主文
1 原告が昭和五三年一月一一日付でした別紙目録記載の短銃一丁の登録申請について、被告が同年三月二日付でした却下処分はこれを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は古美術としての銃砲、刀剣類等古式具の輸出入及び販売を主たる業務とする会社である。
2 原告は昭和五三年一月一一日付で被告に対し、輸入にかかる別紙目録記載の短銃一丁(以下「本件短銃」という。)を銃砲刀剣類所持等取締法(昭和三三年法律第六号、以下「銃刀法」という。)第一四条第一項(但し、昭和四三年法律第九九号による改正後のもの。)の古式銃砲として登録を受けたい旨申請したところ、被告は昭和五三年三月二日付で本件短銃が銃砲刀剣類登録規則(昭和三三年三月一〇日文化財保護委員会規則第一号として制定されたもので、昭和五〇年三月一七日文部省令第四号による改正後のもの。以下これを「登録規則」という。)第四条第一項所定の鑑定基準に合致しないとの理由で、右申請を却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 しかしながら本件処分の根拠となつた登録規則第四条第一項の規定は次のいずれかの理由により無効であり、これに基づいてなされた本件処分は違法である。(一) 銃刀法第一四条の趣旨逸脱
登録規則第四条第一項は銃刀法第一四条に基づいて制定されているものであるところ、銃刀法は本来銃砲刀剣という兇器の取締りに関する法律であるが、同法第一四条は美術品、骨とう品として価値ある古式銃砲については全く別個の観点からこれを兇器とはみなさず、美術品、骨とう品として取扱う趣旨で定められたものである。この趣旨に基づき、昭和四〇年七月一二日文化財保護委員会規則第三号によつて改正された後の銃砲刀剣類登録規則は次のとおり規定していた(以下この規則を「旧規則」といい、後に文部省令としての効力を有するものとされた。)。(第四条第一項)
火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定は、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行うものとする。
一 火なわ式、火打ち石式、管打ち式、紙薬包式又はピン打ち式(かに目式)の銃砲で、形状、象嵌、彫物等に美しさが認められるもの又は資料として価値のあるもの
二 前号に掲げるものに準ずる銃砲で骨とう品として価値のあるものところが右規定は前記昭和五〇年三月一七日文部省令第四号により次のように改正され、同年四月一日から施行された。
(登録規則第四条第一項)
火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定は、日本製銃砲にあつてはおおむね慶応三年以前に製造されたもの、外国製銃砲にあつてはおおむね同年以前に我が国に伝来したものであつて、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行うものとする。(一、二号は旧規則の一、二号と同じ)
このような改正によつて、登録の許否は申請にかかる銃砲が美術品、骨とう品として価値あるものか否かに関係なく一律に慶応三年で区切られ、ことに外国製銃砲についていえば同年以前に日本に伝来したもの又はその再輸入品以外はいかに価値があつても登録は許されないこととなつた。このような規則の改正は美術品、骨とう品として価値のあるものについて登録を認めて行こうとする銃刀法の趣旨を超えて、一方的に兇器としての取締りを前面に押し出したものである。もし仮に兇器としての危険性を防止しようというのであれば、従来の旧規則により鑑定の段階でチエツクすれば足りるのであつて、「おおむね慶応三年以前」というような年代で区切ることは何らの合理的根拠もないのである。よつて、改正後の登録規則第四条第一項は前記銃刀法の趣旨を逸脱した違法なものといわざるを得ない。(二) 憲法一三条違反
美術品、骨とう品として価値ある古式銃砲の所持は憲法第一三条に規定する個人の幸福追求の権利の一態様として保障されるべきものであり、これを「公共の福祉」によつて制限するには、保障される権利とこれによつて害される他人の権利とを調整するという観点から合理性を有し、かつその目的のため必要最小限であることが要請されている。ところが前記登録規則の規定は美術品、骨とう品としての価値を問う前に「おおむね慶応三年以前」との基準時を設定して一律にふるいをかけてしまつたのであるが、このような基準時の設定がはたして古式銃砲が兇器として使用されるのを防止するという公共の福祉の目的のために、合理性を有し、かつ有効であるかは大いに疑問である。もし個人の生命身体への危害防止のため古式銃砲の登録を制限しようというのであれば、個々的にその銃が兇器となり得る可能性と美術品、骨とう品としての価値とを比較衡量すればよいのであつて、そこに基準時を設ける必要性は全くない。とりわけ本件短銃は特殊な発射方式のものであり、弾丸も特殊なものであるから兇器になる可能性は殆んどなく、逆に史料的、美術的価値が高いものである。このようなものについてまで右の基準時によつて登録が許されなくなるということは、基準時の設定自体が危害防止という目的とは関連性がなく、合理性に欠けることを示すものである。従つて前記改正後の登録規則は憲法第一三条に違反する。
(三) 憲法第二二条第一項違反
原告は古美術、なかんずく古式銃砲の輸入販売を業とし、古物商の営業許可も得ていたものであるが、昭和四六年三月設立以来旧規則に定められた基準に適合する古式銃砲を輸入し、その登録を得たうえ国内に販売することにより四年間で約一億六〇〇〇万円の売上げを得て来た。これに伴い従業員も増やし、店舗も増設し、事業も軌道に乗つていたところ、旧規制の改正により慶応三年以前に日本に伝来したことがあるものの再輸入以外、輸入古式銃砲を登録する途が塞がれ、その結果外国製古式銃砲の輸入販売も事実上不可能となつてしまつた。このことは旧規則の改正が実質上原告の営業を禁止したにも等しく、原告の営業は危機に瀕し、ひいては従業員の生活も脅かされ、現在はやむなく営業を休止している。およそ従来合法とされていた営業を禁止するには合理的理由がなければならないところ、旧規則の改正には何ら首肯し得る合理的理由が見出し得ないのであり、右改正の結果原告の職業選択の自由が実質的に奪われたのである。このような改正後の登録規則は憲法二二条第一項に違反するものといわざるを得ない。
