主文
1 被告P1及び同P2は,世田谷区に対し,各自金1億6215万8300円及びうち金1億1007万2600円に対する平成10年4月10日から,うち金1841万2400円に対する平成11年4月1日から,うち金1658万6500円に対する平成12年4月1日から,うち金1708万6800円に対する平成13年4月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 被告P3は,世田谷区に対し,金1億6215万8300円及びうち金1億1007万2600円に対する平成10年4月10日から,うち金1841万2400円に対する平成11年4月1日から,うち金1658万6500円に対する平成12年4月1日から,うち金1708万6800円に対する平成13年4月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告世田谷区長は,被告P1及び同P2に対し,世田谷区せたがやの家の供給に関する条例に基づく補助金の交付をしてはならない。
4 訴訟費用は被告らの負担とする
事実及び理由
第1 請求
1 請求の趣旨
(1) 主文同旨
(2) 第1項及び第2項につき仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)被告世田谷区長
a 原告らの被告世田谷区長に対する請求を棄却する。
b 訴訟費用は原告らの負桓とする。
(2) 被告P3
(本案前の答弁)
a 原告らの被告P3に対する訴えのうち,平成6年4月14日及び平成7年4月4日に支出された建設費助成金並びに平成7年5月31日から同9年3月13日までに支出された家賃助成金にかかる訴えを却下する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
a 原告らの被告P3に対する請求を棄却する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(3) 被告P1及び被告P2
(本案前の答弁)
a 原告らの被告P1及び被告P2に対する訴えのうち,平成6年4月14日及び平成7年4月4日に支出された建設費助成金並びに平成7年5月31日から同9年3月13日までに支出された家賃助成金にかかる訴えをいずれも却下する。b 訴訟費用は原告らの負担とする。
(本案の答弁)
a 原告らの被告P1及びP2に対する請求をいずれも棄却する。
b 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨及び争点
 本件は,世田谷区長である被告P3が,「特定賃貸住宅の供給の促進に関する法律」(平成5年
5月21日法律第52号,以下「本件法律」という。)又は「世田谷区せたがやの家の供給に関する条例」(平成6年3月14日条例第17号,以下「本件条例」という。)に基づき,平成6年4月14日以降,被告P2宛に建設費助成金及び家賃助成金として交付した補助金(以下あわせて「本件各補助金」という。総額1億6215万8300円について,世田谷区民である原告らが,本件各補助金は,実質的には当時区議会議員であった被告P1(被告P2とあわせて「被告P1ら」という。)に交付されたものであるから,地方自治法92条の2や同法232条の2等に違反する違法無効なものであり,区が本件各補助金相当額の損害を受けたと主張して,その交付先である被告P1ら及び当時の世田谷区(以下,単に「区」という。)の区長であり補助金の交付決定権限を有した被告P3に対し,区に代位して既支出の本件各補助金相当額の支払を求めるとともに,同法242条の2第1項1号に基づき被告世田谷区長(以下「被告区長」という。)に対し今後の補助金交付の差止めを求める事案である。
 被告P1ら及び被告P3は,本件各補助金交付は,形式的にも実質的にも被告P2に対してされたものである旨を主張し,実質的にも被告P2に対して支出がされている以上,本件支出に関し仮装や隠ぺいはなく,原告らのした監査請求のうち期間を経過した一部については,監査請求期間経過の正当な理由がなく,適法な監査請求を欠くものであるとして,その部分の訴え却下の判決を求めるとともに,本件各補助金の交付は適法にされたものである旨を主張して,原告らの同人らに対する請求をいずれも棄却するように求め,被告区長は,同様に本件支出の適法性を主張し,同人に対する請求を棄却するように求める。したがって本件の争点は1本件各補助金の実質的な交付先(争点1),2監査請求期間経過の「正当な理由」の存否(争点2),3本件各補助金交付の違法性の有無とその効力(争点3),4被告P3の責任の有無及びその法的根拠(争点4),5今後の補助金交付の差止めの可否(争点5)である。
2 判断の前提となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いはない。)(1) 当事者
ア 原告らは,いずれも区の住民であり,区の区議会議員の地位にある者である。イ 被告P3は,本件各補助金交付の最初の時期である平成6年4月14日当時から現在に至るまで世田
谷区長の地位にある者である。
ウ 被告P1は,平成10年10月22日まで区の区議会議員の地位にあった者であり,被告P2は,被告P1の妻である。
(2)せたがやの家供給制度の概要(甲第6号証,第18号証の1及び2,乙第1ないし第7号証,第10号証,第11号証,第15号証,第21号証並びに第22号証,証人P4の証言)
 世田谷区せたがやの家供給制度(以下「本件制度」という。)は,昭和61年4月5日付けの「地域特別賃貸住宅制度要綱」と題する建設事務次官通達をうけ,平成3年12月2日に施行された「世田谷区地域特別賃貸住宅助成金等交付要綱」により創設された制度であり,その後制定された平成5年7月30日施行の本件法律,平成5年9月30日施行の「世田谷区せたがやの家システム家賃助成金交付要綱」及び平成5年12月1日施行の「世田谷区せたがやの家システム建設費助成金交付要綱」により変更され,平成6年には,同年4月1日施行の本件条例及び「世田谷区せたがやの家の供給に関する条例施行規則」(以下「本件規則」という。)が制定され,概ね現行の制度となっている。
