結果を文書で回答することを了承したにもかかわらず,回答文書を送付しないことが権利の濫用にあたり,ひいては憲法12条に反すると主張する。
 しかしながら,法63条の返還額を決定するにあたって,事前の内部の協議結果を名宛人に連絡する義務付ける法律の定めはないのであるから,被告が文書で回答をしなかったとしても,本件処分の適法性とは無関係である。また,憲法12条に反するとの主張も,憲法12条は国民が有する権利等を濫用してはならないとする規定であって,本件では,国民が有する基本的人権の濫用が問題となっているわけではないから,本件とは関係がない。
以上より,本件処分が手続に違法があるとの原告の主張は採用することができない。
3 以上より,本件処分は適法であることが認められ原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官 三浦潤
裁判官 林俊之
裁判官 中島崇
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