(四) 憲法第三一条違反
登録規制第四条第一項の規定は昭和五〇年三月一七日公布され、同年四月一日から施行されたが、公布から施行まで僅か半月足らずの期間しか置かれておらず、旧規則に基づいて古式銃砲の輸入販売を業としていた原告は職業替えもできず、営業休止のやむなきに至り、測り知れない損害を被つた。およそ国民の営業ないし生活を規制することとなる法律、規則の制定、改正にあたつては公聴会を開くなどしてその内容を充分知らせる機会を与えるべきであり、かつ公布と施行との間には相当な時間的余裕を持たせて関係業者、国民の対応策が平穏に講ぜられるようにすべきであるのに、本件の規則改正にあたつてはこれらの手続が全く履践されず、いわば闇討ち的に施行されたのである。このような改正手続は明らかに適正を欠き、憲法第三一条に違反する。
4 よつて、原告は本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実は不知。
2 同2の事実は認める。
3 同3のうち、冒頭の主張は争う。(一)の事実中、銃刀法が本来銃砲刀剣という兇器の取締りに関する法律であり、同法第一四条に基づき登録規則第四条第一項が制定されているとの点、旧規則第四条第一項と登録規則第四条第一項の内容及びその改正経緯の点並びに登録規則第四条第一項の解釈として外国製銃についてはおおむね慶応三年以前に日本に伝来したもの又はその再輸入品以外は登録が許されないとの点は認めるが、その余は争う。(二)の主張は争う。(三)の事実のうち、おおむね慶応三年以前に日本に伝来したことがあるものの再輸入品以外、輸入古式銃を登録する途がないとの点は認めるが、原告の営業内容及び売上げ実績の点は不知、その余の事実は否認する。(四)の事実中、改正された登録規則の公布と施行の点は認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 法令の改正経緯、運用の実情及び本件処分の適法性
(一) 銃刀法は昭和三三年三月一〇日法律第六号として制定された当初、その第一四条第一項において「文化財保護委員会は、美術品若しくは骨とう品として価値のある火なわ式銃砲又は美術品として価値のある刀剣類の登録をするものとする。」と定め、同条第五項に基づいて制定された銃砲刀剣類登録規則(昭和三三年三月一〇日文化財保護委員会規則第一号)はその第四条第一項において火なわ銃の鑑定基準について次のとおり定めていた。
一 さきごめ式で火なわによつて発火する装置の銃砲で、形状、象嵌、彫物等に美しさが認められるもの又は資料として価値のあるもの
二 前号に掲げるものに準ずる銃砲で骨とう品として価値のあるものその後昭和四〇年四月一五日法律第四七号により銃刀法第一四条第一項中「火なわ式銃砲」とあるのが「火なわ式銃砲等の古式銃砲」と改正され、これに応じて右規則も改正され(昭和四〇年七月一二日文化財保護委員会規則第三号)、その第四条第一項第一号は「火なわ式、火打ち石式、管打ち式、紙薬包式又はピン打ち式(かに目式)の銃砲で、形状、象嵌、彫物等に美しさが認められるもの又は資料として価値のあるもの」と規定され(請求原因3(一)記載の旧規則。なおこの規則はその後文部省令としての効力を有するものとされた。)、更に昭和五〇年三月一七日文部省令第四号により旧規則第四条第一項の冒頭に「火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定は、日本製銃砲にあつてはおおむね慶応三年以前に製造されたもの、外国製銃砲にあつてはおおむね同年以前に我が国に伝来したものであつて、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行うものとする。」と加えられたのである(請求原因3(一)記載の登録規則)。
(二) 昭和四〇年四月の前記銃刀法の改正により火なわ式銃砲以外の古式銃砲も登録の途が開かれたのであるが、その趣旨は、種子島に火なわ銃が伝来して以来我が国においては目立つた改良が加えられないまま引き続き使用されていたが、幕末に至つて江戸幕府も諸藩も急速に装備を近代化する必要に迫られ、諸外国から新式の銃砲を購入し、その数量も種類も頗る多く、加えて我が国においてもこれら輸入品をもとに改良したものが造られるに至つていたところ、銃の発達は長年月をかけて漸次改良を積み重ねられて来ているため、単に一つの構造制式をもつて火なわ式銃とそれ以外の古式銃砲とに区別することは困難であり、いずれも銃砲の発達変遷史上貴重な資料であるため、火なわ式銃砲以外の古式銃砲にも登録の途を開き、保存活用を図るごとにあつたのである。
ところで文化財保護委員会(後に文化庁長官)の登録に関する事務は都道府県教育委員会に委任されているところ、右銃刀法の改正とこれに応じた旧規則の実施に伴い、文化財保護委員会事務局長は昭和四〇年七月一五日付で各都道府県教育委員会教育長宛に通知を発し、右規則実施にあたつての登録基準につき左記内容の指導を行なつた(以下「事務局長通知」という。)。
ア (火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定基準)
新たに登録の対象に加えられる火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定にあたつては、次の種類ごとの特徴によること。
(1) 火なわ式銃砲
さきごめ式のほかに、もとごめ式のものがある。
(2) 火打ち石式銃砲
発火薬(口薬)を火打ち石によつて点火し、火薬を爆発させるもの(わが国への伝来は寛永二〇年(一六四三年)である。

(3) 管打ち式銃砲
雷●をつめた雷帽を火門にかぶせ、これを打撃によつて発火させ、火薬を爆発させるもの(嘉永五年(一八五三年)ペルリ来航のときに伝来し、安政年間(一八五四年~一八五九年)に多数輸入された。)
(4) 紙薬包式銃砲