 本件法律によって定められた平成6年3月31日以前の同制度は,賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者が当該賃貸住宅の建設及び管理に関する計画を作成し,都道府県知事に認定を申請し,その認定を受けた場合(同法2条,3条)には,地方公共団体は,計画の認定を受けた者(認定事業者)に対して,認定計画に基づき建設される賃貸住宅(特定優良賃貸住宅)の建設に要する費用の一部を補助することができ,国は,補助金を交付する地方公共団体に対して,その費用の一部を補助することができる(同法12条),地方公共団体は,認定事業者が認定計画に定められた管理の期間(認定管理期間)において,入居者の居住の安定を図るため特定優良賃貸住宅の家賃を減額する場合においては,当該認定事業者に対して,その減額に要する費用の一部を補助することができ,国は補助金を交付する当該地方公共団体に対して,その費用の一部を補助することができる(同法15条),賃貸人が賃貸住宅の管理を行うために必要な資力及び信用並びにこれを的確に行うために必要な経験及び能力を有する者で都道府県知事が定める基準に該当する者に当該賃貸住宅の管理を委託し,又は当該賃貸住宅を賃貸する方法により管理をしなければならない(自ら当該賃貸住
宅の管理を行う場合を除く)(同法3条7号,同法施行規則15条1号)というものである。
 具体的な認定事業者の選定の方法は,区が定めた「世田谷区せたがやの家システム選定会議設置要領」により,本件制度に応募し,区長が定める応募要件(要領別表1)に合致したものの中から,要領別表2の選定基準に基づいて行うものとされ,区が借り上げる物件の選定を適正にとり行うため世田谷区せたがやの家システム選定会議を設置し(同要領1条),住宅政策室長らで構成された(同要領3条)選定会議は,選定基準に基づき,必要な事項を審査又は調査等し,借り上げ候補の物件を選定して(同要領2条),選定の結果を選定会議議長である住宅政策室長が庁議に報告の上,区長の承認を経た上(同要領6条3項,ただしこの点は実際には住宅政策室長の専決にゆだねられていた。),せたがやの家事前協議開始承認・不承認通知書により,応募した者に通知をするもの(同要領6条の4)とされている。この手続により選定された者が,区との事前協議を行い,本件法律2条による東京都知事の認定を申請し,認定を受けた場合に認定事業者として,事業を行うこととなる。
 平成6年4月1日に施行された本件条例に基づく現行の本件制度は,中堅所得者等及び高齢者等の居住の用に供する賃貸住宅の確保(本件条例1条)を目的として,区長がせたがやの家を供給しようとする民間土地所有者等(区内にある土地の所有権又は土地についての建物の所有を目的とする地上権,賃借権若しくは使用貸借による権利を有する者をいう(同条例2条))を募集し,必要な範囲において選定し(同条例7条),選定された民間土地所有者等(住宅供給者)は,区長,住宅供給者及び管理者(財団法人世田谷区都市整備公社(同条例3条2項),以下「公社」という。)が協議を行った上策定した建設及び管理の計画(同条例9条)に従って,賃貸住宅(せたがやの家(同条例3条1項))を建設し(同条例10条),区は,せたがやの家の建設に要する費用の一部(共同施設等の整備に関する費用の3分の2以内,住宅の設計に関する費用の2分の1以内,既存の賃貸住宅の除却に関する費用の2分の1以内(世田谷区せたがやの家システム建設費助成金交付要綱))について住宅供給者に対し補助する(建設費助成金)ことができ(同条例11条),「せたがやの家」は,管理者である公社が一括して借り上げて管理を行い,入居者に転貸する(同条例3条)が,入居者は,その負担能力等を考慮して家賃の額の範囲内において定める額(入居者負担額)を負担し(同条例17条,本件規則28条等),区は,本件条例第16条1項及び規則により定められた家賃の額と入居者負担額との差額との差額を予算の範囲内において住宅供給者に対して補助する(家賃助成金)ことができる(本件条例18条,本件規則37条)ものとされている。
 そして,本件条例の制定の前後を通じて,世田谷区せたがやの家システム建設助成金交付要綱及び同家賃助成金交付要綱により,民間土地所有者等・住宅供給者からの交付申請に基づいて,区長が補助金を交付するものとされ,交付決定及び支出命令を行う権限は区長が,支出の権限は収入役がそれぞれ有するとされたが,区の内部規定である世田谷区事案決定手続規程の備考欄記載の「別表中に該当する項目がない事案の処理については類似の事案があるときは,その事案の区分に準じて処理すること」との規程により,「民間賃貸住宅借り上げに関すること」(別表16住宅課9号)の規程に準じて,せたがやの家の助成に関する決定は担当部長である住宅政策室長が行うとの運用がされていた。
(3) 本件各補助金交付に至る経緯
ア 被告P1らは,昭和63年8月5日,P5からの相続により,東京都世田谷区α356番2の宅地1162.65平方メートル(以下「本件土地」という。)を次男でありP5の養子であるP6と各持分3分の1にて所有するに至った。この土地は,環状8号線と青山通りの交差点にほど近い,環状8号線の外側の場所に位置している。(甲第10号証の1及び2,丙第2号証並びに第9号証)イ 被告P1らは,本件土地上に本件制度を利用した共同住宅を建築しようと考え,平素から交流のあった株式会社尾崎建築事務所に依頼して,平成9年9月24日,被告P1名義で区の都市整備部建築第2課に本件土地上に地上8階建地下1階のSRC造の建物を建築する旨の建築確認申請を行った。そして,平成5年度のせたがやの家住宅供給者の公募があったことから,被告P1らは尾崎建築事務所に対し,区に対する本件制度の申込みを依頼し,同事務所は,平成5年10月7日に被告P1を申込者として申込みを行った。(甲第2号証,第4号証,丙第7号証並びに証人P7の証言)
ウ その後,被告P1らは,区に対し,平成5年11月17日
の世田谷区せたがやの家システム選定会議の前のある時期に本件制度の申込者を被告P2に訂正する旨申し出,申込書の訂正は,区の職員により行われた。(甲第4号証並びに証人P4及びP7の証言)
エ 被告P2は,同年12月2日,区から世田谷区せたがやの家システム選定会議設置要領6条の4に基づく「せたがやの家」事前協議開始承認通知を得た。そして,東京都知事に対して,同年12月24日,特定優良賃貸住宅供給計画認定申請書を区経由で提出し,平成6年1月21日,東京都知事から平成5年度特定優良賃貸住宅供給計画認定を受けるとともに,平成6年2月17日に区及び公社との間で,建設する建物の内容等に関する覚書を作成した。(乙第23号証及び丙第4号証)
オ 被告P2は,東京都から,平成6年2月22日付け「東京都優良民間賃貸住宅認定・融資あっせん決定通知」を受け,株式会社富士銀行玉川支店からのファミリー型住宅建設資金分として金3億3770万円の融資のあっせんを受け,同年3月7日,被告P2は株式会社富士銀行玉川支店から住宅建設資金として金3億3770万円を借り入れた。(丙第1号証及び第2号証並びに弁論の全趣旨)(4) 本件建設費助成金の支出