もとごめ式で弾丸に雷●を装し、さらにその後部に紙薬包を装置して、紙薬包を通した撃針により雷●を打撃し、発火爆発させるもの(江戸時代末期に輸入されたシヤスポー銃(フランス)、ドライゼ銃(ドイツ)、スナイドル銃(ドイツ)がこの種類に属する)
(5) ピン打ち式銃砲
もとごめ式で金属薬きようを用いるものであるがかに目状の撃針を薬きよう後端上部に突出させ、これを打撃によつて発火爆発させるもの(一八二〇年にフランスで考案され、江戸時代末期に輸入されたが、撃針にふれるとすぐ発火し、危険が多いためあまり用いられなかつた。かに目式銃砲またはピンフアイヤーともいう。)イ 改正登録規則第四条第一項第二号の「前号に掲げるものに準ずる銃砲」とは、アに掲げるもの以外のものでおおむね一八六七年(慶応三年)以前に製造された古い銃砲をいう。
ウ 火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定にあたつては一般にその所持を制限または禁止されている近代式銃砲との区別を明確に行ない、古式銃砲であるか否かの判断が困難な場合は、あらかじめ文化財保護委員会あて写真等の資料を添えて照会すること。
(三) 被告は以上の法令及び事務局長通知に則り、古式銃砲につき鑑定のうえ登録を認めて来たのであるが、右通知アに記載されている古式銃砲はいずれも江戸時代末期までに伝来したものであることが明示されているうえ、右通知イには「旧規則第四条第一項第二号の『前号に掲げるものに準ずる銃砲』とはアに掲げるもの以外のものでおおむね一八六七年(慶応三年)以前に製造された古い銃砲をいう。」と明確に規定されており、登録の認められる古式銃砲としてはおそくとも一八六七年(慶応三年)以前に製造ないし伝来したものであるとの解釈基準が確立され、この解釈基準によつて運用されて来たものである。
(四) 本件短銃はその銘文から一八七八年以降に米国において製造されたことが明らかであるから、改正後の登録規則第四条第一項の基準に適合していないことは明らかであり、右の規定が無効であるとの原告の主張が理由のないことは後記のとおりであるが、その点を論ずるまでもなく、旧規則の下においても本件短銃は右鑑定基準に適合していないのであつて、その登録申請を却下した本件処分は適法である。
2 登録規則第四条第一項の規定が無効であるとの原告の主張に対する反論(一) 銃刀法第一四条の趣旨逸脱の主張について
昭和五〇年三月一七日文部省令第四号による旧規則第四条第一項の改正理由は、次のとおりである。すなわち、(1)現代銃と古式銃とを一つの構造制式をもつて厳密に区別することは銃の発達が長い年月をかけて漸次改良を積重ねられて来ている関係上不可能であるが、ほぼ慶応三年(一八六七年)以前の考案になるものを古式銃、明治元年(一八六八年)以後の設計になる銃を現代銃として区分することが銃砲史における常識的考え方として定着しているところ、明治元年から明治四年の間は外国からの銃砲の輸入はなく、明治五年三月八日太政官布告「鉄砲取締規則」により民間銃器の登録が行なわれたが、その際の「壬申打刻」の有無によつて製造、伝来の時期の判別が容易になされ得ること、(2)元来「美術品若しくは骨とう品として価値のある古式銃砲」(銃刀法第一四条第一項)として保護の対象となるものは、我が国の歴史との関連でその意義が高く、美術的、文化的価値の定着していると考えられるものに限られるのであつて、近時輸入されたり明治以降に製造された銃は我が国の歴史との関連が希薄であり、我が国の文化財として登録させてまで保護するに値しないものであること(このことは古式銃砲を文化庁長官の登録にかからしめ、その保存及び活用を図るとの銃刀法の趣旨を我が国の文化財を保護するという文化財保護法の趣旨と関連させて解釈すれば極めて当然のことである。)、以上(1)、(2)からすれば旧規則の適用にあたつても古式銃とは慶応三年以前に製造又は伝来したものとして運用されるべきであつたのに旧規則の規定は必ずしもこの点が明確でなかつたのに加え、(3)昭和四九年七月大阪市<地名略>において暴力団による短銃乱射事件が発生したが、その際使用された短銃の中に一八〇〇年ころ米国で製造された古式銃が含まれており、これが登録のうえ暴力団に渡つていた事実が判明したり、同年九月神奈川県において右翼団体幹部宅を銃刀法違反により捜索したところ米国から輸入され登録済みの古式銃が多量に発見されるなどの事例があり、多量の古式銃が暴力団に渡りその武装化に利用され、更には改造のうえ近代式銃として使用される虞れも十分考えられ、銃刀法の目的である危害予防に支障がないよう配慮する必要が生じたこと等が改正の理由である。旧規則の改正は以上の理由に基づくものであつて、銃刀法の趣旨に合致しこそすれ、これを逸脱するものではない。
(二) 憲法第一三条違反の主張について
銃刀法第三条、第一四条によつて認められる銃砲又は刀剣類の「所持」とは、その史料的、美術的又は骨とう品としての価値に着目し、文化財として国民の間に鑑賞愛蔵の機会を与えるもので、その趣旨からこれらのものを継続的に所持することを意味する。ところが原告は銃砲等の輸入、販売を業とする会社というのであるから、自らが銃砲の文化財としての価値を享受するものとはいえず、すなわち自らの幸福追求の権利として古式銃等を所持するものとはいえない。従つて原告が本件処分の違法を主張するにあたり憲法第一三条を根拠とすることは失当といわなければならない。また憲法第一三条にいう幸福追求の権利とは憲法第一九条以下に列挙されている基本的人権と同視し得る程度の人権が侵害されている場合で、しかもその具体的根拠条文がない場合に補充的に機能するものである。本件においてはこのような補充的規定を持ち出さなければならない程の人権侵害はないのであつて、原告が憲法第一三条を云々する余地はない。
(三) 憲法第二二条第一項違反の主張について