 被告P2は,平成6年1月21日付けで本件法律12条に基づく平成5年度の建設費助成金の申請をなし,同月25日に区から承認の通知を受領し,区は,被告P2宛に,平成5年度せたがやの家システム建設費助成金として,平成6年4月14日に金2302万4000円を交付した。
 その後,被告P2は,同年4月14日に本件条例11条に基づく平成6年度の建設費助成金の交付申請をし,同月20日に区から承認の通知を受領し,区は,被告P2宛に平成6年度せたがやの家システム建設費助成金として平成7年4月4日に3397万2000円を交付した。(乙第12号証,第13号証,第24号証及び第25号証)
(5) 一括借上げ契約の締結及び入居者の公募等
 前記覚書に基づき,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)建設され(平成7年3月3日完成),同年5月11日に所有権保存登記を了した。本件建物への入居者募集は,平成6年12月15日発行の区の広報誌「区のおしらせせたがや」及び平成7年1月9日から18日までに一般に配布された「せたがやの家入居者募集の申込みのしおり」でされ,平成7年3月16日,被告P2と公社は,本件建物について,被告P2を貸主,公社を借主として,本件条例12条,13条等に基づき,公社が公募により選択するものに対し転貸することを使用目的とする一括借り上げ契約を締結し,翌4月1日から入居が開始された。同契約においては賃料は月額302万6900円と定められ,同賃料は平成9年4月1日に月額316万2800円に改定された。(乙第8号証,第9号証,丙第1号証及び第6号証)
(6) 本件家賃助成金の支出
 区は,被告P2の各年度における請求により,本件条例18条に基づき同被告宛に,家賃助成金として,平成7年度分として1565万7600円を,平成8年度分1802万5200円,平成9年分に1939万3800円,平成10年分として1841万2400円,平成11年分として1658万6500円,平成12年度分として1708万6800円を各交付した。(乙第16号証及び第17号証)(7) 監査請求等
 原告らは,平成10年4月9日,区監査委員に対し,本件各補助金の交付が違法であるとして,既支出の補助金相当額の補填と事後の補助金支出の差止めを求める住民監査請求を行ったが,同委員は,平成10年6月4日に今後の家賃の改定につき勧告を行った上,建築費助成金及び平成8年度までの家賃助成金については監査請求期間経過により請求を却下し,その余については請求を棄却する旨の決定をした。(弁論の全趣旨)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件各補助金の実質的な交付先)
ア 原告ら
 本件各補助金交付に至る経緯,本件建物の所有関係及び被告P2が専業主婦であって資産要件を充足しているか疑問があることの各事実によれば,本件各補助金の交付の名宛人が被告P2とされていることは形式にすぎず,本件各補助金は,実質的には被告P1に対して交付されたものと認めるべきである。
イ 被告P1ら
 本件各補助金交付を受けたのは,形式的にはもちろん実質的にも被告P2である。すなわち,被告P1らは,尾崎建築事務所に対して本件制度の申込みを依頼したところ,同事務所の職員が,被告P1が戸主であり,申込書につきその形式から略式の申込書と誤信したため,その主体について真剣に検討することなく建築確認申請の名義にあわせて単に同人名義で申込書を作成したにすぎない。そして,後に被告P1らが建物の共有持分を2割5分しか有しない被告P1よりも同共有持分の5割
を有する被告P2が利用者として妥当であること,もともと被告P2の実父であるP5が敷地を所有しており,被告P1が入り婿であったこと,被告P2の方が長生きする見込みが高いことを考慮して,被告P2を申請人とする訂正を行ったものである。その後せたがやの家事前協議開始承認通知を得たのは被告P2であり,東京都知事に対し特定優良賃貸住宅供給計画認定申請書の提出及び認定の取得,建築助成金及び家賃助成金の交付申請,一括借り上げ契約といった諸手続は全て被告P2が主体となって行われており,また,建設費の調達も都の融資あっせんによって被告P2名義で行われ,本件建物の建設等に関する費用の支出も被告P2が行っていて,公社は,賃料を一括して被告P2名義の口座に振り込んでいるが,同口座の印鑑等は被告P2が管理しており,同口座からの支出も被告P2の管理下によって行われていた。また,本件建物の実質的所有関係は,不動産登記簿謄本記載のとおり,被告P2が2分の1,被告P1及び訴外P6が各4分の1となっており,被告P2が,被告P1及びP6の持分について同人らから承諾を得て,せたがやの家として提供したにすぎない。
ウ 被告P3・被告区長
 本件各補助金交付の相手方は被告P2である。すなわち,本件法律は,賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者が当該賃貸住宅の建設及び管理に関する計画を作成し,都道府県知事の認定を受けた場合には,地方公共団体は認定を受けた者に対して当該賃貸住宅の建設費の一部を補助することができる旨規定しており,認定を受け得るのは「賃貸住宅の建設及び管理をしようとする者」とされている。東京都知事は,本件法律を受けて,東京都優良民間賃貸住宅制度要綱を定め,優良民間住宅として認定を受けられるのは土地所有者等であるとしており,土地所有者等とは「土地の所有権又は建物の所有を目的とする地上権,賃借権若しくは使用貸借による権利を有する者をいう」とされている。
 これらによれば,要綱により優良民間賃貸住宅の認定を受けることができるのは土地所有者等ということであり,完成した建物についての登記は当該土地所有者等の持分が2分の1以上であれば,配偶者や子との共有名義でも差し支えないこととなる。
 そして,本件においては,具体的な東京都知事の認定は,被告P2とされているのであるから,本件建物に関する本件法律5条にいう認定事業者はあくまでも被告P2であり,区においては,同人を本件条例上の住宅供給者として選定し,同人からの補助金交付申請に基づいて本件法律12条1項及び本件条例11条により同建設費に対する助成金を支出し,また,本件法律15条は,地方公共団体は,認定事業者が入居者の居住の安定を図るため当該住宅の家賃を減額する場合においては当該認定事業者に対して,その減額に要する費用の一部を補助することができると定めており,本件各補助金はこの規定に基づいて,そもそもの認定事業者である被告P2に交付されたものである。