銃刀法第三条は銃砲刀剣類の所持を原則として禁止しているが、これは危害予防の趣旨(銃刀法第一条)に基づき社会の安全と平和を図る警察行政目的のための立法であつて、我が国の主要都市において銃砲等による犯罪が世界の代表的都市と比較し極端に少なく、危険の少ない国として世界の注目を集めているのもひとえに銃刀法の存在によることは衆目の一致するところである。従つて銃砲等は我が国においては麻薬、覚せい剤等と同じくその所持を禁じられた禁制品といえるので、本来これら銃砲等の取引は不可能であるのが当然なのである。ただ危害予防上の支障がなくその所持に合理的理由が認められるものについては、特に所管行政庁の許可を得て例外的に所持が許されるものとし(銃刀法第二章)、また美術品、骨とう品として価値のある古式銃砲又は刀剣類は登録により所持が許されるのである(銃刀法第三章)。
従つて銃砲等の所持に合理的制限が加えられているのは当然であり、所持が認められる銃砲等についての輸入が可能であるのはその反射的利益に過ぎないのであつて、外国製銃砲の輸入販売が法律上も保護される利益であることを前提とする原告の主張は我が銃刀法の存在を全く無視した見解というべきである。
そもそも職業は本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由はそれ以外の憲法が保障する自由、ことにいわゆる精神的自由に比較して公権力による規制の要請が強いのも当然であり、憲法第二二条第一項が「公共の福祉に反しない限り」との留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこの点を強調したものと考えられる。従つて右条項に基づく個人の自由な経済活動から惹起される弊害が社会公共の安全と秩序維持の見地から看過することができない場合には、その弊害を除去ないし緩和するために必要かつ合理的な範囲内の規制を行なうことは当然許されるべきであつて、原告の主張は経済活動の自由がいつ、いかなる場合にも完全に認められるべきであると主張するに等しく、憲法第二二条第一項の解釈を根本的に誤つたものである。
しかも本件で問題とされている旧規則第四条第一項の改正は銃刀法の趣旨である危害予防の徹底を図り、美術品又は骨とう品として価値のある古式銃砲の基準をより明確にするため必要かつ合理的な範囲内でなされたものに過ぎないのであるから、その結果原告の経済活動の自由が従来に比して多少規制される結果となつたとしても、それは公共の福祉のための合理的制限措置の反射的効果に過ぎない。よつて登録規則第四条第一項が憲法第二二条第一項に違反するとの原告の主張は理由がない。
(四) 憲法第三一条違反の主張について
法令の公布と施行との関係について法例第一条第一項は「法律ハ公布ノ日ヨリ起算シ満二〇日ヲ経テ之ヲ施行ス但法律ヲ以テ之ニ異ナリタル施行時期ヲ定メタルトキハ此限ニ在ラス」と規定する。すなわち施行期日の指定は当該法令の実情に合わせ、「公布の日から施行する。」と指定することもあるし、或いは施行の準備等に相当な期間を要する場合には適当な期間をおいて施行日を指定することもあり、それはもつぱら立法政策の問題であつて、このことは政令等についても同様である。従つて公布から施行までの期間については、一見明白な違法がある場合はさて措き、そうでない限り施行期日のいかんによつて当該法令が直ちに憲法第三一条に違反し、無効とされるものではない。旧規則第四条第一項の改正は前記のとおり危害予防の見地から鑑定基準を明確にしたもので、その必要性、緊急性に鑑み、当局の裁量によつて施行期日が定められたもので何ら適正手続を欠く違法はない。仮に公布と施行との間が短か過ぎたとしても、それを理由に登録申請却下処分の取消請求ができるのは、該申請が改正規則の公布と施行との間、すなわち本件の場合昭和五〇年三月一七日から同年四月一目までの間若しくはそのごく近辺の期間に行なわれ、規則改正が突然なされたため該申請が却下された場合に限られるのであつて、いわば手続の不適正と不利益処分との間に相当因果関係がなくてはならない。ところが原告の本件申請は旧規則の改正から三年を経過した昭和五三年一月に行なわれているのであるから、原告の主張は何ら理由がない。
四 被告の主張に対する原告の反論
被告は、旧規則の改正はその基準を明確化したに過ぎないと主張する。しかしながら旧規則には「日本製銃砲にあつてはおおむね慶応三年以前に製造されたもの」、「外国製銃砲にあつてはおおむね同年以前に我が国に伝来したもの」という要件は全く記載されていないのであつて、実質的な改正であることは明白である。問題を外国製銃砲に限定していえば、「おおむね慶応三年以前に」「我が国に伝来した」との二要件が新たに加えられたものであり、そのうち、「我が国に伝来」の部分については基本法たる銃刀法第一四条にもその旨の記載はなく、文化財保護法との関係からこのような要件を導き出すのは不自然であるし、「おおむね慶応三年に」の要件については、被告が援用する事務局長通知による鑑定基準を見ても、アの(1)ないし(5)には年代の限定はなく、これらに該当しない型のものがイによつて「おおむね一八六七年以前に製造された」という限定が付されているに過ぎないのである。従つて旧規則の下にあつては外国製銃砲について「おおむね慶応三年以前に我が国に伝来したもの」という基準は存在せず、現実にもそのような基準はないものとして運用されていたのである。
本件短銃が一八七八年以降の作であることは認めるが、これは型としてはピン打ち式に分類される古式銃砲であり、旧規則の下においては当然に登録を許された筈のものである。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因2の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで本件処分の適法性について判断する。
1 先ず銃刀法第一四条第一項の趣旨及び同項にいう古式銃砲の意義について考察する。
(一) 銃刀法は昭和三三年法律第六号として制定されたが、その第一四条第一項は銃砲刀剣類等所持取締令(昭和二五年政令第三三四号)第七条第一項の規定を踏襲したものであつて、当初の規定は「文化財保護委員会は、美術品若しくは骨とう品として価値のある火なわ式銃砲又は美術品として価値のある刀剣類の登録をするものとする。」というのであり、同条第三項において「第一項の登録は、登録審査委員の鑑定に基いてしなければならない。」と規定し、同条第五項の委任に基づいて制定された銃砲刀剣類登録規則(昭和三三年三月一〇日文化財保護委員会規則第一号)第四条第一項は「火なわ式銃砲の鑑定は、次の各号の一に該当するか否かについて行うものとする。」としたうえ次のとおり定めていた。