(2) 争点2(監査請求期間経過の正当な理由の存否)
ア 被告P1ら及び被告P3
 本件訴訟に先立ち,原告らが行った監査請求においてその対象とされた財務会計行為のうち,平成6年4月14日及び平成7年4月4日にされた建設助成金合計5699万6000円の支出並びに平成7年5月31日から同9年3月13日までにされた家賃助成金合計3368万2800円の支出については,本件監査請求が申し立てられた平成10年4月9日より1年以上前にされた支出であり,本件監査請求中,これらの各支出に関する部分については,当該行為のあった日から1年を経過した後にされたものということになる。これらの支出は,特段の仮装や隠ぺいを伴わず行われており,区議会議員である原告らは,当然知り得たものであるから,原告らの監査請求期間経過に正当な理由は認められない。したがって,本件訴えのうち上記の部分は適法な監査請求を経ていないものであり,却下されるべきである。
イ 原告ら
 本件各補助金の交付は,被告P1らおいて,実質的には本件各補助金を被告P1が受領している事実を故意に隠ぺいしたことにより,区によって秘密裡に行われるに至ったものであり,この事項は一般の区民が相当の注意力をもって調査したとしても知ることはできなかったものであって,区議会議員である原告らですらこれを知ったのは平成10年2月20日ころであるから,同期日から約1か月半でなされた本件監査請求は,当該行為を知ることができたときから相当な期間内にされたものといえ,地方自治法242条2項但書の「正当な理由」があるものといえる。(3) 争点3(本件各補助金交付の違法性の有無及びその効力)及び4(被告P3の責任の有無及びその法的根拠)
ア 原告ら
(ア) 本件各補助金交付の違法性及び無効
a 地方自治法
92条の2違反
 地方自治法92条の2は,請負の相手方となっている者は,経済的利害の対立上,議員として公正な職務を期し難いことにより定められた規定であるから,同条により禁じられる請負とは民法所定の請負に限らず,公業務として行われる経済的ないし営利的取引と解されるべきであって,本件各補助金の交付は同条に違反するものである。そして,同法2条15項前段は,地方公共団体は法令に違反して事務を処理してはならないと規定し,同条16項は,前項の規定に違反して行った地方公共団体の行為はこれを無効とすると規定しているのであるから,同法238条の3や239条のような個別規定がなくとも,同法92条の2に違反する行為は当該規定そのものにより当然に無効となるものである。
 また,仮に同法92条の2により直接無効となるものでないとしても,同法2条16項によって無効となるものであって,同法2条16項の規定について,行為が抵触する規定の趣旨を勘案して有効又は無効を判断すると解する立場に立つとしても,同法92条の2の前記の趣旨に鑑みれば,当該行為は同法2条16項により無効となるものである。
b 公序良俗違反
 仮に,前記各条文によって,無効となることがないとしても,このように公法上の重要な秩序に違反する行為は民法90条所定の公序良俗に違反する法律行為といえ,本件各補助金交付は,いずれも無効である。
c 地方自治法232条の2違反
 前記のとおり,地方自治法92条の2の趣旨に違反する補助金が,同法232条の2にいう公益性を有するものでないことは明らかである。すなわち,区議会は行政を監視監督する権能を有するものであり,そのような権能を有する区議会議員が,行政から補助金を受ければ,議員による職務の公正が妨げられ,主権者たる住民の利益を失わしめるものであり,このような議会制民主主義の根底を揺るがしかねない支出が公益性を有すると認められないことは当然であり,本件各補助金交付は,地方自治法232条の2に違反し違法である。そして,補助金の交付要件である同条に違反する本件各補助金交付が無効なものであることは論を待たない。d 選定手続の違法
 本件における選定の当時,せたがやの家の住宅供給者の選択は,せたがやの家システム選定会議設置要領により前記2(2)のとおり行われたが,本件建物は,交通往来が激しい環状8号線と青山通りが交差する
地点に近接し,しかも青山通りに面した地点にあるので,周辺環境が良好とは到底いえず,平成5年度の応募物件の中には周辺環境等に問題ありとして選定外とされた物件も多数ある中で,本件建物も応募要件に合致しているとはいえない。また,本件建物は,世田谷区住宅整備方針が掲げる住宅・住環境整備重点地区内でも,住宅・住環境整備地区内でもない上,区が推進するまち作り事業地区内でもないのであって,また,環状8号線の内側にあるわけでもないのであるから,別表2の選定基準の1(1)ないし(4)の4項目に合致していないのである。とすると,本件建物は,応募要件・選定基準に合致しないのにせたがやの家として選定されたものであって,選定手続には違法があるといわざるを得ず,このような違法な選定手続を前提にして,交付された本件各補助金交付は違法であり,効力を有しないものといわざるを得ない。
e 本件法律及び本件条例の目的違反
 本件法律は,住宅の供給を受ける側の利益を目的としたものであり,住宅供給者が利益を得ることは許されないのであり,また,本件条例は,住宅供給者を「民間」土地所有者と定めているのであるから,公に奉仕すべき区の区議会議員が己の利益のために議員としてその権力を行使すべき対象たる行政から補助金を受けるがごときは主権者たる住民の利益をないがしろにし,本件法律の趣旨・目的を踏みにじってまで補助金を利用して己の利益を得ようとするのは,本件法律の目的に反し許されない。
(イ) 被告P1らによる不法行為の成否
 被告P1は,上記のとおりの違法な支出を違法であることを認識しながらさせたものであるから,同行為は不法行為に当たり,また,被告P2は,夫である被告P1が区議会議員であることを認識しながら,自己が交付申請者となって行動し,実際に交付を受けたものであるから,この行為も不法行為に該当する。(ウ) 被告P3の責任
 区は,申込名義人をもともとの名義人である被告P1から妻である被告P2に変更させる等の指導を行っていたのであり,本件各補助金の交付先方が被告P1であるのを知っており,本件各補助金交付が違法かつ無効なものであることを認識していた。そして,被告P3は,制度上深く関与することが予定されている上,実際も選定等に深く関与しており,本件を専決させた職員に対し,指揮監督責任を負うところ,それを果たせず支出をさせたことは指
揮監督義務違反である。