一 さきごめ式で火なわによつて発火する装置の銃砲で、形式、象嵌、彫物等に美しさが認められるもの又は資料として価値のあるもの
二 前号に掲げるものに準ずる銃砲で骨とう品として価値のあるものこのように登録が許される銃砲は当初火なわ式銃砲に限られていたところ、昭和四〇年法律第四七号により銃刀法第一四条第一項中「火なわ式銃砲」とあるのが「火なわ式銃砲等の古式銃砲」と改正された。
(二) 右改正銃刀法にいう「古式銃砲」の意義は銃砲史上一般に承認されている古式銃砲の概念に立脚したものと解される。そこで以下銃砲の発達史を概観するに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、乙第三号証及び証人Aの証言によれば、銃砲の歴史は弾薬の装填方式についていえば前装式(さきごめ)から後装式(もとごめ)へと、装填した火薬を発火させる方式についていえば指火式から幾多の変遷を経て金属製薬きよう式へと進歩発展して来たものといえるのであつて、その変遷を点火機構の面から見るとおおむね次のとおりであると認められ、この認定を左右する証拠はない。
(1) 指火式 手で火種を持つて火門に押しつけ着火させるという原始的な方式。
(2) 火なわ式 着火した火なわを火皿に落とし点火薬を発火させ、これによつて銃身内の火薬を爆発させる方式。火なわを保持しておく仕掛けとして初期に考案されたものはサーペンタインと呼ばれるS字型金具を木台に取付けたもの (これが引金の源流となる。)が用いられたが、一五世紀後半になると発条によつて火挾の頭を常に上げておき引金を引くことによつてこれを火皿に接触させるという仕掛けに進んだ。我が国には天文一二年(一五四三年)ポルトガル人が種子島にもたらしたとされている。
(3) 火打ち石式 引金を引くことにより火打ち石を当金に激突させ、これによつて生じた火花を火皿に受けて点火薬を発火させる方式。
(4) 管打ち式 火なわ式の場合常に火種の心配をせねばならず、悪天候での使用は困難であり、火種の点を解決した火打ち石式も強風時や豪雨時での使用は困難であつたが、これらの問題は一定強度の打撃によつて爆発する性質を有する雷こう(雷酸第二水銀)の発明により解決された。これを用いた最初は一八〇七年ころイギリス人フオーサイスであつて、それは粉末状の雷こうを火門に結合されたプラグに入れ、引金を引くと撃鉄がプラグのノツプを打つて発火させる方式である。その後一八一六年ころアメリカで銅製の雷管が考案され、これを用いた雷管式銃が広まり、一八四〇年ないし一八四二年にはヨーロツパの主要な国の軍隊が従来の火打ち石銃を廃して雷管式銃を採用した。
(5) 弾薬筒式 従来の方式ではいかに進歩したものでもせいぜい弾丸と火薬を一緒に包む程度で、その装填方法も前装式であり、雷管は別に装填しなければならないという不便さがあり、この点を解決する方法として弾丸、火薬、雷管を一体化させる工夫が積み重ねられた。
(イ) ピン打ち式(ピンフアイヤー) 一八三六年フランス人ル・フオーシヨウが考案したもので、銅製の薬きようの前部に弾丸を、中央部に火薬を、後部に雷こうを充填し、その後部からほぼ直角に撃針が突出しており、これを打撃することによつて雷こうを発火させる方式。銃に装填したとき撃針の出ている様子がかにの目に似ているところから、我が国ではかに目式とも呼ばれる。
(ロ) 紙薬包式 ル・フオーシヨウの発明と同じころドイツ人ドライゼが考案したもので、弾丸と火薬の間に雷こうを装置し、これを厚紙製の筒に納め、撃針が厚紙底部中央を貫破り雷こうを発火させる方式であり、中心打撃式のものとしては最初のものである。
このドライゼ銃に刺激されてフランス人シヤスポーが改良し(一八六四年式シヤスポー銃)、イギリスでは銅製底部中央に雷こうを装置した紙筒薬きようが開発された(一八六六年式エンフイールド・スナイドル銃)。
(ハ) 辺縁打撃式(リムフアイヤー) 金属性薬きようの底縁に雷こうを装置し、この底縁を打撃することによつて発火させる方式。一八四五年フロベルの考案になり、その後アメリカのスミス・アンド・ウエツソン製銃会社がこの方式によるレポルバー式銃を製造し、これがアメリカ中に広まり、現在もこの方式の薬きようを使用するものが存在している。
(6) このように不完全ながら薬きようが開発され、これによつて後装式連発銃への途が開かれた。初期の段階では、右のとおりヨーロツパにおいては厚紙製中心打撃式薬きようが、アメリカにおいては金属製辺縁打撃式薬きようが一般に用いられたが、一八七〇年代には世界的傾向として次第に金属製の中心打撃式薬きようが一般的となり、現代式銃へと移行していくのである。幕末動乱期の我が国には諸候が争つて欧米各国から購入した大量の銃砲が持ち込まれ、当時の新式銃から廃銃同然のものまでその種類は二〇〇種にも及んだといわれ、また我が国においてもこれらを手本とした銃砲が製造された。
以上のとおり銃砲の歴史は長い年月をかけ漸次改良が積み重ねられて進歩発達して来たものであり、その種類も極めて多いのであるから、一の構造制式をもつて古式銃を現代式銃から区別しこれを定義づけることは困難であるが、現在用いられている点火機構に至る前の、おおむね前記(1)ないし(5)のような、年代でいえばおおむね慶応三年(一八六七年)以前の考案になる銃砲を古式銃砲とするのが常識的であるといわれている。
(三) そもそも銃刀法は銃砲刀剣類等による危害の予防を目的とするものであつて、原則として銃砲の所持を禁止しているところ(銃刀法第一条、第三条第一項)、前記のとおり昭和四〇年法律第四七号により登録の対象となる銃砲を「火なわ式銃砲」から「火なわ式銃砲等の古式銃砲」に拡張した趣旨は、前記のとおり銃砲は幾多の変遷を経て進歩発達して来たのであるが現在用いられていない古い型の銃砲は銃砲史上貴重な研究資料としてのみならず、美術品若しくは骨とう品として愛好家の鑑賞、保存の対象として文化的価値を有するものであるから、登録の途を開くことによつて所持を許し活用することは社会的に有益であり、このことは火なわ式銃砲に限られないのであり、他方これらの古い型の銃砲は実用に供することが困難であり、仮に実用に供されることがあるとしてもその威力は現代式銃砲に比して格段に劣るので、その所持を許しても危害の予防上重大な支障が生ずるものではないとの観点に立つたものと解される。そして以上のような銃刀法第一四条第一項の趣旨及び銃砲の歴史に基づいて考えると、同項所定の古式銃砲とは現在用いられている中心打撃式又は辺縁打撃式金属製薬きよう方式が採用される前に現われた古い形式の点火機構による銃砲、具体的には前記(二)の(1)ないし(4)及び(5)の(イ)、(ロ)までの段階の古い銃砲を指すものと解するのが相当である。
右銃刀法第一四条第一項の改正に伴い前記文化財保護委員会規則第四条第一項は次のとおり改正された(昭和四〇年文化財保護委員会規則第三号)が、この規定は以上考察した銃刀法第一四条第一項の趣旨に添つたものということができる。(旧規則第四条第一項)
火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定は、次の各号の一に該当するか否かについて行うものとする。
一 火なわ式、火打ち石式、管打ち式、紙薬包式又はピン打ち式(かに目式)の銃砲で、形状、象嵌、彫物等に美しさが認められるもの又は資料として価値のあるもの
二 前号に掲げるものに準ずる銃砲で骨とう品として価値のあるもの(なお右規則は昭和四三年法律第九九号により銃刀法第一四条中文化財保護委員会とあるのが文化庁長官と改められたのに伴い、文部省令としての効力を有するものとされた。)
2 しかるに昭和五〇年三月一七日文部省令第四号により旧規則第四条第一項の冒頭が「火なわ式銃砲等の古式銃砲の鑑定は、日本製銃砲にあつてはおおむね慶応三年以前に製造されたもの、外国製銃砲にあつてはおおむね同年以前に我が国に伝来したものであつて、次の各号の一に該当するものであるか否かについて行うものとする。」と改正(昭和五〇年四月一日施行)されたところ、本件短銃の登録申請を却下した処分が右改正後の登録規則第四条第一項所定の鑑定基準に合致しないとの理由でされたものであることは当事者間に争いがなく、証人B及び同Cの各証言によれば、その具体的理由は本件短銃が(1)米国製であつて慶応三年(一八六七年)以前に日本に伝来したものではないこと及び(2)一八六八年以後に製造されたものであることというにあつたことが認められる。
3 原告は本件処分の違法事由として右改正登録規制の規定が無効であると主張するが、被告は本件短銃は旧規則当時の鑑定基準によつてもその基準に合致せず、改正登録規則の有効無効を論ずるまでもないと主張するので、先ずこの点について検討する。
(一) 証人A及び同Dの各証言によれば、本件短銃は昭和五二年一二月ころ原告が輸入したピン打ち式銃であり、その銘文から判断して一八七八年(明治一一年)か又は同年より後のごく同年に近いころ米国において製造されたものと考えられるが(一八七八年以降の製造であることは当事者間に争いがない。)、現在用いられている点火機構を備えているか否かを基準とすれば現代式銃砲の部類には入らないこと及びピン打ち式銃砲は前記のとおり一九世紀のほぼ中期に考案され銃砲の主流が現代式銃砲に移行する直前ころまでに製造された過渡的な銃砲であつて、世界的に見ても製造された期間は短く、当時我が国に伝来した丁数も割合に少なかつたものであるところ、本件短銃の製造年代はこの型の銃としては最末期に属するものであつて、銃砲発達史上から見て資料的価値を有するものであることが認められ、この認定を左右する証拠はない。右事実によれば本件短銃は旧規則第四条第一項第一号に列挙されている型の一に該当し、かつ資料的価値を有する古式銃砲であるということができる。
(二) ところで昭和四三年法律第九九号によつて改正される前の銃刀法第一九条第一項によれば登録に関する文化財保護委員会(右法律によつて改正された後は文化庁長官)の事務は都道府県の教育委員会に委任されており、成立に争いのない乙第八号証、証人B及び同Eの各証言によれば右旧規則の制定に伴い昭和四〇年七月一五日付で文化財保護委員会事務局長名による各都道府県教育委員会教育長宛の通知が発せられ、旧規則制定の趣旨及び運用上の留意事項について指導がなされたが、右通知に記載されている古式銃砲の鑑定基準に関する部分は被告の主張三1(二)記載のとおりであり、被告においても右事務局長通知に基づいて登録事務を運用して来たことが認められるところ、被告は右事務局長通知により、登録の許される古式銃砲は慶応三年(一八六七年)以前に製造され又は我が国に伝来した銃砲であるとの解釈基準が確立され、実際にもそのような解釈によつて運用されていたと主張し、証人B及び同Eの各証言中には一部右主張に添う部分がある。しかしながら法令にはかかる限定は何ら規定されていないのみならず、右事務局長通知を子細に検討しても、火なわ式銃砲以下五種の型の銃砲の説明(アの(1)ないし(5))にはこれらの銃砲が最初に考案、製造された年代及び我が国に伝来し輸入された年代の説明はあるにしても、製造及び伝来時期の限定についての説明は何らなされておらず、イの項において「第四条第一項第二号の前号に掲げるものに準ずる銃砲とはアに掲げるもの以外のものでおおむね一八六七年(慶応三年)以前に製造された古い銃をいう。」と記載されているに過ぎないのであつて、このような記載から直ちに前記五種の型に属する銃砲の製造及び伝来時期を一八六七年(慶応三年)以前に限定する趣旨であるとは解されないし、製造時期を被告主張のように厳密に限定することの合理性に疑問があること及び伝来時期を被告主張のように限定する合理的理由のないことは後記のとおりである。また当時の実情を見ても証人A、同E及び同Dの各証言によれば、旧規則施行当時何人かの輸入業者が外国製の古式銃砲を輸入して正規の登録を受けており、ことに昭和四〇年代の後半にはその数量がかなりの丁数に上つていたこと、原告もそのような業者の一人であつて昭和四六年設立以来旧規則が改正されるまでの約四年間に約六〇〇丁の外国製古式銃砲を輸入して登録を受けたこと及び被告の所部職員は登録手続に際し輸入にかかる銃砲であつても前記五種の型に属するものであれば特に資料の提出を求めるなどして伝来時期、製造時期を厳密に考証するまでのことは行なつておらず、現に原告は本件短銃と同じ型の輸入銃について登録を受けたこともあることが認められ、これらのことからすれば慶応三年以前に製造又は伝来したとの解釈基準が確立され、これによつて現実に運用されていたとの被告の主張は疑問であつて、右主張に添う前記証大B及び同Eの各証言の部分は採用できない。