 被告P3は,自らが全く関与しておらず,全ての決定を部長が行ったものである旨を主張するが,仮に,選定の手続や本件各補助金交付の手続に全く関与していなかったとすれば,そのこと自体が消極的な意味での指揮監督義務違反に当たり,いずれにしても不法行為に当たる。
イ 被告P1ら
(ア) 地方自治法92条の2違反
 同条は禁止される行為の要件として「請負」を定めるところであるが,請負とは全く性質を異にする補助金交付が禁止されているとは読めず,前提として採用できない。
 また,同条は,その法的効果として議員の失職のみを定めており,当該契約の効力について無効とする定めがなく,補助金交付が契約上の根拠を欠く無効なものとなり得ないことは明らかである。そして,同法2条16項は,地方公共団体の法令違反行為を直ちに無効とするものではなく,規定の趣旨を勘案して当該行為の効力を定めるものであるところ,同法92条の2の前記の体系的位置,効力からすれば,同条が私的契約を無効にする趣旨まで含んでいるとは考えられず,同法2条16項によっても無効とはならない。
ウ 被告P3及び被告区長
(ア) 地方自治法92条の2違反
 地方自治法92条の2は,議会の組織について定める同法第6章第1節に置かれ,同条の要件に該当する場合の効力は,当該議員の失職だけであり,当該契約の効力については定めるところがなく,特定の議員が同条の規定に該当するか否かは議会が決定することとされている(同法127条1項)ことから判断して,同条は財務に関する規定ではなく,議員の身分についてのものであることは明らかである。このことは,一定の議員について当該地方公共団体との契約を制限する同法238条の3及び239条がその制限に違反した場合の効力として,職員の身分については触れることがなく,当該契約が無効となることを定めていることとの比較においても裏付けられるところである。したがって,本件各補助金の交付が同法92条の2に該当することのみをもって本件各補助金の交付を違法とする主張は失当である。また,同条は,請負を問題とするものであり,この請負が民法所定の請負のみでなく,それに類したものを含むものと解したとしても,法律的な性質が全く異なる贈与をも含むとは解し得ず,いずれにしても原告らの主張は失当といわざるを得ない。
 そして,同法2条16項は,地
方公共団体の法令違反行為を直ちに無効とするものではなく,抵触する規定の趣旨を勘案して,当該行為の効力を判断すると解すべきであり,本件では前記のとおり同法92条の2が議員の身分を定めることを趣旨とする規定であるから,同条により,本件各補助金交付が直ちに無効となるものではない。
(イ) 地方自治法232条の2違反
 本件各補助金は,本件法律又は本件条例に基づくものであるので,原告らが,その交付根拠を地方自治法232条の2にあるとし,その要件に合致しないことをもって違法を述べるのは誤りである。
(ウ) 選定手続
 本件各補助金の交付に際しては,区長が定めた「せたがやの家システム」選定基準に基づいて審査及び調査を行い,住宅政策室長,企画部長,高齢者対策室長,障害福祉推進室長,都市整備部長及び世田谷総合支所長で構成する世田谷区せたがやの家システム選定会議の議を経て被告P2をせたがやの家を供給する民間土地所有者等として選定したものであって,選定の手続に違法はない。
(エ) 被告P3による不法行為の成否
 前記2(2)のとおり,本件各補助金交付に関することの決定は全て部長であるP4が行っているところであり,区長である被告P3は,決定の過程に全く関与していない。
 したがって,被告P3には過失はなく,区に対する不法行為は認められない。(4) 争点5(差止めの可否〉
ア 原告ら
 本件各補助金交付は,昨年度分まで継続的にされている上,被告区長は,将来にわたり交付を継続する旨明言しているところ,本件において補助金を受領するのは,被告P2であり,後に損害賠償請求をしたとしても,その損害賠償請求によって回復することが困難であるから,差止めの必要性は認められる。
イ 被告ら
 上記のとおり,本件各補助金交付は適法なものであって,事後の補助金交付も適法なものである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 前記争いのない事実及び証拠(甲第2号証,第4号証,第10号証の1,2,丙第1号証,第2号証,第7号証並びに証人P4及びP7の証言)によれば,被告P1が,平成5年3月に自らの中学校の同窓会の幹事会において,中学時代の同窓生であり建築事務所を経営しているP7から,何か仕事はないかと尋ねられたため,自分の家を頼むと同人経営の株式会社尾崎建築事務所に自らの家の設計・建築等を依頼したこと,平成5年4月上旬ころには,P7
が被告P1らのもとを訪れ,計画の基本構想を練るための最初の打ち合わせを行ったが,その際,打ち合わせには被告P1のみが同席し,被告P2は同席していなかったこと,その後の打ち合わせの経過において,被告P1らから本件制度を活用したい旨の話があったことから,P7が区の住宅計画課の担当者を訪れて,技術的な指導を受け,平成5年5月上旬には,被告P1とともに当時の区の住宅政策室長であり,本件制度の責任者であるP4のところに出向き,「せたがやの家システム」を利用したい旨告げ,いわゆる挨拶を行ったこと,平成5年9月24日,株式会社尾崎建築事務所が被告P1らの依頼を受け,区の都市整備部建築第2課に対し,本件土地上に地上8階建地下1階のSRC造りの建物を建築する旨の建築確認申請を行い,その際の申請名義人は被告P1とされ,同被告もそのことを承知していたこと,平成5年10月に,平成5年度のせたがやの家住宅供給者の公募があったことから,尾崎建築事務所が区に対し,被告P1を申請人として本件制度の申込みを行い,被告P1を申請人とすることについて,同人は申請の前に承認をしていたこと,申込みの後,選定会議の資料が作成される前の段階で,被告P1らは申請者を被告P2に訂正するよう申し出,申請書の申込者欄の記載が,区の担当者であるP8によって訂正がされたこと,本件制度の活用が検討される以前の時点で,本件土地には大蔵省を抵当権者,相続人ら14名をそれぞれ債務者とする相続税及び利子税にかかる14個の抵当権が設定されており,その総額は3億4003万0400円であったが,平成5年8月23日までにそのうち12個が抹消され,本件申請及び事前通知の時点において,残された抵当権は被告P1を債務者とする2個のみとなり,その後,事前協議承認通知がされた直後である,平成5年12月13日には,被告P1を債務者とし,株式会社富士銀行(玉川支店)を根抵当権者とする極度額3億円の根抵当権が設定されていることの各事実が認められる。