(三) 以上によれば本件短銃が旧規則第四条第一項所定の基準に合致しないとの被告の主張は理由がない。
4 そこで進んで改正登録規則第四条第一項の効力について判断するに、原告は右改正規定は銃刀法第一四条の趣旨を逸脱したものであると主張するので、先ずこの点について考える。
(一) 銃刀法第一四条は、美術品若しくは骨とう品として価値のある古式銃砲の登録を許すか否かの判断が専門的知識と経験を必要とするものであることにかんがみ、これを登録審査委員の鑑定に基づいてすることとし(同条第三項)、鑑定の基準等についての具体的細目は文部省令で定めることとし(同条第五項)ており、登録規則は右法律の委任に基づいて制定されたものであるから、登録規則において鑑定基準を定めるには銃刀法第一四条第一項が古式銃砲の登録を許した趣旨に則つて定めることを要し、その内容には自ら右の趣旨に基づく限界があるものというべきである。
(二) ところで旧規則の改正は前記のとおり古式銃砲の基準について、日本製銃砲にあつては「おおむね慶応三年以前に製造されたもの」、外国製銃砲にあつては「おおむね慶応三年以前に我が国に伝来したもの」との要件を付加したものであるが、右の文言によれば外国製銃砲についても当然に「おおむね慶応三年以前に製造されたもの」であることが前提とされていることが明らかである。そこで以下かかる製造及び伝来時期についての限定的要件の付加が銃刀法第一四条第一項の趣旨に照らし合理性を有するか否かについて、被告主張の改正理由に則して検討する。(1) 被告は製造時期をおおむね慶応三年で区切ることは銃砲史における常識であり、またこのようにすれば壬申打刻の有無によつて判別が容易であると主張する。
しかしながら、なるほど登録規則第四条第一項第一号に列挙されている五種の銃砲がいずれも慶応三年以前の考案になるものであり、またおおむね同年以前の考案になるものを古式銃砲とするのが銃砲史における常識的考え方であるとされていることは前記1の(二)で示したとおりであるが、同所冒頭に掲げた各証拠によれば銃砲は世界各地において漸次改良が積み重ねられながら進歩発達して来たものであつて、ある型の出現により他の型のものが一挙に用いられなくなつたというものではなく、これを現在用いられている金属性薬きように応じた点火機構の銃砲が主流をなすに至つた一八七〇年代についていえば慶応三年(一八六七年)以前に開発製造されていた銃であつて現代式点火機構を備え古式銃砲には当らないとされる銃が存する一方、同年以前の考案になる古い型の銃がその後もなおしばらくは製造されていたことのあり得ることが窺えるのであり、このような過渡的な古い型の銃砲が古式銃砲に当らないとする常識が存在しているとは認められない。かえつて銃刀法第一四条第一項所定の古式銃砲の意義は前記1の(三)で示したとおりであり、その鑑定基準として慶応三年以前の製造という基準を設定することはそれが一応の目安として考慮されるというのであれば格別、画一的な基準とされるならば右の意義における古式銃砲に属する過渡的な銃砲を銃刀法第一四条第一項の古式銃砲から除外する結果となり、このような基準の設定は前記銃刀法第一四条第一項の趣旨に照らしてもその合理性に疑問の存するところである。
また壬申打刻の点については、前掲甲第一号証の二によれば明治五年(壬申)全国の武器調査が行なわれ、その際調査された銃砲には「壬申○番○○県」あるいは「壬申〇〇番武庫司」のような刻印が打刻され、従つてこのような刻印の施された銃砲は明治五年当時我が国に存在していたことが確められることのあることが認められるが、右の甲第一号証の二と証人Bの証言によれば当時我が国に存在していた民有銃砲であつても調査対象から漏れたものがあり、官有銃砲については調査対象とされなかつたことが認められるのであり、また後記のとおり当時我が国には存在していなかつたがその後伝来した古い銃砲で銃砲史上資料的価値のあるものや文化的価値のあるものを銃刀法第一四条第一項の古式銃砲に含めないことの合理性も見出し難い。してみると壬申打刻の有無は古式銃砲か否かを鑑定する場合の決め手となるものではなく、これを製造時期を限定する要件を付加することの合理的根拠とすることはできない。
(2) 被告は伝来時期をおおむね慶応三年で区切ることは我が国の文化財を保護するという文化財保護法との関連で解釈すれば当然であると主張する。しかしながら古式銃砲の登録は銃刀法に則つて行なわれるべきもので、文化財保護法に基づいて行なうものではないから、古式銃砲が同法にいう文化財(ことに同法第二条第一項第一号所定の有形文化財)であるか否かによつて登録の許否が直接左右されるものではないものというべきところ、銃刀法第一四条第一項は登録を許すべき古式銃砲についてかかる伝来時期の限定は付していないのであり、たまたま登録事務の所掌行政庁が文化庁長官(昭和四三年法律第九九号による銃刀法の改正以前は文化財保護委員会)であることによつて銃刀法第一四条第一項所定の古式銃砲を「おおむね慶応三年以前に我が国に伝来したもの」に限定すべきであるとの解釈を導き出すことはできない。もつとも銃刀法第一四条第一項の趣旨は前記のとおり古式銃砲に文化的価値を認めこれを活用するにあると解されるから古式銃砲として登録を許すか否かの鑑定にあたつてはその面からする制約が当然考えられるところである。そこで念のため文化財保護行政の基本法である文化財保護法について考えてみるに、なるほど同法第二条第一項第一号は有形文化財の定義の内容の一として「我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの」との規定があるけれども、その趣旨は我が国の歴史を理解し、芸術を鑑賞するうえで価値の高いものとの意味であると解され、従来から我が国に所在しているものに限る趣旨ではないものというべきであつて、これを銃砲についていうならば慶応四年(明治元年)以降今日に至るまで我が国に伝来した古式銃砲で我が国の銃砲史、合戦史、ひいては天文一二年以来明治維新に至る我が国の歴史を理解するうえで価値のあるものの存在は十分考えられ得るところであり、このような銃砲を我が国の文化財から除かなければならない合理的理由は見出し難い。
(3) 被告は古式銃砲が犯罪に使用された事例をあげて危害予防に支障がないよう配慮すべき具体的必要が生じたと主張する。
そこで検討するに原本の存在と成立に争いのない乙第四号証、同第五、六号証の各一、二、成立に争いのない乙第七号証の一、二、証人F及び同Bの各証言によれば、昭和四八年ころから古式銃砲の登録件数が急増し、その理由は輸入によるものが増加した結果であつたところ、古式銃砲として輸入された銃による左記(1)ないし(4)のような事件が発生し、このことが直接の契機となつて旧規則の改正が立案され、登録規則第四条第一項冒頭の要件を付加する改正がなされたことが認められる。
(1) 昭和四九年七月一八日ころ大阪市<地名略>において暴力団員がゲームセンターで所持金をすつてしまつた腹いせにゲーム機械販売会社に押しかけ、所携のシヤープス二二口径紙薬包式小型四連発銃(登録済)により弾丸三発を発射した。(2) 右事件の捜査の過程で右暴力団員の妻からレミントン三六口径管打ち式銃一丁(登録済)の任意提出があつた。
(3) 神奈川県警察本部は昭和四九年九月一九日東京都多摩市において右翼団体幹部宅を銃刀法違反容疑で捜索した際レミントン四四口径モデル一八五八レボルバー式六連発銃一丁(未登録)を押収した。
(4) 右(3)の銃の入手経路を捜査した過程で、(3)と同種の銃二二丁(登録済)が発見された。
たしかに古式銃砲として登録された銃砲が兇器として犯罪に使用され又は使用される虞れがあるとすれば白々しい事態であり、銃砲による危害予防の見地からする対策が必要であるとの主張には十分耳を傾けなければならないが、前掲乙第七号証の一、二と証人F及び同Bの各証言によれば、右(1)ないし(4)の銃のほとんどは古式銃砲に似せて近年作られた模造品又は一部古い部品を利用して改造された変造品であつて真正な古式銃砲とはいえないものであつたことが認められるのであり、従つて旧規則の下においても鑑定を厳格に行なつていれば登録は許されなかつた筈のものなのである。そして右の各証言によつても登録が許された真正の古式銃砲が暴力団の抗争事件に兇器として使用されるなど危害の予防上由々しい事態が生じているとはいまだ認められないのであり、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。なおこの点について証人Aは、このような主として輸入にかかる模造品又は変造品が登録されるのを防ぐためには「おおむね慶応三年以前に製造されたもの」という線を引くことは現状ではやむを得ない旨証言するので付言するに同証言を検討しても慶応三年という区切りをつけることによつて近年製造される模造品又は変造品の混入を防止し得る根拠について首肯するに足りる説明がない。のみならずこのような模造品又は変造品の輸入についていえば、このような銃砲はそもそも古式銃砲ではなく、発射機能からして昭和四〇年法律第四七号によつて追加された銃刀法第三条の二所定のけん銃に該当することも十分考えられるのであつて、そうであるとすればそのような銃の輸入に対する規制は右の規定によつて行なわれるべきものであるし、仮にけん銃に該当しないとするならばそのような銃の輸入は同条の二による規制の対象から除外されているのであるからその輸入を制限しようというのは立法論に属し、いずれにしても古式銃砲として価値があるか否かの鑑定基準を設定するにあたり、かかる危害予防の観点からする輸入の是否を考慮することは、銃刀法第一四条第一項の趣旨に照らし、合理的とはいい難い。もし危害予防上外国製古式銃砲の輸入に問題があるとするならば、銃刀法第三条の二ないし第一四条の改正によつてその禁止、制限を行うのが筋である。
よつて危害予防上必要であるとの点もいまだ旧規制の改正の合理性を根拠づけるには足りない。
(三) 以上のとおりであるから、旧規則の改正により登録規則第四条第一項に付加された要件のうち「おおむね慶応三年以前に我が国に伝来したもの」との要件は銃刀法第一四条第一項の趣旨を逸脱したものであつて無効というべきであり、「おおむね慶応三年以前に製造されたもの」との要件は製造時期に関する一応の目安としてであればその合理性を肯定し得ないことはないが、該銃砲が単に慶応四年(一八六八年)以後に製造されたとの一事をもつて画一的にこれを古式銃砲から除外する趣旨であるとすれば右銃刀法の委任をいささか逸脱したものといわざるを得ない。
5 本件短銃は以上示したところによれば登録規則第四条第一項第一号に列挙されている型の一に該当し、資料的価値を有する古式銃砲であり、銃刀法第一四条第一項による登録の資格を具備したものであるというべきところ、本件処分は登録規則第四条第一項冒頭に付加された要件を適用した結果これが(1)米国製であつて慶応三年(一八六七年)以前に日本に伝来したものでないこと及び(2)一八六八年以後に製造されたものであることとの理由によりその登録申請を却下したものであることは前記2のとおりである。しかしながら以上示したところによれば「おおむね慶応三年以前に我が国に伝来したもの」との要件を適用したのは違法であり、また「おおむね慶応三年以前に製造されたもの」との要件を適用して本件短銃を古式銃砲から除外したのも違法というべきである。
三 よつて、その余の点を判断するまでもなく本件処分は違法であるからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 原 健三郎 北澤 晶)
別紙
目録
一 種別 ピン打ち式
二 構造 後装(もとごめ式)
三 全長 一九・九センチメートル
四 銃身長 八・五センチメートル
五 口径 〇・九センチメートル
六 銘文 THE GUARDIAN AMERICAN MODEL OF 1七 製造国 米国
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