 以上の事実によれば,本件建物の建築が企画された時点から申請書の申込者欄の訂正がされた時点までの間は,本件事業の主体は被告P1であるとして手続が進められていたものであり,この段階においては,被告P1が本件各補助金の交付先となることが予定されていたと認められる。そして,その後,本件制度の申請書における申請者の訂正が
行われ,それ以降の公的機関に対する申請その他は全て被告P2名義で行っていたものの,建物建築前の段階で敷地上に被告P1名義の抵当権が残っていたこと,本件建設費助成金は本件建物建築費の一部に用いられたところ,証拠(甲第2号証,第7号証,第10号証の1,2,乙第12号証,第13号証,丙第1号証,第7号証及び証人P7の証言)によれば,本件建物につき被告P1も持分4分の1の共有者となっていて,他の共有者は妻である被告P2と次男P6であって,いずれも同居の家族であり,本件各補助金が実質的には被告P1を含む他の共有者,すなわちP1一家の資産形成に活用されていること,本件建物の全てが本件制度のために用いられているわけではなく,被告P1が代表取締役,被告P2が取締役を務める株式会社P1材木店の材木置場(2階及び1階の一部),事務所(1階の一部)といった自己使用部分があり,次男P6もここで働いていることが認められることからすると,この訂正によって,形式のみならず実質的にも被告P2のみを事業者とし,被告P2が単独で事業を行い本件各補助金の交付を受ける意思であったと認めるのは困難であり,本件事業は共有者である一家3名によるものであり,本件各補助金も実質的には一家3名で受け取ったものと認めるのが自然であり,このことは区の担当者においても容易に知り得たものというべきである。
(2) この点につき,原告らは,上記の各事実をもって実質的な本件各補助金交付の相手方は被告P1である旨を述べるが,上記のとおり,形式上は被告P2が交付先とされている上,被告P2と次男であるP6の3名が建物の共有者となっているのであるから,本件各補助金を被告P1が単独で受け取ったとまで認めるのは困難といわざるを得ない。
(3) 一方,被告らは,公的機関に対する申請等の手続を被告P2が単独で行っていたことや本件各補助金の受取りの経過やその使用の権限等について述べ,実質的にも被告P2単独の事業である旨を主張するが,それらはあくまで交付先の形式の問題であり,前記認定の事実関係に照らすと,このことのみをもって,実質的に被告P2単独の事業であると認めることはできない。また,被告P1らは,協議の上被告P2が事業を行った旨の説明をするが,その事業内容は,本件建物を建築して,これを貸家として運用するというものであるところ,これによって建築された本件建物が被告P2のみの所有物でなく,P1一家3名の共有物となっていることからして,この建築事業は一家3名の共同事業というほかないし,この建築費の一部に充てられた本件建築費助成金は実質的には一家3名に交付されたものというほかない。また,共有物の利用及び管理は,本来共有者の協議によって決すべきものであり,その結果,共有者のうちの1人の名義で共有物を他に賃貸することとなったとしても,それはあくまで共有物の利用方法を決したにとどまるのであって,その利用主体が共有者全員であることに変わりはなく,仮にその収益を被告P2が管理しているとしても,本件建物の共有関係及び共有者3名の人的関係からすると,それは家族共同の収入として管理しているものとみるべきであり,賃貸事業の主体も実質的には共有者3名であるというほかない。そして,被告P1らは,土地を被告P2の実父が所有していたことや被告P1が入り婿であること,被告P2の方が長生きする可能性が高いことを考慮して,被告P2が単独で事業を行うつもりであった旨を主張するが,本件建物が一家3名の共有となっているという人的・物的関係がある以上,これらの理由のみをもって被告P2が単独で事業を行っているものとは考え難く,前記認定を覆す理由とはなり得ない。
2 争点2について
(1) 本件監査請求においてその対象とされた財務会計行為のうち,平成6年4月14日及び平成7年4月4日にされた建設助成金合計5699万6000円の支出並びに平成7年5月31日から同9年3月13日までにされた家賃助成金合計3368万2800円の支出については,本件監査請求が申し立てられた平成10年4月9日より1年以上前にされた支出であり,本件監査請求が,当該部分について監査請求期間を経過したものであることは当事者間に争いがない。
(2) 地方自治法242条2項本文は,監査請求について,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは,これをすることができないと規定しているところ,同法が監査請求についてこのような期間制限を設けたのは,普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為がたとえ違法・不当な場合であっても,いつまでもこれを監査請求ないしは住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは,法的安定性を損ない好ましくないという理由によるものである。しかし,普通地方公共団体の執行
機関又は職員により当該行為の存在自体が秘匿され,あるいは当該行為自体は公然とされたものであっても,その内容を偽るなど当該行為について仮装,隠ぺい行為が行われ,この仮装,隠ぺい行為の存在が当該行為があった日又は終わった日から1年を経過した後に初めて明らかになった場合などにおいても,この趣旨を貫くことは相当でないことから,同項ただし書は,「正当な理由」があるときは,例外として,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後にあっても,その住民において監査請求をすることができるものとしたのである。したがって,このように当該行為について仮装,隠ぺい行為が行われた場合,同項ただし書にいう「正当な理由」があるかどうかは,特段の事情がない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみてこの隠ぺいされた当該行為の存在を知ることができ,又は同仮装行為が行われたことを疑うべき相当の事情があることを知ることができたかどうか,また,当該行為の存在を知ることができ,又は同仮装行為が行われたことを疑うべき相当の事情があることを知ることができたと認められるときから相当な期間内に監査請求がされたかどうかによって判断すべきものというべきである。
(3) これを本件についてみるに,前記争点1で認定したとおり,本件において,本件各補助金の交付先は実質的には被告P1らを含む共有者らであるところ,当初被告P1個人を事業主体として手続が進められ,その後事業主体を被告P2に変更して手続を進めたものであり,客観的にみると,実質的に被告P1を含む共有者が交付先となっている事実が隠ぺいされていたものと認められる。そして,甲第1号証により,区議会で本件支出及び被告P1の議員資格について本格的に審議されたのも平成10年6月16日以降であると認められることや弁論の全趣旨によれば,本件支出について住民が知り得たのは,早くとも同年2月ころであると認められ,他にこれを覆すに足りる証拠はなく,本件監査請求は,それから約1か月半後の同年4月9日には申し立てられているのであって,同期間は,支出の事実を知ってから相当な期間内であることは明らかであるから,本件監査請求が,監査請求期間を徒過したことには正当な理由があると認められる。
(4) 被告らは,本件建物の入居の広告が,区の広報誌や入居者向けのしおりでされ
ていることを主張し,本件支出について区民が知り得た旨を主張するが,この広告のうち区の広報誌(乙第8号証)においては,本件各補助金交付の事実の記載は一切なく,被告P1はもちろん被告P2の名前すら記載されていないのであって,また,申込みのしおり(乙第9号証)には本件建物のオーナーが被告P2である旨の記載があり,家賃の助成の仕組みについての記載はされているものの,これらの記載から被告P1を含む共有者3名に対して本件各補助金交付がされていることを知ることは不可能といわざるを得ず,上記の広告から本件各補助金交付を知り得るということはできない。
 また,被告らは,原告ら両名が区議会議員であったことを述べ,区議会議員であった両名らは一般の区民より早く知り得たものである旨を主張するが,正当な理由の存否の判断は,あくまで一般の区民を対象にそれを知り得たのがどの時期であったかを基準として判断されれば足りるのであるし,また,同人らが区議会議員としても平成10年2月以前に本件各補助金交付についての実質的な内容を知り得る方法があったとはいえないから,いずれにしても被告らの主張は採用し得ない。3 争点3及び4について
(1) 本件各補助金交付の違法性
ア 本件各補助金のうち平成5年度分の建設費助成金は,本件法律15条及び世田谷区せたがやの家システム建設費助成金交付要綱に基づき,平成6年度分の建設助成金及び家賃助成金は,本件条例並びに世田谷区せたがやの家システム建築費助成金及び家賃助成金交付要綱に基づき交付されたものである。
 しかし,地方自治体による補助金については,一般法として地方自治法232条の2があり,補助金の交付は,地方公共団体の公益上必要があると認められる場合にすることができるとされているのであるから,たとえ上記のような個別の法令に根拠を有するものであっても,それらの法令はこの一般法の趣旨を踏まえて解釈すべきであり,当該法令が通常の場合として想定していない事由によって一般法の定める公益上の必要性を欠く場合に,補助金の交付は許されないと解するのが相当である。
 そして,同法92条の2は,普通地方公共団体の議会の議員が,当該普通地方公共団体に対し請負をする者であることができないとしており,その趣旨は,議会の議員が普通地方公共団体との間で請負契約等の取引関係に立った場合には当該普通地方公共団体の公正
な運営を期待することが困難になるということであると考えられる。この趣旨からすると,同条にいう「請負」とは単なる例示であって,取引関係一般を指すと解すべきであり,特に無償の利益供与となる贈与については,それが同法203条にいう報酬や請負としての活動自体を対象として議員全員に支給される補助金などを除き,同法92条の2によって禁じられているものと解すべきである。また,同条の文言からすると,議員が形式上の受贈者ではないものの,受贈者との関係からして実質的な受贈者と認められる場合も,当該贈与は同条によって禁じられているものと解すべきである。
イ 本件各補助金は,本件建物の建築費の助成及び家賃の助成のために交付されたものであって,その目的のために使用されたことについては当事者間に争いがないところであるから,本件各補助金が本件法律及び本件条例の定める,中堅所得者等及び高齢者等の居住の用に供する賃貸住宅の確保という目的のためのものであることは明らかであり,その意味では区及び区民の利益を増進するものといえ,一定の公益性を有するものと認められるが,その一方で,住宅供給者は,住宅建築費の一部につき助成金の支給を受け,しかも,住宅自体は,20年間という長期にわたって公社によって一括して借り上げられ,現実に入居者があるか否かにかかわらず,適正額の家賃の支払を受けることができるという多大な利益を受けることが認められる(この点につき,被告P1らは,建築費の補助は一部に過ぎず,高齢者の居住に適合した建築上の規制があるために支給されるものであり,家賃の補助は家賃の減額措置に応じたものであると主張する。しかし,高齢者向けのバリヤフリー等の仕様は現在ではかなり一般化しているし,前記第2,2(2)で認定した建築費助成金の対象範囲からすると,同助成金は被告P1らの主張の範囲を超えて支給されるものと考えられる。また,家賃自体は近傍に比べてやや低額に設定され,しかも,居住者の所得に応じてさらに減額されることは,被告P1らの指摘のとおりであるが,減額分は助成金により,その余の部分は公社によって確実に支払われるのであり,しかも入居者の有無にかかわらず,20年間にわたって家賃全額の支払いを受けられるのであるから,この利益は家賃自体がやや低額に設定されていることを補って余りあるものと考えられる。)。
 このような本件条例に
よる「せたがやの家」制度全体の構造からみると,区議会議員がこの制度により実質的な住宅供給者となり,助成金の交付を受けることは,その継続的な取引関係の存在と利益の内容からして,地方自治法92条の2の趣旨に反するものであることは明らかであり,同条が地方公共団体の公正な運営の確保という地方自治制度の根幹にかかわるものであることからすると,賃貸住宅の確保によって得られる区及び区民の利益を考慮しても,同法232条の2にいう公益性を充たすものではないことが一見して明らかであって,このように区議会議員が住宅供給者となることは本件法律及び本件条例ともに通常の場合とは想定していないというべきであるから,本件各補助金交付の公益性判断には裁量権の逸脱があったといわざるを得ず,本件各補助金交付は,地方自治法232条の2に反する違法な公金支出ということになる。
ウ そして,被告P1は,平成10年10月19日に議員辞職を申し入れ,同月22日辞職が了承されているが,前記のとおり,同被告が実質的な住宅供給者となったこと自体に問題があり,その後の補助金交付もそのことを前提としてされているのであるから,議員辞職後の家賃助成金の交付も違法性を有するものというべきである。
 本件各補助金の実質的な交付先は,前記1で認定したとおり,共有者3名であるが,形式的には,被告P2のみに一体として交付がされている以上,その補助金は不可分的に支給されているものであり,前記の違法性は本件各補助金全体に及ぶものであって,被告P1の持分相当額のみに違法性が及ぶものではない。エ このように,補助金の交付が地方自治法232条の2に違反する違法なものである場合に,その私法上の効果が当然に無効になるか否かについては検討を要する問題であるが,本件各補助金交付の相手方である被告P1らは,区議会議員本人とその妻として,このような補助金の交付を受けることが違法なものであることを当然にわきまえておくべき地位にあり,仮にその認識がなかったとしても,それについて少なくとも重過失があったといわざるを得ないし,その違法の内容が地方自治制度の根幹にかかわる重大なものであることに照らすと,少なくとも本件各補助金の交付については,その違法によって私法上も無効と考えるのが相当である。(2) 被告P1らの責任
 上記のとおり,本件各補助金の交付は私法上無効なものであ
り,被告P1らは実質的には次男P6と共同でこれを受領したものであるから,3名が不可分的に同金額相当額の利得を得たというべきであり,被告P1らはそれぞれ本件各補助金の全額につき返還する義務を負い,両者の関係は不可分債務の関係にあるということができる。
(3) 被告P3の責任
 被告P3は,区長として本来的には補助金交付決定,支出命令を行う権限を有していたが,本件各補助金交付決定ついては,いずれも担当部長に専決させていた。
 そして,証人P4の証言によれば,平成5年の選定会議の結果やそれ以降の本件各補助金交付の決定等について,区長には全く報告が行われていないが,これは世田谷区において専決が認められている事項一般を通じてのことであって,それらについては,専決権者が事後的又は総括的にせよ区長に報告することは一切行われていないこと,同証人自身は本件各補助金交付を専決したものであるが,本訴が提起された後も,本件各補助金交付には何ら問題がないと考えていることが認められる。
 本件各補助金交付決定の違法は,前記のとおり,地方自治制度の根幹にかかわる重大なものであるから,そのことについて本訴提起後も全く認識を有していないことは,地方自治体の幹部職員にあるまじきことというほかなく,このような者に専決権を与えていた被告P3には,その人事権の行使自体に疑問があったといえないでもないが,さらに上記認定事実によると同被告は,専決権を与えた事項一搬につき,その行使を専決権者に任せ切りにし,事後的又は総括的にすら報告を求めることをせず,何ら指揮監督を行っていないと認められ,このことが本件のような重大な違法行為を招いたというほかない。また,平成10年に至り本件支出の適法性が議会で問題となり,被告P1が区議会議員を辞任し,また,区議会において「公共事業の請負契約で区議会議員の関与を排除する決議」が可決されるなどしたことから(なお,乙第28号証によると,世田谷区議会において平成10年9月24日に本件各補助金の交付が地方自治法92条の2に該当しないとの決定が行われているが,同決定は同条違反を理由に被告P1を失職させることはしないとの効果を有するにとどまり,財務会計法規違反の事実を消滅させる効果を有するものではない。),被告P3は,遅くとも平成10年中には本件各補助金交付の違法性を知り得たにもかかわらず,それ以降も
被告P2に対する補助金の交付を継続しているのであって,前記指揮監督権限の不行使及び違法性を知り得る時期以降の補助金の交付行為は区に対する不法行為を構成するものである。したがって,被告P3は,区に対し,本件各補助金の全額について損害賠償の責を負うものというべきである。そして,この損害賠償請求権は,被告P1らの前記不当利得返還義務とは別個独立のものであるが,いずれか一方が弁済した場合には,その限度で他方が義務を免れる関係にある。
 なお,以上は,本件各補助金交付に関する専決権の付与が明確な定めに基づくものとの前提に立つものである(最高裁判所第二小法廷平成3年12月20日判決参照)。被告P3は,この明確な定めとして,当時の世田谷区事案決定手続規程には,本件各補助金交付についての明文の定めはないものの,「該当する項目のない事案の処理については,類似の事案があるときは,その事案の区分に準じて対処すること」との定めがあり,本件各補助金交付に類似の事案として「民間賃貸借上げ住宅に関すること」について「事業の実施に関する計画及び運営方針を策定すること」は部長の専決事項と定められていると主張する。しかし,「せたがやの家」事業と「民間賃貸借上げ住宅」事業が類似の事案か否かはもとより,事業の「計画及び運営方針」の策定と個別の補助金の交付が類似の事案といえるか否かには大いに疑問があるところであり,本件の専決は明確な定めに基づかない専決として,被告P3においては指揮監督上の責任にとどまらず,専決者と同様,当該行為についての全責任を負うべきものと考えられないでもない。また,本件各補助金の交付は,本件条例の制定によって新設されたものであるから,本来なら本件条例の制定と同時に前記事案決定手続規程を改正して,権限の所在を明らかにすべきであったのに,これを怠って専決にゆだねた点においても,被告P3には部下の指揮監督上の義務違反があったと認められる。
 したがって,いずれにしても被告P3は前記責任を免れない。
4 争点5について
 前記のとおり,本件各補助金交付は違法性を有するものであり,弁論の全趣旨によれば,現在も本件制度に基づく賃貸借が継続しており,今後も支出が継続されることが認められる上,今後の補助金交付は,1年で約1700万円の高額にのぼるものであって,いったん支給がされると被告らに対する損害賠償の請求等が困難になる可能性はあるから,今後の補助金交付の差止めの必要は認められる。
第4 結論
 よって,本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法65条1項本文,61条を適用して主文のとおり判決する。なお,仮執行宣言につい ては相当でないからこれを付さないこととする。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 藤山雅行
裁判官 村田斉志
裁判官 廣澤 諭
判例本文

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